| 数時間後。 甲板に伸びる二人の影はずいぶん長くなった。クルーザーのキャプテンの心遣いで何度かポイントを変えてはみたものの、周りの風景に変化はない。二人の丸めた背中にもまた、変わりはない。
「・・・そろそろ、タイムリミットだな。約束した夕飯の時間に間に合わなくなる」 「10時間以上も粘って、釣果ゼロかよ」 「大自然には誰も逆らえないんだよ!」 「だって、アルフィンのプレゼント、どうするんだよ!」 「・・・ホテルのコックにチップでもやって、ブラックマーリンに似てる魚をこっそり調達するしかねえな」 「なんだよ、だったら何も最初から釣りになんてくる必要なかったじゃないか!今日は釣れないって、出発前あれだけキャプテンに言われたのに、わざわざ船出してもらってさあ」 「おめぇはホントにトンチキだな。今日だけは二人の邪魔をしないようにってことで釣りに来たのを忘れたのか」 「だったら刺身をプレゼントとか何とか、わざわざ言ってくる必要ないだろ」 「そうするのがさりげない心遣いってもんだ。」 「ふーん、タロス、本当は自分が釣りしたかっただけなんだろ。夕べだってあんなに浮かれちゃってさあ。大体、タロスは釣り番組ばっかり見すぎなんだよ。本当にテレビみたいに釣れる訳ねえだろ」 「うるせい!自然と格闘する楽しさをクソガキにも教えて賜ろうと思ったんだよ」 「あーそうですか、自然には勝てないってことがよーく分かったよ」 「おめぇのピーマン頭に新たな知識が一つ増えたってだけで、今日来た甲斐があったってもんだ」 「なにぃ!?」
二人の声のトーンが上がり、つかみ合いになるところで、クルーザーのブリッジから声が掛かった。 「お客さん、もういいかな。港に帰るよ」 「はい、お願いします」 二人の声が揃った。
夕暮れの海、オレンジ色の太陽を背に白いクルーザーが遠ざかって行く。茜色にきらきら輝く波。この上なくロマンチックな風景である。 こうして、1月12日の太陽は沈んで行く。
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