| お手伝いをしていた女性たちが扉を出て行き、ジョウが近づいて来た時、白い衣装に身を包んだアルフィンはジョウが隣に座る場所をつくろうと、腕に力をいれ身体をずらそうとしていた。 それをジョウは動きを手でさえぎり、くいっと細い腰に手を廻し軽々と抱き上げる。アルフィンの座っていたところの程近い場所に腰を降ろしつつ、自分のひざの上に座らせた。 細心の注意をはらい、脚を曲げることがないか、どこかに当たらないか、周りを気にしながら、腰に廻した腕に力を籠める。 バージンロードを歩くことを楽しみにしていたアルフィンだったけれど、この足では仕方がない。 でも、その場所はあるきたい。 ではどうするか?
それは、考えるまでもなく、ジョウがアルフィンを抱き上げて歩き進むこととなったのだ。
「ごめんね」 「ん?」 髪を軽く上げているから、うなじの長い後れ毛がきらきらと眩く繊細な輝きを放つ。 肩越しに聞こえる声が、鈴の音を転がしたように、と耳に優しく響く。 こんなにも細かったのかと改めて思いなおす程の小柄な肩に、唇を寄せる。
己の首に巻きつくアルフィンの腕は、とてもやさしく。とても・・・。 ふわりと鼻に掛かる馨りは、いつもよりも華やかで、それでいて懐かしい。 彼女から香る馨りも、しぐさもなんであれ愛しいものだ。
仕事中、アルフィンはどちらかと言えば慎重派で、たまに一緒にくむリッキーからも、もうちょっと大胆な行動に出て欲しい、と苦言をもらうこともある。 細心の注意を払いながら仕事をする、ということは、危険と隣り合わせのこの稼業ではとても大事ではあるが、確かにリッキーの言うように時と場合によっては大胆に行動をしたほうがよいときもある。 今回は、どちらかと言えば、慎重派なアルフィンで正解だったのではあるが、少しばかり気持ちも違う方向に向いていたようだ。 「仕事中だったのに・・・。つまんないこと考えちゃったからドジっちゃった」 とても申し訳なさそうに語る口調は、本当に心細げで。 確かにあのあと、ばたばたしていたせいで、アルフィンとまともに話していなかった。 それを彼女は怒っているかもしれない、と受け止めていたらしいことが口ぶりで伺える。
「過ぎた事を話しても仕方がないさ。ま、足を怪我したくらいなんだから」 慰めと、とれるのかどうかわからない台詞で、彼女の気持ちが少しでも楽になるのなら。 「せっかくの日なんだぜ。もうちょっと、いい顔で笑えよ」 しがみついていた腕をやんわりと外して、正面から覗いた彼女はすこし不安げな面持ちながらも、にっこりと華のような微笑を浮かべる。 きっちりと化粧を施し、髪を結い上げているのに、いつもよりもあどけなく、幼さの残る少女のようも見える。
そんな、目の前の彼女は間違いなく自分を今までも、これからも、愛しつづけてくれるであろう最初で最後の女で、そして何よりも大切に思う、家族の一人。 今日、こうして神と、家族の前で、また違った人生の選択を認めてもらうことを決めたただ一人のひと。 初めて会った頃は、気高さを持ち合わせていながらも、まだまだ本当にあどけなさの残る少女だった。 しかし、強い意思を瞳に映し、しなやかな肢体からは考えつかないほどのエナジーを出す。 大きな決断をして、自分の所にやってきたとき、とても信じられなかった。
彼女の意思の強さが。 そして、自分の気持ちが。
同じ立場であったならば、果たして自分は彼女と同じ事をするだろうか。 今までの自分を捨てて全くの違う人生を手に入れようとするだろうか。
昨日も、その前も、思いつけば考えていた事がフラッシュバックする。 あの頃のアルフィンを思わせる今日の彼女だからか。
「・・・・・アルフィンは」 「ん?」 「後悔はしないのか?」 「・・・・・・・・・」 一度聴いて見たかった台詞をとうとう口にだしてしまった。
自分の元へきて、後悔はしていないのだろうか。 こうして、新しく踏み出す未来に不安はないのだろうか。
「どうしたの?変なジョウ?」 面白げな影を瞳に映す。 「なんでいきなりそんな事言いだしたの?まるでマリッジブルーみたい」 こつんと額をくっつけて、やさしい声色で話す。小さい子供をあやすかのように。 「あたしがここにいる事は、決まっていた事よ。きっと。産まれる前からね」 「ジョウとめぐり合って、一緒に生きて・・・。宿命ってあるんだな、って思うわ」 いつもするように、指でクセのある髪を梳きながら言葉を選んでいるように、静かに話す。 「運命って、変えられるけれど、宿命はもう変えられないの。あたしがピザンで産まれたのは運命。だけど、ジョウと会ったのは宿命だとおもわない?」 おもしろい定義だなと小さく答え、耳に心地よく響く鈴の音の転がるかのような声を聞き入っていた。 「後悔、なんて考えた事ないわ。あたしは、自分で自分に素直に行動しているだけよ。それとも、ジョウは後悔してる?」 指先がぴたりととまった。 くっついていた額が離れる。 「あたしと会った事、後悔してる?」 強い意思を齎す碧の瞳に射抜かれたかのように言葉を失う。 じっと、見つめ返すジョウの瞳の奥はとても深くて、とても静かな色を湛える。 その答えは、桜色にほのかに色づいた唇への誓いのキスだった。
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