FAN FICTION
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■682 / inTopicNo.1)  anniversary
  
□投稿者/ 夕海 碧 -(2004/05/04(Tue) 03:10:25)
    ジョウはずっと見つめていた画面から目を逸らした。
    次々と舞い込む依頼。いつもながらに楽な作業ではない。この中から、もっとも適した仕事を選び出すのは。金額もさることながら、仕事の内容の見極めも大事なことだ。有名なチームの名に惹かれて、ずっとランクが下のクラッシャーでもこなせる依頼をしてくるのも多い。特Aチームを率いるリーダーとしては、仕事選びも慎重に行わなければならない。それ自体も今後の評価に大いに影響するのだから。

    ―――よくもまぁ、これだけあるもんだぜ。

    ジョウは他人事のように考えながら、端末の電源を落とす。取り合えず三件に絞った。あとは金額と拘束期間が折り合いがつくものを選べば良い。
    「くっ」
    軽く背伸びをし立ち上がる。少し気分転換にふらりと出かけようか。
    「さてっと、飲みにでも行くかな」
    ジョウは呟き、無意識に部屋を見渡す。海洋惑星ミニヨンヌのリゾートホテル。スィートルームのリビング。静かだ。皆、出かけている。夕食を終えた後、彼だけ部屋に戻った。仕事の調整のためだ。今回の休暇は、正式な休暇ではない。穴が空いただけ。クライアントが急病になり、スケジュールが合わなくなった為、先方からキャンセルしてきた。そこでジョウは、一番近いリゾート惑星にホテルを取り、一週間だけ休暇とした。その間に穴埋めする依頼を選ぶ心積もりであった。べつに全て休暇にしてしまっても良いのだが・・・

    ―――アラミスに仕事ねじ込まれねぇようにしないとな。

    フッとジョウの口元に苦笑が浮かぶ。アラミスの推薦は名誉なことだが、度々休暇を潰されてる彼のチームにとっては、いささか迷惑に思えるときもある。
    ジョウが上着を手にし、袖を通そうとした時。
    不意にドアが開いた。
    「ただいまー」
    ご機嫌な愛らしい声。姫のご帰還である。
    「よう。何か、良いもんあった、かい?・・・あった、らしいな」
    ジョウは、近づいてきたアルフィンに目を向けると途中で言い直す。買い物に行くと言っていた彼女。その手には数多くの戦利品。右肩には、幾つもの違うブランドのロゴが入った紙のバック。おまけに小さな箱を両手で胸元で支えるように持っていた。
    「あんまし買い込んで、船のバランス崩すなよ?」
    ジョウは苦笑してアルフィンを見た。
    「んもう、これでも厳選してるんだから」
    アルフィンが口を尖らして抗議する。しかし、拗ねて見せながらもご機嫌はそのままだ。ジョウがいた事で、自然と顔がほころぶ。
    と、アルフィンの顔から笑顔が消えた。僅かに首を傾げてジョウをジッと見つめる。金髪がさらさらと緩やかに肩から胸元へ流れ、ジョウは凝視されて戸惑いつつも目を奪われていた。
    そんな彼に。アルフィンはグイッと急接近した。そして彼を近距離から見上げる。慌てて身を引こうとするジョウだが、アルフィンの有無を言わせない声に引き止められた。
    「ジョウ、これ持ってて」
    「お、おい」
    いきなり差し出された箱を、反射的に受け取ってしまうジョウ。彼女が胸元で大事そうに抱えていたヤツだ。
    「どうすんだよ、コレ?」
    ジョウは困惑して声を上げる。しかし、答えは無い。アルフィンは、箱を渡すと同時にさっさと自分の部屋へと走り出していたのだ。
    「待てったら」
    走り去るほっそりした背中に声を掛けるも空しく、ジョウはそのまま取り残された。


    数分後。
    アルフィンは小走りで戻ってきた。そして、ジョウが渡したときのままの体制で待っているのを見てクスリと笑う。
    「あ・り・が・とv」
    ジョウの仏頂面を愛らしい笑顔で見上げ、アルフィンは彼の手からひょいと箱を取り上げると、あっさりと近くにあったテーブルの上に置く。その様子に、ジョウは眉を顰めた。
    「いったい、何なんだよ、ソレ」
    「ケーキ」
    短く答え、アルフィンは悪戯っぽい笑みを浮かべる。その微笑の意味が掴めず、ジョウは更に戸惑うが、ふと彼女が着替えてる事に気付く。先程のカジュアルなワンピースから、少しフェミニンな雰囲気のモノに変えている。ワインレッドが白い肌を引き立たせていた。
    「また、出かけるのか?」
    「うん」
    頷くアルフィンに、ジョウは戸惑ったように問いを重ねた。
    「―――どこへ行くんだ?」
    すると、アルフィンは甘えるようにジョウを上目遣いで見る。
    「ちょっと、ね」彼女は曖昧に答え、逆に聞き返す。
    「ジョウも出かけるんでしょ?」
    「あぁ、ちょっと飲みに行こうかと思ってさ」
    「じゃあ、あたしも、そこなの」
    「へ?」
    固まるジョウ。しかし、アルフィンは手を後ろに組み顔には極上の笑みを浮かべて言い放つ。
    「あたしが行くのは、ジョウがいくトコなのv」
    「なっ・・・」
    クス、クス、クス・・・・
    アルフィンの屈託の無い笑顔。

    ―――やられた

    ジョウは右手で顔を覆った。手に箱を持たしたのは、ジョウを逃さない為の作戦。一杯食わされた。
    「で、どこ行くの?」
    明らかに浮き浮きした様子のアルフィン。作戦成功。しかも、ジョウと二人きりで出かけられるのだから。
    一方、ジョウは諦めて彼女を連れて行く事にしたが、場所を決めかねていた。先程まではホテルのバーで軽くやるつもりであったが、彼女に酒を飲ませるとなると・・・危険が伴う。もし、アルフィンが酔って騒ぎを起こせば、明日からの宿泊は難しくなるかもしれない。
    「ジョウったらぁ」
    アルフィンは悩むジョウの気持ちも知らず、無邪気なものだ。彼女にしてみれば、偶然訪れたジョウとのデート。少しでも無駄にしたくない。
    「いや、適当に行くつもりだったから・・・」
    ジョウは肩をすくめて見せる。安全策を練ってるとは口が裂けても言えない。すると、アルフィンは少し考えるような素振りを見せた。それから、すぐに顔を輝かせる。
    「昨日、お買い物する場所の検索してる時に、海沿いに素敵なお店が並んでるトコあったわ。その辺でどう?」
    嬉しげに自分を見るアルフィンに、ジョウも気持ちが和らいでくのを覚えた。真っ直ぐな碧い瞳。はたして、彼女は自分の瞳に宿る力を知ってるのだろうか?
    ジョウは、上着に袖を通す。それを見て、アルフィンも手に持ていたショールを肩にかける。
    「じゃ、その辺行ってみるか?君も寒くないようにしろよ」
    「うん。平気」
    二人は部屋を後にした。

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■683 / inTopicNo.2)  Re[1]: anniversary
□投稿者/ 夕海 碧 -(2004/05/05(Wed) 01:35:33)
    タクシーを飛ばして十分もすると、アルフィンが言っていた場所に辿り着いた。
    なるほど、夜が更けてきたというのに人通りもかなり多い。海岸沿いに幾つもの店が並び、それぞれに趣向を凝らしてライトアップされている。南国の陽気な夜を演出するための。華やかだが派手すぎず、この星が上質なリゾート惑星だと物語っていた。
    治安の良さも売りで、夜でも散策を楽しめるように、海岸に沿って歩行専用の道が続く。車道はその外側に少し高くなった位置に作られていた。所々にパーキングがあり、観光客は専用エレベーターで遊歩道まで降りて、散策したり道の両側に立ち並ぶ店で買い物したりする。そして、各所に砂浜まで下りるエレベーターや階段があるので、遊びつかれた身体に心地よい風を受けながら、そぞろ歩きをする事も出来た。
    エレベーターを降りた二人は、店が立ち並ぶ方へと歩き出した。
    「きゃーん、凄ぉい」
    嬉しげにアルフィンが声を上げた。花をふんだんに使ったバー、船を模ったレストラン、おまけにアクセサリーやドレスのブティック・・・そのどれもが、招くように光を投げかけてくる。
    横ではジョウがげんなりしていた。彼女が「ちょっと見て良い?」と言ったら最後だ。そのちょっとは、最低二時間引き回されることを意味する。先手を打たなければ。ジョウは考えをめぐらす。
    「ほら、置いてくぜ」さっさと歩き出し、ジョウは澄ました顔で付け足した。
    「なんなら、別行動にするか?」
    「あーん、待ってよぅ」
    アルフィンが慌てて彼の後を追う。頬が膨らんでいる。その子供っぽい仕草に堪らずジョウは噴出した。アルフィンはますますむくれたが、ふと思い直したように微笑み何も言わずにジョウの左腕に自分の右腕を絡ませた。
    「お、おい」
    今度はジョウが慌てる側になった。しかし、アルフィンはそ知らぬ顔だ。逆に彼に寄りかかり更に密着してきた。
    「ヒトがいっぱいだから、はぐれたら困るでしょ?」
    「・・・」
    引き剥がそうとして、ジョウは思いとどまった。機嫌を損ねて、ムキになって酒を飲まれたらことだ。ヒステリーを起こされたらなだめるのに苦労するだろうし。この後、もしもの事態に備えて気力は残しておかなければ。酒乱振りを発揮したアルフィンは、力だけでは抑えることは出来ないのだから。
    立ち並ぶ店の前を、ジョウとアルフィンはゆっくり歩いて行った。一見カップルが散策を楽しんでるように見えるが、実は入るべき店を決めかねて、ただ歩いているだけであった。ジョウは、もうどこでもよくなっていたが、アルフィンがなかなか首を縦に振らない。
    「ここなんて、どうだ?」
    「うーん、素敵だけど。なんか、ピンっとこないわねぇ。もう少し先に行きましょ?」
    何度も交わされた会話。自棄になってきたジョウだが、アルフィンの幸せそうな顔を見ると肩を竦めて口を閉ざすしかない。
    やがて。
    「あ、ここにしない?」
    アルフィンから歓声にも似た声が上がった。ジョウは内心ホッとしながら、彼女が選んだ店に目をやった。オープンエアーのどこかエキゾチックな佇まい。
    『anniversary』
    ジョウは軽く頷くと、アルフィンに微笑んだ。
    「じゃ、決まりだな」
    二人は連れ立って中へと入っていった。

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■684 / inTopicNo.3)  Re[2]: anniversary
□投稿者/ 夕海 碧 -(2004/05/10(Mon) 02:28:15)
    「まずは、カウンターへ」
    出迎えた店の者が、柔らかな仕草で二人を招く。
    いつもの癖で、ジョウはざっとあたりを見渡し周囲の様子を掴む。内装はシンプルで開放的だ。基調は濃い色の木材。触れてみると本物のようだ。艶のある木材を贅沢に使い、シンプルさを補うように花が所々に咲き匂う。中に入ると思ってより広い。店内には、右と中央にカウンターがあった。中央のカウンターはドーナツ状の楕円形で、中にいる二人のバーテンがリズミカルにシェイカーを振っていた。テラス席もあるらしい。ジョウの視界の端で、カップルが、店の奥からテラスへと移動する姿が映った。
    一瞬でこれだけ見て取ったジョウは、雰囲気が気に入り気持ちを開放させた。同時に苦笑も漏らす。危険に晒される事の多い稼業。無意識に現状把握を行うのは、一種の職業病かもしれない。横のアルフィンを見ると・・・目が合った。
    「ふふっ」
    ジョウに視線を向けられ、アルフィンは嬉しそうに笑った。どうも彼女はジョウのことしか見てなかったらしい。ジョウは小さくタメ息をついた。
    そして、フッと笑うとアルフィンの肩に軽く手を添えてカウンターへと向かった。


    案内されたのは、右のカウンターだった。カウンターに対してスツールがやけに低い。
    「お座りになったら、スツールの横についているボタンを押してください。高さが調節されます」
    すかさずバーテンから説明がある。言われた通りにすると、センサーで制御されているのか、
    丁度よい高さまでスツールがせり上がった。配慮が行き届いている。特に女性への。ドレスを着てスツールでは優雅に振舞うのは意外に難しい。これならば、ドレスやヒールに気を取られず気軽に楽しめるだろう。
    「ようこそ。」
    並んで腰掛けた二人に、バーテンが声を掛ける。
    「何にいたしましょう?よろしければ、初めは任せていただければ、シンプルなモノをお作りいたしますが。もちろん、お好みに合いませんでしたら遠慮なくおっしゃってください。それから、次をお決めになっては?」
    押し付けではなく、さり気ない心使いのこもった言葉。
    「そうだな。そうしょう」頷き、ジョウは横のアルフィンを見る。
    「君もそれで良いだろ?いつも飲んでるヤツと違うの試すのも良いしな。それに、君は弱いからアルコール低くないと駄目だけど、良く分かんないだろ?」
    ジョウはアルフィンが口を開くのを待たず、バーテンに向き直り早口で言った。
    「―――って、ことで頼む」
    「―――かしこまりました」
    バーテンの口元が一瞬可笑しそうに歪む。口を出す隙も無かったアルフィンが、恨めし気にジョウを見ていたから。しかし、さすがプロ。声に出して笑うことはしない。やがて、何も無かったようにバーテンはカクテルを造り始めた。
    ガラスで出来たシェイカーが軽快に振られる。揺れているのは淡いピンク。
    思わずジョウとアルフィンは口を閉ざして、バーテンの手元に見入った。
    動きが止まる。
    アルフィンの前にコースターを敷き、華奢なグラスが置かれた。バーテンがゆっくりとグラスにカクテルを注ぎ込む。
    「ピンクレディでございます」
    美しいカクテルにアルフィンの瞳が輝く。ジョウはチラッとバーテンに目をやった。相手は微かに笑みを浮かべて頷くと、再びシェイカーを振り始めた。ちゃんと意味は通じていたらしい。ホッとしたのとアルフィンの愛らしい様子にジョウは微笑んだ。
    そして、ジョウの前にもカクテルが出てくる。
    「サイドカーでございます」
    ジョウがグラスを握ると、アルフィンは甘えるように身を寄せてきた。
    「ねぇ、乾杯しよ?」
    「あ、ああ」せがまれるままに、ジョウはグラスを掲げた。
    「で、何に乾杯するんだ?」
    「えっと、ね。今日ここにいることに」
    「―――なんだ、それ?」
    「いいの」
    アルフィンは、少し口を尖らしプイッとそっぽを向いた。わけが分からず、ジョウは眉間に皺を寄せカクテルを口に含んだ。ブランデーベースのようだ。甘くなく、ドライな感じ。ジョウの好みに合う。彼はバーテンに顔を向け、満足げにグラスを掲げて見せた。
    隣ではアルフィンもグラスを口に運んでいた。その様子を横目で観察していたジョウは、彼女がゆっくり味わってるのを見て胸を撫で下ろす。いくら弱めにしてもらっても、一気に飲まれたのではアルコールが早く回り意味が無い。この分では、乗り切れそうな気がした。
    ジョウが自分を見ているのに気付いたアルフィンは、先程の自分の態度を詫びるように照れたような笑みを浮かべる。
    それがキッカケだった。アルフィンは今日ショッピングに行ってきた辺りの話を始める。ジョウは楽しげに耳を傾けていた。本当のところ、ジョウにとって興味が薄い分野だ。しかし、幸せそうに話すアルフィンの表情を眺めているのが楽しかった。
    やがて、話題は残りの休暇をどうするかに移る。
    「俺はビーチでノンビリできりゃ、それで良い」
    「もう。なんで、いつっもお昼寝ばっかりしたがるのよ?」
    「休暇ってのは、ゴロゴロするもんだろ?」
    「違うわよぉ。お買い物と遊ぶ為にあるの!」
    「うー」
    「だから、何して遊ぶ?」
    「―――クルーザーでも借りるか?」
    「で、何するの?」
    「いいんじゃないか?潜ったり、ジェットスキー乗ったり」ジョウは呟くように付け足す。
    「―――ビーチベッドがありゃ、甲板でくつろげるし」
    「もー、それが目的でしょ?陸から海の上に移動しただけじゃない!」
    アルフィンが頬を膨らます。
    「じゃあ、君はなにしたいんだ?」
    ジョウはため息交じりで訊ねた。それに対し、アルフィンは小首を傾げて考えていたが、ニッコリ笑うと機嫌よく言った。
    「あたしが決めて良いのね?帰ったら、検索しとくv」
    「―――よろしく」
    ジョウはタメ息をカクテルで喉の奥に流し込んだ。
    アルフィンもグラスを手に取ったが、ふと謎めいた微笑を浮かべジョウを見た。
    「ねぇ、ジョウ」
    「なんだ?」
    ジョウは手を止めアルフィンに目を向ける。彼女は右手でグラスを持ち、コースターを左手で無意識に弄んでいた。視線が合うと、彼女はふと目を逸らした。
    「分かる?あたしが何でこの店選んだか」
    「うん?理由をか?」
    「ええ」
    「いや。―――ホントは知ってたんだな。だから、他の店に入ろうとしなかったんだろ?」
    「ふふふ・・・」アルフィンは肩をすくめた。
    「検索してるときに、ね。でも、はっきり場所分かってなかったの。で、分かる?」
    ジョウは苦笑をして首を振った。アルフィンは弄んでいたコースターをつまむと、目の前に持ってきてジッと見入った。ジョウもつられて見る。
    ありふれた円形。白に金色の文字で『anniversary』と書いてあるだけの。
    「いいの、別に」
    アルフィンはどこか淋しそうな笑みを漏らす。しかし、それも一瞬のこと。彼女は機嫌良くおしゃべりを始めた。

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■685 / inTopicNo.4)  Re[3]: anniversary
□投稿者/ 夕海 碧 -(2004/05/10(Mon) 02:36:27)
    カクテルが残り少なくなる頃、丁度話題も途切れた。わざとゆっくり飲んでいたジョウは、次を頼もうとバーテンに目を向けた。
    すると、待っていたかのようにバーテンがグラスを磨いていた手を止め顔を上げる。
    「オールドファッションド、頼む」
    「かしこまりました」
    頷きグラスに手を伸ばしたバーテンだが、ふとジョウを振り返りにこやかに訊ねる。
    「ところで、お客様はどうなさいますか?よろしければ、テラスの方に席をご用意いたしますが」
    「なんか、あるのか?」
    ジョウは首を傾げる。バーテンは、戸惑った表情を浮かべたものの、すぐに説明を始める。
    「失礼いたしました。お客様も流星群を見にこられたのかと思いまして。ご存知で無いかもしれませんが、こちらの宙域は流星群の多く通る場所でございまして、地上から見ると一種のショウとして楽しむことが出来るほどです。特にこちらの惑星ミニヨンヌから見える流星群の美しさは格別でございます。もし、お時間がおありでしたらご覧になってはいかがでしょうか?」
    「あ、そう言えば惑星の紹介で見た気がする」アルフィンが口を挟む。
    「せっかくだから、見ましょうよ。ジョウ、良いでしょ?」
    「あ、ああ・・・」
    流星なんて珍しくもなんともないぜ、と心で呟いていたジョウだが反射的に頷いてしまった。だが、女の子と星を眺めるなんてガラにもない。焦って撤回しようにもアルフィンはその気になっている。少し残ったカクテルをクイッと一気に流し込む。
    「こ、こら」
    「あたしも、何か頼もっと♪」うろたえるジョウを尻目に更にご機嫌なアルフィン。
    「そうだ、ココのオリジナルって無いの?」
    「―――ございますが」
    バーテンはチラッとジョウを見ながら慎重に答える。しかし。アルフィンは気にしていない。ジョウが止める間も無く満面の笑みで言葉を続ける。
    「じゃあ、あたしソレね。ほらぁ、決まったんだから早く行きましょ、ジョウ」
    「し、少々お待ちを。ご案内いたします」
    バーテンが慌てて引き止めるが、アルフィンは既にスツールを下げ勝手に行こうとする。
    「ま、待てって。うわっ」
    アルフィンがジョウの腕を引っ張り、彼はスツールから引き摺り下ろされるカタチになった。バーテンに合図されたウェイターが急いで近づいてくる。アルフィンは上品な笑みを浮かべ、ジョウの左腕に右手を絡めた。まだ、危険な状態ではないらしい。ジョウは安堵する。
    「カクテルは、後ほどお持ちします」
    後ろから声がかかると、ジョウはすばやく後ろを振り返りバーテンに小声で念を押す。
    「アルコール、低めに頼む」
    彼女に気付かれないように。ジョウは目でアルフィンを指し示した。バーテンも彼女を見て、今度は大きく頷き返した。
    「どうしたの?」
    「いや、行こうぜ」


    テラスに出ると、夜風が心地よかった。テラスも想像より広い。もうテーブルは、ほぼ満席のようだ。ガラスのランプの中のロウソク、そしてテラスの端に幾つか設置された淡い光を投げてくる照明。少し薄暗い気がしたが、これも夜空のショウを見る為の配慮なのだろう。
    「寒くないか?」
    「ううん、大丈夫」
    アルフィンの笑みに、ジョウも笑い返す。少し冷たい風に彼女も落ち着いたようだ。
    やがてカクテルが運ばれてくる。
    ジョウにはオールドファッションド。
    アルフィンの前に置かれたのは淡いブルーからバイオレットへのグラデーション。微かに立ち上ってる気泡。ベースはシャンパンだろうか。
    「当店オリジナル、アニバーサリーでございます」
    ウェイターは一礼すると席を離れた。
    と、歓声が上がった。辺りを見回すと、皆空を見上げていた。ジョウとアルフィンも空に目を向ける。すると、幾つもの流れ星が現れては消え、空に一瞬だけ美しい足跡を残す。
    「うわぁ、素敵ね」アルフィンも歓声を上げる。
    「宇宙ではあんなに怖いのにね。地上からだとこんなにロマンチックなのよねぇ」
    「ぶつかる心配ないからな」
    呟くように答えるジョウ。居心地悪い。周りが寄り添うカップルばかりなところにきて、ロマンチックなどと言われたら、どうも落ち着かない。
    そんなジョウに、アルフィンは少し身を寄せ彼の腕をそっと掴む。そして、小さな頭を彼の肩にコトンと当てた。
    「ねぇ、ジョウ」アルフィンはカクテルのグラスを手に取り一口飲んだ。
    「今日、何の日か覚えてる?」
    「うん?」
    「一年前に何があったか・・・覚えてる?」
    「一年前?」
    「そう。それが、さっきの答え」アルフィンはグラスを置くと上目遣いでジョウを見た。
    「―――あたしが、この店を選んだ理由」
    ジョウはアルフィンから視線を逸らし、記憶の中を彷徨った。一年前。何をしていたんだろう?
    「確か、ピザンの仕事がそれくらいだったな」ジョウはそこでハッとする。
    「―――そうか、そうゆうことか」
    「うん」
    アルフィンは嬉しそうに頬をジョウの腕に擦り付ける。
    「あたしがミネルバに乗って、今日で一年なの」
    「そんなもんか・・・」
    ジョウは思わず呟く。まだ、との気持ちを込めて。もう、何年も一緒にいる気がしていた。アルフィンもそうなのだろうか。彼女も頷いて微笑む。そして、何か言いかけたとき。
    周りの人々が息を呑む気配に、二人も反射的に空を見上げる。
    流れ星が降り注ぐ。
    「凄い・・・」
    アルフィンの声は囁くようだ。ジョウは彼女に視線を向けた。だが、アルフィンは突然瞳を閉じる。
    「どうした?」
    ジョウが訝しむ。すると、アルフィンはそのままの姿勢で静かに言った。
    「流れ星に、お願いすると叶うんですって」
    「ふーん」
    気の無い返事にアルフィンは目を開け、ジョウを見上げて悪戯っぽく言った。
    「これだけあれば、お願い聞いてくれる星もあるわよ。ほら、あなたも」
    ジョウは苦笑で答えた。そんなの俺に期待するなと。だが、アルフィンは瞳に力を込めて彼を見てから再び目を閉じる。ジョウの苦笑が深まる。しかし、諦めて空を見上げて心で祈る。
    (このまま、ずっと。皆が無事でいられるように。一緒にいられるように)
    ジョウは少し照れくさくなって、おどけて付け足す。
    (取り合えず、一番手っ取り早いところで・・・今日、何事も無く帰れますように)
    フッと笑ってアルフィンに目を向けると。彼女が見つめていた。アルフィンはねだるようにジョウに訊ねた。
    「何、お願いしたの?」
    「別に」
    ジョウの言葉は素っ気無い。答える気は無いとばかりに、グッとグラスを傾ける。アルフィンはむくれて、グラスを取ると彼の真似をして一気に半分ほど飲み干した。ヤバイ。ジョウは焦ったが、どうしようも無い。彼は、さっきより真剣に星に願った。嵐が訪れないことを祈りつつ、ジョウは星空を見上げる。
    「ジョオ・・・」
    アルフィンの声。ジョウはがっくりして声の方を向く。声色が変わってる。と、グイッと首に手を回され引っ張られた。気付くとアルフィンの顔が間近に。彼女は自分の頬をジョウの頬にピタッとくっ付け甘えるようにしがみつく。
    「お、おい。コラ、や、やめないか」
    「ふふっ」アルフィンはジョウの狼狽など意に介さない。その近距離から囁く。
    「だからぁ、何お願いしたのよぅ?」
    「わ、忘れた」
    言いながら、ジョウは必死でアルフィンを引き剥がす。油断した。顔が赤い。こっちもアルコールがまわっちまう、ジョウは頭を抱えた。
    「あーん、つまんない」
    アルフィンが頬を膨らまして、ご機嫌が傾きだした。危険を察知したジョウは、すばやく軌道修正に入る。
    「そんな事は、どうでも良いだろ?それより、乾杯しようぜ?」
    ジョウはグラスを取り、アルフィンに片目をつぶって誘う。
    「ふふっ」
    アルフィンの機嫌が一気に回復する。彼女にとって、ジョウの笑顔は何よりのもの。それも、自分一人だけに向けられたものであれば尚更のこと。アルフィンはグラスを手に取った。
    「これからも、よろしく・・・な」
    ジョウは言ってグラスを軽く上げ、アルフィンも同じ仕草で答える。
    そして。二人は黙って空を見上げた。どのくらいそうしていただろうか。夜風に吹かれ、アルフィンの酔いも醒めたととみえて大人しく星空を見ている。
    「流れ星を見る時、願い事をしたくなるものよ」アルフィンが呟く。
    「だから、あたし達のシンボルって流れ星なんだと思うの。どんな思いも叶えたいって」
    「そうできたら、良いんだけどな」
    ジョウも呟き、流れる星に目をやった。儚くも目を奪う輝き。それは、地上では美しいだけだが、宇宙では危険なモノへと変わる。だが、ここで眺めているより、危険を承知で身を投じていたいと思う、宇宙に。
    「これからも、よろしくね―――ずっと」
    アルフィンの声に、ジョウは首をめぐらせる。碧い瞳が真っ直ぐに向けられていた。意志の強い澄んだ瞳。ジョウは心を見透かしそうな瞳から逃れて再び空を見上げる。
    「あぁ。ずっと・・・な」


    FIN

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