| <まえがき> アルフィンのBDSSです。 とはいえ、展開的にどうかなぁ、と思う点もチラホラありますが。 暇つぶし程度に、大目にみていただければと。 では、よろしければ、おつき合いをば。 *************************************************************
副操縦席に就き、ジョウは各種計器のチェックをする。ひと仕事を終え、<ミネルバ>に異常がないかの点検だ。明日から1週間の休暇にはいる。万一、不良箇所があった場合は、休暇の合間に修理にまわす。これも仕事後のルーティンワークだった。 「なあ兄貴、このスペアってあるかい?」 リッキーが歩み寄ってきた。ぬっ、とジョウの目の前に左腕を突き出す。チタニウム繊維の手袋の、折り返し部分を伸ばした。 クロノメータが止まっている。デジタル数字は、スタンプのように動きもしない。 「パーツは俺もないな」 「そっか」 腕を戻すと、リッキーはぶんぶん振り回す。 再び目を落としてみても、カウンターは瞬きすらしない。 「明日、街で買ってくるしかないか」 「ついでだ。人数分揃えておけよ」 「りょーかい」 すると主操縦席から、タロスが身を乗り出す。 「腹がへりましたなあ」 ジョウは自分のクロノメータを、惑星時間にセットし直した。 「トラクレア時間だと、夜の11時か」 「あっしの腹時計でいやあ、夜の7時ってとこですかね」 銀河標準時間のことを言っている。タロスはクロノメータを見て、指をぱちんと鳴らした。ビンゴだった。そのついでに、惑星時間にセットし直す。 「外に行くか」 ジョウはコンソールにある、インターカムのボタンを弾く。数回コールすると、カーゴルームで備品チェックをしているアルフィンが出た。 「なあに?」 「飯に出るぞ」 「はあい」 やけに返事がいい。 スピーカーからまっすぐ声が突き抜ける。そして通信は短く切れた。 「さてと、何にすっかなあ……」 リッキーは腕を頭の後ろで組み、舌なめずりする。 16才になっても、子供っぽい仕草はまだまだ抜けない。 「俺ら、肉がいいなあ」 「またか。馬鹿の一つ覚えみてえに」 タロスは片頬をぴくりと上げた。 「地物を食う文化がねえのか。てめえには」 「うっせいや! 育ち盛りなんでい」 「欠食児童が」 「あんだとお!」 リッキーはくるりと体勢を背後の巨漢に向ける。拳を握って、ぐっと胸の前に構えた。一方タロスは、両手を交互にばきばきと鳴らす。空腹は簡単に人を苛立たせるものだ。 同時に、空腹には小さないさかいすら堪える。ジョウがすっくと立ち上がった。 「さっさと行くぞ!」 ジョウはがなった。 シートから抜け出し、リッキーの背を乱暴にひと突きする。小さな身体が、ととと、とつんのめりながらジョウの前を歩いた。決着はお預けにされた。 なにせこれ以上悶着を起こしたら、ジョウのさらなる逆鱗に触れる。 「街なら、2人の希望に添う店くらいあるだろ」 いつもならば、遅い時間は宇宙港内で食事を済ませる。しかし明日からは休暇だ。少しくらい足を伸ばしてもいいだろうと。 この日の食事はジョウにとって、その程度の感覚だった。
4人のクラッシャーは、エアカーのタクシーで近場の繁華街に繰り出した。 「あのビルの5階ですぜ。電飾にミーティスって店名があるでしょ」 運転手は道路脇にタクシーを止めると、向かい合わせにしつらえた後部シートに身を捻った。一度教わった店名を、丁寧に指先でも指し示す。街のことはタクシーの運転手に訊く方が手っ取り早い。 リッキーの肉と、タロスの地物という、両方のオーダーを叶えてくれる店のことだ。 「ちょいと小洒落てますが、気楽でいい店ときている」 「試してみるさ」 ジョウはクラッシュジャケットの胸ポケットから、キャッシュを抜いた。釣りはチップとして、運転手に断る。4人はタクシーを後にする。 「うふふ」 先に降りたアルフィンが、振り向きざまにジョウに微笑む。軽くスキップして戻り、するりとジョウの腕に両手をからめた。 「どう小洒落てるのかしら。楽しみね」 思わぬ所で、アルフィンの希望にも適ったようだ。 「そうだな」 ジョウは相槌を打った。妙にはしゃいでいるなとは思ったものの。単に、それだけ腹を空かせているのか、としか思わなかった。 4人はエレベータで5階に上がる。両扉が開くと、重厚そうな彫刻を施したドアが目に入る。ジョウが先にドアを開けると、白シャツに黒のベストを重ねたウエイターが出迎えた。 「ご予約で?」 「いや」 「かしこまりました。どうぞ、こちらへ」 突発の客でも断らないあたり、サービスの良さが伺える。ウエイターの身なりから、一瞬高級レストランの類かと思ったが、そうではなかった。 だだっぴろい空間に、少し光度を落とした照明。ゆったりと一定の間隔をあけて、円卓がジグザグにレイアウトされている。古びた調度品に囲まれた店だった。 暖炉やクラシカルな古時計、壁には味わいのある土色の絵皿が掛けてある。テラの片田舎のヨーロッパにありがちな、家庭的な雰囲気を思わせた。 耳障りではない、民謡調のメロディ。室内の隅にいた、コンチェルトによる生演奏だった。 ウエイターは、円卓の真ん中に置かれたランプに火を入れる。電気や発光パネルとは違い、温度をにじませる明かり。見渡すと他の円卓の明かりと伴って、ささやかなイルミネーションにさえ見える。 ジョウとアルフィン、タロスとリッキーが、並んで着席した。 「お任せってのはどうですかい」 タロスは店の雰囲気から、料理に期待できると踏んだ。ジョウもアルフィンも異存はない。リッキーだけは、肉を忘れないようにと、ウエイターにしつこく注文した。 しばらくして。 アペリティフが運ばれた。華奢なシャンパングラスが来るかと思いきや。やや厚ぼったく、ひとつひとつ手で成形したようなグラス。中身は、香りから果実酒だ。 運転手の言っていた、いい店という意味。気取りなく酒と料理をゆっくり楽しめそうなもてなしからスタートした。平和と安らぎに満たされた時間で、腹だけでなく胸までも、いっぱいになりそうな予感。ひと仕事を終えたクラッシャーとって、うってつけの店と思われた。
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