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■659 / inTopicNo.1)  Dark Veil
  
□投稿者/ まき -(2004/03/30(Tue) 10:17:00)
    「いやあ,今度の仕事もチョロいもんだったぜ!」
     <ミネルバ>のブリッジに得意げなリッキーの声が響く。
    「ほー。瓦礫のシャワーを浴びてビービー泣いてたのは,どこのお坊ちゃんだったかねぇ?」
     タロスがわざとらしくのんびりとした口調で横槍を入れる。
    「!?……だ,誰が泣いてたって!?冗談言うない!…そりゃ,ちょっとばかし驚いて声を上げたかもしれないけどさ…。でもっ,絶対ビービーなんて泣いてねぇぞっ!」
     途端にリッキーが反論する。
     確かに,焦って多少涙目になったような気もするが,その辺は”男の沽券”に関わるので,きっぱりと否定しておかなければならないところなのだ。
    「あらぁ,情けない声を出して,あたしの腕にしがみついてきたのは誰だったのかしら?」
     アルフィンの良く通る声が,さらりとリッキーの主張を挫く。
    「アルフィンっ!!」
     どうにもこうにも二の句が継げず,結局リッキーは恨みを込めてアルフィンの名前を叫んだ。
    「なによう。そんな大声出さなくたって,ちゃんと聞こえてるわよう。ただでさえ瓦礫のせいで頭が痛むってのに,響くからよしてよ!」
     アルフィンがシートから振り返りながら恨めしそうに言う。
    「………」
     そう言われると何も反論できず,リッキーはぐうっと喉を詰まらせた。
     タロスが大きな身体を器用に震わせているのが視界に入ったが,これ以上噛みついても墓穴を掘るだけなのは明らかだった。
     リッキーは誰にも聞こえないように,ちくしょうっと呟いた。
    「アルフィン,頭が痛むのか?」
     それまで黙ってメンバーのやり取りを聞くともなしに聞いていたジョウが,初めて口を挟んだ。
    「うん,…ていうか,痛むのは全身なんだけど…」
     アルフィンは情けない表情をして,小首を傾げてみせた。

     アラミスを経由して届いた今回の依頼は,プルトニウムを主原料とするエネルギー物質の輸送だった。
     とある企業が宇宙ステーションの建設にあたり必要としたものだ。
     プルトニウム系のエネルギーは,かつては全燃料の主要な地位を占めていたが,その毒性の強さから次第に影を潜めていった。
     エネルギーとしての効率は良いものの,容易に発火する性質とその爆発が及ぼす影響の大きさは,些細なことが命取りになる宇宙開発事業においては必然的に敬遠されるものとなっていったのだ。
     今回,そのプルトニウムを敢えて使用しようという宇宙ステーションは,宇宙動物保護団体によって絶滅種に指定されている動物の保護と,種の存続を目的とするための施設である。
     保護されてきた,あるいは保護してきた絶滅種の個体から遺伝子を取り出し,クローン技術と人工授精などの交配措置を軸として,絶滅の危機から救おうという研究チームが組まれたのだ。
     ひとくちに絶滅種といっても,それらの生息する環境は当然のごとく様々で,灼熱の大地を住処とするものもいれば,万年氷のクレバスで一生を過ごすものもいる。
     それら全ての動物たちに適合する環境を作り上げるには,莫大な燃料が必要になってくる。
     現在の宇宙開発事業で主として使用されているエネルギーは,安全性こそ高いものの,掛かるコストもかなりの高さである。
     そこで注目されたのが,比較的安価なかつての主燃料であったプルトニウムだったのである。
     危険物の輸送などもクラッシャーの仕事の一つだが,今回ジョウのチームが選ばれたのにはもう一つの理由があった。
     その宇宙ステーションの建設反対を訴える宗教団体の存在である。
     『真の動物保護を求める会』と銘打ったその団体は,危険を承知でプルトニウムを使用する施設に,貴重な絶滅種を”閉じこめ”て,”実験”しようとするという事に対し,猛抗議してきたのだ。
     再三に渡り,文書での抗議を送りつけ,マスコミを煽り,宇宙動物保護団体の本部前でデモ行進し,いかに”彼ら”が非人道的な行いをしようとしているかを訴え続けてきたが,ことごとく上からの圧力によって制されてしまった。
     一時的におとなしくなったように見えた『真の動物保護を求める会』のメンバーだったが,実は脈々と次の手段を練っていたのだ。
     つまるところ,実力行使に出ようというのである。
     いつの時代も”確信犯”が一番厄介だという事に変わりはない。彼ら独自の道徳的観念に基づき,自らの正義を信じて捨て身の行動を取る。
     「我々は『弱者を救う正義の戦士達』と結託した。これ以上宇宙ステーションの建設を進行しても,貴君らが持ち込もうとしているプルトニウムの核爆発によって,全て宇宙の塵と消えるであろう」
     テロの予告とも取れる,この声明書,あるいは脅迫文が届けられたことにより,アラミスはAAAランクのジョウのチームを適任と判断したという訳である。
     
     果たしてジョウ達は,『弱者を救う正義の戦士達』という名の宇宙海賊の一派の攻撃に遭遇することになる。
     タロスの言うところの”瓦礫のシャワー”は,ジョウ達が銃撃から身を隠すために逃げ込んだターミナルの上から爆弾を喰らった事による災難だった。
     辛くも爆撃によって生じた穴をつたって地下通路に抜け出し,4人は<ミネルバ>へと帰還し,<ファイター>との連係プレーで敵を撃退したのである。

     件の宇宙ステーションは,目的が目的であったし,プルトニウムを使用するという事で,建設される場所もいわゆる”辺境の地”であった。
     途中,燃料補給に立ち寄れる惑星もなく,ワープを使用しない”省エネ”航行を余儀なくされている。おかげでジョウ達は逸る気持ちをムリヤリ抑えて,のんびりと帰途についている次第である。
     往路ではちょうど2週間掛かったが,復路は今日が15日目の航行である。
     宇宙海賊との激しい戦闘の後だけに,こののんびりとした航行は苦痛を感じるほど退屈な時間であった。
     しかし,それも後数時間で終わりである。
     もうすぐ依頼主への報告を終えて,休暇に入れるという思いが,ジョウ達の心も体も軽くする。
     一番若いリッキーが,浮かれてはしゃいだ発言をするのも無理はない。
引用投稿 削除キー/
■660 / inTopicNo.2)  Re[1]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/03/30(Tue) 10:55:10)
    「身体の打ち身くらいは放っておいても良いが,頭を打ってるとなると精密検査が必要だぞ?」
     思いの外ジョウが真剣な表情で見つめてくるので,途端にアルフィンの鼓動が早さを増す。
    「うううん!そんな大事じゃないわ!平気よ」
     慌てて否定して,オマケとばかりにウィンクしてみせた。
    「そうか?それなら良いが…」
     ジョウはしばし逡巡する様子を見せたが,ほんのり上気するアルフィンの薔薇色の頬を確認して納得したようだった。
    「へへへへへっ。兄貴はアルフィンの事となると,すぐムキになるんだから!」
     リッキーが懲りずにまた軽口を叩く。
    「ばーか。アルフィンはおめえと違って生まれも育ちも良いんだから,ジョウが気に掛けるのも当ったり前だろうが」
     ジョウの目が据わったのを見て,タロスが慌ててフォローを入れる。
    「けっ!ポンコツの身体のタロスには言われたくねぇよ!」
     タロスが敵に回ったことで形勢不利を悟ったリッキーが,捨て台詞を吐いて席を立つ。
    「俺らひと眠りしてくる。あー瓦礫のせいで身体中が痛ぇー」
     わざとらしく肩に手を当て,首をコキコキと鳴らしながらリッキーはブリッジを出ていった。
    「ウマく逃げたわね」
     アルフィンはくすくす笑っている。
     その様子に,ジョウもようやく表情を綻ばせて指示を出す。
    「よし,あとはオート運航で良いだろう。ブリッジはドンゴに任せて,俺たちも仮眠を取るぞ」
    「キャハ。了解」
     即座に甲高い声でドンゴが応答する。
     依頼主への事後報告を終えれば,待ちに待った休暇である。
     ジョウ達は,リゾート惑星の熱い日差しに思いを馳せながら,各々の部屋へと退散して行った。

     蒸気が上がるシャワールームで,アルフィンは伸びやかな肢体を解放させていた。
    「いつつつつっ!」
     熱い湯が傷にしみた。
     クラッシュジャケットを着ていたとはいえ,何十個という瓦礫の塊を全身に浴びたのである。
     アルフィンの透き通るような白い素肌に,何カ所も痛々しい痣や擦り傷ができている。
    「まったく…,こんな身体を見たら,お父様もお母様も気絶しちゃうわね!」
     痛みを紛らわせるように,わざと声に出してボヤいてみる。
     傷跡が残らないと良いな……と考えつつシャワールームから出てきたアルフィンの身体を,ふいに違和感が襲った。
     だんっ!
    「!?」
     自分が膝を床に落とした音で我に返る。
     両手を床に着き,身体を支える。
     身体に巻き付けていたバスタオルが解け,音もなく床に滑り落ちた。
    「………」
     シャワーで温まったはずのアルフィンの白い背中に冷たい汗が浮かんでくる。
     動悸がおさまらない。
     目の前が暗くなっている。
    (いやだ…貧血かしら……?)
     動揺を沈めるように,アルフィンはなんとか冷静になろうと努めた。
     とりあえず,ここは自室だ。落ち着かなければ。
     這うようにしてベッドまで辿り着き,どうにかシーツに潜り込む。
     この際,裸なのも髪の毛が濡れたままなのも気にしないことにする。
    (起きてから,また髪を洗い直さなきゃ……寝癖,ついちゃうわね…)
     押し寄せてくる不安の波を誤魔化すように,他愛もない事を考えつつアルフィンは固く眼を瞑った。
     元よりの疲れもあり,ほどなくアルフィンは眠りの淵へと墜ちていった。
引用投稿 削除キー/
■661 / inTopicNo.3)  Re[2]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/03/30(Tue) 12:13:59)
     どのくらいの時間眠っただろうか。
     ジョウは手元の時計で時間を確認する。ざっと3時間弱の睡眠時間を確保できたようだ。
     一度枕に顔を埋めて名残を惜しんだ後,両腕をベッドに突っ張って勢いよく背中を伸ばす。
    「ぅしっ!」
     反動を付けてベッドから飛び降り,改めて大きく伸びをする。
     ジョウの鍛えられたしなやかな筋肉がぐうっと盛り上がる。
     部屋着のTシャツ姿のまま,軽くストレッチをする。寝起きの固まった筋肉をほぐすためのストレッチは,自然に身に付いた習慣だ。
    「………腹減ったな」
     ある程度身体を動かして頭もすっきりしてくると,生理的欲求が湧いてくる。
     少し寝癖のついた髪は気にせず,<ミネルバ>のダイニングキッチンへと向かう。
     <ミネルバ>は居住性を重視した船ではないので,あくまでも簡易式のキッチンだが,クラッシャーにはそれで充分だ。ゆったりと豪勢な食事を楽しみたいのなら,休暇の時に高級ホテルのレストランにでも予約を入れれば良いのだ。

    「あ?兄貴,おはよ」
     ダイニングキッチンには先客のリッキーがいた。
     ちょうど温められたプレートディッシュに手を付けようとしていたらしく,フォークを持った手をひらひらと振ってジョウに挨拶する。
    「おう。早いな」
     ジョウも片手を挙げて応える。
    「へへへへへ。俺ら育ち盛りだかんね!人一倍腹が減るってもんさ」
     リッキーが得意げに,まだ筋肉の薄い胸を張る。
    「っけ!万年欠食児童のチビが何言ってやがる。おめえのどこが育ってるってんだよ?」
     ジョウの後ろから,タロスが悪態をつきながら入ってきた。
    「なんだとぉっ!?……ふんっ,ぃやだねぇまったく。退化の一途を辿るしかないジジイのヒガミなんて,ミットモナイだけだぜ?」
     リッキーも負けじとやり返す。
    「んだとぉ?……てめえなんぞ食ったそばから栄養分をクソと一緒に出しちまってんじゃねぇのか?一向に成長の兆しが見えねぇしなぁ」
     口に人工ミートローフを頬張った瞬間を狙って放たれた下品な台詞に,リッキーは眼を白黒させてむせ返る。
    「わははははは!ざまぁみやがれ!」
     してやったりとばかりにタロスは大きな身体を揺らして笑っていたが,ジョウの呆れたような冷ややかな視線に気付き,慌てて顔を引き締める。微妙に顔が赤らんでいる。
    「……ありゃ?」
     いつもならここで,”食事中のマナーがなってない”だの”まったく下品なんだから”だの,甲高い抗議の声が機関銃のように吐き出されるハズなのだが…。
     ジョウも拍子抜けした感で尋ねる。
    「アルフィンはまだ来てないのか?」
    「…俺らが一番乗りだったぜ?アルフィンの事だから,まだ寝てんじゃないの?」
     ようやく咳が治まったリッキーが涙目になりながら答える。
    「まったく困ったお姫様ですな。仮眠は取りすぎると時差ボケを起こしやすぜ」
    「ああ,そうだな。…リッキー,ちょっとアルフィンを起こしてこい」
    「ええええええええっ!?」
     リッキーが世にも情けない声を上げる。今にもフォークを取り落としそうな感じだ。
    「チームリーダーの命令だぞ。とっとと行って来いや」
     こちらは被害を免れて余裕の表情のタロスである。
    「あ,兄貴ぃ…!!」
     リッキーが恨みがましい表情で非難の声を上げるが,ジョウはさっさと背中を向けてドリンクのボトルを取り出している。
     アルフィンの寝起きの悪さは折紙付きである。誰も近付きたがらない。
    「ちぇっ!分かったよ!俺らが犠牲になれば良いんだろう!?」
     ちくしょうっ!っと半ばヤケになりながら,リッキーは渋々席を立った。
     かつてアルフィンに殴られた記憶のある顎が,軽く疼いた。
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■662 / inTopicNo.4)  Re[3]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/03/30(Tue) 14:03:48)
     ガタン…。
    「?」
     リッキーが声を掛けようとした時,アルフィンの部屋から何かが落ちるような音がした。
    「アルフィン?俺らだけど,起きてんの?」
     中の様子を窺うように,躊躇いがちに呼び掛けてみる。起きていてくれるならラッキーだ。痣やミミズ腫れの一つや二つ覚悟していたリッキーの眼に希望の光が灯る。
    「……アルフィン?」
     返事がないので再び肩を落としかけたところ,ようやく返事が返ってきた。
    「……起きてるわ。なぁに?」
    「なんだ,良かった!起きてたのかぁ」
     ほっと胸を撫で下ろしたリッキーは,ケガの心配が無くなったことで舞い上がり,アルフィンの声が上擦っていることに気付かない。
    「みんな食堂にいるぜ。兄貴がアルフィンも呼んでこいって…」
     まだ少し警戒しているのか,わざとジョウの名前を出して,さり気なくアルフィンの機嫌を取ろうとする。
    「……分かったわ,ありがとう。…シャワーを使ってから行くわ。気にしないで先に食事を済ませてちょうだい」
    「了解。んじゃ先に行ってるぜ!」
     既にリッキーの心は,食べかけのミートローフに飛んでいる。さっさと踵を返し,駆け出した。

     リッキーに声を掛けられる少し前から,アルフィンは眼を覚ましていた。
     ベッドの上で身じろぎもせず,自分に起きた異常事態に呼吸さえ忘れていた。
    「………どうして!?」
     吐き出すように漏れた独り言が,静かな部屋に異様に響く。自分の声が遠いところで聞こえる気がした。無意識に握りしめた白い手が,いつの間にか震えている。
     視界が,おかしい。
     見ようとする物に視線をやっても,視野の真ん中が黒く濁って見えないのだ。
     あちこちに視線を飛ばして焦点を合わせようとしても,肝心の部分が暗濁してしまう。
     小さなスタンドミラーに手を伸ばし,自分の眼を確認しようとしたが,スタンドミラーの位置をも見失う。
     そのままの勢いで手をぶつけ,ミラーを床に落としてしまった。
     強化ガラスを使用した鏡面は,多少の衝撃では割れることもないが,床に低い音を響かせた。
     その音を引き金に,パニックを起こしかけたその時,外からリッキーの声が掛かった。
    「アルフィン?俺らだけど,起きてんの?」
    「!?」
     瞬間,全身から汗が噴き出すような衝撃が走った。
    (マズい!!)
     本能的にそう思った。これはバレてはイケナイ事だと。
    (誤魔化さなくちゃ……!)
     落ち着け!とばかりに深呼吸を試みるが,まともに息継ぎも出来ない程に動悸が激しい。
    「……アルフィン?」
     再び,今度は訝しげな様子でリッキーが呼び掛けてきた。
    「……起きてるわ。なぁに?」
     苦労して絞り出した声は,微かに震えていた。
    「なんだ,良かった!起きてたのかぁ」
     リッキーの弾んだ声が返ってきた。アルフィンの声の震えは気付かれずにすんだようだ。
    「みんな食堂にいるぜ。兄貴がアルフィンも呼んでこいって…」
    (ジョウ……!!)
     即座に浮かんだジョウの顔に,アルフィンの心臓はぎゅっと縮んだ。
    「……分かったわ,ありがとう。…シャワーを使ってから行くわ。気にしないで先に食事を済ませてちょうだい」
    「了解。んじゃ先に行ってるぜ!」
     役目は終わったとばかりに,リッキーの駆け出す靴音が遠ざかっていった。

     途端にアルフィンの身体から力が抜けて,そのまま倒れ込むようにシーツの上へと崩れ落ちた。
     一度はパニックを起こしかけたものの,リッキーとのやり取りで,なんとか心は現実に留められた。
     眼を固く閉ざしたまま,アルフィンはズキズキと痛む頭をムリヤリ稼働させて考える。
    (落ち着くのよアルフィン!…冷静に考えなきゃ!)
     懸命に自分自身を叱咤する。いくら元王女様とはいえ,クラッシャーになってから色々な場数を踏んでいる。なんとか呼吸を整え,現状を把握しようと努めた。
     思い切って,うっすらと眼を開け,もう一度部屋の中を見渡す。
     やはり,焦点を当てようとすると,その部分だけぼんやりと黒く濁って見えない。視野はそのままのようだが,著しく視力自体も低下しているのは明らかだ。
    (まったく見えない訳じゃないわ…)
     焦点を絞らず視野全体を解放すると,ぼんやりとだが全体の様子が認識できる。
     ただ,わざと焦点を外すという行為は,極度に眼の奥の筋肉に負担を掛けるらしく,頭痛に加えて吐き気までしてくる有様だ。
    (どうして急に…?さっきまで何ともなかったのに…)
     確かに,あの時瓦礫を浴びてから頭痛や軽い目眩はあったが,しょせん打ち身からくる外傷だと思っていた。それがこんな形で影響が現れるなど,予想もしなかったことだ。
     アルフィンは再び眼を閉じて,白く華奢な手で顔を覆った。緊張のためにひどく冷たくなった指先が妙に心地よかった。
    (依頼主の待つ惑星ロムカは指定工業専用都市だけど,普通の病院くらいあるわよね…。ジョウが事後報告に出掛けるときに,別行動を取らせてもらおう)
     仕事の仕上げになる依頼主への報告は,メンバー全員で赴くこともあれば,ジョウが代表して単身出掛けることもある。
     何か適当な理由をつけて,いつもの”ワガママ”だと思わせれば良い。
     もちろん,<ミネルバ>にも簡単な医療装置が積まれているのだが,使用するわけにはいかない。そんな事をすれば,たちまちみんなにバレてしまう。
     この時のアルフィンは,眼が見えない事への不安や恐怖と共に,それが原因でクラッシャーを続けられないかもしれない,ジョウの側にいられなくなるかもしれないという恐ろしい可能性に,胸が押しつぶされそうになっていた。
     みんなに隠そうという意識に囚われたのは,その可能性から眼を背けるための衝動的な防衛本能だったのかもしれない。
    「ジョウ……」
     ぽつりと漏らした愛しい人の名前に,思わず涙が溢れそうになる。
    (いけないわ)
     さっき,リッキーにすぐにでも行くような返事をしてしまった。ここで泣いたら,しばらく部屋から出られない。
     アルフィンはぎゅっと強く眼を瞑り,涙を瞼の奥に閉じこめた。鼻の奥がつんと痛んだ。
     (病院へ行って検査をするまでは,悲観的になるのは止そう)
     アルフィンは自分に言い聞かせた。
     そしてまた,身体のほとんどをサイボーグ化したタロスの存在は,この時アルフィンを大いに励ました。
    (たとえ機械の眼に取り替える事になっても,ジョウの側にいられれば,それで良い…)

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■663 / inTopicNo.5)  Re[4]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/03/30(Tue) 15:16:50)
    「あれ?」
     ブリッジに戻ってきたリッキーは,眼をぱちくりと見開いた。
     後ろから覗き込んだタロスも「おや?」という表情をする。
    「なんだ,アルフィン。食事を取らないのか?」
     3人を代表してジョウが尋ねた。
     3人はダイニングキッチンで談笑しながらアルフィンが来るのを待っていたのだが,食事が終わってしばらくしてからも一向にアルフィンが現れないので,とうとう痺れを切らしてブリッジに戻ってきたところだった。
    「うん。まだお腹が空かないから…」
     アルフィンは特に振り向きもせず,空間表示立体スクリーンを眺めながら答えた。
    「へえええええっ。珍しいこともあるもんだなぁ!…まさかアルフィン,ホントはダイエットとかしてるんじゃないの?最近腰回りが窮屈だっていってたもんねー?」
     リッキーがからかうように茶々を入れる。
     また余計なことを…と,ジョウとタロスがアルフィンのヒステリーを予想して渋い顔になるが,2人の予想に反して,アルフィンはただ一言「ばーか」と言ったきりだった。
     攻撃されても困るのだが,あまりの手応えの無さにリッキーは訝しげにアルフィンの様子を窺う。
    「なんだよアルフィン。気持ち悪ぃなぁ。どうかしたのかよ,何かヘンじゃないか?」
     恐る恐る尋ねると,
    「あによ!ヒトがせっかくオトナになって聞き流してあげたのに,ぶたれたいの!?」
     ゆっくりと振り向いたアルフィンが下から挑むように睨み上げる。
    「ぅひゃあ!まさかっ!冗談じゃないよ!」
     慌ててリッキーは自分のシートに逃げ込んだ。
    「ふんっ!」
     それ以上は深追いせず,アルフィンは鼻を鳴らして再びコンソールへと向き直った。
    「ばーか」
     小さく毒づいたタロスの声が,虚しくブリッジに響いた。
    「アルフィン,休息と食事を取れる時にキチンと取るのもクラッシャーとしての心構えだぞ」
     ジョウがチームリーダーらしく注意する。
    「……はーい」
     軽く首をすくめてアルフィンが答えた。今度は振り向かなかった。
     アルフィンの仕草に何となく引っかかりを覚えたものの,ジョウは横で始まった新たな口げんかに喝を入れることを優先した。
    「うるさいっ!タロス!リッキー!いい加減にしろっ!!」

     あの後,アルフィンは何とか身なりを整え,一足先にブリッジへと戻ることにした。果たして今の自分の状態で,ジョウ達に気付かれることなくコンソールの操作が出来るのか試す必要があったからだ。
    「キャハ。あるふぃんオ帰リ」
     ブリッジではドンゴがひとり,見張り番として待機していた。
    「ただいまドンゴ。ご苦労様」
     呼び掛けられ,反射的にドンゴの顔を見てしまい,アルフィンは顔をしかめた。
     ブリッジに辿り着くまで,わざとずらせていた焦点を合わせてしまったのだ。
     ドンゴの顔に現れた丸い闇がアルフィンの平衡感覚を狂わせる。
     よろめいて,思わず近くの壁に寄りかかったものの,既に全身冷や汗だらけである。
    「あるふぃん,心拍数ガ異常ニ上昇シテイル様子。じょうニ報告シマスカ?」
     律儀に尋ねるドンゴに,アルフィンは悲鳴を上げた。
    「ダメよっ!!絶対に,ダメだからね!」
    「キャハ!」
     アルフィンの勢いの凄まじさに,ドンゴは仰け反る真似をする。
    「……ごめんなさい,大きな声を出して。…でも,大丈夫なの。何でもないの。…ジョウには何も言わなくても良いわ。……分かった?」
     大きく息を吐き呼吸を整えると,アルフィンはなだめるようにドンゴにクギを差した。
    「了解。キャハハハハハ」
     ドンゴは卵形の頭部を何度も上下させ,おとなしく引き下がった。
     アルフィンは慎重に空間表示立体スクリーンのシートに腰を降ろし,ゆっくりと息を吐く。眼は閉じたまま,指先の感覚でキーを探る。
     慣れ親しんだキー操作であるが,普段手元を見ないで叩いているにも関わらず,眼を閉じていることを意識すると指先が躊躇してしまう。
    (無意識……無意識で操作すれば,きっと大丈夫。指は動くハズよ)
     半ば暗示を掛けるように,アルフィンは精神集中を図る。
    (ジョウの指示に従ってキーを叩き,スイッチを弾くのよ)
     スクリーンの映像を見ることが出来ないのが不安だが,目的地はもう目と鼻の先だ。ドンゴに任せてしまう事も考えたが,いきなりそんな事を申し出れば,明らかに不審がられてしまう。
    (いざとなったらメインスクリーンに切り替えれば良いし,問題ないわ。とにかくあとは何も起こらないことを祈るだけよ!)
     些か強引に腹をくくり,ゆっくりと眼を開けた。
     その直後,ブリッジ後方のドアが開き,リッキーの間の抜けた声が聞こえたのである。 
引用投稿 削除キー/
■664 / inTopicNo.6)  Re[5]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/03/30(Tue) 16:25:15)
     アルフィンは先程から何度も眼を開けたり閉じたりしている。
     コンソールの上に置いた手には冷たい汗が滲んでいる。
     普段キーをいじってない時は,いったいどこに手を置いていたのだろう?そんなことさえ思い出せず,アルフィンの緊張は異様に高まっていった。
     ブリッジの照明は自室の物より暗く,視力の著しく低下した今のアルフィンには息苦しくさえ感じられる。頭痛も吐き気も段々ひどくなってきている。押し殺すように何度も浅い呼吸を繰り返し,何とか集中しようと懸命になる。目の前の暗濁した円が,徐々にその面積を広げているような気がしてくる。
     不安と恐怖に押しつぶされそうになりながらも,グラつく身体をシートに押さえつけ,アルフィンは必死に堪える。

    「俺ら,新しく出来たバブルスライダーが楽しみでしょうがないんだー」
     リッキーの脳天気に弾む声が聞こえた。
    「バブルスライダー?…バブルって泡の?」
     ジョウが興味を惹かれたように反応した。
     この仕事が完了した後に休暇を楽しむことになっている惑星グリアスには,有名なアミューズメントスパがある。そこに最近新しいアトラクションが登場したらしい。
    「そうさ!泡だらけのチューブの中を滑り降りるんだぜ!距離にして500メートル。最大傾斜は60度だぜ!?泡ん中だから摩擦もないし滑りもイイ!最っ高だよ!」
     リッキーは興奮を抑えきれないように身振り手振りを交えて力説する。
    「っへ!それでチューブから出てきた時には身体も泡立ってキレイにピッカピカだってか?風呂嫌いのおめえには,まさにぴったりだなぁ!」
     タロスがわざと混ぜっ返すように言う。
    「何言ってやがる!泡って言ったってなぁ,石鹸の泡なんかじゃないんだぜ!そんなんならぐるぐる滑り降りる間,眼が痛くて仕方ないじゃんか!よーっく考えろよ,この石頭!それに俺らが風呂嫌いだなんて,いつ言ったよ!?俺らは清潔好きなんだからな!人聞き悪いこと言うない!」
    「ほー,そりゃあ失礼。そいつは初耳だったんでねぇ。それにしてもいつの間に”清潔”ってぇ言葉の意味が変わったんで?」
     勢い込んで答えるリッキーに,タロスはあくまでも小馬鹿にした態度を崩さない。
    「ふんっ!そうやってバカにしてればイイさ!どうせタロスはバブルスライダーを体験できないんだからさ!」
     イヤに余裕の態度でリッキーが小さな顎を反らせてみせる。
    「なんでだ?年齢制限でもあるのか?」
     ジョウがすかさず質問する。
    「うへぇっ!ジョウ,年齢制限はひどいですぜ!」
     タロスが堪らず情けない声で抗議する。
    「うひひひひひひひ。そうじゃないさ。あのチューブの直径じゃあ,タロスは滑り降りる以前に腹がツっかえるのさ!」
     タロスは顔を赤黒くして絶句し,ジョウは思わず吹き出した。
     リッキーも一緒になってひとしきり笑った後,ジョウは先程から一言も発せず,話題にも反応しないアルフィンの不自然さに,改めて違和感を抱き始めた。
    「アルフィン?」
     ジョウが呼び掛ける。
     タロスとリッキーも実は気になっていたのか,一斉にアルフィンを見た。
     いつの間にか意識が朦朧としていたアルフィンは,いきなり名前を呼ばれてビクンっと身体を硬直させた。平静を装い,返事をしようと口を開きかけたその瞬間,
    「アルフィン!?」
     叫ぶようにジョウが名前を呼んだ。
     その声に含まれた異様な響きに,タロスとリッキーの身体に緊張が走る。
    「なんだ,あの光点は!?」
     アルフィンの座る空間表示立体スクリーンの座標軸の中で,無数の赤い光点が早い点滅を繰り返しながら異様なスピードで近付いてくるのが見えた。
    「え!?」
     その言葉に,アルフィンの緊張は一気に高まる。思わずスクリーンを凝視しようとして,眼筋肉に強いショックを与えてしまった。その瞬間,シートに座っていながら頭をぐるりと掻き回されたような乱暴な目眩がアルフィンの全身を襲う。
    「アルフィン!映像をメインに切り替えろ!!」
     叫ぶようにジョウが指示を出す。
    「アルフィンっ!?」
     どういう訳か,硬直したまま動こうとしないアルフィンに歯噛みして,ジョウはもう一度叫ぶ。
    「アルフィン!どうしちまったんだよ!?」
     ただならぬ様子にリッキーも絶叫する。
     アルフィンは我に返ると,気力を振り絞り,ジョウの指示に従おうと切り替えスイッチに手を伸ばす。
     しかし,焦れば焦るほど眼でスイッチの位置を探そうとしてしまい,黒い視界に邪魔されてしまう。いっそ眼を閉じた方が正確に探し当てることが出来るハズなのだが,もはや冷静な判断が出来ないほどに,アルフィンの精神状態は限界に達していた。
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■665 / inTopicNo.7)  Re[6]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/03/30(Tue) 17:33:21)
    「くそっ!」
     ジョウは大きく舌打ちしてシートを離れ,アルフィンのシートに駆け寄り,強引に切り替えスイッチを弾く。
    「な,なんだありゃ!?」
     メインスクリーンに映像が切り替わった瞬間,リッキーが悲鳴を上げる。タロスでさえ驚愕に眼を見開いた。
     メインスクリーンの座標映像に映し出された赤い点の集団は,否が応でも危機感を煽る。
    「あれは,敵……?…いや…流星群!?そうか!タイダル流星群か!!」
     みるみるジョウの顔が緊張によって引き締まる。
     タイダル流星群は,こじか座宙域を駆けめぐる巨大な流星火の集団である。そのスピードと圧倒的な大きさから,宇宙船乗りには脅威の存在として広く知られている。タイダル流星群に捕らえられ,飲み込まれた船は鉄屑と化し,流星群の一部に取り込まれる。岩弾だけでなく,鋼鉄の塊をも得た流星群は,質量を増すことによって,さらにスピードと破壊力を蓄えていくのだ。まさに成長する凶暴な生き物である。
    「ジョウ!今からじゃ振り切れねぇ!」
     主操縦席の中で,タロスが大きな身体を緊張させて叫ぶ。
     ジョウの頭の中で目まぐるしくシミュレーションが展開される。
    「戦闘配置にチェンジだ!」
     ジョウが怒鳴りつけるように指示を出す。
    「了解!」
     即座にリッキーが応じて,コンソールのスイッチを素早く弾く。
     ブリッジの中に機械音が響き渡り,ゆっくりとそれぞれのシートが床ごと沈み始めた。
     通常ブリッジから戦闘ブリッジに移動し終わり,床と共に降下したシートが,それぞれのコンソール・ボックスへと収まると,沈黙を守っていた戦闘ブリッジが急速に息を吹き返したように呻りを上げた。
     
     既に流星群は間近に迫っている。映像を座標軸からテレビカメラに切り替えた。
     肉眼でも巨大な流星群が津波のように接近してくるのがはっきり見えた。
     唸り声を上げんばかりの迫力で迫ってくる流星群は,予想以上に早いスピードだ。
    「タロス!ミサイルでデカいヤツを撃ち砕くから,なんとか流星群の下に抜け出してくれ!」
     叫びながらジョウは右手をミサイルの発射トリガーに掛け,照準スクリーンを睨みつける。
    「来るぞ!衝撃に備えろ!!」
     次の瞬間,あっという間にタイダル流星群の大津波が<ミネルバ>を飲み込んだ。
     流星群の中は氷と鉄屑が光を放ち,目も眩むばかりの白の世界であった。
     ジョウは眩しさに眼を細めながらも,狙いを定めてトリガーボタンを押す。
     ミサイルの爆発によって,さらに細かく光を反射する流星火の眩しさに網膜を焼かれるような痛みを感じる。
     タロスは<ミネルバ>を急角度で旋回させ,船体を流星群の流れに逆らうように泳がせながら,懸命に巨大な塊を避ける。
     強烈な横Gの重圧が4人の身体をシートに押さえつける。
     絶え間なく襲ってくる流星火の衝撃に全身が乱暴に殴りつけられる。
    「ぐうっ」
     食いしばった口から堪らず声が漏れるた。悲鳴を上げたくなる気持ちを懸命に堪える。少しでも口を開こうものなら,たちまち舌を噛み切ることになるだろう。
     ずんっ!ずずずずずんっ!!
     突き上げるような衝撃はいつ果てるともなく続く。
     ジョウは必死で眼を見開き,無我夢中でトリガーを握る。
     戦闘ブリッジの灯りはほとんどが赤く点滅し,警告アラームが大合唱で響く。
     機関の動作音に耳障りなノイズが混じり出す。
     タロスの手が,その無骨さからは想像もつかないような早業でコンソールのパネルの上を走る。
     「よしっ!抜けるぞ!」
     ようやく終わりを告げるジョウの声がブリッジに響いた。
引用投稿 削除キー/
■666 / inTopicNo.8)  Re[7]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/03/30(Tue) 18:34:39)
     永遠とも思われた流星群の中での遊泳は終わった。
     ほんの数分の出来事であったが,4人の中では何十倍にも時間が引き延ばされていた。
     タイダル流星群のビッグウェーブは,<ミネルバ>の頭上を未だ唸りを上げながら流れている。氷表がきらきらと白い輝きを放っている。
     その壮大な光景は,見る者に圧倒的な畏怖の念を抱かせる。
     タロスは<ミネルバ>を安全域まで退避させると,そこで初めて思い出したように,肺に溜め込んでいた重い空気を吐き出した。
     極度の緊張のため,カラカラに乾いた喉を唾を飲み込んで湿らせ,ジョウは直ちに次の指示を飛ばす。
    「リッキー,船体チェックだ!」
    「オ,オッケー!」
     まだショック状態から抜け出せていなかったリッキーだが,ジョウの声で固くなっていた身体をムリヤリ動かせた。指がコンソールの盤上を走る。アラームを止め,素早く画面に動力系統からボディに至るまでのデータを呼び込む。
    「えーっと,動力系は…ラッキー,致命的なダメージはないみたいだ!いくつか出力が落ちてるけど,サブで補足できる範囲だと思う。…あちゃー!電気系統はほとんど死んでるなぁっ!こいつらショックに弱ぇからなぁ…。まぁこいつも非常回路を使えばなんとかカバー出来るかな。…後は……うわ,こりゃヒドいな」
     リッキーが情けない声を出す。
     <ミネルバ>の外観は凄まじい有様だった。装甲された船体はあちこち破壊され,無数の亀裂やへこみが生じている。まるで廃棄寸前のスクラップのようだ。船体側面に描かれたクラッシャーの印である流星マークも,垂直尾翼に記された”J”の飾り文字も,流星群の津波の爪痕が無惨に残されている。
    「………まさに満身創痍って感じですな」
     タロスが溜息と共にぽつりと言った。
     優美なラインの白を基調とする船体は,芸術的センスに自信のないタロスでさえも賞賛する自慢のものであった。やはり痛々しい姿を見るのはつらい。
     
     かつんっ。
     床を蹴る靴音に,タロスとリッキーはピクリと反応する。
     2人はおずおずと振り返り,ジョウの動向を窺う。
     ジョウは,真っ直ぐにアルフィンのシートに向かった。
    「………アルフィン」
     決して大きくはないが,通常よりぐっと低く抑えられたジョウの声には,紛れもなく激しい怒りの響きが含まれている。
     タロスとリッキーは思わず息を飲んだが,口を挟むことも出来ず,ただ傍観するのみだ。
     アルフィンの元々白い顔は,すっかり血の気を失って蝋のようである。唇は青ざめ,荒い呼吸を繰り返している。
     ジョウの呼び掛けに反応して,反射的にシートから立ち上がったが,膝に力が入らず,そのまま崩れ落ちそうになる。
     そのアルフィンの二の腕をジョウは乱暴に掴み上げ,シートの背もたれに押しつけるようにして強引に立たせた。
     ジョウの右腕がバックスイングを取る。
    「ジョウ!?」
    「兄貴!?」
     傍観するつもりだった2人の口から,思わず悲鳴にも似た声が上がる。
     がんっ!!
    「………」
     ジョウの拳は,アルフィンではなく後ろのシートのヘッドギア部分に打ち付けられた。
     アルフィンは瞬間,身体を強張らせたが,そのまま項垂れている。
     アルフィンの二の腕を痛いほど強く掴んでいる手の熱さが,ジョウの怒りをダイレクトに伝えてくる。
    「………ごめんなさい」
     絞り出すように,ひどく掠れた声でアルフィンが言った。
    「……あれが,敵だったらどうする?」
     ジョウが押し殺した声で詰問する。
    「もしも,あれが俺たちを狙う意図を持って近付いてきた敵だったとしたら,今頃俺たちは,全員,死んでいた」
     激情を抑えて,敢えて淡々と告げるジョウの言葉に,アルフィンの全身が衝撃に震える。堪えるようにアルフィンは瞼をギュッと閉じた。
     ジョウの左手にアルフィンの震えが伝わってくる。
     アルフィンは言葉を無くしたまま俯くのみである。言い訳のしようもなかった。
    「………もう,いい。……部屋に戻って頭を冷やせ!」
     突き放すようにそう告げると,ジョウはアルフィンの腕から手を放した。
     途端にアルフィンは糸の切れた人形のように,そのまま床に膝をついた。
     あまりにも無防備に崩れ落ちた細い身体に,ジョウは反射的にもう一度手を伸ばしかけたが,拳を握りしめて自制する。
    「ドンゴ,アルフィンに替わって航法席に着け!リッキーは動力のイカレてる箇所をサブに切り替えるようプログラムを修正しろ。あと電気の非常回路を開いて繋ぎ直せ。タロスは針路の修正と損害箇所のデータ入力だ。俺は格納庫に行って<ファイター>のチェックをしてくる」
     一気にそう指示を出すと,ジョウは返事も待たずにさっさとブリッジを出て行った。
     背後から,「キャハ。怖イ!」というドンゴの甲高い声が聞こえた。

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■667 / inTopicNo.9)  Re[8]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/03/30(Tue) 19:37:22)
    ドアが閉まると,ようやく時間が流れ出したかのように,ブリッジに機関の振動音が響きだした。
    「……アルフィン,大丈夫か?」
     息苦しさから解放されて,リッキーは遠慮がちにアルフィンの様子を窺う。
    「………うん」
     項垂れたまま,アルフィンは小さく答える。
    「……アルフィン,ジョウはチームリーダーだ。メンバーを守る義務がある。今回は大事を免れたが,それがメンバーのミスから発した事なら叱責するのがリーダーとしての務めってもんだ。……解るな?」
     タロスが静かに話しかける。そこに責める響きはない。むしろ優しく言い聞かせるような口調だ。
     ジョウはリーダーとして,アルフィンに怒りをぶつけた。当然のことだ。それがリーダーの役割というものだ。
     そして,その後でアルフィンのケアをしてやるのが,タロスやリッキーの役割である。
     タロスはその事を知っている。おそらくリッキーも。
    「……あたしのせいで,……本当に,ごめんなさい」
     アルフィンは,大きく息を吐き出すようにしてようやく声を絞り出す。
    「き,気にすんなよ!結局みんな無事だったんだしさ。…兄貴の機嫌だって,すぐに戻るさ!」
     リッキーが大袈裟に両手を降りながら陽気に答える。
    「ああそうだ。ジョウは短気なところはあるが,しつこいヤツじゃねえ」
     タロスも強い口調で同意する。
    「……うん,ありがとう。……あたし,部屋に戻るわ」
     俯いているせいでアルフィンの表情は見えないが,この返事にタロスもリッキーもひとまずは安心したように,肩の力を抜いた。
    「ああ,少し眠った方が良い。ロムカへ到着するまで,もう少しだからな」
     タロスが労るように送り出してやる。
     アルフィンは,たちまち崩れそうになる身体を叱咤してなんとか立ち上がると,壁に手をつきながら,ふらふらとおぼつかない足取りでブリッジを出て行った。

    「……アルフィン大丈夫かなぁ?」
     アルフィンを見送った後,リッキーが心配そうにぽつりと言った。
    「分からねぇなぁ。えらくヘコんでたが,俺達にはどうすることも出来ねえ。せいぜい慰めの言葉を掛けてやるくらいさ」
     タロスはジョウの指示通り,惑星ロムカへの針路をシミュレーションしながら応じる。
    「でも,なんだってあんなミスをしたんだろう?いくらボーっとしてたって,アレを見逃すなんて…」
     リッキーは眉間に皺を寄せながら首を捻る。
    「……さてな。ミスってモンは思いも掛けないような事が原因だったりするもんさ。…ほれ,無駄口叩いてないで,とっとと作業に掛かりやがれ!ジョウが戻ってきたらどやされるぞ」
    「うへっ!そりゃ勘弁だ!」
     先程のジョウの剣幕を思い出し,一度身震いすると,リッキーも慌ててコンソールの盤上に手を伸ばした。

     アルフィンは自室へ戻ると,そのままベッドに倒れ込んだ。
     頭痛と吐き気はピークに達していた。全身が脈打つように揺れ,ひどい耳鳴りがした。嵐に遭遇している船に乗っているかのような暴力的な目眩が続いている。
     固く瞳を閉じたまま,荒い息を吐く。額から冷たい汗が白い頬を伝って流れ落ちた。
     ろくに見えない眼でよくも辿り着けたものだ,と自嘲めいた笑みを口元に浮かべた。
     しかし次の瞬間に,唇はわなわなと震え,食いしばった口からは苦しげな嗚咽が漏れた。
     涙が溢れて止まらなかった。
     全身を震わせて,声を上げて泣いた。
     張りつめていたものが解け,感情が堰を切ったように一気に溢れ出した。
     何かが胸の中で膨張し,張り裂けんばかりにアルフィンの細い身体を圧迫する。
     ひどく苦しかった。
     クラッシュジャケットの胸元をギュッと握りしめ,身体を胎児のように丸めながら,アルフィンは泣き続けた。
     何も考えられなかった。
     何も考えたくなかった。
    (自分のせいで,みんなを殺してしまうところだった!)
     その恐ろしい事実だけがアルフィンを捕らえて放さない。
     全ての思考を停止して,アルフィンはただひたすらに,泣いた。
     
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■668 / inTopicNo.10)  Re[9]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/03/31(Wed) 10:12:32)
     数時間後,<ミネルバ>は順調に航行を続けていた。
     タイダル流星群との邂逅で受けたダメージは,リッキーの働きでなんとか航行自体に支障が出ない程度に快復できた。装甲の破壊された部分はどうしようもなく,相変わらずスクラップ同然の様相ではあったが…。
    「ジョウ,このままいけば約3時間でロムカに到着しますぜ」
     タロスが航路を確認しながら報告する。
    「うん?ああ,そうか」
     ジョウがどこか気のない返事をする。
    「……兄貴ぃ,そろそろアルフィンの様子を見に行ってやった方が良いんじゃない?」
     リッキーがジョウの機嫌を窺いながら,控えめに提案する。
    「………」
     ジョウは一瞬片頬をぴくりと動かせて,リッキーをじろりと見る。
    「う……」
     リッキーは慌ててコンソールへと向き直る。
     ジョウは腕を組み,しばし難しい顔をしていたが,やがて小さく溜息を吐いて言った。
    「……リッキー,アルフィンの様子を見てこい」
    「………へ?」
     思わず間抜けな返事をしてしまったリッキーだったが,たっぷり3秒間の沈黙の後,猛烈な勢いで抗議し始めた。
    「なななななな何言ってんだよ,兄貴っ!?なんで俺らが…!?それは兄貴の役目だろっ!!食事の時間に呼びに行くのとはワケが違うんだぜ!」
     予想外の反撃に,ジョウが一瞬怯んだところへ,
    「そうですぜ,ジョウ。メンバーのミスを叱責したり,罰を与えたりするのがチームリーダーの仕事なら,ソレを許してやるのもチームリーダーの仕事ってモンですぜ」
     すかさずタロスがもっともらしい表情をして追い打ちを掛ける。
    「だいたい俺らが行ったところで,アルフィンが出て来るもんか!」
    「そのとおり。いくらリッキーが機嫌を取りに行っても,アルフィンにとっちゃあただの慰めです。ジョウから許すという態度を示してやらないと,アルフィンはいつまでたっても自分を責め続けますぜ」
     普段はケンカばかりの2人も,こういう時は絶妙の連係プレーを発揮する。
    「……」
     思いも掛けない2人からの説教に,憮然たる面持ちになったジョウであったが,2対1では分が悪いと理解したのか,「分かったよ」と肩をすくめてブリッジを出て行った。
     見送ったタロスとリッキーは,目を見合わせてニヤリと笑い,お互い親指を立ててみせた。
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■669 / inTopicNo.11)  Re[10]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/04/01(Thu) 21:30:51)
    「………」
     2人に追い立てられてアルフィンの部屋の前まで来たものの,ジョウはその後どうしたら良いのか判らない。
     あの時,激情のままにアルフィンを乱暴に扱った事が,ジョウを躊躇させる。
     力無く崩れ落ちたアルフィンの姿が鮮明に思い出され,胸に苦いものがこみ上げてくる。
     しかし,自分はリーダーとして当然の事をしたのだ。殴り飛ばさなかっただけ,手加減したと言っても良い。
     ジョウは自分にそう言い聞かせ,思い切って呼吸を整えた。いつまでもくよくよ悩むのは自分らしくない。
    「アルフィン,俺だ。……ちょっと良いか?」
     アルフィンの反応を待つ。もしかしたら眠っているのかもしれない。そう言えば,ひどく顔色が悪かったような気がする…。
     ジョウの中で急速に不安が湧き起こる。
    「アルフィン,寝てるのか?」
     もう一度,声のトーンを上げて呼び掛けた。
     先程の躊躇が嘘のように,ジョウは焦りを感じ始めていた。いっそこちらから勝手に開けて強引に入ってしまうか…?少しばかり乱暴なことまで考え始めた時,中からごそごそと何かが動く気配がした。
    「アルフィン?」
     確認するように,今度は慎重に名前を呼ぶ。
    「………ジョウ?」
     やっと返ってきた声は,いつものアルフィンとは別人のように弱々しいものだった。
    「そうだ,俺だ。ドアを開けてくれないか?」
     反応があったことに安堵したのも束の間,明らかに普段と違う様子に再び不安が増してくる。
    「アルフィン」
    「………ダメよ。…あたし,今ひどい顔してるわ」
     アルフィンの声は小さく頼りなげだ。
    「そんなこと…!そんな事は気にしない。頼む,開けてくれ」
     払拭できない不安と焦りに,ジョウは半ば懇願するように言った。
     じりじりと数秒が経過した後,
    ”ピッ”
     軽い電子音がして,ドアが自動的にスライドした。
     ドアが完全に開ききる前に,ジョウは身体を滑らせるようにして室内に足を踏み入れた。
    「入るぞ」
     アルフィンはベッドに腰掛けていた。ジョウが来るまで横になっていたのだろう,シーツが少し乱れている。
     顔を上げようとしないアルフィンに,ジョウはゆっくりと近付いた。
     アルフィンの正面に立って,改めて様子を窺う。
     泣き腫らした赤い瞼は,固く閉じられている。いつもは艶やかな輝きを放つ長い金髪は,乱れて無造作に顔や肩を覆っている。流れる髪が落とす影のせいで判りづらいが,顔色の悪さは誤魔化しようがない。
    「……さっきは,ごめんなさい」
     ジョウが口を開くより先にアルフィンが言った。
     深く項垂れたまま,声を震わせて謝罪する。
    「いや……,俺もキツくやりすぎた。…すまなかった」
     いたたまらない気持ちになって,反射的にジョウもそう言い返し,乱れた金髪に手を伸ばした。
     上から撫でつけるように優しく整えてやると,微かにアルフィンの震えが伝わってきた。ふと手を止めて顔を見れば,アルフィンの瞳から涙が零れている。
    「アルフィン?」
     ジョウは床に膝をつき,今度はアルフィンの顔を同じ高さから覗き込む。
     アルフィンの身体の震えは徐々に大きいものになっていく。唇を噛み,嗚咽を漏らすまいとしているが,堪えきれず喉がくぐもった響きを立てる。きつく眼を閉じているにも関わらず,溢れ出してくる涙は止めようがない。
     ジョウが至近距離から見つめている事を察したのか,アルフィンは堪らず両手で顔を覆い,身体ごとひねるようにしてジョウの視線から逃れようとする。
     ジョウは困惑していた。
     こんなアルフィンを見るのは初めてだった。
     今にも壊れてしまいそうな脆さを見せるアルフィンに,ジョウはどうしたら良いのか判らず,ただ不安な気持ちだけがどんどん膨れ上がっていった。
    「さっきの事なら,もう良いんだ。アルフィンは充分に反省しただろう?だから,もう泣かないでくれ。俺はちっとも怒ってない。次に同じようなミスをしなければ,それで良いんだ」
     ジョウは懸命に訴える。しかし,アルフィンは黙って首を振るだけだ。
    「どうしたっていうんだ,アルフィン。いったい何がダメなんだ?」
     なるべく優しく問いかけてみる。
     決して気の長くないジョウだが,この時ばかりは辛抱強くアルフィンが泣きやむのを待った。
     今ここで突き放したら,取り返しのつかない事になるような,そんな漠然とした悪い予感があった。

引用投稿 削除キー/
■670 / inTopicNo.12)  Re[11]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/04/01(Thu) 21:58:03)
    「……ジョウ」
     数分後,ようやくアルフィンが口を開いた。
     顔を塞いでいた両手をはずし,ポケットから取り出したハンカチで涙を拭う。
     まだ溢れ出しそうな涙をムリヤリ閉じこめて意を決した面持ちになると,ゆるゆると顔を上げ,初めてジョウの視線を受け止めた。
     真正面から食い入るように見つめられて,ジョウは少なからず狼狽える。
     アルフィンの涙に濡れた青い瞳は,豊かな水を湛えた澄んだ泉のように美しい。部屋の灯りを反射して,あたかも陽光を受けて煌めく水面のように,キラキラと光り輝いている。長い睫が影を落とし,鮮やかなコントラストをなす。
     思わず見惚れてしまったジョウに,アルフィンは恐る恐る尋ねる。
    「……あたしの眼,変じゃない?」
    「え……?いや,ふ,普通だと…いや綺麗な眼だと思う,けど……?」
     まさにその眼に見惚れていたとは言えず,ジョウはしどろもどろになりながら答える。
     ジョウの動揺には気付かぬように,アルフィンは泣き笑いのような表情を作る。
    「あたしには,あなたの眼が…ううん,あなたの顔さえ見えないの」
     歪んだ笑みを張り付かせたまま,アルフィンがわざと戯けたように言う。
    「……なんだって?」
     数瞬後,恐ろしいくらいに真剣な表情へと変わったジョウが,慎重に問い返す。噛み締めるようにゆっくりと。
     アルフィンには,それが限界だった。
     再び瞳からは滂沱の涙が溢れだす。既に作り笑いの欠片も消え失せ,手に持っていたハンカチで顔を覆う。
    「アルフィン!?」
     ジョウは両手でアルフィンの肩を掴み,促すように揺さぶった。
    「……眼が,……眼が見えないの……!!」
    「!?」
     ジョウは絶句し,室内にはアルフィンの嗚咽だけが響く。
    「……落ち着けアルフィン。落ち着いて説明しろ」
     半ば自分に言い聞かせるように,ジョウは唸るような声で言った。

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■671 / inTopicNo.13)  Re[12]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/04/02(Fri) 19:52:25)
     アルフィンは<ミネルバ>のメディカルルームにいた。
     長い時間を掛けて自分の眼に起こった異変をすっかり話し終えた後,ジョウに連れてこられた。
     身体のラインにフィットするように作られた処置用ベッドに寝かされたアルフィンはぐったりと眼を閉じている。
     ジョウとて専門的な知識こそ深くないが,今のアルフィンの容態が楽観できないものであるという事は,はっきりと判る。
     表面上に異常が見られないということは,視神経に異常がある可能性が高い。
     そして,今回の仕事で浴びてしまった”瓦礫のシャワー”の件がある。
     アルフィンは頭部にも打撃を受けたと言っている。
     頭を強打したことが原因ならば,これ以上動き回るのは非常に危険である。絶対安静を保たなければならない。
     処置用ベッドは身体を固定できるように設計されているため,多少の揺れや衝撃からは頭部を守ることが出来る。
    「もうすぐロムカに着陸する。大気圏に突入する時,多少のショックがくるが我慢してくれ。着陸して入国審査を済ませたら,すぐに病院に連れて行ってやるからな」
     ジョウはアルフィンを励ますように言った。
     アルフィンは眼を閉じたまま,小さく「うん」と頷いた。

     ブリッジにジョウが戻ってくると,タロスとリッキーが待ち構えていたようにジョウの顔を仰ぎ,無言の催促をする。2人とも表情に余裕が無くなっている。
     既にアルフィンの眼に異常が発生したという話は聞いている。
     ジョウは眼を閉じ,静かに首を振る。
    「とりあえず,今のところアルフィンは落ち着いているように見える。だが眼の容態がいったいどの程度なのか,<ミネルバ>の設備だけでは判らん」
     吐き出すように告げる。
    「そ,そんなぁ」
     リッキーは心持ち青ざめた顔で情けない声を出す。
    「こりゃあ,一刻も早く専門医に診せないといけやせんな」
     この場にそぐわないようなのんびりした口調で,他人事のようにタロスが言う。 こういう言い方をする時は,タロス自身が状況のマズさを認識している証拠だ。
     ブリッジに重苦しい沈黙の帳が降りる。
     惑星ロムカへの着陸まで,残り1時間を切った。

     アルフィンは,ベッドの上で静かに浅い呼吸を繰り返していた。
     散々泣いたせいだろうか,それともジョウに全てを話したせいだろうか,先程までの興奮が嘘のように冷めていた。
     頭痛は相変わらず続いているし,横になっていても身体を持って行かれそうになるような目眩も襲ってくる。
     それでも不安や恐怖は不自然なほど消え去っている。
     ただ,胸にぽっかりと穴が開いたような虚無感だけが全身を蝕んでいた。

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■672 / inTopicNo.14)  Re[13]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/04/02(Fri) 20:56:05)
     <ミネルバ>が惑星ロムカに着陸してからのジョウ達の行動は素早かった。
     手早く入国審査を済ませ,上陸前の通信処理の際に管制官に要請してあったアンビュランスにアルフィンを運び込み,そのまま病院まで搬送した。
     アンビュランスにはジョウとリッキーが同乗した。タロスは宇宙港に残り,<ミネルバ>がタイダル流星群によって受けたダメージの修理作業にあたった。

    「視神経炎?」
     タロスは<ミネルバ>の修理の手を止めずに聞き返す。
    「ああ。なんか,そういうものらしい。頭とかにさ,物が当たった時の衝撃で直接視神経が傷つけられたりするんだって」
     病院から単身宇宙港に戻ってきたリッキーがタロスに報告する。
     ジョウはアルフィンに付き添ってまだ病院に残っている。
    「……で,そいつは治るのか?」
     端的にタロスが問う。
    「うーん…,それがハッキリしなくてさぁ…」
     リッキーは奥歯に物が挟まったような言い方をする。
    「検査の結果,アルフィンには浮腫ってヤツが出来ちゃってんだって…。そいつが厄介らしくて,投薬だけで治るケースもあれば,手術しなくちゃダメなケースもあるって…」
    「…だから,手術でも何でも受ければ元通りになるのかって訊いてんだ!」
     いつの間にか作業の手を止め,リッキーのへどもどした説明を聞いていたタロスがイラついた声を上げる。
    「な,なんだよ!怒鳴ることないだろ!俺らだって必死で医者の話を聞いてたけど,専門用語がやたら多いし,なんだか回りくどい話し方だし,肝心なことはちっとも言わないし…,だから,兄貴が……。とにかく俺らはちゃんと聞こうとしたけど,結局最後まで聞けなかったんだよっ!!」
     リッキーが心外とばかりに顔を真っ赤にして反論する。
    「……ははーん。ジョウが途中で痺れを切らして医者の話を中断させたんだな?」
     タロスは合点がいったように,小さく溜息を吐いた。
     ただでさえ気が長くないジョウである。しかもアルフィンが絡んでくると,特に感情的になりやすい。当の本人はまったく自覚が無いようだが…。
    「医者っていう生き物は,説明が回りクドくていけねぇ。100%の確証がなきゃ”絶対”って言葉を使いたがらねぇからなぁ。”多分”治るじゃ,信頼性がねえ」
     再び作業を進めながら,タロスはボヤくように言った。
    「……なぁ,アルフィンの眼,治るよな?」
     タロスに尋ねても意味など無いことは解っていたけれど,それでもリッキーは訊かずにはいられなかった。
    「………さぁな」
     素っ気なくタロスが答える。
     軽い口調とは裏腹に,タロスの表情は硬い。ただ黙々と手を動かしている。
     自身の不安を受け流されたリッキーは,所在なさげに立ちつくすしかなかった。

     アルフィンはそのまま入院することになった。
     明日,精密検査をし,その結果次第で最終的に手術をするかどうかが決まる。
     アルフィンの眼の容態は思った以上に深刻だった。
     中心暗点の大きさと,著しい視力の低下から判断すると,手術をしたところで失明してしまう可能性があるということだった。
     病室のベッドに横たわったアルフィンの眼には,痛々しく白い包帯が巻かれている。
     ジョウは傍らのちっぽけな椅子に腰を降ろし,何をするでもなくただ黙っている。
    「……ジョウ?」
     アルフィンが静かに名前を呼んだ。
    「なんだ?どうかしたか?」
     ジョウは即座に反応して身を乗り出した。
    「依頼主のところへ行かないと…。まだ報告の仕事が残ってるわ」
     アルフィンは軽く諫めるように言う。
    「……そんなことは,どうでも良いんだ。気にするな」
     ジョウがわざと軽い調子で返す。
    「どうでも良くないでしょ?ダメよ,チームリーダーがそんないい加減なこと言っちゃ」
     意外なほど強い口調でアルフィンがジョウを叱る。
    「アルフィン……」
    「あたしの事は大丈夫よ。ここは病院なのよ?」
     戸惑っているジョウの様子を悟ったのか,今度は優しく言い聞かせるように話す。
    「明日の夕方,また来てくれる?日中はどうせ検査だろうし,ジョウにいてもらっても仕方ないでしょ?」
     ね?とアルフィンは口元に微笑みを浮かべながら言った。
     そんなアルフィンの様子に,ジョウはまるで自分が駄々をこねている子どもになったような気分になる。
    (これじゃいつもと逆じゃないか…)
     なんとなく居心地が悪くなってくる。
    「………分かった。また明日来る。でも何かあったらすぐに連絡するんだぞ?」
     いつもは左手に巻かれているが,今は外されてベッドの脇に置かれているアルフィンの通信機を見ながらジョウが念を押す。
    「ええ,分かってるわ。ありがとう,ジョウ」
     ジョウは名残を惜しむように,一度アルフィンの頭に手を伸ばし,添えるように軽く撫でると病室を出て行った。
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■673 / inTopicNo.15)  Re[14]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/04/04(Sun) 07:01:02)
     翌日の夕方,約束通りジョウは病院へやって来た。タロスとリッキーも同行した。
     3人が病室のドアをノックした時,アルフィンは上半身を起こし,枕を背もたれのようにして座っていた。顔は窓の方を向いている。包帯に眼を塞がれていても光を感じようとするかのように。
     ノックの音に反応してアルフィンはジョウ達の方に顔を向ける。
     白い包帯が眼に飛び込んできて,タロスが小さく顔を歪めた。
    「……ジョウ?」
    「そうだ。タロスとリッキーも一緒だ」
     ホッとしたようにアルフィンは肩の力を抜き掛けるが,ジョウの声に不自然な固さがあることを敏感に感じ取る。眼が見えない分,他の感覚が過敏になっているのかもしれない。
     「どうかしたの?」とアルフィンが尋ねようとするより先にジョウが再び口を開いた。
    「検査の結果はどうだった?」
     ベッドに近寄りながら尋ねる。
     アルフィンは一瞬躊躇したものの,落ち着いて答える。
    「…手術を,受けることにしたわ」
    「……」
     ジョウは沈黙することでアルフィンの次の言葉を促す。
    「精密検査の結果,投薬では間に合わないことが判ったの。このまま放っておけば,いずれ失明するみたい」
     ジョウは瞬間息を詰まらせ,ぐっと眼を閉じた。タロスは拳を握りしめ,リッキーは脱力したように身体を壁に預けた。
    「…その,手術をすれば,治るのか?」
     はからずも,ジョウは昨日のタロスと同様の質問をする。幾分苦渋の色を滲ませて。
     見えずとも,アルフィンには今の3人の様子が手に取るように判る。
     アルフィンは苦笑いのような表情を浮かべて言った。
    「手術しなければ,遅かれ早かれ失明しちゃうんだもん。それなら可能性のある方に賭けるのが順当ってものでしょ?」
     開き直ったように,むしろ気楽そうな素振りを見せる。
    「……たとえば,最悪失明したとして,機械化した義眼での視力の回復の可能性はあるのか?」
     絞り出すように,固い声でジョウが尋ねる。
    「それは,ちょっとばかし難しいかもしれませんぜ」
     思いがけず,背後からタロスが答える。
     ジョウは振り返り,睨みつけるようにタロスを見たが,タロスは微かに痛みを伴った表情で,しかし真っ直ぐにジョウの視線を受け止めた。
    「視神経なんてモンは繊細ですからねぇ。なんたって脳に直接繋がってんですから…。今の医療技術じゃあ例え機械の眼を入れたとしても,ウマく繋がるかどうかアヤシいもんです。脳の他の部分に影響が出る可能性を考えりゃあ,リスクが高すぎまさぁ。仮にウマく適合したとしても本人への負担が大きい事に変わりはないですからねぇ。…だから,そいつは医療分野じゃなく,軍事兵器の開発分野になっちまうんです。俺たちのような商売をやってるヤツらには,そのテの手術を受けたのが結構いますが,全員ウマくいったってワケじゃねえ。…鍛えられた荒くれ者でさえそうなんだ。いくらクラッシャーだと言っても,アルフィンの細っこい身体じゃ無理ってモンでさぁ」
     タロスはゆっくりと淀みなく言った。リッキーがぽかんと口を開けて唖然としている。
    「うん,その通りよ」
     アルフィンも感心したように続ける。
    「眼球を取り出して義眼を入れるだけなら簡単な手術で済むけど,神経を繋ぐのは容易な作業じゃないみたいね」
    「じゃ,じゃあどうすれば良いんだよ!」
     我に返ったリッキーがヒステリーのような声を上げる。
     ヒステリーを起こしたいのはジョウも同じだった。だが,奥歯を噛み締めて堪え,アルフィンの答えを待つ。
    「視力を得るのに,今現在医療範囲で一般的なのはゴーグルタイプのスコープらしいわ。ゴーグルから直接脳に導線を伸ばして繋げるみたいよ。もちろんコレだって適合性云々で全ての人に有効とは言えないらしいけど…」
     アルフィンは日中医者から受けた説明を反芻して言った。
     室内に思い沈黙が充満する。
     再び口を開いたのは,やはりアルフィンだった。
    「いやあね,みんな!暗くならないでよ。だいたいまだ手術もしていないのよ?確かに成功率としては低いかもしれないけど,それでも成功する確率の方が高いんだから!それなのに最初から失敗した時の事を考えるなんておかしいわ」
     トーンを上げて,陽気に言う。いつものアルフィンと変わらない様子で。
    「……アルフィン」
     ジョウはようやく声を出す。しかし次の言葉を思いつけずにいる。
    「もし…,もしも本当に失明しちゃったら,……そうなってから改めて,今後のことを考えれば良いのよ。そうよ,その時はその時だわ。ねぇそう思わない?」
     明るく尋ねるアルフィンだが,その本心を読みとることが出来ない。
     素直に感情を反映して,くるくると表情を変える青い瞳を隠す白い包帯が,今更ながらジョウ達の胸に鈍い痛みをもたらした。
     

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■674 / inTopicNo.16)  Re[15]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/04/04(Sun) 08:50:06)
    「手術はいつなんだ?」
     ようやくジョウが重い口を開いて尋ねる。
    「明後日の午前中だって」
    「明後日!?」
     あまりにも急な運びにリッキーがぎょっとしたように目を丸くする。
    「うん。明日,身体的なメディカルチェックを受けて,問題がなければね」
     アルフィンは既に覚悟が出来ているのか,落ち着いて答える。
    「なんてこった…」
     タロスが片頬を歪めて盛大な溜息を吐いた。
    「……どうか,したの?」
     自分の手術が決まった事に対する反応にしては,少しおかしい。アルフィンは先程言いかけて言えなかった問いを発した。やはり何かあるのだ。アルフィンは初めて不安そうな素振りを見せた。
     タロスとリッキーは黙ってジョウを見る。
    「……急遽,あの宇宙ステーションに引き返さなければならなくなったんだ」
     ジョウが低い声で告げる。
    「……え?」
    「邪魔が入ったせいで工事の予定が大幅に遅れているらしい。そこで技術者を増員することになったんだ。その上,設計上の変更があって,前回運んだプルトニウムだけじゃ足りない計算になったらしい」
    「……じゃあ,その技術屋さん達とプルトニウムを届けに”トンボ返り”をするってこと?」
     アルフィンがジョウの説明を受けて確認する。
    「ああ,そうだ。俺たちがロムカに戻る頃を見計らって,依頼主のおっさんが再びアラミスへ仕事の依頼をした。今日,報告に出向いた時,ついでのようにクラッシャー評議会から正式な要請が来やがった。…”明日,すぐに出発するように”だと」
     憎々しげにジョウが拳を握りしめて言った。
    「明日……」
     さすがにアルフィンも言葉を無くす。
     断れるものなら断ってしまいたい。
     それはジョウだけでなくタロスやリッキーの思いでもあった。1ヶ月あまりの航行を終えて帰ってきたばかりである。今度は敵の襲撃が無いとしても,また同じだけ長い行程になる。しかも<ミネルバ>は,まだ完全に修理を終えていない。その分前回より厳しい条件なのだ。
     こんな状態のアルフィンを馴染みの薄い惑星に独り残していくことは,心理的にひどく抵抗があった。
     しかし,仕事の延長あるいは追加は,特に珍しいものではない。別のクラッシャーに替わるということも前例が無いわけではないが,それらは全て依頼主の方からの要請で,”キャンセル”という形のものだ。クラッシャーにとって,これほど屈辱的で不名誉な烙印はない。仮に,クラッシャー側の事情で仕事を辞退したとしても,やはり信用を著しく落とす事に変わりはない。
     ジョウ達にはAAAランクのクラッシャーとしてのプライドも責任もある。
     私情を挟む余地は,ありえない。
    「………そう」
     しばらくして,アルフィンが俯きながらぽつりと言った。
     リッキーはアルフィンが泣き出すのではないかと思った。それくらいアルフィンの声は小さく弱々しかった。
     しかし,次の瞬間アルフィンはパッと顔を上げ,口元に微笑みすら浮かべながら明るく言った。
    「ちょうど良いわ。どうせ手術した後は,しばらく安静にしてなくちゃイケナイみたいだし,すぐに包帯が取れると言うわけでもないらしいから。…せいぜい独りで先に休暇を満喫してるわ」
    「アルフィン……」
    「それに病院に通ってもらっても,実は困るのよねー。今のあたしは鏡で自分の姿を確認できないんだもの。もしかしてヒドい顔してるのかもって思ったら,おちおち面会も受け付けられないわ」
     冗談ではないとばかりにアルフィンは首を振ってみせる。ジョウが何か言いかけたが,敢えて遮ってアルフィンは続ける。
    「それとも3人とも,あたしの世話をするつもりだったの?いくら眼が見えないからって,ジョウ達に身体を拭いてもらったり,髪を洗ってもらったりするのは,きっぱりお断りしたいんだけど…?」
     思いもよらない牽制を受けて,ジョウ達は「え!?…ま,まさか!そんな…いや……」と口々にしどろもどろになる。
     アルフィンはそんな様子を察知して満足したのか,くすりと笑うと努めて明るく言った。
    「ね?どうせあたしは病院から出られない。ジョウ達も病院じゃ何も出来ない。それなら仕事に出掛けてる方が余計なことを考えなくて良いし,あたしだって気が楽ってモンよ」
     だから気にせず自分を置いて行って来い,とアルフィンは言う。
    「……ジョウ」
     何も言い返せないでいるジョウに,タロスが促すように呼び掛ける。
    「当のアルフィンがこう言ってるんです。俺たちはせいぜい手早く仕事を終わらせて帰ってくることを考えた方が良いってモンですぜ」
     アルフィンの気持ちを慮って,タロスはジョウの肩に手を乗せていった。
     タロスの分厚い掌は力強く,グラつくジョウの心を現実へと引き戻した。
     ジョウの瞳に強い意志の光が蘇る。
    「……分かった。なるべく早く帰ってくる。それまで頑張ってくれ」
     しっかりとした声でそう告げると,アルフィンは満足したように口元に微笑を浮かべ,頷いて言った。
    「いってらっしゃい。気を付けて」


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■675 / inTopicNo.17)  Re[16]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/04/04(Sun) 11:05:35)
     ジョウ,タロス,リッキーの3人は出発の準備をするために,早々に病院を後にした。タイダル流星群によって受けた被害箇所の修復作業を急がなければならない。装甲部分の亀裂は応急処置で我慢することにして,ともかく動力系統と電気系統の修理は完璧にしておく必要がある。
     仕事を引き受けた以上は,完璧にやり遂げなければならない。
     AAAランクのチームとしての重責を背負って,ジョウ達はクラッシャーの顔付きになる。
     
     ひとり病室に残されたアルフィンは,夕刻と同じ体勢でベッドに座っていた。
     しかし,もはや光の差さない窓の方は向いておらず,背中をゆったりと枕に埋め,軽く俯いている。
     すでに消灯時間を過ぎた病院は,ひっそりと静まりかえっている。
    (ジョウ達があたしを置いて行ってしまう…)
     強がりを言ったものの,アルフィンの胸は不安と心細さで張り裂けそうだ。
     しかし,同時にこれは,自分にとって良い機会かもしれない,とも思えた。
     アルフィンは手術の決断をした時に,もうひとつの決断をしていた。
    (手術が失敗したら,クラッシャーを辞めよう)
     それは激しい痛みを伴う決断であった。
     ”機械の眼になってもジョウの側にいたい”…,確かにそう思っていた。
     しかし,先日のミスが,その思いを根底から覆した。
     失明してしまったとしてもゴーグルがうまく適合すれば,日常生活に支障は無いらしい。だが,あくまでも普通の暮らしをする分には,という事である。ゴーグル自体の重さもあるし,いくら固定しているとはいえ,細い導線で繋いでいるのである。激しい運動などは出来るハズもない。それにゴーグルでは格段に視野が狭まるという事だった。
     そんな不完全な状態でチームに戻れば,ジョウ達の足を引っ張る結果になるのは目に見えている。
     先日は辛くも<ミネルバ>の損害だけで済んだが,次は本当に自分のミスで誰かを死なせてしまうかもしれないのだ。
     アルフィンにとって,そんな恐ろしいことはなかった。想像するだけで身体が震え出す。
     クラッシャージョウのチームはAAAランクの優秀なチームだ。
     それはアルフィンにとっても誇りだった。
     それならば自分は潔くクラッシャーを引退するべきなのだ。自身の私的な感情でワガママを通す訳にはいかない。
     おとなしく故郷に帰って,静かに暮らそう。
     ジョウやタロスやリッキーやドンゴ,そして<ミネルバ>や<ファイター>…,みんなと離ればなれになるのはつらいけど,それが一番良い。
     期せずして,別離の予行演習のような事態になってしまった事を,アルフィンは皮肉な思いで受け止めた。
    (本当のお別れの時は,ちゃんと笑えるようにしなきゃ…)
     アルフィンの眼は包帯に覆われているけれど,こみ上げてくる涙を塞ぐことは出来なかった。
     誰もいない一人きりの病室で,アルフィンは肩を震わせて泣き出した。
     
引用投稿 削除キー/
■676 / inTopicNo.18)  Re[17]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/04/04(Sun) 11:39:30)
     小1時間も経った頃だろうか,ようやくアルフィンが平静さを取り戻しかけた時,サイドテーブルの上に置いてあった通信機が鳴った。
     アルフィンはぴくりと反応し,シーツを辿るようにして手を滑らせ,慎重に通信機を手に取った。
    「……はい」
    『アルフィン?俺だ』
     自分の声が涙声だった事に焦りを感じたが,通信機越しではうまく誤魔化せたらしい。
     ジョウは気に留めることもなく,その声を静かな病室に響かせた。
    「ジョウ,どうしたの?何かあった?」
     みるみる胸に充満してくる熱い想いをなんとか押し殺し,アルフィンは何気ない様子を装って訊く。
    『いや…何かあったってワケじゃないんだ。……特に何もないんだが,ただ出発前にもう一度,アルフィンの声が聞きたくて…』
    「!?」
     普段のジョウからは到底聞けないような甘い台詞に,アルフィンの胸はせつなさでいっぱいになる。
    「いやだ,何言ってるの?…そんな冗談,ジョウらしくないわ。……もう出発の準備は整ったの?」
     わざとはぐらかせてアルフィンは尋ねた。
    『…別に,冗談のつもりは……。うん,その…ああ,後はプルトニウムと技術者チームの準備が整い次第,出発する。そうだな…あと2時間後ってとこかな』
    「ええ?夜中の出発なの?明日,明るくなってからだと思ってたわ…。随分,急ぐのね…」
     先程の決意が嘘のように,急激に寂しさがこみ上げてくる。また涙腺が緩くなってきた。
    『ああ,行くと決めた以上,ぐずぐずしてるヒマは無いからな』
     仕事モードに入ったジョウは,もはやアルフィンの事など頭の外に追い出したのだろう…。
     当然の事だと解っているつもりでも,やはり哀しく思う気持ちはどうしようもない。ひどく胸が痛んだ。
    『とっとと仕事を終わらせて,すぐに帰って来るからな。アルフィン,しばらく寂しい思いをさせるが,あまり泣かないで待っていてくれ』
    「……ジョウ!?」
    『手術は絶対成功する。きっと大丈夫だ。…だから,余計なことは考えずに,俺たちが帰ってくるのを待ってろ。……いいな?』
     力強い,しかし優しさのこもったジョウの台詞に,アルフィンは言葉もなく通信機を握りしめ嗚咽をかみ殺した。
    『アルフィン?』
    「……ジョウ!…ジョウ,気を付けて行って来てね?あたしも頑張るわ」
    『ああ。お互いの成功を祈ろうぜ。……行ってくる!』
     アルフィンは,切れた通信機に想いを込めてキスをした。

     
引用投稿 削除キー/
■677 / inTopicNo.19)  Re[18]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/04/04(Sun) 12:59:16)
    「アルフィンさん,気分はどうですか?」
     窓を開け,新鮮な空気を取り込みながら,アルフィンの担当ナースが尋ねる。
    「うーん,今日は大分良いみたい。頭痛も気にならない程度だわ」
     顔をくすぐる風に頬を弛ませながらアルフィンは答える。
    「大きな手術の後ですからね,しばらくは後遺症のような感じで頭痛が起きると思いますけど,それも時間の問題ですからね」
     声の感じから想像すると,まだ若い,もしかしたらアルフィンと同年代かもしれないナースは優しく言う。
     アルフィンの手術から2週間が経過していた。
     まだ眼には包帯が巻かれたままである。
     傷口が完全に塞がるまでは絶対安静が必要とされる。ついこの前まで,ベッドで起き上がることさえ禁止されていた。
     昨日あたりから,ベッドから降りる事も許され,寝たきり状態で覚束なくなった脚を運動させるために少しずつ歩いたりしている。
    「早くこの包帯が取れないかしら」
     アルフィンがいつものように愚痴をこぼす。
    「アルフィンさん,事を焦ってはいけません。楽しみは先に延ばした方が,より一層大きな喜びをもたらすんですから」
     こちらも”いつものように”同じ返事を繰り返す。
    「んもうっ!クレアはいっつもソレばっかなんだから!」
     クレアと呼ばれたナースは,ころころと笑って拗ねたフリをするアルフィンにクギを差す。
    「もうダメですよ?アルフィンさん。この前みたいに勝手に包帯を取ろうとしちゃ」
    「……」
     つい3日前,手術の結果を早く確かめたいという焦りと,ずっと寝たきりだった事で溜まったストレスが爆発し,発作的にヒステリーを起こしてムリヤリ巻かれている包帯を解こうとしたのだ。
     子どもっぽいヒステリーを起こしてしまった事で,なんとなくそれ以来アルフィンはクレアに頭が上がらない。
    「ねぇクレア。あたしの眼,ちゃんと見えるようになってるかしら?」
     ナースの彼女にそんな事を訊いても困らせるだけだと分かっているけれど,アルフィンは事ある毎にその台詞を繰り返していた。
    「ええ,そうなっていれば良いと思います」
     クレアは優しく答える。しかし大丈夫だとは言わない。言えないのだ。
     彼女は誠実なのだ。
     アルフィンも,クレアのそういうところが好きであった。
    「……ごめんね,クレア。あたし,あなたを困らせてばかりいるイヤな患者ね」
     溜息を吐いて,アルフィンが小さく謝罪する。
     クレアは思わず笑みをこぼしながら首を振る。こういう処は本当に可愛らしい人だといつも思う。
    「いいえ,とんでもない。アルフィンさんみたいに綺麗な人の担当になれて私は嬉しく思ってますよ。…ただのミーハーですけど」
     ふふふふふと笑いながら告げる。
    「いやだわ,クレア!何なのそれ!」
     アルフィンも戯けて,また拗ねたフリをする。お互いの愛称が良いのだろう。数日間でずいぶん親しくなった。アルフィンの寂しさを埋めようとするかのように,クレアはよくアルフィンの世話を焼いた。
     ふとクレアが口調を改めて尋ねる。
    「本当に,包帯を取ってみたいですか?」
    「え?…ってあたし毎日言ってるじゃない…?」
     アルフィンが怪訝そうに答える。
     クレアは少し考える様子をみせる。アルフィンにはその気配が伝わってくる。
    「……クレア?」
    「今朝,先生がそろそろ包帯を外してみるかっておっしゃってました。私の方から,アルフィンさんに伝えるように,とも」
     思わずアルフィンは息を飲む。
    「アルフィンさん?」
     急に口をつぐみ,みるみる顔から血の気が引いていくアルフィンを気遣って,クレアが優しく呼び掛ける。
    「……どうしよう,クレア。……あたし……怖いわ」
     アルフィンが先程とは一転した様子で脅えている。白い手でシーツをギュッと握りしめている。微かに震えてさえいるようだ。
    「アルフィンさん,落ち着いて」
     クレアはアルフィンと同様の手術をした患者を何人も看てきた。みんな包帯が取れると決まった時は似たような反応を示した。
    (怖い…)
     嫌でも結果が明らかになるのである。ただでさえ成功率の低い手術なのだ。
     包帯が巻かれている内は良い。まだ可能性があるから。だからこそ”早く取ってくれ”とワガママも言えるのだ。しかし,実際にその段階になるとほぼ全員が躊躇する。僅かばかりの可能性さえ消えてしまう結果が待っているかもしれないのだから…。
    「アルフィンさん?あなたの待ち焦がれた日じゃないですか。それとも先延ばしにして,また毎日私と同じ会話を繰り返しますか?」
     クレアはそっとアルフィンの手を取って,励ますように握りしめてやる。クレアの手は小さいけれど温かい。アルフィンを労る気持ちが痛いほど伝わってくる。
    「クレア……。クレア,ごめんなさい」
     アルフィンは徐々に落ち着きを取り戻し,ようやく口を開いた。
    (そうよ,包帯が外される日をあんなに待ちわびていたじゃない。”結果”が出るこの日を…!)
     アルフィンは大きく深呼吸する。
    (大丈夫。どんな結果が出ようとも,覚悟は出来てるハズじゃない!!)
    「もう,平気よ。ありがとう」
     アルフィンの言葉の中に強い意志を読みとって,クレアは安心したように手を解いた。

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■678 / inTopicNo.20)  Re[19]: Dark Veil
□投稿者/ まき -(2004/04/04(Sun) 13:21:59)
    「はい,いいですかー?包帯を外していきますからねー」
     のんびりとした口調の医者の言葉とは裏腹に,アルフィンは緊張で身体を固くする。
    「包帯が取れてもすぐには眼を開けないで下さいねー。刺激が少ないように部屋の照明は落としてありますけど,いきなりはダメですからねー」
     言いながら,医者はくるくると包帯を外していく。眼の圧迫感が取れ,ひどく無防備に感じられる。ガーゼも外されて,アルフィンの瞼が現れた。
     長い睫に縁取られた瞼は,緊張のためか微かに痙攣を起こしている。
     いつの間にか間接が白くなるほど強く握りしめた手に冷たい汗が滲んでくる。
    「はい。身体の力を抜いて下さいねー」
     医者が手を伸ばし,アルフィンの両腕をほぐすように揉んでくれる。
     思ったより力が入りすぎていたようだ。がちがちに固まった肩を2度上下させる。
    「はい。それじゃあ,ゆっくりと眼を開けてみましょうか?いいですかー,静かーに,ゆーっくりとですよー」
     促されて,アルフィンは瞼に力を入れる。
     しかし眉間に皺が寄るだけで,一向に瞼が開かない。ぴったりと接着剤で付けたみたいだ。
    「大丈夫ですよー。ちゃんと開きますよー」
    「アルフィンさん,頑張って!」
     医者の言葉に続けてクレアの声も聞こえた。
     アルフィンは無意識のうちに止めていた呼吸を再開し,改めて一度深呼吸する。息を吐きながら肩の力を抜いて,もう一度瞼に集中する。
    「あ……」
     クレアの声が漏れる。
     アルフィンの瞼は静かに開いた。
     直後に再びギュッと閉じられたが,またすぐに,次は慎重に開いていく。
    「……どうですか?」
     医者が静かに問いかける。クレアも息を飲んでじっと見守っている。
     およそ2週間ぶりに外気に晒されたアルフィンの瞳は,不安げに揺れている。
     無意識に焦点を合わせようと眼を細める。
     美しい青い瞳が,抑えられた照明の中でもきらりと光を反射する。
     アルフィンは静かに瞼を閉じた。
     その瞬間,一筋の涙が白い頬を伝って落ちた。

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