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■510 / inTopicNo.1)  dishonesty.and.honesty
  
□投稿者/ 柊里音 -(2003/09/19(Fri) 09:58:32)
    一本の映画。
    ふるいふるいオールドムービー。
    小さな頃から写真ですら立体映像でしか見たことがなかった。
    だけどそれは未だ平面的な画像で、モノクロ。
    一種安っぽいエアポートの管理官とのやりとりを思わせるような単調な色合い。
    だけど大きく違うもの。それは。
    その映画は、何世紀にも渡ってひとびとに愛され続けた。
    ひとりの気品あふれる女性への不滅の敬愛によっていまなお語り継がれる
    たったひとつの恋の物語。



    久しぶりの休日。
    私たちのチームは、太陽惑星国家ルーシアの第2惑星。最近とみにリゾート惑星として名高く謳われるようになったシルベニアに滞在を決めた。
    何度もニュースパックでお目にかかったことのある、その星の中でも新しくモデル都市として開発された海洋地区。
    なぜかことに心惹かれていたリッキーは、迷うことなく宿泊先を決めた。
    この海洋地区にある、中世の城を思い起こさせるが如くのメインタワーを持つホテル。広大な敷地に名だたるコーディネーターの手により設計された、ヴィラが点在する。
    マンションタイプ、水辺のコテージタイプとそれこそゲストの好みに合わせリクエストをする事ができる贅沢さ。

    実はハイスクールを終えたミミーが、友人との卒業旅行として滞在していた。
    もちろんリッキーと示し合わせたからの行動なのだろうけれど、あのリッキーがミミーのためとはいえ、私たちにいかにこのホテルが如何に素晴らしいかを説いて回っていた姿は、可笑しいというよりも微笑ましくて。

    「アルフィン?ねえどうしたんだい?」

    以外と鋭いリッキーが私を覗き込んだ。
    「ここってモデル都市になっているから、ホテル内のショッピングモールもアルフィンの好きな超高級ブランドからデザインがよくってリーズナブルっていうようなSOHOな店まで、この銀河系内で有名なブランドのが全て揃うといってもいいくらい、ありとあらゆるものが揃っているんだろ?」
    「ええ。そうみたいね」
    「なんで喰いつかなかったんだい?」
    「なんでって・・・」
    「俺ら達、間違いなく兄貴にはアルフィンから説得してくれるもんだって、勝手に合点しちまってたんだ。」
    「・・・・」
    「さっき、途中からは加勢してくれたけど、最初乗り気にはみえなかったんだよな。兄貴たちはそのホテルの雰囲気とか街の雰囲気とか、ちっとも気にしないし。その点アルフィンはベッドのスプリングまで気にするじゃないか」
    「えっ・・・。はは。そうだった?」
    力なく脱力した私はリッキーと目を合わせないようにして、データをまとめたリ、打ち込んだり、チェックしたりする作業に没頭しているフリをした。
    「そうだよ。この前だって・・」
    「あ〜はいはい。わかったわかった。それはおいといて。で?私へのご用件は?」
    ・・・語尾はややぼやけたかもしれない。今更なんだけど。やっぱり照れるわ。
    鋭いとはいえ、まだまだお子ちゃまなリッキーに、ややテレを隠しつつ、本題へ振って。
    「うん。たまにはミミーも俺らたちと一緒に行動するのはいいんだよね?」
    「あたりまえじゃない」
    何をいまさらと、いう眼を向けると
    「じゃあ。お、俺らも、ミミーの方と合流して遊びに行ってもかまわないってことだよね。」
    「・・・」
    何をいまさら・・・。あくまでも今回は休暇。時間つぶしではなくきちんとした休暇。
    そりゃ、もちろん至急ですって言われたら仕事へ向けてすぐに動き出す私達だけど、休暇中基本的には個々自由。
    「あ〜もう!!」
    あくまでも何を言いたいかがピンとこない私にリッキーが地団駄をふんだ。

    「!」
    そっか。そういうわけね。
    やるじゃあん。リッキー。
    ニヤリと笑った私にリッキーは一気に赤面した。
    「あ・あ・あのさ。べ・べつに変な意味とらないでくれよ。あ・あっちだって友達もボディガードも一緒なんだしっ!」
    とわけもなく、一オクターブ高い声で言い訳をするリッキーに、くすくす笑いをこらえきれず、ますます顔を赤らめさせてしまった。
    「そうよね。しばらく一緒にいても、いいんじゃない?今回はよっぽどでなきゃアラミスも何か言ってこないわよ。
    ここのとこ、なにかとこっちにまわされることが多かったでしょ?ジョウもさすがに管理官にくってかかってたわ。」
    「え?!またきたの?」
    「うん。でも・・」
    嫌な予感を感じたのか、なんとも情けない顔のリッキーは私の顔を覗いて次の言葉を待っていた。
    「だいじょぶよ。断ってたもん。単なる打診だけだったし。」
    と、にっこり返事をすると、心底ほっとしたようなため息をひとつついた。

    「よかったぁ。また前のときみたいに全部約束反故にしたらなんていわれるか・」
    「・・・あんたも言うようになったわね。」
    「入国完了したらひとまず連絡入れることになってるんだ。向こうも色々予定があるからさ。会えるときに会うって話にはなってるんだけど・・。」
    「でも同じホテルでしょ?」
    「うん。でもあっちはあっちでマンションにいるし、それに友達と旅行ってことで、友達の都合もあるからさ。」
    などと遠慮がちな発言を連発するリッキーに、
    「2人で会おうとするから時間がとれないのよ。友達がいたってかまわないじゃない。ミミーがいいっていえば。」
    「そっか。そうだよね。俺らもそうしようかと思っていたんだ。けど、女の子ってよくわかんないからさあ。」
    などと、いっぱしの彼氏きどりで彼女についてのアドバイスをもらったかのように一人納得して私から視線をずらした。
    最後のenterキーを押して、今日までの任務を終了して立ち上がった私と一緒に居住区へ向い、何かを思い出すようにぽりぽり頭を掻いたかと思うと
    「あ。武器庫のチェック・・・」
    と、はっとしたように弾かれて駆け出していった。


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■511 / inTopicNo.2)   dishonesty.and.honesty
□投稿者/ 柊里音 -(2003/09/19(Fri) 10:01:55)
    今回は約1ヶ月近い日程の休暇を消費できるともくろんだ私たちは、早々に私服に着替えて下船した。
    気もそぞろに入国審査や入国手続きの諸処作業を終え、空港で借りたレンタカーを海沿いの道に向って走らせる。

    「なんだよ。お前は。ちょっとトイレ。なんていっときながら結局俺達がほとんどやったんだぞ。もういい年なのに自分の仕事くらいちゃあんとできねえのか。」
    「あんだよ。うっせいなあ。なぁタロス、知ってっか?おんなじこと繰り返していうのってボケの始まりなんだぜ。」
    「なんだとお?」
    フットワークも軽くリッキーはタロスに飛び掛ろうと・・。
    「・・・おい。お前ら海に沈められたいか?・・」
    怒りをあらわなジョウに二人とも肩をすくめて座りなおす。
    これでいったい何度目か、もう数えるのも馬鹿らしくなってきたこの3人のやりとり。
    そりゃあね。さっきから幾度となく繰り返されてる事だけど、いつものことだけどいいかげん、飽きた。
    「ね、あんた達。喧嘩してるくらいだったら外見てみなさいよ。心が洗われて清々しい気分にならない?」
    私が丁度呆れ口調でいったのと同時にぱぁっっと明るい日差しが差し出した。
    車はゆるいカーブへとさしかかり、目前に蒼々とした海が一大パノラマのように現れ陽光をあび、キラキラ輝いていた。眩しいほどに。

    「ひょ〜!!!!」
    リッキーは感嘆の声をの声をあげ景色に見入り、そんなリッキーを優しい目でタロスは見返す。
    全く。いつだって見てないときはそういう目してリッキーを見てるくせに、なんですぐに喧嘩ばっかしやってるんだか。
    そしてタロスも視線を窓外へ。
    「海岸線はどこもかわりませんなあ。」
    外の景色をしみじみと見つめていたタロスは、しばらくして誰に問うともない言葉を発した。

    「・・・太古の昔、人は海から生まれたんだろ?」
    「ふん。ミミーの押し売りか?」
    「うるせいぞ。タロス。」
    「う〜ん。イエスキリストが・・って話しは宗教上のお話で、実際は単細胞生物からの成り上がりだわよねえ。」
    「海を見たら落ち着くって遺伝子がそうさせてるのかなあ。ククルではそんなこと感じたことなかったけど、宇宙に上がって陸におりて、そしてその時海をみたらやっぱり落ち着く気がするんだよね。」
    「はん。おめえにしたらくすぐったいこというじゃないか。」
    「タロスのたまねぎ頭にはあんまりわかりっこない繊細な少年の心情さ。」
    「けっ。仕事ひとつまともにできないようじゃ、確かに俺のようなアダルトな男にはなれねえわな。」
    「なんだとお〜」
    ・・・・・・・・。
    後ろの2人はまたやいやいやりだしたけど、今度はジョウもあまり気にしていないみたい。
    それならばあえてかまわなくてもいいかな?と隣を振り返ってジョウに声を掛けてみた。
    「運転してるジョウにはあんまり見られないかしら?すっごいステキな風景よ。」
    「いや。自然に目に入るように作られている感じがするな。さっきのカーブも傾斜になっているところも。」
    以外に上機嫌な声で返事が返ってきた。
    先ほどの2人のいざこざのイライラも、今もやってる2人のいつもの漫才もあまり気にしていないみたいだった。
    「ピザンの海岸線もこういう作りだったよな。」
    といきなり話しをふってきた。
    「う〜ん。やっぱり自然地形を取り入れて人工的に作っちゃうとそうなってしまうのかしらね?でもどっちも負けない位素敵な景色だわ。」
    「そうだな。」

    いきなりジョウからピザンの話しを振られてびっくりした。
    ちょうど私も。
    あることを思い出していたから。



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■512 / inTopicNo.3)   dishonesty.and.honesty
□投稿者/ 柊里音 -(2003/09/20(Sat) 18:03:27)
    あること・・・。それは念願の太陽系国家ルーシアへの訪問が決まった、かの昔の思い出。

    その時初めて外洋にに出る私は心の底から興奮してよく眠れなかった。
    しかもお父様お母様もいらっしゃらない、ただ一人での外交。
    太陽系国家ルーシア調印記念式典とシルベニアの建国を祝う式典行事を兼ねて、各惑星への訪問。
    ピザンの中での色々な式典や行事とはまた違い、訪問先での歓迎レセプションやパーティへの出席。
    あの頃はまだ、シルベニアのこの海洋地区はプロジェクトを立ち上げたばかりの建設ラッシュで、滞在先のホテルはもちろんこのあたりも開発中で、近くに足を踏み入れることはなかった。
    毎日のしきたり行事。終わらない日程。たやすことなく振りまく笑顔。
    重責を与えられ興奮していた私にとっても、それは苦痛という痛みにかわってきた。
    ピザンでは多少の息抜きもできたものの、見も知らぬ土地ではそれもままならない。
    それにいつも私の姉か友人のように常に付き添ってくれていた、ハンナもマギーも今回は同席しなかった。
    彼女達には今回のスケジュールを考えると、的確ではないと外務省からのハンコが押されてしまったのだ。
    あの2人がいれば多少なりとも息もつけるのにと、不服を申し立てた私の意見は抹消されてしまっていた。
    疲れも不満もピークに達していた私はある日ある行動を起こすことにした。

    もし彼女達が一緒であったなら、あんなにも無謀な計画もたてなかったかもしれない。


    お目付け役にふさわしいミセス・エリカにミス・ジーン。
    彼女達は外交や接待、そして私のための細部にわたる立ち居振る舞いへのチェックは怠りなく、完璧だった。
    ただ、私の方からは彼女達への尊敬や敬愛の心は寄せられても、信頼は得られていなかった。
    それはもちろんとても失礼なことなんだけど。
    そしてご招待くださったシルベニア建国祭主宰サー・マクニッシュ卿。
    そしてグレアム。
    みんな本当にいい人。大好きな人。とっても。いつもの私ならばうまく切り抜けられたはず。
    だけど、いまこの場所、この瞬間、私は私として息を吸うのさえ心苦しく感じさせる人たちであることには間違いがなかった。

    「さ。アルフィン様。グレアム様がお迎えですよ。」
    警備長官から今日の訪問先での不安材料を頭の上で流し聞いていた私に、耳に届く言葉が入る。
    ふつふつと眩暈さえ覚えそうな毎日のカリキュラム。
    それを忘却の彼方におしやり、心躍る計画を立てていた。
    だけど、そのミセスエリカの声にはじかれた様に顔を上げた。
    SPに付き添われ、そして私のSPにさえ丁寧に頭を垂れさわやかな笑顔を振りまいているこの人こそ、テラよりの由緒正しきお家柄。
    この太陽系国家ルーシアを統括し、大統領をもしのぐ国民からの敬愛を一心にうける一族。
    そのマクニッシュ家次代の当主となるべき生を受けたグレアム、その人。
    端正な顔立ちに笑うとこぼれる白く輝く歯、さらさらという音すら聴こえそうな明るいブラウンの髪。
    どこかの乗馬大会ごとに、何度もニュースパックに真紅の旗を抱くその姿を晒している。

    彼とは乗馬を通じて知り合った。
    といっても、裏には『政略』という2文字が踊っている事は間違いはないと思う。
    14さいの小娘に7つも年上の彼が本気で恋心を抱くという事は、まずありえないと思っていたから。
    そして1年が過ぎ、彼がご父君の家業に本格的に乗り出し、ピザンまでそうそうは遊びにきてくれなくなっていた近頃では、本当に久しぶりの再会だった。
    出会った当初から、彼は私のことを一人の女性として大切に扱ってくれた。
    久々の再会に心躍らせる私。
    だけど、いつからか胸のうちに打ち寄せるさざ波の存在があった。
    その正体がなんなのかを知る由もその知識もなかった。
    そんな、少女だった私をとても静かな濃茶の瞳に映して、柔らかな笑顔でわがままも全部聞いてくれていた。

    あの時私は、これが本当の恋なのだと、そう信じていた。


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■513 / inTopicNo.4)  dishonesty.and.honesty
□投稿者/ 柊里音 -(2003/09/21(Sun) 15:33:15)
    小さな頃から私は気持ちを拘束されることなく育ってきた。
    だから、学校で、お父様達とのお付き合いの仲で、常に誰かを思って恋をしていたように思う。
    ただ、グレアムのことは、初めて本当に切ない恋心というものを知った人だった。
    そのことを認めたとき、今までの恋は、誰かを好きになっていてもその時の自分を好きでいたことに気が付いた。
    彼と出会ってから、グレアムが私をどう思うか、そればかりが気になる。
    だからこそ、乱れた精神状態になった私は会いたくなかった。
    大人の彼に、いつ見ても笑顔を絶やさず近辺にまで気を配ることのできる彼に、相応しい女性という立場にいたい。
    7つも年下だけど、それだけで甘やかされるのは、嫌だった。

    「ごきげんよう。グレアム。」
    「久々だというのに、なんだかお顔の色がすぐれませんね。わが姫は。」
    私の前に跪き、右手の甲にくちづけを落として、その濃茶の目に私の迷っている顔を映しながら心配そうにささやく。
    「おわかりになりますか?」
    少しびっくりした顔のミセスエリカが慌てて私の左手の手首に自分の右手をあてた。
    そんなもので判るのかとも思ったけれど、脈拍はお変わりないですねと、ちらとクロノメーターを覗きながら確認するようにグレアムに伝える。
    「ええ。ですが、今日はなんだか気分がすぐれませんの。なにかしら?少し眩暈もいたします。」
    その言葉を聴いたミセスエリカの顔色が、手に取るように変わったのが見えるようだった。
    「失礼致します。グレアム様。」
    と短くいうと、さっと私の手を取り控えの間に誘導する。
    入れ替わるようにミスジーンが応対の間にすべるように歩みだしていた。

    まったくいいコンビネーションね・・。人知れず溜息をもらす。この気遣いこそが、私を苦しめている原因のひとつかもしれないのに。

    「アルフィン様、体調がすぐれないなどと・・・。先ほどまでは何もおっしゃっていただけなかったではありませんか。」
    と、自分たちの管理不行き届きを見せ付けてしまったと思っているミセスエリカが、それでも忠実に主治医を呼ぶべくインターフォンを押した。
    「ドクターハーマンを・・。ええ。アルフィン様がたったいま体調不良を訴えておられます。・・・・ええ・・・。今朝方はなんとも。・・・はい。そうですね。ではリンスキーさまにもご伝言を。本日の晩餐会のほうも失礼に当たりますので早々に欠席のご連絡を・・。後ほど私どもより陳謝に向いますと。そうですね。謁見ももちろん今宵は取り下げということで。あぁ。ありがとうございます。・・・」
    と延々と続く本日のご予定というものをキャンセルにするべく、執務長に長々と指示を続けている。
    その内容を聞くだけで、本当に血圧が上がって眩暈を起こしそうになった。

    ・・・・お母様、すごい。ため息をもらしながら、その一言のみ心で漏らす。
    毎日これ以上の日程をこなしつつ、后妃としての自国の政事に気を配りつつ、私のことも気に留め、もちろんお父様のことも目を配り日々過ごしていらっしゃると思うと、我が母ながら心の底から賛辞を送りたい心境になった。
    生れ落ちた時から王女としての生活を過ごしている私より、王妃となられたその時の心境はいかなるものだったのだろう。
    それをすべて受け入れて、お父様の元へと嫁いできたお母様の本当の気持ちを聞いたことがなかった現実を、今切なく思った。



    物思いにふけっている間に、物事は着々と進行し、気が付くとドクターハーマンはじめ、執務長までもがこの部屋に来ていた。
    謁見の間のドアが静かに開いて、グレアムが心配そうな顔をしながら私に近づいてくるのを感じたのもその時だった。
    「アルフィン。君は責任感も強いからかなり無理をしていたんだろうね。しっかりしているし、僕も臆することもあるくらいいつも毅然としているけれど、少しくらい僕にも甘えなさい。そしてあなたに付き添っている人々にも。」
    私が政事を欠席することに愁いを覚え、気持ちを滅入らせていると感じたのだろうグレアムは、やさしいながらも心から心配しているのがはっきりとわかる口調で言葉を発す。
    「ご心配お掛けして、申し訳ございません。何分慣れぬことが余りある為か、少し疲れたように感じます。」
    本当は「も〜!!こんなのもういやっ!!」と叫びだしたい気持ちをぐっと堪え、大人の女性を意識して物憂げな表情で答えた。
    そんな私の心を見透かすようなやさしい微笑を浮かべ、椅子に浅く腰掛けていた私に覆いかぶさる。
    肩の上に手を置き、軽く、ほんとうに軽く、まるで空気が通ったかのような口づけを額におとした。

    「今日はゆっくりとお休みなさい。また明日にでも出直すことにしましょう。皆も彼女をなるべく一人にしてやってくれ。」
    そういい残し、見送りはけっこうと軽く手で合図をし、来た時と変わりないやわらかな態度で部屋を後にする。
    まるで、それを合図のように人々が動き出した。

    彼が私を―なるべく一人に―といってくれたおかげか、いつも寝ずの番のように寝室に付き添っていたミスジーンもこの日は姿を現すことはなかった。
    おかげで今日は一人でのんびりとベッドに寝転ぶことも、友人達にメールを出すこともできるように思われた。
    ただそれを実行してしまったら、せっかくのチャンスを失ってしまうと考えた私は、これから起こすべく行動の予習をすることにする。

    この部屋の窓は開閉が自由になっていた。ほかの部屋はマスタールームでの監視がきびしいのに、セキュリティーの都合上一緒に管理することを躊躇われた様。
    それは私にとっては好都合で、もちろん別ルートでの監視・・いえ管理はあるにしても、開閉は窓とドアからのみ。しかも内から開錠しなければ外からは開けることができない。
    そのセキュリティーのおかげと、通常この部屋を使用する人々は私の様な行動を考えることすら及びもつかなったということだと思う。

    今回の後始末にミセスマギー初め、皆が翌日からの予定パターンを考えあぐねる会議を開いている最中、当の私はすでに、シルベニア市街地の中に溶け込んでいた。





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■514 / inTopicNo.5)   dishonesty.and.honesty
□投稿者/ 柊里音 -(2003/09/23(Tue) 10:07:40)
    華やかな市中はピザンのそれとなんら変わらず、それにもまして海洋資源が豊富で貿易もさかん。そして自然地形のすばらしさや開発の素晴らしさも相まって、観光客を欲しいままにしているこの星は人々もとても潤い、解放的で、親切だった。

    ピザンからこっそり持ってきた私服を着て、久々の開放感を味わう私はどこから見てもただの観光客の一人にしか過ぎなかった。

    ―この日のこの夜だけ・・。朝になる前に、まだ暗いうちに公館に戻るようにする為には、無駄なくあそばなくっちゃ―

    あちらこちらから聞こえる行き交う人々の楽しそうな声を聞きながら、仲良く肩を並べ腕を組みながらそぞろ歩く人々を目で追いながら。
    なにかぼんやりと自分の中から声が聞こえた気がした。

    ―私はあんなふうにグレアムと笑いあっているかしら?彼はあんなふうに私のことを抱きしめるのかしら?―

    今日グレアムが私にしてきた様なふわりと、天使の舞い降りるが如きの口づけは、なにも始めてのことではなかった。
    初めて額に彼の唇の温かさを感じた時、胸は高鳴り鼓動は彼にまで聞こえそうなほど高らかに脈動した。
    いままでに感じたことのなかった感触に、どんな顔をして次に彼を見ればよいのかもわからなかった。
    ただ・・・・ただ彼もそれ以上は望まなかったし、私も望まれてもどうしてよいのかわからなかった。

    それに、怖かった。

    昔のテラにあった街の広場を模して作られたという、ローマンホリデイグラウンドは異国情緒溢れ、異次元の世界に飛び込んだような荘厳な趣のある町並みだった。
    車窓から見る景色とはまた違う。冷たい石畳。見ただけでは石やレンガのような石材でできたとしか思えないけれど、精巧に似せて作られた新種の素材からなる建物たち。
    どこを見てもすばらしく、歩みの足を止めることすら忘れるほど歩き回っていた。
    見上げると頭上に石造の教会。そしてその上から輝く星々も幾千年の時を超えてこの街のために作られたものに思えるほど溶け込んでいて。

    ふいに涙が出た。

    なぜだかはわからない。わからないけれど、胸が押しつぶれそうなほど哀しくなった。

    ―早くここへおいで―

    星達が手招きをしているように思えた。ここが君のいる場所だと、夜空の星々が唄っているような声が聞こえた。
    私らしくもなく、ホームシックにでもかかったようだと流れる涙をとどめることもせず、夜空の星を見つめることをやめることができなかった。


    そんな昔話を思い出していると、いつのまにかエアカーはホテルのメインゲートに近づいていく。

    「リッキー!!!!」
    どこからか聞き覚えのある声が・・。
    正面玄関から飛び出してきたのは、すっかり大人っぽくなったようにみえるミミー。
    この前あった時は、まだまだ背伸びをしている少女にしか見えなかったのに。
    そんなひとりごちた台詞を、隣の運転席に座るジョウは聞き逃さなかったとみえて。
    「どっかのだれかさんも、今はまだまだそうみえるけど?」
    なんてぼそっと言うのが聞こえた。慌てて見やると、意地の悪そうに口の端だけ笑みをうかべて。
    「もう!!」
    「いてっ!」
    頭を軽くはたいてみる。さほど痛くもないと思うけど、私がじゃれるときまって大げさに態度を返す。

    それがなんだかくすぐったい。

    「ほら!ミミーだ!兄貴!ミミー!!!」
    知ってる人がみれば誰かぐらいすぐわかると思うんだけど、どうやらリッキーは久々に会う彼女を誰にでも紹介したいみたいで。
    オープンのエアカーの後部座席から、回りにいる人々が振り向くほどの大声で叫び、身を乗り出しちぎれんばかり手を振っている。
    「おら、てめえ降りろ。」
    停車するために高度を調節していた矢先。
    タロスの太い腕が、リッキーの首あたりをつかんで、下に放りなげた。


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■515 / inTopicNo.6)  dishonesty.and.honesty
□投稿者/ 柊里音 -(2003/09/24(Wed) 19:47:01)
    ごいん

    たぶんリッキーがついた尻餅の音だと思う。
    いつもなら、なにしやがんだい!このとーへんぼく!ぐらいは喚きだしそうなシチュエーションにもかかわらず、まっすぐミミーに向って走っていく。
    熱い抱擁のひとつも期待して、その先に目を走らせると、ミミーに近づくにしたがって、ダッシュのスピードも衰えて。
    彼女を前に右手で頭をがしがしかきむしる赤毛の少年をみつけた。
    「・・・全く。ミミーだって、久しぶりだねとかなんとかいって、ぎゅうって抱きしめられるの待ってるのに、何でうちのチームの男どもは、肝心な事ほどだらしないのかしら?」
    そんな私の台詞にジョウとタロスは苦笑いを浮かべた・・・と思う。

    チェックインしたのは、メインタワーシャトーから少し離れたところに建っているコテージタイプのヴィラ。2棟が大きな扉をくぐるとお目見えするエントランスと1Fの外廊下でつながっていて、ファミリータイプだけどプライバシーが守れるつくりになっている。
    扉をあけるとエントランスにはテラの赤茶けたイタリアンテラコッタが敷き詰めてあって、素足で歩くととても気持ちがいい。
    大きく作られたガラス張りの扉窓の向こうには、少し大きめのジャグジー。そしてそのままプライベートビーチまで。テラコッタの先に続く白い砂浜。
    そのむこうには真っ青な海がなだらかに目に入るように作られていた。

    同じホテルだけど、ホテルメインエントランスと回廊でつながる長期滞在用のマンションタイプに泊まっているミミーもこっちを見たのははじめてだったらしく、しげしげと観察しながら室内を歩き回っている。
    「この床の色リッキーの髪の色に似てるね。」から始まり
    「ねえねえ。この部屋ってもしかして、この前雑誌にでてたんじゃない?」だの
    「あっちみていい?こっちみていい?」
    と装飾にもひとつひとつ手を伸ばし、そのたびにすっご〜いだの、これなに〜?だのとはしゃぎまわっている。

    ここは4部屋とも内部の作りも少しばかり違っていたけど、おおむね目論見通りに部屋の割り振りも決まる。
    ホバーカートを押して。まず・・。
    タロスは右手の何の飾り気もない一枚板の厚い黒いドアをスライドさせ、そこに広がりをみる。
    低い濃墨色の家具で統一された室内はとても広く見える。テラのジャポニカタタミといわれる籐で編んだような正方形の敷素材がいくつも敷き詰められ、右奥の一段上がったところにこちらに背を向けるようにベッドルームがあった。間仕切りに紙と格子状の木でできた引き戸のような扉がついている様に見える。
    「あっしはここにしやす。」
    一発で彼の好みにあったようだった。

    「やった」心の中でガッツポーズ。きっとタロスはこの手の雰囲気が好きだと踏んだのは私。

    入り口をはいってすぐの左手には広い大きな木をくりぬいて作ったようなバスタブ。そしてシャワーブース。それとは別にスチームサウナ。
    いずれもエントランスの外に見えた中央のジャグジーへもまっすぐ抜けられるようになっていた。
    リッキーはその上階にある部屋へミミーと一緒に登っていった。
    奥のベッドルームから死角になる場所に設けられた簡易キッチン。その奥の壁から丸太棒がとびだして、ステップ状の階段を作り出している。
    はしごを上る要領で登る。登りきると小さな宇宙船のハッチのような木のドアがお出迎えする。
    いつもまにか先に登ったミミーがうわあかわいい〜と歓声を上げながら中にはいって。
    そこは元からリッキーが目星をつけていた部屋で、何にもない。ただ、天窓を恐ろしく大きくとってある部屋。
    日中は日が照りつけるため、大きな白い幌の様に覆いかぶして直接的過ぎる日光を遮っていた。
    その幌はロフトを隠す役割もしている。ロフトへたどり着くには、スチールの螺旋階段を上ればいい。
    リッキーが好みそうな遊び感覚にあふれる部屋であったみたい。

    長期な休暇をとるとき、内装と趣味を選べる場合。
    其々の趣味や性格にあった部屋があるかどうかっていうのをセレクトしてみるっていうのは、一種これは私の趣味の領域かもしれない。
    でも、もちろん、そのほうがのんびり過しやすいかな?と思うからなんだけど・・。

    いくら心配ないとはいえ、やっぱり憶測どおりいかなかったらどうしようなんて、考えてしまっていたから。
    けど、よかった。内心ものすごくうれしいって気分になる。

    私が選んだ部屋は左側でエントランスに沿う重い木の開閉式ののドアを開けると、そこはダークブラウンのフローリングが広がるリビング。
    白とダークブラウンが基調の部屋。
    白いカルヌーボの壁が目に入ると段差の先にはミニアイランドキッチン。その左奥にはシャワーブースのあるゲストルーム。
    右側はやっぱり一面ガラス扉になっていて、リビングから外が見渡せるようになっている。
    壁沿いの狭い石の階段を登ると、マスターベッドルームにつながる。
    まず目にはいるのはフローリングの廊下。だけど窓際に目をやると何段か下がって白いタイルのプライベートジャグジーがむき出しにおいてある。
    そのジャグジーの周りにはエントランスより濃茶のイタリアンレンガが敷き詰められていて。

    ―似てるなあ―

    思わずそう思ってしまった。いままでそんなこと思い出しもしなかったのに。

    ―やっぱりこんなとこにきちゃったからかなあ・・―

    思わず苦笑いがこぼれる。それは彼の瞳に似ていると思っていたから。

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■518 / inTopicNo.7)   dishonesty.and.honesty
□投稿者/ 柊里音 -(2003/09/27(Sat) 22:55:58)
    この星にはじめてきたあの時、街中に飛び出して気晴らしをしようとしていたあのとき。

    大きな階段に座って夜空を見上げる私に隣から静かなテノールの声で話しかけてくる人がいた。
    「どうかしましたか?」
    はっと身構えて振り向くと、見たこともないけれど、一目できっとこの人はもてるんだろうなと思わせる顔の作りをした男性が腰掛けて。
    そして、にこやかに私を見つめていた。
    「・・・いえ。・・・星がきれいだなあって・・・。」
    「旅行者の方でしょ?さっきからみてましたよ。このあたりを歩いていたのを。」
    「やだわ。紳士ならレディが歩き回っている姿を見ても、見ないふりしてくださらなくっちゃ。」
    「そうですか?あなたこそこの街並みに溶け込んでいて、見惚れていたんですよ。きれいだなあって・・」
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    2人で顔を見合わせて吹き出した。
    流していた涙もいつのまにか、消えていた。

    一度笑い出すと天然そう状態に陥っていたからか、しばらく笑いが止まらず、そんな私をみて彼も笑いが止まらず。
    おなかがよじれるくらい笑って2人、ひと心地が付いた。
    私が大きなため息をついて落ち着いたことをきっかけに彼が話し出した。
    「いくらこの街が観光に興じるのに最適な場所だとしても、こんな時間にレディの一人歩きは感心しないですね。」
    「あら。そんなことでは観光客の集客率、トップを誇るほどのこの街に、不釣合いな台詞ではありません?」
    と、行動を窘められた気持ちになった私がすこしむっとしてやり返すと、彼は悪びれもせずにっこりわらった。
    「ほら。私のようないい男に声を掛けられたいからウロウロしているそこらへんの女の子達と、変らなく見えてしまうということですよ。」
    「・・・それはほめ言葉かしら?」
    「頭のいい女性は好きですね。」
    とまたもやにっこりと微笑んだ。
    「でも本当にこんな時間に何をしているんですか?お子様はお休みにならないといけない時間でしょ?」
    とわざとらしく、クロノメーターを見やろうとするその男の腕をぱっと手のひらでおさえた。
    「あのね。私ね。時間遅れのシンデレラなの。だからね、朝がくるまでのかりそめの姿なのよ。」
    「いいですねえ。今度その台詞使って良いですか?」
    「?男の人が使ってどうするの?」
    「ナンパする時に使うんですよ。君は時間遅れのシンデレラかい?って」
    またもや男の術中に落ちた私は大きな声で笑った。

    私のことを知る人間はここにはいない。もちろん顔も名前も知られる立場にいても、よもや本物と思うわけがない。深窓のお姫様がこんな時間にこんなところにいるとはだれも思うはずがない。
    そう思うとすべてがコケティッシュで、すべてが現のこととおもわれず、初めて声を掛けられた男にこんなにも心を許している自分がいた。

    さて。と彼はこちらをじっと見つめ、やや何か考えるようなしぐさを見せた。
    「送っていきますよ。私が私であるうちに。いくらなんでもシンデレラとはいえこんな時間のそぞろ歩きはよろしくありません。」
    少し不服そうな私の表情を読み取ったのだろう。
    くすりと笑うと、
    「ガラスの靴があれば、いつでもお迎えにあがれますよ。たとえば本当の名前とか」
    と私の手を引いて立ち上がらせながら、じっと瞳を見つめていた。
    「あら。こんな出会いなのに名前が必要?」
    「旅はなんとやらですか?いいですね。・・・でも名無しのシンデレラでは格好がつきませんし・・。」
    「でもあなたの名前うかがってないわ。私に聞く前に自分が名乗るのが筋でなくって?」
    と少しむっとして答えた。
    名乗るほどのものじゃないですからなどと、話しをはぐらかし、彼は突然こんなことをいいだした。
    「あなたはここがどうしてこんな街になったかしっていますか?」

    思わずびっくりして彼の顔を見つめた。
    浅黒い褐色の肌。漆黒の闇を思わせる黒い髪。ややウエーブの入ったその髪はうしろに束ねられていた。
    ピザンではあまり見かけないタイプの面立ちで、改めて異国の地にいることを思い出させる。
    思いがけない金色の瞳に、吸い込まれそうな気分を覚え慌てて顔をそらす。

    この街がどうしてこんな風になったのかなんて、もちろん知るよしも無い。
    なんと答えていいのかわからず、無言になった私に
    「オールドムービー。見たことがありますか?」
    と突然聞いた。
    「えっと・・。時代によるけど・・・。あまりしらないわ。」
    声色を気にしながら、ぽつぽつ話す。
    ただ、グレアムと話すときのように、知らなくてもしっているフリをしなくていいんだと思うと少し気が楽だった。
    はっきりいって、昔の映画は殆ど知らない。
    勝手に抜け出して、映画というものを見に行くようになったこともつい最近のこと。
    友人達と流行の映画に行き、そのヒロインやヒーローに感情移入して盛り上がる、なんて楽しみをわかってきたのすら、最近のこと。
    もちろん、そんなことはいえないけれど。


    少し歩きましょうか。彼はそういって、私の少し先を歩き広場からやや離れたところにある噴水にむかう。
    「ここに後ろ向きでコインを投げ入れると、またこの場所に戻ってられるという言い伝えがあるんですよ。」
    少しはだけたシャツにクリーム色ジャケットを羽織っていた彼はそういうとポケットをまさぐり、はいと私にコインを渡す。
    「・・これって?」
    「記念にどうぞ。」
    「・・・どうするの?」
    こうするんです。
    彼は後ろ向きにひょいと1枚コインを投げる。
    「1枚投げたら、またここに戻れる。2枚投げたら好きな人と結婚できる。2人で一緒に願いを込めて投げると、その願いはかなうっていうのもあったかな。」そんなことをいいながら。
    高く上がったコインは水面に沈み底のレンガにこつん。とあたった。

    ぼんやりと考える。私の願いってなんだろう。
    「・・・投げたら、・・・」
    ん?とした表情で私をみている彼と目が合う。
    「投げたら。何を願えばいいか、わかるかな。」

    たぶん少し困った顔をしている私。その心を見透かした様なつきあかりが、なにかを教えてくれる気がした。
    投げないで握っていたコイン。
    そっと彼に返した。

    「まだ・・・。お願いできないわ。」

    水面に映るまんまるなお月様にむかって、言った。

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■521 / inTopicNo.8)  dishonesty.and.honesty
□投稿者/ 柊里音 -(2003/09/30(Tue) 20:29:21)
    じっと水面を見つめる私に彼の静かな声。

    「ここは、テラのローマという都市のなかにあるスペイン広場というところを模しているんです。」
    私の揺れる気持ちを映すみたいな、ゆらゆら水面にゆれているお月様。
    「このお月様も。もしかしたらテラのローマのお月様のひかりかもしれないわね。」
    私の後ろに立つ彼に、なんとなく小波だつ気持ちをごまかすように、おどけながらいってみた。

    「う〜ん。計算してみようか・・。」とおもむろに顎に手を当てて考え出したりして。

    本当に計算しているみたいで。
    くすくす。
    さっきまでの訳の解らない不安が消えた。

    「ときに。シンデレラさん。今から映画見ませんか?」
    「あ。やっぱりナンパ?」
    「違いますよ。君がまだ帰りたくなさそうな顔をしているからね。せっかくここにきているのだから、レイトショーで必ずどこかの劇場がやってるはずだし」
    となにやら訳ありげな台詞でクロノメーターを使って検索を始める。
    「ねえ。ねえ。何の映画?」
    興味の沸いてきた私は彼にしがみつくようにクロノメーターを覗く。

    彼の目的の映画は、どうやら言ったとおり上映されているらしかった。
    この広場からさほど遠くない、こじんまりとした劇場に向かう事となる。

    「やっぱりあなた信用できない人の部類ね。」
    少しいたずらっぽい顔でからかってみた。
    「女の子の気持ちを汲み取るのがものすごくうまいわ。それに誘い出す手順も手馴れたものって気がする。」
    「お褒めに預かり光栄です姫様。」
    と仰々しく頭を垂れ、胸にてをやり片手を広げて挨拶をした彼に心底びっくりした。

    〜なんで?・・まさか正体ばれてる?〜
    なかんずく身に当たることがあったので、恐る恐る顔を四方八方にむけてみる。
    大丈夫。それらしき追っ手は見えない。
    とするとこの人のこのポーズは・・?
    「なんですか?別にトチ狂ったわけじゃないですよ。正式なご挨拶を姫にしただけで・・。」
    とこちらが驚くことに驚いて、説明をしてくれた。
    「ひどいなあ。きっとどっかの入院患者とでも思ったんでしょう。そうやって目をくばって私をまた再びあの白い監獄へ送ろうとしている気配をかんじるね」
    と、すこしがっかりしたような表情と口調でいじけた雰囲気を出してくる。

    私は実際心から呆れて。

    「あなた。本当にじょうずだわ。よくそんなところまで気が回るのね。実際、こんなにステキで面白い人なら、すぐにでもだれでもナンパすればかかってくるんじゃないの?」
    と、首を振りながら苦笑をうかべて両手を広げた。
    「いやあ。そんなことはないさ。今だって君がいきなり殺気をみなぎらせて周囲に目を配るもんだから・・。つい。気を悪くしたのならあやまるさ。」
    と、ひらひらとその両手を蝶のように振って見せる。

    「ほんと。憎めない人ね。」
    またその手の表情もおかしくて、笑ってしまった。

    ピザンをでてから、こんな風に心からたくさん笑ったことはなかった。久々の腹筋運動にやや痛みを感じつつ、彼の探した映画館に向かいぶらぶら月明かりを背に歩き出す。

    「ねえ。なぜスペイン広場を模しているのにローマンホリデイグラウンドって名前になってるの?」
    さっきから気になっていたことを素直に聞く。
    ここを訪問する前も色々と勉強しなくちゃいけないけれど、なぜそうなったのかを知ることはできなかった。
    当然グレアムに聞けばいいんだろうけれど・・。
    なんでも知っているような顔をして、あとで一人で調べる。
    彼との間はそうだった。
    それはそれで知識となるんだろうけれど、素直に何でもたずねられる事が、こんなに肩のこらないなんだと改めて思う。
    「それは。今から解りますよ。」
    あの魅惑的な瞳のウインクで返された。




    その映画をみるのは本当に初めてで。
    その女優の美しさに絶句した。
    見据える先にあるものが何かを問いただしたくなるほど、キラキラと輝いて心をとらえる瞳。

    「ね。美しい人でしょう。この時代のフェアリーといわれていた方ですよ。いろんな映画が残っていますよ。」
    スクリーンを見やりながら耳に唇をよせ、囁くように教えてくれた。
    映画を食い入るように見つめる私は、うわの空でその言葉を受け取る。
    まるで重さを感じさせない足取り。
    みる人を魅了するほほえみ。
    透明感のある存在。
    そしてふとした瞬間にうかぶ憂い。

    フェアリー。

    そうだ。こういうひとだ。

    「あなたに似てますね。」
    「え?」
    「いや。顔がどうとか、っていうわけじゃないですよ。な・・んていうか。雰囲気かな?みるものすべてを新鮮だとかんじている、その雰囲気かな?それと、力強い意思のある瞳。」
    「・・・・・・・・」

    言葉を返せず、ただただわが身と重ね合わせるがごとく、事の成り行きを見守る。所詮200年以上も昔に作られた映画のお話で、結末は決まっている。
    だけど、彼女がどうするのか、もう何度も見ているであろう隣のかれに問いただす事はない。
    彼女の決断を自分の目で確かめたい。そんな変な気持ちになった。

    映画が終わってもしばらくぼおっとしたままだった。

    ―この時代では当たり前の選択だったのかもしれない。でも、もし。もしもこれが今の時代で、彼女が今の私の立場だったら?私が彼女の立場だったら?―






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■522 / inTopicNo.9)  dishonesty.and.honesty
□投稿者/ 柊里音 -(2003/10/01(Wed) 11:39:27)
    「アルフィン?」
    ジョウの問いかけにはっとわれに返った。
    「な、なあに?」
    「元気ないな。どうした?」
    私は知らずジャグジーのバスタブの上に腰掛け、じぃっと床のタイルを見詰めていた様だった。
    足元にジョウが跪き、少し心配そうな顔をしてうつむく私の顔を覗き込む。
    そのジョウの瞳に映る私は、いつもの私。

    そっと髪をやさしくなでる。ジョウの手。
    私のすきな所作。
    知ってか知らないのか、こうして欲しいときに必ずこうしてくれる。
    それがとてもうれしいって・・。しってる?

    髪をなでるジョウの手にそっと自分の手を重ねてみる。
    そして、思いっきりひっぱって引き寄せてみた。
    気を抜いていたから、足をとられたようにジョウが私に覆いかぶさってきた。
    それだけで今のジョウはもう真っ赤。
    「へへへ」
    そういって首に抱きついて。
    軽く髪にキスをした。
    なんだよ。と溜息混じりにいうジョウが、ものすごく、いとおしく感じた。
    今日の夜は久々にみんなで集まったんだから、一緒にご飯食べに行きましょうということになったのは当然の成り行き。
    「ア〜ルフィ〜ン!?」
    階下からミミーの声が聴こえる。
    「用意できたあ〜?」

    しばらくしてミミーは一緒に来ているお友達を呼び出したよう。
    下はなにやらにぎやかになり、ジョウは先にしたに行くぞといって。

    きゃ〜はじめましてぇ。きゃ。さわっちゃった。うわ〜〜〜たっくましいうでぇ〜・・・

    ぴき。

    夢想を破る現実の黄色い声。
    まあったく。リッキー見にきたんじゃないの?さわっちゃっただ〜?勝手にさわるんじゃあないわよ。
    ぶちぶちと文句をいいながらエントランスに向かう為に階段を降りる。
    ・・・下のドアが開けっぱなしになったから、騒ぎ声が丸聞こえだったんだ。・・・
    どすどすと足を響かせる様な足取りでリビングを抜けると、案の定若い女の子に囲まれて真っ赤になってるのは。

    「あ・・あるふぃん・・。」
    ったく。情けない顔してこっちみないでよね。
    仮にも世に名を響かせるクラッシャージョウ。それっくらい・・・。って上手く交わせられてもジョウらしくないんだけどね。
    全くさっきのオトコと一緒だとは到底思えない。
    まあ。
    それがジョウらしいっていえばそうなんだけど。

    ため息をひとつついて。
    「お・ま・た・せ」
    その声色にどうやら事態を察っしたらしい黄色いスズメどもはさっと道をあけた。
    そんなことに全く動じずにミミーがきゃらきゃらと笑いながら、
    「だあからいったじゃない。」
    とスズメども・・いやさ、お友達に忠告しなおしている。
    ふん。ジョウにまとわりつくなんざ、10年早い。
    オムツ替えて出直してこいっていうのよ。
    顔にはださず心の中で盛大にあっかんべをしてやりながら、ご丁寧にあけてくれた花道を通り、ジョウの腕を掴んだ。

    「で?何処がお薦めなレストランなのかしら?」
    これでもかというくらいの微笑をもって、スズメを蹴散らしてやる。
    それだけで、我慢してやる。
    私も大人になったもんだ。
    うん。




    ミミーとスズメがお薦めというレストランは、海岸沿いにあってお世辞ではなくとっても素敵なところだった。
    暁の空を紫雲が翳る。
    凪る海に夕日が吸い込まれていく。
    お料理を堪能しつつ、その景色も目で満喫してみんなかなり上機嫌だった。

    「ねね。アルフィン。ここのシェフってむかし公館のレストランのシェフしていたんだって。」
    だから本格的上流階級なお味だと思わない?とワインを片手にウインク。
    あ。やっぱり。
    こう見えてもお料理にはうるさい私。
    色々と思い出していたからか、なんだか前に食べたことのある味だなあなんて思っていた。
    結構特徴のあるスープの取り方をしているので、このあたりのシェフはみんなこうなのかと思っていた矢先。
    「こんばんわ。ミミー様。今宵はお連れ様が多ございますね。」
    と横から声がした。

    円形のテーブルのミミーの隣に私。その隣にはジョウ。その隣はタロス。
    そしてスズメが3匹にリッキー。
    聞き覚えのある声に振り向くと、白い背の高いシェフ帽をかぶった初老の性がお辞儀をしている。
    丁度ミミーとリッキーの間に立って話をしていたので、私の顔は確認できてないみたいで。
    なにやらお薦めの料理のお味やらワインの種類やらの話しをしている間も、そのシェフはひとまず気がついていないみたいだった。
    次の瞬間。
    みなを見渡すようににっこりとした笑顔で顔を上げ、お口にあいますか?と訊ねたその時彼は私に気がついた。
    「あ・・・」
    とだけ言って少しほおけたような表情を見せ、もう一度お口にあいますか?と微笑んだ。

    そろそろ夜も更けたことだし、当然のように場所を改めましょうということになり、辞するとき出入り口のところで先ほどのシェフが見送ってくれた。
    手をさしだして、ごちそうさまでした。とだけ伝えた。
    彼はその手をとり、軽く握手をし、ありがとうございました。と。
    そして、おしあわせそうですね。ともう一言。
    それだけで、彼に私の気持ちが通じていることがわかった。

    あの頃私は、彼と表向き直接話したことはなかったし名前も聞かなかったけど、ピザンに帰る前に一通の手紙を残していた。
    館を抜け出した日、朝早くに戻った私の手助けをしてくれたのが彼だった。
    ひとまずは戻ってきたけれど、当然のごとく門は閉まっていて、いろんな事がありすぎて、ぼんやり周りを歩いていた私を見つけて連れ帰ったのが彼だった。
    もちろん、夜中の逃避行は他の人の知るところとなっていて、みなが大騒ぎをしている最中の帰館だった。
    みなが責め立てる中、少しやすませてあげてくださいと温かいスープを供してくれた。
    そして私は帰るまで自分のことで精一杯で彼にお礼を言うことすら忘れていた。
    それまでも、あまりにも周りに目を配ることが多すぎて、自分を守るのに精一杯で、あのときのあの人は誰だったのかだなんて、振り返る余裕もなかった。
    だから、彼が館のシェフだったとわかったのさえ、自分の気持ちが固まった帰る直前で、あわてて手紙を認めただけだった。

    「おしあわせそうですね。」
    そういってくれた彼に、やっぱり自分の選んだひとは間違ってなかったかなと、こっそりジョウのことを盗み見て小さく頷いた。






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■523 / inTopicNo.10)  dishonesty.and.honesty
□投稿者/ 柊里音 -(2003/10/01(Wed) 11:42:55)
    「あのね。ライブハウスに、ここ出身で今度メジャーデビューする人たちのシークレットライブが今日あるらしいのよ。
    そんなことをミミーが話している。
    どうやら2次会はそこに落ち着きそう。
    タロスは・・と前をみやると、さりげなくリッキーの腕にまとわりついているミミーとリッキーの後ろでスズメたちに取り囲まれているのが見えた。
    どうやらスズメどもは矛先をタロスに向けたようで、両腕にしがみついてなんだかんだと盛り上がっているようにみえる。
    タロスのあまり表情のでない顔はたぶん真っ赤で。
    別に今飲んだワインのせいではなく。あの若さとパワーで押し切られているまんま。
    タロスにしてはなすがままやらせているのも、珍しいことだと思うけど、こんな家業していると、若いおねえちゃんにたかられる・・。もといおねだりされることも少ないし、今晩はリッキーにお付き合いしてあげる気でいるのか、早々に脇役の「気のいいおじさん」に徹しているようにも見える。
     
    ん?一匹たりないな。と腕の数とまとわりついてるスズメは同じ数だったから、隣を見てみるとあろうことかジョウにへばり付いている1匹をみつけた。

    まったく冗談じゃないわよ。
    ちょっと感傷にかられて迂闊だったわ。
    あたしの目前でいい度胸じゃあないの。
    宙ぶらりんのジョウの右腕をぐっっとひっぱって、
    「約束してるの。ごめんね。ミミー。また今度一緒に飲みましょ。」と言い、ずんずん反対方向に歩き出してやった。
    飲みすぎちゃった〜だかなんだかほざいて、さらにジョウにへばりきなおそうとしていたスズメは、私が引っ張った拍子にジョウの左腕に押し出された感じで上手い具合にはがれていたのはすでに確認済み。

    「お・・おい。」
    後ろ歩きさせられたジョウは慌てて。
    「っと、悪いなミミー。・・・こっちは適当に帰るからタロス後頼むな。」
    と言い残す。

    ミミーのきゃあ。おあつ〜い。なんて声援をジョウはまともに受け、きっとまた赤面してしるかも。
    いちいち確認しなくても、手に取るようにわかるジョウのしぐさ。
    わかってて、またやってしまった自分をちょっとかわいいと思う。
    しばらく歩いて、腕を緩めた。
    ジョウに向きやって、どうしても気になるさっきへばりつかれていた場所を大げさにはたいてやった。

    「やきもち焼きだな。」
    ずるいくらいの甘い声でささやく。
    「じゃあ焼かせないでよ。」
    少し拗ねていうと
    「それもまたいいんじゃない?」
    ちょっとふくれっつらの私にさりげない一言。
    どこから無意識でどこから意識的に行動しているのか、そんなことを言われるとわからなくなる。ほんとにずるい。
    でもそれで、ご機嫌もよくなる自分。
    「だから眼をはなせないのよね。」
    照れくささを隠すのに、ため息混じりに言う私に、くすりと笑って。
    さあ。お姫様はどこまでお散歩ですか?とおどけて聞くジョウに、ふと思い当たるふしがあって顔を見上げた。
    考えたら、ミミーが用意したワンボックスタイプのエアカーでここまできたから、帰りは歩きかタクシーしかない。
    やきもち焼きの代償を私がどうるすのか、にやにやと答えを待つジョウに少しむっとする。
    ふん。やっぱりいじわるだ。
    「なにいってんのよ。こっから歩いたって帰れるじゃない。・・・たぶん。・・」
    「へ〜そかなあ。」
    「いっぱい食べちゃったもん。トレーニング代わりよ。ほら。」
    つかんだ腕をぐいぐいと引っ張りながらホテルにむかって歩き出した。

    アクシデントで歩くことになってしまったけれど、思いのほか夜風がとっても気持ちよくて、海岸線を2人、手をつないでぶらぶら歩く。
    そんな些いな事がこんなにもうれしいと、わかっているのかいないのか。
    あてもなく、このまま同じ方向に向かって歩く事が、こんなにもあったかい気持ちになるって、私だけ?

    ずっとずっと。このさきもずっと・・。

    なんとなく、こういうのも・・いいな。とつぶやいてた私への答えは。
    きゅっ。
    繋いだ手に力がはいる。
    私はそれだけで、しあわせを感じている。
    言葉が少ないひとだから、それを補う仕草を見つけようと躍起になっていた。
    一生懸命になりすぎて、周りがみえなくなることもあった。
    だけど、彼からのちいさなサインが私だけに向けられていることに気がついたとき。
    私のこころは幸せな瞬間に落ちていく。
    自分のきもちに素直になること。
    あなたに愛される自分を好きでいること。
    それを気がつかせてくれたあなたと。
    このままずっと歩いていきたい。


    途中ひらったタクシーで何処に寄ることもなくホテルに着く。けど、まっすぐにヴィラに行かず、メインタワーに来てみた。
    ここにもレストランフロアや最上階にはラウンジもある。
    遅くまでしまることのないショッピングモールも。
    こんな時間は宵の口とばかりに賑やかな人並み。
    すごく平和なひと時をかんじる。

    そのとき目に入ったエントランスに掲げられたある人たちの肖像画。
    それは、この星ではううん。おそらく太陽系全域でも知らぬ人はいないと思われる一家の肖像をみつけた。






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■524 / inTopicNo.11)  dishonesty.and.honesty
□投稿者/ 柊里音 -(2003/10/04(Sat) 19:10:18)
    「肖像画をわざわざ飾るってのはめずらしいよな。」

    それは一筆一筆大切に、微妙な表情までとらえたすばらしい絵だった。
    最近ではここまでおおきな肖像画もあまりみることもなくて。
    ジョウは至極当たり前の反応をしていた。
    この星で、未だマクニッシュ家の栄光が続いているのであれば、それが国家繁栄に繋がっているのかと思えば、肖像画の一枚くらいなんら不思議ではない。
    それは、アンティーク調の椅子に座る見知っている頃よりやや年老いたサーマクニッシュ卿と、面立ちの変わらないグレアムを中央にした、家族の肖像。

    「こういう絵と立体映像だったら、どっちが貴重なんだ?」
    そういやピザンの宮殿にもあったよな・・・とジョウが思い出したように呟いた。
    「・・ああ。そうね・・。何かの際には肖像画になるのよね。」
    「へえ。上流階級のお約束ってやつか・。」
    と別に気分を害したような口調ではなく、別段興味もないと言う口調でぼそり。
    「ねえねえ。あっち見にいこう!」
    とショップの連なる方向に向きを変えるように歩き出した。

    褐色の肌に魅惑的な金色の瞳。まとめ上げるでもなく、自然なゆるいウエーブの黒い髪が肩にかかる女性。
    やや浅黒い肌と濃茶色い髪の幼子。
    とても幸せそうなオーラが、絵画からもあふれ出てきそう。
    絵に背を向けながら歩く私に、あたたかな視線を感じる。
    ―しあわせになったよね。―
    現状を憂うことなく、今を生きる私と彼の構図をみているようだった。



    アーケードを歩くきながら、どんどん機嫌の悪くなるジョウをみて行き先を変えることにした。
    いたずらな瞳で、部屋に戻る?と聞いてみたら。

    腕をつかまれて、方向を変えさせられた。







    夜も更けて、タロスたちはご帰還の模様。
    ドアをちょっと開けて顔を出してみる。
    2人とも出来上がり方がいいみたいで、シークレットライブの満足さを見て取る。
    「おかえり〜」
    つめたい床を素足で歩いて、2人に近づきペットボトルのミネラルウォーターを2本ぶらぶらさせてお出迎えをしてやった。

    『お!!』
    相変わらずの息のあった「はもり」で答えてくれる。
    「ライブどうだった?」
    ミネラルウォーターを2本受け取り、1本をタロスに渡すリッキーは、キャップをあけるのももどかしげにいっきに飲み干した。

    エントランスにある青銅の椅子に腰掛けて、しごく満足そうなリッキーが興奮した表情を浮かべ、あれやこれやと説明するのを聞く。
    想い続けた彼女とのご対面。それはさぞかし、甘美なものと思いきや、彼の興奮した原因はやはりライブの内容だったみたいで。
    ちょっとだけ、ミミーに同情した。

    リッキーの好むハードロッカーのシークレットライブだけだと思った会場で、タロスは一人、バーボックスで飲み始めていた。
    すると、なんとそのとなりのボックスには、有名なジャズシンガーがいたらしく、それを見つけたハードロッカーのおかげで(?)急遽ステージに登場したらしい。
    世にもめずらしいコラボレーションが始まり、会場に詰め掛けた観客総立ちの大盛り上がりで幕は閉じたそう。
    思いがけないゲストの登場に、当初予定時間も大幅にのび、今の今までそこにいた。
    と要点をかいつまめばそういうことみたい。

    リッキーがのべつまくなしの、ジェスチャーも加えて大熱演を横目に、タロスはさっさとジャグジーにいってしまった。
    外のジャグジーは寒いんじゃあないかと思うんだけど、まるっきり平気のよう。
    しかも、デカンタワインを片手に外に消え、あちらから天然木のブラインドを下ろしてしまった。
    しばし、タロスの時間というところかしら・・。
    大熱演のリッキーは、まだ興奮冷めやらぬ様子のミミーからの電話に飛びつき、また先ほどの話しの続きをしているよう。
    外にいるタロスにおやすみの声をかけて、部屋に戻る。


    窓を開けると昔見たまんまの遠く澄んだ星空が広がる。
    地平線の彼方にまで届く星々たちの歴史。
    なぜだか、こんなにも昔のことを思い出しているのは、この街の魔力なのかしらね。
    そう、星に尋ねてみた。
    あまりにも静かなベッドの上をふと覗く。
    さっきまで、猛々しいほどの想いをぶつけてきたこの男はまだ夢の中のよう。
    まあ。そういう私も途中から意識を飛ばしたから、いつからジョウが眠ったのかは知らないけれど。
    ペリエを片手に、眠っている男の顔をみる。
    うつぶせになって、子供のようなあどけない表情で惰眠をむさぼっている。
    つい今まで、このたくましい腕に絡みつかれていたと思うと、知らず知らず赤らむ頬に冷たいペリエの小瓶をあてる。
    すこしずれたキャミソールの肩紐を直しながら、ひとくち、ペリエを含ませた。

    窓外から聞こえる、騒ぎ出したチームメイトたちの声に男の睡眠が妨げられぬよう、そっと窓を閉めた。





    翌日、結局お昼過ぎまで眠りこけていたリッキーは、ミミーからのお呼び出しに大慌てで赴いていき、タロスはまだ部屋でごろごろ。
    ジャポニカタタミの感触に彼は甚く満足しているらしく、大の字になって自然の風を感じているのが最高なんだそう。
    ジョウはといえば、そのタロスの横でやはり大の字になって。
    大きな男二人の仕草はあまりにもおっさんくさい。
    「ちょっと〜〜〜〜。いい加減にでかけようよお。」
    髪の毛をつんつんひっぱってみたら、面倒くさそうに起き上がり、今日はお昼寝の日。と言い残すとまた寝っころがってしまった。

    まったくもう。なにさ。
    せっかくのこんなのんびりとした休暇なのに。
    再度。つんつん。

    ・・・・無視された。・・・・

    「市街までいってくる。」
    ちょっとむっとしたので、どすどすと足音を響かせ部屋をでてやった。



    メインシャトーまでの巡回エアカーに乗り込んで、フロントデスクでエアカーを借りる手配を取っていると、声高な一群に遭遇した。
    「なに?これから出かけるの?」
    私を見つけ、涼やかな声のミミー。昨日大騒ぎして遅くなったわりにはすっきりした顔。そして疲れしらずのお友達に、もはや疲れた顔のリッキー。

    きょろきょろとあたりを見回す・・・だれだっけ・・この子達。
    ミミーのお友達ってのは知ってるんだけど。
    昨日そういえば名前を教えてもらった気がするけど。
    気分の悪くなることをした子もひとりいるけど。

    まあ。いっか。

    「アルフィン。兄貴は?」
    いらぬことをと、心中ちっとしたうちしながら、にっこり。
    「タロスとお昼寝だって。普段疲れているから、こういうときくらいゆっくりさせてあげないとね。」
    その私の台詞にリッキーはにやり。

    「だって。残念だったね。ステラ。」
    リッキーが振り返ったさきに、オレンジのベリーショートのオンナ。
    はは〜ん。昨日しなだれかかっていやがったオンナ。

    ぷいと横をむく子狐・・もといステラに艶然と微笑み、ごめんなさいね。といってやった。

    ふん。このアルフィン様をなめるんじゃないわよ。
    この私のいる前で、たとえ「がきんちょ」とはいえ、ちょっとでもジョウに気のあるそぶりをみせるとは、たいした度胸じゃあないの。

    「今からショッピングにいくのよ。アルフィンもいっしょにいかない?」
    ミミーからの思わぬお誘いにひとまず、乗ることにする。
    目狐は、ちょっとぎょっとしたかんじ。
    あんたの魂胆もうすでにばれてるわよ。
    まさか一緒に行くとは思っていなかったのよね。
    今、私が出かけることを確認したら、こっからとっとと抜け出して、ジョウの寝込み襲うつもりだったんでしょ。
    それっくらいお見通しなんだから。
    ご一緒させていただいて、あんたの行動も監視させていただくわよ。
    心の中で一気にまくしたて、口から出た言葉は、
    「わあ。いいのかしら?悪いわね。」

    あたしも大人になったわ。うん。



引用投稿 削除キー/
■525 / inTopicNo.12)  dishonesty.and.honesty
□投稿者/ 柊里音 -(2003/10/10(Fri) 08:09:26)
    「ジョウ。いいんですかい?」
    寝転びながらのタロスは隣でまんじりともしない男に声をかけてみた。
    「・・・ん?」
    本気で昼寝を決め込んでいたらしいジョウにやや苦笑気味に、言葉を続ける。
    「アルフィン。またヘソまげますぜ。」
    「う〜〜〜。」
    「いってきなせえ。」
    暗に、さっさといってご機嫌をなおせとばかりのタロスの態度に頭を掻き掻き起き上がる。
    「しっかたねえな」
    溜息交じりなそういう言葉とは裏腹に、機敏な動きで後を追いかけていくジョウを薄目を開けて送り出す。
    「若いっていいねえ」
    満足げに頷くと再び眠りに入った。


    ミミーの一団の中に混じる私は、まさかジョウが追いかけてきてくれるとはしらず、先を急ぐミミーたちとともに運転手のリッキーを従えて市街へ向かっていた。



    お約束とばかりにミミーは旧市街地観光に向かうようリッキーに指令をだす。
    「ここの官庁街広場はすっごく風情があるのよ。なんでもテラにある街をモデルにして造ったんだそうよ。」
    ミミーが後ろを振り返りながら、にこやかに説明を始める。
    旧市街地、新市街地とは通称のようなもので、新しいプロジェクトによって造られたベイエリアを新市街地。当初から開発された中心街を旧市街地と呼んでいるらしい。
    たしかに、旧市街地とよんでもいいくらいの建設を行っているのは百も承知。
    だけど。
    ハイウェイを降りるとき石造りに見立てられた建造物が遠くに見える。
    そろそろ市街地に近づく。
    運転手リッキーも「ほえ」とか「ひょ〜」という歓声をあげつつ、パーキングに車を入れた。
    「車が入れるのはここまで。こっからは徒歩じゃないと入れないからね。」
    旧市街に降りるには、決められた乗り物にのらなければいけない。
    それは路面電車。
    実際テラの街にはは走ってはいないらしいけれど、なぜだかこの風情にとてもあっている気がする。
    この石畳にはそれが一番よく似合うと、街を造るときにこの星に移住した人々が諸手を挙げて賛成したと昔聞いた。
    すべてを模倣するわけではなく、なにか違うものをとりいれてもいいんじゃないか。新たな都市を造りたい。そんな気持ちの表れではないかとも思った。


    この路面電車にも以前は乗れなかったから、なんだかうれしい。
    きっと何かと手間がかかっても、このイメージを壊してはいけないと、思う人々の情熱をいまさらながらに感じた。


    広場にいく手前で私たちは電車を降り、ミミーのガイドに従い街へ繰り出す。
    ここへ到達するまでも、なかなか見られないような石造にも見える建物たちは圧巻で、見るものを魅了していた。
    「歴史を感じさせるつくりでしょう?模造品だってわかってはいるけれど、なんだか壮麗な雰囲気で。昨日も見に来たけれど・・。何度見てもいいものはいいわよね。」
    ほおっと溜息をついて周りを見渡す。
    礼拝堂やプロテスタント教会。
    今はもうほとんど意味を成さない、ただの観光遺物ではあるけれど。
    それに彼女たちにとっても歴史を重んじるたてものより、もっと魅惑的なものがある。
    「ね。ちょっとテラに行った気分よね。」ストロベリーブランドのホリーがうきうきと話しかけてきた。
    ここにくるまでの車中でなんとか名前は把握した。
    このストロベリーブロンドの少し大人びた女の子がホリー。
    黒いボブのみるからに幼い少女という感じのドナ。
    そして、このオレンジヘアがステラ。

    今通ってきた道は露天やら屋台やらが連なっていたけれど、この広場のメインストリートに抜ける道のほうはコンドッティ地区といって、昔ながらテラで有数のブランドショップが立ち並んでいるわよ。
    当初の目的に近づきドナが思いもよらぬすばしっこい目をして耳元で囁いた。

    ミミーはといえば、にリッキーの手を引き、あの噴水に向かって駆け出した。
    きっとコインを渡して2人で後ろを向き、コインを投げ入れているに違いない。
    自分の気持ちに正直にぶつかる2人に思わず微笑んでしまう。

    「ねえ。アルフィン。あれしってる?なんでも好きな人と願いを込めてああやってコインを投げたらその願いがかなうっていう噴水。」
    「へえ。そうなんだ。」
    にこにこと後姿の2人を追いかけていた私にホリーが教えてくれた。
    「ホリーは?願い事ないの?」
    「?だって2人で投げるんでしょう?」
    ああ・・。
    「1枚はまたここに戻ってこられる。2枚は好きな人と結婚できる。っていうのもあるのよ。」
    心の中に思い人が当然いるであろう年頃の女の子たちは、その言葉に少し瞳を輝かせた。
    「3枚だと嫌いな人と別れられるっていうんですよね。」
    意地悪そうな声で、続けたのはもちろんステラ。
    ちらと見ると、冷たい一瞥を返しそっぽをむいた。
    ふん。かっわいくない。
    嫌いな人と別れるって別れるだけを強調しないでもいいんじゃあないの?
    別に私には関係ないけどさ。

    一瞬沈黙が流れた空間に、じゃあちょっと・・と残りの2人はこしょこしょきゃあきゃあ言いながら、コインを投げ入るために向かう。
    「しってたんですか?言い伝え。」
    そっぽをむいたまんま、ぽそっと聞いてきた。
    「あ。うん。前テラのここと同じ場所の話を聞いた事があって。・・・一緒でしょ?」
    「知ってること、黙ってるって。変ですね。」
    ふんっと鼻をならす。

    まったく・・・・。かわいくない・・・。


引用投稿 削除キー/
■526 / inTopicNo.13)  dishonesty.and.honesty
□投稿者/ 柊里音 -(2003/10/10(Fri) 08:10:57)
    コインも投げて予定をクリアしたミミーは当初の予定通りショッピングへ意気揚々と向かう。
    はなから街中散歩ではなく、ここでコインを一緒に入れたかっただけなのだった。
    まあ。いきなり神社仏閣めぐりに興味を示すとは思っていなかったから、あまりびっくりもしないけれど

    迎賓館となる公館はここから目と鼻の先。
    あの時は真夜中もいいとこだったから、このあたりのショップなんてまったく目も入らなかったし、それに時間があっても行事の合間を縫ってのお買い物なんて、許可がおりるわけがない。
    確かに由緒正しく老舗ブランドの洪水とみてとれる。
    これなら別に、日中の公式行事に入れてもらったって、おかしくない格式高いお店ばかりだったのに・・。と過去の行動に不満を漏らしてみる。

    しばし、われを忘れての物色。・・・をしていると、聞き覚えのあるすっとんきょうな声を耳にした。
    「あれ〜〜????兄貴きたの?」
    慌てて振り返ると、すでに荷物番となり街道に座り込むリッキーの前にジョウがいる。



    「うちのお姫様は?」
    「あそこの・・あ。こっちみてる。アルフィ〜ン。」
    「お友達とミミーとアルフィンののお荷物番ね。ご苦労なこったな。」
    はい。アルフィンの荷物・・とジョウにいくつかのブランドのロゴの入ったバッグを渡す。
    「へへへ。でもさ。こういうこともあんまりしてあげられないしさ。」
    「アルフィンのお供は嫌がるってるんじゃないのか?」
    「ちっちっち!兄貴にもわかるだろ?」
    「ん?」
    「兄貴だって、ミミーの相手するより、アルフィンの相手するほうがいいにきまってんじゃん。」
    「ははは」
    「それにさ。俺ら達。せっかく同じところに来てるんだから、時間の許す限り一緒にいたいんだ。」
    「そうか・・・・」
    「うん。もうひとついうとさ。ミミーの友達なんか会えることないじゃん?例え時間のある仕事してても、友達が一緒だからだめ〜なんていわれちゃったりするじゃん?」
    「そうか?・・・」
    「そおだよ。でも。ミミーがぜひ一緒にいて。友達にもあんたのいいところ、わかってもらわなくっちゃ。なんていってくれたんだぜ。」
    彼女の友達に認められるってうれしいよ。ククルでも、俺ら親いないし、仲間が認めた彼女と付き合うって、ある意味神聖なんだ。遊びの相手なんかはどうでもいいんだけどさ。
    ククルにいた時も恐らく誰ともいい加減な付き合いをしてきていなかったと思うリッキーの、思いもつかなかった台詞に、まあがんばれよ。と二の句をついだだけになった。


    「なになに??何の話??」
    と駆け込んできたアルフィンが混じり。

    別に?なんでも。
    そうそう。なんでもないよ。
    あ〜。男2人で内緒話し?
    そうそう。
    じゃ。たいしたことないわね。
    おいおい・・・。

    そういって2人はじゃあな、と片手で合図。
    ジョウと私は肩を並べて。
    ミミーたちのいるショップに歩を進めるリッキーを見送った。


    そのとたん。
    「なあ。アルフィン?ここ前にきたか?」
    突然聞かれてびっくりした。
    「なんで?」
    「いやあ。ぶらぶら、散策してたらさ。」

    以前ここにきたとき造った記念プレートというものが、まだ掲げられていたらしい。
    「そうなのよ。でもここの公館に泊まって・・。まあこのあたりは色々足を運んだけど、今宿泊しているあたりってはじめてなんだもん。」
    ちょっとどきどきしながら答えた。
    「まあ。そうだろうな。」
    ジョウのそっけない返事に。
    「なによ」と突っ込んでみた。
    別に・・とまだ何か言いたげな表情に見えたのは、ホテルを出る際に託されたメッセージからであることを理解したのは、そのあとのことだった。


引用投稿 削除キー/
■527 / inTopicNo.14)  dishonesty.and.honesty
□投稿者/ 柊里音 -(2003/10/10(Fri) 08:13:03)
    「あら?リッキー。アルフィンはまだなの?」
    両手にいっぱいの荷物を持ったミミーと友人たちは、街道で待つリッキーの元に戻る。
    見た目で重そうな荷物を受けとり、あっという間にリッキーはいろんなブランドのロゴで埋め尽くされる。
    よいっしょっとばかりに荷物を抱えなおしながら。
    「今さ兄貴きたんだよ。」
    その瞬間ステラの顔に紅潮が見えた。
    ちらとその表情をみながら、あいかわらずオアツイわね。ミミーはくすくす笑う。
    くすくす笑いながらも友の一人に、少し腹に据えかねていることを口に出した。
    「ねえ。ステラ。あんたも判ってると思うけど、アルフィン挑発するのやめなさいよ。」
    「な・なによ。」
    「あんた一人の態度でみんな気分悪くなるわ。やきもちは判るけど、どうしようもないことはどうしようもないんだから。」
    「・・・・・」
    「どうせ、いつものひとめぼれでしょ?」
    「ど!どうせってなによ・・。」
    「みんなでいい雰囲気でも、ああやってひとりつんけんされたら、興ざめしちゃう。」
    同じ事を思っていたのか、黒い髪のドナがさらっと付け足した。
    だってアルフィンっておもしろいもん。いい人だし。今だって色々アドバイスくれたのよ。と手荷物のショップの袋から、アルフィンがコーディネイトしたと言いたげに、何枚かの衣服をだした。
    「そうね。アルフィンが大人だから、歯牙にもひっかけてないってかんじだけど、見てておもしろくない。どうせならジョウだけにラブラブ光線だしているだけにすればいいじゃない?」言う
    アルフィンが大人というフレーズを使ったホリーに対して、噴出したリッキーがそこに混じり。
    「がっはははは。大人だったらあんなにも見るからに焼きもちもやかないんじゃないの?」
    それこそ少し雰囲気の悪くなったメンバーに、合いの手を入れる。
    「アルフィンのやきもち焼きは今にはじまったことじゃないぜ。それをなだめるのは兄貴なんだからさ。ステラがちゃちゃいれるとその分、千載一遇のチャンス逃がしちゃうんじゃない?」
    ばちん、ウインクまでつけてやる。
    それを聞いたステラは、はあっと溜息をもらし、わかったわよ。と納得するのだった。





    もつわよ。とジョウの持つ荷物に手をやろうとすると、いいよ。とその手を阻まれた。
    ちょっとご機嫌の悪そうなジョウにある提案を持ちかけた。
    「ねえ、ジョウ。ちょっと、あっちいかない?」
    昔できなかったこと。いまならできる。
    どこいくんだよと言うジョウを無理やり引きずって噴水に近づく。
    あのね。うしろをむいてあの中に2回投げ入れてね。おまじないだから。
    それだけ言って2枚コインを渡した。

    2人で噴水にコインを入れた。


    私の言うがままにコインは入れてくれてくれたけれど、憮然とした表情はかわらないまま。
    無言でパーキングに向かう。
    沈黙したままなのが嫌な私から、言葉を発する。

    「ねえ。タロスどうしたの?」
    「ひるね。」
    あいかわらず、いまいちなご機嫌のジョウ。
    「ねえ。」
    「あ?」
    「なによ。」
    「なにが?」
    「何で機嫌悪いのよ。」
    「べつに・・・」
    「べつに・・じゃないでしょ。機嫌悪いじゃない。」
    「そうか?」
    「そおよお。何年つきあってるとおもうのよ。」
    「そおか?」
    「そおかじゃないでしょ・・・。」
    今いちジョウが乗ってこない。

    「ホテルにメッセージ届いてた。」
    は・・?メッセージと不機嫌がどう結びつくの?
    「グレアム・マクニッシュ」
    「え?」
    「グレアム・マクニッシュからプリンセス・アルフィンに」
    なんで?
    しばし、無言。

    「びっくりした。いきなりそんな名前だすから。」
    「どっち?」
    「え?」
    「グレアム・マクニッシュとプリンセス・アルフィン。どっちにびっくりした?」
    「・・・・そおね。いまさら、プリンセスアルフィンって言われたって、ぴん、とこないじゃない?だから。そっちかな。」
    ふ〜んとジョウは鼻を鳴らす。横目でちらりと私を伺うような顔をして、そうりゃそうだな、と短い返事を返した。




    ジョウが乗ってきたセダンに荷物を詰め込み、ホテルへとむかう。
    そのあと明日は何処へ行きたいとか、今日は何処にご飯を食べにいこうだだの、あとミミーのお友達たちのお話など、取り留めのない話で時間を潰す。
    途中一人お留守番を決め込んだタロスの為に、途中お店を覗いて、ワインや他の貯蔵酒、おつまみになりそうな物を買い込む。

    「なんで、私だってばれちゃったのかしら?」
    「ホテルの親会社だから。っていうか、あたりまえなんじゃないの?この星に着たからには、マクニッシュの息がかかっていない企業ないんだろ?」
    そりゃそうだろうけど。
    「なんでオーナー会社のメインコンピューターにいちいち宿泊者がひっかかるのよ?」
    「そりゃあ。あそこは変な人間、泊められないから。」
    ごもっとも。
    ひとまずは超高級リゾートの長期滞在型ホテル。
    だれか変な人に潜まれちゃあたまったもんじゃあないんだろうけれど。
    「・・・・どんなメッセージ?」
    あまり興味なさげに聞いてみると。
    「部屋に帰ったらわかるさ」
    やっぱり興味なさげな返事を返すジョウ。
    そのまま、その話をすることをやめた。

引用投稿 削除キー/
■528 / inTopicNo.15)  dishonesty.and.honesty
□投稿者/ 柊里音 -(2003/10/10(Fri) 08:13:53)
    ジョウの運転に身を任せ、窓外の景色を見ていると、過去、ここで映画をみたあとの気持ちをもう一度思い起こした。

    外遊という花嫁の顔みせ。
    この星を取り仕切る一族に、新加入する人間のお知らせ。
    たとえ、まだまださきの話しだとの仮定があったにしても、今後の事を思えば早々に・・・。
    そのためのものとぼんやり理解はしていた。
    それがきっとぼんやりある不安の源とわかっていながらも、思いたくない。

    でも。もしかすると・・・。そうなのかもしれない。
    流れるままに身を任せるのは・・・・・私は違う。
    この王女のように、生きられない。

    椅子にすわったまま身じろぎもせず自分の考えをまとめる。
    だけど。グレアムは?
    グレアムはなんでいいの?
    なんで?
    私を迎え入れようとしているの?家のため?そう思いたくない。
    じゃあ。。なぜ?
    堂々巡りの考えはまとまりがつかない。
    人は自分の都合のように思い込んでしまう。
    今の私がそう。
    きっとグレアムは私のことを心から愛してくれていて・・。
        まさかね。
    だからそれを受け入れて・・・。
        ほんとに?
    でも私はグレアムを。
        愛してる?
    ・・・・・わからない・・・。


    「さ。そろそろ出なくては。ほら、あそこでおじさん睨んでますよ。」
    声をかけられ我に返る。
    「ご、ごめんなさい。ついぼおっとしちゃって・・。」
    いえいえ。とすっと手を引く仕草で動きを誘導する。
    そのまま手を引かれて、外に出た。

    さっきよりも星たちの語らいは遠くに聞こえる。
    すこし薄い雲がかかってお月様もぼんやりとした輪郭になった。
    いまの私のこころを見ているようだった。


    ここからは大人の時間。
    あなたはもうおうちにおかえりなさい。
    そんなセリフ。ものすごく嫌いだった。
    いかにも私の事を子ども扱いしていて、いかにも蚊帳の外の立場になっているような気がして。
    それが、いまはなぜだか安心する事ができたセリフに聞こえた。
    見も知らぬこの人になんでこんなに素直になるのか自分でも不思議だった。
    ・・・もう少しいっしょにいたら、自分を見つめられるかもしれない。素直にきちんとむきあえるかもしれない・・・。―

    こういう風に人に依存してしまうことこそ、まだまだだっていうことには気づくこともなく・・・。


    「まだ。物足りない?」
    気がついたらさっきの広場まで帰ってる。
    「君をここで見つけたから。もしかするとこの近所のホテルにいるのかと思ったのさ。悪かったかい?」
    「・・・・・」
    「?」
    「・・・・・おなかすいた。」
    やれやれ。という溜息にもにた相槌はOKのようにも受け取られて、少し安心する。
    「もうこんな時間ですよ。女性は美容によくない。カフェのお茶にしましょうか?」
    こっくりと頷く。

    近場のカフェであたたかいカプチーノを戴いた。

    「私。まだ子供?」
    唐突かもしれない。でも聞いてみたかった。
    あっけにとられた顔が帰ってくると思っていたけれど、相変らずのやさしい瞳で見つめられた。
    「私。わからないの。・・・いいえ。わかってる。・・・・・子供だわ。まだ。」
    なにを話していいかわからなくて、カプチーノのカップを両手で包み込む。
    ふわふわの白いミルクのなかに、お店のおじさんが奇麗なハートを書いてくれた。
    カップの中のハートは時間がたつごとに少しずつ形を変えてきた。
    それを見ているだけで悲しくなってきた。
    溜息をハートが吸い込んでどんどん形もよどんでくる。

    「お疲れみたいですね・・・。」
    静かな、とても静かな声が聞こえた。





    私はここで生まれ育ったものではないのです。

    いきなり、その人は話しだした。

    私たちのふるさとはここからもっと遠いところです。

    もう。いまはもうありません。
    地震がね。あったんですよ。
    地殻の変動を抑えようとした無理な開発があったんでしょうね。
    それが、あとになってしっぺ返しがきました。
    自然の摂理には未だ人間は無力です。
    とても大きな地震で、たくさんの人が亡くなりました。
    そして、おまけのようにおこった津波と。

    私の両親も、祖父も友人も・・。
    妹が無事だった事がなによりの神のご加護、恩恵だと思います。
    私の学友が年下なんだけど、とてもいい奴でね。
    うちにこいといってくれたんですよ。
    自分のところにね。
    そしてぼくたちはこの街に来た。
    ・・・・10年前のことです。


    そう。そのことは知っている。
    凄惨な現場だったと聞いた。
    たしかこの場所から反対側にある大きな大陸の一つだったと記憶している。
    反対側には島々が点在するこの星の、一番大きな島。
    無理な開発のせいで地震がおきた。
    そして島は近くの小さな島々にも被害をもたらし、そして。海に飲まれた。

    それ以来、無理な地盤の開発もせず、自然の地形をとどめて開発するように定められた。

    そいつがね。私の前で初めてタバコを取り出した。
    あんなに紳士然とした人だったのに、吸ってもいいかと尋ねもしないで火をつける。
    そいつがね。いいやつなんだよ。

    なんども。そう。なんども。話している。いい奴と。


    なんといっていいかわからない。当たり前の言葉が口から漏れる。
    「あなたのご両親や、お身内の方のこと。心中をお察しするわ・・・。」
    「ありがとう。」
    「その、お友達の方。素敵な方ね」
    「そうでしょう?」
    「ええ。なかなかいえるもんじゃあないわよね。」
    ちょっと嬉しそうに「どうも。」と、はにかんで笑う姿が印象的だった。

    自分の事ではなく、どうして彼は他人の事なのに、褒められたことを、こんなに、素直に、喜べるんだろう。
    うらやましい。と私は思う。肉親である以上の絆を持つ事ができるというのは・・。

    きょうがね。
    タバコを灰皿に押し付けた。
    今日がねその日なんです。
    私の島が沈んだ日なんですよ。



    かあっと自分の顔が赤面するのがわかった。
    そうだ。
    上の空で聞いたスケジュールに、哀悼の意を表するために〜なんとかかんとかっていわれていたような気がする。
    お花を投げるのに船にのりますって・・・。そうだ。あった。
    なんて。失態。
    こういう他国に来ている限り、寝ていてもスケジュール頭に入れておかなくちゃいけなかったのに。

    いやいや聞いていたツケがまわったかも。

    今まで、あまり時間を気にすることなく、私に付き合っていてくれたこの人が、いきなり時間を気にしだした。
    「悪いね。シンデレラさん。もう式が終わるんだ。」
    「・・・・式って・・・・。」
    「ああ。今日はあそこの広場にあった教会で、ちょうど5年目ということでね、哀悼式みたいなもの?そういうのがあってさ。」
    「まあ!じゃあいかなくちゃいけなかったんじゃないの?」
    いや。ともう1本タバコに火をつける。

    「妹がね。来てるから。」
    「妹さん?」
    「・・・・・・そう。・・・・・・・」

    そういったまま黙してタバコをふかしている。
    「でも、君の話を聞く時間くらいは十二分に。お姫様。」

    軽くウインクをほおってよこした。だけど。


    彼の眼差しが見る先は、なにかそれ以上な気がした。

    わたしは、何も語ることなく、首を横にふった。


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