| タロスはすぐさま、前方スクリーンに身を乗り出す。<ミネルバ>は、宇宙港の建物に向けて駐機していた。つまり、建物の通路一体が見渡せる。 するとガラス張りの通路に、宇宙港の制服を着た1人の職員が小さく見えた。小走りで移動しているスピード。目を凝らせば、身体のラインが女性であることと、両手で顔を覆っていることが分かった。 副操縦席にいたジョウも、意味が分からないままタロスと同じ行動をとる。その人物を肉眼でキャッチした。 「……メリンダか?」 「いえ……メリンダとは違いやす」 「どう見てもメリンダだろ」 タロスはジョウに顔を向ける。ほくそ笑む、という表情だった。 スクリーンから目を離せないジョウの双眸に、さらに1人の人物が近づいているのが見えた。早い。相当の脚力の持ち主。ライトグリーンのクラッシュジャケットから、リッキーだとすぐ分かった。 追いついたリッキーは、メリンダを捕まえた。 しばし悶着らしき様子を見せる。だが、それはすぐに収まった。 そしていきなり2人は、ひしと固く抱き合った。 「……5年も経つと、女は分かりませんなあ」 まだ眉をひそめているジョウに、タロスは小箱の中身を向け、言を継いだ。 「ありゃメリンダじゃねえ……ミミーですぜ」 「───ミミー?!」 一番最後に、ジョウの両眼がこれ以上無理だというくらい見開かれた。 メリンダとは。 ミムメリアから咄嗟にもじった、偽名だった。
船室のドアがスライドした。 ベッドに横たわりながら雑誌を読んでいたアルフィンが顔を向ける。ジョウだった。 アルフィンが半身を起こすと、ジョウはベッドの傍らにどっかと腰を据えた。困り果てたような、諦めたような、複雑なしかめっ面を向ける。 「……最初から知ってたんだろ」 「何を?」 「ミミーだってことをさ」 「……ああ」 アルフィンの顔がほころんだ。碧眼をうっとりと緩ませ、両手を胸元に当てた。ほっとした、という様子を露わにする。 「やっと言ったのね、あの子」 「いや、先にリッキーが勘づいた。目利きのフェンスがあり合わせでつくった、ボルトのお守りってやつを見てね」 「さすがね……忘れてなかったんだ」 「……随分と、まどろっこしいことをしてくれたもんだ」 ジョウは、はあと溜息をつくと、かぶりを振った。 するとアルフィンの手がすっと伸び、ジョウの癖のある髪に触れた。 「ミミーね、リッキーにただ逢いたかったみたい。お互い気があるのかどうか、掴めてない状態で別れたでしょ? 再会してすれ違うのも悲しいし、片思いなら知られたくないって」 「……クラッシャーになるってのは、本当かよ」 「それくらいの覚悟もあって、乗り込んでは来たんじゃない? あたしもそうだし」 「けど辞めるって言ってたぞ」 「そうなの?」 「だから一旦<ミネルバ>を降りた。連れ戻して来たけどな、リッキーが」 アルフィンの指は、髪を巻きつけるようにして弄ぶ。ジョウはそれを好きにさせていた。 「……気を遣ったのよ、あたし達に」 「ってことは、俺が原因か」 「そういうことになるわね。……ねえ、いいでしょ? ミミーなら」 ジョウは顔を洗うかのように、両手で覆いながら上下に擦る。まだどこか吹っ切れないでいるらしい。 だがしばらくしてから。 自分の頬をぱんと挟むように叩くと、表情に締まりを取り戻す。 「……いいさ、断る理由もない。腹をくくるよ」 「いいのね?」 「ああ。……ただ」 アルフィンに向いたジョウの顔が、くしゃりと歪んだ。 「これで……いつでもアルフィンを降ろせる準備が整っちまうがな」 「ありがとう、ジョウ……」 アルフィンは髪から手を離すと、そのままジョウにすがりつく。顔を見られないようにして、頬を肩に寄せた。そしてジョウの手も、アルフィンの金髪を優しく撫でる。
ジョウは床に視線を落とし、小さく笑った。力のない笑いだった。 いつかアルフィンと離ればなれに生活するのなら、見ず知らずの他人に裂かれるより、ミミーにそうされる方がずっとマシだと観念する。 その上リッキーも、そろそろ本気の相手と一緒に生活してもいい頃。ジョウ自身もアルフィンと出会い、得てきた物がたくさんあるだけに。 かつて自分の気持ちに素直になれなかったジョウは、リッキーに散々尻を叩かれた。アルフィンと真正面から向き合うことを、せっつかされもした。 ならばその恩返しとして、ミミーを受け入れてもいいとジョウは思った。 長くクラッシャーをやっていれば、いつか世代交代は来る。アルフィンにとって、ミミーが現れたように。自分もいつしか、アルフィンの中に宿る子に、クラッシャー創始者ダンの三代目を引き渡す時が訪れる。男の子であれば。 そうやって歴史は連綿と綴られていくのだと。ジョウは苦い思いを噛みしめながらも、変わりゆくことの必要性をようやく受け入れた。 「……アルフィン」 ジョウは静かに名を呼ぶ。 一向に肩から顔を上げないアルフィンを、気遣う響きがこもっていた。 「離れても、心配することないぜ」 「…………」 「どこにいても、ずっと……愛してるからな」 「───ジョウ……」 アルフィンは顔を上げると、すかさずジョウの頬に口づけする。初めて聞いた、アルフィンが欲しかった言葉だった。閉じられた瞼からは、抑えきれず涙が流れた。ジョウの頬に触れた唇は、小刻みに震える。 するとジョウは姿勢をアルフィンに向け、両手でその顔を包み込んでやる。そして溢れても、溢れても、涸れることを知らないアルフィンへの想いを。唇を通して注いでやった。 2人は互いを強く引き寄せながら、いつまでも、時が許すまで。 熱い口づけを止めなかった。
<END>
----------------あとがき
先に書いた「A.D.2169」と、無理に結びつけなくても 良かったんですが。なんとなく。 ところが書いてから、年数が合わない……。 なのでミミーは、このあと宇宙港職員としての残務整理やなんやらで、 4、5ヶ月後にJチームと合流ってことで(^^;)。書き逃げです。
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