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■938 / inTopicNo.1)  Re[29]: blue queen・pink baby
  
□投稿者/ 璃鈴 -(2005/09/19(Mon) 17:59:54)
    <あとがき>

    最後まで読んで頂いてどうもありがとうございます。
    2003年12月19日から投稿して、2005年9月19日に完結するまでかなり時間が掛かりましたがなんとか終えることが出来ました。
    まだまだ書き足らない所もありますが、一先ずこのお話はここで終わりにします。

    また時が巡りましたら番外編を書くことにしますv
fin.
引用投稿 削除キー/
■937 / inTopicNo.2)  Re[28]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2005/09/19(Mon) 17:55:23)
    翌朝、ゲルゼン宇宙港。
    フィオレンシアはいつもどおり黒のクラッシュジャケット姿で搭乗口に姿を現した。
    他に知った者は誰も居ない。
    仕事は終わった。
    ならば帰る場所に一人戻るだけだ。
    チケットを受け取り搭乗までの時間、近くのソファに腰を降ろした。
    慌しい数日もあの島に帰ればまたいつもどおりの日々が始まる。
    これまでも一人、これからも一人。
    気楽な隠居生活だ。
    大勢の人々が行き交う雑踏の中を見慣れたクラッシュジャケット姿が二つこちらにやって来た。
    「黙って行くなんて水臭いじゃないか?」
    「見送りぐらいさせてくだせえ」
    青いクラッシュジャケット姿のジョウにフィオレンシアと同じクラッシュジャケットのタロスだった。
    「仕事は終わったのよ。挨拶は昨夜の酒場でしたと思うけど?」
    「あれが挨拶?あれは飲み逃げっていうんじゃないのか?」
    「あんた達が弱すぎるのよ」
    昨夜の酒場で酔い潰されたメンバーだったが、酒にあまり酔わないタロスとリーダーの意地でジョウが見送りに来た。
    ちなみにこの情報はバレリーからの情報だ。
    その背後にダンがいることをジョウには知らせていないタロスだった。
    「今度はいつ会えるかわからねえしな」
    「あんた達の仕事がふがいないようならすぐに会えるわよ」
    ジョウの言葉に不敵な笑いを浮かべて冷たく青い瞳が輝く。
    「まあしばらくはこの世界に戻ることはないでしょう」
    行き先を告げるアナウンスを耳にしてフィオレンシアが立ち上がった。
    「二度と戻って来ないつもりですかい?」
    タロスの寂しそうな瞳にフィオレンシアは悲しそうに微笑む。
    「戻りたくはないわね・・・でも・・・帰って来いと言うならいつの日かね・・・」
    「絶対帰って来いよ!」
    ジョウがアンバーの瞳を真剣にフィオレンシアに向けた。
    AAAの自信はあった。
    でも、それ以上にフィオレンシアの能力が上だった。
    負けっぱなしではジョウの気が治まらない。
    「・・・仕方ないわね・・・じゃ、約束手形♪」
    柔らかく微笑むフィオレンシアの瞳にイタズラな光が宿る。
    スッと手を伸ばしジョウの顎を捕まえるとそのまま唇を奪った。
    どう反応していいのか分からずに固まってしまったジョウを他所にフィオレンシアはタロスに軽くウィンクして早々にその場を立ち去って行った。
    赤いルージュの跡がジョウの唇に残る。
    なんの約束手形か分かりはしないが、帰ってくるのは間違いないらしい。
    それがいつの日になるかはジョウにもタロスにもフィオレンシアにさえ分からなかった。
    急ぐ必要はない。
    まだ、未来は不確定で宇宙は未知数に彩られていた。
    「そのまんま帰るのは止めた方がいいですぜ」
    タロスに囁かれて、ジョウは慌てて唇を手で拭った。
    窓の外には鮮やかな軌跡を残して旅立つ宇宙船が、青い空の彼方に消えていった。
引用投稿 削除キー/
■936 / inTopicNo.3)  Re[27]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2005/09/19(Mon) 17:54:49)
    銀河標準時、二十三時。
    予定どおりバイアノーチス宇宙港にグラバース重工業の船が到着した。
    ジョウの手からマイクロチップを渡し、マスターデータ抹消プログラムを止める作業を開始した。
    後、五分もすればデータは通常に機能するはずだ。
    あわせてリヴィは意志の疎通を図れるようになった父親のトールの指示通り、網膜パターンの解除を行うことも決まった。
    このままではまた狙われることになったので、一同は安堵の笑みを浮かべた。
    解除作業を終える間、別室で待っていたジョウたちの前に解除作業を終えたリヴィを連れて年配の女性が現れた。
    「・・・ミシェル」
    驚きにソファから立ち上がり、フィオレンシアは年配の女性を見た。
    その女性は二十数年前、レイラスを亡くした事を責められたレイラスの妹のミシェルだった。
    早くに肉親を失ったミシェルの親代わりの兄レイラスの命を絶つ原因はフィオレンシアにあった。
    どんなに責められても言い訳など出来なかった。
    事実、そのとおりだったのだから。
    「本当にありがとう、フィオ。そして・・・ごめんなさい」
    丁寧に一礼をするミシェルに黙ってフィオレンシアは首を振った。
    彼女にとってレイラスがどんな存在か分かっていたのに。
    亡くなった原因は自分なのだから彼女に罵倒されても致し方ないことだった。
    涙を零すミシェルの手の中で、リヴィが無邪気に微笑む。
    柔らかな金の髪、紫の瞳。
    あの人の面影をよく残している。
    「・・・もう会うことはないでしょう」
    フィオレンシアはミシェルの横を通過して部屋を出て行った。
    暫しの沈黙の後、ミシェルもジョウたちに軽く頭を下げて部屋を出て行った。
    「仕事・・・終わったね」リッキーが寂しそうに呟く。
    「ああ、これで暫く<ミネルバ>休ませてやれるぜ」タロスが溜息をついた。
    「長くて短い一日だったね」アルフィンが小さく呟いた。
    「・・・」
    ジョウはフィオレンシアの去ったドアの方を憐憫の思いで黙って見つめた。
    あの最下層でのバルフィスとのやりとりを後方で聞いていたジョウは、彼女の悲しみの深さを垣間見た気がした。
    恋人を弟に殺された。
    全てを理解した訳ではないが、やっと思い出した昔ガンビーノ爺さんが言っていた“青の女王の願いに拒否の言葉はない”と言う言葉の意味を少しだけ分かったような気がしたジョウだった。
引用投稿 削除キー/
■935 / inTopicNo.4)  Re[26]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2005/09/19(Mon) 17:54:13)
    正面の暗闇の中かこちらに歩いてくる音が聞こえる。この足音に覚えがあった。
    「・・・ジョウ」
    呼びかける前に呼びかけられてジョウは一瞬立ち止まった。
    暗闇の中の自分は光の中にいるフィオレンシアがよく分かったが、まさか暗闇の中の自分を見つけられるとは思ってみなかった。
    「ダンの勧めに間違いはなかったようね」
    「・・・落とし前をつけただけだ」
    手にした無反動ライフルに視線を移してジョウは答えた。
    真意は別のところにあるが、今伝えることもないだろう。
    「貴方らしい答えだわ、ジョウ」
    「フィオ?」
    悲しそうな笑顔を浮かべたもののあっさりと切り返されてジョウは少々拍子抜けした。
    もっと突っ込まれるかと警戒していた。
    「さあ、脱出するわ。爆発まで後五分を切っている。遅れずに付いて来なさいよ」
    「爆発?!それを早く言え!!」
    急に走り始めたフィオレンシアにジョウは慌てて身を翻した。
    しなやかなその身体を闇に滑らすように、フィオレンシアは大ホールを出ると脇目も振らず目的地に急いだ。
    ここからの出口は最上階へのエレベーターしかない。
    それも非常用の上昇エレベーターだけだ。それ以外はジョウが全て破壊した。
    邪魔な敵に余計なことをされたくなかったからだ。
    二人は残り三分でエレベーターに辿り着いた。
    ドアを閉め上昇ボタンを押す。上昇にはきっかり一分はかかる。
    「さて、遅刻しなきゃいいんだけど・・・」
    「大丈夫だろ」
    予定通りならタロスがレーザー照射の嵐を潜り抜けて屋上で待機しているはず。
    ガタンと軽い衝撃の後、エレベータードアが開いた。
    周囲は暗闇に包まれ上空には鮮やかな星空が広がっていた。
    本来ならここから屋上のヘリポートへの階段があるはずだが、破壊されてむき出しになっていた。
    「屋上へはこっちよ!」
    フィオレンシアは辛うじて瓦礫の中に上への階段を見つけた。
    形振り構わず瓦礫を踏み越えて階段に向かう。
    ――― こんな所で死ぬわけには行かない。
    生きて帰りつかないと青い瞳の恋人が泣くことになる。
    ジョウとしては、それはどうしても避けたかった。
    アルフィンに泣かれるとどうしていいか分からなくなる。無条件に白旗なのだ。
    「タロス!!」
    二人同時に叫んだ。タロスは<アイテール>を屋上に待機させて待っていた。
    ホバリングの状態で、足掛けのロープを一本だけ垂らしていた。
    予定外の破壊で屋上に着陸できなかったのだ。
    「ジョウ!フィオ姉さん!早くしてくだせえ」
    ジョウのレシーバーからタロスの声が聞こえた。
    かなりマズイ状態らしい。声に余裕が感じられない。
    そのまま駆け出そうとしてフィオレンシアは足を止めた。それに気付きジョウは振り返った。
    「行きなさい、ジョウ。あのロープに二人は無理よ」
    ニッコリと笑顔で微笑む。
    そして、手の中のマイクロチップをジョウの手に握らせ、心からの笑顔を向ける。
    ジョウ思わずフィオレンシアの腕を掴んだ。
    「今更あんたを置いていけるか!」
    「貴方は確実に助からないといけないのよ。あたしは他の方法を考え・・・」
    いきなりジョウに腹部へパンチを食らって、フィオレンシアはガクリと身体を半分に落とした。
    渾身の一撃をふいにくらっては流石に意識を保つのは難しい。
    「ここまで来てあんたを置いて行くわけにはいかねえんだよ」
    フィオレンシアを肩に担いで急ぎロープまで駆け、タロスに合図を送った。
    タロスはそこに留まることを惜しむことなく、出来うる限りの全速でその場を離れた。
    破壊されたレーザー照射砲は稼動することなくその身を潜めている。
    ドオーンという爆発の連続音がジョウの背に響き、劫火を燃え上がらせて内街の象徴が崩れていった。
    ゲルゼンもまた栄枯盛衰を繰り返し未来への道を歩いてゆく。
    風を切って疾駆する<アイテール>は安全な所まで飛行すると、ゆっくりと旋回してアルフィン達の待つ第二宇宙港の片隅へ着地した。
    照明で照らし出された<アイテール>の周囲にロボットや作業員が集まって来てジョウ達を出迎えた。
    一先ず迎えのエアベットにフィオレンシアを横たえ、ジョウは少し痺れた手を軽く動かした。
    「お疲れさんでした」
    タロスがタラップを使って<アイテール>から降りてくる。軽くハイタッチで挨拶を交わす。
    「ジョーウ」
    アルフィンが手を振って、<ミネルバ>の方から駆けて来た。腕にはしっかりとリヴィが抱かれている。
    こちらも無事だったようだ。
    時刻は二十一時半を少し回ったところだ。
    「あぶうぅぅ」
    汚れているジョウに対して無邪気にリヴィが腕を突き出す。
    抱き上げろというらしい。
    「分かったよ」
    ジョウはアルフィンの手からリヴィを受け取るとそっと抱きしめたやった。
    リヴィも嬉しそうにジョウの頬に顔を寄せる。
    「ちょっと悔しい・・・」
    アルフィンが羨ましそうにそんな二人を見つめた。
    「悔しいって・・・」
    「赤ん坊に焼きもち焼くなって言うんでしょ。でも、オンナには違いないし・・・」
    「う・・・」
    流石にジョウもどう返答していいのか分からない。
    「お二人さん、そろそろ<ミネルバ>の方へ移動してくれるとありがたいんですがね」
    タロスが二人の後方でニヤニヤとしながら見つめる。
    傍らのエアベッドでも気が付いたフィオレンシアがお腹を擦りながら身体を起こした。
    「まだ仕事は終わってないわよ」
    タロスの差し出す手を借りてフィオレンシアはエアベッドを降りる。
    「分かってる。アルフィン、<ミネルバ>の方はいつでも飛びたてるな」
    「もちろん、OKよ!」
    「なら、行くぞバイアノーチスへ!」
    「あぶぅ♪」
    <ミネルバ>へ向かう一行の脇に停泊してあった垂直型の宇宙船の窓からその様子を見ていたダンがふと笑みを零した。
引用投稿 削除キー/
■934 / inTopicNo.5)  Re[25]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2005/09/19(Mon) 17:53:28)
    「ようこそ、我が墓所に・・・ファム・ファタール!」
    老人が紡ぎだした低い声音と言葉に、フィオレンシアは一瞬身体を強張らせた。
    ファム・ファタール、運命の女神 ―――
    青の女王と呼ばれる前は人々から畏怖の念を込めてそう呼ばれていた。
    もうその名で呼ばれることがなくなり四半世紀、まだ過去を知るものがいるとは思わなかった。
    常に黒いマントを身に纏っていたため、彼女の素顔は世間に知られてはいない。
    仲間内にさえ片手ほどしかその正体を知る者はいなかった。
    知っているとすれば、確実にフィオレンシアの過去を知る者だ。
    だが、ただ一人を除いて全て死に至らしめたはず。
    そして、その最後の一人も先程絶命した。
    「・・・人違いもいいところだわ」
    それでもまだ認めるわけにはいかない。いや認めたくはなかった。
    「私に嘘は通じない。幾度姿や名を変えようともその青い輝きは不変のものだ」
    「昔、そう名乗った者がいたわね」
    「あくまでもシラをきりとおすおつもりか?」
    「あたしには関係ないわ」
    「フィリオン・グレンシアーナ・ドメニス!そう呼んだ方がいいかね」
    「くっ・・・」
    とうとう辿り着いた、フィオレンシアの黒い過去。
    ドメニス・パイレーツの女首領、フィリオン。銀河の三分のニをその手中にした宇宙海賊。
    闇組織“ルーシファ”も一目置いた残虐極まりない強奪で名を馳せていたが、その活動時期はあまりにも短い。
    たった五年で忽然と広い宇宙から姿を晦ました。
    そのかつての宇宙海賊の拠点がこの星、惑星ベルビルの都市ゲルゼンだった。
    間違いなく自分の知りえる人物だと確信した。それも近しい者だと。
    「封印したその名を知る貴方は誰?」
    暗き奥底に沈めて忘れ去りたい過去の自分を。
    「過ぎ去る時が恨めしい。私の存在を貴方の中に留めては頂けていないとは・・・。同じ時を分かち合った我が半身よ」
    思い当たる人物をやっと記憶の彼方から呼び覚ましたフィオレンシアは小さな呟きを漏らした。
    「・・・バル」
    バルフィス・グレンデルフ・ドメニス、遠い昔に別々の道を選んだ双子の弟。
    我が血肉と源を共にするこの宇宙で唯一の存在。
    そして、最愛の恋人レイラスを殺した黒幕たる仇。
    だが、バルフィスは自らの銃で絶命させたと思っていた。
    心拍数が少しだけ早くなるのが分かる。
    全身の血液が熱く燃え上がり、押さえていた怒りの感情がフィオレンシアの中で甦った。
    この男のせいで、レイラスは命を落とした。
    我が魂の半身。この手の中に合った小さな幸せの象徴。
    命を懸けて愛してくれたもう手の届かない最愛の人。
    「よく私の前にその姿を出せたわね、バル」
    押さえる声音に怒りがこもり、奥歯をギリリと噛んだ。
    白銀の髪が怒りにざわめき立つ。
    細胞の隅々にまで怒りの波動が伝わってゆく。
    その青の瞳には業火の炎が宿っていた。
    「歯向かうヤツには容赦のなかった貴方が言葉だけとは・・・」
    嘲る笑みを漏らしてバルフィスと呼ばれた老人は玉座に頬杖をついた。
    「アイツに出会って貴方は変わった。幾たび思い返しても忌々しい」
    舌打ちするその態度に唇を噛み締めフィオレンシアはバルフィスを見た。
    唇が切れ細い血の筋が口の端から零れた。
    二卵性双生児だったため、風貌はそっくりではなかったがそれでも双子独特のインスピレーションで互いの命を庇って生き抜いてきた。
    それもレイラスが現れるまでのこと。
    心から愛する存在を初めて知ったフィオレンシアは戦うことに疑問を感じ始めた。
    組織を抜けて、生活してゆくために手っ取り早く金の稼げるクラッシャーになった。
    幸せな掛け替えのない日々、でも長くは続かなかった。
    突然襲った悲劇、幸福の終焉。
    レイラスを失って初めて知った弟の自分への歪んだ愛情。
    命終える時まで二人は一つであると信じていた弟はそれを奪ったレイラスに対して未曾有の憎悪を向けた。
    フィオレンシアを手元に置くためには、容赦をしなかった。
    空飛ぶ鳥の羽をもぐことも厭わないように。
    だから、対峙した。
    互いの命を懸けてその思いをぶつけるように。
    そして生き残ったのはフィオレンシアだった。
    今日のこの時までそう思っていた。
    しかし、生き残っていた。
    どのようにして命を永らえたのかは分からないが、もう交わることのないと思っていた二人の道が再び交わってしまった。
    互いの命のやり取りしか後は残されていない。
    この後の未来へ道を繋げて行けるのは、フィオレンシアかバルフィスのどちらか一人だ。
    「それが、ミシェルの息子を襲った理由とでも言うの?」
    声が自然と震えた。怒り、悲しみ、哀れみ様々な感情がフィオレンシアの心の中で吹き荒れる。
    齢を重ねて時を過ごしてもこんなに感情に左右される程弱かったのかと自分で驚いた。
    「必ず貴方が出向いてくると思ったのでね」
    「たったそんなことのために・・・」
    自分に係わったばかりにレイラスは命を落とし、今またミシェルの息子夫婦は重傷を負った。
    やはり疫病神とミシェルに言われたことは間違っていないかもしれない。
    「貴方は変わらない、フィリオン」
    フィオレンシアによく似たでもそっくりではない顔をした老人は、玉座の上から彼女を見下ろした。
    過ぎ去りし年月を刻み付けた皺が、バルフィスの背負った十字架のように見える。
    「貴方は変わったわ、バル」
    万を持してヒートガンの銃口をバルフィスの額に合わせ、フィオレンシアはその青く冷たい瞳で睨みつけた。
    「我らの戦女神は相変わらず気性が激しい」
    銃口を向けられているにも係わらずバルフィスは不敵に微笑んだ。
    一瞬の哀れみがフィオレンシアの青い瞳に浮かぶ。
    だが、それは本当に一瞬のことだった。瞬きをする程の時間だ。
    フィオレンシアの細く白い指がトリガーに掛かる。
    「この代価、安くないわよ」
    「無論・・・分かっている」
    「それなら話が早いわ」
    もう迷いはなかった。この運命の連鎖を自らの手で断ち切るために。
    その時だった。
    フィオレンシアの後方から鮮やかな光の奔流がバルフィスに向かって放たれた。
    寸分の狂いなく光は額の中央を打ち抜き、その衝撃で後方へ玉座から崩れるように転倒する。
    誰が撃ったかは分からないがフィオレンシアは走り出していた。
    前方の玉座へとヒートガンを投げ出して。
    撃った者を理解したのは見据えていたバルフィスだけだったかもしれない。
    玉座に駆け上り、バルフィスを抱き起こす。
    「最後の・・・望み・・・叶わ・・・」
    見開かれた驚愕の青い瞳は次第に光を失い、ガクリとその首を落とした。
    額の中央に貫通した黒い穴が一つだけポツリとあった。
    「バル・・・バルフィス・・・」
    小さく呟いた言葉が空間に紛れる。
    玉座の上に降り注ぐ淡い間接光だけが変わらずに空間を照らしていた。
    人が一人、時の歩みを止めた。幾度呼び返しても、もう甦らない。
    腕に掻き抱いたその身体からは、まだ人の温もりが伝わってくる。
    これでフィオレンシアにこの世と呼ばれる世界に家族と呼べる存在は、一人として居なくなった。
    これまでも一人、これからも一人。決して人の世の中で二つが一つに交わることのない。
    フィオレンシアは静かにバルフィスの遺体を床に置いた。
    その腕の中にあったマイクロチップを取り出す。
    遺体を晒すことなど、彼は決して望みはしないだろう。
    狂おしい程に愛すべき人達は、フィオレンシアを置いて別の世界に旅立ってしまった。
    ゆっくりと、でも振り返ることなくフィオレンシアは玉座から降り始めた。
引用投稿 削除キー/
■933 / inTopicNo.6)  Re[24]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2005/09/19(Mon) 17:52:11)
    まだ壊滅していない塔。
    フィオレンシアは走りながら、セグ・ハレンザが隠したマイクロチップが無事に見つかるよう願う。
    もし、セグ・ハレンザが当初の思惑通りラスボスならきっとこの塔は爆発するはず。
    死した者は劫火の闇に帰す。それがこの星のいや、内街の掟。
    ボスが倒れれば部下は死に殉じる、そういう掟だったことをフィオレンシアは今更ながら思い出していた。
    自爆する気配を見せない雰囲気にまだ背後に何かいることを感じ取った。
    それでも、セグ・ハレンザ程の大物が仕える者などそうそういるはずもない。
    ――― ルーシファか・・・いやそれはない。
    裏世界とはいえルーシファのやり方を酷く嫌っていたのをフィオレンシアは知っていた。
    ただ、あれから時は流れている。
    彼もそのままの男だったかと言えばそれはフィオレンシアには分からないことだ。
    幾度目かの角を曲がった先にようやく小さなエレベーターホールが出現した。
    エレベーターは二基あり、一基は昇降可能なタイプ。
    もう一つは下降専用であった。
    両方とも最下層にエレベーターは止まっていた。
    上昇できる階は後三つ。
    下降できる階は、各階止まりも可能な一階までともう一つは地下五階への直通。
    フィオレンシアは、一先ず昇降可能タイプの上昇ボタンを押しエレベーターボックスを呼んだ。
    まだ、最上階か最下層か目的地はどちらか決めかねていた。
    壁面に身体を寄せてヒートガンを構える。
    すぐにエレベーターの到着を告げる音がホール内に響く。
    両開きにドアが開いた。
    一呼吸置いてその身をエレベーターの正面に躍らせる。
    トリガーボタンを押そうとして、寸での所でフィオレンシアは止めた。
    ――― 誰も乗っていない。
    それでも、用心深くエレベーター内を確認して中を見渡した。
    豪奢な作りの十人用のエレベーターだった。
    赤絨毯が敷き詰められ照明もシャンデリアが施されている。
    フィオレンシアは、もう一基のエレベーターの方も呼んでみることにした。
    このまま上階へ向かうつもりの気持ちに一抹の不安が過ぎる。
    二基目が到着した。
    今度は最初からエレベーターボックスに向かって銃口を向けた。
    ドアが片開きに開いた。
    到着したのは三人乗ればいっぱいになる小さなシンプルなつくりのエレベーターだった。
    今まで上階ばかりと思っていたが、シンプルなエレベーターの方が小さいことにフィオレンシアは何かを感じ取った。
    もし何かを搬送することが目的ならこんな小さなエレベーターにはしない。
    豪奢なエレベーターが隣接しているのだから。
    それも下降専用という所が何かを指し示す暗号のように感じた。
    ということは人を運ぶことが目的。
    この階からの最下層への直通エレベーター。
    フィオレンシアはその身を下降専用エレベーターに乗せた。
    最下層を調べてからでも遅くはない。
    そう、フィオレンシアは踏んだ。
    ゆっくりと行き先ボタンを押す。
    それに答えるようにエレベーターはドアを閉じ、フィオレンシアを乗せて下降を開始した。
    滑るように下降するエレベーター内で最後のエネルギーチューブを抜きかえる。
    残っているのはアートフラッシュが二個と手榴弾一個だけだ。
    やがて、最下層を示すランプが明滅した。
    エレベーターボックスはその動きを止め、静かにドアを開いてゆく。
    広くないエレベーターホールは明かりが乏しく、かろうじて先へ進むための照明が壁面にかなりの間隔をあけて設置してあった。
    人の気配はしない。
    後方のエレベーターはドアを閉じると物音さえも聞こえなくなった。
    用心のためにフィオレンシアは手榴弾で簡易のタイマー式時限装置を作り、それを廊下の途中に仕掛けて先を急ぐ。
    後続の迎撃部隊を阻むことも出来るし、この先にいるかもしれない者の逃亡も防げる。
    どちらにも使い道はあった。
    二十分という限られた時間で、フィオレンシアは全ての幕を下ろそうとしていた。
    どちらにしろ、タイムリミットは近づきつつある。
    三十メートル程、廊下暫く進むと大きな扉に面した。
    ギイと大きな音を立てて、扉を開ける。
    大きなホールの先には、光に導かれるように佇む玉座と老人が一人座ってこちらを見ていた。
引用投稿 削除キー/
■932 / inTopicNo.7)  Re[23]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2005/09/19(Mon) 11:51:31)
    監視カメラから送られてくる映像を壁面のスクリーンに映しつつ男は満足げな笑みを浮かべた。
    手にはフィオレンシアが望むチップが握られていた。
    ――― とうとうここまで来たか
    男は椅子を回転させてスクリーンを背にする。
    背後には暗闇に紛れて全貌は見えないが少し大きなホールがあった。
    男がいる場所は中央の玉座部分だった。
    周囲には人の気配がない。男だけのようだ。
    スクリーンのスイッチが切られると天井部分から淡い間接光が降り注いで空間を照らしていた。
    手の中のマイクロチップを弄びながら、歓喜の邂逅を待ちわびる。
    愛しい死の女王の降臨を。
    その姿を思うだけで男を至福の境地へ誘う。
    ――― 早く来い!フィリオン!!
    男の哄笑が暗闇のホールに響き渡った。
引用投稿 削除キー/
■931 / inTopicNo.8)  Re[22]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2005/09/19(Mon) 11:50:56)
    別の上階エレベーターへ向かうジョウの姿をモニターで確認したセグ・ハレンザは、ジョウというクラッシャーを少々甘く見すぎていた。
    今まで相手にしたクラッシャーは十分対応出来たが、フィオレンシアやジョウの辺りのAAAクラッシャーともなれば一筋縄ではいかないらしい。
    闘技場へ向かうためにモニターに背を向け、セグ・ハレンザは監視ルームを後にした。
    フィオレンシアも既に足止めしていた部屋を出て闘技場へ向かう廊下を移動しているだろう。
    闘技場での戦闘を有利に進めようと思っていたセグ・ハレンザは少々計画を変更する羽目になってしまったが、まだ奥の手が残っていることで自分を鼓舞しようとしていた。
    若かりし頃のフィオレンシアに仕えていた自分だからこそ、彼女の恐ろしさは十分に知っているつもりだった。
    味方なれば勝利への道が常に開かれて、敵なれば敗北への道が目の前にある。
    それから数十年の月日が流れ、年を老いた自分と違い時を止めたフィオレンシア。
    戦わずともその結果は火を見るより明らかかもしれなかった。
    だが、今まで仕えたあの御方のためにも最後まで付き従うのが部下の役目だとセグ・ハレンザは思っていた。
    暗き闇底に住まうあの御方の悲しみに比べれば、自分など芥の塵に等しい。
    いろいろと思いを巡らせている間に闘技場への入口に到着した。
    無造作にドアを開けるスイッチに手をやる。
    扉の向こうは少し薄暗いながらも十メートル四方の円形の部屋だった。
    発光する壁面には黒暗色の飛沫が所々飛び散っている。
    それ以上にこの部屋に充満する血生臭い臭いが闘技場と呼ばれることが相応しく感じた。
    セグ・ハレンザが部屋の中央付近までゆっくりと歩いてゆく。
    腰には銃火器類は見えない。
    あるのは九百ミリブレードの高周波ナイフが二本。
    ふいに正面のドアが開いた。
    白銀の髪をなびかせ艶かしい肢体を覆う黒いクラッシュジャケット、手にはヒートガンを携えて。
    薄暗い部屋の中に白銀の死の女王が舞い降りる。
    青く凍てついた瞳をフィオレンシアはセグ・ハレンザに向けた。
    「もう御もてなしは終了?」
    涼やかだが容赦のないフィオレンシアの声が闘技場に木霊する。
    「メインデッシュは自ら持て成したほうがいいと思いましてね」
    不敵に笑い返すセグ・ハレンザが、腰の高周波ナイフを手にした。
    二刀流、ナイフの名人が自分の得意とする獲物を持って自分と対峙する。
    フィオレンシアはすっとヒートガンをセグ・ハレンザに突き出して焦点をあわせた。
    まだ、彼との距離は五メートル程あった。
    セグ・ハレンザが先手を取って横跳びに身体を動かした。
    フィオレンシアもすぐさま焦点を移動して、躊躇うことなくトリガーボタンを押した。
    が、その光の行き先はよじれて捻じ曲がってゆく。
    周囲の壁に激突したかと思うとフィオレンシアに向かって戻ってきた。
    ヒートガンのオレンジの火球は幾分小さくなっているが、そのスピードはかなりのものがある。
    フィオレンシアもヒートガンを持ったまま床に転がった。
    間一髪かろうじて火球を避けた。
    視界にセグ・ハレンザを確認しつつ新たに発生した火球を補足して闘技場を移動する。
    高エネルギー兵器阻害システム。
    流石にセグ・ハレンザが戦いの場として選んだだけはある。
    一先ずヒートガンを腰に仕舞い、フィオレンシアは電磁メスをクラッシュジャケットの胸ポケットから取り出した。
    少々分は悪いが、銃で対抗できないのは仕方がない。
    スイッチを押し青白く光るブレードを出現させる。
    携帯用なので、せいぜいブレード部分は二十センチ程しかない。
    「貴方の得意の獲物を手放して私に勝てますかな?」
    火球が飛び交う中をセグ・ハレンザが攻撃を仕掛けてきた。
    高周波ナイフを上段から振り下ろしつつ、右手で横一文字に切り裂いて。
    流石に電磁メスで受け止めるわけにもいかず、フィオレンシアはかわしながら後退する。
    「いつまでもそんなことでは私に勝てませんよ」
    次々と攻撃を繰り出してくるセグ・ハレンザに必死で避けつつも徐々に退路を絶たれ、壁際に追い詰められた。
    既に何箇所かはクラッシュジャケットが切られている。
    その間にも火球は飛び跳ねており、時折二人の傍を掠めてゆく。
    とうとう壁に背を付けたフィオレンシアは、最後の足掻きとばかりに数十センチ体を横へ移動させた。
    観念したと勘違いしたセグ・ハレンザは勝利への確信に笑みを浮かべて高周波ナイフを振り上げる。
    「あ・・・ぐあっ」
    突如、強烈な痛みと熱量がセグ・ハレンザの背中を襲う。
    忘れていたのだ、火球の行く末を。
    目の前の勝利を過信した男に、青の女王は容赦なく高周波ナイフを叩き落し電磁メスで首筋を横一閃した。
    血飛沫が舞う中、セグ・ハレンザの緑の瞳が徐々にその光を失ってゆく。
    「チップはドコなの?」
    崩れ落ちた巨漢のセグ・ハレンザの目の前に電磁メスを突きつけフィオレンシアは叫ぶ。
    リヴィを助けるためにも取り返さなければならないもの。
    この男が何処に隠しているか聞き出さなければ。
    ゴフッと血の塊を吐きつつもセグ・ハレンザは自分が出てきた入口の方を指差した。
    そして、そのままコトリと手を落とす。
    また一つ、命の灯火が消えていった。
    フィオレンシアは一瞥して、立ち上がった。
    懺悔も涙も全てはチップを取り戻した後に。
    腕のクロノメーターを見る。
    二十時半を差していた。徐々に時間がなくなってきている。
    フィオレンシアは走り出した。決して後ろを振り返らずに真っ直ぐに前を目指して。
引用投稿 削除キー/
■930 / inTopicNo.9)  Re[21]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2005/09/19(Mon) 11:50:22)
    上階へのルートを探して、フィオレンシアが通過した痕跡を追ってジョウは先を急いでいた。
    やっとエレベーターを探し出し、乗り込もうとしたが乗れるような状況ではなかった。
    蜂の巣もいい所に破壊されていた。
    仕方なく別ルートを再び捜索しようとしたその時、背後でバラバラと複数の足音が聞こえた。
    「やっと、来たか?」
    ジョウは小声で呟いた。
    塔に進入してからは比較的戦闘をせずに来ただけに、ジョウは装備も不足していることはなかった。
    すぐに物陰に身を隠して、相手の人数を探る。
    人数にして十五人程度、無反動ライフルでは少々手に余る人数だ。
    周囲を哨戒しつつこちらに近づいてくる。
    ジョウはクラッシュパックを背から降ろし、素早くハンドバズーカを組み立てた。
    こういうことはお手の物だ。クラッシャー稼業は危ないことも日常茶飯事。
    もたもたと組み立てている内に自分の命が危なくなる。
    命と隣り合わせの仕事も日頃の訓練と場数を踏んだ経験が最終的にものを言うのだ。
    相手との距離が五メートルを切った所でジョウは廊下の中央へ転がり出ると、間髪あけずにバズーカを連射で打ち込んだ。
    唸る爆炎と外部からの爆撃の振動でフロア全体が地響きを立てて揺れる。
    続けざまアートフラッシュを二つ程お見舞いした。
    炎がより躍り狂うようにフロアに広がり走ってゆく。
    ジョウを仕留めようとした男たちは次々に炎に撒かれて倒れていった。
    それでも二人ほどその炎を掻い潜って抜けて来たので、バズーカを放り出してジョウは武器と足を狙って無反動ライフルを発射した。
    ジョウは悶絶する男たちに近づき上階へのルートを問う。
    冷たく光る無反動ライフルの銃口が男たちの舌を饒舌にさせた。
    塔を半周ほどした位置に別の上昇エレベーターがあるという。
    ジョウはすぐさま男たちの情報どおり先へ向かうことにした。
    炎がジョウの後を追うように廊下を燃え広がりつつある。
    室内温度もかなり上昇している。
    クラッシュジャケット越しにはあまり感じないが覆われていない部分はやはり熱く感じていた。
    こんな所でぐずぐずしているわけにはいかない。
    フィオレンシアと合流していないとタロスとの最終コンタクトが出来なくなってしまう。
    ジョウは再びクラッシュパックを背負い走りながら先を急いだ。
引用投稿 削除キー/
■929 / inTopicNo.10)  Re[20]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2005/09/17(Sat) 21:53:56)
    薄暗い発光の蛍光パネルに囲まれた部屋。
    エレベーターは何度ボタンを押しても上昇する気配はなく、仕方なくフィオレンシアはそこでエレベーターを降りた。
    二十メートル四方はあるだろう、かなり広い。
    何もない部屋だが、空気が幾分湿り気を帯びているために、肌に纏わり付くように感じる。
    緊張感からくるものではなく、熱気を帯びていると言ってよいかもしれない。
    入り口はここだけかと思ったが、よく眼を凝らすと正面の壁が少しだけ他と違っていた。
    壁より厚みがあるその部屋から別の場所へ向かう扉は、今は閉ざされている。
    ここまで来て後に引くわけにはいかない。
    道があるなら進むしかないのだ。
    フィオレンシアはヒートガンを構えなおし、気配を伺いつつ歩を進めた。
    微かな足音、張り詰めた空気、鋭敏な感覚が部屋の隅々にまで広がっていくようだ。
    何事もなく半分ほど進んだ時、不意に蛍光パネルが発光を止めた。
    一瞬にして暗闇がその場を支配する。
    時間にして数秒だが、フィオレンシアから視界を奪うには十分の時間だった。
    再び蛍光パネルが灯りを取り戻した時には、正面の扉から訓練された十人あまりの戦闘員が投入され、行く手を阻んでいた。
    手にはライフルやレイガン、中にはバズーカ砲まであり様々な武器を備えてフィオレンシアを狙っている。
    かなりの手だれの者のようだ。
    「少々手荒な訪問者に御もてなしをせねばと思ってね」
    室内に反響する声に聞き覚えがあった。数十年経ったが変わらない。
    思い浮かぶ人物の名を言葉にする。
    「仰々しいのはごめんだわ。セグ・ハレンザ!」
    見えない相手に呼びかけながら冴え凍る不敵な笑みを浮かべ、フィオレンシアは戦闘員へ鋭い視線を向けた。
    「いかに貴方様でもそこにいる歴戦の傭兵十人を相手に無傷で居られますかな?」
    設置されたスピーカーからの音が室内に反響する。
    威圧的な声だが、フィオレンシアには気にならなかった。
    敵にまわるならそれでもいい。目的のためには犠牲など厭わない。
    立ち塞がる者は叩き潰すだけ。
    「随分なめられたものね」
    「いえいえ、貴方様だからこそ十人も向かわせたのですが」
    「まあいいわ。邪魔な者は排除すればいいだけだし」
    「無事、その部屋を突破出来た暁には私自ら御もてなしを致しますよ。青の女王様」
    そう言ってセグ・ハレンザは嘲笑して音声スイッチを切った。
    「傭兵稼業も大変そうね」
    不敵な微笑を浮かべ間合いを詰めようとするフィオレンシアに傭兵たちは一斉に銃をぶっ放した。
    先手必勝、仕掛けるなら相手のペースではなくというところか。
    派手な爆音とすさまじい煙が舞い上がる。
    ゴーグルをしている傭兵のリーダーが左腕を軽く振って合図を送った。
    煙幕がわりの煙でもこちらには支障がない。
    熱感知センサー内臓のゴーグルにはフィオレンシアの姿が浮かび上がっている。
    その合図に直ちにメンバーが散開した。
    フィオレンシアの動きを煙の中、一瞬見失った一人がヒートガンで頭部に至近距離で撃ち込まれた。
    絶命する声を上げさせず、次の行動を予測してフィオレンシアは素早く動く。
    殺した傭兵を盾にしつつ、敵のリーダーに狙いをつけてアートフラッシュを投げつけた。
    まずは命令系統の切断し連携作戦を展開させなくしなければならない。
    出来うる限り優位に動けるよう煙と炎が渦巻く中、フィオレンシアはヒートガンを乱射しつつ一直線に駆け出した。
    またもや”スターダスト”が炸裂し、リーダーを含めて五人が血の海に沈んだ。
    防護性の弱い頭部を中心に狙い撃ちをする。
    反撃の気勢をそぐように、今度は個々に追い詰めてゆく。
    フィオレンシアの体中が高揚していた。
    昔、手を血で染めた自分は、またこの世界に戻ってきてしまった。
    後悔していたはずなのに今はその後悔の気持ちさえ消えてしまっている。
    あるのはただ行く手を阻むものには容赦ない死を。
    一片の欠片さえ逆らうことなど許しはしない。
    青の女王と呼ばれた戦いぶりの真価が今、目の前にあった。

    そんな戦闘の様子を監視しつつセグ・ハレンザは自らも戦いに赴くべく戦闘服に着替えていた。
    幾分白髪まじりの茶髪に、緑眼。かなり大柄な体躯は巨漢の部類に入るだろう。
    顔には大きな切り傷があるとはいえそこそこのハンサムといってもよい。
    齢を重ねたとはいえ、隆起した筋肉や鋭き眼光はまだその威力を失ってはいなかった。
    ただ、年月の流れた老体と現役さながらに時の止まっている感じのフィオレンシアと比べるのは如何なものかと思うが。
    目の前のモニター群には三百六十度で、フィオレンシアの姿が映っている。
    白銀の長い髪、青く深い瞳。接近戦で浴びたのか黒のクラッシュジャケットには返り血を貰っていた。
    ヒートガンを撃ちながらで赤黒い血飛沫の中を華麗に舞い躍る殺戮の舞姫。
    この映像は別室にいらっしゃるあの方の下にも届いているはずだ。
    今までの内街での戦いぶりからすればいとも簡単に突破することは確実だが、今は時間が欲しかった。
    餌を撒いておびき寄せている者がもうじき追いつくはず。
    その餌は別働隊が捕らえて連れて来る手筈になっていた。
    戦闘服に着替え終わったので、セグ・ハレンザは幾つかのモニターをその餌の方に向けてみた。
    息が詰まる。
    その惨状に思わず絶句した。
    そこにあったのは、別働隊を全て叩き潰したクラッシャージョウの姿だった。
引用投稿 削除キー/
■928 / inTopicNo.11)  Re[19]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2005/09/15(Thu) 00:10:16)

    夕闇迫るゲルゼンの上空五千メートル。
    タロスは<アイテール>を駆って、ほぼ内街の真上に居た。
    燃料は途中、バレリーの情報に基づいて給油した。これで帰りの心配はいらない。
    後はどれだけ最短でハレンザ屋敷へたどり着けるか。
    「待つのも待たせるのも性に合わねえな」
    操縦桿を倒して機種を下げるとエンジンが朱炎の咆哮をあげた。
    タロスの身にすさまじいGの圧力が襲い掛かる。
    すぐさま高度が四千を切った。
    バテンカイトスの陽が沈んだばかりのまだ明るい西の空。
    <アイテール>は一筋の光の矢のようにハレンザ屋敷へ向かう。
    それを迎え撃つレーザーやミサイルを神業のようなタロスの操縦桿捌きで<アイテール>はかわしていく。
    サイボーグの身とはいえ垂直降下に近い角度と砲撃の嵐に、タロスはかなり追い込まれていた。
    主翼近くを一筋のレーザーが掠める。機体がバランスを崩しそうになったがそれをなんとか耐えた。
    既に高度は二千を切りつつある。
    装備されていたミサイルを全て進行方向に向けてタロスはミサイルボタンを押した。
    加速のついたミサイルは迎撃するミサイルに当たり、<アイテール>の眼前を切り開くように爆炎の華を上げる。
    有視界飛行さらにむずかしいものになったが、相手も爆発の破片や爆炎で<アイテール>を補足しにくい状況にあった。
    機体がさらに傷ついたが、まだ十分に飛行出来た。
    ほぼ千メートルを切った所でタロスは操縦桿を引いた。腕に力を込めて機体を起こす。
    ハレンザ屋敷の地上施設に、別の角度からの攻撃が加えられた。それもニ方向から。
    速度を落としたタロスの視界が捕らえたのは、見たことがない宇宙船。味方か敵がまだ判別は難しい。
    あらん限りの爆撃を打ち込んでいるような攻撃だ。
    限度というものが分かってないような攻撃にタロスは少々困惑した。
    ――― あの中に突っ込むものの身にもなれ
    呪いのような言葉を心の中で呟きつつ少し鋭角気味だが螺旋を描いて、タロスは<アイテール>を爆炎の中に躍らせた。
引用投稿 削除キー/
■927 / inTopicNo.12)  Re[18]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2005/09/15(Thu) 00:09:49)
    一方、アルフィンと分かれたジョウは、<ファイター1>でゲルゼンへ戻った。
    かなり荒い操縦でそのまま低空飛行で内街に砲撃をかけながら突っ込む。
    いかにクラッシャーといえどかなり無茶な飛行だ。外壁が一部破損したが、大きくは壊れない。
    仕方なくジョウは<ファイター1>を内街の屋根の上に強制着陸させた。
    衝撃を受け止めながら減速し、激突寸前になんとか機体から脱出する。
    無茶苦茶な突入だが時間も方法も選んでいる余裕はなかった。
    立ち上る炎に周囲で火災が起こり、風に煽られて内街は夕闇を染めて赤く染まってゆく。
    その混乱に乗じてジョウはハレンザ屋敷に潜入した。
    手榴弾や光子弾等を駆使して遮る相手を倒しながら進む。帰り道はタロスがいる。
    後の心配など必要がない。まずはフィオレンシアと合流することが一番だった。
    エレベーターに飛び乗り上階へ向かうジョウはクラッシュパックを背負い、手には無反動ライフルを握っていた。
    やはりこんな時は使い慣れた獲物が一番いい。
    相手が多ければアートフラッシュ、少なければ無反動ライフルで迎え撃つ準備だ。
    十階に着いたエレベーターが止まった。息を殺してタイミングを計る。
    所在は十階を指している。ドアが音もなく開いた。
    人影はない。周囲にはダンボール箱が所狭しと積み上げられている。
    どうやらここは搬入用エレベーターのようだ。
    近くに上昇用のエレベーターがないか確認したがあいにく見つけることは出来なかった。
    仕方なくジョウはその場を離れることにした。警戒をしながら別のエリアを探る。
    幾つめかのドアを通過し、別の廊下に出た時だった。
    「うっ」
    そこでジョウが眼にしたものは累々とした屍の山だった。
    血溜まりの池に黒い男達が倒れ、もがいている。まるで、血の池地獄のようだ。
    こんなに鮮やかにそれも多くの男達を屍に出来る腕を持つ者はそうはいない。
    ――― フィオレンシアだな
    引き続き警戒をしながらジョウは次の上階へのルートを探った。
    この破壊と殺戮の後を付ければ自然とフィオレンシアの元にたどり着ける。
    ジョウはそう確信した。
    時刻は十九時を回っていた。
引用投稿 削除キー/
■926 / inTopicNo.13)  Re[17]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2005/09/15(Thu) 00:08:55)
    微かな息遣い。
    先を急ぐ足音は絨毯に消されて、白銀の長い髪が宙になびく。
    息を切らすこともなくフィオレンシアは長く続く細い通路を駆け抜けてゆく。
    目指すはセグ・ハレンザ、いやその背後にいる黒幕か。
    旧知の間柄とはいえ、もう二十年以上会ってはいない。
    もしかしたらそんな存在はいないのかもしれないが、自分が知っているハレンザならば自分に逆らうようなことはしない。
    きっとその背後で誰かに命令されているはず。
    そんな考えを纏めながら暫く行くと大きなエントランスホールに出た。
    今のうちにヒートガンのエネルギーチューブを素早く交換する。
    張り詰めた空気を肌で感じ、全身が研ぎ澄まされた刃のように周囲に注意を向けた。
    そんなフィオレンシアの様子とタワーの監視ルームには一度に数箇所を光の爆発に打ち抜かれ、うめき声と男達の倒れた姿が同時に監視カメラに映し出されていた。
    監視をしていた男達にも一瞬の出来事で何がどうなったのか理解できない。
    しかし、現実は十五人近い男達がただの一つも反撃することなく倒れているのだ。
    混乱する頭を落ち着かせながら監視の男達は警報のスイッチを入れた。
    間髪を入れずレッドアラートが館内中に鳴り響く。
    反響する建物の中で異常事態を知らせる音は無機質に空間に響き渡った。
    「ちっ」
    フィオレンシアは思わず舌打ちした。予想はしていたが、かなり早い対応だ。
    出来ることなら相手の懐奥深くまで穏便に突入しようと思ったが、これではそうはいかない。
    少々時間を要することになるが、行く手を遮る者は全て敵。深淵の青が生命の炎を燃やして煌く。
    「居たぞ!!」
    男達の一人がエントランスホール中央に立っているフィオレンシアを発見する。
    目立つ風貌、たった一人の侵入者。標的としては狙いやすいはず。
    男達のレイガンの光条がフィオレンシアを狙った。
    これだけの集中砲火ならきっと当たると彼らは思った。
    しかし、彼らの思惑通り事は運ばない。現実はまったく違った。
    行く筋もの光の束が、先程まで彼女が立っていた空間を通過する。
    フィオレンシアは既に素早い身のこなしで前方の男達との間合いを詰めていた。
    残像のように感じる彼女の動き。そして銃口が逆に彼らを捉えた。
    赤く煌く閃光が次々に男達の身体に吸い込まれて。
    叫び声を上げることすら許されず、男達は一撃で絶命してゆく。
    殺戮に彩られた血の夕刻の始まり。
    命の糸を切断する刃を持つ運命の女神フィオレンシア。
    冷笑を纏った女神の姿を、彼らは死の間際に最後に瞳の奥に焼き付けた。
    倒れ行く男達を振り払い階上へ移動すべくフィオレンシアはエレベーターホール前に走りこみながら、側面の通路にアートフラッシュを投げつけた。
    通路から飛び出そうとした男達の怒号と断末の叫びがホールに響く。
    燃え上がる炎と粉塵の中を突っ走り、エレベータースイッチを押し壁に身体を貼り付けた。
    エレベーター到着の合図が頭上で明滅し、ドアが音もなく開く。
    そのままヒートガンを構えエレベーター正面に躍り出た。
    だが、引き金を引く指を寸での所で止めた。誰も乗っていない。
    素早く乗り込み最上階へのボタンを探す。十階までしか表示がなかった。
    幾つかのフロアに分かれてエレベーターがあるようだ。
    取りあえずフィオレンシアはドアを閉め、エレベーターを上昇させた。
    階を示す表示が十階に近づく。内部の側面に身体を貼り付け狭い死角に身を隠した。
    身構えアートフラッシュを握り締める。後はタイミングだ。
    ゆっくりとエレベーターは上昇を停止してドアを開いた。
    幾筋もの光線の束がなだれ込むようにエレベーターボックスに叩きつけられる。
    燻る煙と焼け焦げた臭いがその場に充満した。
    中の様子を確認しようと光線が収まったのを見計らい、フィオレンシアは同時に待ち伏せの男達にアートフラッシュを見舞った。
    そのまま身を低くして飛び出す。
    爆炎に見舞われた男達は、その身を焼かれながら断末魔の悲鳴を上げていた。
    その様子を横目に見てフィオレンシアは次へのルートへ走り出した。
    ヴォーダンと呼ばれた男から聞き出していた塔の構造を頭の中で描きながら次の上昇エレベーターを探してフロアの奥へ突っ走る。
    「侵入者ヲ排除セヨ」
    建物の中に警報音と異常事態を周知する機械ヴォイスが響き渡る。
    閉鎖されるゲートを潜り抜け、アートフラッシュで破壊しながら徐々に前進してゆく。
    それでも、思ったより敵に会わない。行く手を拒むように男達が出現しても圧倒的に数が少ない。
    その時だった。不意にドーンという地鳴りと共に塔が揺れる。
    流石に立位を保つことが出来ず、近くの壁に身体を寄せた。
    地鳴りは一度だけではなかった。外からなにかしらの攻撃に晒されている様だ。
    何度となく建物が揺れ、時々大きな揺れとともに天井の照明が明滅した。
    どうやら援軍が到着したようだ。この千載一遇を逃す手はない。
    タイミングよく次のフロアへのエレベーターを発見し、降りてくる男達を物陰に隠れてやり過ごした。
    監視カメラには映っているはずだが、警戒が下層に集中している。
    本来ならもっと自分に包囲が集中するはずだがいい具合に散開しているようだ。
    誰もいない空のエレベーターにフィオレンシアは飛び込んだ。
    そのまま最上階へのボタンを押す。エレベーターは音もなく上昇を始めた。
    目的地へノンストップと思われたが、上昇はすぐに終わりエレベーターはコトリと止まった。
    緊張が全身に走る。待ち伏せされたものか、それとも・・・。
    見えない誰かが行き先を先導している。行くも帰るも自分次第だがここまで来て引き下がれない。
    なんの前触れもなく強制的にドアが開いた。
    フィオレンシアの目の前に現れたのは蛍光パネルに覆われた不可思議な空間だった。
引用投稿 削除キー/
■782 / inTopicNo.14)  Re[16]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/11/22(Mon) 16:30:42)
    既に陽が落ちかけていて海一面が真っ赤に染まるガスパエの島々。
    ジョウは<ミネルバ>を打ち合わせどおり十七時きっかりに発進させた。
    爆音と共に覆った樹木を薙ぎ払い、メインエンジンが雄叫びを上げて上空へ飛び立つ。
    上空で一度旋回して周囲を見た。
    周辺を哨戒していた小型戦闘機がジョウの視界にも飛び込んできた。
    「いたわ、ジョウ!前方に三機!!」
    アルフィンがジョウの副操縦席に座り、スクリーンを見ながらジョウに情報を伝えた。
    ドンゴは空間立体スクリーンの前で情報を読み取ろうとしている。
    「コノママ突ッ込ンデ来マスヨ」
    小型の戦闘機が標的を発見してこちらに向かってきていた。
    予定どおりの展開にジョウはニヤリとした。楽しくてしょうがないという表情ではあるが。
    「舐められたもんだ、クラッシャーを甘く見たら後悔するぜ」
    <ミネルバ>の操縦桿を握りながら、ジョウはグッと加速レバーを引いた。
    正面から一気に編隊の中に切り込んでゆく。
    汎用型宇宙船の機動力を最大限に駆使して、大空を自由に闊歩する。
    ベテランパイロットのタロスみたいにはいかないまでもジョウとて操縦技術は相当な腕前だ。
    バーニヤをフル稼働させて器用に船体を反転させる。
    傍らの副操縦席に座るアルフィンが主砲のレーザー砲を駆使して三機中、二機を撃墜した。
    一機は少し離れて<ミネルバ>の動きを見守っている。
    「このまま一気に磁気圏から脱出する」
    先を急ぐジョウは一機を無視してガスパエ諸島から脱出を選択した。
    多分、先程の三機がこちらに差し向けられた勢力の大半と思われるがまだ油断ならない。
    レーダーが威力を発しないのはやはり手足をもがれたようなものだ。
    後二分も飛べば磁気圏から脱出する。
    ジリジリと時間がジョウの肌を刺激した。待つ時間の二分は途方もなく長く感じた。
    沈み行く陽を背に<ミネルバ>は銀翼を赤く染めて空を疾駆する。
    「れーだー復帰、五時ノ方向百メートル級ノ垂直型宇宙船ニ機。アト、艦載機ガ一機出撃」
    「上等だ。クラッシャーに喧嘩を売るってことがどういうことか分からせてやる」
    ジョウは不敵な笑みを浮かべて垂直型宇宙船に向け<ミネルバ>を方向転換させた。
    「任せて。ちゃんと撃墜してみせるわ」
    アルフィンがジョウに軽くウィンクした。
    夕闇迫る空中でのドッグファイトは、まず後方からの追っ手と迫り来る艦載機を主砲で撃墜した。
    向こうも迎撃を試みて凄まじい光の嵐が<ミネルバ>に浴びせられる。
    このままだと挟み撃ちにされ分が悪い。
    「アルフィン!後ろに付かれたら終わりだ」
    「分かってるわよ」
    目の前に映し出されるスクリーンの情報と<ミネルバ>有する武器を照らし合わせアルフィンが反撃を模索する。
    「加速して宇宙船の後方に付ける。これで仕留めてくれよ」
    「了解!もう、これでどうよ!」
    アルフィンは放たれる光の嵐をかわして多弾頭ミサイルを発射した。
    垂直型宇宙船に向け放たれたミサイルは、途中で先頭部分が開き小さなミサイルが幾重もの弧を空中に描いて突入していく。凄まじい爆音を空に響かせて宇宙船は木っ端微塵に砕け散った。
    「ね、バッチリでしょ」
    「あ、ああ」
    念には念をという言葉があるにせよ、迎撃ミサイルを使用するものだと思っていたジョウは少々呆気に取られた。
    小さな鼠を捕獲するのに大きな魚網を使用するようなものだ。
    まあ取り逃がすことはないような頑丈な魚網には違いない。だから敵を撃墜出来た。
    それでも今は方法に構っていられる余裕はなかった。
    「ドンゴ!タロスとリッキーに連絡を取れるか?」
    「キャハ任セテクダサイ」
    主操縦席のジョウからの問いかけに、ドンゴはコンソールを操作してすぐに返答した。
    その間にジョウは<ミネルバ>をオートパイロットに切り替え、行き先をゲルゼンに定めて通常加速で飛行させた。
    「たろすノ所在ハ不明。りっきーノ所在ハ確認。げるぜんカラ東ニ百五十きろノ所ニアル第二空港付近デス」
    「タロスは後だ。リッキーに至急連絡を取れ!これから作戦を変更だ」
    「了解シマシタ」
    ドンゴは頭部のランプを明滅させて、リッキーへの通信回路を開いた。
    映像はない。音声だけだ。
    それでも数時間ぶりに聞くリッキーの声は懐かしいものに聞こえた。
    「兄貴!無事だったんだね」
    相変わらずのハイテンションな声にジョウは少々苦笑した。
    「ああ、こっちは大丈夫だ。リッキーは・・・」
    「誰に向かっていってるの?あんたじゃないのよ」
    「アルフィン、それはないよー」
    ジョウの言葉を遮るようにアルフィンが通信にしゃしゃり出て来る。
    余計、話がややこしくなりそうだ。早々に話を取り上げないと時間が惜しい。
    「リッキーお前の言いたいことは後で聞くから、先に教えてくれ。何故そんな所にいるんだ?」
    ジョウは疑問に思っていたことを尋ねた。
    まさか別行動しているとは思っていなかった。タロスと一緒にいると思っていたのに。
    「フィオに頼まれたんだよ。今、乗船してる“ディアナ”で撹乱させて欲しいって」
    「ということは、そっちも宇宙船に乗ってるのか?」
    「そうだよ。オイラだけじゃないけどね」
    リッキーは少々含みのある言い方をした。こちらにはその姿は見えない。
    でも、ジョウの知る人物かも知れなかった。
    「誰だ、それは?」
    「・・・聞かない方がいいと思うよ」
    一呼吸置いてリッキーは小さな声で答えた。相手に聞かれるとマズイとでも言うように。
    「どういうことだ?」
    「まあ追って分かるって。今はそれより仕事の方が大切だろ、兄貴?」
    怪訝そうにジョウは尋ねたがリッキーはそれには取り合わなかった。
    珍しく話を先に進めようとした。ジョウにはバラしたくないのか、ジョウだからバラせないのか真意は分からない。
    「で、兄貴は何処にいるんだよ」
    「南半球のガスパエ諸島だ。今からゲルゼンへ戻る。お前は<ミネルバ>に合流してアルフィンとリヴィを守ってくれ」
    「ジョウ!ジョウはどうするの?」
    明かされた内容にアルフィンは立ち上がってジョウの方を見た。
    驚愕の表情が突然な内容だということを物語っている。
    「俺は・・・内街に潜入する」
    「そんな、無茶よ。一人でなんて。あたしも行くわ」
    真剣に呟くジョウににじり寄ってアルフィンは問い詰めた。
    わざわざ危険な場所に飛び込もうとする無謀な恋人を引きとめようと必死になる。
    「ダメだ。アルフィンにはリヴィを守ってもらわなきゃならない」
    「でも・・・」
    「この仕事はまだ裏がありそうだ。それを確かめたい。手の上で踊らされるのはごめんだからな」
    「ジョウ・・・」
    「大丈夫だ。必ず帰る」
    アルフィンの肩に手を置いてジョウは微笑んだ。
    不安を拭えないまでも、止めようとはしないジョウをアルフィンは黙って見つめ続けた。
    青い瞳が不安に揺れ、手を白くなるほど握り締めた。
    ジョウに付いて行きたい。でも幼いリヴィを残して行く訳にはいかない。
    彼女は命を狙われているのだ。自分はクラッシャー、依頼を果たす為に最善を尽くさなければならない。
    「・・・分かったわ。気をつけて行ってね」
    「ああ」
    哀しげな表情を浮かべ渋々アルフィンはジョウを送り出すことに了解の意志を示した。
    ジョウもアルフィンの気持ちが痛いほど分かる。涙が溢れそうなアルフィンの頬にそっと手をやった。
    「あのーっ。そろそろイチャイチャは済みましたでしょうか?」
    リッキーがニヤニヤした声をスピーカーから出した。
    完全に忘れていた。ここは<ミネルバ>のブリッジだ。オマケにリッキーと通信の最中だった。
    「う、煩い!一時間後ゲルゼンの上空で待ち合わせる!」
    顔を真っ赤にして迫力なくジョウはスピーカーの向こうのリッキーに向かって叫ぶ。
    「はいはい。兄貴遅れんのはなしだぜ」
    「お前こそ!」
    「じゃ、後で」
    そこで通信が切れた。
    暫く<ミネルバ>のブリッジに沈黙が流れる。気まずさが、その場を支配した。
    「ん、もうリッキーたらすぐああやってからかうんだから」
    アルフィンはジョウの顔を見ながら顔を赤くして小さく呟いた。
    <ミネルバ>のブリッジで茹蛸が即席で二つ出来上がった。
    「キャハハ、たこダ。たこ、たこ・・・ひっ」
    面白がって囃すドンゴをジョウとアルフィンがキッと睨む。
    「ドンゴー!!!」
    二人の理不尽な怒りに、ドンゴは分からぬように機械の首を竦めた。
    少々おふざけが過ぎたようだ。
    「真実を暴いてやる」
    ジョウは沈み行くバテンカイトスの光に向かって<ミネルバ>を疾駆させた。
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■781 / inTopicNo.15)  Re[15]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/11/22(Mon) 16:29:58)
    そんなフィオレンシアの姿をもう一つの監視カメラで覗いている男がいた。
    ゆったりとした椅子に座ってスクリーン一杯に広がったフィオレンシアの顔を眺める。
    暗闇の空間をスクリーンの光を光源として、その部屋を支配した。
    「追撃部隊を差し向けよ。そして闘技場へ向かわせるように」
    少々しわがれたでも逆らうことを許さない威圧的な声に、暗闇から返答が聞こえた。
    「そのように」
    背後の気配が消え、男はもう一度スクリーンを見つめた。
    美しき青い瞳の死の女王。
    待ち焦がれた魅惑の存在に思わずニヤリと微笑んだ。
    ――― ショータイムはこれからだ。血色に染まるのは追撃部隊の方かそれとも・・・。
    傍観者は時が動き出すのを楽しみにして、一度瞳を閉じた。
    殺戮に彩られた血の夕刻の始まりを期待して。
引用投稿 削除キー/
■780 / inTopicNo.16)  Re[14]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/11/22(Mon) 16:29:21)
    一様に低い造りの内街をエアカーで駆け抜けながらフィオレンシアは聳え立つ塔を見据えていた。
    塔の概観は古めかしい青銅色の高層タワーで、頂上付近は丸い円盤を携えている。
    そこに小さな艦載機程度のものなら離着陸出来るようだ。
    物々しい様相を見せる巨大な大扉が、正面にフィオレンシアと男の二人を出迎えた。
    轟音を響かせてエアカーが通れるだけ開かれた扉を、男はなんとかぶつけることなく通過し正面広場を迂回して右手奥の車止まりにゆっくりと止めた。
    鋼鉄の両開きの扉が重々しく開き、男の部下らしき者たちが十五人程出迎えに出てきた。
    皆一様に黒いスペースジャケットを身に纏っている。
    人相は明らかに凶悪そうな者もいれば、そう目立った特長のない者もいた。
    これからが戦慄の戦いの幕開けだ。最初から躓くわけにはいかない。
    フィオレンシアも深緑の長いローブの中でヒートガンのトリガーを絞った。
    「お帰りなさいませ、ソグ・ヴォーダン様」
    迎えのリーダー的存在の男が、フィオレンシアの隣の男に頭を下げた。
    組織の幹部を丁重に出迎える。当然の行為だ。
    先制攻撃をするため体勢を変えようとするフィオレンシアも相手の隙をフードの奥の瞳から窺っていた。
    その時、突如隣のヴォーダンがフィオレンシアの腕を掴んだ。
    一瞬身体に緊張が走った。すぐに解かれたが思わずヒートガンの引き金を引いてしまうところだった。
    「部屋まで・・・連れてゆけ」
    「なんであたしが・・・」
    小声で会話を交わす二人に周囲の男達は聞き耳を立てようとする。
    「悪い取引では・・・ないはず」
    「確かに・・・」
    暫し考えた後、フィオレンシアは同意を示すようにローブの中からヴォーダンの腰に手を回した。
    「・・・今宵の女だ」
    ヴォーダンはその言葉だけはっきり周囲に聞こえるように言いフィオレンシアを見た。
    先程の態度とは随分違う。怯え命乞いをした男とは明らかに違う振る舞い。
    少々気にはなったが、イザとなれば自分の身ぐらい自分で守れる自信はある。
    それは変わりない真実だった。小さくヴォーダンに頷いた。
    別の一人が進み出てエアカーの扉を開けようとした。
    「触らないで。部屋に案内して頂戴。あたしが連れてゆくから」
    ヴォーダンを右腕で支えて、フィオレンシアはエアカーを降りた。
    目深に被っているローブのフードも取らず無礼極まりない女に部下たちは不快感を覚えた。
    「おい、娼婦。お前が命令するたあどういうこった」
    今にもフィオレンシアを殴りかからんと身を寄せてくる。
    両効きのフィオレンシアはローブの下の左手にヒートガンを握り締めた。
    冷たい銃口がローブの中から相手に照準を合わせようと鎌首を持ち上げる。
    やるなら先制攻撃あるのみ。
    自分の体勢を入れ替えようとヴォーダンを掴む腕に軽く力を込めた。
    「止め・・・ろ、グーゲル!俺に逆らうな」
    その時、苦しい息の下で部下を庇ってヴォーダンが声を振り絞った。
    普通なら多勢に無勢で女一人どうにでもなりそうだが、そうならないのをヴォーダンは身に染みて分かっている。
    逆に動けない自分の命の方が危ういのだ。命乞いをしてまで生き残ったのはこんな所で命を落とすためではない。ヴォーダンも必死だった。
    「申し訳ありません。ヴォーダン様」
    グーゲルと呼ばれた男は頭を深く下げ一歩下がった。
    これ以上歯向かえば自分の立場は悪くなるのを察してグーゲルは平身低頭に応対する。
    命のやり取りなど重くもないこの世界において上の者の言葉は絶対だ。
    「どうぞ、お部屋までご案内いたします。こちらへ」
    フィオレンシアはヴォーダンを支えてタワーに足を踏み入れた。
    贅の限りを尽くした豪華な造りのメインホールを抜け、正面脇のエレベーターで上階へ向かう。
    狭い箱の中に部下三人と共にフィオレンシアは乗り込んだ。
    重苦しい沈黙が支配するエレベーターは音もなく上昇しは五階で停止した。
    趣味の悪そうな赤い絨毯の長い廊下を何度か曲がり、目的のヴォーダンの部屋に向かう。
    窓は殆どなく、全てマジックミラーの造りになっていた。
    外からの陽光が燦々と廊下に降り注ぐ。
    ようやく辿り着いたヴォーダンの部屋は一国の大統領の一室に続くような細かい細工が施された木製の扉だった。
    しかし、外は木製のように見えるが、多分中身はガデレン鋼が埋め込まれているだろう。
    光火器や衝撃にもある程度強く、加工もしやすいガデレン鋼は建設業界で重宝されていた。
    ただ、外宇宙での使用には向かない代物で惑星上のみで使用された。
    宇宙物質P9BFXという通常宇宙の何処にでも漂っているその物質に触れると組織分解を始めてしまう極めて稀な特質を有していた。
    そのため宇宙開拓初期にはよく宇宙船爆発等の事故も起こっていた。
    まあそんなことは、さておいてフィオレンシアは開いたドアの中に足を踏み入れた。
    「お前達は・・・下がっていろ。呼ぶまで誰も・・・近づくな」
    「仰せの通りに」
    部下たちが部屋から下がるために一礼して二人の脇を通り過ぎた。
    そのうちの一人が、ローブから窺うフィオレンシアと視線が合った。
    「ひ、ひいっ」
    凄まじい恐怖が部下の男を襲った。身体が驚愕に震え、その場から数ミリとて動くことが出来ない。
    「おい、どうしたんだ」
    仲間の一人が、驚愕する者の肩を掴んだ。そのまま同じようにフィオレンシアを覗き込んだ。
    「うっ」
    指先から極寒の大気が這い上がり男達をその場に縛り付けた。
    「何してる・・・さっさと下がれ!」
    ヴォーダンの言葉に金縛りが解けた二人は慌てふためいて走り去った。
    フィオレンシアは小さく溜息をついた。取りあえず、部屋に入るとドアにロックを掛ける。
    侵入は成功した。次はどうやって最上階の部屋を目指すかだ。
    だが、気になることが少々あった。
    ヴォーダンをベッドに横たえてフィオレンシアは思案顔をしてベッドに腰掛けた。
    今までの経緯、状況全てを総合的に整理するべく頭の中で情報を淘汰してゆく。
    「約束どおり・・・案内した。俺を解放・・・しろ」
    「・・・」
    「頼む!」
    この恐怖から逃れたい男の訴えに聞き入ることなく、じっと一点を見つめ何かを考えていた。
    沈黙の時間がどれくらい過ぎただろうか、ふいにフィオレンシアは立ち上がりローブを取り去った。
    黒いクラッシュジャケット姿は美しい肢体を隙間なく表現している。
    流れる白銀の髪、ふくよかな胸、くびれたウエスト、丸みを帯びた臀部、すらりと伸びた脚、そして魔性の青の瞳。
    その青の瞳が妖しく煌いた。
    「約束どおり?それは貴方達の計画の方かしら?」
    「え・・・」
    フィオレンシアの突然の言葉にヴォーダンは身を固くした。
    そして一瞬だがヴォーダンの取った反応。明らかにおかしいと全身で感じる。結論は導き出された。
    陥れられた、青の女王ともあろう自分が。
    「まんまと罠に嵌ったようね」
    憤怒の炎を上げた青の瞳は、一層凍てつくように冷めた視線を投げかけた。
    「誰に命令されてあたしをここに連れてきたの?」
    「それは・・・あんたに・・・」
    「ふざけるのも大概にしなさい。いくらあんたが幹部だとしても“内街”にこんなにあっさりと入れるのはおかしいのよ。誰かが意図的に誘っているとしか思えないわ」
    ベッドに乗りあがり手に持ったヒートガンをヴォーダンの額に突きつけた。
    ゲルゼンの“内街”はこんなに易々と外の人間を受け入れない。
    多分、ゲート付近で正体がバレるだろうと思っていたがすんなりとココまで連れてこられた。
    あまりに手際が良すぎるのだ。
    ゲートさえ通過すれば後はどれだけ屍を積み上げようと目的の場所まで、突っ走るはずだったのに。
    「誰?リヴィをエサにあたしをここに呼んだ奴は?」
    「し、知らない。俺は・・・あんたに従っただけだ」
    「言わないなら、あんたには用がない」
    「た、助けて・・・ぐあっ」
    無情にヒートガンのトリガーを引いた。
    ヴォーダンと呼ばれた男は一瞬何かに助けを求めるように腕を伸ばしたがすぐに息絶えた。
    フィオレンシアは振り向き、男が腕を伸ばした方向を見定めた。
    小さいながら監視カメラが見える。すぐさまヒートガンの光条がそれを焼き払った。
    間違いなく、誰かがフィオレンシアを罠に嵌めたのだ。
    正体は分からなくともそれだけ分かれば十分だ。怒りで全身が沸騰するのを身体中で感じた。
    「あたしに逆らったことを後悔するといいわ」
    唇を噛み締めフィオレンシアは小さく呟いた。
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■756 / inTopicNo.17)  Re[13]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/09/26(Sun) 16:42:34)
    遅めの朝食を終えて仕方なくリヴィを連れてブリッジに戻ったジョウは、データを確認しながらドンゴに現在までの経過を確認した。
    デジタル時計は、十一時三十分を少し回ったところだ。
    「今ノトコロ異常アリマセン・・・デモナイヨウデスネ」
    異常なしと報告する寸前にドンゴが素早くスクリーン映像を切り替えて画面の中央にある茂みの前で動く物体を捉えた。
    ガラの悪そうな人相の男達が数人、レイガンを片手に周囲を捜索しながら近づいてくる。
    まだ距離にして五百メートル以上はあるが、このままだと発見されるのは時間の問題だ。
    「流石に簡単にはいかないな。ドンゴ、アルフィンを呼び出せ!俺は先手を打って外に出る」
    「ソノママヤリ過ゴス事ハ出来ナイノデスカ?」
    「囲まれちまったら終わりだ。それは避けたい」
    「キャハ、了解。デハ、ソノ赤ン坊ハドウシマス?」
    「アルフィンに手渡せ。それまではお前が見てろ」
    「ヘッ?」
    リヴィを押し付けられるようにジョウから手渡され、ドンゴは機械の腕で辛うじて抱き上げた。
    ジョウはもうブリッジのドアの向こうに駆け出していた。
    けたたましくランプを明滅させて戸惑っている姿にリヴィの方は関心が移ったらしくおとなしくドンゴを見ている。
    「あーぶー」
    「チョ、チョットコレハコマリマス。あるふぃん、ハ、早クぶりっじニ来テクダサーイ」
    ドンゴの泣きそうな呼び出しにアルフィンが走ってブリッジに行くとリヴィはキャッキャッと喜んでいた。
    「いいんじゃないそのままで」
    アルフィンがおかしそうにドンゴを見る。
    「ソンナコト言ワナイデ下サイ」
    完全に泣きが入った音声にアルフィンは笑いながらドンゴからリヴィを受け取り抱き上げた。
    「分かったわよ。それよりジョウは?」
    以外に今度は大人しくリヴィはアルフィンに抱かれた。
    甘えるべき時とそうでない時が分かるかのようななんとも賢い赤ん坊である。
    「敵ガ数名“みねるば”ニ近ヅキツツアルノデ、先手ヲ打ツト言ッテ先程出テ行キマシタ」
    「それを先に言いなさい!ジョウ?一人で大丈夫?」
    手首のレシーバーにアルフィンは呼びかけた。応答はすぐに返ってきた。
    まだ<ミネルバ>内にはいるようだ。感度が落ちていない。
    「ああ、ただ暫く連絡は出来ないから。俺が戻るまでリヴィを頼むぞ」
    「うん。ジョウ気をつけてね」
    アルフィンからの通信を一先ず切ってジョウは武器庫から無反動ライフルやレイガン等を持ち出した。
    バズーカを持参しようかとも思ったが、あまり派手にドンパチをやらかすと早いうちから<ミネルバ>でドッグファイトを展開しなければならない。
    それは最後の手として今はまだその時期ではなかった。
    ドッグファイトをやるなら日没後の方が断然いい。
    それまではじっとここに留まる方が作戦の成功率は格段に跳ね上がる。
    先程の画像の動きからして、まだ完全にこちらの場所を把握した行動ではないようではない。
    ジョウは階下に降りて後部格納庫横にあるハッチからそっと外を窺った。
    手には無反動ライフルを構えている。なるべく相手に反撃の隙を与えたくない。
    音を立てないようにジョウは素早く移動するとその身を木々の間に潜ませた。
    迷彩服ではない青のクラッシュジャケットは敵が狙うに都合がよいが、万が一当たっても貫通することはない。身体の衝撃は別として。
    極冠に近いためか植物の形態が熱帯とは違うが、それでも鬱蒼とした木々はジョウの身を都合よく隠してくれる。
    気温もそれ程暑いというわけではない。空に輝く日が少し地平に向かって下り始めていた。
    極夜ではなくともあまり日の出ている時間は長くはないようだ。
    周囲に気を配りながら、<ミネルバ>から離れると、ジョウはブリッジで確認した方向に移動し始めた。
    下草はかなり生えているがそれ程足を取られることもない。
    早々に目的のポイント近くに移動をすることができた。
    <ミネルバ>はここからでは見えない。距離にして五百メートルは移動したと思う。
    先に有利な場所を確保するべく少し高くなっている岩の窪みに身を潜めて周囲の気配を窺った。
    静かな森の中だが、暫くして生き物達の活動する音が消えた。
    鳥の鳴き声が止み静かな空気を震わせるように草を踏みしめる微かな音が聞こえてきた。
    不規則に聞こえるその音に数人居ることが分かる。
    ジョウは無反動ライフルのスコープからその音の方向に視線を向けた。
    ふいに茂みの中から黒ずくめの男が手にレイガンを持ってジョウの視界の中に現れた。
    その姿に傭兵や暗殺専門の男達ではなく、ヤクザの下っ端らしいことが分かる。
    野外戦を得意とする傭兵や暗殺専門のスナイパーとは動きがまったく違う。
    最初の男に続いて三人、周囲を窺うように出てきた。
    照準は合わせるものの男達はそこで動きを止め、立ち尽くした。
    「レーダーも利かないのに敵を捜すのは無茶ですぜ」
    「無茶でも捜すしかないんだよ。ボスに殺されたくなけりゃな」
    「ほら、こっち行くぞ」
    男達はジョウとは反対の藪の中に姿を消した。
    このまま後を追うべきかそれとも様子を見るかジョウはしばし悩んだが、<ミネルバ>からあまり離れすぎると後の作戦に差し支えると思い直して少し時間を置いてから<ミネルバ>に戻った。
    帰路、誰とも遭遇することもなく<ミネルバ>に辿り着きホッとしたものの一抹の不安を覚えた。
    ――― 赤ん坊を手に入れることが目的の割にあんな下っ端だけ投入してくるのはおかしい。もしかして他に何か目的があるんじゃないか?
    まだ全容の見えていないこの事件の全体をもう一度考えながらジョウはブリッジに上がった。
    「大丈夫だった、ジョウ?」
    「ああ、奴ら違う方向を探しに行ったからな」
    アルフィンが空間立体表示シートから立ち上がってジョウを出迎えた。
    思案顔のジョウにアルフィンは安堵の笑みを浮かべた。
    無事な姿がなによりも嬉しい。
    そんな些細なことがアルフィンにはとても大事なことなのだ。
    「よかった・・・」
    心からの言葉に意中のジョウは素っ気無い。
    「リヴィは?」
    その心を占めているのは同じ金色の紫の瞳のベイビィ。
    「ぐっすりお休み中」
    ちょっぴり焼けるけどそれも仕方なしと肩を竦めた。
    予備シートに設置されたカーゴの中には、無重力装置のお蔭でスヤスヤと眠っている赤ん坊のリヴィがいた。
    「とにかくこれで暫く時間が稼げそうだ。アルフィン、十七時になったらここを出る」
    「了解」
    アルフィンは自分の時計を確認した。
    今、時計は十五時三十分を過ぎた所だ。
    まだまだ安心できない。仕事はまだ完了してはいないのだ。
    「このまま何事もなければいいんだけれど」
    「今はそう願うしかないな」
    ジョウとアルフィンは再びリヴィの寝顔にその視線を落とした。
    守るべき無防備な天使の寝顔に。
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■658 / inTopicNo.18)  Re[12]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/03/27(Sat) 21:57:11)
    ダンと共に宇宙港までやってくるともう迎えのシャトルが到着していた。
    早々に乗り込み宇宙ステーションまで飛ぶとそこにはダン達とは別の宇宙船が用意されていた。
    「臨時でチームを組むか?」
    ダンの問いにフィオレンシアは首を振った。
    きっとフィオレンシアならそう言うだろうと思っていたダンは、喚くバーニーを他所に簡単なテストを行った後クラッシュジャケットに着替えさせた。
    「チームは組まないにしても応援は必要だろう?」
    ダンの言うことはもっともだ、一人でガードとチップ奪還は無理がある。
    ゲルゼンのセグ・ハレンザが絡んだとなれば並みのクラッシャーでは返り討ちにあってしまう。
    “ルーシファ”とは別の意味で裏世界を牛耳るボスの一人だ。
    最低でもAAAクラスは欲しい。
    それも飛びきり上等の腕を持ったクラッシャーが。
    「一体誰を派遣してくれるの?」
    乗降ゲートの前で、ダンとフィオレンシアは向き合っていた。
    これからフィオレンシアは惑星ベルビルに飛ぶ。
    全ての情報は船のコンピューターにインプットしてある。
    「クラッシャージョウというチームだ、ランクはAAA」
    「腕は確か?」
    長い白銀の髪を軽く掻きあげた。黒色のクラッシュジャケットにはらりと落ちる。
    「一応と言っておこう」
    「一応じゃ困るのよ、もっとはっきりとした根拠はないの」
    青い瞳がダンを見る。冷たいでも意志の強い生気のある瞳だ。
    死人に囚われた過去の物ではない。
    今を生き抜くために必要なのは不屈の意志と卓越した技術、運命さえ変える程の強運。
    目の前のフィオレンシアにはその全てがあった。
    「自分の息子を手放しで褒めるのはちょっとな」ダンは苦笑いした。
    「ダンの息子?ふうん、じゃあ直に確認してよかったら使うわ」飄々と返答する。
    「そうしてくれ」
    ダンの手から小さなカーゴを受け取った。
    中には金髪のかわいい赤ちゃんが眠っている。
    失敗は許されない、成功して当たり前。
    割が合わないかもしれない。
    「必ず生きて帰れよ」
    「誰に言ってるの、私はフィオレンシアよ。仕事で失敗したことなど一度もないわ」
    「そうだったな」
    ダンの言葉を他所に軽く手を上げてフィオレンシアは宇宙船に乗り込んだ。

    「・・・まもなく屋敷に・・・着きますぜ」
    男の言葉にフィオレンシアは回想を止めた。
    重厚な大扉が目前に近づく。
    聳え立つ塔に乗り込んでゆくフィオレンシアに不安はない。
    逆に血が沸き立つような感じだ。
    閉じ込めていた古き血が蘇り来るような不思議な感覚。
    “青の女王”の降り立つ地に頭は深く伏せられるのみ。
    予言のごとく、塔の中が血と恐怖で彩られることになるとは誰も知る由はなかった。
    「まったく、ダンの頼みごとは楽じゃないわ」
    微笑んだフィオレンシアの小さな呟きは疾駆する風に紛れて消えていった
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■657 / inTopicNo.19)  Re[11]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/03/27(Sat) 21:55:26)
    そもそも、三日前にダンが急に訪ねて来たことがフィオレンシアにとって今回の出来事の始まりだった。
    クラッシャーを辞めて早二十五年。
    フィオレンシアは宇宙の片田舎で一人生きてきた。
    何者にも支配されず干渉されない自由な生活。
    宇宙に出ることも殆どなく、地上に根を生やし暮らしてきた。
    現在、フィオレンシアはクラッシャーの星アラミスには住んでいない。
    同じおおいぬ座宙域の別の惑星に居住している。
    アラミスからそんなに遠くはない、惑星連絡船で半日の距離だ。
    田舎の惑星でこれといった産業はなく、農耕と放牧がメインの惑星だ。
    その辺りはアラミスとあまり変わりはない。
    大洋上に浮かぶ一人で住むには十分すぎる広さを持つ小さな島を一つ買い取って、野を耕し、種を蒔き、野菜や果樹を育てる。
    収穫したものは全て生活の糧とした。
    穏やかに過ぎてゆく時間がフィオレンシアの全てだった。
    必要な物がある時にしか、船で一時間はかかる一番近い隣島まで買い物には行かない。
    極力外界との接触は避けていた。それは、それなりに理由があるのだが。
    暖かい陽だまりの昼下がり、花壇の手入れをしていると島の入り江に船が着いた合図を知らせるベルが鳴った。
    何年ぶりの来客だろう。
    「一体誰が?」
    そう思いつつ、屋敷から入り江に向かう石畳を降りてゆく。
    小さな小花模様が付いた若草色のワンピースに白いエプロンドレス、生成りのサンダル、顔がとびきりの美人だということを除けば何処にでもいる農家の主婦に見える。
    この島にはフィオレンシアの許可がないと入れない。
    そういうガードシステムになっている。
    ガードロボットを迎えに寄こそうとも思ったが、なんとなく天気もいいし散歩を兼ねて迎えに行くことにした。
    生い茂る緑の木々のアーチを抜けて、入り江に停泊したクルーザーの傍に立っていたのはスーツ姿の男だった。
    こちらに背を向けて穏やかな青く輝く海と周囲の緑を眺めている。
    まったく周囲にそぐわない。それでも立ち姿は、若者にも劣らない精気が漲っていた。
    男はフィオレンシアが近づく気配にこちらに振り向いた。
    一応手にはヒートガンを持っている。
    女の一人暮らし、何があっても不思議ではないので常時銃は携帯していた。
    何か不審な行動を取ればそれなりの対応はするつもりだ。
    男は少々驚いた表情をしたが、すぐに平静を取り戻しフィオレンシアに声を掛けた。
    「あの頃と変わらないな・・・フィオ」
    その顔と言葉に、フィオレンシアは一瞬言葉を失った。
    久しく聞いていない名を呼ばれたのと、古い顔馴染みに立ち尽くしてしまう。
    「・・・クラッシャーダン」
    フィオレンシアはやっとのことで言葉を口に出来た。
    面と向かって会うのは何十年ぶりのことだろうか。
    随分と年を取ったのか、クラッシュジャケットは着ていないし髪も白髪が混じっている。
    そんなフィオレンシアを多忙極めるクラッシャー評議会議長が単身訪ねて来たのには少々驚いた。
    片田舎に居るとはいえ、情報まで田舎ではない。
    衛星通信を利用すれば、宇宙の何処に居ても最新の情報を手にすることができた。
    クラッシャーについて調べればTOP3の項目に必ずクラッシャー評議会議長の名は出てくる。
    それ程に有名なクラッシャーと最初に呼ばれた男。
    「話がある」
    低い、でも誠実なダンの声。
    「私にはないけれど」
    ややあって、問うたダンの言葉に返答した。笑顔はない。
    聞けばきっとここから出なければならない、そんな予感があった。
    「レイラスのことだ」
    ダンが口にした名を聞いた瞬間、フィオレンシアはヒートガンをなんの躊躇いもなくダンに突きつけた。
    頭でなく、心が反応した。瞳が凍えるように青く輝く。
    クラッシャーを辞めてもう二十年以上経つにも係わらず、銃の腕は相変わらずらしい。
    「軽々しくあの人の名を口にしないで」
    怒りを孕んだ言葉をダンにぶつける。
    「そうは言っても、お前との約束だったはずだ。レイラスの妹のことで何かあったら連絡してくれと」
    「ミシェル?ミシェルに何かあったの?」
    銃を持つ手が自然と震えた。心配で心が騒ぐ。
    「その息子にな」
    「・・・ミシェルの息子」
    「こんな所で立ち話もないだろう。家に招待してくれないか?」
    限りなく相手を労わる様にダンは声を掛けた。
    普段ならこんなことはしない。用件だけを伝えられれば、何処でもいいのだ。
    ジョウが知ったらきっと驚くに違いない。
    人を労わる気持ちが親父にはあったのかと。
    わざわざ家まで行く必要はなかったが、それでも彼女には運命を選択する時間が必要に思えた。
    運命の宣告者に自分がなることが、ダンにとって少々因縁めいたように感じた。
    「分かったわ」
    ヒートガンを下ろしてゲートロックを解除するとフィオレンシアは踵を返した。
    長く続く屋敷への石畳の階段を上ってゆく。ダンはその後を静かに付いて行った。
    見晴らしの良い丘の上に素朴な石と木で作られた小さな赤い屋根の屋敷がポツンとあった。
    その前には青く輝く海とよく手入れされた畑と花々が咲き誇っている。
    屋敷に着くと玄関横にある日当たりのいいテラスに通されて、ダンは香りの良い珈琲でもてなされた。
    周囲には色取り取りの花がポットに植えられ、激務に疲れた眼を楽しませた。
    「一体、何があったのよ」
    フィオレンシアは待ちきれないように、ダンの向かいに座ると身を乗り出して尋ねた。
    「誘拐された」
    「誰に?」
    「ゲルゼンのハレンザだ」
    惑星ベルビルの貿易都市ゲルゼン、宇宙でも有数の裏取引で有名な地だ。
    そして、フィオレンシアにとって忌まわしい過去が埋もれる街。
    「でもなんとか連合宇宙軍が取り返した」
    ダンは珈琲を一口飲んだ。フィオレンシアは一息ついた。
    誘拐されたままなら命の保障はないが、無事奪還できたのならそれでいいではないか。
    「それなら・・・」
    「辛うじて息はある状態だが、瀕死にはかわりない。それに狙いが変わった」
    終わりではなかった言葉にフィオレンシアはもう一度ダンを見た。
    「誰に?」
    「ミシェルの孫娘にだ」
    「理由を話して」
    妹ミシェルの息子トールは銀河でも屈指の宇宙船開発者で、銀河連合主席の搭乗する“G・G”の艦船設計を担当した。
    開発された艦内図面チップはグラバース重工業の手で厳重に保管されていたが、万が一盗難等にあった場合に備えてセキュリティプログラムを掛けていた。
    そのセキュリティシステムの概要は開発者のトールしか知らないことになっていた。
    それが最近プログラムを新たに更新するということで、トールがチップを秘密裏に自宅のラボに持ち帰っていた所を情報の漏洩でマフィアに狙われた。
    チップを奪われ、トールと妻も攫われ、拷問の末そのセキュリティシステムを解除するにはあるキーが必要だということを聞き出した。
    キーは網膜パターンになっていて、その持ち主はトールの娘リヴィであった。
    リヴィは息子夫婦が研究に入るために祖母ミシェルの所で預かっていたが、今度はリヴィが狙われることになりミシェルは慌ててリヴィと供に“アラミス”に逃げてきた。
    過去はどうであれ、ミシェルは大事な孫娘の命を守ってくれるのはフィオレンシアしかいないと思っていた。
    その連絡はすぐに評議会議長の元に入り、ミシェルから直接依頼を受け、直ちにフィオレンシアに会うべくダンはアラミスを発った。
    過去の約束を果たすために。
    「ミシェルがあたしを指名しても、あたしはもうクラッシャーじゃない」
    フィオレンシアは厳しい表情で言った。
    青く深い瞳が悲しみに歪んだ。
    “あの事件”以来、クラッシャーとは縁を切った。
    自分ではそう思っている。だからアラミスには住みたくなかった。
    でもダンの答えは違った。
    「いや、あんたはまだ現役のクラッシャーとして登録されている。今すぐにでも仕事を請けることも可能だ」
    「誰がそんなことって・・・あんたしかいないか。仕事を請けないクラッシャーを登録させておくなんて、そんなとんでもない事を許可できる男は」
    フィオレンシアは溜息を一つついた。
    その溜息を見てダンはゆっくりと口を開いた。
    「ミシェルが許してほしいと言っていた。“あの時”はあんたを無慈悲に責めてしまったと」
    「そう・・・。彼女、そんなこと言ったの」
    暫く高台から見下ろす遠くに輝く青い海の輝きをフィオレンシアは感慨深げに見つめた。
    ダンはその様子を黙って見ていた。
    “あの時”の悲劇は最悪という言葉でしか語ることができない。
    自分が係わってそういう結果になったのはダンにとって無念だった。
    思い出して思わず奥歯をギシリと噛み締めた。
    「それでも、もう現役を退いて二十五年が来るのよ、役に立たないわ」
    「齢六十を過ぎてその容姿と銃捌きを見れば、あんたの時間があの時から止まっているは一目瞭然だ。
    まあ一応簡単な適応検査はさせてもらうつもりだが」
    「あたしもえらく買いかぶられたものね。もし使い物にならなかったらどうするの?」
    「俺の目が節穴だったってことさ。その時にはクラッシャー評議会議長を辞める。もうろく爺さんがいつまでもトップに居てもよくないだろう?」
    ダンは晴れやかに微笑んだ。
    その笑顔を見て、フィオレンシアは椅子からゆっくり立ち上がった。
    「またあの世界に戻るなんて思っても見なかったわ」
    後ろに手を回し、エプロンドレスを取った。
    「時間がない、すぐにここを発てるか?」
    「五分頂戴」
    「分かった、先に入り江で待っている」
    ダンがテラスから庭に降りて、入り江への道を降りて行く。
    その姿を見送ってフィオレンシアは屋敷の中に入った。
    ガードシステムを十分後に無人モードに設定しておけば、最低限のことは維持するはずだ。
    暫くは帰れないから花や果樹はガードロボットに管理するようプログラミングする。
    服を着替え、手荷物は最小限に、最後にリビングに飾られている金の髪に紫の瞳の少年の写真にそっと口付けた。
    「レイラス・・・」
    写真を元の置くと一度も振り返ることなくフィオレンシアは島を後にした。
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■656 / inTopicNo.20)  Re[10]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/03/27(Sat) 21:51:57)
    その頃、ゲルゼンの内街のゲートを潜ってフィオレンシアは目深に被ったフードを少し上げて目の前に聳え立つ高い塔を見上げた。
    ビルに換算すればニ十階建てに相当するだろうか。
    内街を囲む壁よりは低いが周囲の建物が低層なので高く感じた。
    身には深緑の長いローブを纏っている。
    下のクラッシュジャケットを隠すにはちょうどよい長さだ。
    「このまま、ハレンザの屋敷へ」
    エアカーの助手席に悠々と座って運転する血まみれの男に命令する。
    オートドライブに設定してあるが、男は黙って頷いた。
    黒いジャケットを上から着せているので、少々顔色が悪く見えても外見的には分かりづらい。
    フィオレンシアの声が、男には死に神の囁きに聞こえた。
    無言で屋敷への最短ルートを走らせる。
    ゲートの通過には思ったより手間は取らなかった。
    捕まえた男は思ったより上層部の幹部クラスだったため、ゲートを守る面々は見知らぬ女を連れていても一夜の供と解釈したらしい。
    こちらにとっては無駄な時間が省けて都合がよかった。
    賑やかで治安の悪い外街と違って、別の意味での秩序がある内街は逆に嫌な空気が纏わり付いた。
    不気味な静けさが、何が起こるか分からない雰囲気を増長させる。
    エアカーは塔に伸びる通りをかなりのスピードで進んでいた。
    フィオレンシアはふと気が付くと先日の出来事を思い返していた。
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