| テレビモニターはジェナの顔を映していた。 ジョウが想像していたよりも,ずっと線の細い人物だった。制圧軍の指揮官というくらいだから,逞しい身体つきの無骨な軍人を想像していた。 しかし,実際のジェナはというと,色白な顔に細いフレームの眼鏡を掛けた優男だった。 クセのあるイエローオーカーの髪はふわりと後ろに流され,一段と柔らかな印象を与える。制圧軍の指揮官というよりは,タクトを振る指揮者と言った方がぴったりくるような雰囲気だった。 画面の中のジェナは何事か叫んでいる。左手で小型の拡声器を持ち,口に当てている。もう片方の手には,何やら文書の束のようなものが握られていた。 拡声器を通しても,ジェナの声は切れ切れにしか聞こえない。群衆の一層ヒートアップした怒号にかき消される。 なんと言っても,ジェナは現在,惑星アガーニで最も有名な人物の一人である。間近に迫った国の一大イベントの話題は,メディアに上らない日は無かった。 地面を揺るがすような群衆の叫びに,拡声器が耳障りなハウリングを起こした。
タロスが操る装甲車の中は,膨れ上がった焦燥感に満たされ,窒息しそうな息苦しさである。 ジルは助手席のシートを関節が白くなる程の力で掴み,微動だにせず車載テレビのモニターを見ている。 シャルアは両手を胸前でしっかりと組み,ギュッと瞳を閉じて俯いたまま祈りの言葉を唱えている。 「見えた!」 リッキーの言葉に全員が弾かれたように顔を上げる。 何度目かのコーナーを曲がると,突然眼前の群衆までは80メートルという距離の所に出た。 「近ぇっ!!」 タロスがギョッとして思いっきりブレーキを踏み込む。 乱暴な操作に,装甲車のタイヤが再び抗議の悲鳴を上げる。車の後部がふわりと浮き上がった瞬間,車体が大きく左右に振られた。 「ぅわあああああああああっ!」 リッキーが悲鳴を上げ,シートにしがみつく。 ジョウは瞬時に隣に座るシャルアとその向こうにいるアルフィンをまとめて抱き寄せた。そのまま両脚を伸ばして突っ張り,バランスを取ろうと踏ん張る。顔を上げ,鋭い眼差しで装甲車の動きを捉えようと集中する。 タロスは天性の直感に従って,ハンドルを右に左に操作した。 エアカーと違い,路面にタイヤで派手な模様を描きながら,装甲車は呻りを上げる。 斜めに傾いだ体勢で,ようやくその動きを止めた時,実に群衆の最後列まで20メートルの距離を切っていた。 暴力的な負担を掛けられたタイヤからは煙が上がり,車内にゴムの焼ける匂いが漂ってくる。 当の反乱軍の人間は,自分たちの怒鳴り声に囚われ,背後で披露されたタロスの驚異的なドライビングテクニックに気付く気配もない。
「…大丈夫か?」 ジョウは抱き締めていた腕を解いて尋ねる。 「…うん」 アルフィンが俯いたまま,大きく息を吐きながら答えた。ひどく顔色が悪い。 「はい」 シャルアも身体を強張らせながら答える。しかし,ドアが開く音を聞くと,弾かれたように顔を上げた。 既にジルの背中は消えていた。 「ここにいろ!」 ジョウはそう言うと,「ったく…!」と大きく舌打ちして,車から飛び出そうとした。 「ジョウ!待って下さい!」 呼び止めたのはシャルアだった。 思わず踏鞴を踏みながら,ジョウは何事かと振り返る。 「これを!」 シャルアはそう言って,急いでジョウのクラッシュジャケットを脱ぐと,本来の持ち主に差し出した。 「ジルを,お願いします。…気を付けて…!」 ジョウはクラッシュジャケットを受け取ると黙って頷き,返事の替わりに親指を立てて見せた。 そのまま素早くジャケットを着ると,今度は振り返ることなくダッシュした。 「おまえは二人の傍を離れるな」 タロスはリッキーにそう言うと,すぐにジョウの後を追った。 「ええっ!?…ううぅぅ…了・解っ!」 ドアに手を掛け,降りようとしていた矢先に足止めされ,リッキーは驚いたような,情けないような表情をしたが,頭をぶんぶんと音が出るほど振った後,どっかとシートに座り直した。 「…リッキー?」 後部シートからシャルアが気遣わしげに声を掛ける。闘志を削がれた少年の背中はやけに小さく見えた。 なんとなく申し訳ないような気になって,シャルアは何か言葉を掛けようと口を開きかけた。が,それよりもリッキーが振り返る方が早かった。 「へへへっ!俺らはまだ子どもだけど,れっきとしたクラッシャーだからさっ。どーんと安心して任せてよっ!」 明るくそう言うと,ジョウの真似をして親指を立て,にやりと笑ってみせた。 「リッキー…」 シャルアの瞳が優しげに細められる。リッキーは急に照れ臭くなって,モニターの画面を見るふりをしながら慌てて前を向いた。 「…なーま言っちゃって」 瞳を閉じたまま,アルフィンがシャルアにだけ聞こえるように呟いた。やはり口元には微かな笑みが浮かんでいる。 シャルアはアルフィンの肩を抱き,自分に寄り掛からせながら,ふふふと小さく笑った。
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