| 俺はショックに打ちのめされて、しばし黙っていた。 やがて、重い口調で訊いてみる。 「どこが・・・そんなにいいんだよ?」 「全部よ」 少女がさらり、と言う。 「全部?」俺はちょっとむかついて、意地悪く訊く。 「煮え切らない、その優柔不断なところも?」 「・・・・・・・」 少女が綺麗な形の眉を寄せ、口元に手をあてて考える。 そして初めて気づいたように言った。 「そうね・・・。そんなところも全部ひっくるめて、好きなのね。あたし」
むかついていたのに、思わず吹き出してしまった。 少女もつられて笑った。 「参ったな。それなのに毎回ひっぱたかれてたら、いい迷惑だな」 「本当ね。これから手加減するわ」 ひとしきり笑ったあと、俺は静かに訊いてみた。
「でも・・・きみが傍にずっと居ても、彼が何も言ってくれなかったら、どうする?」 少女がふいに動きを止める。 碧い瞳が一点を見つめ、白い細い指が口元を押える。 まるで、声が漏れるのを防ぐように。
「ずっと、ずっと君は待っていて、年をとって、おばあちゃんになっちゃうんだぜ」 「・・・そんなこと、考えたこともなかったわ」 「花の命は短いんだ」 俺がちょっと芝居めいた口調で言葉を継いだ。
「そうね・・・そうしたら・・・」 少女は両手で自分の肩を抱くようにして、ベンチに身を伏せた。 細い金髪が肩から腕へと流れ、渦巻いて広がる。
「命尽きるまで、彼の傍に居るわ・・・」
「こんなこと言ったら、男の人って引くのかしら?」 再び、固まっている俺に向かって少女はいたずらっぽく笑って訊いた。 「いや・・・まあ、好意を持ってないやつから言われたら、確かに引くけど」 俺はこんな天使のような少女の唇から出た台詞に、只々驚いていた。 「でも好きな娘から言われたら、死ぬほど嬉しい」
「ほんと?」少女は小さく笑う。 小さくかぶりを振って言葉を続ける。 「私たち、死ぬの、命尽きるのって、物騒ね」 「確かに」今度は俺も少し笑った。
少女が突然、何かがふっきれたかのよう身を起こした。 俺はすがるように、少女を見た。 「彼の傍に帰るわ。自分で決めた<運命>の通りに」 俺の気持ちが聞こえたかのように、少女は静かに言った。
「でも、本当に病院に行かなくて大丈夫かしら?」 少女が心配そうに覗き込む。 「だめだ。今できた心の傷で悪化した」 俺は死にそうな声を出してみせた。 「そんな台詞がでるようじゃ、心配ないわね」 少女が笑って、立ち上がる。片目をつむって言った。 「救急車、呼んどくわ」 「つれないなあ」 思わず、ぼやいた。
「怪我させて本当にごめんなさい。でも、あなたと話せて良かった。ありがとう」 少女は少しかしこまり、恥ずかしそうに小さく言った。 「俺も生きているうちに天使に会えて良かったよ。もう、いつ死んでもいい」 俺は胸の上に両手を組み、死んだマネをする。 「ばかな人」 少女はまた愛らしく小首を傾げて笑い、そして俺に背を向けた。 「運命が変わったら、また会おう」 その細い後ろ姿に向かって、俺は声をかけた。 少女は振り向かないまま、小さく手を振った。
少女の後姿は、すぐ視界から見えなくなった。 俺は胸の上で手を組んだまま、しばらく目を瞑って、じっとしていた。 こうやって神妙に祈っていたら、また天使が現れるだろうか? (ないよな・・・。)
右腕を覆うように目の上に置く。少女の強く光る碧眼が思い浮かんだ。 知らず、小さく笑って呟く。 「運命って、自分で決められるもんなんだな・・・」
<END>
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