| 家に着くと、休む間も無くセッティングに取り掛かる。アルフィンに言われるままに作業をするジョウだが、どうやら楽しいような気になってきた。正確に言えば、目を輝かせあれこれと考え込みながら、手伝いを頼むアルフィンを見てるのが、ジョウにとって楽しいのかもしれない。 やがて家具も届き、それらのセッティングも手際よく行われた。 どうやら今日の騒動は一応区切りがついたようだ。ジョウとアルフィンは、初めと同じように部屋部屋を見て回った。まだ、殺風景なものだが、大分住まいらしくなってきた。 リビングに戻ると、二人はソファに並んで腰を下ろす。 「ふうっ」 「お疲れ様」 アルフィンが、ソファの背に寄りかかり顎を突き出して目を閉じるジョウを見て悪戯っぽく笑う。 「コーヒーでも、飲む?」 「ああ、頼む」 「じゃあ、すぐ入れるから」 アルフィンは立ち上がり、キッチンへと向かった。ジョウはその後姿を目で追う。けして人前では見せない感情の色を浮かべながら。やがて、コーヒーの豊かな香りが鼻孔をくすぐる。程なくして、トレーにカップを二つ載せたアルフィンが戻ってくる。 「はい、あ・な・たv」 「へ?」彼女に甘ったるく呼びかけられ、ジョウは受け取ろうとしたカップを落としかける。 「―――うわっ」 ジョウの反応にアルフィンは不服そうだ。今日は『奥さん』と呼ばれたし、ジョウのことを『ご主人』とか『だんな様』と皆呼んでくれたのに。当の本人が、この反応。アルフィンは機嫌が傾きかけたが、珍しく自己修正する。まだ時間はあるんだもの。たっぷり、『だんな様』してもらわなきゃ。アルフィンは笑みを浮かべる。 一方、ジョウはアルフィンの表情の変化に戸惑う。嵐が吹き荒れる前に自動鎮火したらしいのを敏感に感じて。それは、助かるのだが・・・ ジョウにはアルフィンに言わねばならないことがあった。 「アルフィン。ちょっと、いいかな?」 「なぁに?」 アルフィンは小首を傾げてジョウを見る。しかし、彼の言いずらそうな様子に僅かに顔を曇らせた。 「アルフィン、実は、これから少し出かけてくるんだが」 「え?」 「本部に行ってこなきゃならなくてな。出来るだけ早く戻ってくる」 「―――仕事?」 アルフィンの声が沈む。初日から、どうして?攻めたくは無いけど、失望の色が滲み出る。もしかして、途中で休暇が取りやめになるの?そんな思いに捕らわれ、アルフィンは俯いてしまった。 「ごめん。大したことじゃない。仕事は請けない、絶対にね」 そう言ってジョウはアルフィンを軽く抱きしめ、言い聞かせるように囁く。 「忘れたのかい?ミネルバは、メンテナンスをしにあいつらが持ってってるだろ、ドルロイに。まさか、船が無いのに仕事しろって言うはずないぜ?」 アルフィンも思い出し、ハッと顔を上げる。見上げるとジョウが悪戯っぽい瞳で見つめていた。アルフィンは噴出し、くすくす笑う。そうだった、飛び込み対策としてワザとメンテナンスに出したんだった。そして、休暇が終わる頃、めでたく船も仕上がっている手はずでになっていた。 「そーゆー事だ。君も疲れただろう?ゆっくりしてろよ」 「うん」 アルフィンは素直に頷く。そして、二人は今日の出来事を話しつつ、コーヒーを楽しんだ。 コーヒーを飲み終わった頃、ジョウはゆっくり立ち上がった。 「そろそろ、時間だ。知り合いのヤツが拾って行ってくれる事になっている。帰りは遅くなるかもしれないから、疲れてたら先に寝ててくれ」 「ううん、平気」 アルフィンは微笑んで立ち上がる。それから、ふと思いついたように瞳を輝かせる。 「ジョウ、お願いがあるの」 「なんだ?」 「帰ってくる時、キーを使わないで。あたしが、開けてあげるから、ベルを押してね」 「へ?」 「出迎えたいの。良いでしょ?」 「別に良いけど・・・」 そう言いながらも、ジョウは戸惑う。構ってやらないから、戸締め食わす気では?そんな疑念が沸き起こる。 「―――だが、一応キーは持ってくぜ?」 「あらぁ、平気よ?」 「いや、念の為。寝てるの起こしたら悪いだろ?」 「ちゃんと起きてるもん。でも、良いわ。約束よ?」 「りょーかい」 二人は連れ立って外に向かった。
ジョウが帰宅したのは真夜中に近かった。早く帰ると言った手前、ジョウは気も重く玄関の前で佇んだ。拗ねているだろう。可哀想なことをしてしまった。連絡入れるタイミングを逃し、結局はそのまま帰ってきてしまった。 しかし、約束は約束。ジョウはベルを鳴らした。 思ったより早く反応があった。 「はぁい!」 真夜中と思えないほど明るい声。 「お、俺だ」 戸惑いどもるジョウの目の前で、ドアがぱっと開く。 「お帰りなさい♪」 声と共にアルフィンが抱きついてくる。ジョウは受け止めながら、彼女の顔を覗き込む。満面の笑顔。あの日、ベールに包まれた彼女の顔と同じくらいに。 「悪かったな、遅くなっちまった」 「ううん、いいの。ちゃんと、約束守ってくれたし」 アルフィンは、もう一度ぎゅっと抱きついてジョウから離れた。そして、彼の腕に自分の腕を絡ませて中へ入るように促した。背後でドアが閉まる。 「でも、君の反応速くてびっくりしたぜ。―――ん?」 あるものに目を留めジョウは眉を顰める。ホールに投げ出されたクッション。ジョウはアルフィンに目を向ける。 「まさか、ココで待ってたんじゃないだろうな?」 「そうよ?」 あっさり答えるアルフィンにジョウは呆れた声を上げる。 「こんな所で、風邪引くだろ?」 「だってぇ。出遅れたら、貴方ってばキーで入っちゃうもん」 「は?」 「絶対、出迎えたかったの!」 ジョウは右手で顔を覆った。負けず嫌いのせいか、はたまたコレも例のヤツか。 「―――コレも、『女の子の夢』ってヤツか?」 「違うわ」アルフィンは首を振る。 「これは、練習よ」 「練習?」 意外な言葉に驚いて、ジョウは足を止める。そして、アルフィンに視線を向ける。彼女は、頬をジョウの腕に押し当てながら呟くように答えた。 「そうよ。これから、貴方が帰ってくる時の為にね。いつでも、貴方が帰って来た時はこうして迎えたいの。あたしが宇宙港に迎えに行けないくらい不意に帰ってきても。あたし、これからは待ってる事しか出来ないんだもの」 それから、アルフィンは上値使いでジョウをジッと見た。 「だから、新婚旅行はココにしたかったの。あたし達の家でね。これから、貴方の事をあたしが待ってる家で。貴方はアラミスの実家は、生まれた場所ってだけと言ってたでしょ?でも、これからはココが貴方の帰る場所なの。本当の家なのよ」 「―――そうだな」 ジョウはジョウは短く答えてアルフィンを見つめる。ジョウは無言で誓う。これから、何があろうとも。自分は帰ってくる、彼女の待つ家に。 そして。ジョウは、優しく彼女の腕を外す。強いと思う、女性は。ジョウはアルフィンの身体を引き寄せ、滑らかな額に思いを込めて唇で触れた。 「さっき、言い忘れちまったが」ジョウは腕を解きながら、照れたように言った。 「―――ただいま、アルフィン」 アルフィンはこぼれるような笑みを浮かべる。その笑顔に。ジョウは自分の心が満たされていくのを今更の様に感じた。 「少し、疲れた。君のコーヒーが飲みたいな」 「うん、すぐ入れるわ」 アルフィンは頷き、またジョウの左腕にするりと自分の右手を絡ませた。 再び、歩き出す。リビングのドアは開かれ、明るい光が二人を待っていた。
FIN
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