| 用意されていたエアカーは,VIP専用の大型リムジンだった。もちろん運転手付きである。 運転席の後ろは,革張りのソファーがコの字形にしつらえられていた。車の両サイドにアルフィンとジル,タロスとリッキーが組になって向かい合うように座り,ジョウとシャルアは運転席と平行になっている後部シートに座った。真ん中には小さなテーブルが設置されており,人数分のグラスにドリンクが用意されていた。 シャルアはジョウの肩にもたれ掛かり,再び瞳を閉じてしまっている。 アルフィンは理性を総動員させて,二人の間に割って入りたい衝動をなんとか抑える。 しかし,青い瞳からは今にも涙がこぼれそうになっている。唇を噛んで,白い手を膝の上でぎゅっと握っている。 ジルは見かねてアルフィンの膝小僧をぽんぽんと叩いてやる。 意識的にそちらを見まいとしているものの,ジョウのこめかみがピクンと反応する。 「……な,なんか息苦しくない…?」 リッキーがこそこそとタロスに耳打ちする。 「…俺は眠いんだ。放っておいてくれ…」 さわらぬ神になんとやら…である。タロスは狸寝入りを決め込んでいる。 「えええ,そりゃないよぉ…」 りっきーは情けない声を出して頭を抱えた。
どがんっ!! 「!?」 突然後ろから突き上げるような大きな衝撃が来た。テーブルの上のグラスが生き物のように飛び上がり,床に叩きつけられる。 ジョウは素早くリムジンの黒塗りの窓から外を見る。シャルアも驚きに瞳を開いた。 青いエアカーがジョウ達のリムジンの後ろにぴたりと付いている。どうやら後部から突っ込まれたらしい。 直後に今度はタロスとリッキーが座るシート側から衝撃が来る。 がががががんっ!! 「うわぁっ!」 体重の軽いリッキーがシートから投げ出される。 「なんだ!?囲まれてるぞ!」 ジョウが叫ぶ。 リムジンの周りには3台のエアカーが併走していた。いずれも明らかに攻撃の意志を伝えてくる。後ろから横から次々に体当たりをくらわされ,ジョウ達は体勢を立て直すことが出来ない。リムジンの外装は防弾用の特殊鋼板を使用しているので,すぐに潰されることはないが,それも時間の問題である。 ジョウの視界にきらりと光る物が飛び込んできた。瞬時に全身が粟立つ。 「みんな伏せろ!ミサイルだ!!」 ジョウは叫ぶと同時にシャルアの身体をシートの床に押し倒し,そのまま覆い被さった。 ジョウの声に反応して,タロスがテーブルの上に投げ出されたままのリッキーの胸ぐらを掴み上げて引き倒す。アルフィンも先刻までの泣きべそが嘘のように,素早くジルの腕を引き,テーブルとシートの間に身体を押し込んだ。長身のジルの全身を覆うのは,華奢なアルフィンの身体では物理的に不可能ではあるが,とりあえずジルの頭部を抱えるように胸に抱き込んだ。 実はジルもジョウの声に反応して同じ事をアルフィンにしようとしたのだが,アルフィンの方が早かった。さすがにクラッシャーと言うべきか。見た目に誤魔化されてはいけない。咄嗟の動きは年齢よりも経験がものを言う。
ずがんっ!! 凄まじい衝撃と轟音がリムジンを襲う。青いエアカーから発射された小型ミサイルは,運転席に打ち込まれた。 至近距離からのミサイル相手では,いくら防弾ガラスや特殊鋼板でも敵わない。 防弾ガラスは粉々見砕け,運転手の身体は爆発によって四散した。運転席と後部シートの間にも防弾ガラスが施されていたが,その衝撃に耐えられず瞬時に崩壊した。 爆発の衝撃と熱がジョウ達の方にも流れ込んでくる。黒い煙が視界を奪う。 運転手を失ったリムジンは爆発の余波で大きく横に振れ,ハイウェイの壁に激突した。硬い外装が衝突の衝撃を吸収できずに,そのまま跳ね返る。大きなリムジンが,水面を滑る木の葉のように回転しながらハイウェイを滑る。中央分離帯のポールをなぎ倒しながら突っ込んでいく様子は,獰猛な獣が獲物の群れに突進していく姿にも見えた。 鼓膜が裂けるかと思うほどの轟音と,無数の殴打を受けているような激しいショックの中で,ジョウ達は為す術もなくただ衝撃に耐えていた。 シートとテーブルの狭い空間に身体を固定していたおかげで,衝突のショックによって外に投げ出される事態は免れた。頭上から降りかかるガラスの欠片や爆風の熱からは,クラッシュジャケットが守ってくれた。 ようやく恐ろしい咆哮が静まり,黒いリムジンはその動きを止めた。 ジョウが悲鳴を上げる身体と,朦朧とする頭を無理やり叱咤して,次の動きに備えようとした時,突然ピンク色のボールが投げ込まれた。 「!?」 はっきりと確認する時間も無いまま,次の瞬間ボールが爆ぜた。 ”ぽん!”と軽い音を響かせると,一気に周囲がピンク色に染まった。甘ったるい香りが鼻腔をくすぐる。 (催眠ガス…!?) ジョウは反射的に口元を押さえたが,既に空間はピンク一色である。 恐ろしく少女趣味な色と香りに包まれて,ジョウはほどなく意識を手放した。
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