| 一人当直の日は暇を見つけて、たまにだけど昔の友人とのメールのやりとり。 みんなそれぞれいろんな悩みがあるらしくて。 その日もそんな打ち明け話しに花を咲かせていたある日の話。
メールを出したら、連絡先を教えてとすぐさま返事が来た。 今いる宙域の周波数を合わせて、ハイパーウエーブの通信が入る。 そして、今まで会っていた様な口ぶりで、懐かしい友と会話を始めた。
私の友人の中の一人が、ピザン宇宙軍の幹部候補としてがんばっていた。 その子が妊娠、出産を機に、休職願いをだしたらしい。 だからもう1年も前になる話だけれど、ここのところ連絡が途絶えていた私には、 初めて聞く話しだった。
「へええ。子供ができたんだ〜。どっち?」 「女の子だって」 「そっかあ。決断はやかったよね。っていうより、よくできたね。」 「そうなのよね。カラダ本調子じゃあなかったみたいなんだけど、仕事は休めない っていってて、演習中に倒れたんだって。」 「そんな・・・。気がつかなかったのかしら?」 「実はね、なんとなく気がついてたって。ただ、産んじゃうと色々・・。やっぱり・・束縛されるじゃない?」 「そりゃあ・・・・。そうよね。」 「だからさ、せっかくのキャリアを捨てるか、子供を産むかで悩んでたらしいわ。」 「同時進行ってやっぱり厳しいんだ。」 「あたりまえじゃない。仕事の替わりはいても、産む人間の替わりはいないからね。」 「まあ。確かにそうね。」 「いまもまだ悩んでるって。子どもは親が育てなくても育っていくでしょ?現場に何とか戻りたいって。」 「・・・・・・」 「やっぱり。だから妻となり、母となり、ってのはね。人生それだけじゃあないんだもん。」 「でも。預けられてばかりだと、こどもはさびしいでしょ?」
ふとジョウの幼少期を思い出して。
「まあ・・ね。だから、本当に親の決断。どうするかはね。」 「確かにね。子どもにはどうしてくださいって意見はまだいえないものね。」 「それにね。彼女のように本当に常にスキルアップが必要で、しかも現場でのキャリアをつまなくちゃいけない、とか、どういう事態であれ一線を退けないっていうことがあるのなら、時間を置いて復帰するのはむつかしいでしょ? そのブランクがなければいいけど。」 「う・・うん・・。かなり手厳しい意見」 「アルフィンだってあのまま王女様してたら、今頃子供の一人も産んでたんじゃないの?」 「え〜〜〜〜・・。想像つかない・・。」 「ほら。だれだっけ。」 「・・・う・・・ん。まあねえ〜。」 「でもね。私も考えちゃうわよ。このまま親の薦める縁談にのるのか、仕事を続けるのか。」 「どっちかしかとれないってこと?」 「そうよ〜。乳母つくわけじゃあないもの。 しばらくはムリだわ・・・。」
相手の笑う声に、ちょっとだけ寂しそうな影を見た気がした。
「なに・・・?結婚するの?」 「ねえ。もう決めなくちゃいけない歳なのよ。」
若さだけで闇雲に働いて、自分のやりたいことをやる。それって男だけの特権よ。
そういう友の言葉は胸に響いた。
いつの時代もなにかあると、女性というしがらみで脱輪してしまう。 子供を産んで育てる、それはとても素晴らしい事だけど、それゆえに自分の開かれているべき道の一部を閉じてしまう事にもなる。 だけど新しい道を開いていくという福音はつくものなのよ。
いつか学生時代、壇上にたった方が言った台詞を思い出した。
今私は毎日充実している。といったら嘘ではないけれど、やはり考えてしまう。 それは、女性として生きるのか、クラッシャーとして生きるのか。
ジョウを追いかけて来た時の私とはもう変わってしまった。
少し無言でいた私に友が今しあわせ?と聞いた。 ・・・・うん。そういいながら、おなかに手を当ててみた。 妊娠した事を誰にも打ち明けられなかった友人の心境を思うと涙が出そうになる。 ご主人に話したら、仕事をセーブしろと言われるのは目に見えるし、かといって、ここまでがんばってきた自分の立場はどうなるんだろうと、毎日が決心と後悔の連続だったに違いない。
もし、いま私が妊娠していたら?
明日も早いからもう寝るね。今日は話せてよかった。 彼女にもアルフィンが元気でいる事伝えられるし。 明るい声で通信を切った友人に、後悔しないで。と呟いた。
もし、妊娠したら私はどうするのかしら?
ジョウの傍に居たくてここまできた。 ジョウの傍に居たくてここに居る。
ジョウの子供は欲しいけど、離れたくない。
きっとこれが私の今の本心かもしれない。 ジョウから離れたくない。 片時も離れたくない。 まだまだ私が、自分の我侭を優先してしまう子供みたいだ。
「どした?」 後ろから急に声を掛けられて慌てて振り向くと、両手に珈琲を持ったジョウが立っている。 「もうすぐ交代の時間だろ?少し眠らないと次の仕事に差し障るぞ」
そういって私に珈琲を手渡して、リッキーのシートに腰を下ろした。
チームリーダーの顔をしているジョウ。仲間として接している時のジョウ。 2人きりでいるときの甘えてくるジョウ。私にだけ見せる男の顔のジョウ。
どれもみんなすべてが宝物。いつもみていたい。
「ねえ。私妊娠したっていったらどうする?」
単刀直入に聞いてみた。 案の定ジョウは呑みかけていた珈琲を噴出し、むせた。げほげほおおげさに咳き込んで、顔をまっかにしてる。 なによ。できる事してるんだから、いつどうなるかわかったもんじゃあないじゃないか。 咳込んだせいで目に涙を浮かべて、口元を腕でぐいっとふきあげて、なんともいえない表情で私をみる。
「・・・・・・うそだろう。」 「・・・・・・うそよ。」 「・・・・・・ほんとうか?」 「・・・・・・だからうそだって。」
「・・・・・・・・・・・・」
ジョウは何も答えないできゅっと抱きしめてくれた。 なんにもいわなかった。
あのね。私の友達が子どもできた。 へえ。 仕事。一回現場退いたんだって。 へえ。 私ね。きっと子どもができたら・・・。ってまだ考えられないの。 ・・・・。 仕事から身を引くだけじゃなくて、ジョウの傍から離れなくちゃいけないの、やなの。 ・・・・。 私が子どもみたいだから、妊娠なんてしないよ。きっと。 ・・・・・ ジョウが小さく「俺もだな」って言ったのが聞こえた気がした。
ジョウも私がミネルバから降りたら、さびしいって思うのかしら? ジョウも私がジョウだけを見つめなくなったら、さびしいって思うのかしら? 子どもってきっとそれ以上のものをもたらしてくれる。 それはわかっているけれど、まだまだジョウだけを愛していたいと思うのは わがままなのかしら?
自分が思っている以上に不安を感じていた自分を知った。 現実と理想は違うってわかってるけど、現実が理想にちかずけばいいのにね。
そう呟いた私に、少し腕の力をこめたジョウがいた。
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