| 「さて、どこへ行ったんだアルフィンは」 ジョウはワイシャツの第一ボタンを外し、ジャケットを脱いだ。 どうも着慣れない服は肩が凝る。 バーのある高層タワーホテルを出て、ビーチ沿いの海岸通りはまだ賑やかさが残っている。 もう、深夜零時が近い。 だが、リゾート惑星だけあって思ったより人通りが多かった。 立ち止まっていても拉致があかない。 通りがかりの幾人かを捕まえて金髪美女の行方を聞くと、ある男が印象に残っていたのか即答した。 泣きながら、右手のビーチの方へ走っていったと。 ジョウは礼を言いつつ、もう身体はビーチに向かって走り出していた。 昼間の賑やかさと違い、暗闇のビーチは人影が殆どなかった。 街の喧騒が少しずつ遠ざかり、波音と踏みしめる砂の音だけが辺りに響く。 空は満天の星が降るように輝いている。 ビーチの中ほどまで来た所で、波打ち際に星の光に反射して、金の髪が美しく煌いていた。 ――― アルフィン! ジョウは金の髪に惹かれるように、ゆっくりと近づく。 「・・・んっ」 砂を踏みしめて何かが近づく音にアルフィンは目を覚ました。 誰かがこちらに向かってくる気配に恐怖を感じ、音がする方に顔を向けた。 暗闇に誰かが動いているのが分かる。 アルフィンは反射的に飛び起きて反対の方向に走り出した。 「あ、おい」 低い男の声がかけられたが、振り向かずそのまま走る。 誰もいない夜の海でこんな姿のまま知らない男に捕らえられたらどうなるか、恐ろしさに身体が竦みそうになる。 そんなアルフィンを男は追いかけきて、やがて右腕を捕まえた。 「いやあ、離して!」 アルフィンは必死でもがく。ここで捕らえられたら最後とばかり強固に抵抗する。 「ま・・・まて、アルフィン。やめろって俺だ」 その声にアルフィンは抗うのを止めた。 薄っすらとした星明りの中、息が荒い男の顔を見るとそれは愛する男の顔だった。 「なんで・・・こんな所に・・・いるのよ」 答えるアルフィンも息が上がっている。 「・・・それは、こっちが聞きたい」 アルフィンの顔を見ると泣きはらしたのか、目が赤く髪は解けて風に乱れていた。 「ジョウはあたしが・・・嫌いなんでしょう。ほっといてよ」 「嫌いなんて言ってない」 「じゃあ、なんであたしを無視してあんな女と踊ったのよ」 「それは・・・」 ジョウはやっと気づいた自分の気持ちをうまく言い表せる言葉が出てこない。 仕事では超一流と言われるジョウも恋愛はからっきしだ。 今更ながらに自分のボキャブラリーのなさに苦笑する。 「ジョウはいつも何も言わないのね・・・」 「アルフィン・・・」 「言い訳だって何だっていいから、少しは何か言ってよ。何か言ってくれなきゃ分かんない」 アルフィンは両手を握り締めた。 歯がゆさと苛立ちについ言葉がきつくなる。 「ジョウのことなら何でも分かりたいの、知りたいの。貴方が好きだから」 「俺は・・・」 「服も、宝石もいらない。おいしい食事や楽しい遊びもみんないらない。あたしが欲しいのはジョウだけよ。他に何もいらないわ。でもそれすらも望んじゃいけないの?」 まっすぐな想いはアルフィンの心そのものだ。 碧の瞳が痛いほど鋭くジョウを射抜く。 ジョウはアルフィンのまっすぐな想いをどう受け止めていいか分からずに困った顔をした。 しばらくの沈黙に、アルフィンは止まっていた涙が溢れ出す。 「アルフィン・・・」 ――― 泣かせたくないのにまた泣かせてしまった。 ジョウはアルフィンの方へ手を伸ばそうと右腕を動かしたが、痺れを切らしたアルフィンの方が先にジョウに背を向けまた走り出した。 「待て、アルフィン!」 今度はアルフィンが砂に足をとられてよろめいたのですぐに捕まえることができた。 「きゃあ!」 「わっつ・・・痛ってえ」 しかし、ジョウもつられて砂浜に二人で転がった。 腕の中のアルフィンがジョウに背を向けて嗚咽を漏らす。 「どこか・・・打ったのか?」 「・・・ばかあ」 ジョウの鈍感さにアルフィンは思わず呟いた。 細い肩を震わせて泣いているアルフィンにジョウは愛しさがこみ上げてきた。 誰もいない今なら、自分の気持ちに正直に行動できるかもしれない。 ジョウは何も言わずに、アルフィンをそっと後ろから抱きしめた。 自らの腕に閉じ込めるように。 抱きしめられる腕の強さに言葉にしないジョウの思いを感じてアルフィンの心が満たされてゆく。 髪に耳朶に触れられるジョウの口付けが甘美な誘惑となって身体中を駆け巡る。 思いがけないジョウの行動にアルフィンは戸惑っていた。 かわりに心臓が早鐘を打つように早くなった。 「ジョウ・・・」 甘いアルフィンの声にジョウは口付けるのを止めて、自分の方へ振り向かせた。 瞳に一杯の涙を溜めてアルフィンはジョウの胸に顔を埋めた。 「泣かないでくれ。アルフィンに泣かれると辛い」 髪を撫でる優しい手が心地よい。 しばらくそのままでいると不意にジョウが言葉を紡ぎ始めた。 「・・・俺が悪かった、ごめん。アルフィンが・・・その・・・あんまり綺麗で、他の男達に・・・見られるのが嫌だったんだ」 「えっ」 無口なジョウの口から伝えられる心のままの言葉に、アルフィンは驚いてジョウを見た。 薄暗がりでも真っ赤になっているのが分かる。 すぐジョウが気が付き、恥ずかしいのかアルフィンの頭を自分の胸に寄せた。 「アルフィンを泣かすつもりはなかった」 ジョウの声が頭の上から降るように囁く。 その言葉にアルフィンは腕の中で首を振った。 「・・・もういいわ」 小声でジョウに呟いた。 拙い言葉だが想いは十分伝わってくる。 それがアルフィンにとっては暖かく嬉しい。 「愛してるわ、ジョウ」 アルフィンはジョウの広い胸に頬を摺り寄せて呟く。 「俺も・・・アルフィンを・・・愛してる」 やっと自分の気持ちを口にすることができた。 ジョウは腕の中の愛しい女を宝物のように抱きよせる。 ジョウのその言葉にアルフィンは幸せでまた涙が溢れそうになった。 「頼むから・・・泣かないでくれ」 途方に暮れるジョウにアルフィンはクスリと笑った。 ――― どんなに冷たくあしらわれても、結局・・・最後には許しちゃうのよね アルフィンの心の内をよそにジョウは腕をアルフィンの身体から離し、その顔の傍に腕を置いた。 砂にまみれた金髪を優しく梳かす。 腕の中に閉じ込めて逃がさないように。 アルフィンの紅い唇がジョウを誘うように濡れて輝く。 その誘惑にジョウは軽い眩暈を覚えた。 緩やかな呪縛は何時の間にか抗う術を失わす。 ジョウの優しい瞳とあってアルフィンは顔を赤らめた。 そんなアルフィンの顔にそっとジョウが近づき、二人は唇を重ねた。 始めはそっと触れるだけ。 それでも触れた所が熱く感じる。 やがて熱に浮かれるように互いを求め激しく口付ける。 想像以上の柔らかい甘美な感触に、ジョウは身体が溶けるような錯覚に陥った。 愛する女との口付けがこんなに気持ちのいいものとは思わなかった。 やがて、唇を離すとアルフィンが微笑んで呟いた。 「ジョウがくれる幸せで溺れそうよ」 その微笑みはジョウを虜にして離さない。 「俺の方がもうとっくにアルフィンに溺れてる」 ジョウはもう一度アルフィンに口付けた。 恋人達の夜はまだ終わらない。 今まさに始まったばかりなのだから。 「欲しいのはただ一つだけ。ジョウ、貴方さえいれば他に何もいらない」 アルフィンの言葉がジョウに届いたかどうかは空に輝く星と打ち寄せる波だけが知っている。
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