| カクテルが残り少なくなる頃、丁度話題も途切れた。わざとゆっくり飲んでいたジョウは、次を頼もうとバーテンに目を向けた。 すると、待っていたかのようにバーテンがグラスを磨いていた手を止め顔を上げる。 「オールドファッションド、頼む」 「かしこまりました」 頷きグラスに手を伸ばしたバーテンだが、ふとジョウを振り返りにこやかに訊ねる。 「ところで、お客様はどうなさいますか?よろしければ、テラスの方に席をご用意いたしますが」 「なんか、あるのか?」 ジョウは首を傾げる。バーテンは、戸惑った表情を浮かべたものの、すぐに説明を始める。 「失礼いたしました。お客様も流星群を見にこられたのかと思いまして。ご存知で無いかもしれませんが、こちらの宙域は流星群の多く通る場所でございまして、地上から見ると一種のショウとして楽しむことが出来るほどです。特にこちらの惑星ミニヨンヌから見える流星群の美しさは格別でございます。もし、お時間がおありでしたらご覧になってはいかがでしょうか?」 「あ、そう言えば惑星の紹介で見た気がする」アルフィンが口を挟む。 「せっかくだから、見ましょうよ。ジョウ、良いでしょ?」 「あ、ああ・・・」 流星なんて珍しくもなんともないぜ、と心で呟いていたジョウだが反射的に頷いてしまった。だが、女の子と星を眺めるなんてガラにもない。焦って撤回しようにもアルフィンはその気になっている。少し残ったカクテルをクイッと一気に流し込む。 「こ、こら」 「あたしも、何か頼もっと♪」うろたえるジョウを尻目に更にご機嫌なアルフィン。 「そうだ、ココのオリジナルって無いの?」 「―――ございますが」 バーテンはチラッとジョウを見ながら慎重に答える。しかし。アルフィンは気にしていない。ジョウが止める間も無く満面の笑みで言葉を続ける。 「じゃあ、あたしソレね。ほらぁ、決まったんだから早く行きましょ、ジョウ」 「し、少々お待ちを。ご案内いたします」 バーテンが慌てて引き止めるが、アルフィンは既にスツールを下げ勝手に行こうとする。 「ま、待てって。うわっ」 アルフィンがジョウの腕を引っ張り、彼はスツールから引き摺り下ろされるカタチになった。バーテンに合図されたウェイターが急いで近づいてくる。アルフィンは上品な笑みを浮かべ、ジョウの左腕に右手を絡めた。まだ、危険な状態ではないらしい。ジョウは安堵する。 「カクテルは、後ほどお持ちします」 後ろから声がかかると、ジョウはすばやく後ろを振り返りバーテンに小声で念を押す。 「アルコール、低めに頼む」 彼女に気付かれないように。ジョウは目でアルフィンを指し示した。バーテンも彼女を見て、今度は大きく頷き返した。 「どうしたの?」 「いや、行こうぜ」
テラスに出ると、夜風が心地よかった。テラスも想像より広い。もうテーブルは、ほぼ満席のようだ。ガラスのランプの中のロウソク、そしてテラスの端に幾つか設置された淡い光を投げてくる照明。少し薄暗い気がしたが、これも夜空のショウを見る為の配慮なのだろう。 「寒くないか?」 「ううん、大丈夫」 アルフィンの笑みに、ジョウも笑い返す。少し冷たい風に彼女も落ち着いたようだ。 やがてカクテルが運ばれてくる。 ジョウにはオールドファッションド。 アルフィンの前に置かれたのは淡いブルーからバイオレットへのグラデーション。微かに立ち上ってる気泡。ベースはシャンパンだろうか。 「当店オリジナル、アニバーサリーでございます」 ウェイターは一礼すると席を離れた。 と、歓声が上がった。辺りを見回すと、皆空を見上げていた。ジョウとアルフィンも空に目を向ける。すると、幾つもの流れ星が現れては消え、空に一瞬だけ美しい足跡を残す。 「うわぁ、素敵ね」アルフィンも歓声を上げる。 「宇宙ではあんなに怖いのにね。地上からだとこんなにロマンチックなのよねぇ」 「ぶつかる心配ないからな」 呟くように答えるジョウ。居心地悪い。周りが寄り添うカップルばかりなところにきて、ロマンチックなどと言われたら、どうも落ち着かない。 そんなジョウに、アルフィンは少し身を寄せ彼の腕をそっと掴む。そして、小さな頭を彼の肩にコトンと当てた。 「ねぇ、ジョウ」アルフィンはカクテルのグラスを手に取り一口飲んだ。 「今日、何の日か覚えてる?」 「うん?」 「一年前に何があったか・・・覚えてる?」 「一年前?」 「そう。それが、さっきの答え」アルフィンはグラスを置くと上目遣いでジョウを見た。 「―――あたしが、この店を選んだ理由」 ジョウはアルフィンから視線を逸らし、記憶の中を彷徨った。一年前。何をしていたんだろう? 「確か、ピザンの仕事がそれくらいだったな」ジョウはそこでハッとする。 「―――そうか、そうゆうことか」 「うん」 アルフィンは嬉しそうに頬をジョウの腕に擦り付ける。 「あたしがミネルバに乗って、今日で一年なの」 「そんなもんか・・・」 ジョウは思わず呟く。まだ、との気持ちを込めて。もう、何年も一緒にいる気がしていた。アルフィンもそうなのだろうか。彼女も頷いて微笑む。そして、何か言いかけたとき。 周りの人々が息を呑む気配に、二人も反射的に空を見上げる。 流れ星が降り注ぐ。 「凄い・・・」 アルフィンの声は囁くようだ。ジョウは彼女に視線を向けた。だが、アルフィンは突然瞳を閉じる。 「どうした?」 ジョウが訝しむ。すると、アルフィンはそのままの姿勢で静かに言った。 「流れ星に、お願いすると叶うんですって」 「ふーん」 気の無い返事にアルフィンは目を開け、ジョウを見上げて悪戯っぽく言った。 「これだけあれば、お願い聞いてくれる星もあるわよ。ほら、あなたも」 ジョウは苦笑で答えた。そんなの俺に期待するなと。だが、アルフィンは瞳に力を込めて彼を見てから再び目を閉じる。ジョウの苦笑が深まる。しかし、諦めて空を見上げて心で祈る。 (このまま、ずっと。皆が無事でいられるように。一緒にいられるように) ジョウは少し照れくさくなって、おどけて付け足す。 (取り合えず、一番手っ取り早いところで・・・今日、何事も無く帰れますように) フッと笑ってアルフィンに目を向けると。彼女が見つめていた。アルフィンはねだるようにジョウに訊ねた。 「何、お願いしたの?」 「別に」 ジョウの言葉は素っ気無い。答える気は無いとばかりに、グッとグラスを傾ける。アルフィンはむくれて、グラスを取ると彼の真似をして一気に半分ほど飲み干した。ヤバイ。ジョウは焦ったが、どうしようも無い。彼は、さっきより真剣に星に願った。嵐が訪れないことを祈りつつ、ジョウは星空を見上げる。 「ジョオ・・・」 アルフィンの声。ジョウはがっくりして声の方を向く。声色が変わってる。と、グイッと首に手を回され引っ張られた。気付くとアルフィンの顔が間近に。彼女は自分の頬をジョウの頬にピタッとくっ付け甘えるようにしがみつく。 「お、おい。コラ、や、やめないか」 「ふふっ」アルフィンはジョウの狼狽など意に介さない。その近距離から囁く。 「だからぁ、何お願いしたのよぅ?」 「わ、忘れた」 言いながら、ジョウは必死でアルフィンを引き剥がす。油断した。顔が赤い。こっちもアルコールがまわっちまう、ジョウは頭を抱えた。 「あーん、つまんない」 アルフィンが頬を膨らまして、ご機嫌が傾きだした。危険を察知したジョウは、すばやく軌道修正に入る。 「そんな事は、どうでも良いだろ?それより、乾杯しようぜ?」 ジョウはグラスを取り、アルフィンに片目をつぶって誘う。 「ふふっ」 アルフィンの機嫌が一気に回復する。彼女にとって、ジョウの笑顔は何よりのもの。それも、自分一人だけに向けられたものであれば尚更のこと。アルフィンはグラスを手に取った。 「これからも、よろしく・・・な」 ジョウは言ってグラスを軽く上げ、アルフィンも同じ仕草で答える。 そして。二人は黙って空を見上げた。どのくらいそうしていただろうか。夜風に吹かれ、アルフィンの酔いも醒めたととみえて大人しく星空を見ている。 「流れ星を見る時、願い事をしたくなるものよ」アルフィンが呟く。 「だから、あたし達のシンボルって流れ星なんだと思うの。どんな思いも叶えたいって」 「そうできたら、良いんだけどな」 ジョウも呟き、流れる星に目をやった。儚くも目を奪う輝き。それは、地上では美しいだけだが、宇宙では危険なモノへと変わる。だが、ここで眺めているより、危険を承知で身を投じていたいと思う、宇宙に。 「これからも、よろしくね―――ずっと」 アルフィンの声に、ジョウは首をめぐらせる。碧い瞳が真っ直ぐに向けられていた。意志の強い澄んだ瞳。ジョウは心を見透かしそうな瞳から逃れて再び空を見上げる。 「あぁ。ずっと・・・な」
FIN
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