| ヤマネコ座宙域にあるエイジャは,その国土の80%が砂漠に覆われた太陽系国家である。 宇宙開発の初期に植民星として人類が足を踏み入れた惑星であったが,厳しい気候条件により,開発途中で一度,計画が中断された過去がある。惑星開発の技術の向上により,大抵の気候条件に対応できるようになっていたはずだが,折しも風土病が猛烈な勢いで流行したため,銀河連合がやむなく撤退の決定を下したのだ。 強い感染力を持ったこの風土病が,他惑星に伝染することを恐れた銀河連合は,開発にあたった人々がエイジャから出ることを禁じた。無論,ワクチンの開発にも全力を挙げた。 その後ワクチンが完成し,風土病の脅威が完全に消滅したという安全宣言が出されたのは,約10年後の事である。 その間,エイジャに取り残された形になった人々は,その大半が風土病の感染により命を落としていったが,それでも何人かは逞しく生き残った。人類の故郷である地球の砂漠地域に暮らしていた民族がそうである。 彼らは銀河連合の処置を”裏切り”と捉え,安全宣言が出されてからも彼らの開発の進行を許さなかった。 その結果,他惑星よりも発展の速度が遅々としたものになってしまったが,その間彼らは人口を増やした。自分たちの家族や仲間を呼び寄せ,新たにこの星で砂漠の民による国家を作ろうとしたのである。やがて砂漠の民同士の婚姻によって生まれた子供達は,エイジャの風土に合った体質を備えていった。 こうして単一民族による独立国家として徐々に成長していった惑星エイジャであったが,一隻の宇宙船が不時着したことにより,新たな過渡期を迎える事となった。 宇宙船に乗っていたのは,オオワシ座宙域にある惑星アガーニの人々だった。 外部との接触を避け,閉鎖的な生活を送っていたエイジャの人々は,彼らを怖れ,警戒した。 アガーニの人々はあまりにも時代遅れな国家と文明の未発達さに驚き,不時着して一命を取り留めた喜びが,一瞬にして霧散することを予感した。 それくらい,エイジャの人々は彼らに対して敵愾心をむき出しにしていたのである。 しかし,遭難者を処分してしまおうと主張する者が大半を占める中,当時のエイジャの族長はそれをよしとしなかった。彼はただ宇宙船を修理して,速やかにこの星から立ち去るようにという勧告を出しただけであった。 遭難者達の代表は,族長との和睦を望んだ。 命を救われた事で,話し合いの余地があると判断したのだ。彼は人類学の見地から,どうしても彼らに伝えなければならない事があった。 当初エイジャの族長は,彼らとの会見を拒んでいたが,部族存続の危機に関わる内容だと熱心に説かれ,やがて折れた。 遭難者達は,単一民族だけの閉鎖的な社会の危険性について,根気強く話した。 単一民族間の婚姻・出産は,繰り返されるうちに,遺伝子に異常を生じやすくなる。あまりにも血が濃くなり過ぎるのだ。類似したDNAが連続すると,ある病気(例えば,かつて流行した風土病)には耐性を有するが,別の新しい病原体が発生した場合,誰もその病原体に対抗しうる免疫を持たない可能性が出てくるのである。その結果,民族全員がその病に倒れるという恐ろしい事態が予想されるのである。 そもそも人類は,様々な種族間での交配を為すことによって,より幅広い抵抗力や免疫力を付けていくものなのである。 彼らは長い時間を掛けて族長に説明し,やがて族長がさらに長い時間を掛けて部族のみんなに,この話を納得させた。 かくして,エイジャとアガーニの間で同盟を結ぶに至り,エイジャは長年に渡る鎖国状態を解除したのである。実に宇宙船の不時着から2年が経過していた。 そして更に,時は流れた…。
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