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■436 / inTopicNo.1)  Re[1]: 一人ぼっちのバースデイ
  
□投稿者/ めばる -(2003/01/30(Thu) 23:15:08)

    「とにかく座らせてくれないかな」
     そんな彼女を無理やり引き離しながら、疲れてるんだとジョウは小声で囁いた。
     はっとアルフィンが我に返る。潤んだ蒼い瞳がジョウを見つめた。手を取りそのまま部屋に招き入れてくれる。一歩踏み込むと、クッション達が床に散らばっていた。不思議に思いながらジョウはその一つを拾い上げた。
     ベッドの上に二人で腰掛けた。何故か…というよりやっぱり気まずい雰囲気である。アルフィンは頭を垂らしじっとしている。長い金髪がベールとなり顔を隠してしまっていて表情を窺うことが出来ない。そのまま暫らく無言が続いた。
     満を持したようにジョウがゆっくり切り出した。
    「謹慎処分は終わりだ。……だけど、今回の処罰の訳は分かってるよな」
     チームリーダーとしてクルーを叱らなければならない時もある。馴合いでやっていい場合といけない場合。しっかり把握してもらわなければならない。どんな事でも仕事は仕事なのだ。ジョウはアルフィンを諭すだけでなく、自分にも言い聞かせるようにそういった。
     アルフィンは小さく頷いた。
    「もっと感情をコントロール出来る様にしてくれないと……仕事に私情を挟むな」
     ちょっと拗ねたように唇を尖らせながらも分かっているわよと目で答える。
     ジョウの言葉が再び詰まった。手にしていたクッションを無粋にアルフィンへ押し付ける様に渡した。
     何を言おうとしているのか彼の頬が微かに上気している。じっとジョウを見つめながらクッションを受け取り、アルフィンは不思議そうに小首を傾げた。
    「や…やきもちを焼く必要な…なんか無いんだからな」
     潤みませた碧眼をさらに大きく開きジョウを凝視する。ジョウといえば急に落ち着きなくその漆黒の瞳を泳がせている。
    「俺はその……」
    「その…?」
    「その……なんだ。心配は無いって……」
     これはもしかして。とアルフィンはジョウの言葉を心の中でリフレインさせた。これはずっと自分が待ち焦がれていたモノに繋がる大事な言葉なのではないだろかと。
     自分への告白……。もしそうならば、訊き逃す訳にはいかない。
     自分の誕生日に待ちに待っていた、訊きたくっても訊き出せなかったジョウの気持ちが訊ける。それも自分が思い描いたような言葉だ。こんな嬉しいことはない。こんなにいいプレゼントは無い。
     アルフィンは胸をときめかせ、ごくりと息を呑み干しそのまま止めてジョウの口からの出るであろう次の言葉を待った。彼の瞳に視線をあわせようとするがこれは無理だった。ジョウの視線は未だ宙を泳いでいる。
    「ティムとは何にも無いから」
    「えっ?」
    「だからティムとは……」
     大きなため息が聞こえた。
     それでやっとジョウがアルフィンに視線を戻す。そして彼はそのアルフィンが一人がっくりとうなだれて大きなため息を吐き終えて、その手にあったクッションをポトリとまた床に落としたのを見届けていた。悪寒がした。
    「それを言いたかったわけ?」
     ゆっくりと頭をあげ、ジョウをジロリと睨みつけた。その口調には刺があり、表情には怒りもある。
     ジョウはたじろいだ。やはり何かをしくじったのだと直感した。
    「ティムとは何にも無かったって。それが言いたくって、わざわざ早々にご帰還下さったってわけ?」
     アルフィンの声は更にヒステリックにトーンを上げて行く。
    「い…いや……」
     本当はそんな事を言うつもりなどなかった。何をどんな風に言えばアルフィンを慰められるのか、喜ばせるのか、機嫌を直すのか疲れた今の頭では考えつかなかった。やっぱりもう少し考えてから帰って来るべきだった。
     ただ早く仲直りがしたかった。自分を癒してくれるいつもの笑顔がみたかった。それに今日はアルフィンの誕生日なのだ。なんか気の利いた言葉を探してくるべきだった。
     なのに――――自爆だ。疲労困憊。ギブアップ。
    「どうもありがとう。ジョウ。それからこれからはチームに迷惑掛けないよう十分気をつけるわ」
     急に立ち上がり、アルフィンはドアスイッチを押した。出て行けと促しているのだ。
     だがジョウは立ち上がらなかった。
     かわりにベッドに倒れこんだ。
     アルフィンは呆気にとられる。ジョウらしくもない。人のベッドで寝るなんて。
    「なにしてんの?」
    「少し寝る」
    「ジョウ?」
    「ここで寝かせて」
    「ジョウ!」
    「本当に疲れてんだ。もう動けない」
     もう! と頬を膨らませ腰に両腕をあててベッドに腰を下ろし直した。ジョウはうつ伏せに突っ伏したまま動かない。
     アルフィンはただそのままの姿勢で暫くじっとそんなジョウを見下ろしていた。
     よく見ればクラッシュジャケットが泥にまみれ汚れていて、襟などもよれよれである。
     はっきりいって汚い。
     アルフィンはちょっと眉を顰めた。本当は大いに顔を顰めていた。
    「ジョウ?」
     ジョウに声をかけてみる。
     反応がない。
    「ねえ?」
     眠ってる……? アルフィンは息を殺してゆっくりとジョウの顔を覗きこんだ。ゆっくりと規則正しい寝息が漏れている。
     間違いない。眠ってる。
     よっぽど疲れてたんだ。こんな風に眠っちゃうなんて。
     ハードワーク続きで、休みがやっと取れたってのにこんな厄介仕事を引き受けて。本当にボロボロだったんだ。
     戸惑いながらアルフィンはジョウの頭に手をあてる。少しごわつく感じの癖のある髪。その髪の中に顔を埋めた。
     土埃臭くて汗臭い。
     本当に急いで帰って来てくれたんだ。きっと水一滴すら取ってないに違いない。
    ――― 私の為に……。私だけの為に……。
     顔を埋めたままアルフィンは思った。
     自惚れかもしれないけど、ジョウの気持ち、本当はちゃんと伝わってきてる。
     だけど、つい怒ったり泣いたり喧嘩を売ったりしてしまう自分。
     いつでもそうやってジョウを困らせてしまうのは本当は自分に自信が無いからなんだって分かってる。
     信じているのに、信じられない。すべて自分が弱いせい。
    「ごめんね。ジョウ」
     やっと素直になれてきた。言いたかった言葉が溢れてくる。
     だけどジョウ。今日は私の誕生日。一人で散々寂しい思いをさせられたんだもの。
     気を失った様に寝ちゃったジョウを見てたら凄いことを思い付いた。
     スペシャルなプレゼント。
     それがどうしても欲しくなってきた。
     ジョウの唇。
     ジョウのキス。
     こんな時じゃなきゃ絶対貰えない。
     いいよね。ちょっとだけなら……。
    こんなチャンス。きっと神様からのプレゼントだと思うから。
    ちょっと言い訳がましい気もするけれど……いいじゃない。
     アルフィンの手がジョウの頬に触れた。なんだか指先が小刻みに震えてる。それを堪えながらそっと顔を近づけた。
     こうやって良く見ると、ジョウの睫毛って男らしい顔立ちにしては結構長くて……女の子みたいなんだね……。
     こくりと唾を飲み込み、アルフィンは更にそっと自分の顔をジョウに近づけた。
     そして最後は自分も目を閉じて彼の唇に自分の唇をそっと重ねあわせた。
     それはアルフィンが想い描いていたよりずっと軟らかくって、そして暖かかった。


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■433 / inTopicNo.2)  一人ぼっちのバースデイ
□投稿者/ めばる -(2003/01/29(Wed) 22:18:39)

    「大っ嫌い。ジョウなんて……馬鹿」
     当たり所の無い気持ちを持て余して船室の中でアルフィンはつぶやいた。少々乱暴にテレビのスイッチを切る。
     大鷲座宙域恒星オークフェクト。その第3惑星ジャイムに大規模な遺跡が発見されたスクープはまだ人々の記憶に新しい。人類意外の文明生命体の遺跡ともなるとお祭り騒ぎの大騒ぎ状態に等しく、正式は調査発表前から多くのメディアが群がっていた。
     その遺跡発掘現場で落盤事故が発生し人命救助の為に急遽クラッシャージョウチームはこの星にやってきていた。
     アラミスからの特令。一仕事が片付きほっと一息ついた矢先の事だった。
     休暇先が現場に近い。移動途中で片付けろと、それで選ばれた。
     猶予は標準時間で156時間。ジャイムは1日が26時間なので日数でいえば6日間。ジョウ達の到着までの間にジャルムのレスキュー部隊が既に2日捜索に費やしていた。行方不明者は合計4人。サジタリウス宙域フラー星にあるジョージマファエル大学の宇宙考古学博士デイ・ドラバン教授と助手3名だ。
     食料や水などの生命維持の為の物資が運良く落盤事故前に運び込まれていた為これだけの時間を掛けることが許された。だが古い地層が急激に空気に触れられた為腐食の度を早め二次災害を起こし、そこで漸くレスキュー部隊では手に負えないと判断されてクラッシャー評議会に救助をオファーしたのだ。
     どんな仕事でも慎重に事を進め早急に解決をしなければ成らない事には代わりが無い。それだけでも神経をすり減らさずにはいられないが、今回のジョウ達はハードな仕事明けで肉体的にも精神的にもくたびれていた。宇宙歴史上だか何だかそんな大そうな言い訳を付けられ、最後には特別休暇3日間を貰う約束を結びつけて渋々引き受けてしまった。本当のところアラミス絡みの仕事は断ることなど出来やしないのだが。 そんな彼らの気持ちには関係無くこの事故を多くのメディアが連日のように報道し、クラッシャーが出張ったお陰で更に注目を集めてしまっていた。どんな手際で遺跡も壊すことなく人命救助をするのかと、お手並み拝見といったところのようだ…。

     メディアが五月蝿く嗅ぎ回り気分が悪い。そんなところにドラバン博士の娘でありクライアントの一人であるティムが加わった事が更にジョウの神経をさか撫でる要素を一つ増やして、捜索開始一日目にしてジョウが爆発したのだ。
     いや、アルフィンには本当のところこれっぽっちもジョウを困らせたり怒らせたりするつもりなどなかったのだ。だが結果的にはこっぴどく叱られたうえ、謹慎処分まで言い渡され宇宙港に停泊中の<ミネルバ>に一人戻された。
     だから今こうして<ミネルバ>の自分の船室でひとり愚痴っているのだ。
     ジョウ達は現場近くに簡易キャンプを張っているので<ミネルバ>には帰って来ない。ドンゴも借り出されてしまった為、本当にアルフィンは一人ぼっちだった。それでもアルフィンはじっと既に二日間も一人で耐えた。
     現場の状況は地元メディアが終日こと細かに伝えてくれているからなのか誰もアルフィンに連絡一つ入れてくれない。ジョウがまだ怒っている性かもしれない。
     それでも耐えた。十分過ぎる程アルフィンは耐えた。
     だが、つい5分前のテレビ放送でドラバン教授と助手達を無事に救出した事を特別番組で騒々しくアナウンサーが捲し立てた。
     そこまでは良かった。助け出したんだ。任務終了ね。そうほっと胸をひと撫でしたところまでは……。
     次にまたあの女がしゃしゃり出てくる前までは……。
     煮え繰り返った気持ちを近くにあったクッション達にぶつけた。クッションが壁にぶち当たり床に散乱している。

    『父と私はテレバシーで繋がっているんです。』

     そう、そんな事を言ってたっけ。物凄い甲高い耳障りな声で舌を縺れさせてしゃべるのよ。

    『父の声が聞こえます。ああ…ジョウ。私を一緒に連れて行って…』

     そうそう、腰をくねらせて媚びるようにジョウに抱きついて泣き真似してたんだ。ムカつくったらありゃしない。
     赤みの強いカールのかかった肩下位の長さのブロンドで、咽返るような甘ったるい香水の匂いをプンプンさせて、胸とかお尻とかがムチムチっというかボコボコっと出てて…。なんだかやけに分厚い唇に濡れた様な真っ赤なグロスをつけて…。セックスアピール120%も軽く超えてるんじゃないかしらって感じ。同じ女のあたしから見たら、ティムってホントにヤな感じの女だった。
     あんな女に騙されて。鼻の下伸ばして一緒に連れて行くなんて言うから、どうかしてるんじゃないって言ってやったんだわ。そりゃあ、もうちょっと違う言い方もしたかもしれないけど。
     そしたら、あの女ったらギャーギャー泣き始めるわ、ジョウは怒り出すわで――― 
     あたしはジョウがあの女の肩を持つように怒るからつい剥きになって……。結局一人で<ミネルバ>に送り返されたんだった。

    『危ない目には遭わなかったかですって?もう危険な所だらけでしたわ。でもジョウが身を呈して助けてくれましたから。私達とても深いところで繋がっていますの。』

     さっきのテレビであの女がそう言ってほくそ笑んてた。繋がってんのは父親とって云ってたじゃないの!
     画面のティムに罵声を浴びせてたら彼女の後ろにジョウの仏頂面が一瞬映った。なんだか無性に寂しくなってテレビのスイッチを切ってしまった。
     なにが深いところよ。洞穴が深かっただけじゃない。おふざじゃないわよ。まったく。あんな事を好き放題言わせておくなんて……

    ――― ジョウの馬鹿……

     じっと手元を見つめていた蒼い瞳が涙で潤み出した。ポロポロと潤み溢れた涙が長い睫毛の上で真珠玉に変化をしながら落ちて、手の上で弾けていった。

    ――― どうしよう。ちゃんとごめんなさいって言えるかな。誕生日を一人ぼっちで迎えるなんて今まで一度もなかったし考えたことも無かった。なんだか密航してきた事を初めて後悔しそう。こんな最悪な寂しい思いをして一日どうやって過ごせばいいんだろ。私の誕生日なんか誰も覚えてなんか無いかもしれないけど……。
    ――― ジョウ…… 寂しいよ…… 逢いたいよ…… 

     アルフィンは大きくため息をつきながらベットに倒れこみ、そのまま猫のように身体を小さく丸めブランケットの中に潜り込んだ。

    ****************************************************************

    「後はやっときますぜ」
     救出した4人とティムが医療用VTOLに収容されるのを確認すると、タロスがそっとジョウに耳打ちした。見るとタロスとリッキーが意味ありげに笑っている。
    「早くしないと、メディアの奴らが来ちゃうぜ!」
     リッキーがジョウの背中を<ファイターT>の前まで押し、乗りこむ様に促す。
    「俺ら達が戻るまでにアルフィンを何とかしておいてよ。あとのイベントに差支えない様にさ」
     ジョウが<ファイターT>に乗りこむとリッキーは鼻の頭を指で擦りながら照れくさそうにそう言った。
     ジョウは親指を立ててサインを送り、リッキーもそれを真似る。
     <ファイターT>のキャノピーが閉まり機体が轟音と共に浮かび上がった。<ファイターT>であれば宇宙港の<ミネルバ>までなど5分とかからない。

    ――― なんて言う? 何から話す?

     飛び立って直ぐにジョウは頭を悩ませていた。
     思い出せばアルフィンの態度についキレてしまった自分がなんとも情けなかった。疲労が溜まっていたせいもある。甲高いティムの声に我慢が出来なかったせいもある。自分を信用しないアルフィンのせいでもある。
    だからってあんなに怒ることはなかった。いや怒る気なんか無かったのだ本当は。だがひどく怯えていていながらもあの澄んだ碧眼で俺を蔑んで批難したように強く射抜かれた。あの氷のような眼差しが心にぐっさり突き刺さったら、なんだかたまらずにあんなことを言っちまった。

    『 帰れ。そんなに嫌なら<ミネルバ>に帰れ。無理について来る必要はない…… 』

     ジョウがあれこれ考え反省しているうちに<ミネルバ>の機体が見えてくる。やっぱりあっと言う間だった。

    ―――もういい。なるようになれだ。

     前髪をぐしゃぐしゃと掻き上げてから諦めるように一息吐くとジョウは<ファイター>の機体を格納ハッチに突っ込ませた。


     案の定アルフィンは出迎えてはくれなかった。謹慎処分中だ。部屋に居る。
     疲れた足取りでジョウはアルフィンの部屋の前まで歩く。もう2日以上ロクに寝ていないのだ。緊張の糸が切れると疲れがどっと押し寄せてくる。気持ちと共に身体もやけに重かった。今回の仕事の一番の難所がこの先に控えている。
     ドアと叩こうとした手が躊躇し止まってしまう。一つ咳払いをしてから気合を入れ直し、ジョウはわざと力を入れてドアを叩いた。
     空気が抜ける様な音と共にドアが開いた。
     真っ赤なジャケットを着たアルフィンがにゅっと顔を出した。一瞬驚いたように蒼い目を大きく開いた。だが急に泣き出しそのままジョウの胸に飛び込んでくる。慌ててジョウはそんな彼女を抱きとめた。
    「なんで泣くんだ?」
     当惑気味にジョウが聞くがアルフィンは顔を胸に埋めたまま僅かに首を横に振っただけ。彼女にしてみれば、ずっと寂しくて泣いていたなんて言える筈がなかった。

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