| 「―――かな」 「え?」 「止めようかな、ピザンに帰るの」 耳を澄ませねば、聞こえないくらいの囁き。ジョウは困惑のあまり、多少強引にアルフィンを自分の胸から引き剥がす。 「何、言ってんだよ?」ジョウは、彼女の涙に濡れた碧い瞳を覗き込む。 「どうしたんだ?」 「ううん。なんでもないの」アルフィンは瞳を伏せた。 「ただ・・・」 「ただ?」 ジョウは彼女の長い睫毛を見ながら、その答えを待った。再び碧い瞳が現れジョウを見上げる。無垢な輝きの瞳。今、この場所にもっともふさわしいものかもしれない。ジョウの心にそんな思いが湧き上がる。 ジョウは手を伸ばし、アルフィンの肩を抱き寄せた。 「ただ、なんだ?」 「ただね、あたし、あんまり幸せで不思議な感じなの。特に今日は本当と思えないくらい」 ジョウの腕の中で、囁くような声で答えるアルフィン。ジョウは微笑んだ。 「それなら、なおさらピザンに行かなきゃな。君のご両親も楽しみにしてるんだから。本当に、今幸せと思っていてくれるのなら、それをご両親に見せてきてくれ」 「―――うん」 アルフィンが頷く。アルフィンは涙に濡れた顔を上げる。心配気なジョウの瞳が見つめていた。アルフィンはジョウの身体に手を回わし、そっと胸に耳を押し当てた。ゆっくりとした鼓動。それを聞きながらアルフィンは呟く。 「ホント、子供っぽいよね。でも、心配しないで」彼女は独り言のように続けた。 「きっと変われるから。あなたに認めてもらえるようにがんばるわ」 ジョウはしがみつくアルフィンをそっと抱きしめる。 「いいさ、無理に変わらなくても」彼は顎の下で微かに震えるブロンドに頬を寄せた。 「言ったろ?君らしくいてくれって」 お互いの温もりに、これ以上無い程の安らぎを感じて。二人は無言で目を閉じた。 その時。 カーン カーン カーン・・・ 澄んだ空気に鐘の音が鳴り響く。静かな音だが、二人はビクッとしてお互いから離れた。ジョウとアルフィンは音のする方角に視線を漂わせる。その瞳に。空から降ってくる白いモノが映り込む。 「雪だわ」 「あぁ。そういえば、降るって言ってたな」 二人は揃って空を見上げる。フワフワと漂う空からの贈り物。 アルフィンは、台座に寄りかかって空を見上げてるジョウに両手を差し伸べた。 「ジョウ」 「うん?」 視線が交わる。ジョウは差し伸べられた小さな手に自分の手を重ねた。暖かい、放すのが不安なほどに。ジョウは、『不思議な感じ』と言ったアルフィンの言葉がわかる気がした。アルフィンがジョウの手を引く。身体を起こしたジョウは、無意識にアルフィンの髪に付いた雪を手で払ってやる。 「寒くないか?」 すると、アルフィンは笑って彼の腕に自分の腕を絡ませ頬を押し当てる。 「言ったでしょ?こうしてれば、寒くないって」 「あ・・・っと、そうだった、な」 ジョウは口ごもる。照れ隠しに空を再び仰ぎ見て上気しそうな頬をなんとか押さえた。 「さて、そろそろ戻るとするか」 「うん。でも、みんなあっちの方へ行ってるじゃない?」 アルフィンは空いてる方の手を伸ばしジョウに示した。ジョウは肩をすくめる。 「あぁ、教会があるのさ。さっきの鐘がそうだろ」 「じゃ、あたし達も行きましょ」 アルフィンはサッサと行く事に決めている。反対の余地は無い。ジョウはタメ息を付きながらも好きにさせる事にした。 「了解」そう言いながらおどけて付け足す。 「今度はホントに滑るからな。俺を道連れにするなよ。転ぶなら一人で頼むぜ」 「んもう」 アルフィンはぷっと膨れて軽く彼の腕を叩こうとする。が、ジョウはさらりとかわす。 「きゃあ」 身体を泳がせ、アルフィンは足を滑らせる。しかし、ジョウがすかさず助けの手を差し伸べた。 「ほら、言ったろ?次は知らな―――痛ってぇ」 腕をアルフィンにつねられ、ジョウは悲鳴を上げる。アルフィンは顔をしかめて舌を出して見せたが、お互いに顔を見合わせた途端噴出した。そのあまりにも子供っぽいやり取りに。 「さ、行こうか?」 「うん」 二人で笑い転げた後で。晴れやかな顔を見合わせジョウとアルフィンは雪の中を教会に向かって歩き出した。
FIN
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