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■707 / inTopicNo.21)  Re[20]: 砂漠の花嫁
  
□投稿者/ まき -(2004/05/13(Thu) 15:55:39)
     テレビモニターはジェナの顔を映していた。
     ジョウが想像していたよりも,ずっと線の細い人物だった。制圧軍の指揮官というくらいだから,逞しい身体つきの無骨な軍人を想像していた。
     しかし,実際のジェナはというと,色白な顔に細いフレームの眼鏡を掛けた優男だった。
     クセのあるイエローオーカーの髪はふわりと後ろに流され,一段と柔らかな印象を与える。制圧軍の指揮官というよりは,タクトを振る指揮者と言った方がぴったりくるような雰囲気だった。
     画面の中のジェナは何事か叫んでいる。左手で小型の拡声器を持ち,口に当てている。もう片方の手には,何やら文書の束のようなものが握られていた。
     
     拡声器を通しても,ジェナの声は切れ切れにしか聞こえない。群衆の一層ヒートアップした怒号にかき消される。
     なんと言っても,ジェナは現在,惑星アガーニで最も有名な人物の一人である。間近に迫った国の一大イベントの話題は,メディアに上らない日は無かった。
     地面を揺るがすような群衆の叫びに,拡声器が耳障りなハウリングを起こした。

     タロスが操る装甲車の中は,膨れ上がった焦燥感に満たされ,窒息しそうな息苦しさである。
     ジルは助手席のシートを関節が白くなる程の力で掴み,微動だにせず車載テレビのモニターを見ている。
     シャルアは両手を胸前でしっかりと組み,ギュッと瞳を閉じて俯いたまま祈りの言葉を唱えている。
    「見えた!」
     リッキーの言葉に全員が弾かれたように顔を上げる。
     何度目かのコーナーを曲がると,突然眼前の群衆までは80メートルという距離の所に出た。
    「近ぇっ!!」
     タロスがギョッとして思いっきりブレーキを踏み込む。
     乱暴な操作に,装甲車のタイヤが再び抗議の悲鳴を上げる。車の後部がふわりと浮き上がった瞬間,車体が大きく左右に振られた。
    「ぅわあああああああああっ!」
     リッキーが悲鳴を上げ,シートにしがみつく。
     ジョウは瞬時に隣に座るシャルアとその向こうにいるアルフィンをまとめて抱き寄せた。そのまま両脚を伸ばして突っ張り,バランスを取ろうと踏ん張る。顔を上げ,鋭い眼差しで装甲車の動きを捉えようと集中する。
     タロスは天性の直感に従って,ハンドルを右に左に操作した。
     エアカーと違い,路面にタイヤで派手な模様を描きながら,装甲車は呻りを上げる。
     斜めに傾いだ体勢で,ようやくその動きを止めた時,実に群衆の最後列まで20メートルの距離を切っていた。
     暴力的な負担を掛けられたタイヤからは煙が上がり,車内にゴムの焼ける匂いが漂ってくる。
     当の反乱軍の人間は,自分たちの怒鳴り声に囚われ,背後で披露されたタロスの驚異的なドライビングテクニックに気付く気配もない。

    「…大丈夫か?」
     ジョウは抱き締めていた腕を解いて尋ねる。
    「…うん」
     アルフィンが俯いたまま,大きく息を吐きながら答えた。ひどく顔色が悪い。
    「はい」
     シャルアも身体を強張らせながら答える。しかし,ドアが開く音を聞くと,弾かれたように顔を上げた。
     既にジルの背中は消えていた。
    「ここにいろ!」
     ジョウはそう言うと,「ったく…!」と大きく舌打ちして,車から飛び出そうとした。
    「ジョウ!待って下さい!」
     呼び止めたのはシャルアだった。
     思わず踏鞴を踏みながら,ジョウは何事かと振り返る。
    「これを!」
     シャルアはそう言って,急いでジョウのクラッシュジャケットを脱ぐと,本来の持ち主に差し出した。
    「ジルを,お願いします。…気を付けて…!」
     ジョウはクラッシュジャケットを受け取ると黙って頷き,返事の替わりに親指を立てて見せた。
     そのまま素早くジャケットを着ると,今度は振り返ることなくダッシュした。
    「おまえは二人の傍を離れるな」
     タロスはリッキーにそう言うと,すぐにジョウの後を追った。
    「ええっ!?…ううぅぅ…了・解っ!」
     ドアに手を掛け,降りようとしていた矢先に足止めされ,リッキーは驚いたような,情けないような表情をしたが,頭をぶんぶんと音が出るほど振った後,どっかとシートに座り直した。
    「…リッキー?」
     後部シートからシャルアが気遣わしげに声を掛ける。闘志を削がれた少年の背中はやけに小さく見えた。
     なんとなく申し訳ないような気になって,シャルアは何か言葉を掛けようと口を開きかけた。が,それよりもリッキーが振り返る方が早かった。
    「へへへっ!俺らはまだ子どもだけど,れっきとしたクラッシャーだからさっ。どーんと安心して任せてよっ!」
     明るくそう言うと,ジョウの真似をして親指を立て,にやりと笑ってみせた。
    「リッキー…」
     シャルアの瞳が優しげに細められる。リッキーは急に照れ臭くなって,モニターの画面を見るふりをしながら慌てて前を向いた。
    「…なーま言っちゃって」
     瞳を閉じたまま,アルフィンがシャルアにだけ聞こえるように呟いた。やはり口元には微かな笑みが浮かんでいる。
     シャルアはアルフィンの肩を抱き,自分に寄り掛からせながら,ふふふと小さく笑った。
     
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■708 / inTopicNo.22)  Re[21]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/13(Thu) 16:39:24)
     群衆の後ろに辿り着いたものの,ジルはそこから先へ進めず踏鞴を踏む。遠目には見えたジェナの姿も,今は多くの頭に遮られている。
     実際の現場を目の当たりにして,この場に渦巻いているエネルギーの強大さに,ジルは戦慄を覚えた。みな一様に眼がギラついており,陶酔しきった表情で声を上げている。
    「くそっ!どうしたら良いんだ…!」
     湧き起こる焦燥感にジルは歯噛みする。
     ここからジェナの立つセントラルタワービルの正面入り口までは100メートル近い距離がある。群衆の厚みが40〜50メートル,それを押しとどめる大型の特殊車両のバリケードが30〜40メートルの幅で連なる。ビルを中心に同心円を描いている状態だ。
    「…これじゃ近付きようがないな」
     ジルのすぐ傍で,追いついてきたジョウの声がした。
    「ああ。…ちきしょう,ここまで来たのに…!」
     ジルは拳を固く握りしめる。怒りで肩が小刻みに震えていた。
    「…!!」
     思わず天を仰いだタロスが,不意に細い目をかっと見開いた。
    「ジョウ!…あれ,使えませんかね?」
    「何?」
     ジョウはタロスの指し示す方向を見た。ジルも同時に反応した。
    「…そうか!」
     ジョウはすぐさま辺りに視線を漂わせる。
    「あそこだ!」
     ジルが先に目当てのものを見つけて走り出す。
    「…っだから!俺より先に行くなって!」
     ジョウの抗議は綺麗に無視される。何度目かの舌打ちをして,ジョウはすぐに後を追った。
    「…やれやれ」
     タロスは芝居がかった仕草で肩をすくめると,すぐにジョウに続いた。
     ジルが向かったのは,群衆の更に外側で待機している報道局の車両の一団であった。
     真っ直ぐに赤いカラーリングの車に走り寄る。
     アガニラ国営放送局の車両だった。


    「あれ?」
     運転席に移り,装甲車を目立たないように建物の陰に移動させた後,肉眼でジョウ達の様子を窺っていたリッキーが,急に横方向に走り出したジョウ達に思わず身を乗り出す。
    「…どうか,したの?」
     眼を閉じていたアルフィンが,本能的に異変を察して身体を起こす。力を入れたことで激痛が身体中を駆けめぐる。
    「っく…!」
     思わず歯を食いしばり,身体を二つに折る。
    「アルフィン!」
     シャルアが慌ててアルフィンの身体を支えてやる。触れた手がひどく熱い。
    「…だい,じょぉぶ,よ…」
     それだけ言うと,はぁはぁと肩で息をする。
    「アルフィン無茶するなよ。黙っておとなしくしてろよ」
     リッキーが身体ごと振り向いて言う。
    「!?」
     アルフィンの様子を見てリッキーの顔色が変わる。完全に血の気が引いており,額に浮かぶ汗の量が尋常ではない。
    「シャルア,アルフィンを寝かせてやってくれ」
     内心の焦りを隠し,リッキーは努めて冷静な声で言った。
    「はい」
     シャルアは即座に応じる。細心の注意を払って,ゆっくりとアルフィンの身体を横たえ,金髪の小さな頭を自分の膝の上にあてがってやる。
     アルフィンも抵抗しない。素直にそのまま横になる。
     リッキーは必死で頭を巡らせた。心臓がひどくドキドキした。

     



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■709 / inTopicNo.23)  Re[22]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/13(Thu) 17:29:07)
     ジョウとジルは空を飛んでいた。
    「落ちるなよ!」
     爆音に負けないように大声でジョウが怒鳴る。
    「そっちこそ!」
     ジルも良く通る声で応じる。
     二人はアガニラ国営放送局の赤い小型ヘリにしがみついていた。バランスを取るため,左右に分かれて。
     小型ヘリは機材を降ろしても,中に二人の人間が乗り込むだけの物理的な広さが無かった。ジョウ達は強引にヘリの外側に脚と手を引っ掛けているような状態である。
    (シャルアが見たら卒倒するかもしれないな…)
     ジョウはぼんやりと思う。
     敢えて負傷したアルフィンの事は頭の隅に追いやった。
     今は仕事に集中しなければならない。


     ジョウ達はアガニラ国営放送局の報道車に駆け込んで,協力を要請したのだ。
     ヘリを使わせてくれ,と。
     最初は突拍子もない計画に,悪い冗談だと取り合ってもらえなかったが,ここでもジルの豊富な人脈が明らかにされた。渋るディレクターを押しのけて車載の通信機で放送局本部に連絡を付けると,報道局長に直接交渉したのである。2,3分の短い会談の後,掌を返したように,俄然スタッフは協力的になった。

    「おまえ,何て言ったんだ?」
     交渉の間,車外で待っていたジョウとタロスが心底不思議そうに尋ねた。
    「ん…?いや別に大したことじゃないさ。こちらの身分を明かして,後でシャルアの独占インタビューを取らせてやるって言っただけだ」
     ジルはせっせとヘリから機材を降ろしながら,さらりと答えた。
    「……おまえ,そんなこと,勝手に約束して良いのか…?」
     ジョウが唖然として言った。
    「いいさ。ジェナを救うためだ」
     ジルの答えは簡潔である。
    「………」
     それ以上何も突っ込まず,ジョウとタロスは顔を見合わせて肩をすくめた。
     
     搭載されていた機材をあらかた降ろすと,ずいぶんヘリは身軽になった。ジョウとジルの体重を合わせてもまだ余裕がある。さすがにタロスの体重は加算出来ないが…。
     赤い小型ヘリはジョウとジルを乗せ,慎重に空へと舞い上がった。
     リモコン操作をするのはタロスである。
     さすがに生身の人間を乗せたヘリを操作するのは,慣れたテレビ局のスタッフも嫌がったのだ。
     タロスには操縦士としての天性の勘がある。先刻の装甲車の運転も然りである。
     ジョウとジルは躊躇いもなく,タロスに任せると言った。
     ジョウはタロスに絶対的な信頼を持っていたからだ。
     だとすれば…。
    「俺はその信頼に応えなくちゃいけねぇよなぁ」
     お気楽そうにのんびりと呟くと,タロスは乾いた唇を舌で湿らせ,リモコンに集中した。呼吸さえ忘れるほどに。


     ジョウ達は群衆のはるか上空を飛んでいる。
     想像以上の強風に煽られぬよう,二人は必死でヘリにしがみつく。
    「タロス!そのまま屋上に飛び降りる!今の高度を維持して,真っ直ぐに進めてくれ!」
     ジョウが手首の通信機に向かって怒鳴る。
    『了解。いい位置でまた指示を下せぇ』
     タロスからの返事がノイズに混じって聞こえた。
     もはやタロスの目視でさえ,ヘリの細かい状況は確認できない。このまま屋上方向に進めれば,ヘリ自体,視界から消える。
     ジョウからの指示だけが頼りだった。
    「よし!今,地面まで約20メートルって高さだ!少しずつ高度を下げられるか!?」
     ヘリがタロスの視界から消えている事を承知でジョウは言う。
    『やってみます』
     タロスの返事は簡単なものだった。
     無骨な指が,慎重にリモコンのレバーを操作する。
    「ゆっくりと…ね」
     タロスは独り言を呟きながら,指先に全神経を集中した。

     ジョウとジルを乗せた小型ヘリは,徐々に高度を下げる。
     約5メートルの高さまで降下した時,ジョウがカウントを取り始めた。二人同時に飛び降りなければ,ヘリは簡単にバランスを崩して墜落する。
    「5!4!3!2!1!GOっ!!」
     絶妙のタイミングで二人は手を離し,バーを蹴った。ヘリはいきなり負荷が無くなった事と蹴られた衝撃によって,大きく揺らぎながらグンと高度を上げた。
    「降りたぞ!タロス!後はヘリを戻してくれ!」
     屋上に降り立つとすぐに,ジョウは通信機に向かって言った。
    『…了解!』
     通信機越しでも,タロスが安堵の溜息を吐いたのが分かった。

    「ジル!大丈夫か?」
     ジョウがすかさずジルの様子を窺う。
    「もちろん」
     ジルは肩をほぐしながら答えた。必要以上に力を込めていたせいで,肩も腕も驚くほど凝り固まっていた。だが,それくらいの事は何でもなかった。
    「急ごう!」
     ジルは改めて瞳に闘志の光を灯すと,屋上の扉に向かって走り出す。
     ジョウも黙って従う。
     扉の鍵をレイガンで焼き切っている時,ふとジルが言った。
    「今回は私が先に走り出しても文句を言わないんだな…?」
     ジョウは一瞬おそろしく嫌な顔をしたが,ふんと鼻を鳴らして言った。
    「ここではあんたの方が道は詳しいからな」
    「…なるほど」
     切羽詰まった状況に反して,ジルは楽しそうに笑った。
     

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■710 / inTopicNo.24)  Re[23]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/14(Fri) 10:56:04)
    『頼む!!とにかく話を聞いてくれ!!』
     拡声器を通して,ジェナが必死に訴える。
     群衆の熱気にあてられ,じっとりとした汗が全身に滲む。
     しかし”焼け石に水”とはこのことで,ひしめき合う群衆の怒号の前では,拡声器越しの声ですら,ただの雑音にすぎなかった。
    『すべてっ!誤解なんだ!』
     それでもジェナは声を嗄らして叫ぶ。
     
     ジェナは焦っていた。
     今回の騒動の発端が先程明らかになったのだ。
     アガニラ大陸以外の島々に流された誤情報。
    ”アガーニの海から深刻な量の放射線が漏れている”
    ”海中で放射性物質が突然活性化したらしい”
    ”アガニラの惑星管理局はその情報を隠している”
    ”アガニラは再び周辺の島々を見捨てるつもりだ”
    ”アガニラ国軍は放射性物質を利用して原子爆弾の開発を進めている”
    ”放射線が漏れだしたのは原子爆弾の開発過程でミスが生じたからだ”
    ”賠償責任を逃れるため完成した原爆を使ってアガニラ以外の都市を破滅させる計画があるらしい”
    ”アガニラ当局は開発した原爆の効果を試験するためにもこの計画を実行するつもりだ”
     …等々,島民の不安を煽るような”うわさ”が,恐るべき早さで広まったのである。
     それはあまりにも不自然で,あまりにも突拍子もない”うわさ”であったが,2年前の隕石墜落事件はまだなお記憶に新しく,人々に決して浅からぬ傷を作っていた。
     現在も乾くことのない傷口は,少しの刺激で簡単に広がり血を流す。
     なんの信憑性もない”うわさ”が,効果的に人々の傷口を広げて進入し,心をかき乱した。
     誰もが疑心暗鬼に陥った。
     ラグアスは,その心理的動揺に見事につけ込んだ。
     アガニラ周辺の島民に,アガニラに対する猜疑心を植え付け,敵愾心を増長させ,実に手際よく武器を売り込み,今回の騒動を決起させるに至ったのである。
     その手腕の見事さと狡猾さは,ある意味評価されるべきものですらある。
     ジェナは慎重な内部調査を根気強く繰り返し,ようやくそのカラクリを突き止めたのだ。
     ジョウ達が”猫背男”と読んでいたナサルという人物,何の功績も無いのにナサルを強引な推薦により士官に仕立て上げたアガニラ陸軍の将校,彼とラグアスの間で秘密裏に交わされた契約。買収,賄賂,裏切り。
     膨大な時間と労力を掛けて調査した結果,ようやく首謀者が発覚したのだ。
     ひとつの事実が明らかになれば,後は芋蔓式だった。
     そして今回の首謀者達の拠点となっていたビル,防衛庁幕僚監部施設と防衛研究所が併設されている建物を突き止めたのだが,直後にビル崩壊の緊急速報が入ってきた。
     いったい何者によって為されたものか判明はしていなかったが,ジェナはこれを好機と判断した。
     速やかな事態の終結を迎えるべく,調査書の束と拡声器を手に,危険を承知で群衆の前に立ったのである。
     が,しかし。

    「これじゃ逆効果だったか…」
     拡声器から口を外してジェナはボヤく。もっとも拡声器越しでも,そんな呟きは聞こえるはずも無かっただろうが。
     やはりここまで膨れ上がった負のエネルギーを友好的な話し合いで解決するのは不可能なのか。
     誰の血も流したくないというのに。
    「どうすりゃいいんだ」
     泣きたい気分になって,思わずジェナは空を仰ぐ。
    「…へ?」
     突然ジェナの目前を2本の噴水が走った。天に向かって高く吹き上げる。
     同時に何かが水の勢いに乗って飛んでいくのが見えた。
     そして。
     光が爆発した。

     音もなく,凄まじい光量の白い光が一気に放たれた。
     放水された水しぶきを光が乱反射して,いっそう輝きを増す。
    「!?」
     先程までの喧噪が,眩しい光に吸収されたかのように消える。
     強烈な光は一瞬にして人々から視界を奪い,思考的にも身体的にも強制的に制御を掛けた。
     さらに,続いて降り注ぐ冷たいシャワーが,ヒートアップしていた空気を一気に冷却していく。
    「な…なんだこれはっ!?」
     眩む目と萎えそうになる身体を奮い立たせ,瞬時に状況を把握すべく体勢を立て直そうとするジェナは,さすがに臨時対策本部の指揮官というべきか。
     光はすぐにおさまった。同時に噴水も。しかし暴力的に強い刺激を与えられた眼にはまだちかちかと残像が残る。
    「ジェナ!」
     聞き覚えのある声に,ジェナはギョッとして反射的に振り返る。
     そこには放水車のホースを抱え,自分もびしょ濡れになったジルがいた。
     ジェナの目と口が面白いくらい大きく開く。
    「…おまえっ,なんでっ!?」
     ジェナは眼鏡に付いた水滴を慌てて拭き取ると,改めてその姿を確認する。
     赤銅色に輝く肌,強い光を湛えた瞳,潔くカットされた黒髪,ぴんと背筋の伸びた肢体,見間違えようがないくらい,ジルだった。
    「今がチャンスだ!早くっ!!」
     ジェナの質問には答えず,ジルが焦れたように怒鳴る。
    「あ?…ああっ,そうか!」
     ジェナの瞳に生気が蘇ってくる。
     未だショック状態にある群衆に向かって,ジェナは朗々と演説を始めた。
     
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■711 / inTopicNo.25)  Re[24]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/14(Fri) 11:42:41)
    「なかなかの効果だったな」
     やはりホースを抱えたジョウが言った。こちらも服のままひと泳ぎしてきたような有様である。
    「ああ,本当にな」
     ジルは前髪から顔に落ちる水滴を拭いながら答えた。滑らかな頬が水滴を弾いてきらりと光る。
     ジョウは放水の勢いに乗せて,光子弾を放ったのである。
     光子弾はただの目くらましであり,人体を傷つけるものではない。驚いて腰を抜かしたり,転倒したりした者は,多少の打撲ぐらいは負うかもしれないが,その程度のものである。
     群衆は呆気に取られたまま,おとなしくジェナの話を聞いている。トランス状態が解け,意識が正常に戻ったのだろう。
     ジェナの演説は淀みなく,ひとつひとつ順を追って明確に進められる。人々の一度リセットされた意識に,その言葉は砂が水を吸うようにすんなりと浸透していった。

    「若いのに,なかなか大した弁論だな」
     ジョウも感心して,すっかり聞き入っている。
    「自分より年下のジョウにそんなこと言われたら,あいつショックだろうなぁ」
     ジルは楽しそうにくっくっと笑う。
    「…でも,そうなんだ。あいつの言葉には説得力がある。その辺の軍人に比べれば体力もないし,武器の扱いだって慣れてない。けど,あいつには統率者としての資質がある。頭も切れる。…ただお人好しな性格が災いして,なかなか決断力に欠けるところはあるがな…」
     ジルは眩しそうにジェナの後ろ姿を眺めている。
    「…そうか。でもあんたが補佐に付けば,丁度良いって訳だ?」
     ジョウが妙に納得のいった表情で言った。
    「ああ,その通りだ」
     はじめてジルがジョウを振り返る。逆光を背に受けてなお輝く笑顔は,ドキリとするほど綺麗なものであった。


    『ジョウ!』
     不意に手首の通信機からタロスの声が響いた。
    「どうした?」
     ジョウは即座に応答する。
    『さっきリッキーから連絡があって,アルフィンを近くの病院に運んだそうです。リッキーはシャルアを連れて,そのまま病院にいるって言ってましたぜ』
    「それで,アルフィンの容態は?」
     ジョウは顔色を変えて訊く。何より知りたかった情報だ。
    『それが,まだそこまで言ってこねぇんでさぁ。あいつもまだ待たされてる状態らしくって…。俺も今から病院に向かいやす。何か分かり次第,また連絡を入れますんで,ジョウもそっちが落ち着いたら来て下せぇ』
     病院の名前を告げて,タロスは通信を終えた。
    「ジョウ,私達も行こう。今すぐに」
     通信機の会話を聞いていたジルが,ジョウの腕を掴んで言った。
    「しかし…」
     ジェナの演説はまだ続いている。今のところ群衆は落ち着いているが,油断は出来ない。
     ジョウの中で激しい葛藤が生じる。
     しかし,少し笑いを含んだ声で,ジルがそれを打ち消した。
    「ばか。…ジョウの仕事は私達をジェナの元に送り届ける事だろう?暴動を抑える事じゃない。…それに,この状況なら心配ない。あいつがああいう表情をしている時は,大丈夫だ」
     ジルは上目遣いににやりと笑う。その黒い瞳にはジェナに対する揺るぎない信頼があった。
     その眼を見て,ジョウはようやく決心がつく。
     大きく一つ頷くと,振り向きざまに走り出した。なるべく群衆を刺激しないよう,慎重に人垣を掻き分けながら。

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■712 / inTopicNo.26)  Re[25]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/15(Sat) 06:46:25)
     アルフィンは肋骨を2本折っており,肩甲骨にはヒビが入っていた。内臓にも何カ所か出血が見られたが,これは体内に溜まるほどではなく,処置の必要はなかった。
     肋骨も変な折れ方をしていなかったので,バストバンドで患部を固定し,自然治癒を待つ事になった。ただ,肩甲骨は多少のズレがみられたので,こちらは完治までしばらく時間が掛かるとの診断結果だった。やはりこちらも左肩から腕を吊した状態で身体に固定された。
     あの時,ジョウの身体が巧い具合にクッションとなり,銃弾の衝撃が多少緩和されたようだ。それでもこれだけの重傷である。連射の銃弾を浴びた衝撃の凄まじさを如実に物語っている。
     アルフィンは治療を施された後,病室に移された。約1ヶ月の入院が必要との事であった。
     
     アルフィンは骨折による発熱と鎮痛剤の効果で,ずいぶん意識が朦朧としていたが,ジョウから事態の終焉の話を聞くと飛び上がらんばかりに喜んだ。
     そのせいで,鎮痛剤が効いているとはいえ,しばし悶絶することになったのだが…。

     病室に設置してあるテレビでも,緊急特別報道番組が流されていた。
     再びジェナの大演説がプレイバックされる。
     事件が一般の民間人を巻き込むことなく平和的に解決した事を喜び,ジェナを賞賛する言葉が惜しみなく流される。どうやらジョウ達が抜け出した後も,たっぷり1時間以上ジェナの演説は続いたらしい。
     あれから既に5時間近くが経過しようとしており,外はすっかり暗くなっていたが,あれだけの騒ぎである。事後処理にも手間取っているのだろう。
     それを理由にジルとシャルアは病室に留まることを主張した。無論,アルフィンが心配だったからなのだが。
     みんながテレビモニターを見ながら,あれやこれやと話している中,リッキーだけが深刻な表情をしていた。
    「リッキー,どうしたんだ。なんだか随分おとなしいな」
     気付いたジョウが訝しげに声を掛ける。
    「兄貴…俺ら,勝手な行動をして悪かったよ」
     リッキーが神妙な顔付きで,恐る恐る言った。
     リッキーは,アルフィンの尋常ではない様子をみて,独断で病院まで連れてきた。
     ジョウの指示を仰ぐ事も,もちろん頭には浮かんだのだが,一触即発状態の現場の渦中にいるジョウに通信を送ることは,ひどく躊躇われたのだ。ちょっとした事がきっかけで,集中力に影響を及ぼす事が少なからずあるからだ。
     しかも,アルフィンの事となるとジョウは冷静でいられなくなる。リッキーはその事をよく知っていた。
    「ジョウ。リッキーはシャルアの事を放ったらかしにしたワケじゃねえ。俺が二人の傍から離れるなってぇ指示を出したんです。連絡を寄こすのが遅れはしましたが,3人一緒にココへ来た事は間違いじゃねえんです」
     ジョウが口を開くより先に,タロスが言った。
     いつも口喧嘩ばかりの二人のくせに,タロスが妙に庇う発言をするのが可笑しかった。
    「あの…!私も,そうしてくれとお願いしたんです」
     続いてシャルアまで目を潤ませながらフォローする。
     二人からそんな風に言われてしまうと,なんとなくジョウは自分が横暴な苛めっこにでもなったような錯覚に陥る。…甚だ不本意である。
    「いや,リッキーの判断は正しかったさ。別に俺は怒ってない。だいたいこれからだって,いつもいつも俺やタロスの指示が聞ける状況にいられるとは限らないんだからな。そういう時はおまえの判断に任せるさ。……俺はおまえの事も信用してるんだぜ?」
     一瞬憮然とした表情を浮かべたジョウであったが,小さく肩をすくめると,にやりと笑ってそう言った。
    「………あ,兄貴ぃ…!」
     リッキーは感激のあまり涙目になる。やはり一人前の扱いをしてもらうのは嬉しい。
    「ばーか。何泣いてんだよ!」
    「痛ぇっ!」
     途端にタロスのゲンコツが飛んでくる。
    「あーあーあっ。やだねぇ,これだからオコサマは!すーぐメソメソ泣きべそかきやがる」
    「な,な,なんだとぉ!誰が泣いてなんかいるもんか!」
     リッキーは,照れを誤魔化すように真っ赤になって言い返す。
    「ダメですよ,タロスさん!また頭を叩くなんて!」
     すっかりリッキー贔屓になったらしいシャルアが可愛らしくタロスを睨む。
    「…あ?え?…いや,こ,これは…その…スキンシップってヤツで…」
     思わぬ相手から反撃を受けて,タロスがしどろもどろになる。額に妙な汗を浮かべながら後退る。
     ジョウが思わず吹き出した。
    「…おいおい,待てよ。アルフィンが苦しんでるぞ?」
     ジルの声に一同は驚いてアルフィンの方を見る。
    「…ちょ,ちょっと…!あたしを,殺す気なの…!?」
     アルフィンは顔を歪めて抗議する。急な笑いは患部に大分響いたらしい。
     笑っているのか苦しんでいるのか判断がつかない微妙な表情で,アルフィンは息を吐くたび「痛っ痛っ」と小さく呟く。
     すかさずジルが傍に寄り,濡れたタオルで額の汗を拭ってやる。少し興奮したせいか,先程より熱が上がったようだ。
     ジルの動きに反応して,ジョウの眉間に不機嫌な皺が刻まれる。
     タロスとリッキーが,さらに反応して「あちゃー」っという表情をする。
     その時,ドアがノックされた。

    「シャルア!」
     そう叫んで病室に入ってきたのは,さっきまでテレビで見ていた顔だった。
     どこからかこの場所を聞きつけてきたらしい。
     散々事後処理に奔走していたらしい彼の顔には,くっきりと疲労の影が落ちていたが,ドアを開けたその瞬間から,それに上塗りするようにみるみる歓喜の色が広がっていく。
     その表情を見て,今度はリッキーが憮然とした面持ちになる。
     そんなリッキーの横を通り過ぎ一気に距離を詰めると,ジェナは両腕を広げて”ジル”を抱き締めた。
    「………へ?」
     男3人が呆気に取られる中,ジルはジェナの抱擁の手を弛め,にっこりと笑ってその唇にキスをした。

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■713 / inTopicNo.27)  Re[26]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/15(Sat) 07:07:08)
    「……俺ら立ち直れないかもしれない」
     リッキーがペタリと床に座り込んで情けない声を出す。
     とりあえず事情聴取を…という事で,”ジルとシャルア”はジェナと共に惑星管理局へと赴いて行った。
     本来ならばジョウ達も同行するところだが,アルフィンの状態に気を遣ってか,今日のところは構わないと言われたのだ。
     今,この病室にいるのはチームメンバーだけである。
    「…まぁなんだな。所詮”お姫様”ってモンに対するヒロイズムなんざ,テレビドラマや映画の中だけに存在する,甘っちろい憧憬でしかないって事だな」
     タロスは慰めにもならない台詞をしみじみと言う。
    「…アルフィンは知っていたのか…?」
     ジョウは恨めしそうな顔をしてアルフィンを見た。
    「うん…ていうか,途中で気付いたわよ?」
     アルフィンは少しも悪びれずにしれっと言う。
    「…マジで?」
     タロスが恐ろしいものでも見るような目つきでアルフィンを見た。
    「うん。…でもだいたい顔立ちからして分かりそうなモンじゃない?ジルって男のヒトの美形にしては,ずいぶん繊細なつくりだったし,肌だって綺麗だったし」
    「…そんなトコまで見るかよ!男が男の顔をじろじろ見てたら変態じゃねぇか…」
     ジョウがうんざりしたように言う。
    「うーん,まぁあたしも決定的に分かったのは,身体に触った時だったんだけどね…」
    「触っ…!?」
     さらりと言うアルフィンにジョウは目をむく。
    「え…?い,嫌ぁね!何想像してんのよ…!たまたまよ,たまたま!…ちょっと背中を押した事があって…。服の上からは分かりにくいけど,あの綺麗に反った背中のラインは絶対男のヒトにはあり得ないもの」
     そう言えば…とジョウも思い出す。
     ジェナの顔をモニターで見た途端走り出したジルを止めた時…。あの時掴んだ腕の細さに,ちょっとばかり違和感を覚えたような…。
    「それに,だいたい…」
     黙り込んでしまったジョウに,アルフィンは発熱によって上気した頬を更に赤くして口を開いた。
    「あたしがジョウの前で,他の男のヒトにベタベタなんてするワケないじゃない…!」
     可愛らしく口を尖らせて抗議した。

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■714 / inTopicNo.28)  Re[27]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/15(Sat) 08:12:50)
     結局のところ,”ジル”は本物のシャルアであり,”シャルア”はリラという名の侍女だった。
     未婚女性は顔を隠すというエイジャの習慣を逆手にとって,同じような背格好の侍女を選び出し,いわゆる”影武者”として用意したのである。
     リッキーが誤解するぐらい,やたらと侍女であるリラを気遣っていたのは,くっついていた方がお互いの正体がバレにくいと思ったし,何より「私はフェミニストだ」という事らしい…。
     もしかしたら,”影武者”などという危険な役目を押しつけてしまったリラに対する懺悔の気持ちもあったのかもしれない。

     実はシャルアは留学時にも”ジル”として振る舞っていた。
     シャルアの留学話が持ち上がった時,アガニラ政府の要人連中は,シャルアがエヴォラ族の長の娘であり,いずれ『花嫁』として迎えるVIPであるが故,並々ならぬ警備体制を敢行するつもりだった。
     ところが当の本人が,あまりにも過剰な厳戒にとっとと嫌気が差してしまった。
     そこで,シャルアは一度惑星エイジャに帰省し,2週間後に”ジル”として再び参上したのである。
     腰まで届く艶やかな黒髪をばっさりと切り,未婚女性の証であるベールを捨て,エヴォラ族の男性の正装である詰め襟のジャケットとパンツに身を固めて…。
    「過剰な取り巻きは”怪しい人間”だと宣伝して歩いているようなものだ。私は今後一切,エヴォラ族の男として振る舞うから,余計な警備は解いてくれ。シャルアとしての私の素顔を知っている者は,一人の人物を除いて,この惑星中のどこを探してもいないのだからな」
     驚愕のあまり卒倒しそうな周囲の人間を後目に,シャルアは実に堂々と宣言をすると,もはや誰にも口出しさせなかったのである。
     ただし,留学中の全ての教育は,現役の要人連中が行うという条件だけは,アガニラ政府側も譲らなかった。正体を隠しているVIPを,その辺の教師に預ける訳にはいかないではないか。
     シャルア自身は”普通の教師”の方がむしろ望ましかったのだが,シャルアの素顔を知る唯一の人物,婚約者であるジェナにまで説得され,その条件に関しては渋々ではあるが折れたのである。
     もっとも,おかげでアガニラの官僚関係や,軍隊関係などのありとあらゆる要人達と細からぬパイプが繋げたのだし,女の身では覗く事さえ出来ないような軍事演習にも参加できたのだ。
     シャルアは優秀だったし,彼女自身も有意義な毎日を送っていたが,当時の要人連中にとっては気の安まる事のない3年間であった事は容易に想像が付く。
     今回も,エヴォラ族が援軍を送るとは聞いていたが,まさか『花嫁』自身がクラッシャーと先行して,しかも再び”ジル”として登場するなどとは夢にも思わなかった。
     無論,結果的には”ジル”がジョウ達と乗り込んで来たおかげで,今回の騒動は早急に,しかも平和的に解決したのであるが,やはりお偉方の心中は複雑なものである…。


    「ずっと騙していて悪かった」
     翌日,ジェナからの出頭要請が来て,単身惑星管理局に出向いたジョウは,用意された部屋に入るなり,シャルアの謝罪を受けた。
     やはり今日も”ジル”の装いである。
    「いや。…まぁ確かに騙されていた事に関しては,腹立たしい気もするが,VIPの護衛じゃよくある事だ」
     ジョウは軽く笑って肩をすくめてみせた。
    「言い訳させてもらえれば,私達エイジャの人間にはクラッシャーに関する知識がほとんど無いに等しかった。だから,簡単に信用する訳にはいかなかったんだ。…だが,ジョウ達は信用出来そうだと判断がつけば,その時点で打ち明けようとは思っていたんだ。この言葉に偽りはない」
     ジルの台詞に,ジョウは瞬間的に怒りを覚える。
    「…てことは,俺達は最後まで信用出来なかったって事か」
     苦い表情で吐き捨てるように言う。
     共に闘ってきた意識があるだけに,今のシャルアの発言はジョウにとってショックなものであった。
    「まさか!」
     シャルアはとんでもないと言うように,端正な瞳を見開いて胸の前でひらひらと手を振る。その仕草はどこか可愛らしい。
    「………」
     なるほど確かに”男”には見えねぇかも…。ジョウは一瞬怒りを忘れて,しみじみと溜息を吐く。
    「誤解しないでくれ。ジョウ達の事は,早い段階で信用してたさ!…ていうかアルフィンには早々にバレて問い詰められたけど,ちゃんと正直に話したし」
     黙り込んだジョウが機嫌を損ねたと勘違いしたのか,シャルアは慌てて弁解する。
    「…アルフィンが俺達に話すと思った?」
     ジョウは片眉をくいっとつり上げて訊く。
    「ああ,うん。それもあるな」
    「……それは絶対ありえない」
     ジョウは額に手を当て,再び溜息を吐く。
    「?……どうして?」
     やけにきっぱりと言い切るジョウに,シャルアは訝しげに尋ねる。
     ジョウはちらりとシャルアの整った顔を見て言った。
    「……アルフィンは,とんでもなくヤキモチ焼きなんだ」
    「………」
     一瞬きょとんとしたものの,ぷっと吹き出すと,シャルアはくくくくくと肩を震わせて笑った。
    「おい…。”それもある”って事は,他にもまだ打ち明けなかった理由があるのか?」 
     ジョウが改めて不思議そうに訊く。
     するとようやく笑いの発作を静めたシャルアは,きわめて大真面目な顔を作り,さらりと言った。
    「だって,”とんでもなくヤキモチ焼き”なジョウを見るのが面白かったんだ」

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■715 / inTopicNo.29)  Re[28]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/15(Sat) 08:42:06)
     3週間後,当初の予定取り国を挙げての一大イベントが滞りなく催された。
     ジョウ達はアルフィンの病室でテレビモニターを通して,その様子を観ていた。
    「しかし,この短期間でよく間に合わせたなぁ」
     タロスが心底感心したように言った。

     実際,あのジェナの演説の日から今日までの間,惑星管理局はジェナを中心に24時間態勢でクーデターの事後処理と今日の式典の準備を行ってきた。
     驚くべきはジェナの統率力,指導力である。
     あの優男ぶりからは予想も付かない程の手腕を惜しげもなく披露した。
     シャルアが誇らしげにジョウに語った通り,上に立つ者としての天性の資質があるのだろう。

     クーデターの処理としては,首謀者の一人であった猫背男のナサルが死亡した事,ナサルを裏で動かせていたアガニラ陸軍の将校を売国奴として逮捕した事を明らかにした上で,どのような経緯を辿って誤解が生じ,また人為的にばらまかれた”うわさ”がどれほど虚偽性の高いものであったかが,一つ一つ順を追って説明された。
     あくまでも周辺の島民は,”騙された被害者である”という扱いを崩さなかった。
     またジェナは各島々に,惑星管理局の出張所を設ける事を提案・可決した。
     管理局の人間が駐在員として,島の規模に応じた人数で派遣されるのだ。惑星管理局はそれらの駐在員をパイプ役として,島々の状況を把握したり,島民の訴えを聞いたりするという訳である。
     そして彼らは同時に人質でもあった。島民のトラウマを抑えるためにも,アガニラはどんなに小さい島々であっても決して見捨てることはない,という誓約を形によって示そうとしたのである。
     各駐在所への任期は,一律一年と決められた。毎年交替で新しい局員が派遣されるのである。出来るだけ多くの惑星管理局の人間に任期を与え,アガニラ大陸以外の島々にも関心を持たせる事を意図したものである。
     このような配慮も,島民の心を充分満足させるものであった。
     騙されたとはいえアガニラに対して反旗を翻した負い目も相まって,各島々の代表はアガニラと新たに友好条約を結ぶことを宣言した。

     惑星エイジャから派遣された部隊は,遠征途中で事態の終結宣言を耳にしたが,エイジャに引き返す事をせず,その後5日の日数を要して惑星アガーニに到着した。
     エイジャの部隊はジェナの指示を受け,シャルアの指揮の下,アガニラの復興事業へと乗り出した。
     直接の被害は,防衛庁幕僚監部施設及び防衛研究所の崩壊と,その余波を受けた周辺ビルの損壊であったが,こちらの復興事業も取り立てて問題なく,順調に作業は進められたのである。

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■716 / inTopicNo.30)  Re[29]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/15(Sat) 09:51:12)
    「あ,出てきたわよ!」
     アルフィンの弾む声に一同はモニターを凝視する。
     そこにはジェナとシャルアの姿があった。
    「……これって,詐欺だよ…」
     リッキーが思わず本音をこぼす。ジョウとタロスも真顔で頷く。
     画面に映るシャルアは,誰が見ても文句の付けようがないくらい美しい花嫁だった。
     短い黒髪は丁寧に引っ詰められ,豪華な純白の生花で飾られている。惜しげもなく露わにされた形のよい額には,本来の持ち主の元へ返されたサファイアのサークレットが厳かな輝きを放つ。
     ペチコート型のシルクのドレスはシンプルなAラインで,その上からハイネックの繊細な総レースのドレス型が豪華に全身を包んでいる。パールホワイトに輝くドレスは,シャルアの赤銅色の肌にとてもよく映えた。
     ベールは上質のオーガンディーで,艶やかな光を反射しながらふんわりと後ろに流されている。長さは優に30メートルはあるだろう。
     元々すらりとした長身であるだけに,圧倒的な存在感であった。
     その顔は綺麗に化粧が施され,きりりと整った美貌が一層華やかに演出されている。
     そして,幸せそうな表情が何よりもシャルアの美しさを輝かせていた。

    「……ジェナの影がずいぶん薄いなぁ」
     リッキーが同情を込めてぽつりと言った。
    「まぁこういうイベントじゃあ,男は完全に引き立て役だからなぁ…」
     タロスが苦笑いを浮かべて,しょうがねぇよと言う。
    「何言ってんのよ。ジェナの顔,見てごらんなさいよ。シャルアに負けないくらい幸せそうに笑ってるじゃないの!」
     アルフィンがムキになって反論する。今では痛みもずいぶん治まり,これくらいは朝飯前である。
    「いや…っていうか,これはニヤケてるって言うんじゃないか…?」
     改めてモニターのジェナを見て,ジョウが訂正する。
    「うへっ,ホントだ!こりゃ,見ちゃいらんねぇよー!」
     リッキーがますます同情の気持ちを強めて言う。ぴしゃっと左手を額に打ち付ける音が病室に響いた。
    「本当に,こういう時の男ってヤツは,恥ずかしくも哀れな生き物だよなぁ…」
     ”ほんっとーにっ”とわざとらしく強調した言い方をして,タロスもうんざりと溜息を吐いた。
    「んもうっ!みんなちっともロマンチックじゃないんだからっ!」
     アルフィンはすっかりご機嫌斜めである。
     シャルアの姿に未来の自分を重ねて,純白のドレスに身を包む日を夢見ていたというのに,隣に立つハズのジョウが”ニヤケて”たらがっかりである。『アルフィンのジョウ』は,いつだって格好良くなくては。
    「しかし,アルフィンは残念だったな」
     ジョウがアルフィンの気も知らず声を掛ける。
    「え?」
    「だって,アルフィンならこのイベントに参加したかっただろう?」
     ジョウはそう言って,未だに固定されているアルフィンの左肩を眺める。
    「そりゃあまぁ…。でもあたしはこんな状態だから…。それならジョウ達こそあたしに遠慮しないで行ってくれば良かったのに…」
     アルフィンはなんとなく申し訳ない気分になってしまう。
     実際今日の招待状は,きちんとクラッシャージョウのチーム宛に届けられていたのだ。しかも花嫁が直々に参上して。
     しかしジョウは,その招待を辞退した。「アルフィンがこんな状態だから」と言って。
     シャルアも特に気にした様子もなく,「そうか」とあっさり引き下がった。最初からジョウの答えなど分かっていたかのように。
    「いや,別に遠慮なんかしてないさ」
     ジョウが些か困ったような苦笑いを浮かべる。
    「?」
     アルフィンはきょとんとして小首を傾げた。
    「ダメだなぁアルフィンは。兄貴の本音を分かっちゃいないぜ」
     リッキーが,まったくぅ…っと生意気な表情を浮かべて言った。
    「…あによぉ」
     カチンときたアルフィンが,ぷっとムクレて恨めしそうな声を出す。
    「だいたい結婚式なんてオンナのイベントじゃん!そんなのに大の男がイチイチ付き合ってられっかよ!」
     偉そうに薄い胸板を思い切り反らして,ちちちと立てた人差し指を左右に振る。
    「いや,まぁ,あれだ。……堅苦しい席は,どうも苦手だしな」
     アルフィンの眼が徐々に据わっていくのを敏感に察知して,ジョウが慌ててフォローを入れる。
    「だってジョウ!結婚式は女の子にとって,一世一代のイベントなのよ!」
     途端にアルフィンが怒りの矛先をジョウに向けた。
    「え?…ああ。…それは…そうなんだろうな。……いやでも,やっぱり俺は,なるべくなら遠慮したいと思うな…」
     ここで頷くと,今からでも出席してこいと言われそうな気がして,ジョウはついそんな言い方をする。
    「えええっ!?そんな…!」
     アルフィンはほとんど泣きそうになりながら絶句する。
     信じられないものを見たような表情で,ジョウの顔を凝視する。
     その様子に,ジョウは訳が分からないながらも妙な危機感を覚える。
    「……ちょっと待て,なんか話が噛み合ってなくないか?」
     タロスが冷静にツッコミを入れるが,もはやアルフィンには聞こえない。
    「あ,あ,あたしはウェディングドレスっ,着たいのにっ…!!」
     アルフィンはヒステリックにそう叫ぶと,ぽろぽろと泣き出した。
    「うわっ。な,なんだ…!?落ち着けアルフィン,何の話だ!?」
     ジョウは助けを求めるようにタロスとリッキーの顔を見たが,二人とも眼を合わせようとしない。
     アルフィンの頭の中では,完全に自分の結婚式の話にすり替わっている。
    「アルフィン!俺は別にアルフィンにドレスを着るなとは言ってないだろ!?」
     ジョウはおろおろしながら必死で叫ぶ。アルフィンに泣かれるのは非常に苦手なジョウである。
    「だって…!ジョウが嫌がってるのに…っ!あたしだけなんて…!そんな…!」
     泣きながら途切れ途切れに吐き出される言葉は,もはや支離滅裂も良いところである。
    「………」
     が,それでもようやくアルフィンが何を言わんとしているのかを,ジョウも朧気ながら理解する。
     途端にジョウの顔に血が上る。
    「…だから,何でそういう話になるんだよ…」
     赤い顔を誤魔化すように,ジョウはそう呟いて天井を見上げた。
    「兄貴ー,頑張れー」
     後ろでリッキーが無責任なエールを飛ばすのを聞きながら,ジョウはたっぷり2時間かけてアルフィンの機嫌を取った。
     無論,その後リッキーに一発くれてやるのも忘れなかった。

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■717 / inTopicNo.31)  Re[30]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/15(Sat) 10:39:03)
    「色々とありがとう」
     シャルアがジョウに右手を差し出しながら言った。
    「いや,これは仕事だ。礼には及ばない」
     改めて言われるとどうしても照れが先走る。わざとぶっきら棒な口調でそう言いながらも,ジョウは素直にシャルアと握手を交わす。
     アルフィンの退院を待って,ジョウ達は惑星アガーニを発つことになった。
     既に次の仕事のスケジュールも調整済みだ。
     シャルアはリラを伴って,わざわざ宇宙港まで見送りに駆け付けたのだ。
     式典後のシャルアは,完全に”ジル”を抹消した。同一人物だとバレたら信用問題に関わるとお偉方に泣きつかれたのだ。
     その辺の事情はシャルアも承知していた事で,笑いながらあっさりと応じた。
     今日の装いも白のパンツスーツであったし,短い髪は相変わらず無造作に撫でつけたものであったが,男性に見間違うような事は決してない。
     上品に薄く化粧を施した顔は,確かに”ジル”だった時と変わらないはずなのに,まったく別人のようである。
    「ジェナは仕事で来られなかったが,よろしく伝えてくれと言われて来た」
    「ああ」
     その話し方すら変わっていないというのに,不思議なものだとジョウは改めて感心する。
    「タロス,あなたは本物のパイロットだ。リモコンヘリでの遊覧は一生忘れない」
    「リッキー,リラを守ってくれてありがとう。君は素敵なナイトになるよ」
     シャルアは,タロスとリッキーに次々に握手を求めた。
    「ああ,俺もアン時の緊張はなかなか忘れられそうにねぇな」
    「俺ら,もっともっと逞しいクラッシャーになるよ」
     二人とも笑って手を差し出した。
    「アルフィン,ケガをさせてしまって本当に申し訳なかった」
     アルフィンの前でシャルアは改めて謝罪する。
    「やだ。何言ってんの?こんなの大したコトないわ。リハビリだって始めてるのよ?」
     アルフィンはまだ三角巾で吊っている左腕を右手で軽く叩きながら笑って答える。
     そんなアルフィンの身体を,長身のシャルアは包み込むように優しく抱き締めた。もちろん左肩に負担を掛けないように細心の注意を払って。
     条件反射的にムッとしたジョウだったが,先日シャルアに言われた台詞を思い出して,慌てて気を静める。思わず苦笑いがこみ上げた。
    「アルフィン,幸せになれ」
     ひとしきり抱擁すると,シャルアはアルフィンを腕から解放して言った。
    「うん,もちろんそのつもりよ?…だけど,その台詞は,あたしからシャルアに言うのが正しいんじゃないかしら?」
     アルフィンは悪戯っぽい表情を作りながら,新妻に向かって言った。
    「なるほど,違いない」
     シャルアはとびきりの笑顔を浮かべた。
     リラも簡単に感謝の言葉を述べていった。
     相変わらず顔の下半分はベールに覆われていたが,長い黒髪はきっちりと編み込まれ,格好もシンプルなライトグレーのワンピースを纏っており,ずいぶんさっぱりした印象である。
     リラは最後にリッキーの前に立つと,ベールを取り,素顔を露わにした。
     リッキーが今更ながらその美貌に見惚れていると,アーモンド型の黒目がちな瞳を優しげに細め,ゆっくりと腰を折って,その頬に軽く口づけた。
     タロスがひゅーっと小さく口笛を吹いた。
    「じゃあな」
    「ああ。じゃあな」
     ジョウはシャルアと最後の挨拶を交わすと,踵を返した。
     アルフィンも笑顔で手を振り,そのまま小走りにジョウの後を追った。そして強引にジョウの腕に自分の腕を絡ませた。
     タロスはそんな二人を見て,シャルアとリラに肩をすくめてみせる。
     そして完全に硬直しているリッキーの襟首を掴むと,ずるずると引きずりながら力強く歩き出した。


    「キャハ!オ帰リナサイ!スッカリ待チクタビレマシタ」
     <ミネルバ>のブリッジに入ると,ドンゴの甲高い声が響いた。
    「ああ,すっかり待たせちまったな。よーし,それじゃあ出発準備に掛かるぜ!」
     自分の席に着きながら,ジョウが前を向いてにやりと笑った。


    <Fin>



     ************************************
      
       最後まで読んで下さった皆様,お疲れ様でした。
       そして,ありがとうございました。

引用投稿 削除キー/
■718 / inTopicNo.32)  Re[31]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/15(Sat) 10:45:27)
    すいません,チェックマーク付け忘れてた(笑)!
fin.
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