| 「とにかく座らせてくれないかな」 そんな彼女を無理やり引き離しながら、疲れてるんだとジョウは小声で囁いた。 はっとアルフィンが我に返る。潤んだ蒼い瞳がジョウを見つめた。手を取りそのまま部屋に招き入れてくれる。一歩踏み込むと、クッション達が床に散らばっていた。不思議に思いながらジョウはその一つを拾い上げた。 ベッドの上に二人で腰掛けた。何故か…というよりやっぱり気まずい雰囲気である。アルフィンは頭を垂らしじっとしている。長い金髪がベールとなり顔を隠してしまっていて表情を窺うことが出来ない。そのまま暫らく無言が続いた。 満を持したようにジョウがゆっくり切り出した。 「謹慎処分は終わりだ。……だけど、今回の処罰の訳は分かってるよな」 チームリーダーとしてクルーを叱らなければならない時もある。馴合いでやっていい場合といけない場合。しっかり把握してもらわなければならない。どんな事でも仕事は仕事なのだ。ジョウはアルフィンを諭すだけでなく、自分にも言い聞かせるようにそういった。 アルフィンは小さく頷いた。 「もっと感情をコントロール出来る様にしてくれないと……仕事に私情を挟むな」 ちょっと拗ねたように唇を尖らせながらも分かっているわよと目で答える。 ジョウの言葉が再び詰まった。手にしていたクッションを無粋にアルフィンへ押し付ける様に渡した。 何を言おうとしているのか彼の頬が微かに上気している。じっとジョウを見つめながらクッションを受け取り、アルフィンは不思議そうに小首を傾げた。 「や…やきもちを焼く必要な…なんか無いんだからな」 潤みませた碧眼をさらに大きく開きジョウを凝視する。ジョウといえば急に落ち着きなくその漆黒の瞳を泳がせている。 「俺はその……」 「その…?」 「その……なんだ。心配は無いって……」 これはもしかして。とアルフィンはジョウの言葉を心の中でリフレインさせた。これはずっと自分が待ち焦がれていたモノに繋がる大事な言葉なのではないだろかと。 自分への告白……。もしそうならば、訊き逃す訳にはいかない。 自分の誕生日に待ちに待っていた、訊きたくっても訊き出せなかったジョウの気持ちが訊ける。それも自分が思い描いたような言葉だ。こんな嬉しいことはない。こんなにいいプレゼントは無い。 アルフィンは胸をときめかせ、ごくりと息を呑み干しそのまま止めてジョウの口からの出るであろう次の言葉を待った。彼の瞳に視線をあわせようとするがこれは無理だった。ジョウの視線は未だ宙を泳いでいる。 「ティムとは何にも無いから」 「えっ?」 「だからティムとは……」 大きなため息が聞こえた。 それでやっとジョウがアルフィンに視線を戻す。そして彼はそのアルフィンが一人がっくりとうなだれて大きなため息を吐き終えて、その手にあったクッションをポトリとまた床に落としたのを見届けていた。悪寒がした。 「それを言いたかったわけ?」 ゆっくりと頭をあげ、ジョウをジロリと睨みつけた。その口調には刺があり、表情には怒りもある。 ジョウはたじろいだ。やはり何かをしくじったのだと直感した。 「ティムとは何にも無かったって。それが言いたくって、わざわざ早々にご帰還下さったってわけ?」 アルフィンの声は更にヒステリックにトーンを上げて行く。 「い…いや……」 本当はそんな事を言うつもりなどなかった。何をどんな風に言えばアルフィンを慰められるのか、喜ばせるのか、機嫌を直すのか疲れた今の頭では考えつかなかった。やっぱりもう少し考えてから帰って来るべきだった。 ただ早く仲直りがしたかった。自分を癒してくれるいつもの笑顔がみたかった。それに今日はアルフィンの誕生日なのだ。なんか気の利いた言葉を探してくるべきだった。 なのに――――自爆だ。疲労困憊。ギブアップ。 「どうもありがとう。ジョウ。それからこれからはチームに迷惑掛けないよう十分気をつけるわ」 急に立ち上がり、アルフィンはドアスイッチを押した。出て行けと促しているのだ。 だがジョウは立ち上がらなかった。 かわりにベッドに倒れこんだ。 アルフィンは呆気にとられる。ジョウらしくもない。人のベッドで寝るなんて。 「なにしてんの?」 「少し寝る」 「ジョウ?」 「ここで寝かせて」 「ジョウ!」 「本当に疲れてんだ。もう動けない」 もう! と頬を膨らませ腰に両腕をあててベッドに腰を下ろし直した。ジョウはうつ伏せに突っ伏したまま動かない。 アルフィンはただそのままの姿勢で暫くじっとそんなジョウを見下ろしていた。 よく見ればクラッシュジャケットが泥にまみれ汚れていて、襟などもよれよれである。 はっきりいって汚い。 アルフィンはちょっと眉を顰めた。本当は大いに顔を顰めていた。 「ジョウ?」 ジョウに声をかけてみる。 反応がない。 「ねえ?」 眠ってる……? アルフィンは息を殺してゆっくりとジョウの顔を覗きこんだ。ゆっくりと規則正しい寝息が漏れている。 間違いない。眠ってる。 よっぽど疲れてたんだ。こんな風に眠っちゃうなんて。 ハードワーク続きで、休みがやっと取れたってのにこんな厄介仕事を引き受けて。本当にボロボロだったんだ。 戸惑いながらアルフィンはジョウの頭に手をあてる。少しごわつく感じの癖のある髪。その髪の中に顔を埋めた。 土埃臭くて汗臭い。 本当に急いで帰って来てくれたんだ。きっと水一滴すら取ってないに違いない。 ――― 私の為に……。私だけの為に……。 顔を埋めたままアルフィンは思った。 自惚れかもしれないけど、ジョウの気持ち、本当はちゃんと伝わってきてる。 だけど、つい怒ったり泣いたり喧嘩を売ったりしてしまう自分。 いつでもそうやってジョウを困らせてしまうのは本当は自分に自信が無いからなんだって分かってる。 信じているのに、信じられない。すべて自分が弱いせい。 「ごめんね。ジョウ」 やっと素直になれてきた。言いたかった言葉が溢れてくる。 だけどジョウ。今日は私の誕生日。一人で散々寂しい思いをさせられたんだもの。 気を失った様に寝ちゃったジョウを見てたら凄いことを思い付いた。 スペシャルなプレゼント。 それがどうしても欲しくなってきた。 ジョウの唇。 ジョウのキス。 こんな時じゃなきゃ絶対貰えない。 いいよね。ちょっとだけなら……。 こんなチャンス。きっと神様からのプレゼントだと思うから。 ちょっと言い訳がましい気もするけれど……いいじゃない。 アルフィンの手がジョウの頬に触れた。なんだか指先が小刻みに震えてる。それを堪えながらそっと顔を近づけた。 こうやって良く見ると、ジョウの睫毛って男らしい顔立ちにしては結構長くて……女の子みたいなんだね……。 こくりと唾を飲み込み、アルフィンは更にそっと自分の顔をジョウに近づけた。 そして最後は自分も目を閉じて彼の唇に自分の唇をそっと重ねあわせた。 それはアルフィンが想い描いていたよりずっと軟らかくって、そして暖かかった。
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