| アラミスとの連絡も滞りなく終え、ジョウは少し仮眠を取っていた。起き出したのは五時を少し回った頃。もうすぐアルフィンとの約束の時間だ。駄々をこねに部屋まで押しかけて来るのではと危惧していたが、そんなことも無く時間は過ぎていった。どうやら大人しく休んでいるらしい。 ―――――熱が下がってりゃ、良いが。 ジョウは寝癖のついてしまった髪を、両手で掻きあげて整えながら心配げに思った。涙を浮かべた瞳が脳裏に浮かぶ。しかし、無理をさせるわけにはいかない。ジョウは気持ちを引き締め心に決めた。泣いて拗ねられても、体調次第では出かけるのを諦めさせよう。その為には、先に待ち構えていて彼女の現れた時の様子で判断しなければ。すっかり用意した後では、言い聞かせるのに骨が折れるだろうから。 ジョウは時計をチラッと見る。五時二十分。彼は、少し難しい表情で部屋を出た。
静かなリビングルームに、ジョウはそっと入って行った。まだ時間がある。ジョウはコーヒーでも飲もうかと、ソファの方に何気なく目をやった。すると、ソファの前に置いてあるガラスのテーブルの上のコップが目に入った。そして、人の気配も。 ジョウはソファの背後からそっと忍び足で近寄る。息を止め、低い背もたれ越しに覗き込む。 「!」 アルフィンだった。昨日買ってきたのだろう、見たことない服を着て。少し寒いのか、胸元に両手を縮込ませるようにしてソファに横たわり、安らかな寝息を立てている。待ちきれなくて早めに部屋を出てきたのは良いが、ジョウの部屋に行くと怒られそうなのでココで待っていたのだろうか。そして、薬を飲んでつい眠ってしまったのかもしれない。 ジョウは呆気に取られて彼女の寝顔を見つめていた。いつからいたのだろう。すっかり用意は整ってるようだ。白い小さな顔は穏やかで、病的な青白さは消え去り、眠っていて体温が上がってる為か少し赤みが差していた。微かに開いた赤い唇は、規則正しく温かな息を吐き出している。 ジョウはフッと笑みを漏らす。 これでは敵わない。こんな愛らしい寝顔を見た後で、強く言えるわけがない。ジョウはアルフィンの顔に目を戻す。長い睫毛が濡れてるように見えるのは気のせいだろうか。自分が強く言ったのを気にして必死だったのだろう、どうしても良くなろうと。 「―――意地っ張り」 ジョウは呟くと彼女の顔を見つめた。そして。自分でも気付かないうちに、身を屈め彼女の頬に唇でそっと触れていた。当たり前に思えるほど自然な仕草で。 「ん・・・」 アルフィンの口から微かに声が漏れる。ジョウはハッとして身を起こす。自分のした行動に少し驚きながらも、不思議とうろたえはしなかった。身を屈めソファの背もたれに腕を組んで置き、そこに顎を乗せるとアルフィンを黙って見守る。 「―――ジョウ?」 アルフィンは寝転んだまま、優しい眼差しで自分を見下ろしているジョウを見つけ、夢から醒めてない様な表情で呟いた。 「よぉ」ジョウは身体を起こしにやりと笑って言う。 「服がクシャクシャになるぜ?」 アルフィンはぼんやりとして、二・三度瞬きしたがいきなりガバッと跳ね起きた。 「も、もう、やだ。あたし、なんで寝ちゃったんだろ?」アルフィンは泣きそうな顔だ。 「ちゃんと用意して待ってるつもりだったのに」 「こんな所で寝たら、また具合が悪くなるだろ。どうして、ちゃんと部屋で寝てないんだ?」 ジョウが厳しい表情を作って言う。 「あら、さっきまでちゃんと部屋で寝てたわよ。少し早く来ただけだもん」 「少しねぇ」 ジョウは信用してない口ぶりで肩をすくめる。ソファの前にきちんと並べて置いてあるパンプス。頭を乗せられる様に、二つ重ねて端に寄せられたクッション。これらと彼女の顔を代わる代わる見つめた。アルフィンは口を尖らせ黙り込む。 ピピピピピピ・・・ 急に響く、小さな電子音。二人はビクッとして、反射的に音のする方に視線を走らせる。 「!」 アルフィンは、咄嗟にソファの上にあったソレを掴む。そして、ジョウから隠すようにソレを握り締めた手を背中の後ろに回す。もちろん、ジョウが見逃すはずが無い。 「―――ったく、目覚ましまでかけて」 ジョウはタメ息を吐く。そして、ソファの前側に移動してアルフィンに向き合った。 「だってぇ。絶対遅れたくなかったんだもの。ジョウは、起こしに来てくれないでしょ?」 「まぁ、な」 ジョウは苦笑を浮かべ、探るような視線でアルフィンを見る。大分良くなったようには見えるが、薬が効いてるだけかもしれない。横になっていたのは、まだ不調なせいだろう。やはり、諦めさせるべきか。ジョウは、アルフィンに言い聞かせるように話し始めた。 「なぁ、アルフィン。まだダルいんだろ?無理したってしょうがないから、今日は部屋で寝てた方が良くないか?」 「イヤ!」 アルフィンは、いきなりスクッとソファの上に立ち上がった。口を引き結び、仁王立ちになる。愛らしい面立ちに似つかわしくない態度に、ジョウは思わず噴出しそうになりながらも何とか厳しい表情を作り出した。 「強がってもダメだぜ。これからは寝込んでる暇は無いんだからな」 「だから、平気だもん!」 アルフィンはとうとう癇癪を起こす。フカフカのソファで足場の悪いのも省みず、彼女は身体を揺すりながら足を踏み鳴らした。 「こ、こら、そんなトコで暴れるな」 「だって、連れてってくれるって言ったのに。熱下がったのに!」アルフィンは構わず叫ぶ。 「ちゃんと、時間までに来てたのに・・・ジョウのばかぁ!」 「わ、わかった、わかった」ジョウは額に手を当てた。 「連れてくよ。だから、落ち着け」 ピタッと動きを止めるアルフィン。涙を浮かべた瞳がジョウに向けられる。 「―――ホント?」 「―――あぁ」ジョウは肩をすくめた。 「そんだけ元気なら・・・大丈夫だろ?」 「嬉しい!」 アルフィンの顔がほころぶ。そして、勢い良くジョウに向かって身体ごと飛びついた。 「うわっ。あ、あぶねぇ」 ジョウは慌てて彼女を抱きとめる。文字通り、彼の胸に飛び込んだアルフィンは全く意に返さずギュッと抱きついた。 「ふふっ。すっごい楽しみ。綺麗でしょうね。イブだもんv」 「ん?」 「だからぁ、クリスマスよ、明日」 「あー、鳥の丸焼きとか食べるヤツか」 「そうだけど、もっとあるでしょ?」 「ケーキも食べ・・・痛てぇ」 アルフィンに頬をつねられ、ジョウは悲鳴を上げる。 「あたし達、食事じゃなくてイルミネーションを見に行くのよ!分かってる?」 「―――よく、分かった」 アルフィンはニッコリ笑って頷いた。あまりの近距離に、今更のようにジョウはうろたえる。 「さ、支度しな。髪、ぐしゃぐしゃだぜ」 ジョウは照れ隠しにそう言って、ソファに向かってアルフィンを軽く投げ出す。 「きゃ。―――もう」 一瞬、彼女は頬を膨らませたが、すぐに機嫌を直しパンプスを履くと部屋に向かった。長い金髪を翻して。 FIN
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