| 「いやあ,今度の仕事もチョロいもんだったぜ!」 <ミネルバ>のブリッジに得意げなリッキーの声が響く。 「ほー。瓦礫のシャワーを浴びてビービー泣いてたのは,どこのお坊ちゃんだったかねぇ?」 タロスがわざとらしくのんびりとした口調で横槍を入れる。 「!?……だ,誰が泣いてたって!?冗談言うない!…そりゃ,ちょっとばかし驚いて声を上げたかもしれないけどさ…。でもっ,絶対ビービーなんて泣いてねぇぞっ!」 途端にリッキーが反論する。 確かに,焦って多少涙目になったような気もするが,その辺は”男の沽券”に関わるので,きっぱりと否定しておかなければならないところなのだ。 「あらぁ,情けない声を出して,あたしの腕にしがみついてきたのは誰だったのかしら?」 アルフィンの良く通る声が,さらりとリッキーの主張を挫く。 「アルフィンっ!!」 どうにもこうにも二の句が継げず,結局リッキーは恨みを込めてアルフィンの名前を叫んだ。 「なによう。そんな大声出さなくたって,ちゃんと聞こえてるわよう。ただでさえ瓦礫のせいで頭が痛むってのに,響くからよしてよ!」 アルフィンがシートから振り返りながら恨めしそうに言う。 「………」 そう言われると何も反論できず,リッキーはぐうっと喉を詰まらせた。 タロスが大きな身体を器用に震わせているのが視界に入ったが,これ以上噛みついても墓穴を掘るだけなのは明らかだった。 リッキーは誰にも聞こえないように,ちくしょうっと呟いた。 「アルフィン,頭が痛むのか?」 それまで黙ってメンバーのやり取りを聞くともなしに聞いていたジョウが,初めて口を挟んだ。 「うん,…ていうか,痛むのは全身なんだけど…」 アルフィンは情けない表情をして,小首を傾げてみせた。
アラミスを経由して届いた今回の依頼は,プルトニウムを主原料とするエネルギー物質の輸送だった。 とある企業が宇宙ステーションの建設にあたり必要としたものだ。 プルトニウム系のエネルギーは,かつては全燃料の主要な地位を占めていたが,その毒性の強さから次第に影を潜めていった。 エネルギーとしての効率は良いものの,容易に発火する性質とその爆発が及ぼす影響の大きさは,些細なことが命取りになる宇宙開発事業においては必然的に敬遠されるものとなっていったのだ。 今回,そのプルトニウムを敢えて使用しようという宇宙ステーションは,宇宙動物保護団体によって絶滅種に指定されている動物の保護と,種の存続を目的とするための施設である。 保護されてきた,あるいは保護してきた絶滅種の個体から遺伝子を取り出し,クローン技術と人工授精などの交配措置を軸として,絶滅の危機から救おうという研究チームが組まれたのだ。 ひとくちに絶滅種といっても,それらの生息する環境は当然のごとく様々で,灼熱の大地を住処とするものもいれば,万年氷のクレバスで一生を過ごすものもいる。 それら全ての動物たちに適合する環境を作り上げるには,莫大な燃料が必要になってくる。 現在の宇宙開発事業で主として使用されているエネルギーは,安全性こそ高いものの,掛かるコストもかなりの高さである。 そこで注目されたのが,比較的安価なかつての主燃料であったプルトニウムだったのである。 危険物の輸送などもクラッシャーの仕事の一つだが,今回ジョウのチームが選ばれたのにはもう一つの理由があった。 その宇宙ステーションの建設反対を訴える宗教団体の存在である。 『真の動物保護を求める会』と銘打ったその団体は,危険を承知でプルトニウムを使用する施設に,貴重な絶滅種を”閉じこめ”て,”実験”しようとするという事に対し,猛抗議してきたのだ。 再三に渡り,文書での抗議を送りつけ,マスコミを煽り,宇宙動物保護団体の本部前でデモ行進し,いかに”彼ら”が非人道的な行いをしようとしているかを訴え続けてきたが,ことごとく上からの圧力によって制されてしまった。 一時的におとなしくなったように見えた『真の動物保護を求める会』のメンバーだったが,実は脈々と次の手段を練っていたのだ。 つまるところ,実力行使に出ようというのである。 いつの時代も”確信犯”が一番厄介だという事に変わりはない。彼ら独自の道徳的観念に基づき,自らの正義を信じて捨て身の行動を取る。 「我々は『弱者を救う正義の戦士達』と結託した。これ以上宇宙ステーションの建設を進行しても,貴君らが持ち込もうとしているプルトニウムの核爆発によって,全て宇宙の塵と消えるであろう」 テロの予告とも取れる,この声明書,あるいは脅迫文が届けられたことにより,アラミスはAAAランクのジョウのチームを適任と判断したという訳である。 果たしてジョウ達は,『弱者を救う正義の戦士達』という名の宇宙海賊の一派の攻撃に遭遇することになる。 タロスの言うところの”瓦礫のシャワー”は,ジョウ達が銃撃から身を隠すために逃げ込んだターミナルの上から爆弾を喰らった事による災難だった。 辛くも爆撃によって生じた穴をつたって地下通路に抜け出し,4人は<ミネルバ>へと帰還し,<ファイター>との連係プレーで敵を撃退したのである。
件の宇宙ステーションは,目的が目的であったし,プルトニウムを使用するという事で,建設される場所もいわゆる”辺境の地”であった。 途中,燃料補給に立ち寄れる惑星もなく,ワープを使用しない”省エネ”航行を余儀なくされている。おかげでジョウ達は逸る気持ちをムリヤリ抑えて,のんびりと帰途についている次第である。 往路ではちょうど2週間掛かったが,復路は今日が15日目の航行である。 宇宙海賊との激しい戦闘の後だけに,こののんびりとした航行は苦痛を感じるほど退屈な時間であった。 しかし,それも後数時間で終わりである。 もうすぐ依頼主への報告を終えて,休暇に入れるという思いが,ジョウ達の心も体も軽くする。 一番若いリッキーが,浮かれてはしゃいだ発言をするのも無理はない。
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