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■687 / inTopicNo.1)  砂漠の花嫁
  
□投稿者/ まき -(2004/05/10(Mon) 11:08:55)
     ヤマネコ座宙域にあるエイジャは,その国土の80%が砂漠に覆われた太陽系国家である。
     宇宙開発の初期に植民星として人類が足を踏み入れた惑星であったが,厳しい気候条件により,開発途中で一度,計画が中断された過去がある。惑星開発の技術の向上により,大抵の気候条件に対応できるようになっていたはずだが,折しも風土病が猛烈な勢いで流行したため,銀河連合がやむなく撤退の決定を下したのだ。
     強い感染力を持ったこの風土病が,他惑星に伝染することを恐れた銀河連合は,開発にあたった人々がエイジャから出ることを禁じた。無論,ワクチンの開発にも全力を挙げた。
     その後ワクチンが完成し,風土病の脅威が完全に消滅したという安全宣言が出されたのは,約10年後の事である。
     その間,エイジャに取り残された形になった人々は,その大半が風土病の感染により命を落としていったが,それでも何人かは逞しく生き残った。人類の故郷である地球の砂漠地域に暮らしていた民族がそうである。
     彼らは銀河連合の処置を”裏切り”と捉え,安全宣言が出されてからも彼らの開発の進行を許さなかった。
     その結果,他惑星よりも発展の速度が遅々としたものになってしまったが,その間彼らは人口を増やした。自分たちの家族や仲間を呼び寄せ,新たにこの星で砂漠の民による国家を作ろうとしたのである。やがて砂漠の民同士の婚姻によって生まれた子供達は,エイジャの風土に合った体質を備えていった。
     こうして単一民族による独立国家として徐々に成長していった惑星エイジャであったが,一隻の宇宙船が不時着したことにより,新たな過渡期を迎える事となった。
     
     宇宙船に乗っていたのは,オオワシ座宙域にある惑星アガーニの人々だった。
     外部との接触を避け,閉鎖的な生活を送っていたエイジャの人々は,彼らを怖れ,警戒した。
     アガーニの人々はあまりにも時代遅れな国家と文明の未発達さに驚き,不時着して一命を取り留めた喜びが,一瞬にして霧散することを予感した。
     それくらい,エイジャの人々は彼らに対して敵愾心をむき出しにしていたのである。
     しかし,遭難者を処分してしまおうと主張する者が大半を占める中,当時のエイジャの族長はそれをよしとしなかった。彼はただ宇宙船を修理して,速やかにこの星から立ち去るようにという勧告を出しただけであった。
     遭難者達の代表は,族長との和睦を望んだ。
     命を救われた事で,話し合いの余地があると判断したのだ。彼は人類学の見地から,どうしても彼らに伝えなければならない事があった。
     当初エイジャの族長は,彼らとの会見を拒んでいたが,部族存続の危機に関わる内容だと熱心に説かれ,やがて折れた。
     遭難者達は,単一民族だけの閉鎖的な社会の危険性について,根気強く話した。
     単一民族間の婚姻・出産は,繰り返されるうちに,遺伝子に異常を生じやすくなる。あまりにも血が濃くなり過ぎるのだ。類似したDNAが連続すると,ある病気(例えば,かつて流行した風土病)には耐性を有するが,別の新しい病原体が発生した場合,誰もその病原体に対抗しうる免疫を持たない可能性が出てくるのである。その結果,民族全員がその病に倒れるという恐ろしい事態が予想されるのである。
     そもそも人類は,様々な種族間での交配を為すことによって,より幅広い抵抗力や免疫力を付けていくものなのである。
     彼らは長い時間を掛けて族長に説明し,やがて族長がさらに長い時間を掛けて部族のみんなに,この話を納得させた。
     かくして,エイジャとアガーニの間で同盟を結ぶに至り,エイジャは長年に渡る鎖国状態を解除したのである。実に宇宙船の不時着から2年が経過していた。
     そして更に,時は流れた…。

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■688 / inTopicNo.2)  Re[1]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/10(Mon) 11:47:32)
    「お姫様の護衛?」
     リッキーが思わずアルフィンの顔を見る。
     視線に気付いたアルフィンは「さあ?」とばかりに小首を傾げて見せた。
     先程,クラッシャージョウのチームに”飛び込み”の仕事が入った。
     ジョウ達はAAAランクのチームだけあって売れっ子のクラッシャーである。仕事の依頼は随分先まで予約でいっぱい,というのが現状である。
     しかし,仕事と仕事の合間を縫って,あるいは特殊な事情によって優先順位を繰り上げられた依頼が,突然舞い込んでくる事がある。
     それもまたトップクラスのクラッシャーとしての宿命のようなものである。
    「ああ,そうだ。…いや,まぁ惑星エイジャは王制じゃないから正確には違うのかもしれんが…」
     ジョウがアラミスから送られてきた書類にもう一度目を通しながら言い直す。
    「エイジャって言やぁ,確か5つの部族が共同で国家を運営してるっていう珍しいタイプの国だったけなぁ」
     タロスが記憶を探るような素振りで言う。
    「それって共和制って事?」
     アルフィンがタロスを仰ぎ見ながら訊く。タロスはイスにもたれるように腕を組んで立っていた。ただでさえ2メートル以上の巨漢である。座っているアルフィンの視線は随分上に向けられる。
    「うーん…どうだったけなぁ。一応それぞれの族長ってのがいるからなぁ…。各部族の代表として5人の族長が議会を設けるわけだ。それで色んな事を決定していくスタイルなんだよなぁ…確か」
     タロスも今ひとつはっきりしない様子だ。
    「もともと一つの民族から発生した国家だから,国民はみんな親戚みたいなものなんだろう。大規模な家族会議みたいなもんじゃないか?共和制なんて改めて言うほど堅いもんじゃないと思うぜ」
     ジョウが補足するように言う。
    「じゃあ”お姫様”っていうのは,その族長の娘とか…?」
     リッキーが再び質問する。
    「ああそうだ。エヴォラという部族の長の娘だ」
     ジョウが頷いて答える。
    「そっかー。お姫様なんだー」
     リッキーの顔が微妙に弛む。
    「けっ。ガキが色気づきやがって!…そーいや始めてアルフィンに会った時も,おまえ妙に緊張してたっけなぁ」
     タロスがにやにやしながら言う。途端にリッキーの顔が赤くなる。
    「だ,だってアン時は…!俺ら本物のお姫様なんて見たこと無かったからさ!まさか正体がこんな…っ!?」
     ハッとしてリッキーは口を両手で押さえる。
     恐る恐る上目遣いにアルフィンの様子を窺うと,はたしてアルフィンは胡散臭げな表情を作り,斜めに顎を反らした格好でゆっくりと言った。
    「…正体が,何ですって?」
     そのトーンの低さにリッキーは思わず身震いする。ジョウとタロスは別の理由で肩を震わせている。
    「い,いや,その…あ,あの…えーと,つまり…」
     リッキーはしどろもどろになって,変な汗をかいている。
    「まぁそうだなぁ…。アルフィンは少年の純粋なヒロイズムの枠には収まりきらないお姫様だったってコトじゃないのか?」
     ジョウが笑いを堪えながら助け船を出す。
    「どーゆー意味よ,ソレ?」
     アルフィンは可愛く口を尖らせて尋ねる。
    「リッキーの想像以上に素敵なお姫様だったってコトさ」
     ジョウの台詞にアルフィンの白磁のような頬が瞬時に薔薇色に染まりかけたが,
    「ぷっ!」
     タロスが思いっきり吹き出した事によって,全て台無しになった。
     今度は怒りで頬を染める。
    「もうっ!みんなでバカにしてっ!!」
     アルフィンはぷいと顔を逸らして<ミネルバ>のリビングルームから出て行った。
    「……悪ぃ」
     首をすくめてタロスがぼそりと言った。

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■689 / inTopicNo.3)  Re[2]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/10(Mon) 12:51:12)
     惑星エイジャが他国家に対して開国したのはまだ遠い昔の事ではない。
     エイジャへの入国は厳しいチェックを要する。まだ他民族への警戒を解ききれない部分があるようだ。
     かつて銀河連合に”裏切られた”記憶が,世代を越えてDNAに根強く残っているのかもしれない。
     入念な入国審査を通過して,宇宙港に<ミネルバ>を着陸させたジョウ達は,早速依頼主の元へと出向いて行った。
     砂漠惑星であるエイジャの日中の気温は,体温よりも遙かに高い。クラッシュジャケットには体温を調節する機能も付いているが,顔や頭には容赦なく熱が降り注ぐ。
     異様に乾燥した空気とそれに混じった細かい砂の粒子が,嫌でも不快指数を上昇させる。
    「いやだ…。顔がシワシワになりそう…」
     アルフィンが情けない声でボヤいた。

     依頼主であるエヴォラの族長ガロンは,タロスを一回り小さくしたような,がっしりとした体型の男性であった。
     年齢的にもタロスと同年代だと思われるが,強い日差しと極端な乾燥によって刻まれた皺は深く,実年齢よりも老けて見えるようだ。
     しかし,エイジャ国民の特徴である赤銅色の肌と黒い瞳には力強さがみなぎっている。厳しい自然環境の中で暮らしてきた逞しさがよく現れていた。
     ガロンはジョウ達と対面した際に,自身が思い描いていたクラッシャーのイメージと大きく違うことに,随分驚いた。宇宙の何でも屋と称されるクラッシャーは,荒くれ者の集団であると思いこんでいたのだ。
     確かに一昔前はそうであったが,ジョウの父親であるクラッシャーダンの働きによって,今やそのイメージは一掃されつつある。さすがに近年まで鎖国状態を保っていた惑星エイジャには,まだその情報は届いていなかったらしい。
     それにしてもメンバーの一人は子供であり,一人はまだ少女と言えるほど若い女性である。ガロンがしばし考え込んだのも無理はない。
     しかしガロンは保守的な男ではなかった。長い間外部との接触が無かった事への引け目もあるのか,「そういうものなのか…」と意外なほどあっさりと納得したのである。

    「惑星エイジャと惑星アガーニが同盟国の契りを交わしている事をご存じか?」
     ガロンはガラガラにしわがれた低い声で尋ねた。
    「はい。こちらへ来る前に,アラミスから送られてきた資料で読みました」
     ジョウが代表して答える。
    「うむ。…実は,その時の取り決めで,我々エイジャの族長の子供とアガーニの政府要人の子供同士の間で婚姻関係を結ぶ事になっているのだ」
    「へえぇっ!」
     リッキーが思わず声を上げた。 
     
     他民族との交流を持つことを決定したものの,果たしてどうしたら良いのか,当時の族長は悩んだ。
     自分たちで他惑星に飛び出していく決心も技術も,その当時は持ち合わせていなかったのだ。
     そこで,アガーニ側からの提案により,修理を終えた宇宙船に族長の娘を始めとする妙齢の女性達を同乗させ,まずアガーニへ連れて帰る事にしたのだ。そして代わりに,今度はアガーニの女性(第一陣は遭難者達の身内の者であった)をエイジャへと送り込んだのである。
     こうして,毎年それぞれ数人の若い女性達を相手の国に送り込むことによって,民族の血を広めようとしたのである。
     当時は,同盟国の契りを結んだとはいえ,お互い人質のようなニュアンスが含まれていた事も,もちろんあるだろう。
     そうして何十年か経った現在は,お互いの惑星間の交流も深まり,一般人も気軽に相手の国へと行き来するまでになった。
     しかし,さすがに毎年ではなくなったが,ある種の儀式めいた慣例として,各族長に娘が誕生した時には,その娘が20歳になる年に一族の代表としてアガーニへ嫁入りするという習慣が残されたのである。

    「私の娘は今年アガーニへ嫁ぐことになっている。今や両国間の最大のイベントであるから,それは盛大な祭りになる。その日も来月に迫った」
     娘の結婚式の話に,一瞬ガロンの目が優しげに細められたが,すぐに口調が深刻なものになる。
    「ところが,だ。2年前にアガーニで内紛が起こり,一気に政情不安が広まった時期があったのだが,それがここに来て再燃したらしいのだ」
     ガロンの表情は,ますます厳しいものに変化していく。
    「しばらくは地方都市での小競り合いが続いていたのだが,間近に迫った一大イベントの準備に首都が浮き足立っている所を,いきなり反乱軍が突いてきたのだ」
     ガロンが悔しげに言い放った。
    「娘が嫁ぐ事になっているジェナという男は,アガーニの惑星管理局に勤めておって,危機管理を担う役職に就いている。今現在も臨時対策本部を置き,反乱を鎮圧しようと指揮を執っているらしい。そこで先日の族長会議で,我々も援軍を送る事にしたのだ」
     ジョウ達は黙ってガロンの話を聞いていたが,段々訝しげな表情になってきた。
    「あの…ガロンさん?俺たちは,あなたの娘さんの護衛が今回の仕事だと聞いてきたんだが,依頼の内容が変更になったんですか?」
     とうとうジョウが口を挟む。
     クーデターが起こっているのはエイジャではなくアガーニなのだ。話の流れから考えると,ジョウ達の仕事は,いち早くアガーニへ飛んで,一刻も早くクーデターを鎮圧すべく手伝いをする事ではないかと思ったのだ。
     援軍を送るには,規模が大きくなればなるほど,どうしても時間が掛かる。しかし,クラッシャーの船ならすぐに駆け付けることが出来る。
     しかし,ジョウの質問に,今度はガロンが首を捻る。
    「いや,変更などないぞ。私はアラミスに娘の護衛を依頼した。その内容に変わりはない」
    「………」
     お互いの顔を見合わせたジョウ達に,ガロンはきっぱりと言った。
    「私は一刻も早く娘をアガーニへ送り込むつもりなのだ」

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■690 / inTopicNo.4)  Re[3]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/10(Mon) 13:58:33)
     ガロンの台詞に,一同は耳を疑った。
    「ど,どうしてそんな危険な所へわざわざ行かせるのさっ!?」
     リッキーが悲鳴のような声でガロンにくってかかる。
     危険を承知で娘を内乱の最中へと送り込むという気持ちが理解できなかった。ジョウ達も同感である。みんな眉間に皺を寄せ,ガロンを注視している。
    「……だからこそ,なのだ」
     一身にジョウ達の視線を受け止め,やがてガロンが重々しく口を開いた。瞳が鈍く光っている。
    「両惑星間の重大な公式行事を狙っての内紛など許し難いにも程がある!我々はヤツらに屈しない精神と戦力を誇示する必要があるのだ!予定通り結婚式を執り行うためにも,まず娘をかの地へ送り込み,政府軍の志気を上げ,一気に内紛を鎮圧する必要があるのだ!」
     決して大声ではないが,その迫力は充分に伝わってきた。ジョウ達は沈黙するのみである。
     ふいにガロンが肩の力を抜いて言った。
    「…それに,何より娘自身がそれを望んでいる」
    「え!?」
     思わず叫んだのは,またしてもリッキーである。
     ちらりとアルフィンの顔を窺い,やっぱり自分のヒロイズムなど,しょせん幻想に過ぎないのか…と些か泣きたい気分になる。
     わざわざ望んで戦場に赴くなど,普通の女性ではあり得ない。それこそアルフィン以上に破天荒なお姫様に違いない…。

    ”コンコン”
     軽やかなノックの音が響いた。
     一同が反射的にドアへと注目すると,静かにドアが開き,濃いグレーのローブを纏った背の高い女性が入ってきた。
     エイジャでは,未婚の女性は素顔を隠す習慣がある。この女性も,一般的なエイジャの未婚女性らしく顔の下半分をローブと同じ布きれで覆っている。露わになっているのは目から額までである。
     しかし,それだけでもこの女性の美しさは,はっきりと見て取れた。
     赤銅色の肌は滑らかな光沢を放ち,黒目がちな瞳は綺麗なアーモンド型である。瞳を縁取る長い睫は濃い影を落とし,豊かな黒髪は流れるように腰まで届き,しっとりと濡れたように輝いている。
     額に飾られたサファイアを埋め込んだサークレットが,この女性が特別な地位にいることを証明している。
    「娘のシャルアだ」
     ガロンの声に,シャルアと呼ばれた娘は優雅に会釈する。
     それを合図に,ようやくジョウ達の時間が動き出す。
     真っ先に正気を取り戻したのはアルフィンだった。本能的に「ヤバい」と思った。
     最後まで見惚れていたのはリッキーだった。あまりの感動に腰が砕けそうだった。
    「…なるほど。こりゃあ政府軍の志気が上がるのも納得だな…」
     タロスがしみじみと言った。
     思わずジョウも頷きそうになったが,後ろからアルフィンの刺すような視線を感じ,慌てて小さく首を振る。
    「…本当にそんな危険な場所へ,単身先行して乗り込むつもりなんですか?」
     いつもより多少改まった調子でジョウが問いかける。
     シャルアが答えようと口を開きかけた時,新たな声が乱入してきた。
    「当然だ。…いや,正確には違うな。単身ではないのだから」
     先程シャルアが入ってきたドアに寄り掛かるようにして,その声の主は立っていた。
     ジョウ達の注目を浴びても一向に動じない様子で,ゆっくりとシャルアの傍へと近付いてきた。
     やはり赤銅色の肌に黒い瞳を有するその青年は,整った怜悧な顔立ちをしていた。線の細い体型だが,すらりとした長身に背筋がぴんと伸びて,隙のない姿である。艶やかな黒髪は無造作に短くカットされているが,前髪だけは少し長めに流しており,隙間から切れ長の瞳が濡れたような輝きを放っている。
     遠慮のない鋭い眼差しでジョウ達を観察した後,美貌の青年はふっと肩の力を抜き,軽く笑って言った。
    「コレが噂のクラッシャーか。随分可愛らしいものだな」
    「なっ!?何だってぇっ!」
     今度はリッキーが真っ先に我に返る。
    「ジル…」
     ガロンがたしなめるように,青年の名前を呼ぶ。
    「…彼は?」
     ジョウが警戒心を解かずにガロンに尋ねる。
     すると青年は改めてジョウに向き直り,心持ち顎を上げて自ら答えた。
    「私はジル。今回シャルアと共にアガーニへ先行する事になっている」
    「何?」
     ジョウは眉間に皺を寄せた。
    「当たり前だろう?大切な花嫁だぞ。荒くれ者のクラッシャーの船に独りで乗せる訳ないだろうが」
     何をいわんやとばかりに,呆れた口調でジルは言う。
    「…そうなんですか?」
     アルフィンがガロンの方に視線を向けながら確認する。
    「ああ,そうだ」
     果たしてガロンは深く頷いた。
    「誤解しないで頂きたいが,別に君たちだけに娘を託すのが不安だという理由ではない」
     先程のジルの発言に,不機嫌な表情を隠そうともしないジョウに向かって,ガロンは苦笑いを浮かべながら弁解する。
    「ジルは以前,3年ほどアガーニへ留学していた事があるんだ。だからアガーニの地理的な情報や政治的な動向にも随分詳しい」
    「道案内ってワケですかい?」
     タロスが「なるほど」とばかりに何度か頷いた。
    「ふん。それだけじゃないさ。私は戦力でもあるからな」
     軽く片頬を上げて,ジルは不適に笑った。もともと整った顔立ちであるだけに,惚れ惚れするような表情だ。
     アルフィンも感心したようにジルの顔を見上げている。
    「…ジルは,ジェナの御学友でもあるんです」
     鈴を転がすような可愛らしい声が割り込んだ。
     一斉に注目され,シャルアは驚いて大きな瞳を更に大きく見開いた。
    「……っくー!声も可愛いなぁ…!」
     初めて聞いたシャルアの声に,またもやリッキーは感動する。
    「…あの,私,初対面の方って,とても緊張してしまうので…。あの…ジルも一緒だと,私は,助かるんですけど…。ダメ…でしょうか?」
     シャルアは今にも泣き出しそうな表情で懇願するように尋ねる。
     吸い込まれそうな潤んだ大きな瞳で見つめられ,ジョウは妙にドギマギする。
    「いや…!そんな事はない。…え,と,そういう理由なら,一緒に連れて行こう」
     ジョウの動揺ぶりに,アルフィンの機嫌は急降下し始める。
    「もうっ!ジョウったら!」
     ぷいっと顔を逸らした先に,ジルの顔があった。
     アルフィンの様子を見て,面白そうな表情を浮かべている。先程までの怜悧な顔がみるみる幼い少年のようなものに変わる。
     アルフィンは急に恥ずかしくなって,更に顔を逸らした。

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■691 / inTopicNo.5)  Re[4]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/10(Mon) 16:24:34)
     ガロンとの会見を終えてから,約4時間余りで<ミネルバ>は再び宇宙空間へと飛び出していた。
    「どうぞ」
     アルフィンがシャルアに熱いミルクティーを差し出す。
    「…ありがとうございます」
     シャルアは礼を言ってカップを手に取る。しかし,口を付けようとはしない。そのまま俯いて眼を閉じてしまう。
    「…大丈夫かい?」
     リッキーが心配そうに様子を窺う。
     シャルアは宇宙に出るのが初めてだった。もちろん,ワープの経験も無かった。
     経験を積んだ宇宙飛行士でも,しばしば目眩を起こして倒れる事があるくらい,異次元空間への転移は人体に大きな負担を課す。ジョウ達はシャルアのワープ酔いを予想していたが,その程度までは予測し得なかった。
     激しい頭痛とこみ上げてくる嘔吐感に,シャルアは即座に卒倒したのである。
     ジョウはすぐにワープアウトし,アルフィンに命じてシャルアをメディカルルームへ連れて行かせた。リッキーは手伝いと称してくっついてきた。
     シャルアは先程意識を取り戻し,ベッドの上で上体を起こしたところである。
     シャルアは,相変わらず濃いグレーのローブを纏っていたが,顔を覆うベールは外していた。ワープで意識を失った際に,寝かせた状態でベールを付けていては苦しかろうと,アルフィンが取ってしまったのだ。
     素顔を晒す事に抵抗を感じていたシャルアも,体調の悪さに比べれば大した問題ではないと考えたらしく,特にベールを付けようとはしなかった。或いは,そもそもクラッシャーはエイジャ国民ではないのだからと,割り切ったのかもしれない。
     露わになったシャルアの鼻と口は品良く小作りで,それだけに美しい黒曜石のような大きな瞳が強調される。今年で20歳という話であったが,それよりも幾分幼い印象である。
    「…迷惑を掛けてごめんなさい」
     シャルアが弱々しい声で言った。
    「そんなっ…!とんでもないよっ!むしろこんな小さい宇宙艇で悪かったよ…。もっと大きな客船ならワープのショックも緩和されるのに…」
     リッキーが即座に慰めの言葉を掛ける。アルフィンは呆れたように肩をすくめた。
    「…悪かったな,小さい船で」
     後ろからジョウの憮然とした声が聞こえた。途端にリッキーが硬直する。
    「…あ,兄貴?」
    「大丈夫か?残念ながらクラッシャーのワープは上品じゃないんだ。先に伝えておくべきだったな。すまないことをした」
     ジョウは完璧にリッキーを無視すると,シャルアに向かって言った。
    「いいえ,私の方こそ…」
     シャルアの声は,もはや消え入りそうだ。
    「あの…,ジルは?…ジルは平気だったんでしょうか?」
     初めて見るシャルアの素顔に,思わずジョウも見惚れていたが,シャルアの質問によって我に返る。なんとなく気恥ずかしくなって,僅かに顔を赤らめる。
    「私は平気だ。何ともないぞ?」
     ジョウが答えるより先に,本人が答えた。ちょうどジルもシャルアの様子を見にメディカルルームに来たところであった。
     本人の言うとおり,いたって健康そうな様子である。
     ジルは軍服のような衣装を身に纏っていた。シャルアのローブと同色のグレーの詰め襟ジャケットと細身のパンツ,黒の丈夫そうなゴツいブーツは随分履き馴染んだものらしく,良い感じに色落ちしている。襟や袖口にはシルバーの糸で繊細な刺繍が施されており,線の細い彼にはよく似合っていた。
    「シャルアがこの様子では,ワープは使わない方が良いんだろうな…」
     ジルがジョウに確認のニュアンスを込めて質問する。
     ジルは長身のジョウと並んでも目の高さがあまり変わらない。ジョウは何となく不愉快な気分になるが,そんな素振りは微塵も見せず,ジルの質問に答える。
    「そうだな。…出来れば使わない方が良いだろうな」
     この台詞に慌てたのは,当のシャルアである。
    「そんな…!?わ,私は大丈夫です。次はちゃんと耐えてみせます!」
     必死の形相で訴えるシャルアに,ジョウは少なからず驚きを覚える。
    「ダメよ!あんな短時間でもこれだけのダメージなのよ?宇宙に出るのも初めてなのに,身体への負担が大きすぎるわ。…あたしだって最初のワープを経験した時は,二度とゴメンだわって本気で思ったもの!」
     アルフィンが自分の経験を思い出しながら,慌てて止めようとする。
    「そうだよ!このアルフィンでさえそうなんだから,シャルアなんて絶対身体を壊しちまうよ!」
     リッキーも必死で説得しようと試みるが,この台詞は良くなかった。
    「…どーゆー意味よっ!?」
    「痛っ!」
     後ろからアルフィンにばっこりと殴られた。リッキーは思わずその場にしゃがみ込む。
    「…おまえら,クライアントの前だぞ…」
     ジョウが左手で目を覆いながら,呆れたように溜息を吐く。
     アルフィンがジョウの言葉にハッとして見渡すと,驚きに大きな瞳を最大限に見開いたシャルアと,堪えきれない様子でくっくっくと笑いをかみ殺しているジルの姿が目に飛び込んできた。
     途端にアルフィンの頬が薔薇色に染まる。
    「もうっ!あんたのせいよっ!」
     ばこっともう一度殴られ,リッキーは「なんだよー」と恨めしそうにボヤいた。
     ジョウが再び溜息を吐いた。
    「おまえ達は本当に面白いな。それでトップレベルのクラッシャーっていうんだから,ランクが下のヤツらはどんなモンか見てみたくなるな」
     ジルがようやく笑いを納めながら,半ば感心したように言った。
     アルフィンは無言で俯き,リッキーもしゃがみ込んだまま「ちぇっ」と言った。
    「でもジル,ワープを使わなければ,アガーニへ到着するのが大分遅くなってしまうのではないの?」
     シャルアが思い出したように,心配そうに尋ねる。
    「ジョウ,どうなんだ?」
     ジルはそのままジョウに質問を振る。
    「そうだな…,アガーニまでの距離を考えると…5日分の遅れってトコかな」
     ジョウが経験を元に見当を付けて答える。
    「5日か…」
     ジルがその答えを聞いて,しばし逡巡する様子を見せる。シャルアは不安に表情を曇らせながらジルを見つめている。
    「…いや,やはりシャルアに無理はさせたくない。もともと我が国の宇宙艇では一週間以上も掛かるんだ。それに比べてもまだ早いんだからな。…ジェナのヤツも5日くらいは辛抱してくれるだろう」
     ジルは毅然として言った。
     シャルアは泣きそうな顔になったものの,それ以上反論しなかった。
    「ジョウ,聞いての通りだ。以降はワープ無しで航行してくれ」
     ジルはジョウに向き直り,改めて言った。

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■692 / inTopicNo.6)  Re[5]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/10(Mon) 17:31:35)
    「なあなあ,シャルアとジルってどういう関係なんだ?」
     おもむろにリッキーが口を開いた。
     ここは<ミネルバ>のブリッジである。今はジョウとタロスとリッキーの3人が,それぞれの席に着いている。アルフィンとジルはメディカルルームでシャルアに付き添ったままだ。
    「どういう…って,何が?」
     タロスが聞き返す。
    「何がって…,ほら,なんかシャルアはジルに頼り切ってる感じだし,ジルもシャルアを随分気に掛けてるみたいだし…」
     リッキーがぼそぼそと訴える。
    「…って,そりゃそうだろうよ。俺達は”荒くれ者”のクラッシャーだぜぇ?お姫様がナイトに頼るのも,ナイトがお姫様を守るのも,当然じゃねぇのー?」
     タロスが茶化したような言い方をする。
    「だけどよー」
     まだリッキーが食い下がろうとする。
    「気に掛けすぎてるのはおまえの方だろ?リッキー。…今は仕事中なんだぞ。あまり浮かれすぎるな」
     ジョウが軽く諫めるように言った。
     どうもリッキーはシャルアに対して憧憬の想いが強すぎる。浮ついた状態で仕事に臨むのは危険だ。普段ならあり得ないような失敗を招く事態にもなりかねない。
    「…分かってるよ,そんなこと」
     リッキーは思い当たる節がある分,ジョウの言葉にシュンとなる。
    「だいたいお姫様はこれから嫁入りするんだぜ?それがおまえ,他の男とあーだこーだなんてあるわきゃねえだろーが」
     タロスがこの話は終わりとばかりに断言した。

    「……眠ったみたいね」
     アルフィンがシャルアの様子を確認して言った。
     先程酔い止めを飲ませた。薬の中には微量の睡眠薬が含まれている。初めての宇宙という緊張から生じる精神的な疲労もあったのだろう,シャルアはすんなりと眠りの淵へと落ちていった。
    「ありがとう,アルフィン」
     ジルが改めて礼を言う。
    「ううん,そんなお礼なんて…。それよりジルは本当に大丈夫なの?」
     優しげな瞳で見つめられ,多少ドキドキしながらアルフィンが尋ねる。
    「ああ。私は何度もワープの経験があるからな。…まぁクラッシャーの君たちほどじゃないけどね」
     肩をすくめ左の口角をくいっと上げて言う。どこか芝居じみた仕草が妙に様になっている。
    「……美形って,どんなポーズでも格好良く見えるから得よねぇ…」
     アルフィンが感心したようにしみじみと言う。
    「その言葉は,そっくりそのままアルフィンにお返しするよ」
     ジルはにっこりと完璧な笑顔を作って言った。
    「……なんだかものすごーく嫌味に聞こえるわよ?」
    「まさかっ!」
     ジルは豪快に笑って否定する。
    「ちょ,ちょっとジル!?静かにっ。シャルアが起きちゃうっ」
     よく通る笑い声に,アルフィンは慌ててジルの背中を押し,メディカルルームの外へと追い出した。
    「……大丈夫だったかな。シャルア,起きた気配は無かったよね…?」
     ジルは今更ながら自分の失態に気付き,神妙な顔付きでアルフィンに尋ねる。
    「………」
     アルフィンは何やら複雑な表情をしている。
    「アルフィン?」
     その様子に,ジルが不思議そうにアルフィンの顔を覗き込む。
     アルフィンはジルの視線を真正面から受け止め,食い入るように見つめる。
     にらめっこ状態で,数秒経過した。
     先に視線を逸らしたのはアルフィンだった。溜息のような息を吐き,左手を腰に当て,右手は人差し指を立てた状態で自分の顎に添える。
    「……ジルとシャルアの関係について,ちょっと確認したいんだけど?」
     再びジルの顔に瞳を向けて,アルフィンが言った。
     相手が長身なので,自然に上目遣いになる。綺麗な青い瞳がライトを反射してきらりと光った。


     今のうちに惑星アガーニに関する情報を提供してもらおうと,ジョウがジルを呼びに行った時,ジルとアルフィンは実に楽しげに談笑していた。
    「………」
     メディカルルームの扉に軽くもたれながら,ジルは腕を組んで長い脚をクロスさせている。アルフィンは向かい合う形で両手を腰に当て,顎を反らすようにして笑っている。二人の距離は50センチにも満たない。
    (…近すぎないか?)
     ジョウは微妙にムッとする。
     立ち止まり,眉間の皺を深くしているジョウに,先に気付いたのはジルだった。
    「ジョウ」
     ジルの声に反応してアルフィンもジョウの方へ顔を向ける。笑っていたせいか,ほんのりと顔が上気している。ジョウを見つけ,更に表情をほころばせたアルフィンだったが,ジョウはそれに気付かない。
     反射的に顔を逸らしてしまったのだ。まるで,見てはいけないものを見てしまったかのように。
     アルフィンはそんなジョウの様子を気に留めるでもなく,嬉しそうに傍へ駆け寄ってくる。
    「シャルアの様子を見に来たの?彼女は今,眠ったところよ」
     にこにこと機嫌良さげにジョウを見つめる。
     反して,ジョウの機嫌は急降下していく。相変わらずアルフィンから目を背けたままだ。
    「…ああ,そうか」
     素っ気なく答えるジョウに,アルフィンは小首を傾げて「どうかしたの?」と尋ね掛けたが,それを阻むように,或いはアルフィンを無視するように,ジョウはジルへと声を投げる。
    「ジル。アガーニの事を事前に聞いておきたいんだ。ちょっとブリッジまで来てくれないか」
     自分の頭の上をジョウの低い声が走る。アルフィンは反射的に首をすくめた。
    「ああ,いいよ」
     メディカルルームの扉にもたれたまま2人の様子を見ていたジルだったが,ジョウに呼び掛けられると,左手をひらひらと振りながら簡単に答えた。
     ジョウはそのまま踵を返し,さっさとブリッジに向けて歩き出してしまった。
     ぽつんと取り残された形のアルフィンは,ただ呆然とジョウの背中を見送っているだけだ。
    「ほら,行くよ」
     ジルがアルフィンの横を通過する時に,金髪の小さな頭を軽くこづいた。

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■693 / inTopicNo.7)  Re[6]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/10(Mon) 18:45:43)
     惑星エイジャを砂漠の星と言うならば,惑星アガーニは海の星と言えよう。
     手を触れるだけで染まってしまいそうな青い海が,アガーニの8割を覆っている。どこまでも透明な青い海は,リゾート惑星にも引けを取らない程である。
     しかし,このコバルトの海には,決してリゾート地にはなり得ない事情があった。
    「コバルトの海の底には,毒性の強い放射性物質が沈殿してるんだ」
     ジルは溜息を吐きながら残念そうに言った。
     アガーニの海底はカリウムやラジウムなどの放射性物質を含む土壌から出来ている。
     アガーニにおける惑星開発事業は,まずこの問題を解決する事から始めなければならなかった。開発に当たった研究者達は,当初これらを化学反応によって中和してしまおうと考えた。しかし,放射性物質の全てを中和させるには膨大なコストが掛かる。そこで,海底から放出される放射線が大気中に届かないように人工的な”膜”を作る事にしたのだ。
     放射能の影響によって,アガーニの海には生物がほとんど存在していなかった。しかし,全くゼロだった訳ではない。自分の体内で放射能を中和する事が出来るプランクトンがいたのである。研究者達は,これらの浮遊生物に目を付けた。
     研究者達は,このプランクトンを人工的に培養,増殖させ,コバルトの海に放ったのである。
     3年後にはアガーニの海洋全てが,このプランクトンの膜で覆われた。
     その結果,アガーニの大気中の放射線の量は,人体に対する許容量を大きく下回った。
     このことにより,惑星アガーニの開発事業は,再スタートを切るに至ったのである。
     海底の放射性物質は,使い方さえ気を付ければ,かなり有益な資源でもあった。 アガーニの先住者達は,忌み嫌うのではなく,有効利用するという前向きな姿勢で,毒性の強い放射性物質と共存してきたと言える。
     従って,その当時も現在も,惑星アガーニにおける最も重要な仕事は,海洋プランクトンの管理とその生態の研究なのである。

     ところで,惑星アガーニの2割にあたる陸地であるが,そのほぼ半分の面積を占める大陸が首都アガニラである。あとは大小様々な島が,アガニラ大陸を取り囲むようにして点在している。
     必然的にアガニラには政治,経済,産業,文化の全てが集中し,周囲の島々との貧富の落差がかなり大きくなっていった。貧困と嫉妬心から徐々に不満を募らせていた島の住人達に,アガニラへの敵愾心を決定的にした出来事があった。
     2年前の隕石墜落事件である。
     偶然にもアガーニの海に隕石が落ちたのだ。それは惑星自体を傷つける程の大きさは決して持っていなかったのだが,アガーニの海を揺るがすには充分な大きさだったのだ。
     隕石の落下による熱エネルギーによって,その周辺のプランクトンが一瞬にして消滅し,そこから高濃度の放射線が一気に大気中へと放出されたのだ。
     アガニラ大陸にはシールドが備わっていた。周囲の島々には備わっている所と,まだ備わっていない所,準備中の所とがあった。
     シールドに保護されなかった人々は,放射能に汚染され,大人子供の区別無く多数の人間が命を落とした。
     犠牲になった人々の家族は,哀しみをアガニラに対する憎しみへと変えていった。


    「…それが,2年前に起きたって言う内紛のきっかけになったって訳だ…」
     リッキーが痛ましそうな顔をして溜息を吐く。
    「ああそうだ。もともと燻っていた火種だったからな。風が吹けば一気に広まる」
     ジルも厳しい表情で答える。
    「だが,その時は制圧したって話じゃなかったのかい?」
     タロスが口を開く。何故か無口なジョウに代わって,必要な情報を聞き出そうとする。
    「そうなんだ。アガーニの軍事力はアガニラに集結しているからな。いくら複数の島の住民がクーデターを起こしたところで,その戦力の差は歴然だ。それに和睦の条件としてアガーニ全島のシールド完全設置,家族を放射能汚染によって亡くした遺族への慰謝料の保証,島の人口に応じた助成金の定期的支給,この3つを約束した事で,全て丸く治まったはずなんだ」
    「それが2年も経った今,再び蒸し返すったぁどういうこった…?しかも今度は大量の武器を手にしてるんだろう?いったいどこからかき集めてきたんだ…?」
     タロスは自問するように呟く。
    「その後,何かまたきっかけになるような事があったの?」
     自身もクーデターによって辛い体験をした事があるアルフィンが,心配そうに尋ねる。
    「それが…全く分からないらしいんだ」
     ジルが悔しそうに口元をきゅっと引き締めた。
    「ジェナのやつが,今必死になって原因を探っているんだが,まだ突き止めたという情報は入ってこない。武器の出所も然りだ」
    「…そのクーデターに関する情報はジェナから届くのかい?」
     リッキーが,まだ見ぬシャルアの婚約者の名前に微妙な表情を作りながら尋ねる。
    「そうだ。あいつは今回の制圧軍の指揮官だからな。一番情報を持っている」
    「それにガロンさんだって,自分の娘が嫁ぐ相手だもの,きっと躍起になって連絡を取ってたんじゃない?」
     アルフィンの台詞に,クラッシャーの面々はガロンのゴツい顔を思い浮かべる。確かに族長だけあって,面倒見の良さそうなタイプだった。援軍を送ると息巻いていた姿は記憶に新しい。
     花嫁の父親として複雑な思いもあるだろうが,未来の息子の力になりたいという気持ちは,心からの厚意に違いない。
    「…ああ。私なんか3年も一緒に学友としていたくせに,もっと親身になってやれと何度も怒鳴られた」
     ジルが器用に肩をすくめてみせた。ブリッジの中が少し和んだ空気になる。
     ……ただ一人,ジョウを除いて。
    「…俺たちの仕事は,おまえ達をジェナの元へ送り届けることだ。どこへ向かえば良い?」
     心持ちいつもより低いトーンでジョウが言った。
     ちらりとジルがジョウの方を見る。ジョウもジルを見ている。
     一瞬静電気のような緊張が空気中を走る。リッキーが敏感に反応して目を丸くした。
    「宇宙港に到着したら,用意されているエアカーでアガニラの中心に向かってくれ。制圧軍の臨時対策本部が惑星管理局のセントラルタワービルに設置されている。そこにジェナがいる」
     一呼吸分時間を置くと,ジルは先程と変わらない様子で穏やかに言った。
    「…兄貴,機嫌悪そうだけど,何かあったの…?」
    「…さぁな。……おまえ,余計な事言うんじゃねぇぞ」
     リッキーとタロスは背中を向けてこそこそと肘を突っつき合っている。
     アルフィンは不思議そうにそれを見ている。話している内容までは聞こえない。
    「…ねぇ,あの二人,妙に仲が良いと思わない?」
     アルフィンがジョウに耳打ちする。
    「……別に」
    「え…?」
     素っ気なく答えてジョウはブリッジを出て行ってしまった。
     再び取り残されたアルフィンは,訳も分からず呆然としている。
     タロスとリッキーは,その様子を見て「あちゃー」という表情をする。
    「…若いねぇ」
     自身も大して変わらぬ歳だろうに,ジルは妙に悟った様子でそう言うと,励ますようにアルフィンの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

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■694 / inTopicNo.8)  Re[7]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/11(Tue) 05:16:48)
     ジョウは自室のベッドに仰向けになっていた。
     面白くない…。
     自分でイラついているのが分かる。
     ジルはクライアントだ。
     気に入らなくても仕事は仕事として割り切らなければならない。
     そんな事は分かっている。けれど,いざ顔を合わせると感情が先走ってしまう。
     ”気に入らない”…?
     何が?
     ジョウの顔が険しくなる。
    「………」
     背の高さはジョウと変わらないはずだが,全体的に細身で小顔のせいか,実際よりもすらりと高く見える。きりりと整った顔立ちに涼やかな目元,その黒い瞳には優しげな光が宿る。
    「…くそっ!」
     思い出したら余計腹が立ってきた。
     何故だ?
    「くだらねぇ。やめた」
     ジョウは反動を付けてベッドから起き上がる。
    (シャワーでも浴びて頭をスッキリさせよう)
     ジョウはタオルを持ってシャワールームへと向かった。
     先程ジルの姿を回想した時,楽しそうに笑うアルフィンの姿を一緒に思い浮かべてしまった事は,むりやり意識の外へ追いやっていた。


    「きゃっ」
     シャルアが反射的に身をすくませる。
    「あ,悪ぃ」
     ジョウが慌てて半歩退く。
     冷たいシャワーを浴びた後,ドリンクを取りにキッチンへと向かっていたジョウがメディカルルームの前を通過しようとした時,タイミング良くドアが開いた。
     まさかドアの向こうに人がいるとは思っていなかったのだろう,慣れない宇宙船の中という事もあって,シャルアは必要以上に驚いたようだ。
     眠りから覚め,一人きりでメディカルルームにいる事が不安になってきたのだろう。耐えきれずに出てきたところを,ばったりと鉢合わせたのに違いない。
     ジョウはすっかり脅えた様子のシャルアを気遣うように道を譲る。
    「驚かせて悪かった。…どうぞ?」
     シャルアは2,3度瞬きをし,口元を華奢な両手で覆うようにして俯いた。顔に付けていたベールは外したままである。
    「…いえ,あの,私の方こそ,勝手に出てきてすみません…」
     シャルアは消え入りそうな声で恐縮した様子を見せる。
    「いや,そんな…。何も遠慮する事はない。自由に歩き回って構わないさ。……あー,武器倉庫とか物騒な場所以外ならね」
     ジョウが軽く笑って言う。
    「まぁ…」
     その様子に少し緊張が解れたのか,シャルアがようやくジョウの顔を見た。
     こうして近くに立ってみると,シャルアの長身に改めて気付く。アルフィンとは違う目線の高さに,ジョウは新鮮な驚きを覚える。
     美しい黒い瞳に吸い込まれそうな錯覚に襲われ,ジョウは途端に落ち着かなくなってしまう。
    「今キッチンへ行って何か飲もうと思ってるんだが,一緒に行くか?」
     顔が上気してくるのを誤魔化すように,ジョウがシャルアを誘う。
    「良いんですか?実は私,喉が渇いてしまって…。本当はお水とか頂けないかと思って出て来たんです」
     シャルアは嬉しそうに笑った。 
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■695 / inTopicNo.9)  Re[8]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/11(Tue) 19:05:13)
     ジョウとシャルアがドリンクを持ってリビングに移動してきた時,そこには既に先客がいた。
     ジルとアルフィンである。
     二人は通信端末を操作しながら,何やら話している。
     同じモニターを覗いているのだから,互いの顔が接近しているのは当然なのだが,目の当たりにしたジョウは面白くない。瞬間的に火が灯ったように,胸の辺りがちりちりと痛んだ。
    「ジル」
     ジョウの苛立ちになど気付く由もなく,シャルアがジルの姿を見つけて嬉しそうに駆け寄って行く。それがまた一層ジョウの機嫌を悪化させる。
     シャルアの声に,ジルとアルフィンは仲良く振り返った。
    「シャルア,起きてきて大丈夫なのか?」
     ジルが心配と安堵の両方が入り交じったような表情をする。
    「はい。お薬が効いたようで,今は何ともありません」
    「そう。良かったわね」
     シャルアの答えにアルフィンも笑顔で返す。
     ジョウは何となく居心地が悪くなってくる。そのままドリンクを持って,自室に戻ろうと踵を返した。
    「ジョウ」
     しかし,それをジルが制した。
     名前を呼ばれては気付かぬフリは出来ない。ジョウはなるべく平静を装いながら,再び振り返った。しかし,返事はしない。
    「ちょっと相談があるんだ。…ああ,シャルアにも」
     ジョウの様子を気に留めるでもなく,ジルは真剣な表情で言った。
     ジルの口調にシャルアは敏感に反応する。少し脅えた表情を浮かべた。
     ジョウは黙ったままだが,眼で先を促した。
    「…今,アガニラの惑星管理局に回線を繋いでみたんだが,反乱軍の勢いが急に増したらしい。…もしかしたらエヴォラの軍隊が派遣される事を察知されたのかもしれない,という事だ」
     ジルは整った柳眉を曇らせて,吐き捨てるように言った。
     シャルアがそれを聞いて,両手で口元を覆った。こみ上げてきた悲鳴を飲み込むように。
    「…それは,マズいな。派遣隊が到着するまでに決着を付けようとしているのは明らかだ」
     ジョウがドリンクをテーブルの上に置き,腕を組んで言った。
    「ああ,……そこで,だ」
    「私の事なら平気です!」
     ジルの台詞を遮るように,シャルアが叫んだ。
    「お願いです。ワープを使って下さい。一刻も早くアガニラへ,ジェナの元へ…!」
     シャルアの悲痛な訴えに,瞬間誰もが言葉を無くした。
     シャルアは大きな瞳に涙を湛えながらジルの顔を見つめている。
     怖いくらい真剣な表情でシャルアの視線を受け止めていたジルは,一度瞑目すると,おもむろに腕を伸ばし,シャルアの身体を引き寄せた。
    「すまない」
     ジルは一言呟いて,シャルアを抱き締めた。
     ジョウはその光景に呆然とする。先刻のリッキーの話が,途端にフラッシュバックのように蘇ってくる。
    「ジョウ,そういう訳だ。すまないが,またワープを使ってもらえるか?」
     一瞬の抱擁の後,ジルは再びジョウに向き直り,改めて言った。
    「…あ,ああ。…分かった」
     ジョウは我に返ると,動揺を抑えるように2,3度瞬きした。
    「ねえジョウ?あたし思いついたんだけど,最初からシャルアに睡眠薬を飲ませて眠っていてもらうってのはどうかしら?」
     アルフィンが唐突に言った。
    「何だって?」
     ジョウが思わずアルフィンの顔を見る。その瞬間,アルフィンの青い瞳が喜びの光を宿す。
     ジョウがまともにアルフィンと目を合わせたのは随分久しぶりなのだ。
     無意識ではあるが,なんとなくジョウはアルフィンを避けていた。一方のアルフィンはといえば,ジョウの態度に戸惑うばかりであった。
     思わず上気しそうになる頬を引き締めて,アルフィンはもう一度説明する。
    「だから,最初っから眠った状態だったら,ワープ酔いもしないんじゃないかしら…?」
     ジルとシャルアは意表を突かれたように,目を見開いている。
    「…なるほど。…そうか,それは使えるかもしれん」
     ジョウがにやりと不適な笑みを浮かべる。
     アルフィンが,やはり久しぶりに見た,彼らしい表情だった。
     
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■696 / inTopicNo.10)  Re[9]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/11(Tue) 21:05:45)
     <ミネルバ>のフロントウィンドウに鮮やかな色彩が溢れる。虹色の輝きが渦を巻いて舞い踊る。ワープ空間を華やかに彩るのはワープボウだ。
     凄まじい速度で流れていく幾筋もの光の帯を横目に見ながら,<ミネルバ>はワープ航行を続ける。
     光の乱舞がおさまると,闇の中に無数の星が現れた。通常空間にワープアウトしたのだ。
    「ふぅ…。ワープアウト完了っと…」
     リッキーが大きく肩の力を抜く。
     ワープ航行は,肉体だけでなく精神的にもかなりの負担が掛かる。
     今回は連続ワープをかなり強引にやってのけたのだ。いくらワープ慣れしたクラッシャーといえども疲労は隠せない。
    「うー。気持ち悪いぃぃ…」
     アルフィンがコンソールパネルに突っ伏して唸る。
    「あの二人は大丈夫だったかねぇ…」
     身体のほとんどがサイボーグと化しているタロスは,連続ワープの影響をさして受けていないように,クライアントの心配をする。
    「シャルアは睡眠薬で眠っているから,大して影響は出ないと思うがな…」
     多少青ざめた顔色ながらも,ジョウはしっかりと受け答えする。
    「…でもきっと悪夢にうなされてると思うわ」
     アルフィンが顔を伏せたまま,げんなりと言う。
    「リッキー,一応様子を見てきてくれ。…もしかしたら,ジルにもベッドが必要かもしれない」
     ジョウが指示を出す。
     すると,リッキーが返事をするよりも早く,アルフィンがガバッと顔を上げて言った。
    「あたしが行くわ!」
     さっきまでの具合の悪さをどこに吹き飛ばしたものか,アルフィンは多少ふらつきながらも,すくっと立ち上がった。
    「…なんだアルフィン,急に…」
     ジョウがとてつもなく嫌な顔をしたことに気付いたのはタロスだけだ。リッキーはまだ立ち上がれないでいるし,アルフィンも自分の身体を支えるのに精一杯だったのだ。
    「だって…。……そうよ!シャルアに何かあった場合,女のあたしがいた方が良いに決まってるでしょ?彼女は嫁入り前の大切なお嬢さんなんだからっ!」
     もっともらしい理由を口にするが,今この場で考えたのが明らかなだけに,少しも説得力がない。それでもアルフィンは断固として譲らない決意を顔に浮かべている。
    「……勝手にしろ」
     忌々しげに息を吐き,ジョウは言い捨てた。
    「ありがと,ジョウ」
     まだ本調子ではないアルフィンは,ジョウの声に含まれる棘を感じ取ることが出来なかった。むしろ許しが出た事に,感謝の笑顔を浮かべ,ブリッジを飛び出して行った。


    「なんなのさ,あれ?」
     アルフィンの足音が消え去ったのを確認してから,リッキーが呆れたように言った。
    「………」
     ジョウはむっつりと黙り込んでいる。
    「なんだかなぁ…。余程あのお姫さんが心配なんだろうよ。アルフィンだって一応王女様だからなぁ。…なんつーか,親近感が湧くんじゃねえの?」
     タロスがジョウの様子を窺いながら,ぼそぼそと言う。
    「いや!あれは違うな…。アルフィンのヤツ,きっとジルに気があるんだぜ!俺らどうもアヤシいと思ってたんだ!だってよぉ…」
     得意げにリッキーが自分の推理を披露しようとするのを,タロスが必死の形相で「止めろ!」とジェスチャーを送る。連続ワープにはけろりとしていたタロスの顔が,明らかに青ざめている。
     がんっ!!
    「キャハっ!?」
     暴力的な音にドンゴの卵形の頭部が飛び上がる。
    「!?」
     リッキーもようやく状況を認識した。首をすくめた状態でフリーズしている。妙な汗がじわりと流れる。
     視線だけ動かしてタロスを見ると,タロスは片手で顔を覆って,小さく何事か呟いた。
    ”ばか…”
     声には聞こえなかったものの,タロスの呟きはハッキリと見て取れた。
     思わずリッキーが唾を飲み込む。
    「……リッキー,強引な連続ワープの後だ。動力チェックを怠るな」
     低い低いジョウの声が,静まりかえったブリッジに異様な存在感を持って響く。
     先程コンソールの側面を蹴り付けた長い脚を高く組んで,ジョウはシートに浅く腰掛ける。そのままふんぞり返って腕も組む。
     完全に眼が据わっている。
     今のジョウに近寄ってくる者がいるとすれば,余程の命知らずとしか言いようがないだろう。
    「早くしろっ!!」
    「はいぃっ!!」
    「キャハハハハっ!!」
     つられたドンゴの甲高い声が,温度の下がったブリッジに虚しく響いた。

引用投稿 削除キー/
■697 / inTopicNo.11)  Re[10]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/11(Tue) 23:29:36)
     20分程でアルフィンはブリッジに戻ってきた。ジルも一緒である。
    「シャルアの様子に変わりは無かったわ。苦しそうな顔もしてなかったから,きっと悪夢の心配もないと思うわ」
     アルフィンがジョウに報告する。
    「…そうか」
    「後から睡眠薬の副作用で頭痛が起きちゃうかもしれないけど,ワープ酔いよりはマシだものね…。とりあえず何ともなくて良かったわ」
     アルフィンは嬉しそうににっこりと笑った。残念ながらジョウはアルフィンを見ていなかったけれど…。
    「ジルは大丈夫だったかい?」
     ジョウの様子に小首を傾げたアルフィンを制するように,タロスが割り込んでくる。
    「ああ,もちろんだ。…と言いたいところだが,さすがにキツかったな。…身体が強引に引き延ばされたり縮められたりしている感じだったよ。上も下もあったもんじゃない」
     ジルは冗談めかして笑って言うが,さすがに顔色は冴えない。さり気なさを装ってはいるが,壁にもたれているのは格好を付けるためではないだろう。
    「一応薬を飲んでもらったから,しばらくすれば落ち着くと思うんだけど…」
     アルフィンが心配そうにジルの顔を覗き込む。
    「うん,もう大分効いてる。ありがとうアルフィン」
     ジルがにっこりとアルフィンに笑いかける。
    「………」
     なんとなく目のやり場に困ったように,リッキーが視線を宙に泳がせた。
    「…あと,3時間程でアガーニの軌道に入りますぜ」
     タロスがまた別の話を持ちかける。
    「でもさぁ,内乱状態でアガニラ宇宙港ってば通常通り入国出来るのかなぁ?」
     リッキーがふと思いついたように言う。
    「ああん?……そう言やそうか…。宇宙港自体封鎖してるって可能性もあるのか…」
     タロスも顎に手を当てながらジルに視線を向ける。
    「いや…,今のところそんな情報は入ってないが」
     ジルも初めてその可能性に気付いたのか,少し表情を曇らせた。
     アルフィンが助けを求めるようにジョウを仰ぎ見るが,ジョウは明後日の方向を向いたままだ。
    「ジョウ…」
     なんだか泣きたいような気分になって,アルフィンはぽつりと呟いた。


     それぞれの不安を抱えたままであったが,結果的に<ミネルバ>は惑星アガーニのアガニラ宇宙港に無事降りることが出来た。
     無論,アガーニの星域内へ進入する際には,かなり厳重な入国審査が義務づけられていたが,アガニラ宇宙港自体は閉鎖されてはいなかった。
     アガーニの食糧事情を考えると,宇宙港を閉鎖する訳にはいかなかったのだ。
     他惑星からの食糧の輸入は,アガーニにとって生命線のようなものであった。
     アガーニの土壌は農作物の生産に適しているとは言い難い。実に食糧自給率は20%に満たないのだ。故に他の惑星からの輸入に頼らざるを得なかったのである。
     代わりに,アガーニは海底に沈んでいるラジウムを輸出している。現在もラジウム療法は,一般的な悪性腫瘍の治療に用いられているのだ。
     アガニラ宇宙港は内乱の影響を受けて,旅客船等の民間機は乗り入れを制限していたが,商業船に関しては特例として,区画を特別に設けて受け入れを続けていた。
     当然<ミネルバ>も申請の際に管制官から一度は入国を拒否されたのだが,ジョウが通信機越しに遣り取りをしている最中に,ジルが割って入ったのだ。
    「おまえは人の話を聞いているのか?我々は民間人の旅行客ではないと言ってるだろうが。…まったくおまえでは話にならんっ!惑星エイジャよりエヴォラ族の勝利の女神が只今参上したと上の者に伝えろ!何なら惑星管理局に直接繋げ!制圧軍指揮官の花嫁がこの船に乗っているとな!」
     ジルの口上は,即座に効果が現れた。
     もとより来月に迫った国を挙げての華燭の典は,一大イベントである。内乱の勃発に当たり,エヴォラ族が花嫁と共に援軍を派遣することも聞き及んでいた。
     しかし,まさか花嫁が単独で,しかもクラッシャーの船に乗って先行して来るとは夢にも思わなかったのだ。
     直ちに管制塔の最高責任者が通信スクリーンに登場した。
    「久しぶりだな,エイモス殿。最初からあなたを呼べば良かった。…花嫁が一足先に参上したぞ。早くこの<ミネルバ>を誘導してくれ」
     ジルがにやりと笑って言った。エイモスと呼ばれた大柄な男性は,はっきりと顔色を変えて『了解しました!』と敬礼してみせた。

    「すまなかった,ジョウ。勝手に割り込んで」
     通信を終えたジルはジョウの方を振り返り,改めて言った。どことなく悪戯っ子が,悪戯の現場を押さえられたような表情だった。
    「…いや,それはまぁ,別に…。結局降りる許可を得られた訳だし…」
     ジョウは事の成り行きに少し戸惑っているように,眉間に皺を寄せたままボソボソと答えた。
    「すげえや,ジル!さっきのおっさんと知り合いだったのか?あんなに渋ってたのに一発で入国許可が下りるなんて…!俺らビックリしたぜ」
     リッキーが感心したように言った。
    「ああ,留学中にね。…彼は通信技術概論の講師だったんだ」
     ジルは綺麗にウィンクして答えた。


     シャルアは体内にまだ睡眠薬が残っているのか,意識がはっきりしない様子だった。
    「…すみません。…大丈夫です」
     そう言うものの,立つのも覚束ないような状態である。一応睡眠薬の効果は切れる時間であるが,自然に目を覚ますのではなく外からの刺激,つまりはジルの呼び掛けによって覚醒させられたのである。身体が言うことを聞かないのは,シャルアの体力を考慮に入れれば仕方ないことであろう。
     しかし,<ミネルバ>は既にアガニラ宇宙港へ着陸している。迎えのエアカーも待機しているはずである。いつまでもぐずぐずしていては,痛くもない腹を探られる事態になりかねない。
    「仕方ない。…シャルア,すまないがエアカーまで辛抱してくれ」
     見かねたジョウはそう言うと,シャルアの返事も待たずに,ひょいと横抱きに持ち上げてしまった。艶やかな長い黒髪がふわりと広がる。
     シャルアは,きゃっと小さく悲鳴を上げて身体を硬くする。見上げたジョウの顔の近さに再び驚き,みるみる頬が上気してくる。
     シャルアの反応に,今更ながらジョウも気恥ずかしい気持ちが湧き上がってくるが,持ち上げてしまったものは仕方ない。
    「ありがとう,ジョウ。君が力持ちで良かったよ」
     二人の間に生じた気まずい空気を埋めるように,ジルが口を開いた。すっと近付き,シャルアの顔にベールを付けてやる。
     いつものベールのおかげで,シャルアの緊張が少し解れる。一度大きく息を吐くと,おとなしく身体の力を抜いた。
    「…すみません,ジョウ。重いでしょうけど,お願いします」
     唯一露わになっている大きな瞳を真っ直ぐにジョウに向けて,シャルアは言った。
    「いや,これくらい,ちっとも重くないさ」
     ジョウもようやく平静さを取り戻し,軽く笑って答えた。
    「よし,みんな行くぞ」
     ジョウは改めて声を掛けると,自ら先頭に立って歩き出した。
    「…ちっきしょう!俺らにもう少し身長があったらなぁ…っ!」
     リッキーは心底悔しそうに地団駄を踏んだ。
    「もう少し…って,”まだ大分”の間違いじゃねぇの?」
     うひゃひゃひゃひゃとタロスが小バカにして笑った。
    「なんだとぉっ!タロスなんて意味無くデカいだけじゃねぇか!」
    「けっ!そーゆー台詞はデカくなってから言うんだな。おチビちゃん!」
     タロスとリッキーはいつもの口喧嘩をしながら,ジョウの後を追った。
    「………」
     ジルがちらりと横を見る。
    「……分かりやすいなぁ,アルフィンも」
     何とも言えない表情でジルが苦笑いを浮かべる。
    「っ!!?……だって!…そんなっ!?」
    「はいはい,すまないな。私がシャルアを抱っこ出来るくらい逞しい男だったら良かったんだけどな。…さ,行こっか」
     先程から赤くなったり青くなったりを繰り返しているアルフィンの腕を取って,ジルはすたすたと歩き出した。
    「…もうっ!ジョウのバカっ!!」
     腕を引かれながら悪態を付くアルフィンに,ジルは「はいはい」と適当に相づちを打った。

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■698 / inTopicNo.12)  Re[11]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/12(Wed) 10:26:32)
     用意されていたエアカーは,VIP専用の大型リムジンだった。もちろん運転手付きである。
     運転席の後ろは,革張りのソファーがコの字形にしつらえられていた。車の両サイドにアルフィンとジル,タロスとリッキーが組になって向かい合うように座り,ジョウとシャルアは運転席と平行になっている後部シートに座った。真ん中には小さなテーブルが設置されており,人数分のグラスにドリンクが用意されていた。
     シャルアはジョウの肩にもたれ掛かり,再び瞳を閉じてしまっている。
     アルフィンは理性を総動員させて,二人の間に割って入りたい衝動をなんとか抑える。
     しかし,青い瞳からは今にも涙がこぼれそうになっている。唇を噛んで,白い手を膝の上でぎゅっと握っている。
     ジルは見かねてアルフィンの膝小僧をぽんぽんと叩いてやる。
     意識的にそちらを見まいとしているものの,ジョウのこめかみがピクンと反応する。
    「……な,なんか息苦しくない…?」
     リッキーがこそこそとタロスに耳打ちする。
    「…俺は眠いんだ。放っておいてくれ…」
     さわらぬ神になんとやら…である。タロスは狸寝入りを決め込んでいる。
    「えええ,そりゃないよぉ…」
     りっきーは情けない声を出して頭を抱えた。

     どがんっ!!
    「!?」
     突然後ろから突き上げるような大きな衝撃が来た。テーブルの上のグラスが生き物のように飛び上がり,床に叩きつけられる。
     ジョウは素早くリムジンの黒塗りの窓から外を見る。シャルアも驚きに瞳を開いた。
     青いエアカーがジョウ達のリムジンの後ろにぴたりと付いている。どうやら後部から突っ込まれたらしい。
     直後に今度はタロスとリッキーが座るシート側から衝撃が来る。
     がががががんっ!!
    「うわぁっ!」
     体重の軽いリッキーがシートから投げ出される。
    「なんだ!?囲まれてるぞ!」
     ジョウが叫ぶ。
     リムジンの周りには3台のエアカーが併走していた。いずれも明らかに攻撃の意志を伝えてくる。後ろから横から次々に体当たりをくらわされ,ジョウ達は体勢を立て直すことが出来ない。リムジンの外装は防弾用の特殊鋼板を使用しているので,すぐに潰されることはないが,それも時間の問題である。
     ジョウの視界にきらりと光る物が飛び込んできた。瞬時に全身が粟立つ。
    「みんな伏せろ!ミサイルだ!!」
     ジョウは叫ぶと同時にシャルアの身体をシートの床に押し倒し,そのまま覆い被さった。
     ジョウの声に反応して,タロスがテーブルの上に投げ出されたままのリッキーの胸ぐらを掴み上げて引き倒す。アルフィンも先刻までの泣きべそが嘘のように,素早くジルの腕を引き,テーブルとシートの間に身体を押し込んだ。長身のジルの全身を覆うのは,華奢なアルフィンの身体では物理的に不可能ではあるが,とりあえずジルの頭部を抱えるように胸に抱き込んだ。
     実はジルもジョウの声に反応して同じ事をアルフィンにしようとしたのだが,アルフィンの方が早かった。さすがにクラッシャーと言うべきか。見た目に誤魔化されてはいけない。咄嗟の動きは年齢よりも経験がものを言う。

     ずがんっ!!
     凄まじい衝撃と轟音がリムジンを襲う。青いエアカーから発射された小型ミサイルは,運転席に打ち込まれた。
     至近距離からのミサイル相手では,いくら防弾ガラスや特殊鋼板でも敵わない。
     防弾ガラスは粉々見砕け,運転手の身体は爆発によって四散した。運転席と後部シートの間にも防弾ガラスが施されていたが,その衝撃に耐えられず瞬時に崩壊した。
     爆発の衝撃と熱がジョウ達の方にも流れ込んでくる。黒い煙が視界を奪う。
     運転手を失ったリムジンは爆発の余波で大きく横に振れ,ハイウェイの壁に激突した。硬い外装が衝突の衝撃を吸収できずに,そのまま跳ね返る。大きなリムジンが,水面を滑る木の葉のように回転しながらハイウェイを滑る。中央分離帯のポールをなぎ倒しながら突っ込んでいく様子は,獰猛な獣が獲物の群れに突進していく姿にも見えた。
     鼓膜が裂けるかと思うほどの轟音と,無数の殴打を受けているような激しいショックの中で,ジョウ達は為す術もなくただ衝撃に耐えていた。
     シートとテーブルの狭い空間に身体を固定していたおかげで,衝突のショックによって外に投げ出される事態は免れた。頭上から降りかかるガラスの欠片や爆風の熱からは,クラッシュジャケットが守ってくれた。
     
     ようやく恐ろしい咆哮が静まり,黒いリムジンはその動きを止めた。
     ジョウが悲鳴を上げる身体と,朦朧とする頭を無理やり叱咤して,次の動きに備えようとした時,突然ピンク色のボールが投げ込まれた。
    「!?」
     はっきりと確認する時間も無いまま,次の瞬間ボールが爆ぜた。
     ”ぽん!”と軽い音を響かせると,一気に周囲がピンク色に染まった。甘ったるい香りが鼻腔をくすぐる。
    (催眠ガス…!?)
     ジョウは反射的に口元を押さえたが,既に空間はピンク一色である。
     恐ろしく少女趣味な色と香りに包まれて,ジョウはほどなく意識を手放した。

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■699 / inTopicNo.13)  Re[12]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/12(Wed) 11:30:07)
    ”…ジョウ。…ジョウ”
     遠いところで自分を呼ぶ声がする。
     誰だ…?
    ”ジョウっ”
     …親父?
     いや,違う…。これは…。
     
     重い瞼を無理やりこじ開ける。薄暗い視界の中に,大きな影が映る。頬と顎に刻まれた深い傷跡がやけに目に付く。せり出した額の影で双眸が鈍く光っている。
    「……タロス」
     ようやく言葉を発した声は,自分の物とは思えないほど不明瞭な唸りにしか聞こえなかった。舌がうまく動かない。
    「ジョウ,せっかくの熟睡中に申し訳ありやせんが,そろそろ起きる時間ですぜ」
     片頬を上げて,どこか冗談めかした口調でタロスが言った。
    「…熟睡なもんか。…くそっ頭が痛ぇ」
     徐々に意識がはっきりしてくる。ジョウは重い身体を無理やり起こそうと力を入れた。全身に鉛を流し込まれたような感覚である。腕を上げるだけでも,ひどく体力を消耗する。
     なんとか上体を起こし,立てた膝を抱えるように腕を回す。そのまま顔を伏せて,しばし呼吸を整える。
    「安物の催眠ガスを使いやがって…。悪酔いもイイトコですぜ」
     タロスがちっと舌打ちしながら愚痴った。
     とは言うものの,実はタロスは大してガスを吸っていない。
     身体のほとんどを機械化したタロスは,常人よりも無呼吸状態を維持できる。
     あの突然の襲撃の中で,タロスは相手に殺意が無いことを読みとっていた。小型ミサイルを運転席を狙って打ち込んだこと。そして催眠ガス。
     最初から全員殺すつもりなら,車ごと大型のミサイルで吹っ飛ばせば良いのだ。わざわざ眠らせて拉致するなど,はっきり言って手間である。向こうに殺す意図が無い事は明らかであった。
     だからあの後,襲撃者達がリムジンに乗り込んできた時も,タロスは眠っているフリをしていた。ガスを吸って意識を失っている5人を庇いながら,敵に反撃するのは難しい。相手に殺意が無いならば,このまま黙って様子を窺っていた方が得策だ。
     無論,敵が生け捕りにしたい人間が今回のクライアントだけで,その他の人間はその場で射殺するなどという行動に移る可能性もあった。その可能性が現実になる怖れがある以上,やはりタロスは意識を失うわけにはいかなかったのだ。
     いつでも反撃できる体勢と意識を維持しつつ,表向きは完全に無力化された人間のように振る舞いながら,タロスはここまで運ばれてきたのである。
     幸い,襲撃者達は時間を惜しんだのか,一度リムジンに乗り込んで全員の昏倒を確認すると,そのまま大破したリムジンを,用意してあったらしい大型トレーラーに積み込んで走り出した。その後,目的地に到着すると,武器を取り上げた上で,全員まとめてこの部屋に投げ込んだのである。
     タロスはガスの効果がそれ程長く続かないであろうと予測していた。それ故,皆が自然に目を覚ますのをただ黙って待っていたのだが,ジョウが覚醒する気配を見せたので,名前を呼んでそれを促したのだ。

    「…あれからどれくらいの時間が経過したんだ?」
     ジョウが記憶を探るように顔をしかめながら言った。
    「リムジンが襲われてからだと,ざっと3時間程度でさぁ。…この部屋にぶち込まれてからは2時間弱ってトコですかねぇ」
     タロスがどこかのんびりとした口調で答える。
    「そうか…,もうそんなに経ったのか」
     ジョウは改めて室内を見回す。
     簡易の拘置所のような作りになっている。無機質な壁に,取って付けたような鉄格子。広さ的には<ミネルバ>のリビングルームの半分というところか。
     リノリウムの冷たい床には4人が並ぶように眠っている。きちんと姿勢が整えられているのはタロスの仕業だろう。
    「あの襲撃の時と,ここに投げ込まれた時とに打撲の跡くらいは付いちまったかもしれませんが,特に外傷はありませんぜ。…まぁガスのせいで多少頭痛や倦怠感は残ると思いますがね」
     タロスがジョウの懸念を先読みして言った。
    「…この頭痛が”多少”とは思えないけどな…」
     ジョウが盛大に顔をしかめて舌打ちした。
    「ジョウは往生際が悪かったんでさぁ。コイツらみたいにとっとと意識を手放してりゃ,吸い込むガスの量も少しで済んだってモンですぜ?」
     へへへとタロスが笑いながら言った。
     ジョウが憮然とした面持ちになる。
    「くしゅんっ」
     可愛らしいクシャミの後に,小さな呻り声が続いた。
     ジョウは腰を落としたまま腕と脚を使って移動する。まだ立ち上がるには身体がツラい。
    「アルフィン」
     ジョウの呼び掛けに,長い睫が小さく震える。ゆっくりと開いた瞼の奥から,宝石のような青い瞳が現れた。まだ焦点が定まらない。
    「………ジョウ?」
     ようやく小さい声を絞り出す。
    「ああ。…大丈夫か?」
     ジョウの問いかけに,アルフィンは数秒考え込むような素振りを見せた。まだ完全に意識がはっきりしないのだろう。ジョウが手を伸ばして,白い頬に掛かる金髪を整えてやる。触れた頬は随分冷たい。途端にアルフィンはぷるるっと小さく身震いした。
    「…ずいぶん寒いのね」
     アルフィンはゆっくりと上体を起こした。いくらクラッシュジャケットを着ているとはいえ,冷たい床の上で長時間眠っていたのではさすがに体温を奪われる。
    「あ痛たたたっ…」
     今度はリッキーが頭を押さえながら起き出した。
    「うー,頭痛ぇ。…ここどこなんだよぉ?」
    「なんだぁ?まーだ寝惚けてんのかぁ?」
     タロスがわざとらしく呆れた声を出す。
    「あたしたち,どうなったの?」
     アルフィンが不安げに尋ねる。
     ジルとシャルアもほぼ同時に目覚めていた。ジルはシャルアの身体を支えるようにして,寄り添うように座り直す。
    「どうやら拉致されたようなんだが…。相手は今回の騒動を起こしたヤツらだと考えるのが妥当だろうな…」
     ジョウが考える素振りを見せながら,独り言のように言った。
    「まぁ確かに,このまま何事もなくジェナんトコに送り届けられるくらいなら,わざわざ俺達にお呼びが掛かるわきゃねぇよなぁ…」
     タロスは動じた様子も無く,むしろ当然だと言わんばかりの口調だ。
    「しっ…!」
     ジョウが鋭く声を飛ばす。
     何者かが近付いて来る足音が聞こえた。
     シャルアは脅えたようにジルの上着を掴んだ。ジルは安心させるようにシャルアの肩を抱いてやる。
     アルフィンとリッキーが二人を挟むようにして身構える。
     ジョウは近付いてくる複数の足音に神経を集中する。自然に眼光が鋭いものになる。ひどい頭痛ももはや意識の外である。
     タロスは一番奥の位置にいたが,油断無く右手で左手を握った。いつでも手首を外せるように。

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■700 / inTopicNo.14)  Re[13]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/12(Wed) 14:00:51)
     やがて現れたのは4人の男達であった。 
     リーダー格の男が一人,後は護衛の取り巻きのようである。
    「ようやくお目覚めのようだな」
     口元を歪めてリーダー格の男が言った。
     40歳前後と推測される容貌であった。体格的には痩せ形であり,ひょろりとしている。他の3人の取り巻きがいずれも鍛え抜かれた肉体を有している巨漢揃いであるだけに,いっそう貧弱に見えてしまう。猫背気味の背中と皮肉に歪んだ薄い唇が酷薄な印象を与える。妙に甲高い声も気に障る。
    ”いけ好かない野郎だな…”
     その場にいる誰もがそう思った。もしかしたら取り巻きの3人でさえ,そう思っているかもしれない。
    「シャルア殿には申し訳なかったが,如何せんクラッシャーなどが傍にいたのでは多少手荒な手段を使うしかなくてな」
     少しも申し訳なくなさそうにしれっと言う。
    「ほう。俺達が何者かを知った上での仕業という事は,おまえ達は反乱軍の人間なんだな?」
     床に腰を着けたまま,ジョウが低い位置から睨み上げて言う。
    「ふんっ。反乱軍だと?勘違いしてもらっては困る。我らは義勇軍だ。我々こそが正義なのだ」
     心底バカにしたような表情で,偉そうに訂正する。
    「…おまえ,誰だ?」
     先刻から男を注視していたジルが,訝しげに尋ねる。
     せっかく格好を付けて見得を切ったものを,綺麗に無視された男は,ぴくりとこめかみを震わせる。
    「おまえの着ているその制服はアガニラ陸軍士官のものだろう?少なくとも2年前までは,おまえの顔は士官クラスには無かったはずだ」
     ジルが尋問するような口調で睨みつける。美貌の青年は,その線の細さからは想像もつかないような迫力を醸し出していた。黒い端正な瞳が鈍い光を放つ。
     ジョウはジルの豹変ぶりに内心舌を巻く。どこか飄々とした態度で,柔らかくスマートな物腰を崩さなかったジルの影はどこにも見あたらない。
     異様な威圧感を誇示する若者に,一瞬気圧されそうになりながらも,男は負けじと声を張り上げる。
    「無礼者!ただの従者風情が生意気な口を叩くな!」
    「やかましいっ!!質問に答えろ!陸軍士官ともあろう者が国を裏切るなど恥を知れっ!!」
     虚勢を張った叫びを打ち消すように,ジルの厳しい弾劾の声が雷鳴のごとく鋭く飛んだ。
    「な…っ!?」
     男は細い目を見開き半歩後退る。見えない波動がびりびりと空気中を走った。
    「なぁ,催眠ガスのせいでシャルアの具合が悪いんだ。あまり大声を出さないでくれないか。そちらにとっても大事な人質なんだろう?」
     突然のんびりとしたジョウの声が割り込んだ。緊張にぴんと張りつめた空気が一瞬弛む。
    「ふんっ!そんなもの放っておけばすぐに治る!……まぁ,シャルア殿には今後の交渉に協力して頂かなければならないからな…。もうしばらくこちらで休まれよ。…忠告しておくが,他のヤツなどこの場で射殺しても構わないのだぞ。立場をわきまえろ!」
     そう言い捨てると男は踵を返し,3人の屈強な男達の身体に守られるようにして,そそくさと立ち去って行った。


    「…おまえ,ここで死にたいのか?」
     足音が消えると,呆れるような溜息を吐いてジョウがジルに向かって言った。
    「アレはプライドを傷つけられるのが何より許せないタイプの人間だぞ?引っ込みが付かなくなれば,その場の勢いで,後先考えずに人を殺しかねない。…まぁさっきの様子じゃ人殺しをする度胸も無さそうな感じだったけどな…」
     逃げるように去って行った後ろ姿を思い出す。ジョウの介入で救われたのは,ジルの命だけではなかったようだ。
     ジョウの台詞にシャルアが青ざめる。今更ながら,泣きそうな表情でジルに非難の眼差しを向ける。
    「…すまない。つい興奮してしまって」
     ジルは肩をすくめ,いつもの口調に戻って素直に謝罪した。口元には苦い笑みが浮かんでいる。シャルアにも「ごめん」と一言付け加える。
    「それにしてもスゲー迫力だったなぁ!俺らも思わずビビっちまったよ!」
     リッキーが心底驚いた様子で感嘆の声を上げる。
    「ホントよねぇ。あたしもびっくりしたわ」
     アルフィンも青い瞳をめいっぱい見開いて,まじまじとジルを眺めた。
    「…いや,なんていうか…。ああいうタイプの男は生理的に嫌いでね…」
     ジルが些か照れたように笑う。どこか困ったような表情には,先程の激昂の欠片は微塵もない。
    「それよりも,さっきの話だが…」
     ジョウが口を開くと,ジルは再び顔を引き締めた。リッキーとアルフィンもジョウに注目する。タロスは元よりジョウの後ろで静観している。
    「ジルはアガニラの軍人にも詳しいのか?」
    「ああ,一昨年までの3年間の留学では政治経済の他に軍事的な知識も学んだんでね。軍人だけじゃなく政府要人とかにも詳しいぞ。なんせ全て現職の役人からレクチャーを受けたからな」
     ジョウの問いかけに,ジルは気軽な調子で答える。
     ジョウ達は<ミネルバ>入国審査時のジルと管制塔の最高責任者との遣り取りを思い出す。
    「その当時の士官連中は全員把握していると?」
    「ああもちろんだ。さすがに下士官レベルになると,全員とはいかないがな。……それでもいずれ上官に上がるような人間とは,それなりに交流があったつもりなんだが…」
     ジルはどうにも解せないといった表情で言葉を濁す。
    「あいつはどう見ても小物ですぜ。…あんな野郎にクーデターなんて起こせるハズがねえ」
     タロスが腕組みしながら首を捻る。
    「誰かが裏で手を引いてるってコト?」
     アルフィンも軽く首を傾げながら言う。
    「ああ,その可能性は高いな」
     ジョウが鼻を鳴らして答える。どうひいき目に見ても,さっきの男は首謀者には見えない。
    「だいたい間が抜けてるっていうか,ありえないよなぁ?目に付く武器だけ取り上げて安心してるなんてさ!」
     リッキーが大袈裟に呆れて見せた。
     そうなのだ。確かに腰のホルスターからはレイガンが抜き取られていたが,クラッシュジャケットはそのまま脱がされてはいなかったのだ。胸ポケットには光子弾と電磁メスがきちんと入っているし,そもそもアートフラッシュも一つ残らずジャケットに付いていた。
    「へへへ,違いねぇ。俺の”奥の手”も健在だしな」
     タロスが左手を掲げながらバカにしたように笑った。
    「…これからどうするの?」
     お気楽そうに笑う二人を後目に,アルフィンがジョウに尋ねる。
    「…そうだな,あの男はシャルアを交渉に使うと言っていたが…」
    「私はどうすれば良いのでしょうか」
     ジョウの台詞を受けて,シャルアが身を乗り出した。額のサークレットが不安げに揺れる。
    「………」
     肌寒い拘置所に重い沈黙が降りる。
     如何せん情報が無さ過ぎる。いくら多少の武器が残されてるとはいえ,クライアントの安全面を考慮に入れれば,強引な動きも自ずと制限されてくる。牢破りを決行した途端,蜂の巣になる可能性だってあるのだ。
    「…宇宙港で得た情報に寄れば,クーデターの勢力はセントラルタワービルに集結しつつあるという事だった。しかし,それにしては未だに声明文のひとつも寄こしてこないらしい」
     ジルが吟味するように,右手を口元に添えながら言う。
    「……それは,変だな」
     ジョウがぽつりと言った。
    「ああ,そうなんだ。どう考えても変なんだ」
     ジルの瞳がすっと細められる。長い睫が微かに揺れた。
    「変って…?何がどう変なのさ」
     リッキーが焦れたように訊く。
    「おまえなぁ…,クーデターって何のために起こすか知ってるか?」
     タロスが呆れたように言う。
    「えっ,そ,そりゃあ何か気に入らないコトがあって,それを何とかしてくれって頼んだのに,聞いてもらえなくて,で,だから力ずくで…とかいう感じじゃないの?」
     リッキーが戸惑いながらも真面目に答える。
    「えらく簡単な答えだが,…まぁそういうこった」
     タロスが口の端をつり上げて言う。
    「………」
     リッキーが眉間に深い皺を刻んで目を寄せる。何やら頭をフル回転させている様子である。
    「…あれ?ちょっと待って…。え?…えええっ!?ちょっと!ソレってオカシイよ!何をどうして欲しいっていう要求を聞いてもらえないから,実力行使に出るっていうのが”筋”だろう!?…なのに,何も言って来ないでイキナリ攻撃してくるのって…っ!!ええええええっ!そんなのただケンカ売ってるだけだろ!なんだよ,オカシイじゃん!」
     ぺしっ!
    「ぁ痛ぇっ!」
    「うるせぇ。だから”変だ”っつってんだろ?ぎゃあぎゃあ騒ぐなガキっ!」
     興奮して騒ぎ出したリッキーの頭をタロスが容赦なく叩く。
    「なんだよ思いっきり殴りやがって…!脳みそが揺れたじゃねぇかっ」
     リッキーが恥ずかしさを誤魔化すように,口を尖らせた。
    「けっ!てめえのお粗末な脳みそなんざ,ちょっとくらい刺激を与えてやった方が良いんだ。むしろ感謝しやがれっ」
    「でも頭を叩くと脳細胞が死ぬって言うぞ?」
     タロスのむちゃくちゃな理屈に,突然ジルが大真面目な口調で割って入る。
    「そ,そうだよ!まったく…!俺らがバカになったらタロスとアルフィンのせいだからなっ!」
    「え?あ,あたしぃ!?」
     いつもの口喧嘩,と聞き流していたアルフィンだったが,いきなり名前を呼ばれて思わず柳眉を逆立てる。
    「あーそういや殴ってたな,アルフィンも」
    「そうですね,2度ほど拝見しましたね」
     ジルだけでなく,シャルアまでさらっと証言する。
    「……!!」
     アルフィンは口を開いたものの,言葉が出てこない。ただただ白磁の頬を薔薇色に染めるだけである。
     うししししし…とリッキーが声を殺して笑った。
    「………おい。みんな真面目に考えろよ…」
     頭を抱えたまま,ジョウがうんざりと呟いた。

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■701 / inTopicNo.15)  Re[14]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/12(Wed) 15:13:27)
    「ジョウ」
     タロスがおもむろに口を開く。
     呼ばれたジョウは視線だけをタロスに向ける。
    「さっきの取り巻き連中の格好を覚えてやすか?」
     予想していなかった質問の内容に,ジョウは一瞬眉根を寄せる。
    「…格好って」
     ジョウは記憶の糸を辿る。
     リーダー格の男に注意を向けていたせいで,いまひとつ記憶が不鮮明だ。
     巨漢の3人…。制服のようなものを着ていた…?あれは…。
    「そういえば,連中の服はアガニラの軍隊のどの制服とも違ったな…」
     ジルも意識を集中させながら言う。
    「あっ!」
     アルフィンが突然叫んだ。
     みんなの視線がアルフィンに集まる。
    「そうよ!思い出したわ!あれはラグアスよ」
    「ラグアス?」
     ジョウはアルフィンの台詞をオウム返しに繰り返す。
    「ええ,俺もそう思いましたぜ」
     タロスが大きく頷いた。
    「ラグアスっていやぁ…」
     ジョウが再び記憶を探る。


     ラグアスは,恒星ブルガの第2惑星であるクルダルの衛星である。
     宇宙開発時代の到来時,クルダルは初期の惑星改造のサンプル惑星として,開発の手が入った星である。当時,実験的に強引な開発が行われた数多くの惑星は,膨大なデータと引き替えに,その姿を消した。惑星改造の失敗例として。
     クルダルも例に漏れず,強引な軌道修正が為されたことが原因で,恒星ブルガの引力に捉えられ,引きずり込まれそうになった。しかし,幸か不幸か,恒星に飲み込まれる前に,クルダルは自らの引力が引き寄せた隕石群によって,その生命を終わらせる事となった。
     多数の大型隕石の衝突によって,クルダルは大きく地形を変えることとなった。海水は干上がり,大地は崩壊し,全ての生命体が消滅した。再び表面温度が下がった時,クルダルは衝突した隕石の数だけその質量を増していた。
     質量の増加は,恒星ブルガの引力に対抗するだけの力になった。
     こうして惑星クルダルはブルガに飲み込まれる事を免れ,一回り巨大化した死の惑星として,新たな軌道を描くことになったのだ。
     衛星ラグアスは,この時の隕石の欠片が集まって形成されたものだと推測されている。
     奇跡的にラグアスには大気が存在した。
     地球型の星として,再び開発の計画が進められるようになったラグアスだったが,何故か度重なる事故に見舞われた。
     やがて「クルダルの呪い」と開発者達にも忌み嫌われるようになり,開発の途中段階で計画は中断される事になった。
     そこに目を付けたのが軍事兵器の開発,生産をしていたミノスコーポレーションであった。
     一代で巨大な企業を立ち上げたミノス氏は,ラグアスを巨万の富を利用してまるまる買い取り,そこに新たな兵器工場を立ち上げた。
     後に「クルダルの呪い」は,この星欲しさにミノス氏自身が行った人為的な事故だったのでは…という噂がまことしやかに流れたが,真実の程は定かではない。

    「そうか!戦争屋か!」
     ジョウが眼を見開いて言った。
    「戦争屋?」
     ジルが初めて聞く言葉に首を傾げる。
    「ああ,戦争屋っていうのは俗称なんだが…」

     ミノスコーポレーションは連合宇宙軍を始め,名だたる国々の軍隊を顧客として契約を交わしていた。
     ところが,銀河連合によって,ある程度治安が維持されるようになると,格段に需要が減ってしまった。その上,ミノスコーポレーションの他にも兵器の生産事業に着手する企業が登場してきたのだ。
     こうなると,銀河連合もミノスの独占をよしとせず,癒着を防ぐためにも競争契約の制度を導入した。それでもミノスは莫大な財力をバックに,破格の条件で次々に大手の契約を落札していった。
     ところが,格段に下がった利益率をなんとか上昇させようと,経費削減に力を入れるようになると,今度は大量の欠陥品が生み出される事態となった。
     ある時期に生産された対戦車用ミサイルに重大な欠陥が見つかり,それによって多数の事故が引き起こされた。死者の数,損害の多きさも無視できる規模では無かった。
     この事件により,ミノスコーポレーションは破産・解散の道を辿ることとなる。
     ところが,当時ミノス氏の側近であった一人の男が,新たにこのラグアスを工場ごと買い上げてしまったのだ。
     解散したミノスブランドの名前は完全に抹消し,星の名前であるラグアスブランドとして,再び軍事兵器産業に名乗りを上げた。
     無論,ミノスの名前を消したところで,なかなか信用を取り戻すのは難しい。
     そこで今度は政情不安の惑星に目を付けたのだ。
     正規の国軍相手では競争契約の規定があるが,反対勢力はあくまでも民間の団体である。そこに競争契約のルールは存在しない。
     そこに目を付けたラグアスの再興者は,反乱分子のグループに取り入り,武器を売りつけていったのだ。
     銀河連合は太陽系国家の内政に干渉しない,という規定も彼らに味方した。
     内乱の手助けをしたところで,お咎めを受けることもない。
     そうして商売の場をクーデター専門へと移行していったのである。

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■702 / inTopicNo.16)  Re[15]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/12(Wed) 16:03:54)
    「それで,戦争屋…」
     ジルは端正な顔を苦々しげに歪めて唸った。
    「そうだ。今じゃヤツらがクーデターのお膳立てをするって話も聞こえてきてるからな」
     ジョウも嫌悪感を隠そうとしない。
    「案外今回の騒動も,ラグアスのヤツらがきっかけをでっち上げたのかもしれませんぜ」
    「…確かに,そう考えれば突然のクーデターも納得がいくな」
     タロスの発言を受けて,ジョウが頷いた。
    「周囲の島民にだけ,偽りの情報が与えられたのかもしれないわね…」
     アルフィンが自国のクーデターを思い出しながら言った。あの時のクーデターは大規模な催眠,洗脳によって引き起こされたものであった。
    「さっきの猫背男は,ラグアスのヤツらに利用されてんのかな?」
    「ああ,おそらくな。ああいうタイプはある意味使いやすいからな…。どういうカラクリを使ったかは分からんが,アガニラ陸軍の中で地位を上げさせ,スパイとして使っていたと考えるのが自然だろうな」
     リッキーの疑問にジョウが答える。
    「…それでは,このクーデターの結末はいったいどうなるのですか?」
     事態の全貌が朧気ながら見えてきた事で,改めて戦慄を覚えたシャルアが,黒い瞳に涙を湛えながら尋ねる。
    「ラグアスの人間は戦争自体の手助けはしない。ただ国民を煽って武器を売るだけだ。俺達を殺さなかったのも,余計なトラブルを避けたかったのかもしれないな。クラッシャーが殺されたとなれば,アラミスの連中が黙っちゃいない。調査をして必ずラグアスに制裁を加えるだろうからな。…交渉に使うと言ったのは,あの男がそう吹き込まれているだけだろう。ただ邪魔はさせまいと,事態の終結までは,ここで監禁するつもりなのかもしれない。…クーデターが実現した以上,ラグアスのヤツらは既にアガーニから撤退していると考えるべきだろうな…。さっきの取り巻きの3人は,あの男の見張りとして残っただけだろう。裏切り者は,相手が替わっても裏切る可能性があるからな」
    「…て,事は…」
     ジョウの台詞を受けてアルフィンがぽつりと呟く。
    「急いでこの事を惑星管理局と全島民に伝えないと!このままでは大量の無意味な血が流れる事になる!」
     ジルはアルフィンの呟きを遮って叫ぶと,いきなり立ち上がった。
    「ジョウ。改めて依頼する。私に手を貸してくれないか?」
     ジルはジョウの瞳を真っ直ぐに見つめて言った。ジルの黒い瞳には真摯な輝きが灯っていた。どこまでも美しく,そして力の溢れる瞳だった。
     その視線をジョウは物怖じせずに受け止めた。
     数秒の間,微動だにせず両者は見つめ合う。
     他の4人も固唾をのんで,その様子を見守っていた。
     不意にジョウが表情を弛め,ゆっくりと立ち上がる。
    「”改めて”ってのは余計だぜ?俺達の仕事は,シャルアとあんたをジェナのところへ送り届けることだ。ジェナが惑星管理局のセントラルタワービルにいるなら,誰に邪魔されようと,ここから脱出してそこまで2人を連れて行く。…そいつは当初のガロンからの依頼の範囲だろう?」
     ジョウの濃い色の瞳にも不適な光が灯る。口の端をくいっと上げて挑戦的な表情になる。
    「ジョウ…」
     一言名前を呟くと,ジルもにやりと笑った。闘志が溢れだし,元来の美貌に凄絶さが加わる。眼の淵が赤く染まり,妖艶とも言える顔付きになる。
    「ほいじゃあ”奥の手”を使うとしますか…」
     タロスがのんびりと言った。既に左手首は外されている。かざして見せた左手にシャルアは小さく悲鳴を上げた。
     タロスの左腕にはガトリング式の機銃が仕込んである。5つの銃身が鈍い光を反射する。
    「よし,ひとまずこの建物から出る。途中で車を拾って,一気にセントラルタワービルに向かう。外に出れば,ここがどの辺なのか分かるだろう?」
     最後の質問はジルに向けられたものだ。
    「ああ,もちろんだ。目印になる建物ならすぐに見つけられる」
     ジルの台詞には自身が漲っている。
    「シャルア,走れるか?」
     ジョウの問いにシャルアは決然と顔を上げて大きく頷く。
    「途中,敵から武器を奪うまでは,何とか手持ちの光子弾とアートフラッシュで活路を開くぞ。シャルアは俺の傍を離れるな。ジルはとりあえずこれを持っていろ」
     ジョウはそう言って,ジルに電磁メスと光子弾を放り投げた。
     少し思案してから,ジョウは自分のクラッシュジャケットを脱いで,シャルアに着せてやった。ジョウの上着はシャルアには大きすぎるかと思われたが,たっぷりとしたローブを纏っている身体の上から着る分には,むしろ丁度良いくらいであった。
     クラッシュジャケットは防弾耐熱に優れている。これで銃弾の直撃を受けても即死の怖れはない。
     アルフィンは内心穏やかではなかった。シャルアへの嫉妬心と,クラッシュジャケットを脱いだ無防備なジョウの心配と,二つの思いが複雑に交錯して心をかき乱す。
     結局は何も言わなかったけれど…。

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■703 / inTopicNo.17)  Re[16]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/12(Wed) 21:56:57)
    「それじゃ行きますぜっ!」
     タロスはそう言うと,左腕を真っ直ぐに伸ばし,鉄格子の鍵の部分めがけて機銃を連射した。
     部屋全体に反響する凄まじい轟音に,シャルアは耳を塞いで顔を伏せる。
     ひとしきり撃ちまくると,たちまち非常警報が鳴り響き出した。
    「行くぞ!」
     ジョウは掛け声と共にシャルアの手を取り,破壊された鉄格子のドアから走り出した。
     ジル,アルフィン,リッキーと続き,最後にタロスが左手首を再装着してから飛び出した。
     次々に駆け付けてくる警備兵の一団に,ジョウはすかさずシャルアの着ているクラッシュジャケットからアートフラッシュをもぎ取り投げつける。
    「伏せろ!」
     ジョウの合図と共に一同は床に低く伏せる。ジョウはシャルアの身体を自分の身体で覆う。
     直後にアートフラッシュは発火し,オレンジ色の火球が鮮やかに広がった。一気に炎が燃え上がる。
     凄まじい熱がうねるようにジョウの背中の上を駆け抜ける。
    「く…っ!」
     歯を食いしばって耐えるジョウの口から思わず声が漏れる。
     数瞬後,ジョウは素早く立ち上がると,そのまま武器を奪うために炎に向かって駆け出した。
     が,それは恐るべき早さで伸びてきたタロスの腕によって阻止される。
    「タロスっ!?」
    「ジョウ,自分の格好を思い出して下せぇ」
     言いながら,タロスはジョウを後ろに放り投げて走り出していた。
     言われて初めてジョウは思い出す。自分がクラッシュジャケットを脱いでいることを。
     耐熱効果があるクラッシュジャケットなら,多少炎に包まれても身体に危険は及ばないが,今のジョウはそれを着ていない。
     タロスが引き戻してくれなかったら,業火によって瞬時に身体を焼かれてしまっていただろう。
     ひやりとした汗が背中を伝い落ちた。
    「兄貴!しっかりしてくれよ!」
     リッキーが後ろから悲鳴のような声を掛ける。リッキーも余程焦ったのだろう。
    「分かってる!次はやらん。心配するな」
     動揺を隠すために,ジョウは振り向かずに答える。
     ほどなくタロスが敵から奪った銃器を持って帰って来た。
     
     ジョウとジルはレーザーライフルを,アルフィンとリッキーはレイガンを,そしてタロスはバズーカ砲をそれぞれ選び,再び通路を走り出した。
     続けざまにアートフラッシュを投げつけたため,辺りは紅蓮の炎とどす黒い煙で視界が悪い。
     クラッシュジャケットを着ていないジョウを銃弾から庇うようにタロスが先頭を走る。しんがりはリッキーに替わった。
    「ジル,大丈夫?」
     アルフィンが後ろから声を掛ける。
    「ああ,だてに灼熱の砂漠で暮らしていた訳じゃない。多少の熱さなら平気だ」
     ジルは走りながら振り返って笑顔を見せた。額には玉のような汗が大量に浮かび,キラキラと輝きながらこぼれ落ちる。ジルの着ている軍服のようなものは,通常の衣服と違って作りが丈夫になっているのだろう。炎に晒されても焼け付く気配がない。さすがにクラッシュジャケットほどの耐熱防弾効果は期待できないであろうが…。
     タロスはバズーカ砲をぶっ放しながら,階段を駆け降りる。
    「ちきしょう!いったいここは何階なんだっ!?」
     もう何階分の階段を降りたのかも分からなくなっていた。次々に現れる警備兵に続けざまに撃ちまくったせいで,バズーカ砲の弾丸も尽きた。
     タロスは再び左手首を外し,自身の機銃を乱射する。耳をつんざく轟音が通路に響き渡る。警備兵は反撃の機会すら与えられないまま,鮮血をまき散らしながら横なぎに倒れていった。
     ジョウもシャルアを庇いながら懸命に援護する。ジルもすぐ後ろで応戦する。射撃の腕はなかなかのものだ。ジョウはこんな状況でも素直に感心する。
     ”自分は戦力だ”と言い切っていた台詞が鮮明に思い出される。
     最後尾のリッキーは,後ろに向かってアートフラッシュを投げつける。背後から追ってきた警備兵は,階段ごと炎に包まれ転がり落ちた。
     その時,アルフィンは通路の奥に違和感を覚えた。硝煙が渦巻いていてはっきりとは見えないが,確かに何かが動いた。
     レイガンを撃つ手を止めて,その場所を凝視する。こめかみの辺りがちりちりと緊張する。
    「あれは!?」
     一瞬爆風に煽られて視界が開けたその先に,例の猫背の男と3人の取り巻きの姿が見えた。
     急に感覚が研ぎ澄まされたように,アルフィンは彼らの様子を鮮明に把握することが出来た。
     猫背の男は目の前で起こっている事態が信じられないといった表情で,細い目を精一杯見開いている。完全に動転しているのか,微動だにしない。
     動いたのは後ろの取り巻きの1人だった。
     アルフィンの中で時間が引き延ばされたようになる。
     さっきまで聞こえていた轟音が瞬時に消え,灼熱の炎もただの赤い色となる。
     ストップモーションの連続のような映像の中,アルフィンの身体は反射的に動いていた。
     眼前でレイガンを撃っていたジルの身体を横殴りに突き飛ばし,そのままの勢いでシャルアの肩を押さえつけるように引き倒し,アルフィンはジョウに向かって手を差し伸べるように跳んだ。
     がががががががががっ!!
    「っ!?」
     アルフィンの身体がジョウの身体を巻き込んで弾け飛ぶ。
     空中で長い金髪が放射状にパッと広がった。炎の光を反射して眩しい黄金の輝きを放った。

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■704 / inTopicNo.18)  Re[17]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/13(Thu) 10:25:29)
    「…の野郎っ!!」
     普段は青白いその顔をどす黒く染めて,タロスが吠えた。額には太い血管が浮き上がっている。
     タロスは左腕を水平に薙ぎ,一気に乱射した。
     猫背の男の頭部が鮮血を放って吹き飛ぶ。盾を失った後ろの3人も次々に銃弾をくらって,赤い色に染まりながら踊るように倒れた。
     それでもタロスは弾丸が尽きるまで銃撃を止めなかった。
    「アルフィンっ!!」
     ジョウの悲痛な叫びでタロスは我に返る。
    「ア,アルフィン…!」
     リッキーも青ざめて駆け寄ってくる。
    「う……」
     ジョウが抱き起こすとアルフィンの口から苦しそうな呻き声が漏れた。唇の端から赤い糸のような鮮血が一筋流れる。
    「アルフィン!」
     もう一度ジョウが名前を呼ぶ。流れる血を拭うように,震える指先で柔らかな唇を撫でる。
    「……ジョウ」
     アルフィンがようやくうっすらと眼を開ける。額には汗がびっしりと浮かび,呼吸が荒い。
    「…ジョウ,無事…だったのね…?…シャルアと…ジル,は…?」
     眼を細めながら,途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
    「ああ,俺は何ともない。シャルアも,ジルも無事だ」
     ジョウは胸に込み上げてくる熱い衝動を必死で抑えながら,アルフィンの質問に答えてやる。
    「…そう」
     アルフィンは息を吐くようにそう呟くと再び眼を閉じた。酷く苦しそうだったが,それでも安心したのか口元に微かな笑みが浮かぶ。
    「アルフィン!?」
     ジョウが堪らず揺り動かそうとする。しかし,タロスの逞しい手がジョウの肩を掴み,それを阻止した。
     思わずジョウはタロスを睨みつける。
    「ダメです,ジョウ。アルフィンは今の銃撃で内蔵を傷つけた可能性が高い。激しく動かすのは危険です」
     タロスはゆっくりと言い聞かせるように言った。
    「………」
     ジョウは何も答えない。黙ってタロスを見上げている。痛いほど強い力で掴まれている肩からタロスの熱が伝わってくる。ジョウの瞳が微かに揺れる。
    「いいですか,ジョウ。アルフィンが受けた銃弾は,全部クラッシュジャケットが弾いた。とりあえずアルフィンは,生きている」
     それはどこか暗示を掛けるような口調だった。真っ直ぐにジョウの瞳を捉えながら,タロスは低い声を響かせる。
    「……だが」
     ジョウの声は普段からは想像もつかないほど頼りないものだった。
     そう,ジョウとて頭では分かっていた。
     クラッシュジャケットは防弾耐熱に優れた作りになっているため,確かに銃弾の貫通は防ぐことが出来る。無防備な頭部にさえ弾丸が命中していなければ,すぐに命に関わるような事にはならない。
     しかし,いくら銃弾を弾いたとしても,そのショックまでは吸収できないのだ。ジョウはその衝撃の大きさを身をもって知っている。銃弾の威力や当たり所によっては,骨折や内臓破裂の怖れもある。
     そして,アルフィンはジョウやタロスとは決定的に身体のつくりが違うのだ。
     いくら鍛えようとも,元々が華奢な身体である。当然,筋肉も薄い。ジョウとアルフィンが同じ銃弾をくらったとしても,はるかにアルフィンが受けるダメージの方が大きいのだ。
     逡巡するジョウの腕の中で,アルフィンが微かに身じろぎした。
    「アルフィン!」
     ジョウが思わずその名前を呼ぶ。
    「…ジョウ,だい…じょうぶ,よ…」
     アルフィンは絞り出すようにそう呟くと,ゆっくりと瞳を開いた。
    「…もう,平気。…早く,外に…。急がないと…」
     アルフィンの青い瞳が炎の赤に照らされて,ゆらゆらと揺れる。しかし,その視線はしっかりとジョウの瞳を捉えていた。
    「アルフィンの言うとおりですぜ,ジョウ。あいつらを殺したところで,まだ他に警備兵は残っている。こんな所でぐずぐずしてるヒマはねえ。……アルフィン,まだ仕事中だ。しっかりしろ。今ここで休んでる場合じゃねぇだろ?」
     厳しい台詞にリッキーとシャルアが思わず非難の声を上げ掛けたが,タロスの恐ろしいまでの真剣な表情に,2人とも瞬時に言葉を無くす。
    「わか…てる,わよ…!」
     アルフィンの身体に力がこもる。ジョウは反射的にアルフィンが身体を起こそうとするのを補助してやる。
     アルフィンは上体を起こすと,眼を閉じ,俯いて息を整える。吐く息は,荒い。
    「…ジョウ,お願いが…あるの」
     俯いたまま,不意にアルフィンが言った。
    「なんだ?どうすれば良い?」
     ジョウはアルフィンの背中に手を添えたまま顔を近づけた。
    「キスして」
    「なに?」
     まったくの意表を突かれて,ジョウが間抜けな声を出す。
    「そしたら…元気,出ると…思う,のよね…」
     ようやく頭が回りだしたジョウの身体から,一気に汗が噴き出した。
    「…だって,最近の…ジョウの,態度ったら…なかったわよ…」
     荒い呼吸の中で,アルフィンは恨み言を言う。
     ジョウは顔を上げて辺りを見回す。
     タロスもリッキーも,ジルとシャルアも,申し合わせたように背中を向けていた。
    「………ったく」
     ジョウは気恥ずかしさを誤魔化すように,小さく舌打ちすると,俯いているアルフィンの頬に手を当て,心持ち上を向かせた。アルフィンの瞳は閉じられたままだ。
     まだうっすらと血の跡が残るその唇に,ジョウは自分のそれを押し当てた。
     アルフィンの呼吸が一瞬止まる。ジョウの唇の熱さに,アルフィンの長い睫が微かに震えた。
     ゆっくりと唇を離すと,ジョウはアルフィンの青い瞳を覗き込む。
    「…元気,出たか?」
     ぶっきら棒な問いに,アルフィンは極上の笑顔で応えた。

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■705 / inTopicNo.19)  Re[18]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/13(Thu) 11:07:40)
    「…見直したぜ,アルフィン」
     タロスが階段を駆け降りながら,背中にいるアルフィンに声を掛ける。
     今,アルフィンはタロスに背負われていた。あの後,何とか気力を取り戻したものの,やはりダメージは大きく,立つことさえ出来なかったのだ。
     しかし,タロスはそれを承知していた。
     承知の上で,わざと厳しい言い方をした。あの時のジョウとアルフィンには必要だと思ったからだ。
     そうして,クラッシャージョウのチームは,再び走り出したのだ。
    「…さすが,クラッシャー…でしょ…?」
     アルフィンが苦しい息ながら,小さく笑って答える。
    「ああ,違いねぇ」
     タロスもにやりと笑った。

     今はリッキーが先頭を走る。
     レイガンからハンドブラスターに持ち替え,立ちはだかる警備兵を片っ端から撃ちまくる。
     リッキーの後ろにはアルフィンを背負ったタロスが続き,レーザーガンを片手で連射しながらリッキーを援護している。
     その後ろをジルがシャルアの手を引いて走る。ジルのもう片方の手にはレイガンが握られていたが,今はシャルアの手を引くことだけに集中していた。
     ジョウは最後尾を走っていた。肩には小型のバズーカ砲が乗っている。時折振り向いてトリガーボタンを押す。
     激しい爆発と共に階段が崩れ落ちる。追随する警備兵の進路を塞ぐには有効だったが,建物の強度的にそろそろ限界のようだった。
    「急げ!崩れるぞ!」
     背中に爆発の熱風を受けながら,ジョウが声をからして叫ぶ。
     上の方から,ごごごごごごごごごという不気味な呻り声が響いてきた。建物の揺れが大きく激しいものになる。
     シャルアがよろめいて崩れそうになるのを,ジルは力尽くで引っ張り上げる。
     タロスの背中でアルフィンの長い金髪が生き物のようにうねった。

    「外だっ!!」
     リッキーの歓喜の声が,轟音の中でもクリアに響いた。
     その声を聞くやいなや,ジョウはバズーカ砲を放り投げると一気に加速し,追い抜きざまにシャルアの腰を捉える。そのまま横抱きにすると,さらに足を速めた。
    「急げ!」
    「おう!」
     ジョウの呼び掛けに,ジルも簡潔に答える。
     天井からは細かい欠片が激しい雨のように降り注ぐ。紅蓮の炎は,外からの新鮮な空気に煽られてその勢いを増し,黒煙が一気に膨れ上がる。もはや非常用のスプリンクラーも意味がない。
    「兄貴!こっちだ!」
     リッキーが装甲車の前で大きく手を振っている。うまい具合に駐車場に出たらしい。
     タロスは既に運転席に収まり,エンジンを掛けている。
     ワンボックス型の装甲車は,二連のタイヤが六組付いた重厚な作りのものだった。その横扉を全開にし,ジョウ達が追いつくのを待っている。
    「ラッキー!」
     ジョウは叫ぶと,そのままの勢いで車内に突っ込んだ。
     リッキーも素早く助手席に乗り込む。ジルがドアを閉め切る前に,タロスはアクセル全開で急発進した。空転したタイヤが甲高い悲鳴を上げる。

     ………ぐ,ぐ,ぐごごごごごごご…!!
     背後でもの凄い轟音が響いた。地面からビリビリと凄まじい振動が伝わってくる。
     シャルアは隣でぐったりと眼を閉じているアルフィンの身体を包み込むように両腕でしっかりと抱き締めた。
     タロスはひどい地揺れにハンドルを取られないように,必死で前を睨みつけながらアクセルを踏み続けた。フロントガラスには,地震の余波で割れた近隣のビルの窓ガラスが降り注ぐ。細かいガラスの欠片はキラキラと光を反射して,幻想的にすら見える。装甲車が防弾ガラスでなければ,そんな呑気な感想も出ては来なかっただろうが…。
     リッキーは軽い身体が跳ね上がるのを押さえつけるように,慌ててシートベルトを装着すると,両手をドアとシートに伸ばして突っ張った。
     ジョウとジルだけが振り返り,その轟音の先を見つめていた。
     30階はあろうかという程の高いビルであった。それが見えない力に押さえつけられたかのように,上から崩れていく。
     ひどく,簡単に。そして,ゆっくりと。
     耳が麻痺してしまったのか,地を揺るがすほどの轟音も,キーンという高周波の耳鳴りにしか聞こえない。音を消したその光景は,まるで安っぽい特撮映画のワンシーンのようにも見えた。
     舞い上がる粉塵も,横に上に沸き立つように膨れ上がる黒煙も,ちらちらと赤い舌を覗かせる炎も,全てが作り物のようだった。
     
     ある程度距離を稼ぐと,タロスはハンドルを右に切った。頑丈そうな建物の陰に入る。
     その横を,追いかけてきた煙と爆風が道なりに走り抜けていった。

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■706 / inTopicNo.20)  Re[19]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/13(Thu) 15:06:40)
     そのままたっぷり5分待った。
     その間,誰も口を開こうとしなかった。
     いつの間にか,フロントガラスは降ってきた粉塵と煙のせいで,薄黒く塗りつぶされていた。
     タロスがワイパーを作動させる。細かな砂を引きずって,ワイパーがじゃりじゃりと不快な音を立てる。
    「ここは,どこなんだろう…?」
     口火を切ったのはリッキーだった。独り言のような呟きだった。
    「さて…,これだけの騒ぎで誰も出て来ないってぇのも妙だしなぁ…」
     タロスがクリアになったフロントガラスから辺りを見渡して言った。
     確かに人気がない上に,救急車やパトカーが駆け付けてくる気配すらない。
     振り向けば,まだ立ち上る黒煙が見える。ということは,あのビルの崩壊は現実にあった事なのだ。ここにいる全員が揃って同じ夢を見た訳ではないらしい。
    「…ここは,アガニラの中心部だ」
     ジルはそう言うと,ドアをスライドさせて車外へと降りた。
    「アルフィンとシャルアはそのまま乗ってろ」
     ジョウはそう言い残すと,ジルを追って外へ出た。タロスとリッキーも続いた。
    「あの先端が尖っている建物が,セントラルタワービルだ」
     ジルが指を差し,眩しそうに目を細めた。
    「…ここからだと,直線距離で3キロって感じだな」
     ジョウが目測で言う。
    「ああ,そんなものだろう」
     ここからはクーデターの様子は窺えない。煙のひとつも上がっていないところをみると,まだ膠着状態が続いているということか。
    「あ…。兄貴!あれ!」
     突然リッキーが叫ぶ。ジョウはリッキーの指の先に素早く視線を走らせた。
     リッキーの指し示した方向に,一機の赤い小型のヘリコプターがいた。崩壊したビルの上空を飛んでいる。
    「あれは…」
     ジルがそのカラーリングに反応する。
    「ジョウ」
     車の中からアルフィンが呼ぶ。
    「どうした」
     すかさずジョウが駆け寄ってくる。
    「これを,見て」
     アルフィンが示したのは,車内に搭載されているテレビだった。
     モニターには激しいビル火災の様子が映っている。
    「これは…」
     ジョウが身を乗り出して,モニター画面を食い入るように見つめた。
    「やはりな…。あれは報道用のヘリだ」
     ジョウの後ろからモニターを覗き込んで,ジルが言った。
     先程リッキーが発見した赤いヘリコプターは,アガニラ国営放送局の報道用無人ヘリだったのだ。危険で人が近づけないような場所で活躍するリモートコントロール式のカメラ搭載小型ヘリである。
     赤い色は,国営放送局のコマーシャルカラーである。
    「あ…」
     画面が変わり,女性キャスターの顔が映し出される。
    『現在も崩壊したビルは炎を上げて燃えている様子です。退避命令が出されているこの地域で,いったい何事が起こったと言うのでしょう。無人であるはずのビルからの突然の爆発。しかもこのビルは防衛庁幕僚監部施設なのです。やはりこれもクーデターの一環と考えるべきなのでしょうか。セントラルタワービル前の膠着状態はただのカムフラージュだと言うのでしょうか。…もちろん,この施設には防衛研究所が併設されていますから,その中の何かが誤作動ないし不具合を起こしたという可能性もあるわけです。しかしこのタイミングで,というのは,何か意図的に……あ,只今新しい情報が入ってきました。……セントラルタワービルに集結してる消防車両が数台そちらに回される,とのことです。えええと,はい,レスキュー隊も一緒に,ですね?…しかし,反乱軍の包囲網を抜け出すのは至難の業かもしれません。…それでは,セントラルタワービル周辺の様子を上空のカメラから見てみましょう』
     再び画面が切り替わった。ジルがジョウの肩に顎を乗せるようにして,モニターを凝視する。
     
     そこには,黒山の人集りがあった。それぞれ武器を手にし,煽るように時折上空に向かって発砲している。対するアガニラの軍隊は,装甲車や消防車などの特別大型車両をセントラルタワービルの周辺に何重にも並べてバリケードを築いている。双方とも何事か叫んでいるが,お互いの怒声にかき消され合って,まったく聞き取れない。
     興奮した人間が突出してくる度に,放水車が水を放出して撃退する。それに煽られて,ますます反乱軍のボルテージは上がる。
     しかし,まだ武器の使用は威嚇射撃に留まっているようだ。双方とも,この状態で武器を使用する事の危うさは,よく理解しているのだろう。どちらかが一筋のレーザービームでも相手に撃ち込めば,たちまちここは殺戮の場と化し,おびただしい量の血と惨たらしい死体の山で埋め尽くされるのだ。あまりにも明らかなビジョンに,誰もが迂闊に手を出せないでいた。
     今や反乱軍に加わった人々は,本来の目的さえ忘れ,リアルに突きつけられた死への恐怖から逃れるために雄叫びを上げていると言っても良かった。
     ひしめき合いぶつかり合う身体と身体。熱気によって空気が薄まり,一種のトランス状態を作り上げる。衝動のままに意味のない言葉を叫ぶ。
     ただ,己の死のイメージだけが,冷たい刃となって胸のどこかに突き刺さっていた。

    『この状態になってから,もうすぐ3時間が経過しようとしております。一触即発の緊張感が,カメラを通しても伝わってきます。未だに反乱軍からは何の声明文も届いておらず…』
     中継の映像はそのままに,女性アナウンサーの顔が画面下の小窓に映し出される。
    「まずいな…」
     ジョウが状況を目の当たりにして,改めて唸る。
    「!?」
     突然ジルがジョウの肩を強い力で引き,身を前に乗り出した。
    「ジル!?」
     ジョウがすんでの所で体勢を立て直し,ジルの顔を見る。
     ジルの顔は驚くほど青ざめていた。瞳を見開き,唇は微かに震えているように見えた。
    「ジェナ…!」
     それは決して大きな声ではなかったが,血を吐くような悲痛な叫びだった。
    「え」
     ジョウが,アルフィンが,そしてシャルアが,一斉にモニターを見る。
     画面は相変わらず群衆を映していたが,建物の中から誰か出てくるのが見えた。
     カメラが反応してクローズアップする。
    『あ…,中から!…セントラルタワービルの中から,誰か出てきたようです!!』
     事態が動く事を予感して,女性アナウンサーが興奮したように,声のトーンを上げて言う。
     
     突然何かに弾かれたように,ジルが勢いよく駆け出した。
    「タロス!行くぞ!」
     ジョウはそう叫ぶと,身体を大きく反転し,素晴らしい反射神経でジルの腕を捕まえる。
    「離せっ!!」
     ジルが凄まじい形相で,ジョウの手を振り解こうとする。しかし,ジョウの力強い手は,それを許さない。
     さらに力を込め,ぐいっと掴み上げる。
    「っの,バカ!落ち着け!車で行った方が早いに決まってるだろっ!?」
     至近距離からジルの黒い瞳を真っ直ぐに捉えて,ジョウがドスの利いた声をぶつける。
    「……!」
     ジルの整った柳眉がぴくりと反応した。
    「早く乗って!」
     助手席に乗り込んだリッキーが叫んだ。
     その声を合図に,ジョウとジルは素早く車に駆け込んだ。
    「…サンキュ」
     ジョウの耳に小さな声が届いた。



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