| 「うわー,何かすごい話だなぁ…」 ジョウの話を聞き終えたリッキーが,思わず高い天井を仰ぎ見る。もはや食事どころではない。 「ホントに何も思い出せねぇのか?オマエを攫おうとしたヤツらのことも?」 タロスが少年に向かって言う。質問と言うよりは確認の意味を込めて。 「うん」 少年はシンプルに応えた。なんとなく居心地が悪そうである。 「ただの人さらいなのか,最初からコイツを狙っていたのか,微妙なところだな…」 ジョウが溜息を吐きながら言う。 「ここって治安の良さがウリのひとつなんじゃ無かったっけ?こういう事ってよくあるの?」 リッキーがマーラに尋ねる。さすがに腕は解いたものの,相変わらずタロスの隣に座っている。巨体のタロスと並んで座る姿は可愛らしい人形のようにも見える。 「”よく”はないと思うわ。そんな事件『ウラ』ではあるかもしれないけど,『オモテ』は罰則も厳しいから…」 マーラが首を捻りながら応える。 「なんだ?その『ウラ』とか『オモテ』とかって…?」 ジョウが聞き咎めて質問する。 「ああ,ごめんなさい。ここではメインエリアのフェリオーネの事を『オモテ』,マフィアとかソレに準ずるようなヤツらが根城にしているダウンタウンエリアを『ウラ』って呼んでるの」 マーラが説明する。 「そう言えば,アイツら銃を取り出した時,ここは『オモテ』だぞ,とか言ってたよ」 少年も思い出したように言う。 ”ぴんぽーん” いきなり来訪を告げるチャイムが響いた。 「アルフィンだ!なんだいチャイムなんて鳴らしてさぁ」 リッキーが飛び跳ねるように立ち上がってドアに向かう。キーを取り出せないくらいの大荷物でも抱えているのだろうか。 ジョウも一瞬腰を浮かせたが,皆の手前,咳払いしてもう一度腰を下ろした。 ドアの方からぼそぼそというやり取りが聞こえてくる。内容までは聞き取れないが,リッキーが誰かと話しているようだ。 (アルフィンじゃないのか…?) ジョウの胸にぞわりと黒い不安が広がった。
「兄貴,これ!」 リッキーが花束と白いペーパーバッグを抱えて戻ってきた。 「…なんだそれは」 ジョウが不安を払拭するように勢いよく立ち上がった。 「『フィリーズホテル最上階スイートにお泊まりのクラッシャージョウ様へ』ってカードが…」 「貸せっ!」 ジョウはリッキーから奪い取るようにカードを受け取ると中を開いた。 みるみるジョウの形相が変わっていく。 「兄貴!これアルフィンのハンドバッグだよ!」 ペーパーバッグの中身を確認してリッキーが叫ぶ。 「ジョウっ!?」 タロスも立ち上がった。 少年とマーラは息を飲んで固まっている。 「くそっ!アルフィンが,攫われたっ…!」 怒りに顔をどす黒く染めながら,血を吐くようにジョウが言った。
ジョウからカードを取り上げ,タロスも素早く目を通す。徐々に眉間の皺が深くなる。 「タロス!何て書いてあるんだよ!?」 リッキーが悲鳴のような声を上げる。 タロスは少年に一瞥をくれる。ぴくりと少年の身体が緊張する。 「アルフィンと引き替えにその坊主をよこせ,だと」 タロスは簡潔に伝えた。 「あ,兄貴!」 思わずリッキーがジョウの顔を見る。ジョウの瞳は怒りによってぎらぎらと熱を発している。 「タロス!すぐに車を手配してくれ!」 「了解」 ジョウの指示にタロスがすぐさま応じる。巨体に似合わない俊敏さを見せて,フロントにコールすべく電話に飛びつく。 「リッキー,着替えるぞ」 「う,うん!」 ジョウとリッキーが奥の部屋へ連れ立って消えた。
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