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■454 / inTopicNo.1)  リメンバー
  
□投稿者/ まぁじ -(2003/03/14(Fri) 14:11:56)

    「キャハ? コレハ失礼」
     ドンゴの謝罪が終わる間もなく、シャワーの湯がかけられた。しかも最強のジェット水流。
    「ミギャー!」
     金属ボディに湯が跳ね返り、通路はあっという間に水浸しである。一瞬方向感覚がマヒして、ドンゴはキャタピラ走行のまま、通路の壁にがつんがつんとぶつけ回った。
    「ぼけ! ちゃんと使用中のプラカード出てるでしょ!」
     放水の主はアルフィンだった。
     バスタオル一枚を身体に巻いたままで、勇ましい動作でドンゴにシャワー攻撃をしかける。というのもアルフィンの入浴中に、ドンゴがドアを開けてしまったというのだから剣幕は分からないでもない。
    「冷静ニ、冷静ニ、あるふぃん」
     両のアームで、卵を横倒しにした頭部を挟んだ。人が頭を抱えている格好と重なる。
    「最近うっかりが過ぎんのよ、ドンゴは!」
    「ぎぶあっぷ、ぎぶあっぷ」
     目を模したレンズがちかちかと交互に光る。逃げまどううちに、ドンゴのアームの関節部分がこれまた運悪く、壁面にある非常ボタンを押した。
     <ミネルバ>にけたたましいサイレンが鳴った。
    「ばっか!」
     アルフィンはシャワーヘッドを放り投げ、手近なインターコムのマイクを掴みとる。
     ブリッジに発信した。
    「なんの騒ぎですかい」
     タロスの声だった。インターコムには映像モニタがないため、声だけの通信である。
    「ドンゴが非常ボタン押しちゃったの」
    「スベテ私ノセイデスカ?」
    「あんたのせいよ!」
     びしょ濡れのドンゴは、不服申し立てといわんばかりに、頭部のアンテナを鬼のツノのようにさらに伸ばした。
     するとサイレンがふっと消えた。タロスが解除したからだ。
    「どうもドルロイでバージョンアップしてから、おかしいですなあ」
    「でしょ? あたしもそう思う」
     クルーの右腕として、万能の性能を誇ってきたロボット・ドンゴが、ここのところケアレスミスを多発していた。人間でいう、つい、とか、うっかり、という他愛ないヘマなのだが、ロボットの場合笑い事では済まされない。
     ことにドンゴは、シミュレーションやメカニックなど、正確さを要することを任せがちだ。数秒の計算のずれ、ボルト一本のつけ忘れなどは、ドンゴの仕事ではあってはならないこと。
     幸いまだ大事には至っていないが、小さなトラブルは数え切れなかった。
     ジョウが数時間かけてつくりあげた報告レポートを、全消去してしまったこと。クリーニングしたクラッシュジャケットの、アートフラッシュ(中和剤を塗布してクリーニングするため)の付け替えを忘れたこと。タロスの秘蔵ブランデーを、何故かオイルと思い込み<ミネルバ>に補充してしまった、などなど。
     やり慣れてきた筈のことに、ことごとくミスを起こすドンゴだった。
    「うわ! なんだ?」
     ジョウの声だ。
     居住区の端がシャワールームで、その奥には格納庫に直通する簡易梯子がかけられている。作業で汗と油にまみれたあと、すぐさまこざっぱりできる最短ルートだった。搭載艇のチェックをしていたジョウは、そこから上ってきた。
     通路を、蛇のようにのたうつシャワーヘッドが行く手を塞ぐ。床は川のように水浸しだ。
    「あ、ごめん」
     タロスとの通信を、アルフィンは一方的に切った。ジョウは声の方向に顔を向ける。
     今度は両目を剥いた。
    「な、なんて格好してる」
    「え?」
     アルフィンは立ち止まり、バスタオル一枚の我が身に息を飲んだ。
    「やーん! あっち向いてえ」
     両手で胸元を抱き、その場でしゃがみこんだ。
     ジョウもぎくしゃくと、言われたまま回れ右をする。
    「キャハ、私ガドウニカシマショウ」
     ドンゴはしゃらしゃらとキャタピラをならし、シャワールームに入った。その後、放水が止まった。きゅっと息の根を止められたように、シャワーヘッドは床でくたりと動かなくなる。
    「コレデ、おっけい」
     続けてドンゴは、吸水モップを持ってシャワールームから出る。てきぱきと無駄のない動きで、通路の清掃をはじめた。
     そつがない。これこそがいつものドンゴだ。
    「まったく、今度は何をやらかしたんだ」
     ジョウは背を向けたまま、アルフィンに問いかける。
    「のぞかれたの」
    「のぞき?」
    「故意デハアリマセン」
     ドンゴは吸水モップであらかた水気を拭き取ると、スイッチを切り替える。毛足がするするとひっこみ、幅広の口から風が出てきた。熱風で床を一気に乾かす。
    「私ハ、ろぼっとデス。女体ニ興味アリマセン」
    「嘘おっしゃい。あたし知ってるのよ、ドンゴがえっちな雑誌読んでたの」
     アルフィンの言っていることは、かなり昔の話しだった。
     マーフィー・パイレーツのアジトから脱出した時、ドンゴが片手、いや片アームで持っていた雑誌の表紙がいかがわしかった。女の勘でぴんときた。しかしそれどころではなかった状況で、アルフィンは見て見ぬふりをしていた。
    「アレハ、暇ツブシデス」
    「一体どこから持ってきたんだか」
    「ソレハ……」
    「──ドンゴ」
     ジョウの声が割り込む。
    「作業をさっさと終えて、ブリッジに上がれ」
     チームリーダーの命令は、絶対条件とプログラミングされているドンゴ。すかさず発言をシャットアウトし、作業に専念する。
     会話の腰は呆気なく折られた。ジョウがそうした理由は深く突っ込まないでおこう。
     そしてアルフィンも、身体が冷えてきたことを思い出す。ずり落ちかけたバスタオルをぐいと上げたところで、吸水モップのモーター音が消えた。
     ドンゴはさっさと清掃道具をシャワールームに片づけると、出てきた。
    「デハ、ゴユックリ」
     アルフィンの横をすり抜けて去っていく。姿を見送り、完全に見えなくなったところで、アルフィンは切り出した。
    「ねえジョウ、あとでドンゴも見てくれない?」
    「ちょっと目に余るからな。調べよう」
     背を向けたまま、ジョウは応えた。
    「けどシャワー浴びにきたんでしょ? その後でもいいんだけど」
    「いや、また改めるさ」
     片手をひらつかせ、ジョウは簡易梯子を再び下りていく。迂回してブリッジに上がる模様だ。
    「……あたしの後だと、入りづらいってことね」
     アルフィンはちょっぴり複雑だった。
     ジョウがそう意識するのは分からなくもないが、こう頑なに距離を置かれるのも、なんとなく寂しく思ったせいだった。



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■455 / inTopicNo.2)  Re[1]: リメンバー
□投稿者/ まぁじ -(2003/03/15(Sat) 12:49:49)

     ブリッジにクルー全員が揃った頃。
     動力ボックスシートと、立体スクリーンボックスの間で、ドンゴは4人に囲まれていた。金属ボディの背カバーを開け、数本のコードが差し込まれている。
    「新しいデータには問題ないですなあ」
     メインスクリーンを見上げ、タロスはううむと唸った。二面マルチに切った片面には、ぎっしりと文字と数字が埋め尽くされ、問題があると色が変わって表示される。
     その異変は見られない。つまりバージョンアップは完璧に行われていた。そもそもドルロイで作業を行ったのであるから、ミスがあるわけない。
    「電力回路かもしれん。アルフィン、適当にデータを流してみてくれ」
    「了解」
     ジョウの指示を受け、コンソールの上をしなやかに指先でタッチする。
     もう一方の片面スクリーンには、ドンゴの配線や構造などがデフォルメされた画像が表示されている。ようは、ドンゴを腹と背にスライスした内蔵画像だ。人間でいう血管や臓器のように、落とし込まれたデータの流通経路が一目で見てとれる。
    「スムーズなもんですな」
     良好のサインを確認し、タロスの顔は一層曇っていく。これ以上の厳密なチェックとなると、再びドルロイへ舞い戻るしかないからだ。
    「あれは? メモリバンクとの不具合」
     ドンゴの脇で腰を落としたジョウに、リッキーが背後から声を掛ける。
    「メモリとの互換性なんざ、バージョンアップの際、真っ先にチェックする」
     リッキーも屈み込んでいるため、見上げたタロスがより大男に見える。その高ーいところから、嫌味をたっぷりこめてタロスは吐き捨てた。
     明らかに馬鹿にしくさった態度。もちろんリッキーはこれに反論した。
    「そんなの俺らだって知ってるさ! けど、万が一ってことがあるじゃん」
    「おめえ程度の脳ミソが考える万が一なんざ、大したこっちゃねえ。ドルロイの職人も舐められたもんだ」
    「ちぇっ! 人の話に耳を貸さないてのはさ、年寄りの証拠だぜ」
    「ガキの戯言てのも、覚えときな」
     2人のやりとりに、ジョウは肩越しに顔を向ける。
    「大して手間はかからんさ。やってみよう」
    「やっぱりな。兄貴は話せる」
     リッキーは最後の一言が多かった。がつん、と頭上からタロスの拳が落ちた。ひー、と頭を抱えながらリッキーはその場にうずくまる。毎度のパターンだけに、誰も慰めてはくれなかった。
     背後での悶着を無視して、ジョウはタロスを見上げた。
    「どうせなら、ドンゴのシステムをいじった順でさかのぼってみるか」
    「<アトラス>時代までですかい?」
    「ああ。大した回数じゃないだろ」
    「ですな」
     タロスの記憶から読み上げた年号を、アルフィンがすかさずコンソールに打ち込む。齢52才でも頭の回転が冴えているタロスは、すらすらと口にした。
     メモリバンクとの不具合として、最も可能性が高いと睨んだのが<アトラス>から<ミネルバ>にドンゴを載せ替えた時だ。宇宙船のシステムとしては、<アトラス>と<ミネルバ>は比較的近い機構ではある。だがチームリーダーが交代し、ダンとジョウとでは扱いに違いがあり、所々調整をかけたためドンゴのデータも入れ替えていた。
     しかしながら、これもオールクリアだった。あとは<アトラス>時代のメモリバンク、もしくは原因不明でドルロイ行きのいずれかに結論は絞られる。
    「あら?」
     不意にアルフィンの声が上がった。
    「引っ掛かってるものがあるわ。どうやらこれが原因みたい」
     ジョウ、タロス、リッキーはメインスクリーンを見上げる。文字と数字の画面に、赤い光点が映し出された。
    「これ、パス制御がかかってるわ」
     パスワードがかけられているデータは、機密文書と同じ扱いでチェックは素通りされる。匠の技をもつドルロイの職人であっても開示はできない。
     今まで特にトラブルがなかったのは、恐らくマイナーチェンジで済んでいたせいだ。今回のバージョンアップは、かなり大幅だったため、この不具合が出たとジョウは睨んだ。
     なにせ、引っ掛かったメモリデータは古すぎた。ドンゴが<アトラス>に搭乗した日付が、コンソールのパネルに表示されていた。
    「タロス、何だこれは?」
    「さあ……。おやっさんが残したもんでしょうかねえ」
     首を傾げていた。
     するとされるがままだったドンゴが、反応を示す。両のレンズがちかちかと点滅した。
    「キャハハ。ぱすわーど解除ニハ、該当ノ二文字ヲ入力シテクダサイ」
    「二文字?」
     ジョウはドンゴに向き直った。
    「ひんとハ、とらこん」
     卵形の頭部をぐるりとジョウに向けた。
    「コレデ分カラナケレバ、永久ニでーたヲ開示デキマセン。キャハハ」
     しかしながらジョウにはまったく思い当たらないヒントだった。
     パスを解除できないとなると、面倒なメモリデータは消去しかない。
    「もう一度ヒント言ってみろ、ドンゴ」
     タロスだった。
     両膝に手を当て、屈み込むように乗り出している。
    「とらこん」
     唇を真一文字に引き、タロスは一旦両眼を閉じた。
    「……入力してくれ。KとY、どっちが先でもいい」
    「え? ええ」
     アルフィンは言われたままコンソールに打ち込んだ。するとタロスは、ふうと大きなため息をつき、背を伸ばす。メインスクリーンに視線を向けた。
    「ほらな、やっぱり俺らの読みが当たってたじゃんか」
    「うるせえ」
     抑揚なく、つっけんどんな声だった。
     そして入力パスワードは見事大当たりで、メインスクリーンの二面マルチが一旦消える。全面マルチスクリーンに自動的に切り替えられ、何やら映像を映しだした。


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■456 / inTopicNo.3)  Re[2]: リメンバー
□投稿者/ まぁじ -(2003/03/19(Wed) 11:29:26)

     メインスクリーンいっぱいに映し出されたものは、最初何か分からなかった。
     しかし被写体が少し引き、動きから、人間の片目だと推察できた。黒い瞳。虹彩までしっかり映し出されている。
    「ちょっとお、ちゃんと撮ってる?」
     女の声がした。
     映像が瞳となると、ぱしゃぱしゃとした動きはまばたきだと分かった。
    「まさか広角レンズ? それならあたしはお断り。下ぶくれに映るのはやーよ」
     よりはきはきとした口調の、別の女の声がした。
    「標準れんずデス。アリノママニ録画シテマス」
    「そんじゃ、美人は美人のまんまってことね。よろしい」
     接写状態の被写体がすっと身を引いた。
     メインスクリーンに映し出されたのは、肩を並べた2人の若い女。黒髪のストレートロングと、赤毛で短めのウルフカットの女だった。
     バストアップの映像だが、2人の服装がいかに露出度が高いかは想像がつく。襟付きの短上着は、ノースリーブで銀色。くっきりと胸の谷間をつくり、プロポーションの良さはこれだけでも充分に伝わった。
     2人とも同じ服装をしている。制服だと分かる。しかしクラッシュジャケットとは大いに違う。
     そして女たちは、ひらひらと片手を振りはじめた。
    「はあい。ダン、ガンビーノ」
     黒髪の女が言った。
    「はあいったら、はあい。タロスとバード、お元気?」
     赤毛の女が言った。
    「あんの……、いつの間に」
     メインスクリーンを睨めつけたタロスは、呆れを通り越し、相好が愕然とした様子に崩れた。
    「アルフィン、ストップ」
     ジョウの指示で、映像が止まった。
     2人の笑顔は写真のように固定される。
    「知り合いか?」
     ジョウは立ち上がり、突きだした親指でスクリーンを指す。
    「背景の様子だと、<アトラス>の操縦席みたいだな」
    「へ、へい……」
     タロスは片手を頭の後ろにまわし、掻く。血の気のない顔色に、まだらのような赤味が射しこんだ。若き頃の記憶をひっぱりだされて、全身がむずむずと照れくさい。
    「例のドルロイのいざこざで、たまたま居合わせたWWWAのトラブル・コンサルタントでして……。もちろん任務中の行きがかりってやつですが」
    「ジュニアの一件か……。てことは20年前?」
    「もう、そうなりますな」
     メインスクリーンに映る若さ弾ける乙女たちも、今では立派な中年女性という計算となる。
     タロスはいま一度娘たちの映像を見上げたが、老けた姿はまったく想像できなかった。この2人は美貌と若さのためなら、手段を選ばないだろう。このままの姿で年端だけ重ねていても不思議ではない。そんなことがふと過ぎると、はちゃめちゃな2人の活躍が思い出された。
    「プライベートなもんだったら、お前だけが見ればいい」
    「いや、勘弁してくだせえ。抹消しちまいたいくれえだ」
     ほとほと弱り顔のタロス。
     そんな弱点をさらしたタロスを、リッキーが見逃す訳がない。
    「俺ら見たい!」
     うへへへ、と口元をだらしなく弛めながら、どんぐり眼をぐりぐりとジョウに向ける。
    「手の込んだメッセージ残すなんて、訳ありと見たね」
    「訳なんてねえや」
    「怪しいなあ。この2人のどっちかと、やましいことでもあったんだろ?」
    「馬鹿か! ドルロイが壊滅するかしないかの瀬戸際だった。そんな暇はねえ」
     歯を剥き出して、タロスはずいとリッキーの鼻先に顔を突きだした。
    「続きを見れば分かるんじゃない? やましいか、やましくないか」
     立体スクリーンのボックスシートから、愉快気なアルフィンの声だ。
     多数決で2対1。
     最後のジャッジはジョウに課せられることになる。
    「……タロス宛のメッセージなら、消そうが何しようが好きにして構わないんだが」
     口元に手を当て、ちらとジョウはタロスを見る。
     その目元はどこか、悪戯っぽさを滲ませていた。
    「親父もかかわってるとなると、俺もちょいと気になる」
     そしてアンバーの瞳を、笑いを噛み殺すように細めてみせた。
    「……ジョウ」
     仕事中ならば、追いつめられるほどタロスはポーカーフェイスを装う。しかし今は、その余裕がまったくない。参りましたなあ、と感情がありありと顔に出ていた。
     結局。
     多数決で、WWWAのトラコンが残したメッセージは、全員でみる羽目になってしまった。
     タロスは主操縦席のシートを軽くリクライニングさせ、両足をコンソールに放り出す。両腕を枕にして、ふんぞりかえった。ふてくされた様子というより、横顔から表情が読みとれないよう腕でカバーする姿勢だった。
     全員が各シートの就いた中で、リッキーだけは立ちっぱなしで主操縦席の後ろに寄りかかる。小さい身長を精一杯伸ばして、食い入るようにスクリーンを見上げた。
    「じゃ、最初からね」
     アルフィンがコンソールのボタンを押した。
     タロスが若い娘の映像を前に、おろおろする。その空気のせいで、アルフィンはくすっと笑った。それはしっかりとタロスの耳にも届き、ちっ、と一人毒づいた。


引用投稿 削除キー/
■457 / inTopicNo.4)  Re[3]: リメンバー
□投稿者/ まぁじ -(2003/03/19(Wed) 11:30:41)

    「はあい。ダン、ガンビーノ」
    「はあいったら、はあい。タロスとバード、お元気?」
     2人はひらひらと片手を振った。
    「さて、このメッセージ気づいたのは、だあれ?」
     赤毛の女が、つんと人差し指を指す。
     その予想を黒髪の女が応える。
    「妥当なところだと、バードかガンビーノ。バードはケイを気に入ってたようじゃない? これ見つける前に、あれこれ手つかって、あたしたちを検索しそう。……あ、そうそう、ガンビーノ怪我はどお?」
    「あんだけの大怪我で、ぴんぴんしてんだもん。心配すんだけ野暮だって、ユリ」
    「そうね。録画時間も勿体ないし」
     20年前といえば、クラッシャーはまだ、ならず者の印象がいまよりも色濃かった時代。その強面の男たち相手に、ずけずけとした物言いをする女たち。只ならぬ神経の持ち主であることは明らかだった。
    「まだ途中だけど、今回の仕事、あんたたちと一緒で結構楽しんでるわ」
     ケイが小首を傾げると、おおぶりのイヤリングがきらりと揺れた。
    「──ただし」
     急にケイの口調が強くなる。指先がぐいと画面に押しつけられ、指紋で顔が隠れる。
    「仕事ができるだけじゃあ、いい男とはいえないもんよ」
     そう言い切ると、画面から指先が離れた。べたりと指紋が残った。
     ドンゴがすかさずレンズをクリーニングする。
    「こんな美人と仕事してんだから、もっと嬉しそうになさい。特に、タロスとダン」
     ケイはきっぱりとした口調で、名指しした。
    「ま、ね。いい年した男ばっかで、仕事ばーっかしてれば、精神的に偏っちゃうのは分かるわ。ただ、いい女をみて仏頂面っていうのは、レディに失礼よ。あたしの勘だけど、みんな一人モンでしょ。でしょ? 潤いのない人生ってば生き地獄よお。どーしよーもない男だったら見捨てるけど、悪くないから、お二人サン」
     ケイは一旦ウインクし、滑らかになった舌は止まりそうになかった。
    「忠告してくれるいい女が周りにいなかったのね、きっと。だーら黙ってらんないのよ、いい女としては。直接言っても聞かなそうだし。あたしたちと出逢って、ラッキーだったわね」
     するとひょいと、ユリが顔を突き出した。
     両手を合わせたポーズで、しなをつくる。
    「ごめんね。ケイ、キツくって」
    「ちょっとユリ! ずっこい」
    「だあって、あたしそこまで思ってないもの。大体、なんでいちゃもんつけてるワケ? 折角の機会だから<アトラス>に何か残したら面白いかもって。提案しただけなのに」
    「ぶーたれてたじゃない」
    「何をよ」
     ケイは、ふんと鼻息をならして、両腕を組んだ。
    「いいのお? 言っちゃって」
     意味深な流し目で、ユリを一瞥する。
    「お昼寝ン時よ」
    「お昼寝?」
     ユリの片方の柳眉がぴくりと動いた。
    「ドルロイのドックエリアにあった、コンテナの上でお昼寝したじゃない。ユリそん時、うじゃうじゃ寝言言ってた。“ダンの気持ちが読めないよーう”って」
     べえ、とケイは舌を出した。
    「嘘。おだまり!」
     ユリの表情がとげとげしく変わった。しかしながら図星のようで、乳白色の面立ちが、みるみる桜色を通り越して、真っ赤っかに染まった。
    「そーおなのよ、ダン。この娘ったら、おじさまフェロモンにやられちゃったみたい」
    「な、な、な……」
     唇をわなわなと震わせて、ユリは狼狽えていた。
     態度でモロばれである。
     スクリーンを見上げたタロス、リッキー、アルフィンは、ほうとかへえとか、それぞれ感嘆を挙げていた。ところがジョウだけは、身が縮まる思いでいた。
     自分の父親の恋の噂など、こそばゆいだけ。しかも石のような表情しか見せたことのないダンだ。まさかこの娘と甘ったるい思い出があったとしたら、調子が狂う。息子として、いたたまれない。
    「わあったわよ!」
     突如、甲高い声がブリッジに跳ねた。
    「ケイがそこまでぶっちゃけるなら、あたしも言ってやる」
    「あ、あによ」
     一見しとやかなユリの方が、本気で怒らせるとマズいらしい。ケイが一瞬、びくりと臆した様子から簡単に想像がついた。
     ユリは、どすんとケイにひじ鉄をくらわせる。ひるんだ隙に、ユリの顔はスクリーンにどアップとなった。
    「タロス!」
     スクリーンの真下で、タロスはぎょっとした。
    「ケイは憎たらしいことばっかほざいてたけど、裏じゃ“ハンサム、ハンサム”ってメロメロよ。ケイにたなびいてくんないから、拗ねてさっきあんなコト言ったの。素直じゃないのは許してやって」
     ずる、っとタロスは主操縦席のシートからこけた。
    「ハ……ハンサムぅ?」
     背後からリッキーの声。どんぐり眼をかっぽじいて、ついでに、あんぐりと大口を開いた。
     無理もない。
     リッキーが知っているタロスといえば、傷だらけで、人生の年輪をしっかり刻み込んだ顔つき。ギャングかやくざと見間違えてもおかしくはなく、これがハンサムに見えるのならば、眼科に通った方がいいとさえ思った。
     しかしケイの美的感覚は狂っていない。その美貌を毎日鏡で見ているのだから、養われ、磨かれ、厳しいくらいだろう。
     つまり、この頃のタロスは相当の二枚目だった。
     ムービースターばりの甘いマスク。ユリがダンのような、シブ専で幸いである。好みが同じであれば、相棒とすったもんだを起こすところだった。
    「んなこと言った覚えないわよ!」
    「言ってる! 目が言ってる! いっつもウルウルしてる!」
    「してなーい!」
    「してるー!」
     ユリとケイは額をごつんとぶつけて、うー、と唸っていた。
     気性の荒い猫が、にらみ合っているようである。
     頭上からやいのやいのと、娘たちから好き勝手に言われて、タロスは頭を抱えた。あの頃の記憶が克明になればなるほど、緊迫した事態が続く中で、よくもまあ呑気なことをやらかしていたもんだと嘆息をつきたくもなる。
     見るんじゃなかった。タロスはほとほと、弱り果てていた。
     巨体が小さく見えるほどだった。
    「キャハ。ゴ希望ニ添ワナイナラバ、撮リ直シマスカ?」
     はっ、とユリとケイは揃ってスクリーンに面を向ける。
    「どれくらい録画した?」
     ケイが聞いた。
    「180秒ト、少々」
    「いっけない。戻ってくるわね、そろそろ」
     ユリの目が泳ぎはじめた。誤魔化すように、操縦席のコンソールの方に身体の向きを変えた。いかにも、操縦系統のチェック中を装う。
    「バレちゃ意味なし」
     ケイも大いに頷き、ユリに尋ねる。
    「消す? 残す? どーする?」
    「どーする?」
     ドンゴはそんな2人のやりとりを、ずっと録画し続けていた。
     すると空圧が抜ける音がした。ブリッジのドアがスライドしたのだろう。2人がびくりと動いたことからでも分かる。
    「わあ、かっこいい」
     唐突にユリが、黒い瞳をきらきらと輝かせて驚喜した。
     すると画面がいきなり右旋回する。パーン映像だ。ぴたりと止まった時には、青いクラッシュジャケットを着た、すらりとした長身の男を映した。
     一瞬だけ。
     そして、かしゃりと音がする。
     メインスクリーンがブラックアウトした。


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■458 / inTopicNo.5)  Re[4]: リメンバー
□投稿者/ まぁじ -(2003/03/20(Thu) 11:59:07)

    「あれれ。おしまいかい?」
     リッキーは目をぱちくりとさせて、ドンゴに振り向く。
    「キャハハ。くるーガ戻ルマデノ間、録画ノ指示ヲ出サレマシタ」
    「戻るまで?」
    「くらっしゅじゃけっとノ着替エニ、退室シテイタ間デス」
    「くそ。あん時か」
     主操縦席でタロスは渋面をつくる。右の拳でぱんと、左の手のひらを打った。
    「やけに着替えろ、着替えろと、やかましかった理由がこれか」
     クラッシャーの制服、クラッシュジャケットの起点はまさにこの日だった。ドルロイの老職人、ザルバコフがクラッシャー専用に開発した万能ジャケットのことだ。この時にはまだ、クラッシュジャケットなどという名称はない。
     たまたま<アトラス>の発進を見合わされて、600秒の時間が空いた。この頃、着用していたスペースジャケットは、幾度もの襲撃をかいくぐったせいで、ボロボロのよれよれだった。そこでケイが、着替えろと提案したのである。
     タロスはまるで、ケイが小細工する時間稼ぎと受け取ったらしいが、実は違う。半分は時間つぶしで、半分は本気。みすぼらしく、おまけに汗臭い男どもに、レディからのありがたい忠告だった。
     クラッシャーがブリッジを空け、ドンゴと3人、いや2人と1台になった時に。たまたまユリが、悪戯心も兼ねて、<アトラス>にメッセージを残そうという展開になっただけである。
    「ジョウ、最後に映ったのって議長よね?」
    「──らしいな」
    「親子揃ってブルーのジャケットなんてね」
     くすっと、アルフィンは笑った。
    「たまたまだ。深い意味はない」
     ジョウは何となく、気分がくすぶる。
     二代目という立場を意識するせいである。跡継ぎという響きは、ジョウは好かない。フロンティア精神にかけた、所詮、おんぶに抱っこなひよっこという気分になるからだ。
     そしてジャケットは若干の違いが施されている。ダンは純粋に濃いブルーだが、ジョウはブルーのツートンデザイン。ダンとお揃いは着たくないという、ささやかながらの、ジョウの抵抗でもあった。
     深い意味はないと突き放したものの、内心、アルフィンの目の付け所にどきりとしていた。
     そんなジョウのもやっとした気分も知らずに、当のアルフィンは
    「議長、しぶい」
     と、溜息をついた。
     その隣でリッキーは、両手を頭の後ろで組み、どすんとシートに座る。
    「しっかし、惜しいなあ」
     アルフィンとは別な意味で、大きな溜息をつくのだった。
    「あともうちょい録画が長けりゃ、タロスも拝めたのに」
     リッキーは興味津々だった。あれだけ美人のケイに、ハンサムと言わしめたタロスの昔が、気になって気になって仕方ないのである。
    「今も昔も、もたもたやってっから、出遅れんだ」
    「なんだとお」
     ぬうっとタロスは立ち上がった。怪物並の顔の土台に、怪物級の凄みが加わった。
     こんなに変わり果てちまって。リッキーは胸の内で思ったが、あえて口にはしなかった。
    「てこたあよ、その空っぽのピーマン頭も成長しねえってこったな」
    「言ったなあ」
     リッキーはぱっと、シートの上に仁王立ちになる。
    「おう、言ったぜ」
     タロスは両手の関節を、ばきばきと鳴らした。
     そんな2人の、飽きもせず毎度毎度繰り返されるレクリエーションを眺めながら、アルフィンは思った。そして思ったことは、つるりと口から滑った。
    「調べてみようかしら」
    「──へ?」
     リッキーの首が、くるっと振り向く。
    「調べるって、何をさ」
     アルフィンはちらとタロスを見る。人差し指の先を、ちょっとくわえるポーズをしてみせた。
    「うーん、とね。タロスの昔」
    「分かんのかい?」
     リッキーはシートから飛び降りる。空間表示立体スクリーンのボックスシート脇に、ててて、と駆け寄った。
    「古いメモリバンクあら探しすれば、見つかりそうじゃない? 昔のクルーリストとかに」
    「げ」
     タロスの顎が、がくんと外れそうになる。
    「や、やめましょうや。時間と労力の無駄だ」
     大きな両手を上下に振って、どうどう、とアルフィンを慌ててなだめた。
    「さっきのビデオも面白かったし。たまには、昔を振り返ったっていいじゃない?」
    「やってみようぜ、アルフィン」
     リッキーの気分はすっかり小躍りしている。
     あちゃあ、とタロスは片手で顔を覆った。
    「──そりゃ、残念だな」
    「え?」
     ジョウの声に、アルフィンとリッキーは揃って顔を前方に向ける。
    「タロスの古いデータは、ドンゴから抹消してある」
    「えー?」
    「なんでさあ」
     がっかり、という声が調和する。
     タロスだけは、ほっと、胸を撫で下ろしていた。
    「でかいサイボーグ手術をやらかした時、親父に言われた。生まれ変わったタロスに、昔はいらない、ってな」
     もともとタロスは出生など、過去をほとんど明かそうとしない。その理由は聞かされていないが、かつてのチームリーダーであるダンは、何かしら感ずるものがあったのだろう。
     タロスが生まれもった外見と完全に決別した日、ダンは通信でジョウにそんな命令を下していた。
     当時のジョウも大人の事情などよく分からないし、どのみち命令ゆえに、大人しく従ったのだ。
    「さすがは、おやっさんだ」
     タロスはにやりと笑みを浮かべる。何度も頷き、かつてのチームリーダーの配慮に、ひたすら感謝という様子だった。
    「ちぇっ、つまんねえの」
     リッキーはぼやいた。
     ホントよねえ、と言いたげな顔でアルフィンも唇をとがらせる。


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■459 / inTopicNo.6)  Re[5]: リメンバー
□投稿者/ まぁじ -(2003/03/21(Fri) 12:01:38)

     だが。
     アルフィンの碧眼が、ぱっと見開いた。見開いた途端、指先が素早くコンソールの上を走る。リッキーはただ訳も分からず、その様子を眺めていた。
     一方、ブリッジの最前列に並んでいるタロスとジョウは、とりあえず一段落ついて、やれやれとシートに身体を沈めた。
     ケイとユリが残したメッセージは、何ということのない代物ではあるが、ジョウとタロスを動揺させるには充分な悪戯だった。
     そんな風に、やっとひと息いれたところだった。
    「やだあ、かわいい!」
     ただでさえ甲高いアルフィンの声が、2オクターブ上がった。
    「ほえー」
     リッキーも頓狂な声を上げた。
     ジョウとタロスは、何事かと背後を同時に振り返る。アルフィンとリッキーは、見上げた格好をしていた。見上げる? ジョウとタロスは不思議に思い、それに習った。
     見上げた先にあるのは、メインスクリーンである。
    「うわっ!」
     ジョウが副操縦席のシートでひっくり返った。
    「おお、こりゃ。懐かしいですなあ」
     目尻を下げ、タロスはまばたきも忘れてじっくりとメインスクリーンに見入る。
     そこに映っているのは、少年の画像と文書がレイアウトされている。ニュースペーパーや雑誌の切り抜きのようなデータだ。
     面立ちから恐らく、10才そこそこと言ったところだろうか。しかし体格はかなりいい。15才のリッキーより長身に見え、何より骨格ががっちりしている。
     青いクラッシュジャケット姿で、両手を腰にあてたポーズ。意志の強そうな眉が、きりりと上がっている。輪郭はまだ子供特有の丸いラインがあるが、アンバーの瞳は猛獣のそれのように、ギラギラしていた。
     血気盛んな、やんちゃ坊主という風体の少年。
     もう誰かは一目瞭然。
     クラッシャージョウが、デビューを飾った頃の回覧データだった。
    「ば……、消せ!」
     ジョウは慌てて操縦席から飛び出た。アルフィンに掴みかかろうとする。
     それをリッキーが小柄な身体を投げ出し、制する。ジョウの腰にがっちり両腕を回し、むんと両脚を踏ん張っていた。
     リッキーの顔に赤味が射す。だがそれ以上に、ジョウの顔面も熟れたトマトのように赤い。
    「い、いいじゃんか、兄貴。減るもんじゃなしに」
     力一杯抑え込みながら、口調は面白がっていた。
    「やっぱり議長の息子となると、露出が多いのねえ」
     アルフィンは再び、ぽんとコンソールのボタンを押す。メインスクリーンの画面が、また変わった。
     今度はダンとジョウだ。ぐったりとした様子のダンはジョウの肩に腕をまわし、煤だらけのジョウの顔は、必死の形相である。
     これは先ほどの画像より数倍大きい。タイトルもでかでかとしている。“クラッシャーダン重体、引退か?”の文字だ。まさしく、ダンがジョウに引導を渡すきっかけとなった事故のデータである。
    「ドンゴ! 回路を切れ!」
    「キャハ」
     ドンゴは即座に従った。
     メインスクリーンはブラックアウトする。懐かしのジョウの映像も吹っ飛んだ。
    「あーん! 職権乱用よお!」
     アルフィンは地団駄を踏んだ。
    「ドンゴ、こいつも消去しとけ」
     さらにジョウは追い打ちをかけた。
     放っておいたら、アルフィンがまたほじくり返すに決まっているからだ。
    「ソレハデキマセン」
    「できない?」
     ジョウは一瞬で吹き出した額の大汗を、拳で拭いながら顔をしかめた。
    「創始者ノでーたハ、くらっしゃーノ歴史トりんくシテイルタメ抹消デキマセン」
    「そんな訳ないだろ。タロスのデータだって消せたんだぜ」
     タロスも稼業を興した時、創始者の一人として立派に名を馳せている。
    「例外トシテ、評議会ノ決定ガ下リレバ抹消デキマス。デスカラたろすハ、可能デシタ。議長オヨビじょうノ場合、直系ト認定サレテイルノデ永久ニ保存サレマス」
    「良かったあ」
     アルフィンは胸に手を当て、笑顔をほころばせた。
    「良くない!」
     ふん、とジョウは顔を背けるしかできなかった。
     そんなやりとりを肩越しで聞きながら、タロスはぼそりと呟いた。
    「……たまにゃ、いいもんですな」
     へ? と3人の顔が一斉に、主操縦席に向く。
     タロスはゆっくりとした動作で、振り返った。いつもの厳つさは消え、穏やかで、やさしい笑みを浮かべていた。
    「昔を振り返るてのも、なかなかオツなもんです」
     過去をほとんど周囲に明かさず、できうる限り切り捨てようとしているタロスだ。昔を肯定する言葉は、タロスが言うとずしりと深い意味合いとなる。
     ケイとユリのちょっとした悪戯は、タロスのどこか頑なだった心の隅を、柔らかくほぐしてくれたようだった。


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■460 / inTopicNo.7)  Re[6]: リメンバー
□投稿者/ まぁじ -(2003/03/24(Mon) 10:46:11)

     それから、銀河標準で48時間後のことだった。
     次の任務でとある惑星に降りることになったジョウたちは、4人総出で武器庫のチェックを行っていた。
     その一角で、アルフィンとリッキーが何やらぼそぼそ話している。一応手は動かしてはいるのだが、それ以上に口の動きの方が多い。
     明らかに作業に集中していなかった。
    「……ね、失礼しちゃうと思わない?」
    「兄貴もよく分かんないとこあるけど、議長は生みの親だもんな」
    「そうそう。全然、何考えてるか読めないの」
    「──何が読めないって?」
     いつの間にか、2人の傍らにジョウが立っていた。斜に構えて、アルフィンとリッキーをじろりと睨めつける。
     ついアルフィンとリッキーは、ぴしりと姿勢を正した。笑顔も強ばり、苦笑いになる。
    「こそこそ話するくらいなら、仕事が終わってから堂々としろよ」
    「た、大したことじゃないのよ」
    「大したことないなら、なおさらだ」
     アルフィンはしゅんと肩をすくめた。
     どうしたもんかと、リッキーは交互に2人の顔を見上げる。
    「……そんなおっかない顔しなくったって、いいじゃない」
     大人しく従うかと思ったら、拗ねた声が返ってきた。
     アルフィンは、一旦俯いた顔を上げる。唇がきゅうっ、と尖っていた。
    「別に怒ってる訳じゃない。仕事に身が入ってないから、注意したまでだ」
    「そういう堅物なところ、議長から受け継いじゃってるのね」
    「あ?」
     ジョウは眉間を寄せた。
     いきなりダンの存在が絡んできたせいで、状況が一層読めなくなった。
    「親父がなんだよ」
    「べっつに」
     アルフィンはすい、と横を向いた。
     意味が分からず、ジョウは視線を下ろしリッキーに向いた。目と目がぶつかり、矛先を向けられたリッキーは一瞬面くらい、狼狽える。
    「言ってみろよ」
    「ほんとにさ、大したことじゃないんだ」
    「なら言えるだろ」
     リッキーは上目遣いでアルフィンを見る。するとアルフィンは、軽く顎をしゃくった。
     いいわよ、言っちゃって、というリアクションだ。
    「えっとですね」
     やけに改まった口調で、リッキーは唇をもぞもぞと動かした。
    「さっさと言わないか」
    「……そのお。議長からまったく音沙汰なしなんで、一体何考えてるんだろうね、っていう話しなだけで」
    「音沙汰? 何か連絡したのか」
    「ほら、タロスもさ、結局満更じゃなかったみたいだし。だからきっと議長も、喜ぶかなあって」
    「まどろっこしい」
     ジョウは再びアルフィンに向いた。
     言葉のニュアンスから察すると、何かことを起こしたのはアルフィンの方らしい。リッキーでは埒が明かなさそうだ。
    「──アル」
    「言うわよ!」
     ジョウより先に、アルフィンが噛みつくように言を継いだ。
    「この間のケイとユリのメッセージ、議長に送ったの。全然返事がないの。だから失礼よね、っていう話し。はい、おしまい!」
     早口で白状すると、アルフィンはきびすを返した。
     咄嗟にジョウはその腕を取る。あによう、とアルフィンの目つきが鋭くなった。
    「……あれを送ったのか? 親父に」
    「そーよ。今そう言ったでしょ」
    「馬鹿か。あんなもん突っ返されるのがおちだぜ」
     きゃいきゃいとした、何の脈絡もなく、言い換えれば下らないメッセージだ。しかもアルフィンの口振りから察すると、メッセージはダンに直通のホットラインで送った模様。
     ホットラインは、仕事の専用回線である。全クラッシャーのレポートを集約したデータ、トラブルの報告、評議会委員との連絡網など、それはもう膨大な量の情報が送られているのだ。
     レスキューにケータリングの間違い通信をするくらい、見当違いというか、非常識ともとれる行為に当たる。
     そんなメッセージをよりによって<ミネルバ>から発信したとは。例えそれがジョウの名義でないにしろ、あのダンのことだ。ジョウにとっていい心象を抱くわけがない。
    「だから突っ返されるのを覚悟で送ったの。でもそれもないの。ノーリアクションよ」
     アルフィンは両手を広げて、肩をそびやかしてみせた。
    「大方、無視されたんだろうさ」
    「だったら、失礼しちゃうわね、ってこと」
     内容はどうであれ、埋もれていた懐かしい思い出が見つかったのだ。しかもメッセージの送り主は分かっている。亡きガンビーノや、宇宙軍に移籍したバードは無理としても、せめてダンには知らせてやりたいと、アルフィンの計らいだった
     それに同性であるアルフィンには、あのメッセージは、立派な愛の告白と受け取れた。成就云々はさておき、やはり好きな相手に気持ちが届かないのは哀しいことである。だからこそ、ダンへの橋渡しを買って出た。
     アルフィン自身、当時のケイとユリとはそれほど年齢に差がない。そして惚れた腫れたと、年頃特有のときめきを、分かち合える2人が羨ましく見えた。アルフィンにはそういった女友達は身近にいない。だから余計に、ケイとユリのことを、他人ごととは思えなくなっていた。
     そしてアルフィンは、ジョウにどれだけアプローチしても宙ぶらりんな毎日。女心が届かないもどかしさがあるゆえ、偶然に見つけた愛の告白を無下にできなかった。
     そこで、ドンゴのメモリバンクから消す前に、こっそりコピーをとっておいたのである。
     即刻、ダンのホットラインに思い出のデータを流した。ところが当のダンからは、何の連絡もない。いらない、いるとも、反応がない。
     こんなデータを送る暇があったら、とダンの小言でも良かった。届いたかどうかも分からない状況は、アルフィンにとってじれったかったのである。
    「余計なことを」
     ジョウはアルフィンの腕を放し、短く応えた。
    「ちょっとしたシャレでしょ? 目くじら立てなくったって」
    「親父に浮ついてると誤解されるのが、気にくわないだけさ」
    「浮ついてるって……。迷子になった思い出を届けただけじゃない」
    「女の身勝手な感傷だ」
    「ばか!」
     ドラマティックな出来事を、単なる感傷と決めつけるジョウ。女心を踏みにじられたようで、アルフィンは腹が立った。腹が立ちすぎて、哀しくなる。女の思いやりを理解できない、それほどまでにジョウは無神経なのかと過ぎることも哀しかった。
    「まあ、待ちなせえ」
     2人の小競り合いを、少し離れたところで見ていたタロスが歩み寄ってくる。
    「おやっさんは、気を悪くはしてないと思いますぜ」
    「しかしなあ……」
    「女の子らしい、優しい気配りじゃないですかい」
     タロスは口端に笑みを浮かべて、穏やかな口調で仲裁に入る。
    「あっしは分かりますね、おやっさんの気持ち。恐らく、どう返答していいか見当がつかねえだけでしょう」
    「……そうなの?」
     アルフィンは伺うように、タロスを見上げた。
    「いい息抜きになったと思います」
    「あの親父がか?」
    「おやっさんだって、人並みの感情はありますぜ」
     ジョウは口をつぐんだ。
     頭では分かっていても、いつも沈着冷静で、取り乱した所などただの一度も見たことがないのだ。人間とは次元が違う生き物に思えることの方が、ジョウには多かった。
     だがそれは息子だからだろう。
     タロスやバードといった古くからの同胞は、ダンが普通に恋愛をし、子を持つ父親として、ふと素顔を覗かせた時のことを覚えている。
     ただそれをジョウは、知らないだけだった。
    「あの2人の小娘は、おやっさんにとってもインパクトありましたからねえ。懐かしいでしょうよ」
    「あたしがしたこと、お節介じゃない?」
     アルフィンは確認するように、タロスに詰め寄る。
    「男にゃ思いつきもしねえ、芸当ですな」
    「よかったあ」
     胸元に両手をあて、ほっと笑顔をほころばせた。
     うまく場が丸く収まった。
     そんなところに、リッキーが指で鼻をこすりながらしゃしゃり出てきた。
    「となるとさあ、兄貴、言い過ぎじゃないかい?」
     言われてジョウは、うっ、と言葉を詰まらせる。
    「アルフィンは、気の利いたことしたんだからさ。ここは兄貴も、ちょいとばかし気を使った方がいいかもね」
     ややからかいも含めた表情で、リッキーはジョウをそそのかす。
    「…………」
     ジョウはむすっとしたまま、きびすを返した。
     3人に背を向ける。
    「──作業の続き、はじめるぞ」
     ぶっきらぼうに言い放った。
     タロスとリッキーは顔を見合わせた。素直じゃないねえ、とお互い同じことを考えている。しかしながら、ジョウの不器用さも理解している2人。アルフィンに言い過ぎたと分かっただけでも、儲けもんだろうと思っていた。
     3人がそれぞれの作業にばらけようとした時。
     背を向けたジョウは、ひとつ、軽い咳払いをした。
    「……アルフィン、惑星サージナルのデータはピックアップしてあるか」
    「え? もちろん……終わってるけど」
     次に降りる惑星のことである。今回の任務は、官僚の護衛だ。
    「街に面白そうなもん、ありそうか?」
    「面白そうって?」
     背中を向けたままで、ジョウの首だけがわずかに動いた。
     ちらと横顔が肩越しにのぞく。
    「……アルフィンの好きそうな、場所、とかさ」
     ジョウの語尾がまごついた。
     だがその言いづらそうな口調から、アルフィンはぴんとくる。ぱあっと陽がさしたように、表情が明るくなった。
    「あったわ。すっごく大きなショッピングモール」
    「へえ……」
     聞いておきながら、まるで人ごとのような返答をジョウはする。
     アルフィンはすかさず、軽い足取りでジョウに近寄った。その腕に両手をするりとかけた。
    「ねえ、ジョウ。仕事が終わったら連れてって」
     脇からその顔を覗き込むようにして、普段よりも数倍、いや数十倍、甘え声でねだった。
     するとジョウは、アルフィンとは逆の方向を向いたまま小さく応える。
    「……仕方ないな」
     だがその口調にはどこも、嫌々な響きはなかった。
    「うれしい! ジョウ」
     アルフィンはぺたりと、頬をジョウの肩にすり寄せた。
     とったジョウの腕を、ぎゅうっと胸元で抱きしめる。
    「だ……だから、仕事が終わってからだ、それは」
     アルフィンは無意識でも、ジョウには刺激的な感触が体中にはしる。つい口調も固くなった。
     なにはともあれ。
     アルフィンはもうすっかり上機嫌になっていた。
    「はあい」
     と、言葉尻にハートマークが何個もついていそうな、ウキウキと弾んだいいお返事。そしてジョウから離れると、スキップを今でも踏み出しそうな足取りで持ち場に戻った。
     そんな2人の仲直りを眺め、タロスは脳裏に懐かしい面影を浮かべる。20年前。ケイとユリと別れた直後、タロスに、そしてその後ダンに、訪れた運命の出会い。
     宇宙軍に所属していたケイ、そして、いつの間にかダンの隣にいるようになった黒髪の女性ユリア。
     アルフィンがジョウにまとわりつくように。
     今はもうこの世にはいない2人の女性と、あんな風に過ごした日々のことが、甘くそしてほろ苦く、思い出されるのだった。


    <END>
fin.
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