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■826 / inTopicNo.1)  闇に降る雨
  
□投稿者/ 藍々 -(2005/02/25(Fri) 23:13:14)
    すみません、先に注意を。
    今回内容がめちゃくちゃ暗くなってしまいました。
    時系列でいいますと、6巻終わりからなので暗くなるのも
    無理ないということで・・・。よろしくお願いいたします。
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■827 / inTopicNo.2)  闇に降る雨
□投稿者/ 藍々 -(2005/02/25(Fri) 23:25:44)
    「雨が降るのかよ。」
    リッキーは窓から外を見て、独り言を吐いた。
    お昼まで晴天に見えた空は真っ黒い墨がこぼれたように、にわかに天候を変え始めていた。
    ふうっと長いため息をつき、リッキーは両腕で抱えた荷物をもう一度ぎゅっと持ち直すと、病院の白い廊下を重い足取りで歩きはじめた。

    ここは、キマイラ連邦の首都リーベンバーグにある病院。
    チームリーダーのジョウが収容されている。
    <クリムゾン・ナイツ>との戦いで負った火傷でジョウは生きるか死ぬかの状態に置かれていた。
    応急処置は間に合い息を繋いだのだが、依然、意識が戻らないのだ。
    それが今日で三日目になる。
    このまま意識が戻らないままだと命に関わると医者はチームメイト達に告げた。
    ICUで眠り続けるリーダーを、チームメイトはただおろおろと見守るだけの日々を送っていた。
    そして、アルフィンが倒れてしまった。いや倒してしまったと言うべきか・・。
    ジョウの通信機の電波をたどって救急隊を連れて彼を救いに行き、虫の息のジョウを病院へ運んだのはアルフィンだった。
    タロスやリッキーが再会したときには、すでに彼女の精神はかなりのダメージを負っていた。
    治療室にジョウを収容してからはひたすら泣き、取り乱した。食事は取らず、少し眠ってはジョウの様子が見えるガラスで仕切った部屋に行き泣く。という日々を送っていたのである。
    少し眠らせて落ち着かせないとアルフィンまで衰弱してしまうという医師の助言があり、リッキーとタロスは強引にも沈静剤を彼女に投与することを認めたのだ。
    今は、アルフィンもこの病院で眠っている。
    タロスは今回の事件で負傷していた。全身8割がサイボーグ化しているため、生身の人間よりは丈夫に出来ている。
    だが、ビルの5階から放り投げられては、さすがにかすり傷というわけにはいかなかった。
    病院からはしつこく入院を要請されているのだが、一日の大半をこのガラスの部屋で過ごしていた。
    ただ、何をする訳でなく、ジョウの眠る顔を見つめぶつぶつと呪いの言葉を吐いていた。
    リッキーも同じくアルフィンとタロスのそばに付いていたのだが、仲間が身動き取れない分を彼がフォローをしていた。
    ミネルバに待機しているドンゴと連絡をとり、事件後の情報収集とチームメイトの着替えの手配等、細々と仕事をこなしていた。
    リッキー自身も今回の件で精神的にかなり消耗していたのだが、今動ける人間は彼しかいなかったからだ。
    そして今、病院内にあるコンピューターから看護婦が仲間の着替えや入院に必要なものを手配したので、それを受付に取りに行った帰り道である。

    リーベンバーグ市は温帯の気候で緑地も多く、そのため定期的に雨を降らせる必要があった。例にもれずもれずキマイラ連邦もウェザーコントロールで気象を操っていた。
    今日が偶然その日に当たったのだが、リッキーには、ただでさえ重いこの空気が、雨の湿度でさらに重くのしかかってくるようにしか思えなかった。
    胸の中から軽い電子音が聞こえてきた。
    病院側から持たされた携帯電話だ。病院の中では専用の電波のみ使用可能なので、クラッシャーの通信機が使えない。電波が強すぎるのだ。
    そのため、見舞い客や入院患者には専用の携帯電話が配布されている。
    首から提げていた携帯電話を見るため、リッキーは廊下の端により、荷物を降ろした。携帯電話の画面に相手が映る。
    相手はミネルバにいるドンゴだった。
    「キャハハハ、りっきーカ?至急送ルめーるガアリマス。キャハハ。」
    「何か動きがあったのか?ドンゴ」
    「キャハハハ、あらみすカラ通信アリ。暗号化ハサレテイナイノデスガ、緊急デシタノデ。ソチラデ読メル様ソノママめーるヲ送リマス。たろすニ渡シテクダサイ。」
    「わかった、他には何かなかったかい?」
    「他ノくらっしゃー達カラ問合セガ止ミマセン。じょうハマダ起キナイノカ?」
    リッキーの顔が一瞬曇ったが、できるだけ明るい声で返事を返そうとした。
    「まだだけど、兄貴の調子は落ち着いてきている。そのうち目が覚めるよ。何かあったら連絡するよ。」
    「ソウカ、デハじょうニ伝エテ。ハヤク目ガ覚メナイト仕事ガ無クナッチャウヨッテ。」
    ドンゴの冗談にリッキーは少し微笑んだ。こんな軽い言葉を交わしたのは、今の自分にはずいぶんひさし振りのような気がしたからだ。
    「わかった。伝えるよ。」
    そう言って携帯電話を切った。
    アラミスからの通信なら、携帯電話のメールには入りきらない。
    リッキーは係員にコンピューターが使用できる許可をとり、コンピュータールームに入っていった。
    中は人が多かったが、空いているモデムを見つけ、自分の小型パソコンにダウンロードしようとした。
    ドンゴが送ってきたメールはビデオメールだった。
    「なんだって!」
    流される映像に、リッキーは思わず大声で叫んだ。
    他のコンピューターを使用している人達からじろりと注目を浴びる。
    その視線に気づいた彼は愛想笑いで、どうもどうもと頭を下げ、慌ててコンピュータールームを足早に出て行った。
    「早くタロスに知らせなくちゃ」

    ICUに隣接しているガラスの部屋からは患者の様子がよく見えていた。
    タロスは黒い巨体をまるめてクラッシュジャケットを着たまま長椅子に座っていた。
    パジャマに着替えるよう看護婦から言われたがそんな気にはならず、応急処置を受けた格好のままいた。
    ガラスの向こうには何本ものチューブに繋がれた包帯姿のジョウが眠っている。
    ジョウは白いベッドに横たわり微動だにせず、彼を囲む医療器具の機械音だけがただ規則正しくリズムをきざんでいた。
    ふいにドアが開き、リッキーが荷物を抱えたまま口をぱくぱくさせてやってきた。
    「タ、タロス、これ」
    両手に乗るサイズの小型パソコンをタロスに差し出す。
    うるせぇなあと言わんばかりの視線をリッキーに投げ、タロスは携帯パソコンを受け取り、リッキーが言うドンゴのメールを開いた。
    「こいつはあ・・・。」
    久しぶりに声を発したため、タロスの声は低くしゃがれていた。
    「どうする、タロス」
    リッキーが不安そうな声を上げたがタロスはそれを一喝した。
    「どうもこうもならねえだろう!まず、俺はアラミスに連絡を取る。リッキー、お前はアルフィンに着替えを届けたら、宇宙港に行く準備をしろ。」
    「わかった。」
    きびすを返してリッキーはドアの向こうに消えていった。残されたタロスの顔には焦りがうかんでいた。
    悔恨と謝罪の念が胸には渦巻いていた。

    病院内を走り回った所為で息が上がりかけていた。
    リッキーは呼吸を整え、アルフィンが眠る病室の部屋をノックした。
    「アルフィン、入るよ。」
    眠っているはずだが、一応声をかける。
    ドアが静かにスライドし、眠っているアルフィンを覗き込む。しかしベッドは空だった。
    「どこいったんだよ・・・。」
    荷物をベッドにのせて、その横にぴょんと腰をかけた。手洗いか何かですぐ戻るだろうと思っていたのだが、リッキーには何かが引っかかっていた。なんだろう?
    見渡すとロッカーが開いたままで、中にかけてあったアルフィンの赤いクラッシュジャケットが無いことに気が付いた。
    慌ててベッドから飛び降りる。
    兄貴のところに行ったのか。いや、それなら自分とすれ違うはずだ。どこだ。どこに行った。
    リッキーは自分の心臓が大きな音を立てはじめたのを感じていた。口の中がカラカラに乾き、汗が全身からじわりと出る。
    ぐっと唾を飲み込むと、薬で眠らせる前のアルフィンの様子が頭に浮かんできた。
    顔色は悪く、独りでは立ち上がれないほど弱り、顔は涙でぐしゃぐしゃなアルフィン。
    いてもたってもいられず、リッキーは病室を飛び出していった。

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■828 / inTopicNo.3)  Re[2]: 闇に降る雨
□投稿者/ 藍々 -(2005/02/26(Sat) 17:05:15)
    「タ、タロス、大変だ。アルフィンがいなくなっちまった。」
    先ほどのタロスがいる部屋にリッキーは大慌てで駆け込んできた。
    「何だってぇ」
    タロスが目をむいた。
    「本当か、部屋にいないだけじゃないのか?」
    「クラッシュジャケットがないんだよ!ここに来てないんなら、どこに行くっていうんだよ!」
    「あいつ、こんな時に・・・。」
    タロスは病院専用の携帯電話から事務員にアルフィンがいなくなったことを告げ、病院内を隈なく探してもらうように連絡をとった。
    じりじりと時間ばかりが経っていく。
    タロスとリッキーが自分達で探しに行こうと腰を上げた瞬間、警備室から連絡が入った。
    タロスとリッキーはあたふたと警備室へ行くと、
    初老の老人が二人を待っていた。焦る二人にのんきな声で話しかけてくる。
    「玄関の監視カメラにこんな映像が残ってたんじゃが・・・。今から一時間ほど前の映像じゃな。」
    とテレビ画面のスイッチを押した。
    「あっ」
    二人そろって声が出た。
    赤いクラッシュジャケットを着たアルフィンが、よろよろと玄関から出て行こうとする後ろ姿がうつっている。
    「アルフィン、どこ行くんだよ・・・。」
    リッキーが画面のアルフィンに話しかけるように声を出した。
    アルフィンは壁に寄りかかりながら、ふらふらと玄関を出ていく。
    するとここで、画面が切り替わった。
    「ちっ、ここまでか。」
    タロスが舌打ちをした。
    「あいつあんな体でどうするつもりだ。」
    「タロスう、どうしよう。」
    リッキーの声は半泣きだ。
    こんなときにどうしたらいいのかわからない。頭が真っ白になってきていた。
    「リッキー、今からアルフィンに通信機で連絡をとれ。」
    タロスが画面を見つめたまま、そうつぶやいた。
    「えっ?」
    「あいつはクラッシュジャケット着たまま外へ出たんだ。だったら、病院を出て通信機で連絡をとれ!切られるかもしれないがドンゴにトレースしてもらえるよう電波を拾ってもらうんだ。上手くいくと居場所が追える。ドンゴには俺から連絡を入れる。」
    「わ、わかった。」
    リッキーは返事をするとすばやく警備室を出て行った。

    病院の玄関まで来ると、雨の音が激しく聞こえてきた。
    「何だよ、天気までこんなになっちゃって・・・。」
    リッキーはうろたえた。
    大粒の雨が、空から銀の槍のように降ってくる。
    先ほどまで明るかった空も夕刻という時間も手伝って暗く、病院の照明パネルが点灯し始めていた。
    「アルフィン、アルフィン応えてくれ!」
    病院の玄関を出て通信機と携帯のパソコンを連動させ、電源をオンにする。
    ミネルバから電波を拾ってもらい、そのデーターを送ってもらうためだ。通信機の電波は電源を切られても一度拾えば数時間はトレースできる仕組みになっていた。
    電子音が続いているが応答はない。リッキーはパソコンの画面を見た。
    病院から約20キロ北へ、アルフィンを示す光点は移動をしていた。
    リッキーは手を振ってタクシーを止め、雨をよけながら乗り込んだ。
    「イラッシャイマセ、ドチラマデ」
    運転手ロボットがリッキーに行く先を聞いた。
    「あ、えっと、この光る方向がわかるかい?」
    リッキーは携帯のパソコンのデーターをロボットに見せた。
    「B−14通リヲ北上中デスネ」
    「悪いけど、これを追うように行ってくれるかな?」
    伺うようにリッキーは言った。
    「了解シマシタ」
    大粒の雨の中をタクシーは泳ぐように動き始めた。

    (どこに行くんだよ、アルフィン)
    リッキーはパソコンに浮かんだ光点をじっと見ながら考えていた。
    アルフィンが動く速度からおそらくタクシーに乗っていると推測される。
    データーはまだ無事に届いてるが、いつまで電波が届くかはわからない。
    リッキーの中で焦りがしだいに募っていたが、できる限り追うしか今は方法はなかった。
    ふと、光点が止まった。
    「ちょっ、ちょっと待って!」
    止まるということはアルフィンがタクシーから降りたということだ。一体どこだここは?
    「せんと・みかえる大聖堂」
    ロボットが抑揚の無い金属音で答えた。
    リッキーのパソコンのデーターは運転手ロボットにも繋げていた。
    「大聖堂?」
    アルフィンはなんだってこんな所に・・・。
    「じゃあ、ここに急いで」
    運転手に命じるとタクシーは少し速度を増した。
    リッキーはタクシーの窓を見た。
    窓ガラスには雨粒が叩きつけられるたびに散っている。
    ふと、シートの前に小さなテレビが付いているのに気が付いた。
    ブラックアウトしている画面に自分の顔が鏡のように映りこむ。
    今にも泣きそうな顔。
    リッキーは自分の顔を腕でごしごしと拭くと慌ててパソコンの画面に視線を移した。

    しばらくすると、タクシーが止まった。
    「コチラガせんと・みかえる大聖堂デス。」
    金を払い、パソコンを胸ポケットにしまって、リッキーは地面から跳ね返る程の雨の中をタクシーから降りた。
    大聖堂というだけあって、大きく豪勢な建物だった。
    テラにある古い寺院を模したものだ。ゴシック様式をかたどった壁には何体もの像が飾られている。石畳の広間があり、門はまだ開かれていた。
    辺りはすっかり暗くなり、雨のためか人はいない。
    街灯だけがぼうっと広間を照らしていた。リッキーは雨をよけるため、ひとまず入り口に向かおうとした瞬間、ギョッとした。
    大聖堂の入り口にある階段にポツリと座っている人間が見える。見慣れた赤いジャケット。長い金髪。膝をかかえてうずくまっている人間がいる。
    「アルフィン!」
    バシャバシャと水音を立て、リッキーはアルフィンに駆け寄った。
    リッキーの前髪から雨が滴となって落ちてきていた。
    クラッシュジャケットは耐熱防寒だが、こんなどしゃぶりでは頭から体力を奪われそうだった。
    「なにやってんだよ、風邪ひくぜ・・・。」
    リッキーは見つけた安堵感のためか比較的落ち着いて声をかけていた。
    「・・・・・」
    アルフィンは黙ってうずくまったままだ。
    「まだ、眠ってなきゃだめだろう。こんなところに何しに来たんだよ。神頼みか?」
    まだ、うずくまったままで黙っている。返事を待っても仕方がない。
    リッキーはアルフィンを力ずくでも、連れて帰ろうと近寄った。
    「・・・たの・・・。」
    「えっ、何?」
    雨音で声がはっきり聞こえない。リッキーは聞き返した。
    「祈りになんかきたんじゃないわ。」
    アルフィンの声はいつもの彼女の声よりも低い。
    まるで別人だ。
    アルフィンは顔を上げた。雨に打たれ、金髪はずぶぬれだ。やつれて顔は白い。
    リッキーを見つめる彼女の目はいつもは空を映したように青いのだが、このときの目は充血し色を紫に変えていた。
    けれど、これらのことが彼女の美しさに傷一つつけることはなく、むしろぞっとするような冷たい美貌を作り上げていた。
    「神様に文句を言いにきたのよ。ジョウを・・・ジョウを死なせたら許さないって・・・。」
    それだけ言うと、リッキーを睨みつけた。暁色の瞳に涙がこみ上げてくる。

    病院のベッドで目が覚めたときも、頬に涙がこぼれていた。
    眠りながら泣いていた。
    もう何度泣いたかわからない。
    泣いて泣いて、体中の水分が涙になってしまったかというくらい。
    それでも、まだ涙は瞳からあふれ出してくる。
    夢の中で、背中が真っ黒に炭化し、動かないジョウがアルフィンの目の前に何度も現れる。
    ジョウを失う悲しみ、恐怖、喪失感がアルフィンの心をずたずたに裂いていた。
    こんなこと許さない。許す事なんてできない。
    彼の運命を決めることを。
    天に呪いを吐くため、いつの間にかアルフィンは病院を飛び出していた。

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■836 / inTopicNo.4)   闇に降る雨
□投稿者/ 藍々 -(2005/02/27(Sun) 15:09:10)

    「でも、ここでそんなこと言ってどうなるんだよ・・・。今はアルフィンだって弱ってるんだぜ・・・。アルフィンまで体を壊したらどうする気だよ・・・。」
    弱々しくリッキーが言った。アルフィンの迫力に気圧されたのだ。
    「体を壊す・・・。そうね、そんなことどうでもいいわ。」
    リッキーの問いに自嘲気味にアルフィンは話し出した。
    「それで、神様が私を哀れと思って彼を助けてくれるなら、それでもいいわ。いっそ、ジョウと一緒に死ねるなら・・・。」
    そこまで言った時だった。アルフィンの左頬で大きな音がした。
    数秒して、頬がジーンとしびれてきた。反射的に手を当てる。
    リッキーがアルフィンを平手で打ったのだ。
    「なに言ってんだよおぉ!」
    リッキーが大声で怒鳴った。アルフィンを打った手が小刻みに震えている。
    「ア、アルフィンにな、何か、あ、あったら、
    兄貴が目ぇ、覚めた時に俺ら、何て、何て言ったらいいんだよぉ。
    兄貴めちゃくちゃ心配するじゃないか!」
    喉の奥から振り絞るようなリッキーの声だった。
    「ア、アルフィンも、タ、タロスもいい加減にしろよ。
    あ、兄貴がもう死んじまったみたいな態度とるなよ。あきらめんなよ。
    俺ら、俺らそんなこと認めない。絶対に認めないからな!」
    そこまで言うと、リッキーは小さな子供のように声を出して泣きはじめた。

    怖かった。

    苦しかった。

    淋しかった

    悲しかった。

    病室で眠るジョウ。何も言わずうずくまるタロス。
    泣き叫ぶアルフィン。
    兄貴が目の前から消えてしまう。
    これは嘘だ。夢なんだ。
    ローデスの浮浪児だった自分が始めて掴んだ居場所。
    それがクラッシャーだ。
    ジョウがいなければ、自分はローデスでチンピラに殺されていたのだ。
    なんとか生き延びたとしても、その日その日を食いつなぐことだけ考えて生きていくだけだったろう。
    自分に誇りも持てず、あのままずっと・・・。
    病院で眠るジョウを見ていると、自分の居場所が、足元から崩れていくようで怖かった。病院で漂う薬品の匂いもなんだか不吉な匂いに感じられた。
    だから必死に働いた。目の前で起きている事を直視したくなかった。
    じっとしていると、じわじわと真っ暗な闇が自分を呑みこんでしまう気がしたのだ。
    堰を切ったようにおさえていた想いが流れ出すと、もう止めることはできなかった。リッキーは拳で顔を覆うと、おうおうと声を上げて泣きじゃくった。
    そんなリッキーに雨は冷たく、容赦なしに降り注ぐ。

    ふと、手にやわらかい感触があった。
    アルフィンだ。いつの間にかリッキーのそばにきて、彼の手を包み込んだ。
    「ごめん、リッキーごめんね・・・。」
    それだけ言ってリッキーの頭を抱き寄せた。
    まるで自分はガキみたいだとリッキーは思ったが、アルフィンに抱きしめてもらうとそこから暖かいものが流れ込んでくるようで安心できた。
    まだ、俺らの居場所はある。失ってなんかいない。
    雨と一緒に暗闇に沈みかけた意識がもどってくる。
    止まらなかったはずの涙が少しずつ治まってきた。
    アルフィンから離れ、顔を見合わせた。
    途端に子供のように泣いたことが恥ずかしくなった。
    鼻をすすり、照れ隠しに苦笑いをした。
    「えへへへ・・。」
    アルフィンも微笑み返す。雨と涙でぐしゃぐしゃの顔だった。
    しかし、それは三日振りにみる彼女本来の笑顔だった。
    「俺らこそごめん、痛かったろう?」
    リッキーはアルフィンの左頬に触った。少し、赤くなっている。
    「ううん、目が覚めた。リッキーのパンチは効いたわ。」
    「えっ?やっぱり痛かった?」
    リッキーは恐る恐る聞く。女の子をたたいたのは初めてだ。それもアルフィンを。
    「憶えてなさい。このお返しはするから。」
    「ひえええ。」
    これはとんでもないことになった。リッキーは怯える振りをして後ずさった。それをみてアルフィンは
    少し笑った。思わずリッキーも目を大きく開いておどけて笑った。
    「アルフィン、帰ろう。」
    「ええ」
    差し伸べられた手を取って、リッキーとアルフィンはタクシー乗り場へと向かっていった。

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■837 / inTopicNo.5)  Re[4]: 闇に降る雨
□投稿者/ 藍々 -(2005/02/28(Mon) 16:24:47)
    タクシーを拾い、ずぶぬれのまま後部座席に乗りこんだ後、リッキーは通信機でタロスに連絡をとった。
    「言いたいことは山ほどあるが・・・。今は急いで返って来い。」
    タロスの低音がアルフィンにも聞こえた。
    タロスはもう一言付け加えて連絡を切った。
    「もう来たぜ。」とだけ。
    その一言で、リッキーは重大なことを思い出した。
    「あ、アルフィンこれ見てくれる」
    そういって胸ポケットから小型パソコンを取り出した。
    リッキーがドンゴから受け取ったメールが流れはじめる。
    40代ぐらいの女性がこちらに向かって話しかけてきた。
    目は青く、髪はブラウン。ブラックのスーツを着てどことなく品がある。
    クラッシャー評議会の秘書を務めている女性だ。何度か映像で認識した顔である。
    「クラッシャー評議会からクラッシャージョウのチームへ連絡です。
    今から銀河標準時間で8時間後にクラッシャーダン、評議会議長がリーベンバーグの病院へ向かいます。
    ごめんなさい。本来ならもっとはやくジョウの元にダンを行かせるべきだったのに。」
    「!」
    ここまで聞いて、アルフィンの顔色が変わった。
    思わず、横にいるリッキーの顔をみる。リッキーも硬い表情でうなずいた。
    ビデオメールはまだ続いていた。
    「議長は一時間だけそちらへお伺いします。
    もっといてもらうべきなのですが、リーガン達の遺品を早くアラミスに持って帰ると議長が譲らなかったの。
    議長は二日前から遺体捜索の指揮を執られるためインファーノへ向かわれました。
    先ほど、見つかった遺体だけで宇宙葬を執り行いました。議長を乗せた船はリーベンバーグ宇宙港で補給完了後すぐアラミスに帰還される予定です。」
    それだけ言って通信は終わった。
    議長が、クラッシャーダンが来る・・・。一時間だけ・・・。
    インファーノで亡くなったクラッシャー達の様子は、
    クリムゾン・ナイツのコンピューターに鮮明に記録が残されていた。
    被害者達の遺体の損傷は激しく、捜索は難航していたはずだ。
    銀河系の全クラッシャーに呼集をかける前にデーターから集めた資料を読んだアルフィンは、改めてテュポーンの恐ろしさに身震いした。
    仲間達の壮絶な死を弔い、瀕死の息子に対面するダンの気持ちをおもんばかるとアルフィンは大きく深呼吸をした。
    ぼやけていた頭の焦点があい、この三日間で初めて周りが見えてきた感じがした。
    「リッキー・・・。あたし、何をやればいいのかしら。」
    あえぐようにアルフィンがリッキーに尋ねた。
    唐突な質問だったので、リッキーもどう答えたらいいのか解らず、しばらくアルフィンを見つめていた。
    何ができるのなんか俺らにもわからない。
    ただ、自分の気持ちを素直にアルフィンに伝えた。
    「何もしなくていいんじゃないかな。今は兄貴のそばにいてやろうよ。だって、俺ら達はクラッシャーだろ。クラッシャーはチームメイトを絶対に見捨てない。って兄貴いつも言ってるじゃん。」
    「そうね。」
    リッキーの言葉にアルフィンは小さく微笑んだ。

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■838 / inTopicNo.6)  Re[5]: 闇に降る雨
□投稿者/ 藍々 -(2005/03/01(Tue) 16:42:16)
    病院の前にタクシーが着く頃には、雨は少し小降りになり始めていた。
    タクシーを降りると、玄関にのっそりと黒い巨体が腕をくんで壁に寄りかかっているのが見えた。
    タロスだ。
    アルフィンとリッキーはタロスの方へゆっくりと近づいていく。
    タロスは手に持っていたタオルを、二人の頭に投げつけて低い声で言った。
    「ちったあ、頭冷えたか。」
    「何すんだよう。俺らは違うじゃんか。」
    「おめぇはそんくらい、冷え方が脳細胞が働くだろう。このタコ。」
    「なんだってぇ。」
    リッキーが頬を膨らました。始まった。いつもの喧嘩だ。
    なのに、こんなに嬉しいのは何故だろう。
    怒りながらもリッキーの顔が思わずゆるむ。
    「ごめんなさい、タロス。」
    タオルをかぶったまま、うつむいてアルフィンは言った。
    「・・・・。ちっとはましになったな。」
    ぶっきらぼうだが、タロスの口調は優しかった。
    「今、おやっさんはジョウの所にいる。あと、20分で宇宙港に戻らなきゃならんらしい。早く、挨拶に行って来い。それから、アルフィン。」
    慌てて行こうとしたアルフィンをタロスは呼び止めた。
    アルフィンは振り返らずそのまま立ち止まる。
    「絶対におやっさんの前で泣くな。取り乱すなんてみっともない姿をさらすな。くいしばれ。」
    厳しい言葉だった。リッキーは目を丸くして二人を交互にみた。
    アルフィンはタオルを頭からはぎ取り、タロスに差し出してゆっくり面をあげた。
    「わかっているわ。タロス。あたしはクラッシャーなのよ。」
    挑むような眼でタロスを見ていた。顔は青白く、やつれていたが、青い瞳の中には力が戻っている。
    「ならいい。行って来い。」
    アルフィンの瞳を見て、タオルを受け取りながらタロスがにやりと笑った。
    小さく頷くとアルフィンはリッキーを連れてジョウが眠っている部屋へ向かって走り出した。
    (いい女になってきたじゃあねえか・・・。)
    二人を見送り、タロスはもう一度壁によりかかった。
    そのまま降りしきる雨をずっと見つめ続けていた。

    アルフィンとリッキーはICUの隣の部屋へ飛び込むように入っていった。
    そこには銀色の髪をした背の高い紳士が、ガラス越しに横たわるジョウを見つめていた。
    クラッシャーダンだ。
    来た時に、雨はピークに達していたのだろう。
    左手に抱えているレインコートはぐっしょりと濡れていた。

    この光景を見て、アルフィンはふと既視感に襲われた。
    この光景は一度見たことがある。あの時だ。

    母国ピザンに反乱が起きて、すぐにエマージェンシーロケットでアルフィンが逃げようとした時だ。
    父、ピザン国王ハルマン三世は宮殿のバルコニーからじっと自分を見つめていた。
    このまま永遠の別れかもしれない。
    父の瞳には自分への愛情があふれていた。
    国王としての責任を考えると一緒に逃げる事はできない。
    アルフィンに重大な任務を託したのは、娘の未来を案じた父の苦肉の策だ。
    お別れを言葉にすると本当になってしまいそうだった。
    だから、アルフィンは胸をしめつけられながらもわざと強気な言葉を父に贈った。
    それに答える父の眼差しはどこまでも優しく、アルフィンにはこの時の父の顔が一生忘れられない。

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■839 / inTopicNo.7)  Re[6]: 闇に降る雨
□投稿者/ 藍々 -(2005/03/02(Wed) 16:58:18)
    ダンの顔とあの日のハルマン三世の顔がアルフィンの中で重なりあった。
    しばらくダンを見つめていると、ダンがアルフィンとリッキーに向き直った。
    二人とも髪は濡れたまま顔色も悪かったが、ダンはそのことには触れようとしない。
    「あれが世話になっている。」
    顎をしゃくってガラスの向こうのジョウをさすと、二人にゆっくりお辞儀をした。
    「お、俺ら達は別に・・・。な、なあアルフィン。」
    ダンを前にリッキーはあがってしまった。
    ジョウの父親には一度会った事はあるが、気安く声をかけられるような存在ではない。
    ましてや、頭を下げられるなんて。
    「いえ、議長、私達の力不足でした。こんなことになって申し訳ございません。」
    アルフィンもゆっくりと頭を下げた。
    アルフィンを見て、リッキーも慌てて頭を下げる。
    そして面をあげ、ダンの顔をまっすぐに見た。
    年齢を重ねているが、威厳があり、他人を易々と圧倒する存在感を持っている。
    銀河系に散らばるクラッシャーをまとめる男だ。睨まれればどんな人間でも足がすくむだろう。
    けれど不思議にアルフィンには怖いという感情はわかなかった。
    「議長・・・。」
    「なにかね。」
    「ジョウは必ず目覚めます。私達が付いています。
    かならず彼は私達の所へ戻ってきます。奇跡は必ず起きますわ。」
    凛とした声ではっきりとアルフィンは言った。
    ジョウがこの世にいる限り、自分は何があってもそばにいる。
    もう逃げたりしない。
    ダンはアルフィンを凝視した。目の前にいる少女はやつれていて、雨に打たれた後が痛々しくもあった。
    しかし、彼女からあふれる気迫がそれをすべて消し去ろうとしていた。言葉に力があふれている。
    横にいたリッキーも先ほどのアルフィンを知るだけに、驚いて彼女を見ていた。
    「ああ、そうだな。」
    そう言うとダンは少し微笑んだ。
    その顔にアルフィンの胸はどきりと鳴った。
    笑った雰囲気がジョウに似ている。
    具体的にどこがどう似ているかではなく、自分に対して見せるあの優しい笑い方にそっくりだった。
    アルフィンは鼻の奥がツンとしてきた。気持ちが一気に崩れそうになる。
    が、こぼれそうになる涙を深呼吸しでこらえた。
    ここで泣いてはいけない。絶対に。
    ダンはもう一度ジョウを見て、そして手首の時計を見て言った。
    「すまないが、これで行かねばならん。後をよろしく頼む。」
    ダンは右手を二人に差し出した。
    アルフィンは自分の手を差し出し、ダンと握手を交わした。
    暖かく、大きな手だ。
    リッキーもごしごしと手を拭くと握手を交わした。
    二人は玄関まで見送ろうとしたが、ダンは手で二人を制すると
    「そばにいてやってくれ」
    とだけ言い、静かに開いたドアの向こうに消えていった。
    「やっぱ、すげえ貫禄だぁ。」
    ダンがいなくなった後、緊張の糸が切れたのかリッキーは一言呟くとへなへなと床に座り込んだ。
    アルフィンはゆっくりガラスの向こうにいるジョウの方へ顔を向けた。
    白い包帯で包まれたジョウを見るのはまだつらかった。
    でも、ジョウは生きている。
    アルフィンはガラスに手を置いて、自分の想いがジョウに少しでも伝わるようにそっと額をつけた。
    「ジョウ、お父様いらしたわよ。」


    病院の玄関ではタロスが直立不動の姿勢で、ダンを待っていた。
    ダンはレインコートを羽織ながら、タロスを一瞥する。
    「若いもんに失礼はなかったですかい?」
    タロスは少し体を丸めてダンに聞いた。
    「ああ、私が病院に到着した途端に、お前がいきなり土下座したのよりは、遥かにしっかりしていたよ。」
    ダンは横目でタロスを睨んで、にやりと笑った。
    「面目ねえ。」
    タロスは頭を掻いた。
    「いいチームになっているじゃないか。」
    「恐れ入りやす。おやっさん。宇宙港まで、送りますぜ。」
    「いや、いい。タクシーの中でもお前に泣き言をいわれるのは、私はごめんだよ。」
    片手をひらひら振って断る。
    ダンの態度はつれない。タロスは顔を情けなさそうにしかめるしかなかった。
    その時、タロスの胸に入っている携帯電話が音を立てた。
    リッキーからだ。
    「タロス!兄貴が、兄貴が目ぇ覚めそうだ。今、ほんの少し指が動いたんだよ!早く来てくれ!」
    タロスは息を飲んだ。奇跡が起きた瞬間だった。
    そして、隣にいるダンを見て一緒に行こうと言いかけた時だった。
    するとダンは満足そうに微笑み、
    「行ってくれ。」
    とタロスを促した。驚いてタロスが迷っていると、
    「何をしている、早く行け!」
    と一喝した。
    「へいっ。」
    慌ててタロスは大きな体をどたどたとゆらして駆け出し、エレベーターに入っていった。
    ダンはタロスを見送った後、閑散とした玄関を歩き始めた。ダンの靴音だけが鳴り響く。
    玄関を出ると、病院に到着した時に激しく降っていた雨は、霧雨と変わっていた。街灯の光の中に水の粒子がきらきらと反射している。
    ダンは湿り気のある空気を吸うと、目を閉じた。
    ジョウにも多くのクラッシャー達にもたらした大きな嵐はまだ吹き荒れている。
    自分はできうる限りの最善を尽くさなければならない。
    まだまだこれからだ。
    ここの雨はじきに上がるだろう。朝にはまばゆい光が差し込み、澄んだ空気が朝露とともにこの大地を包み込むはずだ。
    ダンはその暖かい光の中で彼らがリーダーの生還を喜びあい、希望に包まれる。
    そんな光景を願わずにはいられなかった。
    目を開き、もう一度病院を振り返る。
    静かに銀色のタクシーがダンの前に止まった。
    タクシーはダンの長身を滑らかに納めるとゆっくりと動きだした。
    そして、闇に溶けるように消えていった。

    <END>

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■840 / inTopicNo.8)  Re[7]: 闇に降る雨
□投稿者/ 藍々 -(2005/03/02(Wed) 17:02:30)
    暗い話なのに読んでくださった方、本当にありがとうございました。
    タイトルは椎名林檎の「闇に降る雨」からいただいています。

fin.
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