| それからドルロイ時間で4日後。 <ミネルバ>のオーバーホールが終了した。予定が1日遅延したのも、<クイーン・シバ>の修理に人手を回したせいであるが、次の任務までは銀河標準時間で96時間ある。何の支障もなかった。 オーバーホール後だけに、船体チェックの手間が省けた。早々に出航準備を整え、あとはひたすら出国時間まで待機である。 「うおほっほっほ……」 リビングでガンビーノが、相好をでろでろに崩して読書中だった。いや、グラビアを眺めることを読書と表現するのは、ある意味間違いかもしれない。 「やはりフランキーは、気が利くよのう。丁度、新しいお宝が欲しかったところじゃて」 毎度のごとく、人の船であっても勝手に乗り込んでくるフランキー。ドックのメカニックも、相手が素性の知れたオカマ・クラッシャーだし、<ミネルバ>のパイロットの追っかけをしてることもとっくに知れている。規則をかざして制止したところで、聞く相手でもない。そもそも<ミネルバ>からのクレームもないのだから、大人しく好きにさせる方が無難ではあった。 そして、フランキーはショッピングの合間に調達したエロ本を、ガンビーノの船室に10冊ほど土産としてぽんと投げていったのだった。 「ジョウ、どうじゃ? 一冊分けてやるか?」 「いらねえ」 ソファで足を組み、呆れた顔でジョウはガンビーノを見る。 「これなんか、どうじゃ。カモシカのような脚、陶器のような肌、それに金髪碧眼じゃ」 「興味ねーよ」 べろん、と冊子のおまけとして畳み込まれた、4つ折りポスターを広げて向けた。 ジョウはそっぽを向く。 「いかん、いかん。男の性を否定してはの。まさか、あっちの方に関心がある訳じゃなし」 「なおさら、ねーよ!」 うっすらと頬を紅潮させて、ジョウは怒鳴った。 女に興味があったとしても。 身内にさらけ出すほど、ジョウも馬鹿ではない。逆に好奇心がうずくほどひた隠しにする、複雑で、微妙で、繊細な、お年頃だった。 「──ジョウ」 リビングのドアが開くと同時に、タロスの声だ。 ああん? とジョウは首をぐらんと反らし、天地さかさまにタロスを見る。両手いっぱいに、赤やピンクやらの、ケバケバしい布地を抱えていた。 「船室、ちゃんと見回りましたかい?」 「オレの方は無事さ」 「それはよござんした。ったく、あのオカマときたら……」 「なんだよ、それ」 むう、とタロスは口元を引き締める。 一瞬、瞳を左右に泳がし迷いを露わにしたが、ガンビーノの様子を前にしても特に動じていないジョウを見こして、口を開く。 「悪趣味な、模様替えでしたぜ」 タロスは、べろーんと持っていた布地を広げた。真っ赤なカーテン、ド派手なピンクのベッドカバー、そしてこれもまた赤いがスケスケの……どでかいベビードールだった。 「落ち着きゃしねえ」 ぎり、とタロスは白い歯を見せた。フランキーの置き土産を全部ひっぺがして、船室のダストボックスに収まりきれないため、直接、船体の角にあるダストポットに捨てにいく途中だった。 ジョウは姿勢を直すと、半身を捻って言を継ぐ。 「その程度で済んでラッキーだぜ。オレなんか、さんざオモチャにされちまったからな」 だが表情にはそれほど、忌々しい、という様子がない。 「寛容ですな」 「呆れを通り越すと、腹も立ちゃしない」 「それに」 「それに?」 「……まあ、悪いヤツじゃないしな」 ジョウはタロスに背を向けると、頭の後ろで両手を組んだ。 手段を選ばないフランキーのやり方を認めた訳ではないが、結局のところ、フランキーがかき回した騒動のおかげで、思わぬ収穫があったのは事実だ。 無意識のうちに天狗になっていたこと、自分が生きることで母親も生きているということ、そしてタロスやガンビーノが仲間として最善の人選をしてくれたダンのこと。 自分のことで精一杯すぎて、見えなかった周りのことを、フランキーがオープンにしてくれたのだ。感謝の言葉は、おそらく本人の前で口にすることはないだろうが、少なくとも蔑ろにする必要もなさそうだと。ジョウなりに受け止めてもいいか、と広い心になれたところだった。 「あのオカマ野郎、てっきりオレを馬鹿にするのが好きなだけかと思ってたけどさ。案外、オレを認めてお節介虫がうずくってだけかもしんない、ってな」 「興味のない人間なら、フランキーは無関心でしょう」 「ま、先輩クラッシャーに目を掛けてもらうってのは、悪い気はしないさ」 「そうですかい」 タロスは、にやりと笑った。 変わった。態度が軟化したジョウに、タロスは喜びを1人密かに噛みしめていた。 そしてジョウはおもむろに、テレビモニタのリモコンをいじる。やはりまだ正直に接するのは、どこか照れが走ってしまう。話を打ちきりたくて、テレビモニタに頼った。 すると、ひげ面の中年男が、マイク片手にハイテンションでまくしたてるシーンが映る。 「あと10秒でネット投票終了だー! さあ、銀河系全土の男子諸君、キミの一票で金の卵の運命が変わるぞぉ」 流暢な言い回しから、定番のキメ台詞らしかった。 中年男の後ろには、顔だけのパネルが4枚並んでいる。ボード上部には「キミがデビューさせる 宇宙的美少女 ラブリーキャラバン」と書かれていた。どうやらそれが番組タイトルらしい。 ジョウはぼおっとその番組を眺める。 タロスは状況を察し、それ以上は語らずリビングを後にした。 「おお、知っとるぞ、この番組」 大人しくグラビアを見ていればいいものを。 ガンビーノは瞳をキラキラと輝かせて、テレビモニタに向いた。女ネタならなんでもいいのか。ジョウは頬杖をつき、相槌もなく無視した。 「5回連続で投票ナンバーワンになると、アイドルとしてデビューできるんじゃ」 パネルに並んだ少女の顔は、どれもこれも確かに愛くるしい。ガンビーノにしてみれば孫ほどに若い。そんな純粋無垢な少女を、一体この年寄りはどんな目で見ているというのか。 呆れを通り越すと、もはやあっぱれとも思えてくる。 「ほーい! 投票終了!」 司会者は顔の前で、両腕をばってんにしてみせた。 「さあて、投票総数はというと……ふむふむ、178万4916カウント! これまた投票記録更新、視聴率もウハウハだあ! サンキュー男子諸君」 と、ブイサインを画面に向けた。 「さてえ、気になるトーナメント戦の結果、発表〜!」 ダラララララッ、とこれまたお約束の効果音。4枚のパネルの上を、スポットライトが右往左往する。そして、右から2番目のパネルで光の輪が止まった。 「おおーっとぉ! 今回またもや接戦だぁ! わずか1万飛んで23カウントの差で、マルス・デザート出身の、レイシア・トロワ・ガードナーちゃん、15才に決定〜!」 「ほう、最近の若者の趣味は変わったのう」 モニタいっぱいにズームップされたレイシアちゃんは、ダークブラウンヘアに漆黒の瞳。銀河系での美人の定番、金髪碧眼とはほど遠い。 が、輝く愛らしさを放っていることに変わりはなかった。 「ではいよいよ、レイシアちゃんと、2回連続グランプリを目指すジョージアちゃんとの一騎打ち! さあ、銀河系全土の男子諸君、決勝投票タイムはわずか10秒! 準備はいいかい?」 モニタの下部に、アクセスナンバーのテロップが出た。 「わしも投票するかの」 ガンビーノはリビングのテーブルのボタンを押す。ノートマシンがせり上がってきた。10本の指をこきこきと動かし、ウォーミングアップらしい。 「的は2人に絞られた! さ、キミの好みの女の子を、アイドルデビューさせよう! ラブリースカウトキャラバン、投票スターーーートぉ!」 司会者のバックで、ぱっ、と2枚のパネルが出た。先ほどと同じく、スポットライトがランダムに動き回る。その間、司会者はへこへこと謎な踊りを披露して時間稼ぎらしい。対抗馬であるジョージアちゃんの紹介がないため、ガンビーノは結局、ノートマシンを前に何もできなかった。 3日おきの帯番組で、固定視聴者が多いことから、わかってることは省くのがお決まりらしい。つまり、毎回見ていないと流れが読めなくなるのだった。 ジョウは、ごろんとソファに転がった。まくしたてる口調の司会者がうざいのだが、今リモコンで消せば、ガンビーノがやかましいだろう。テレビモニタに背を向け、ふて寝にしけこむ。 投票が終わり、集計も素早く終え、さあいよいよ結果発表らしい。耳栓でもしない限り、音声だけでも番組進行が分かってしまう。 「さー、結果だぁ! 放送308回目のグランプリゲッターは……」 「うむ」 ガンビーノはモニタに向かって、1人相槌を打った。 「おめでとー! 謎の美少女、ジョージアちゃん2回目突破だぁー!」 「おおっ!」 感嘆を上げたのはガンビーノだった。 「ジョウ! どえらいことが起こったぞ」 「あ〜?」 うっせえな、と鬱陶しがり、ジョウは振り向きも起きあがりもしない。 「決勝カウント総数、201万7111カウント! いやー、さすがに増えたね! ジョージアファンがすでにこーんなについたってことだぁ!」 「お、おまえが映っとる」 「なんだと?!」 ジョウは飛び起きた。 「げっ」 あんぐりと口を開けた。 めでたくグランプリを再びもぎとり、すでに固定ファンもつき始めた美少女ジョージアちゃんは、とても「無愛想」な美少女だった。その小生意気さが、小悪魔的に映ると人気上々なのだが、そもそも美少女とは別の意味でほど遠い、女装されたジョウであった。 「な……なんでこんなもんが」 「わしもさっぱりわからん」 ジョウは蒼白と赤面が一緒に押し寄せ、ガンビーノは眉間に皺を寄せたまま腕を組む。 すると裏事情を何も知らない司会者は、声に抑揚をつけマイクに向かって叫んだ。 「紹介者はドルロイの、ピンク・ロマニーさんってことは男子諸君は知ってるね〜。ただいかんせん、ジョージアちゃんの名前以外は謎のまま。そこでこのジョージアちゃん情報を募集したところ、これまたたーっくさんの情報が来た来た〜ぁ! ピンク・ロマニーさんのナイスアイデアのおかげで、この番組、ちょっとしたブームを巻き起こしてるらしいぞ! いやあ、ピンク・ロマニーさん、プロデューサーに変わってワタシからお礼言っちゃうね!」 ピンク・ロマニー。 ピンク色の愛の放浪者、とも訳すればいいのか。 一体誰かは、もう見当がつく。 「しかーも、このジョージアちゃん情報ときたら、驚くなかれ! あのならず者で知られる、クラッシャーからの情報が多いんだ、これが! びっくりだねえ、彼らもワタシの番組見てくれてるんだ。ならず者と言っちゃ失礼かもしれないねえ。イイ連中だ、ありがとよー!」 「なんだとー!」 ジョウはソファから立ち上がった。 両足を踏ん張って、拳を握り締め、怒りに怒りが注がれて、こめかみには青筋が立っている。 すると事情を全く知らない司会者は、ぺらりと一枚の紙をアシスタント・ディレクターから受け取った。ささっと目を左右に走らせると、両手を広げて肩をそびやかした。 「ジョージアちゃん情報を集約すると、なんでも惑星アラミスにいた女性にウリ二つらしい。ところが、ざぁんねんなことに、彼女は既にこの世にはいらっしゃらない。つまり、クラッシャー情報はここでブーッツリと途切れちゃうってワケだ。が、当番組は男子諸君のために追跡調査をした。ネバーギブアップの精神だね! 1つの惑星にそっくりさんは3人いるってのが、人類学研究所の報告にもあるから、諦めるのはまだ早い! てなもんで早速、スタッフはアラミスに問い合わせた! しかと聞いてくれえ〜」 「アラミスって……おい」 「騒ぎの収拾が、つかなくなっとる」 またまた司会者は、一枚の紙を受け取った。 「これを見よ、男子諸君! なんとご丁寧に、アラミス建国の父、クラッシャーダンからの回答だあ」 「やめてくれえっ!」 ジョウは頭を抱え、うずくまった。 こんなこっ恥ずかしい醜態が、あろうことかダンにまで知れた。母星を離れて、こんな阿呆な出来事に巻き込まれているとは、ジョウはもう居ても立ってもいられない。 「ダンは分かったかのう」 どこか人ごとであり、物事を面白くとらえがちなガンビーノは、のんびりとコメントをつぶやく。 さて肝心の情報を聞き逃してはいけない。場面を、モニタの番組に戻そう。 「じゃ、読み上げてみるぞぉ。なになに〜“問い合わせされた女性については、血縁関係も夫と息子以外になく、さらにデータペースにも容姿に類似する女性も該当せず、結論として、アラミスとは無関係”……と、これまた堅っ苦しいお返事が帰ってきた。うぅ〜む、ざぁんねん! ってことで、次回からまたジョージアちゃん情報を募集しよう! これだけ話題を呼んでる女の子だあ、デビューしたらたちまちアイドル街道まっしぐら間違いナシ! しかもキミたち、男子諸君が育てたアイドルだ! これからも応援よろしく、イェイェーイ!」 司会者は親指を立てて、ハイジャンプした。 「ほーっほっほっほ。案外ダンの目も節穴じゃのう」 ガンビーノは本当に愉快そうだった。 素性がばれなかったのである。だから何ら問題あるわけもなし、ということなのだろう。お気楽極まりない老人だ。 一方、ジョウは。 がっくりと床に四つん這いのまま、動けないでいた。 「どうした?」 「……ど、どうした……だあ?」 声がぶるぶると震えていた。 ゆっくりとおもてが上がる。もうアイブロウで書かなくてもよくなった眉が鋭角に上がり、アンバーの瞳がメラメラと怒りに燃えている。 「あんの……ドぐされオカマ野郎ぉ……」 ジョウはソファを支えにして、よろよろと、ようやっとのごとく立ち上がった。 両の拳をぐっと握ると、それは小刻みに震えて止まらなかった。 「ぜぇ……てえに」 「なんじゃ?」 「ぜぇえってーに、あのオカマ、許さねえ!」 ジョウは歯の根がおかしくなるほど、ぎりぎりと噛んだ。怒りがふつふつと身体の底から沸き上がり、頭のてっぺんからつま先まで、熱い血がぐるぐると巡った。 ほんの、ほんの一瞬でも、フランキーを「見直そう」と過ぎった自分が甘かった。とてもじゃないが、この仕打ちは、おちょくり以外の何者でもない。ジョウは結局、自分はフランキーにとってオモチャでしかなく、ありがたいと受け止めたお節介は、ありがた迷惑だというのを思い知った。 辱めを、銀河系全土に広げる嫌がらせである。もしこんな目に遭って、好意的に受け止められる奇特な人間がいたら、その人間は明日にでも神か仏になれるだろう。 「ジョウ、熱くなるのはいいが、フランキー相手じゃまた泣きを見るのがオチじゃぞ」 ガンビーノはとても冷静な一言で忠告した。 しかし。 ジョウの耳に届くはずがなかった。
──その頃。 危険物資を搭載し、おとめ座宙域を移動する<クイーン・シバ>がいた。物資の運搬は、道中これといってやることがない。フランキーはチームクルーと一緒に、ブリッジで「キミがデビューさせる 宇宙的美少女 ラブリーキャラバン」を呑気に観賞していた。 フランキーのクルーは全員、モニタに映る、グランプリを勝ち抜いたジョージアちゃんが、ジョウだとは微塵も思っていない。ただ「議長夫人に似てるなあ」と、それぞれが胸の中で呟く程度である。 フランキーは、ご満悦だった。 「フン、フフンフンフーン♪」 と、調子っぱずれな鼻歌を歌っている。 やはり高嶺の花は、近すぎてはどうにも手出しできないのが男心らしい。少し距離を置いたところで、心の中で自分だけの女として、つまりアイドルである方が具合がいいようだ。 なにせラブリーなジョウは、フランキーにとっては久々の傑作。ところが案外、ナンパのお声がかからなかったことがちょっと惜しい。自分の腕前をきちんと評価されなかったようで、少々不完全燃焼だったのである。 思わず気後れするほど、美しく愛らしく女装させたジョウ。世間はオカマに対しまだ色眼鏡で見るところがあるだけに、こうやって銀河系全土の男達を欺くのは気分が良かった。 「ねえ♪」 フランキーは、パイロットのデイビス(ノーマル男子)に声をかける。 「このジョージアって子さ〜、アイドルになれるかしら?」 デイビスはモニタをたっぷり凝視してから、フランキーに振り向く。 「5回連続、行くんじゃないですか」 「んふふv やっぱりあんたもそう思う?」 「ただ、正体不明なんですよね? となると番組史上初の、幻のアイドルになるんですかねえ」 「いいわね〜、それ」 フランキーの自信作、傑作が、幻になることでますます人々の記憶には鮮明に残る。例えば数年後、懐かしの映像としてこの番組が取り上げられたり、少年青年たちが一人前の男になったとき「そういや昔、ジョージアって話題になった子いただろ」なんて、青春の思い出が酒の肴になるなんて、「とーぉってもステキv」とフランキーは胸が騒いだ。 「世の中って、なーんて愉快なことが多いんでしょ♪」 フランキーは拳を口元にあて、きゃっv、と1人はしゃいだ。クルーはすでにフランキーの、意味不明な行動には慣れているので特につっこもうともしない。 そして。 フランキーの<ミネルバ>追っかけは、まるで麻薬のように、彼女(彼)をますます虜にしていく。それと等しく、ジョウチームとの関係は良くも悪くも、さらに一層深まっていくのであった。
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