| 「キャハ? コレハ失礼」 ドンゴの謝罪が終わる間もなく、シャワーの湯がかけられた。しかも最強のジェット水流。 「ミギャー!」 金属ボディに湯が跳ね返り、通路はあっという間に水浸しである。一瞬方向感覚がマヒして、ドンゴはキャタピラ走行のまま、通路の壁にがつんがつんとぶつけ回った。 「ぼけ! ちゃんと使用中のプラカード出てるでしょ!」 放水の主はアルフィンだった。 バスタオル一枚を身体に巻いたままで、勇ましい動作でドンゴにシャワー攻撃をしかける。というのもアルフィンの入浴中に、ドンゴがドアを開けてしまったというのだから剣幕は分からないでもない。 「冷静ニ、冷静ニ、あるふぃん」 両のアームで、卵を横倒しにした頭部を挟んだ。人が頭を抱えている格好と重なる。 「最近うっかりが過ぎんのよ、ドンゴは!」 「ぎぶあっぷ、ぎぶあっぷ」 目を模したレンズがちかちかと交互に光る。逃げまどううちに、ドンゴのアームの関節部分がこれまた運悪く、壁面にある非常ボタンを押した。 <ミネルバ>にけたたましいサイレンが鳴った。 「ばっか!」 アルフィンはシャワーヘッドを放り投げ、手近なインターコムのマイクを掴みとる。 ブリッジに発信した。 「なんの騒ぎですかい」 タロスの声だった。インターコムには映像モニタがないため、声だけの通信である。 「ドンゴが非常ボタン押しちゃったの」 「スベテ私ノセイデスカ?」 「あんたのせいよ!」 びしょ濡れのドンゴは、不服申し立てといわんばかりに、頭部のアンテナを鬼のツノのようにさらに伸ばした。 するとサイレンがふっと消えた。タロスが解除したからだ。 「どうもドルロイでバージョンアップしてから、おかしいですなあ」 「でしょ? あたしもそう思う」 クルーの右腕として、万能の性能を誇ってきたロボット・ドンゴが、ここのところケアレスミスを多発していた。人間でいう、つい、とか、うっかり、という他愛ないヘマなのだが、ロボットの場合笑い事では済まされない。 ことにドンゴは、シミュレーションやメカニックなど、正確さを要することを任せがちだ。数秒の計算のずれ、ボルト一本のつけ忘れなどは、ドンゴの仕事ではあってはならないこと。 幸いまだ大事には至っていないが、小さなトラブルは数え切れなかった。 ジョウが数時間かけてつくりあげた報告レポートを、全消去してしまったこと。クリーニングしたクラッシュジャケットの、アートフラッシュ(中和剤を塗布してクリーニングするため)の付け替えを忘れたこと。タロスの秘蔵ブランデーを、何故かオイルと思い込み<ミネルバ>に補充してしまった、などなど。 やり慣れてきた筈のことに、ことごとくミスを起こすドンゴだった。 「うわ! なんだ?」 ジョウの声だ。 居住区の端がシャワールームで、その奥には格納庫に直通する簡易梯子がかけられている。作業で汗と油にまみれたあと、すぐさまこざっぱりできる最短ルートだった。搭載艇のチェックをしていたジョウは、そこから上ってきた。 通路を、蛇のようにのたうつシャワーヘッドが行く手を塞ぐ。床は川のように水浸しだ。 「あ、ごめん」 タロスとの通信を、アルフィンは一方的に切った。ジョウは声の方向に顔を向ける。 今度は両目を剥いた。 「な、なんて格好してる」 「え?」 アルフィンは立ち止まり、バスタオル一枚の我が身に息を飲んだ。 「やーん! あっち向いてえ」 両手で胸元を抱き、その場でしゃがみこんだ。 ジョウもぎくしゃくと、言われたまま回れ右をする。 「キャハ、私ガドウニカシマショウ」 ドンゴはしゃらしゃらとキャタピラをならし、シャワールームに入った。その後、放水が止まった。きゅっと息の根を止められたように、シャワーヘッドは床でくたりと動かなくなる。 「コレデ、おっけい」 続けてドンゴは、吸水モップを持ってシャワールームから出る。てきぱきと無駄のない動きで、通路の清掃をはじめた。 そつがない。これこそがいつものドンゴだ。 「まったく、今度は何をやらかしたんだ」 ジョウは背を向けたまま、アルフィンに問いかける。 「のぞかれたの」 「のぞき?」 「故意デハアリマセン」 ドンゴは吸水モップであらかた水気を拭き取ると、スイッチを切り替える。毛足がするするとひっこみ、幅広の口から風が出てきた。熱風で床を一気に乾かす。 「私ハ、ろぼっとデス。女体ニ興味アリマセン」 「嘘おっしゃい。あたし知ってるのよ、ドンゴがえっちな雑誌読んでたの」 アルフィンの言っていることは、かなり昔の話しだった。 マーフィー・パイレーツのアジトから脱出した時、ドンゴが片手、いや片アームで持っていた雑誌の表紙がいかがわしかった。女の勘でぴんときた。しかしそれどころではなかった状況で、アルフィンは見て見ぬふりをしていた。 「アレハ、暇ツブシデス」 「一体どこから持ってきたんだか」 「ソレハ……」 「──ドンゴ」 ジョウの声が割り込む。 「作業をさっさと終えて、ブリッジに上がれ」 チームリーダーの命令は、絶対条件とプログラミングされているドンゴ。すかさず発言をシャットアウトし、作業に専念する。 会話の腰は呆気なく折られた。ジョウがそうした理由は深く突っ込まないでおこう。 そしてアルフィンも、身体が冷えてきたことを思い出す。ずり落ちかけたバスタオルをぐいと上げたところで、吸水モップのモーター音が消えた。 ドンゴはさっさと清掃道具をシャワールームに片づけると、出てきた。 「デハ、ゴユックリ」 アルフィンの横をすり抜けて去っていく。姿を見送り、完全に見えなくなったところで、アルフィンは切り出した。 「ねえジョウ、あとでドンゴも見てくれない?」 「ちょっと目に余るからな。調べよう」 背を向けたまま、ジョウは応えた。 「けどシャワー浴びにきたんでしょ? その後でもいいんだけど」 「いや、また改めるさ」 片手をひらつかせ、ジョウは簡易梯子を再び下りていく。迂回してブリッジに上がる模様だ。 「……あたしの後だと、入りづらいってことね」 アルフィンはちょっぴり複雑だった。 ジョウがそう意識するのは分からなくもないが、こう頑なに距離を置かれるのも、なんとなく寂しく思ったせいだった。
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