| どのくらいの時間眠っただろうか。 ジョウは手元の時計で時間を確認する。ざっと3時間弱の睡眠時間を確保できたようだ。 一度枕に顔を埋めて名残を惜しんだ後,両腕をベッドに突っ張って勢いよく背中を伸ばす。 「ぅしっ!」 反動を付けてベッドから飛び降り,改めて大きく伸びをする。 ジョウの鍛えられたしなやかな筋肉がぐうっと盛り上がる。 部屋着のTシャツ姿のまま,軽くストレッチをする。寝起きの固まった筋肉をほぐすためのストレッチは,自然に身に付いた習慣だ。 「………腹減ったな」 ある程度身体を動かして頭もすっきりしてくると,生理的欲求が湧いてくる。 少し寝癖のついた髪は気にせず,<ミネルバ>のダイニングキッチンへと向かう。 <ミネルバ>は居住性を重視した船ではないので,あくまでも簡易式のキッチンだが,クラッシャーにはそれで充分だ。ゆったりと豪勢な食事を楽しみたいのなら,休暇の時に高級ホテルのレストランにでも予約を入れれば良いのだ。
「あ?兄貴,おはよ」 ダイニングキッチンには先客のリッキーがいた。 ちょうど温められたプレートディッシュに手を付けようとしていたらしく,フォークを持った手をひらひらと振ってジョウに挨拶する。 「おう。早いな」 ジョウも片手を挙げて応える。 「へへへへへ。俺ら育ち盛りだかんね!人一倍腹が減るってもんさ」 リッキーが得意げに,まだ筋肉の薄い胸を張る。 「っけ!万年欠食児童のチビが何言ってやがる。おめえのどこが育ってるってんだよ?」 ジョウの後ろから,タロスが悪態をつきながら入ってきた。 「なんだとぉっ!?……ふんっ,ぃやだねぇまったく。退化の一途を辿るしかないジジイのヒガミなんて,ミットモナイだけだぜ?」 リッキーも負けじとやり返す。 「んだとぉ?……てめえなんぞ食ったそばから栄養分をクソと一緒に出しちまってんじゃねぇのか?一向に成長の兆しが見えねぇしなぁ」 口に人工ミートローフを頬張った瞬間を狙って放たれた下品な台詞に,リッキーは眼を白黒させてむせ返る。 「わははははは!ざまぁみやがれ!」 してやったりとばかりにタロスは大きな身体を揺らして笑っていたが,ジョウの呆れたような冷ややかな視線に気付き,慌てて顔を引き締める。微妙に顔が赤らんでいる。 「……ありゃ?」 いつもならここで,”食事中のマナーがなってない”だの”まったく下品なんだから”だの,甲高い抗議の声が機関銃のように吐き出されるハズなのだが…。 ジョウも拍子抜けした感で尋ねる。 「アルフィンはまだ来てないのか?」 「…俺らが一番乗りだったぜ?アルフィンの事だから,まだ寝てんじゃないの?」 ようやく咳が治まったリッキーが涙目になりながら答える。 「まったく困ったお姫様ですな。仮眠は取りすぎると時差ボケを起こしやすぜ」 「ああ,そうだな。…リッキー,ちょっとアルフィンを起こしてこい」 「ええええええええっ!?」 リッキーが世にも情けない声を上げる。今にもフォークを取り落としそうな感じだ。 「チームリーダーの命令だぞ。とっとと行って来いや」 こちらは被害を免れて余裕の表情のタロスである。 「あ,兄貴ぃ…!!」 リッキーが恨みがましい表情で非難の声を上げるが,ジョウはさっさと背中を向けてドリンクのボトルを取り出している。 アルフィンの寝起きの悪さは折紙付きである。誰も近付きたがらない。 「ちぇっ!分かったよ!俺らが犠牲になれば良いんだろう!?」 ちくしょうっ!っと半ばヤケになりながら,リッキーは渋々席を立った。 かつてアルフィンに殴られた記憶のある顎が,軽く疼いた。
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