| 全ての時が止まったように、静寂のみが支配するこの空間の中で 己の目の前にいる二つの生物をアバドンは七つの瞳でじっと凝視し続けていた。
自分を黙って見据える瞳の中に漲る強く気高い意識の渦。 深く研ぎ澄まされた意識を根本から強くしなやかに支え続けている、確固とした意志に アバドンはかつて遭遇したことがあった。
目の前にいる生物の意識を以前に読み取っていたことをアバドンは思い出していた。
この森に分け入ってきた集団の中で一際強い意識を持った生物・・・つまりジョウの意識を己の 興味と共に感じ取っていたからだった。 想像を超える桁外れのイメージで形成されているジョウの意識の中に、 一点にのみ、ずば抜けて凝集されている対象があることもアバドンは瞬時に思い出した。
ジョウが特別に関心を寄せる対象である物と、自分をじっと凝視し続けている生物を脇から支えている もう一つの生物の意識がアバドンの中で完全に一致した。
・・・アバドンの中で急激に膨らんでいく、一種のゲームにも似た感情。
この類まれなる超越した意識を持った生物の心を掴んで離さずにいる、この生物の生きる支えといっても 過言でないほどに大切な存在であるもう一個の生物を、己の支配下にしてしまえばどうなるか・・・
七つの瞳が微かに揺らいで、アルフィンの姿を視界の中に捉え始めた。
その瞬間にアバドンの意識の中に入り込んできた、己の意識を弾き飛ばすほどの勢いを持った強い拒絶のイメージ。
『アルフィンは・・・アルフィンは絶対に渡さない!』
目の前の生物は傍らにいるもう一体の生物を腕の中に強く抱きこんだ。 それに伴ってアバドンの脳裏に次々と入り込んでくるジョウのアルフィンに対する強い想い。
それは如何なる生物の意識をも軽々と超越していくほどに・・・穢れない強さを秘めた揺ぎ無い想いに 他ならなかった。
アバドンに『愛』という概念は存在しない。だが今まで感じ取ってきた、どの生物の意識よりも強固で 気高い意志に支えられたその感情に触れるうちに・・・アバドンの意識に漂い始めて来た、この 暖かくて安らいでいく『モノ』は一体何なのだろうか?
自分が関心を寄せているただ一つのモノを己の命全てを掛けて守り抜こうとしている目の前の 生物に向けてアバドンは己の意識をイメージとして作り上げ、流し込み始めた。
『・・・この生物の為ならお前は命を捨てることも厭わないのか?』
程なくしてアバドンの意識に語りかける声が届いた。
『・・・そうだ!』
はっきりとした意識のイメージがアバドンの中に流れ込む。
『どうしてそう言い切れる?・・・お前がこの生物を守り抜こうとする想いを創り出すモノは一体何なのだ?』
アバドンのイメージで築かれた問いかけに、アルフィンを己の腕の中に抱き締めたままだったジョウはゆっくりと 身体を離すとアバドンに向き直った。眸に強くて暖かい想いを強く滲ませながら。
『・・・アバドン。お前はもう既に俺の意識を読み取ってそれを判っているはずだ。・・・アルフィンに対する 俺の気持ちを・・・』
強いイメージと共にアバドンに流れ込んできたジョウのイメージにアバドンは即座に反応し、己の意識を 通じてそのイメージをアルフィンの元へと送り込み始めた。
理解という域には程遠いが、ジョウの持つイメージに対してアバドンは抵抗するそぶりも見せず ジョウの持つイメージのまま受け入れようとした。
それはかつて感じたことがないほどに深く複雑なイメージで彩られていた。
あるときは・・・激しく・・・切なく・・・ またあるときは・・・穏やかに・・・優しく・・・ そして何よりも清らかで・・・美しい・・・
ありとあらゆる言葉のイメージでは全てを羅列できないほどのイメージがジョウの身体から、 心の奥底からアルフィンに向けて鮮烈に放たれていることを・・・アバドンはイメージとして 受け取った。
その一方でアバドンはアルフィンがジョウの自分に対する気持ちをはっきりと認識していない 事実をもイメージとしてアルフィンの意識の中から既に掴み取っていた。
この溢れんばかりの自分に対するジョウのイメージを、アルフィンはまだ気付いていない。
・・・アバドンの中で何かが動いた。
ジョウのアルフィンに対する思いを自分が受け取って、そのままスルーする形でアルフィンの元へと 送り込むことにアバドンは成功した。
空白の時間の中でアバドンを介してジョウ、アルフィンの意識が一瞬のうちに混在した。 僅か数秒の間にそれぞれの想いが交錯し、立ち止まった時間の中で二人の心が微かに触れ合ったのだと 体の中で湧き上がってくるイメージを通じてアバドンは確信した。
・・・そしてジョウの足がアバドンの元へと徐々に動きはじめ、新たな局面を迎えようとしていた。
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