| ジョウはずっと見つめていた画面から目を逸らした。 次々と舞い込む依頼。いつもながらに楽な作業ではない。この中から、もっとも適した仕事を選び出すのは。金額もさることながら、仕事の内容の見極めも大事なことだ。有名なチームの名に惹かれて、ずっとランクが下のクラッシャーでもこなせる依頼をしてくるのも多い。特Aチームを率いるリーダーとしては、仕事選びも慎重に行わなければならない。それ自体も今後の評価に大いに影響するのだから。
―――よくもまぁ、これだけあるもんだぜ。
ジョウは他人事のように考えながら、端末の電源を落とす。取り合えず三件に絞った。あとは金額と拘束期間が折り合いがつくものを選べば良い。 「くっ」 軽く背伸びをし立ち上がる。少し気分転換にふらりと出かけようか。 「さてっと、飲みにでも行くかな」 ジョウは呟き、無意識に部屋を見渡す。海洋惑星ミニヨンヌのリゾートホテル。スィートルームのリビング。静かだ。皆、出かけている。夕食を終えた後、彼だけ部屋に戻った。仕事の調整のためだ。今回の休暇は、正式な休暇ではない。穴が空いただけ。クライアントが急病になり、スケジュールが合わなくなった為、先方からキャンセルしてきた。そこでジョウは、一番近いリゾート惑星にホテルを取り、一週間だけ休暇とした。その間に穴埋めする依頼を選ぶ心積もりであった。べつに全て休暇にしてしまっても良いのだが・・・
―――アラミスに仕事ねじ込まれねぇようにしないとな。
フッとジョウの口元に苦笑が浮かぶ。アラミスの推薦は名誉なことだが、度々休暇を潰されてる彼のチームにとっては、いささか迷惑に思えるときもある。 ジョウが上着を手にし、袖を通そうとした時。 不意にドアが開いた。 「ただいまー」 ご機嫌な愛らしい声。姫のご帰還である。 「よう。何か、良いもんあった、かい?・・・あった、らしいな」 ジョウは、近づいてきたアルフィンに目を向けると途中で言い直す。買い物に行くと言っていた彼女。その手には数多くの戦利品。右肩には、幾つもの違うブランドのロゴが入った紙のバック。おまけに小さな箱を両手で胸元で支えるように持っていた。 「あんまし買い込んで、船のバランス崩すなよ?」 ジョウは苦笑してアルフィンを見た。 「んもう、これでも厳選してるんだから」 アルフィンが口を尖らして抗議する。しかし、拗ねて見せながらもご機嫌はそのままだ。ジョウがいた事で、自然と顔がほころぶ。 と、アルフィンの顔から笑顔が消えた。僅かに首を傾げてジョウをジッと見つめる。金髪がさらさらと緩やかに肩から胸元へ流れ、ジョウは凝視されて戸惑いつつも目を奪われていた。 そんな彼に。アルフィンはグイッと急接近した。そして彼を近距離から見上げる。慌てて身を引こうとするジョウだが、アルフィンの有無を言わせない声に引き止められた。 「ジョウ、これ持ってて」 「お、おい」 いきなり差し出された箱を、反射的に受け取ってしまうジョウ。彼女が胸元で大事そうに抱えていたヤツだ。 「どうすんだよ、コレ?」 ジョウは困惑して声を上げる。しかし、答えは無い。アルフィンは、箱を渡すと同時にさっさと自分の部屋へと走り出していたのだ。 「待てったら」 走り去るほっそりした背中に声を掛けるも空しく、ジョウはそのまま取り残された。
数分後。 アルフィンは小走りで戻ってきた。そして、ジョウが渡したときのままの体制で待っているのを見てクスリと笑う。 「あ・り・が・とv」 ジョウの仏頂面を愛らしい笑顔で見上げ、アルフィンは彼の手からひょいと箱を取り上げると、あっさりと近くにあったテーブルの上に置く。その様子に、ジョウは眉を顰めた。 「いったい、何なんだよ、ソレ」 「ケーキ」 短く答え、アルフィンは悪戯っぽい笑みを浮かべる。その微笑の意味が掴めず、ジョウは更に戸惑うが、ふと彼女が着替えてる事に気付く。先程のカジュアルなワンピースから、少しフェミニンな雰囲気のモノに変えている。ワインレッドが白い肌を引き立たせていた。 「また、出かけるのか?」 「うん」 頷くアルフィンに、ジョウは戸惑ったように問いを重ねた。 「―――どこへ行くんだ?」 すると、アルフィンは甘えるようにジョウを上目遣いで見る。 「ちょっと、ね」彼女は曖昧に答え、逆に聞き返す。 「ジョウも出かけるんでしょ?」 「あぁ、ちょっと飲みに行こうかと思ってさ」 「じゃあ、あたしも、そこなの」 「へ?」 固まるジョウ。しかし、アルフィンは手を後ろに組み顔には極上の笑みを浮かべて言い放つ。 「あたしが行くのは、ジョウがいくトコなのv」 「なっ・・・」 クス、クス、クス・・・・ アルフィンの屈託の無い笑顔。
―――やられた
ジョウは右手で顔を覆った。手に箱を持たしたのは、ジョウを逃さない為の作戦。一杯食わされた。 「で、どこ行くの?」 明らかに浮き浮きした様子のアルフィン。作戦成功。しかも、ジョウと二人きりで出かけられるのだから。 一方、ジョウは諦めて彼女を連れて行く事にしたが、場所を決めかねていた。先程まではホテルのバーで軽くやるつもりであったが、彼女に酒を飲ませるとなると・・・危険が伴う。もし、アルフィンが酔って騒ぎを起こせば、明日からの宿泊は難しくなるかもしれない。 「ジョウったらぁ」 アルフィンは悩むジョウの気持ちも知らず、無邪気なものだ。彼女にしてみれば、偶然訪れたジョウとのデート。少しでも無駄にしたくない。 「いや、適当に行くつもりだったから・・・」 ジョウは肩をすくめて見せる。安全策を練ってるとは口が裂けても言えない。すると、アルフィンは少し考えるような素振りを見せた。それから、すぐに顔を輝かせる。 「昨日、お買い物する場所の検索してる時に、海沿いに素敵なお店が並んでるトコあったわ。その辺でどう?」 嬉しげに自分を見るアルフィンに、ジョウも気持ちが和らいでくのを覚えた。真っ直ぐな碧い瞳。はたして、彼女は自分の瞳に宿る力を知ってるのだろうか? ジョウは、上着に袖を通す。それを見て、アルフィンも手に持ていたショールを肩にかける。 「じゃ、その辺行ってみるか?君も寒くないようにしろよ」 「うん。平気」 二人は部屋を後にした。
|