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■403 / inTopicNo.1)  Cocktail Story - at a bar--
  
□投稿者/ ぴぃすけ -(2002/12/28(Sat) 00:27:03)
http://www5d.biglobe.ne.jp/~precious
    酒場にはドラマがある。
    人生の縮図。そして交差点。

    そんなことを言ったのは誰だったか。

    人を待ちながら、ふとそんなことを思った。


    左腕に目をやると、アナログの時計が、約束の時間になったことを知らせてくれた。


    それから待つこと15分。

    チリン、と微かに鈴の音がした。

    本当に僅かな響きだったが、俺の耳は運良くそれをキャッチした。
    ゆっくり首を巡らすと、入り口にファー付の黒いコートを着た人物が、誰かを探すかのように視線を彷徨わせている。

    フォルムを確認した俺は、軽く手を挙げた。
    向こうはすぐに気づき、毛足の長い絨毯を、優雅な猫のように渡ってやってきた。

    「遅刻だぜ」
    「ごめんなさい」

    近づいてきたボーイにコートを脱がせて貰う仕草に、少しばかりもやもやした感覚を抱いた。・・・嫉妬?

    そんな・・・まさか。
    これだけのことに。

    いや、でも・・・。
    そうかもしれない。


    「・・・ねぇ、怒ってるの?」
    「・・・いや。別に・・・違う。何でもないよ」

    心細そうに揺れる碧い瞳を見返してから、俺はバーテンダーに合図を送った。

    「はい。何になさいますか?」
    「・・・ジン・トニックを。アルフィンは?」
    「私には、キール・ロワイヤルを」
    「かしこまりました」

    遠くから、ゆったりとしたジャズ・サウンドが聞こえてくる。
    人の入りは決して少なくはないのだが、照明を落とした空間は、驚くほどに広く感じられた。そんな中に、淡く、照らしだされるように浮かび上がる白い服。

    「・・・ワンピースか。それにその髪。なんだか別人みたいだ」
    「これ、ベースは純白なんだけど、ラメが入っているの。ね、ライトが当たるとキラキラ光って綺麗でしょう?それから髪はアップにした方がいいって言われて・・・このお洋服を買ったお店の中に、提携しているヘアサロンがあったから、ついでにそこでやってもらったの」
    「そうか」

    たわいない会話も、俺の気のきかない相槌で途切れてしまった。

    しかし、絶妙のタイミングで、バーテンダーはグラスを二つ、俺たちの前に差し出してきた。そして会釈をしてから、気を利かせるように場を離れる。


    「・・・嫌?気に入らない?」
    「そんなことはない。綺麗・・・だ」

    まだアルコールを入れていないはずの頬が、急速に熱を帯びる。
    それはアルフィンも同じことのようだった。

    「・・・飲まない?」
    「ああ、そうだな。・・・乾杯」
    「・・・乾杯」

    グラスを持つ手を軽く挙げる。
    小気味よい音のない代わりに、そこにはアルフィンの笑顔があった。
    闇の中に柔らかく浮かぶ、天使のように清らかな笑顔。

    こうして近くで見ると、改めてアルフィンの美しさにドキリとさせられる。
    ましてや今日のアルフィンは、いつもよりぐっと大人っぽい雰囲気を醸し出している。


    (参ったな)

    一人、胸の内で呟く。
    酒を一口含んだというのに、緊張が収まらない。
    これからもっと。
    大事なことが控えているというのに。


    「・・・なんだか変よ、今日のジョウ」
    「どこが?」
    「・・・そう言われるとよくわからないけれど、でも、なんだかいつもと違うわ」

    キッパリとそう言った。

    相変わらず、彼女の観察眼は鋭い。
    探るような二つの瞳が、俺を上目遣いに捉えている。

    「探偵ごっこはやめておいてくれよ」
    「あら、何よそれ」

    ほんの少しだけ雰囲気が尖る。
    だが、アルフィンはまた、すぐに幸せそうな笑みを浮かべた。

    このアペリティフ大好きなのよね。

    そう呟きながら、手をグラスにすっと伸ばす。
    どうやら、酒の魔法、というやつに俺は救われたらしい。


    彼女のチェリー色の柔らかい唇がグラスの端を捉え、ごく、と小さな小さな音と共に、ガーネット色の液体を静かに飲み込んで行く。

    それは映画のワンシーンのように、優美で美しい所作だった。

    だが。
    いつまでも見とれているわけにはいかない。

    「・・・誕生石・・・だったよな。確か。1月の。」
    「え?」
    「ガーネットって。その飲み物の色と同じ宝石。」

    アルフィンの動きが止まる。
    やがてなんとも言えない表情になる。

    「・・・やだわ、ジョウったら。いきなり何を言うかと思ったら」
    「俺、変なことでも言ったか?」
    「おかしいわよ。ジョウが急に宝石の話をするなんて。びっくりするじゃない。」

    そう言って、くすくすと笑う。

    「でも・・・すごく、嬉しい。誕生日のこと覚えていてくれて。」

    アルフィンはありがとう、というと、腕にそっと寄り添ってきた。
    クラッシュジャケットを着ていないせいで、彼女の頬の火照りが、衣類越しに伝わってくる。

    俺は、覚悟を決めて、言葉を繋いだ。

    「驚くのは、まだ早いぜ」
    「え?」
    「君の誕生日を覚えているだけじゃなくて、プレゼントも用意したんだ」

    そう言いながらスーツの内ポケットに入れた指が、ほんの少し、震えた気がした。

    「あけてみて」

    小箱を渡してはみたものの、正視できず、顔を逸らす。
    やがて、かさかさと包装を解く音に、感嘆の溜息が続いた。

    「ジョウ、これって」

    手を下ろしたアルフィンの声は、掠れている。

    「貰っちゃっていいの?ねえ・・・知ってる?指輪って、女の子にとっては大事な・・・大事な意味があるのよ?私・・・誤解してしまう」
    「男にだって特別な意味があるんだってアルフィンは知らないのか?大きな誕生石を贈る時は尚更・・・ね」

    言ってしまってから、一気に残りのカクテルをあおる。
    だが、液体を流し込んだというのに、俺の喉はカラカラのままだった。

    緊張しているのか、俺。
    宇宙海賊相手にドンパチやってる方が、ずっと楽な気分だ。

    だが。
    男にはやらなければいけない時がある。
    超えなければいけないbarがある。

    今、その時をこうして、迎えただけだ。

    あとは・・・彼女次第。

    「・・・て」

    不意に、声がした。
    いつの間に俯いていたのか。
    慌てて顔を上げると、アルフィンの細い指が至近距離にあった。

    「つけて?どの指にしたらいいのか、自信ないわ」

    察しが悪いのか。わざとなのか。
    それとも俺が今までさんざん待たせすぎてしまったから、こうなると却ってピンと来ないのか。

    おそらく後者だろうが、彼女は本当に恐る恐る言葉を紡いでいた。

    その不安気な表情に、彼女へのいとおしさが改めて湧きあがってくる。


    「勿論、ここさ。他に、どこがあるかい?」

    左手の薬指。
    俺の為の。俺だけの、特等席。永遠に。




    酒場には確かにドラマがある。
    人生の縮図。そして交差点。


    ・・・そう。
    俺たちの新しいドラマも、今日、ここから始まる。

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