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■698 / inTopicNo.21)  Re[11]: 砂漠の花嫁
  
□投稿者/ まき -(2004/05/12(Wed) 10:26:32)
     用意されていたエアカーは,VIP専用の大型リムジンだった。もちろん運転手付きである。
     運転席の後ろは,革張りのソファーがコの字形にしつらえられていた。車の両サイドにアルフィンとジル,タロスとリッキーが組になって向かい合うように座り,ジョウとシャルアは運転席と平行になっている後部シートに座った。真ん中には小さなテーブルが設置されており,人数分のグラスにドリンクが用意されていた。
     シャルアはジョウの肩にもたれ掛かり,再び瞳を閉じてしまっている。
     アルフィンは理性を総動員させて,二人の間に割って入りたい衝動をなんとか抑える。
     しかし,青い瞳からは今にも涙がこぼれそうになっている。唇を噛んで,白い手を膝の上でぎゅっと握っている。
     ジルは見かねてアルフィンの膝小僧をぽんぽんと叩いてやる。
     意識的にそちらを見まいとしているものの,ジョウのこめかみがピクンと反応する。
    「……な,なんか息苦しくない…?」
     リッキーがこそこそとタロスに耳打ちする。
    「…俺は眠いんだ。放っておいてくれ…」
     さわらぬ神になんとやら…である。タロスは狸寝入りを決め込んでいる。
    「えええ,そりゃないよぉ…」
     りっきーは情けない声を出して頭を抱えた。

     どがんっ!!
    「!?」
     突然後ろから突き上げるような大きな衝撃が来た。テーブルの上のグラスが生き物のように飛び上がり,床に叩きつけられる。
     ジョウは素早くリムジンの黒塗りの窓から外を見る。シャルアも驚きに瞳を開いた。
     青いエアカーがジョウ達のリムジンの後ろにぴたりと付いている。どうやら後部から突っ込まれたらしい。
     直後に今度はタロスとリッキーが座るシート側から衝撃が来る。
     がががががんっ!!
    「うわぁっ!」
     体重の軽いリッキーがシートから投げ出される。
    「なんだ!?囲まれてるぞ!」
     ジョウが叫ぶ。
     リムジンの周りには3台のエアカーが併走していた。いずれも明らかに攻撃の意志を伝えてくる。後ろから横から次々に体当たりをくらわされ,ジョウ達は体勢を立て直すことが出来ない。リムジンの外装は防弾用の特殊鋼板を使用しているので,すぐに潰されることはないが,それも時間の問題である。
     ジョウの視界にきらりと光る物が飛び込んできた。瞬時に全身が粟立つ。
    「みんな伏せろ!ミサイルだ!!」
     ジョウは叫ぶと同時にシャルアの身体をシートの床に押し倒し,そのまま覆い被さった。
     ジョウの声に反応して,タロスがテーブルの上に投げ出されたままのリッキーの胸ぐらを掴み上げて引き倒す。アルフィンも先刻までの泣きべそが嘘のように,素早くジルの腕を引き,テーブルとシートの間に身体を押し込んだ。長身のジルの全身を覆うのは,華奢なアルフィンの身体では物理的に不可能ではあるが,とりあえずジルの頭部を抱えるように胸に抱き込んだ。
     実はジルもジョウの声に反応して同じ事をアルフィンにしようとしたのだが,アルフィンの方が早かった。さすがにクラッシャーと言うべきか。見た目に誤魔化されてはいけない。咄嗟の動きは年齢よりも経験がものを言う。

     ずがんっ!!
     凄まじい衝撃と轟音がリムジンを襲う。青いエアカーから発射された小型ミサイルは,運転席に打ち込まれた。
     至近距離からのミサイル相手では,いくら防弾ガラスや特殊鋼板でも敵わない。
     防弾ガラスは粉々見砕け,運転手の身体は爆発によって四散した。運転席と後部シートの間にも防弾ガラスが施されていたが,その衝撃に耐えられず瞬時に崩壊した。
     爆発の衝撃と熱がジョウ達の方にも流れ込んでくる。黒い煙が視界を奪う。
     運転手を失ったリムジンは爆発の余波で大きく横に振れ,ハイウェイの壁に激突した。硬い外装が衝突の衝撃を吸収できずに,そのまま跳ね返る。大きなリムジンが,水面を滑る木の葉のように回転しながらハイウェイを滑る。中央分離帯のポールをなぎ倒しながら突っ込んでいく様子は,獰猛な獣が獲物の群れに突進していく姿にも見えた。
     鼓膜が裂けるかと思うほどの轟音と,無数の殴打を受けているような激しいショックの中で,ジョウ達は為す術もなくただ衝撃に耐えていた。
     シートとテーブルの狭い空間に身体を固定していたおかげで,衝突のショックによって外に投げ出される事態は免れた。頭上から降りかかるガラスの欠片や爆風の熱からは,クラッシュジャケットが守ってくれた。
     
     ようやく恐ろしい咆哮が静まり,黒いリムジンはその動きを止めた。
     ジョウが悲鳴を上げる身体と,朦朧とする頭を無理やり叱咤して,次の動きに備えようとした時,突然ピンク色のボールが投げ込まれた。
    「!?」
     はっきりと確認する時間も無いまま,次の瞬間ボールが爆ぜた。
     ”ぽん!”と軽い音を響かせると,一気に周囲がピンク色に染まった。甘ったるい香りが鼻腔をくすぐる。
    (催眠ガス…!?)
     ジョウは反射的に口元を押さえたが,既に空間はピンク一色である。
     恐ろしく少女趣味な色と香りに包まれて,ジョウはほどなく意識を手放した。

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■697 / inTopicNo.22)  Re[10]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/11(Tue) 23:29:36)
     20分程でアルフィンはブリッジに戻ってきた。ジルも一緒である。
    「シャルアの様子に変わりは無かったわ。苦しそうな顔もしてなかったから,きっと悪夢の心配もないと思うわ」
     アルフィンがジョウに報告する。
    「…そうか」
    「後から睡眠薬の副作用で頭痛が起きちゃうかもしれないけど,ワープ酔いよりはマシだものね…。とりあえず何ともなくて良かったわ」
     アルフィンは嬉しそうににっこりと笑った。残念ながらジョウはアルフィンを見ていなかったけれど…。
    「ジルは大丈夫だったかい?」
     ジョウの様子に小首を傾げたアルフィンを制するように,タロスが割り込んでくる。
    「ああ,もちろんだ。…と言いたいところだが,さすがにキツかったな。…身体が強引に引き延ばされたり縮められたりしている感じだったよ。上も下もあったもんじゃない」
     ジルは冗談めかして笑って言うが,さすがに顔色は冴えない。さり気なさを装ってはいるが,壁にもたれているのは格好を付けるためではないだろう。
    「一応薬を飲んでもらったから,しばらくすれば落ち着くと思うんだけど…」
     アルフィンが心配そうにジルの顔を覗き込む。
    「うん,もう大分効いてる。ありがとうアルフィン」
     ジルがにっこりとアルフィンに笑いかける。
    「………」
     なんとなく目のやり場に困ったように,リッキーが視線を宙に泳がせた。
    「…あと,3時間程でアガーニの軌道に入りますぜ」
     タロスがまた別の話を持ちかける。
    「でもさぁ,内乱状態でアガニラ宇宙港ってば通常通り入国出来るのかなぁ?」
     リッキーがふと思いついたように言う。
    「ああん?……そう言やそうか…。宇宙港自体封鎖してるって可能性もあるのか…」
     タロスも顎に手を当てながらジルに視線を向ける。
    「いや…,今のところそんな情報は入ってないが」
     ジルも初めてその可能性に気付いたのか,少し表情を曇らせた。
     アルフィンが助けを求めるようにジョウを仰ぎ見るが,ジョウは明後日の方向を向いたままだ。
    「ジョウ…」
     なんだか泣きたいような気分になって,アルフィンはぽつりと呟いた。


     それぞれの不安を抱えたままであったが,結果的に<ミネルバ>は惑星アガーニのアガニラ宇宙港に無事降りることが出来た。
     無論,アガーニの星域内へ進入する際には,かなり厳重な入国審査が義務づけられていたが,アガニラ宇宙港自体は閉鎖されてはいなかった。
     アガーニの食糧事情を考えると,宇宙港を閉鎖する訳にはいかなかったのだ。
     他惑星からの食糧の輸入は,アガーニにとって生命線のようなものであった。
     アガーニの土壌は農作物の生産に適しているとは言い難い。実に食糧自給率は20%に満たないのだ。故に他の惑星からの輸入に頼らざるを得なかったのである。
     代わりに,アガーニは海底に沈んでいるラジウムを輸出している。現在もラジウム療法は,一般的な悪性腫瘍の治療に用いられているのだ。
     アガニラ宇宙港は内乱の影響を受けて,旅客船等の民間機は乗り入れを制限していたが,商業船に関しては特例として,区画を特別に設けて受け入れを続けていた。
     当然<ミネルバ>も申請の際に管制官から一度は入国を拒否されたのだが,ジョウが通信機越しに遣り取りをしている最中に,ジルが割って入ったのだ。
    「おまえは人の話を聞いているのか?我々は民間人の旅行客ではないと言ってるだろうが。…まったくおまえでは話にならんっ!惑星エイジャよりエヴォラ族の勝利の女神が只今参上したと上の者に伝えろ!何なら惑星管理局に直接繋げ!制圧軍指揮官の花嫁がこの船に乗っているとな!」
     ジルの口上は,即座に効果が現れた。
     もとより来月に迫った国を挙げての華燭の典は,一大イベントである。内乱の勃発に当たり,エヴォラ族が花嫁と共に援軍を派遣することも聞き及んでいた。
     しかし,まさか花嫁が単独で,しかもクラッシャーの船に乗って先行して来るとは夢にも思わなかったのだ。
     直ちに管制塔の最高責任者が通信スクリーンに登場した。
    「久しぶりだな,エイモス殿。最初からあなたを呼べば良かった。…花嫁が一足先に参上したぞ。早くこの<ミネルバ>を誘導してくれ」
     ジルがにやりと笑って言った。エイモスと呼ばれた大柄な男性は,はっきりと顔色を変えて『了解しました!』と敬礼してみせた。

    「すまなかった,ジョウ。勝手に割り込んで」
     通信を終えたジルはジョウの方を振り返り,改めて言った。どことなく悪戯っ子が,悪戯の現場を押さえられたような表情だった。
    「…いや,それはまぁ,別に…。結局降りる許可を得られた訳だし…」
     ジョウは事の成り行きに少し戸惑っているように,眉間に皺を寄せたままボソボソと答えた。
    「すげえや,ジル!さっきのおっさんと知り合いだったのか?あんなに渋ってたのに一発で入国許可が下りるなんて…!俺らビックリしたぜ」
     リッキーが感心したように言った。
    「ああ,留学中にね。…彼は通信技術概論の講師だったんだ」
     ジルは綺麗にウィンクして答えた。


     シャルアは体内にまだ睡眠薬が残っているのか,意識がはっきりしない様子だった。
    「…すみません。…大丈夫です」
     そう言うものの,立つのも覚束ないような状態である。一応睡眠薬の効果は切れる時間であるが,自然に目を覚ますのではなく外からの刺激,つまりはジルの呼び掛けによって覚醒させられたのである。身体が言うことを聞かないのは,シャルアの体力を考慮に入れれば仕方ないことであろう。
     しかし,<ミネルバ>は既にアガニラ宇宙港へ着陸している。迎えのエアカーも待機しているはずである。いつまでもぐずぐずしていては,痛くもない腹を探られる事態になりかねない。
    「仕方ない。…シャルア,すまないがエアカーまで辛抱してくれ」
     見かねたジョウはそう言うと,シャルアの返事も待たずに,ひょいと横抱きに持ち上げてしまった。艶やかな長い黒髪がふわりと広がる。
     シャルアは,きゃっと小さく悲鳴を上げて身体を硬くする。見上げたジョウの顔の近さに再び驚き,みるみる頬が上気してくる。
     シャルアの反応に,今更ながらジョウも気恥ずかしい気持ちが湧き上がってくるが,持ち上げてしまったものは仕方ない。
    「ありがとう,ジョウ。君が力持ちで良かったよ」
     二人の間に生じた気まずい空気を埋めるように,ジルが口を開いた。すっと近付き,シャルアの顔にベールを付けてやる。
     いつものベールのおかげで,シャルアの緊張が少し解れる。一度大きく息を吐くと,おとなしく身体の力を抜いた。
    「…すみません,ジョウ。重いでしょうけど,お願いします」
     唯一露わになっている大きな瞳を真っ直ぐにジョウに向けて,シャルアは言った。
    「いや,これくらい,ちっとも重くないさ」
     ジョウもようやく平静さを取り戻し,軽く笑って答えた。
    「よし,みんな行くぞ」
     ジョウは改めて声を掛けると,自ら先頭に立って歩き出した。
    「…ちっきしょう!俺らにもう少し身長があったらなぁ…っ!」
     リッキーは心底悔しそうに地団駄を踏んだ。
    「もう少し…って,”まだ大分”の間違いじゃねぇの?」
     うひゃひゃひゃひゃとタロスが小バカにして笑った。
    「なんだとぉっ!タロスなんて意味無くデカいだけじゃねぇか!」
    「けっ!そーゆー台詞はデカくなってから言うんだな。おチビちゃん!」
     タロスとリッキーはいつもの口喧嘩をしながら,ジョウの後を追った。
    「………」
     ジルがちらりと横を見る。
    「……分かりやすいなぁ,アルフィンも」
     何とも言えない表情でジルが苦笑いを浮かべる。
    「っ!!?……だって!…そんなっ!?」
    「はいはい,すまないな。私がシャルアを抱っこ出来るくらい逞しい男だったら良かったんだけどな。…さ,行こっか」
     先程から赤くなったり青くなったりを繰り返しているアルフィンの腕を取って,ジルはすたすたと歩き出した。
    「…もうっ!ジョウのバカっ!!」
     腕を引かれながら悪態を付くアルフィンに,ジルは「はいはい」と適当に相づちを打った。

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■696 / inTopicNo.23)  Re[9]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/11(Tue) 21:05:45)
     <ミネルバ>のフロントウィンドウに鮮やかな色彩が溢れる。虹色の輝きが渦を巻いて舞い踊る。ワープ空間を華やかに彩るのはワープボウだ。
     凄まじい速度で流れていく幾筋もの光の帯を横目に見ながら,<ミネルバ>はワープ航行を続ける。
     光の乱舞がおさまると,闇の中に無数の星が現れた。通常空間にワープアウトしたのだ。
    「ふぅ…。ワープアウト完了っと…」
     リッキーが大きく肩の力を抜く。
     ワープ航行は,肉体だけでなく精神的にもかなりの負担が掛かる。
     今回は連続ワープをかなり強引にやってのけたのだ。いくらワープ慣れしたクラッシャーといえども疲労は隠せない。
    「うー。気持ち悪いぃぃ…」
     アルフィンがコンソールパネルに突っ伏して唸る。
    「あの二人は大丈夫だったかねぇ…」
     身体のほとんどがサイボーグと化しているタロスは,連続ワープの影響をさして受けていないように,クライアントの心配をする。
    「シャルアは睡眠薬で眠っているから,大して影響は出ないと思うがな…」
     多少青ざめた顔色ながらも,ジョウはしっかりと受け答えする。
    「…でもきっと悪夢にうなされてると思うわ」
     アルフィンが顔を伏せたまま,げんなりと言う。
    「リッキー,一応様子を見てきてくれ。…もしかしたら,ジルにもベッドが必要かもしれない」
     ジョウが指示を出す。
     すると,リッキーが返事をするよりも早く,アルフィンがガバッと顔を上げて言った。
    「あたしが行くわ!」
     さっきまでの具合の悪さをどこに吹き飛ばしたものか,アルフィンは多少ふらつきながらも,すくっと立ち上がった。
    「…なんだアルフィン,急に…」
     ジョウがとてつもなく嫌な顔をしたことに気付いたのはタロスだけだ。リッキーはまだ立ち上がれないでいるし,アルフィンも自分の身体を支えるのに精一杯だったのだ。
    「だって…。……そうよ!シャルアに何かあった場合,女のあたしがいた方が良いに決まってるでしょ?彼女は嫁入り前の大切なお嬢さんなんだからっ!」
     もっともらしい理由を口にするが,今この場で考えたのが明らかなだけに,少しも説得力がない。それでもアルフィンは断固として譲らない決意を顔に浮かべている。
    「……勝手にしろ」
     忌々しげに息を吐き,ジョウは言い捨てた。
    「ありがと,ジョウ」
     まだ本調子ではないアルフィンは,ジョウの声に含まれる棘を感じ取ることが出来なかった。むしろ許しが出た事に,感謝の笑顔を浮かべ,ブリッジを飛び出して行った。


    「なんなのさ,あれ?」
     アルフィンの足音が消え去ったのを確認してから,リッキーが呆れたように言った。
    「………」
     ジョウはむっつりと黙り込んでいる。
    「なんだかなぁ…。余程あのお姫さんが心配なんだろうよ。アルフィンだって一応王女様だからなぁ。…なんつーか,親近感が湧くんじゃねえの?」
     タロスがジョウの様子を窺いながら,ぼそぼそと言う。
    「いや!あれは違うな…。アルフィンのヤツ,きっとジルに気があるんだぜ!俺らどうもアヤシいと思ってたんだ!だってよぉ…」
     得意げにリッキーが自分の推理を披露しようとするのを,タロスが必死の形相で「止めろ!」とジェスチャーを送る。連続ワープにはけろりとしていたタロスの顔が,明らかに青ざめている。
     がんっ!!
    「キャハっ!?」
     暴力的な音にドンゴの卵形の頭部が飛び上がる。
    「!?」
     リッキーもようやく状況を認識した。首をすくめた状態でフリーズしている。妙な汗がじわりと流れる。
     視線だけ動かしてタロスを見ると,タロスは片手で顔を覆って,小さく何事か呟いた。
    ”ばか…”
     声には聞こえなかったものの,タロスの呟きはハッキリと見て取れた。
     思わずリッキーが唾を飲み込む。
    「……リッキー,強引な連続ワープの後だ。動力チェックを怠るな」
     低い低いジョウの声が,静まりかえったブリッジに異様な存在感を持って響く。
     先程コンソールの側面を蹴り付けた長い脚を高く組んで,ジョウはシートに浅く腰掛ける。そのままふんぞり返って腕も組む。
     完全に眼が据わっている。
     今のジョウに近寄ってくる者がいるとすれば,余程の命知らずとしか言いようがないだろう。
    「早くしろっ!!」
    「はいぃっ!!」
    「キャハハハハっ!!」
     つられたドンゴの甲高い声が,温度の下がったブリッジに虚しく響いた。

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■695 / inTopicNo.24)  Re[8]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/11(Tue) 19:05:13)
     ジョウとシャルアがドリンクを持ってリビングに移動してきた時,そこには既に先客がいた。
     ジルとアルフィンである。
     二人は通信端末を操作しながら,何やら話している。
     同じモニターを覗いているのだから,互いの顔が接近しているのは当然なのだが,目の当たりにしたジョウは面白くない。瞬間的に火が灯ったように,胸の辺りがちりちりと痛んだ。
    「ジル」
     ジョウの苛立ちになど気付く由もなく,シャルアがジルの姿を見つけて嬉しそうに駆け寄って行く。それがまた一層ジョウの機嫌を悪化させる。
     シャルアの声に,ジルとアルフィンは仲良く振り返った。
    「シャルア,起きてきて大丈夫なのか?」
     ジルが心配と安堵の両方が入り交じったような表情をする。
    「はい。お薬が効いたようで,今は何ともありません」
    「そう。良かったわね」
     シャルアの答えにアルフィンも笑顔で返す。
     ジョウは何となく居心地が悪くなってくる。そのままドリンクを持って,自室に戻ろうと踵を返した。
    「ジョウ」
     しかし,それをジルが制した。
     名前を呼ばれては気付かぬフリは出来ない。ジョウはなるべく平静を装いながら,再び振り返った。しかし,返事はしない。
    「ちょっと相談があるんだ。…ああ,シャルアにも」
     ジョウの様子を気に留めるでもなく,ジルは真剣な表情で言った。
     ジルの口調にシャルアは敏感に反応する。少し脅えた表情を浮かべた。
     ジョウは黙ったままだが,眼で先を促した。
    「…今,アガニラの惑星管理局に回線を繋いでみたんだが,反乱軍の勢いが急に増したらしい。…もしかしたらエヴォラの軍隊が派遣される事を察知されたのかもしれない,という事だ」
     ジルは整った柳眉を曇らせて,吐き捨てるように言った。
     シャルアがそれを聞いて,両手で口元を覆った。こみ上げてきた悲鳴を飲み込むように。
    「…それは,マズいな。派遣隊が到着するまでに決着を付けようとしているのは明らかだ」
     ジョウがドリンクをテーブルの上に置き,腕を組んで言った。
    「ああ,……そこで,だ」
    「私の事なら平気です!」
     ジルの台詞を遮るように,シャルアが叫んだ。
    「お願いです。ワープを使って下さい。一刻も早くアガニラへ,ジェナの元へ…!」
     シャルアの悲痛な訴えに,瞬間誰もが言葉を無くした。
     シャルアは大きな瞳に涙を湛えながらジルの顔を見つめている。
     怖いくらい真剣な表情でシャルアの視線を受け止めていたジルは,一度瞑目すると,おもむろに腕を伸ばし,シャルアの身体を引き寄せた。
    「すまない」
     ジルは一言呟いて,シャルアを抱き締めた。
     ジョウはその光景に呆然とする。先刻のリッキーの話が,途端にフラッシュバックのように蘇ってくる。
    「ジョウ,そういう訳だ。すまないが,またワープを使ってもらえるか?」
     一瞬の抱擁の後,ジルは再びジョウに向き直り,改めて言った。
    「…あ,ああ。…分かった」
     ジョウは我に返ると,動揺を抑えるように2,3度瞬きした。
    「ねえジョウ?あたし思いついたんだけど,最初からシャルアに睡眠薬を飲ませて眠っていてもらうってのはどうかしら?」
     アルフィンが唐突に言った。
    「何だって?」
     ジョウが思わずアルフィンの顔を見る。その瞬間,アルフィンの青い瞳が喜びの光を宿す。
     ジョウがまともにアルフィンと目を合わせたのは随分久しぶりなのだ。
     無意識ではあるが,なんとなくジョウはアルフィンを避けていた。一方のアルフィンはといえば,ジョウの態度に戸惑うばかりであった。
     思わず上気しそうになる頬を引き締めて,アルフィンはもう一度説明する。
    「だから,最初っから眠った状態だったら,ワープ酔いもしないんじゃないかしら…?」
     ジルとシャルアは意表を突かれたように,目を見開いている。
    「…なるほど。…そうか,それは使えるかもしれん」
     ジョウがにやりと不適な笑みを浮かべる。
     アルフィンが,やはり久しぶりに見た,彼らしい表情だった。
     
引用投稿 削除キー/
■694 / inTopicNo.25)  Re[7]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/11(Tue) 05:16:48)
     ジョウは自室のベッドに仰向けになっていた。
     面白くない…。
     自分でイラついているのが分かる。
     ジルはクライアントだ。
     気に入らなくても仕事は仕事として割り切らなければならない。
     そんな事は分かっている。けれど,いざ顔を合わせると感情が先走ってしまう。
     ”気に入らない”…?
     何が?
     ジョウの顔が険しくなる。
    「………」
     背の高さはジョウと変わらないはずだが,全体的に細身で小顔のせいか,実際よりもすらりと高く見える。きりりと整った顔立ちに涼やかな目元,その黒い瞳には優しげな光が宿る。
    「…くそっ!」
     思い出したら余計腹が立ってきた。
     何故だ?
    「くだらねぇ。やめた」
     ジョウは反動を付けてベッドから起き上がる。
    (シャワーでも浴びて頭をスッキリさせよう)
     ジョウはタオルを持ってシャワールームへと向かった。
     先程ジルの姿を回想した時,楽しそうに笑うアルフィンの姿を一緒に思い浮かべてしまった事は,むりやり意識の外へ追いやっていた。


    「きゃっ」
     シャルアが反射的に身をすくませる。
    「あ,悪ぃ」
     ジョウが慌てて半歩退く。
     冷たいシャワーを浴びた後,ドリンクを取りにキッチンへと向かっていたジョウがメディカルルームの前を通過しようとした時,タイミング良くドアが開いた。
     まさかドアの向こうに人がいるとは思っていなかったのだろう,慣れない宇宙船の中という事もあって,シャルアは必要以上に驚いたようだ。
     眠りから覚め,一人きりでメディカルルームにいる事が不安になってきたのだろう。耐えきれずに出てきたところを,ばったりと鉢合わせたのに違いない。
     ジョウはすっかり脅えた様子のシャルアを気遣うように道を譲る。
    「驚かせて悪かった。…どうぞ?」
     シャルアは2,3度瞬きをし,口元を華奢な両手で覆うようにして俯いた。顔に付けていたベールは外したままである。
    「…いえ,あの,私の方こそ,勝手に出てきてすみません…」
     シャルアは消え入りそうな声で恐縮した様子を見せる。
    「いや,そんな…。何も遠慮する事はない。自由に歩き回って構わないさ。……あー,武器倉庫とか物騒な場所以外ならね」
     ジョウが軽く笑って言う。
    「まぁ…」
     その様子に少し緊張が解れたのか,シャルアがようやくジョウの顔を見た。
     こうして近くに立ってみると,シャルアの長身に改めて気付く。アルフィンとは違う目線の高さに,ジョウは新鮮な驚きを覚える。
     美しい黒い瞳に吸い込まれそうな錯覚に襲われ,ジョウは途端に落ち着かなくなってしまう。
    「今キッチンへ行って何か飲もうと思ってるんだが,一緒に行くか?」
     顔が上気してくるのを誤魔化すように,ジョウがシャルアを誘う。
    「良いんですか?実は私,喉が渇いてしまって…。本当はお水とか頂けないかと思って出て来たんです」
     シャルアは嬉しそうに笑った。 
引用投稿 削除キー/
■693 / inTopicNo.26)  Re[6]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/10(Mon) 18:45:43)
     惑星エイジャを砂漠の星と言うならば,惑星アガーニは海の星と言えよう。
     手を触れるだけで染まってしまいそうな青い海が,アガーニの8割を覆っている。どこまでも透明な青い海は,リゾート惑星にも引けを取らない程である。
     しかし,このコバルトの海には,決してリゾート地にはなり得ない事情があった。
    「コバルトの海の底には,毒性の強い放射性物質が沈殿してるんだ」
     ジルは溜息を吐きながら残念そうに言った。
     アガーニの海底はカリウムやラジウムなどの放射性物質を含む土壌から出来ている。
     アガーニにおける惑星開発事業は,まずこの問題を解決する事から始めなければならなかった。開発に当たった研究者達は,当初これらを化学反応によって中和してしまおうと考えた。しかし,放射性物質の全てを中和させるには膨大なコストが掛かる。そこで,海底から放出される放射線が大気中に届かないように人工的な”膜”を作る事にしたのだ。
     放射能の影響によって,アガーニの海には生物がほとんど存在していなかった。しかし,全くゼロだった訳ではない。自分の体内で放射能を中和する事が出来るプランクトンがいたのである。研究者達は,これらの浮遊生物に目を付けた。
     研究者達は,このプランクトンを人工的に培養,増殖させ,コバルトの海に放ったのである。
     3年後にはアガーニの海洋全てが,このプランクトンの膜で覆われた。
     その結果,アガーニの大気中の放射線の量は,人体に対する許容量を大きく下回った。
     このことにより,惑星アガーニの開発事業は,再スタートを切るに至ったのである。
     海底の放射性物質は,使い方さえ気を付ければ,かなり有益な資源でもあった。 アガーニの先住者達は,忌み嫌うのではなく,有効利用するという前向きな姿勢で,毒性の強い放射性物質と共存してきたと言える。
     従って,その当時も現在も,惑星アガーニにおける最も重要な仕事は,海洋プランクトンの管理とその生態の研究なのである。

     ところで,惑星アガーニの2割にあたる陸地であるが,そのほぼ半分の面積を占める大陸が首都アガニラである。あとは大小様々な島が,アガニラ大陸を取り囲むようにして点在している。
     必然的にアガニラには政治,経済,産業,文化の全てが集中し,周囲の島々との貧富の落差がかなり大きくなっていった。貧困と嫉妬心から徐々に不満を募らせていた島の住人達に,アガニラへの敵愾心を決定的にした出来事があった。
     2年前の隕石墜落事件である。
     偶然にもアガーニの海に隕石が落ちたのだ。それは惑星自体を傷つける程の大きさは決して持っていなかったのだが,アガーニの海を揺るがすには充分な大きさだったのだ。
     隕石の落下による熱エネルギーによって,その周辺のプランクトンが一瞬にして消滅し,そこから高濃度の放射線が一気に大気中へと放出されたのだ。
     アガニラ大陸にはシールドが備わっていた。周囲の島々には備わっている所と,まだ備わっていない所,準備中の所とがあった。
     シールドに保護されなかった人々は,放射能に汚染され,大人子供の区別無く多数の人間が命を落とした。
     犠牲になった人々の家族は,哀しみをアガニラに対する憎しみへと変えていった。


    「…それが,2年前に起きたって言う内紛のきっかけになったって訳だ…」
     リッキーが痛ましそうな顔をして溜息を吐く。
    「ああそうだ。もともと燻っていた火種だったからな。風が吹けば一気に広まる」
     ジルも厳しい表情で答える。
    「だが,その時は制圧したって話じゃなかったのかい?」
     タロスが口を開く。何故か無口なジョウに代わって,必要な情報を聞き出そうとする。
    「そうなんだ。アガーニの軍事力はアガニラに集結しているからな。いくら複数の島の住民がクーデターを起こしたところで,その戦力の差は歴然だ。それに和睦の条件としてアガーニ全島のシールド完全設置,家族を放射能汚染によって亡くした遺族への慰謝料の保証,島の人口に応じた助成金の定期的支給,この3つを約束した事で,全て丸く治まったはずなんだ」
    「それが2年も経った今,再び蒸し返すったぁどういうこった…?しかも今度は大量の武器を手にしてるんだろう?いったいどこからかき集めてきたんだ…?」
     タロスは自問するように呟く。
    「その後,何かまたきっかけになるような事があったの?」
     自身もクーデターによって辛い体験をした事があるアルフィンが,心配そうに尋ねる。
    「それが…全く分からないらしいんだ」
     ジルが悔しそうに口元をきゅっと引き締めた。
    「ジェナのやつが,今必死になって原因を探っているんだが,まだ突き止めたという情報は入ってこない。武器の出所も然りだ」
    「…そのクーデターに関する情報はジェナから届くのかい?」
     リッキーが,まだ見ぬシャルアの婚約者の名前に微妙な表情を作りながら尋ねる。
    「そうだ。あいつは今回の制圧軍の指揮官だからな。一番情報を持っている」
    「それにガロンさんだって,自分の娘が嫁ぐ相手だもの,きっと躍起になって連絡を取ってたんじゃない?」
     アルフィンの台詞に,クラッシャーの面々はガロンのゴツい顔を思い浮かべる。確かに族長だけあって,面倒見の良さそうなタイプだった。援軍を送ると息巻いていた姿は記憶に新しい。
     花嫁の父親として複雑な思いもあるだろうが,未来の息子の力になりたいという気持ちは,心からの厚意に違いない。
    「…ああ。私なんか3年も一緒に学友としていたくせに,もっと親身になってやれと何度も怒鳴られた」
     ジルが器用に肩をすくめてみせた。ブリッジの中が少し和んだ空気になる。
     ……ただ一人,ジョウを除いて。
    「…俺たちの仕事は,おまえ達をジェナの元へ送り届けることだ。どこへ向かえば良い?」
     心持ちいつもより低いトーンでジョウが言った。
     ちらりとジルがジョウの方を見る。ジョウもジルを見ている。
     一瞬静電気のような緊張が空気中を走る。リッキーが敏感に反応して目を丸くした。
    「宇宙港に到着したら,用意されているエアカーでアガニラの中心に向かってくれ。制圧軍の臨時対策本部が惑星管理局のセントラルタワービルに設置されている。そこにジェナがいる」
     一呼吸分時間を置くと,ジルは先程と変わらない様子で穏やかに言った。
    「…兄貴,機嫌悪そうだけど,何かあったの…?」
    「…さぁな。……おまえ,余計な事言うんじゃねぇぞ」
     リッキーとタロスは背中を向けてこそこそと肘を突っつき合っている。
     アルフィンは不思議そうにそれを見ている。話している内容までは聞こえない。
    「…ねぇ,あの二人,妙に仲が良いと思わない?」
     アルフィンがジョウに耳打ちする。
    「……別に」
    「え…?」
     素っ気なく答えてジョウはブリッジを出て行ってしまった。
     再び取り残されたアルフィンは,訳も分からず呆然としている。
     タロスとリッキーは,その様子を見て「あちゃー」という表情をする。
    「…若いねぇ」
     自身も大して変わらぬ歳だろうに,ジルは妙に悟った様子でそう言うと,励ますようにアルフィンの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

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■692 / inTopicNo.27)  Re[5]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/10(Mon) 17:31:35)
    「なあなあ,シャルアとジルってどういう関係なんだ?」
     おもむろにリッキーが口を開いた。
     ここは<ミネルバ>のブリッジである。今はジョウとタロスとリッキーの3人が,それぞれの席に着いている。アルフィンとジルはメディカルルームでシャルアに付き添ったままだ。
    「どういう…って,何が?」
     タロスが聞き返す。
    「何がって…,ほら,なんかシャルアはジルに頼り切ってる感じだし,ジルもシャルアを随分気に掛けてるみたいだし…」
     リッキーがぼそぼそと訴える。
    「…って,そりゃそうだろうよ。俺達は”荒くれ者”のクラッシャーだぜぇ?お姫様がナイトに頼るのも,ナイトがお姫様を守るのも,当然じゃねぇのー?」
     タロスが茶化したような言い方をする。
    「だけどよー」
     まだリッキーが食い下がろうとする。
    「気に掛けすぎてるのはおまえの方だろ?リッキー。…今は仕事中なんだぞ。あまり浮かれすぎるな」
     ジョウが軽く諫めるように言った。
     どうもリッキーはシャルアに対して憧憬の想いが強すぎる。浮ついた状態で仕事に臨むのは危険だ。普段ならあり得ないような失敗を招く事態にもなりかねない。
    「…分かってるよ,そんなこと」
     リッキーは思い当たる節がある分,ジョウの言葉にシュンとなる。
    「だいたいお姫様はこれから嫁入りするんだぜ?それがおまえ,他の男とあーだこーだなんてあるわきゃねえだろーが」
     タロスがこの話は終わりとばかりに断言した。

    「……眠ったみたいね」
     アルフィンがシャルアの様子を確認して言った。
     先程酔い止めを飲ませた。薬の中には微量の睡眠薬が含まれている。初めての宇宙という緊張から生じる精神的な疲労もあったのだろう,シャルアはすんなりと眠りの淵へと落ちていった。
    「ありがとう,アルフィン」
     ジルが改めて礼を言う。
    「ううん,そんなお礼なんて…。それよりジルは本当に大丈夫なの?」
     優しげな瞳で見つめられ,多少ドキドキしながらアルフィンが尋ねる。
    「ああ。私は何度もワープの経験があるからな。…まぁクラッシャーの君たちほどじゃないけどね」
     肩をすくめ左の口角をくいっと上げて言う。どこか芝居じみた仕草が妙に様になっている。
    「……美形って,どんなポーズでも格好良く見えるから得よねぇ…」
     アルフィンが感心したようにしみじみと言う。
    「その言葉は,そっくりそのままアルフィンにお返しするよ」
     ジルはにっこりと完璧な笑顔を作って言った。
    「……なんだかものすごーく嫌味に聞こえるわよ?」
    「まさかっ!」
     ジルは豪快に笑って否定する。
    「ちょ,ちょっとジル!?静かにっ。シャルアが起きちゃうっ」
     よく通る笑い声に,アルフィンは慌ててジルの背中を押し,メディカルルームの外へと追い出した。
    「……大丈夫だったかな。シャルア,起きた気配は無かったよね…?」
     ジルは今更ながら自分の失態に気付き,神妙な顔付きでアルフィンに尋ねる。
    「………」
     アルフィンは何やら複雑な表情をしている。
    「アルフィン?」
     その様子に,ジルが不思議そうにアルフィンの顔を覗き込む。
     アルフィンはジルの視線を真正面から受け止め,食い入るように見つめる。
     にらめっこ状態で,数秒経過した。
     先に視線を逸らしたのはアルフィンだった。溜息のような息を吐き,左手を腰に当て,右手は人差し指を立てた状態で自分の顎に添える。
    「……ジルとシャルアの関係について,ちょっと確認したいんだけど?」
     再びジルの顔に瞳を向けて,アルフィンが言った。
     相手が長身なので,自然に上目遣いになる。綺麗な青い瞳がライトを反射してきらりと光った。


     今のうちに惑星アガーニに関する情報を提供してもらおうと,ジョウがジルを呼びに行った時,ジルとアルフィンは実に楽しげに談笑していた。
    「………」
     メディカルルームの扉に軽くもたれながら,ジルは腕を組んで長い脚をクロスさせている。アルフィンは向かい合う形で両手を腰に当て,顎を反らすようにして笑っている。二人の距離は50センチにも満たない。
    (…近すぎないか?)
     ジョウは微妙にムッとする。
     立ち止まり,眉間の皺を深くしているジョウに,先に気付いたのはジルだった。
    「ジョウ」
     ジルの声に反応してアルフィンもジョウの方へ顔を向ける。笑っていたせいか,ほんのりと顔が上気している。ジョウを見つけ,更に表情をほころばせたアルフィンだったが,ジョウはそれに気付かない。
     反射的に顔を逸らしてしまったのだ。まるで,見てはいけないものを見てしまったかのように。
     アルフィンはそんなジョウの様子を気に留めるでもなく,嬉しそうに傍へ駆け寄ってくる。
    「シャルアの様子を見に来たの?彼女は今,眠ったところよ」
     にこにこと機嫌良さげにジョウを見つめる。
     反して,ジョウの機嫌は急降下していく。相変わらずアルフィンから目を背けたままだ。
    「…ああ,そうか」
     素っ気なく答えるジョウに,アルフィンは小首を傾げて「どうかしたの?」と尋ね掛けたが,それを阻むように,或いはアルフィンを無視するように,ジョウはジルへと声を投げる。
    「ジル。アガーニの事を事前に聞いておきたいんだ。ちょっとブリッジまで来てくれないか」
     自分の頭の上をジョウの低い声が走る。アルフィンは反射的に首をすくめた。
    「ああ,いいよ」
     メディカルルームの扉にもたれたまま2人の様子を見ていたジルだったが,ジョウに呼び掛けられると,左手をひらひらと振りながら簡単に答えた。
     ジョウはそのまま踵を返し,さっさとブリッジに向けて歩き出してしまった。
     ぽつんと取り残された形のアルフィンは,ただ呆然とジョウの背中を見送っているだけだ。
    「ほら,行くよ」
     ジルがアルフィンの横を通過する時に,金髪の小さな頭を軽くこづいた。

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■691 / inTopicNo.28)  Re[4]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/10(Mon) 16:24:34)
     ガロンとの会見を終えてから,約4時間余りで<ミネルバ>は再び宇宙空間へと飛び出していた。
    「どうぞ」
     アルフィンがシャルアに熱いミルクティーを差し出す。
    「…ありがとうございます」
     シャルアは礼を言ってカップを手に取る。しかし,口を付けようとはしない。そのまま俯いて眼を閉じてしまう。
    「…大丈夫かい?」
     リッキーが心配そうに様子を窺う。
     シャルアは宇宙に出るのが初めてだった。もちろん,ワープの経験も無かった。
     経験を積んだ宇宙飛行士でも,しばしば目眩を起こして倒れる事があるくらい,異次元空間への転移は人体に大きな負担を課す。ジョウ達はシャルアのワープ酔いを予想していたが,その程度までは予測し得なかった。
     激しい頭痛とこみ上げてくる嘔吐感に,シャルアは即座に卒倒したのである。
     ジョウはすぐにワープアウトし,アルフィンに命じてシャルアをメディカルルームへ連れて行かせた。リッキーは手伝いと称してくっついてきた。
     シャルアは先程意識を取り戻し,ベッドの上で上体を起こしたところである。
     シャルアは,相変わらず濃いグレーのローブを纏っていたが,顔を覆うベールは外していた。ワープで意識を失った際に,寝かせた状態でベールを付けていては苦しかろうと,アルフィンが取ってしまったのだ。
     素顔を晒す事に抵抗を感じていたシャルアも,体調の悪さに比べれば大した問題ではないと考えたらしく,特にベールを付けようとはしなかった。或いは,そもそもクラッシャーはエイジャ国民ではないのだからと,割り切ったのかもしれない。
     露わになったシャルアの鼻と口は品良く小作りで,それだけに美しい黒曜石のような大きな瞳が強調される。今年で20歳という話であったが,それよりも幾分幼い印象である。
    「…迷惑を掛けてごめんなさい」
     シャルアが弱々しい声で言った。
    「そんなっ…!とんでもないよっ!むしろこんな小さい宇宙艇で悪かったよ…。もっと大きな客船ならワープのショックも緩和されるのに…」
     リッキーが即座に慰めの言葉を掛ける。アルフィンは呆れたように肩をすくめた。
    「…悪かったな,小さい船で」
     後ろからジョウの憮然とした声が聞こえた。途端にリッキーが硬直する。
    「…あ,兄貴?」
    「大丈夫か?残念ながらクラッシャーのワープは上品じゃないんだ。先に伝えておくべきだったな。すまないことをした」
     ジョウは完璧にリッキーを無視すると,シャルアに向かって言った。
    「いいえ,私の方こそ…」
     シャルアの声は,もはや消え入りそうだ。
    「あの…,ジルは?…ジルは平気だったんでしょうか?」
     初めて見るシャルアの素顔に,思わずジョウも見惚れていたが,シャルアの質問によって我に返る。なんとなく気恥ずかしくなって,僅かに顔を赤らめる。
    「私は平気だ。何ともないぞ?」
     ジョウが答えるより先に,本人が答えた。ちょうどジルもシャルアの様子を見にメディカルルームに来たところであった。
     本人の言うとおり,いたって健康そうな様子である。
     ジルは軍服のような衣装を身に纏っていた。シャルアのローブと同色のグレーの詰め襟ジャケットと細身のパンツ,黒の丈夫そうなゴツいブーツは随分履き馴染んだものらしく,良い感じに色落ちしている。襟や袖口にはシルバーの糸で繊細な刺繍が施されており,線の細い彼にはよく似合っていた。
    「シャルアがこの様子では,ワープは使わない方が良いんだろうな…」
     ジルがジョウに確認のニュアンスを込めて質問する。
     ジルは長身のジョウと並んでも目の高さがあまり変わらない。ジョウは何となく不愉快な気分になるが,そんな素振りは微塵も見せず,ジルの質問に答える。
    「そうだな。…出来れば使わない方が良いだろうな」
     この台詞に慌てたのは,当のシャルアである。
    「そんな…!?わ,私は大丈夫です。次はちゃんと耐えてみせます!」
     必死の形相で訴えるシャルアに,ジョウは少なからず驚きを覚える。
    「ダメよ!あんな短時間でもこれだけのダメージなのよ?宇宙に出るのも初めてなのに,身体への負担が大きすぎるわ。…あたしだって最初のワープを経験した時は,二度とゴメンだわって本気で思ったもの!」
     アルフィンが自分の経験を思い出しながら,慌てて止めようとする。
    「そうだよ!このアルフィンでさえそうなんだから,シャルアなんて絶対身体を壊しちまうよ!」
     リッキーも必死で説得しようと試みるが,この台詞は良くなかった。
    「…どーゆー意味よっ!?」
    「痛っ!」
     後ろからアルフィンにばっこりと殴られた。リッキーは思わずその場にしゃがみ込む。
    「…おまえら,クライアントの前だぞ…」
     ジョウが左手で目を覆いながら,呆れたように溜息を吐く。
     アルフィンがジョウの言葉にハッとして見渡すと,驚きに大きな瞳を最大限に見開いたシャルアと,堪えきれない様子でくっくっくと笑いをかみ殺しているジルの姿が目に飛び込んできた。
     途端にアルフィンの頬が薔薇色に染まる。
    「もうっ!あんたのせいよっ!」
     ばこっともう一度殴られ,リッキーは「なんだよー」と恨めしそうにボヤいた。
     ジョウが再び溜息を吐いた。
    「おまえ達は本当に面白いな。それでトップレベルのクラッシャーっていうんだから,ランクが下のヤツらはどんなモンか見てみたくなるな」
     ジルがようやく笑いを納めながら,半ば感心したように言った。
     アルフィンは無言で俯き,リッキーもしゃがみ込んだまま「ちぇっ」と言った。
    「でもジル,ワープを使わなければ,アガーニへ到着するのが大分遅くなってしまうのではないの?」
     シャルアが思い出したように,心配そうに尋ねる。
    「ジョウ,どうなんだ?」
     ジルはそのままジョウに質問を振る。
    「そうだな…,アガーニまでの距離を考えると…5日分の遅れってトコかな」
     ジョウが経験を元に見当を付けて答える。
    「5日か…」
     ジルがその答えを聞いて,しばし逡巡する様子を見せる。シャルアは不安に表情を曇らせながらジルを見つめている。
    「…いや,やはりシャルアに無理はさせたくない。もともと我が国の宇宙艇では一週間以上も掛かるんだ。それに比べてもまだ早いんだからな。…ジェナのヤツも5日くらいは辛抱してくれるだろう」
     ジルは毅然として言った。
     シャルアは泣きそうな顔になったものの,それ以上反論しなかった。
    「ジョウ,聞いての通りだ。以降はワープ無しで航行してくれ」
     ジルはジョウに向き直り,改めて言った。

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■690 / inTopicNo.29)  Re[3]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/10(Mon) 13:58:33)
     ガロンの台詞に,一同は耳を疑った。
    「ど,どうしてそんな危険な所へわざわざ行かせるのさっ!?」
     リッキーが悲鳴のような声でガロンにくってかかる。
     危険を承知で娘を内乱の最中へと送り込むという気持ちが理解できなかった。ジョウ達も同感である。みんな眉間に皺を寄せ,ガロンを注視している。
    「……だからこそ,なのだ」
     一身にジョウ達の視線を受け止め,やがてガロンが重々しく口を開いた。瞳が鈍く光っている。
    「両惑星間の重大な公式行事を狙っての内紛など許し難いにも程がある!我々はヤツらに屈しない精神と戦力を誇示する必要があるのだ!予定通り結婚式を執り行うためにも,まず娘をかの地へ送り込み,政府軍の志気を上げ,一気に内紛を鎮圧する必要があるのだ!」
     決して大声ではないが,その迫力は充分に伝わってきた。ジョウ達は沈黙するのみである。
     ふいにガロンが肩の力を抜いて言った。
    「…それに,何より娘自身がそれを望んでいる」
    「え!?」
     思わず叫んだのは,またしてもリッキーである。
     ちらりとアルフィンの顔を窺い,やっぱり自分のヒロイズムなど,しょせん幻想に過ぎないのか…と些か泣きたい気分になる。
     わざわざ望んで戦場に赴くなど,普通の女性ではあり得ない。それこそアルフィン以上に破天荒なお姫様に違いない…。

    ”コンコン”
     軽やかなノックの音が響いた。
     一同が反射的にドアへと注目すると,静かにドアが開き,濃いグレーのローブを纏った背の高い女性が入ってきた。
     エイジャでは,未婚の女性は素顔を隠す習慣がある。この女性も,一般的なエイジャの未婚女性らしく顔の下半分をローブと同じ布きれで覆っている。露わになっているのは目から額までである。
     しかし,それだけでもこの女性の美しさは,はっきりと見て取れた。
     赤銅色の肌は滑らかな光沢を放ち,黒目がちな瞳は綺麗なアーモンド型である。瞳を縁取る長い睫は濃い影を落とし,豊かな黒髪は流れるように腰まで届き,しっとりと濡れたように輝いている。
     額に飾られたサファイアを埋め込んだサークレットが,この女性が特別な地位にいることを証明している。
    「娘のシャルアだ」
     ガロンの声に,シャルアと呼ばれた娘は優雅に会釈する。
     それを合図に,ようやくジョウ達の時間が動き出す。
     真っ先に正気を取り戻したのはアルフィンだった。本能的に「ヤバい」と思った。
     最後まで見惚れていたのはリッキーだった。あまりの感動に腰が砕けそうだった。
    「…なるほど。こりゃあ政府軍の志気が上がるのも納得だな…」
     タロスがしみじみと言った。
     思わずジョウも頷きそうになったが,後ろからアルフィンの刺すような視線を感じ,慌てて小さく首を振る。
    「…本当にそんな危険な場所へ,単身先行して乗り込むつもりなんですか?」
     いつもより多少改まった調子でジョウが問いかける。
     シャルアが答えようと口を開きかけた時,新たな声が乱入してきた。
    「当然だ。…いや,正確には違うな。単身ではないのだから」
     先程シャルアが入ってきたドアに寄り掛かるようにして,その声の主は立っていた。
     ジョウ達の注目を浴びても一向に動じない様子で,ゆっくりとシャルアの傍へと近付いてきた。
     やはり赤銅色の肌に黒い瞳を有するその青年は,整った怜悧な顔立ちをしていた。線の細い体型だが,すらりとした長身に背筋がぴんと伸びて,隙のない姿である。艶やかな黒髪は無造作に短くカットされているが,前髪だけは少し長めに流しており,隙間から切れ長の瞳が濡れたような輝きを放っている。
     遠慮のない鋭い眼差しでジョウ達を観察した後,美貌の青年はふっと肩の力を抜き,軽く笑って言った。
    「コレが噂のクラッシャーか。随分可愛らしいものだな」
    「なっ!?何だってぇっ!」
     今度はリッキーが真っ先に我に返る。
    「ジル…」
     ガロンがたしなめるように,青年の名前を呼ぶ。
    「…彼は?」
     ジョウが警戒心を解かずにガロンに尋ねる。
     すると青年は改めてジョウに向き直り,心持ち顎を上げて自ら答えた。
    「私はジル。今回シャルアと共にアガーニへ先行する事になっている」
    「何?」
     ジョウは眉間に皺を寄せた。
    「当たり前だろう?大切な花嫁だぞ。荒くれ者のクラッシャーの船に独りで乗せる訳ないだろうが」
     何をいわんやとばかりに,呆れた口調でジルは言う。
    「…そうなんですか?」
     アルフィンがガロンの方に視線を向けながら確認する。
    「ああ,そうだ」
     果たしてガロンは深く頷いた。
    「誤解しないで頂きたいが,別に君たちだけに娘を託すのが不安だという理由ではない」
     先程のジルの発言に,不機嫌な表情を隠そうともしないジョウに向かって,ガロンは苦笑いを浮かべながら弁解する。
    「ジルは以前,3年ほどアガーニへ留学していた事があるんだ。だからアガーニの地理的な情報や政治的な動向にも随分詳しい」
    「道案内ってワケですかい?」
     タロスが「なるほど」とばかりに何度か頷いた。
    「ふん。それだけじゃないさ。私は戦力でもあるからな」
     軽く片頬を上げて,ジルは不適に笑った。もともと整った顔立ちであるだけに,惚れ惚れするような表情だ。
     アルフィンも感心したようにジルの顔を見上げている。
    「…ジルは,ジェナの御学友でもあるんです」
     鈴を転がすような可愛らしい声が割り込んだ。
     一斉に注目され,シャルアは驚いて大きな瞳を更に大きく見開いた。
    「……っくー!声も可愛いなぁ…!」
     初めて聞いたシャルアの声に,またもやリッキーは感動する。
    「…あの,私,初対面の方って,とても緊張してしまうので…。あの…ジルも一緒だと,私は,助かるんですけど…。ダメ…でしょうか?」
     シャルアは今にも泣き出しそうな表情で懇願するように尋ねる。
     吸い込まれそうな潤んだ大きな瞳で見つめられ,ジョウは妙にドギマギする。
    「いや…!そんな事はない。…え,と,そういう理由なら,一緒に連れて行こう」
     ジョウの動揺ぶりに,アルフィンの機嫌は急降下し始める。
    「もうっ!ジョウったら!」
     ぷいっと顔を逸らした先に,ジルの顔があった。
     アルフィンの様子を見て,面白そうな表情を浮かべている。先程までの怜悧な顔がみるみる幼い少年のようなものに変わる。
     アルフィンは急に恥ずかしくなって,更に顔を逸らした。

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■689 / inTopicNo.30)  Re[2]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/10(Mon) 12:51:12)
     惑星エイジャが他国家に対して開国したのはまだ遠い昔の事ではない。
     エイジャへの入国は厳しいチェックを要する。まだ他民族への警戒を解ききれない部分があるようだ。
     かつて銀河連合に”裏切られた”記憶が,世代を越えてDNAに根強く残っているのかもしれない。
     入念な入国審査を通過して,宇宙港に<ミネルバ>を着陸させたジョウ達は,早速依頼主の元へと出向いて行った。
     砂漠惑星であるエイジャの日中の気温は,体温よりも遙かに高い。クラッシュジャケットには体温を調節する機能も付いているが,顔や頭には容赦なく熱が降り注ぐ。
     異様に乾燥した空気とそれに混じった細かい砂の粒子が,嫌でも不快指数を上昇させる。
    「いやだ…。顔がシワシワになりそう…」
     アルフィンが情けない声でボヤいた。

     依頼主であるエヴォラの族長ガロンは,タロスを一回り小さくしたような,がっしりとした体型の男性であった。
     年齢的にもタロスと同年代だと思われるが,強い日差しと極端な乾燥によって刻まれた皺は深く,実年齢よりも老けて見えるようだ。
     しかし,エイジャ国民の特徴である赤銅色の肌と黒い瞳には力強さがみなぎっている。厳しい自然環境の中で暮らしてきた逞しさがよく現れていた。
     ガロンはジョウ達と対面した際に,自身が思い描いていたクラッシャーのイメージと大きく違うことに,随分驚いた。宇宙の何でも屋と称されるクラッシャーは,荒くれ者の集団であると思いこんでいたのだ。
     確かに一昔前はそうであったが,ジョウの父親であるクラッシャーダンの働きによって,今やそのイメージは一掃されつつある。さすがに近年まで鎖国状態を保っていた惑星エイジャには,まだその情報は届いていなかったらしい。
     それにしてもメンバーの一人は子供であり,一人はまだ少女と言えるほど若い女性である。ガロンがしばし考え込んだのも無理はない。
     しかしガロンは保守的な男ではなかった。長い間外部との接触が無かった事への引け目もあるのか,「そういうものなのか…」と意外なほどあっさりと納得したのである。

    「惑星エイジャと惑星アガーニが同盟国の契りを交わしている事をご存じか?」
     ガロンはガラガラにしわがれた低い声で尋ねた。
    「はい。こちらへ来る前に,アラミスから送られてきた資料で読みました」
     ジョウが代表して答える。
    「うむ。…実は,その時の取り決めで,我々エイジャの族長の子供とアガーニの政府要人の子供同士の間で婚姻関係を結ぶ事になっているのだ」
    「へえぇっ!」
     リッキーが思わず声を上げた。 
     
     他民族との交流を持つことを決定したものの,果たしてどうしたら良いのか,当時の族長は悩んだ。
     自分たちで他惑星に飛び出していく決心も技術も,その当時は持ち合わせていなかったのだ。
     そこで,アガーニ側からの提案により,修理を終えた宇宙船に族長の娘を始めとする妙齢の女性達を同乗させ,まずアガーニへ連れて帰る事にしたのだ。そして代わりに,今度はアガーニの女性(第一陣は遭難者達の身内の者であった)をエイジャへと送り込んだのである。
     こうして,毎年それぞれ数人の若い女性達を相手の国に送り込むことによって,民族の血を広めようとしたのである。
     当時は,同盟国の契りを結んだとはいえ,お互い人質のようなニュアンスが含まれていた事も,もちろんあるだろう。
     そうして何十年か経った現在は,お互いの惑星間の交流も深まり,一般人も気軽に相手の国へと行き来するまでになった。
     しかし,さすがに毎年ではなくなったが,ある種の儀式めいた慣例として,各族長に娘が誕生した時には,その娘が20歳になる年に一族の代表としてアガーニへ嫁入りするという習慣が残されたのである。

    「私の娘は今年アガーニへ嫁ぐことになっている。今や両国間の最大のイベントであるから,それは盛大な祭りになる。その日も来月に迫った」
     娘の結婚式の話に,一瞬ガロンの目が優しげに細められたが,すぐに口調が深刻なものになる。
    「ところが,だ。2年前にアガーニで内紛が起こり,一気に政情不安が広まった時期があったのだが,それがここに来て再燃したらしいのだ」
     ガロンの表情は,ますます厳しいものに変化していく。
    「しばらくは地方都市での小競り合いが続いていたのだが,間近に迫った一大イベントの準備に首都が浮き足立っている所を,いきなり反乱軍が突いてきたのだ」
     ガロンが悔しげに言い放った。
    「娘が嫁ぐ事になっているジェナという男は,アガーニの惑星管理局に勤めておって,危機管理を担う役職に就いている。今現在も臨時対策本部を置き,反乱を鎮圧しようと指揮を執っているらしい。そこで先日の族長会議で,我々も援軍を送る事にしたのだ」
     ジョウ達は黙ってガロンの話を聞いていたが,段々訝しげな表情になってきた。
    「あの…ガロンさん?俺たちは,あなたの娘さんの護衛が今回の仕事だと聞いてきたんだが,依頼の内容が変更になったんですか?」
     とうとうジョウが口を挟む。
     クーデターが起こっているのはエイジャではなくアガーニなのだ。話の流れから考えると,ジョウ達の仕事は,いち早くアガーニへ飛んで,一刻も早くクーデターを鎮圧すべく手伝いをする事ではないかと思ったのだ。
     援軍を送るには,規模が大きくなればなるほど,どうしても時間が掛かる。しかし,クラッシャーの船ならすぐに駆け付けることが出来る。
     しかし,ジョウの質問に,今度はガロンが首を捻る。
    「いや,変更などないぞ。私はアラミスに娘の護衛を依頼した。その内容に変わりはない」
    「………」
     お互いの顔を見合わせたジョウ達に,ガロンはきっぱりと言った。
    「私は一刻も早く娘をアガーニへ送り込むつもりなのだ」

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■688 / inTopicNo.31)  Re[1]: 砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/10(Mon) 11:47:32)
    「お姫様の護衛?」
     リッキーが思わずアルフィンの顔を見る。
     視線に気付いたアルフィンは「さあ?」とばかりに小首を傾げて見せた。
     先程,クラッシャージョウのチームに”飛び込み”の仕事が入った。
     ジョウ達はAAAランクのチームだけあって売れっ子のクラッシャーである。仕事の依頼は随分先まで予約でいっぱい,というのが現状である。
     しかし,仕事と仕事の合間を縫って,あるいは特殊な事情によって優先順位を繰り上げられた依頼が,突然舞い込んでくる事がある。
     それもまたトップクラスのクラッシャーとしての宿命のようなものである。
    「ああ,そうだ。…いや,まぁ惑星エイジャは王制じゃないから正確には違うのかもしれんが…」
     ジョウがアラミスから送られてきた書類にもう一度目を通しながら言い直す。
    「エイジャって言やぁ,確か5つの部族が共同で国家を運営してるっていう珍しいタイプの国だったけなぁ」
     タロスが記憶を探るような素振りで言う。
    「それって共和制って事?」
     アルフィンがタロスを仰ぎ見ながら訊く。タロスはイスにもたれるように腕を組んで立っていた。ただでさえ2メートル以上の巨漢である。座っているアルフィンの視線は随分上に向けられる。
    「うーん…どうだったけなぁ。一応それぞれの族長ってのがいるからなぁ…。各部族の代表として5人の族長が議会を設けるわけだ。それで色んな事を決定していくスタイルなんだよなぁ…確か」
     タロスも今ひとつはっきりしない様子だ。
    「もともと一つの民族から発生した国家だから,国民はみんな親戚みたいなものなんだろう。大規模な家族会議みたいなもんじゃないか?共和制なんて改めて言うほど堅いもんじゃないと思うぜ」
     ジョウが補足するように言う。
    「じゃあ”お姫様”っていうのは,その族長の娘とか…?」
     リッキーが再び質問する。
    「ああそうだ。エヴォラという部族の長の娘だ」
     ジョウが頷いて答える。
    「そっかー。お姫様なんだー」
     リッキーの顔が微妙に弛む。
    「けっ。ガキが色気づきやがって!…そーいや始めてアルフィンに会った時も,おまえ妙に緊張してたっけなぁ」
     タロスがにやにやしながら言う。途端にリッキーの顔が赤くなる。
    「だ,だってアン時は…!俺ら本物のお姫様なんて見たこと無かったからさ!まさか正体がこんな…っ!?」
     ハッとしてリッキーは口を両手で押さえる。
     恐る恐る上目遣いにアルフィンの様子を窺うと,はたしてアルフィンは胡散臭げな表情を作り,斜めに顎を反らした格好でゆっくりと言った。
    「…正体が,何ですって?」
     そのトーンの低さにリッキーは思わず身震いする。ジョウとタロスは別の理由で肩を震わせている。
    「い,いや,その…あ,あの…えーと,つまり…」
     リッキーはしどろもどろになって,変な汗をかいている。
    「まぁそうだなぁ…。アルフィンは少年の純粋なヒロイズムの枠には収まりきらないお姫様だったってコトじゃないのか?」
     ジョウが笑いを堪えながら助け船を出す。
    「どーゆー意味よ,ソレ?」
     アルフィンは可愛く口を尖らせて尋ねる。
    「リッキーの想像以上に素敵なお姫様だったってコトさ」
     ジョウの台詞にアルフィンの白磁のような頬が瞬時に薔薇色に染まりかけたが,
    「ぷっ!」
     タロスが思いっきり吹き出した事によって,全て台無しになった。
     今度は怒りで頬を染める。
    「もうっ!みんなでバカにしてっ!!」
     アルフィンはぷいと顔を逸らして<ミネルバ>のリビングルームから出て行った。
    「……悪ぃ」
     首をすくめてタロスがぼそりと言った。

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■687 / inTopicNo.32)  砂漠の花嫁
□投稿者/ まき -(2004/05/10(Mon) 11:08:55)
     ヤマネコ座宙域にあるエイジャは,その国土の80%が砂漠に覆われた太陽系国家である。
     宇宙開発の初期に植民星として人類が足を踏み入れた惑星であったが,厳しい気候条件により,開発途中で一度,計画が中断された過去がある。惑星開発の技術の向上により,大抵の気候条件に対応できるようになっていたはずだが,折しも風土病が猛烈な勢いで流行したため,銀河連合がやむなく撤退の決定を下したのだ。
     強い感染力を持ったこの風土病が,他惑星に伝染することを恐れた銀河連合は,開発にあたった人々がエイジャから出ることを禁じた。無論,ワクチンの開発にも全力を挙げた。
     その後ワクチンが完成し,風土病の脅威が完全に消滅したという安全宣言が出されたのは,約10年後の事である。
     その間,エイジャに取り残された形になった人々は,その大半が風土病の感染により命を落としていったが,それでも何人かは逞しく生き残った。人類の故郷である地球の砂漠地域に暮らしていた民族がそうである。
     彼らは銀河連合の処置を”裏切り”と捉え,安全宣言が出されてからも彼らの開発の進行を許さなかった。
     その結果,他惑星よりも発展の速度が遅々としたものになってしまったが,その間彼らは人口を増やした。自分たちの家族や仲間を呼び寄せ,新たにこの星で砂漠の民による国家を作ろうとしたのである。やがて砂漠の民同士の婚姻によって生まれた子供達は,エイジャの風土に合った体質を備えていった。
     こうして単一民族による独立国家として徐々に成長していった惑星エイジャであったが,一隻の宇宙船が不時着したことにより,新たな過渡期を迎える事となった。
     
     宇宙船に乗っていたのは,オオワシ座宙域にある惑星アガーニの人々だった。
     外部との接触を避け,閉鎖的な生活を送っていたエイジャの人々は,彼らを怖れ,警戒した。
     アガーニの人々はあまりにも時代遅れな国家と文明の未発達さに驚き,不時着して一命を取り留めた喜びが,一瞬にして霧散することを予感した。
     それくらい,エイジャの人々は彼らに対して敵愾心をむき出しにしていたのである。
     しかし,遭難者を処分してしまおうと主張する者が大半を占める中,当時のエイジャの族長はそれをよしとしなかった。彼はただ宇宙船を修理して,速やかにこの星から立ち去るようにという勧告を出しただけであった。
     遭難者達の代表は,族長との和睦を望んだ。
     命を救われた事で,話し合いの余地があると判断したのだ。彼は人類学の見地から,どうしても彼らに伝えなければならない事があった。
     当初エイジャの族長は,彼らとの会見を拒んでいたが,部族存続の危機に関わる内容だと熱心に説かれ,やがて折れた。
     遭難者達は,単一民族だけの閉鎖的な社会の危険性について,根気強く話した。
     単一民族間の婚姻・出産は,繰り返されるうちに,遺伝子に異常を生じやすくなる。あまりにも血が濃くなり過ぎるのだ。類似したDNAが連続すると,ある病気(例えば,かつて流行した風土病)には耐性を有するが,別の新しい病原体が発生した場合,誰もその病原体に対抗しうる免疫を持たない可能性が出てくるのである。その結果,民族全員がその病に倒れるという恐ろしい事態が予想されるのである。
     そもそも人類は,様々な種族間での交配を為すことによって,より幅広い抵抗力や免疫力を付けていくものなのである。
     彼らは長い時間を掛けて族長に説明し,やがて族長がさらに長い時間を掛けて部族のみんなに,この話を納得させた。
     かくして,エイジャとアガーニの間で同盟を結ぶに至り,エイジャは長年に渡る鎖国状態を解除したのである。実に宇宙船の不時着から2年が経過していた。
     そして更に,時は流れた…。

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