| 夕日がいよいよ空を赤く染めていた。 「お待たせ」 アルフィンがテラスに戻ってきた。両手はカップでふさがっている。 ジョウは手すりに腕を組んで置き、海に沈む夕日を見ていた。アルフィンは彼の横に立ち、片方のカップを差し出す。 「サンキュ」 ジョウは受け取り、一口飲むとカップを手すりに置いた。こう使う為かは分からないが、手すりはおあつらえ向きに平らで幅が結構広い。 すると、それを見ていたアルフィンもジョウの傍に立ち真似をする。ジョウの腕とくっ付けて自分の腕を置き、顎を乗せると彼の肩に小さな頭を寄せて。 沈みかけた夕日。今は海を染めていた。辺りは夜の帳が降りようとしている。ジョウは全身の力がフッと抜けるような感覚に捕らわれた。しかし、どこかまだ・・・素直になれない自分もいて。 「ほら、下に落とすんじゃないぜ」 「分かってるわよ、もう」 せっかくの雰囲気を壊すような彼のセリフに、アルフィンはむくれた。だが、すねて上目遣いに見た彼の瞳はあまりにも優しい。仕事中には絶対見せない照れと戸惑いの混じった微笑み。出会った頃には、見ることは無かった。アルフィンはふとそう思う。すると、あの頃よりも彼に近づけたのが嬉しくて、彼女は小さく笑った。 「何だ?」 ジョウは、ころころ変わる彼女の表情に戸惑いながらも惹きつけられる。いや、戸惑っているのは、彼女が傍で微笑んでいると安堵感に包まれる自分に気づいたからかもしれない。命を懸けて駆け抜ける日々。彼女に出会ってから、確かに少しずつ何かが変わっていった。 アルフィンは夕日に再び見入っていた。 「綺麗よね・・・」 呟くアルフィンの横顔。ジョウは彼女を見ながら答える。 「あぁ、そうだな」 「日が昇って、沈む。地上に住んでる人にはありふれた事なのよね」 アルフィンはジョウに目を向ける。 「でも、あたし達には・・・違うわね?」 「そうだな」ジョウは、ふと視線を逸らして低い声で聞く。 「―――戻りたいか?そんな、生活に」 「ううん。全然」アルフィンはジョウの腕に頬を寄せる。 「だって、そうでしょ?こんなありふれた時間に、生きているって感じられるのって素敵な事じゃない?」 ジョウは彼女に目を向ける。そう言い切るアルフィンの瞳は生き生きと輝いていた。同じ思いを抱く彼女に言葉では上手く伝えられないが、ジョウはそっと肩に手を回し引き寄せる。 暫くそのままで、二人は寄り添って夕日を眺めていた。 「もう、休暇も終わりね・・・」 「あぁ」 名残惜しそうに呟くアルフィンの言葉にジョウは頷く。そして、彼女の肩を抱く腕に少し力を込めた。アルフィンもそっと彼の背中に手を添えた。 「寒くないか?」 「ううん。今は、平気」アルフィンは、甘えるような仕草でジョウに身体を摺り寄せる。 「それに、こんな風にしてられるのも次いつか分からないじゃない」 「まぁな」 ジョウは苦笑して夕日に目を向ける。 「次の仕事、結構大変そうなんでしょ?」 「うん?」 「依頼人、結構細かそうだし」 「―――あぁ」 「事前の資料も結構な量だったじゃない?」 「まぁな」 「それに―――」 「ミネルバに戻ってからミーティングをする」ジョウはやんわりと遮る。 「―――だから、今は・・・いい」 この時間を大切にしたかった。今は忘れていたい。仕事も明日からの予定も。そう思ってる自分にジョウは驚きながらも、なぜか素直にそれを受け入れていた。 アルフィンは不思議そうな顔でジョウを見た。いつも仕事が最優先に思える彼。だが、今この時だけは違う気がした。その時間を自分が共有している。それが、何よりも嬉しくもあり、大きな幸せを感じた。 とうとう、夕日が沈んだ。同時に、現実に引き戻される。 ジョウが、アルフィンの肩に回していた腕を解く。彼女も合わせて渋々と彼から離れた。 「さて、戻ろうか?」 「―――うん」 二つのカップを持ち、先に部屋に戻ろうとしたジョウは、アルフィンが動こうとしないので振り返って彼女を見た。少し不満げなアルフィンに、ジョウはキョトンとする。 「どうした?」 「なんでも、ない」 あっさり現実に戻ってしまったジョウに、アルフィンは寂しくなる。こんなロマンチックに二人で過ごしたのは初めてなのに。 だが、彼は本気で困惑していた。探るような目で彼女を見ていたが、諦めて背を向けた。 「先行ってるぜ」 ジョウは仕方なく背を向ける。 と、アルフィンの瞳が悪戯っぽく輝く。彼女は、すぐさまジョウの後を追うと広い背中に抱きついた。 「うわ。あ、危ねぇ」 両手が塞がってるジョウは、危うくカップを落としそうになる。 「ねぇ、ジョウ。少し、ドライブしよv」 アルフィンが抱きついたまま、甘えた声でジョウにねだる。 「何言ってんだ。明日から仕事だぜ?戻って、準備―――」 「だからぁ、もう出発前のチェックだけでしょ?で、出発は明日だし」 「しかし―――」 「何よ、今は仕事の話いいって言ったくせに」 「そ、それはだな」 「ちょっと、遠回りするだけなら良いでしょ?」 「・・・」 「ねv」 ジョウはフッと笑みを漏らす。 「―――ちょっとだけだぞ」 「うん!」 アルフィンは、いったんジョウにギュッとしがみついてから腕を解く。そして、ジョウの手からカップを取り上げると室内に駆け込んだ。 「ほらぁ、早く用意してね、ジョウ!」 「オッケイ」 ジョウは肩をすくめると、空を仰ぎ見た。 彼の瞳に映ったのは、柔らかな光を注ぎ込む月であった。
FIN
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