| ダンの顔とあの日のハルマン三世の顔がアルフィンの中で重なりあった。 しばらくダンを見つめていると、ダンがアルフィンとリッキーに向き直った。 二人とも髪は濡れたまま顔色も悪かったが、ダンはそのことには触れようとしない。 「あれが世話になっている。」 顎をしゃくってガラスの向こうのジョウをさすと、二人にゆっくりお辞儀をした。 「お、俺ら達は別に・・・。な、なあアルフィン。」 ダンを前にリッキーはあがってしまった。 ジョウの父親には一度会った事はあるが、気安く声をかけられるような存在ではない。 ましてや、頭を下げられるなんて。 「いえ、議長、私達の力不足でした。こんなことになって申し訳ございません。」 アルフィンもゆっくりと頭を下げた。 アルフィンを見て、リッキーも慌てて頭を下げる。 そして面をあげ、ダンの顔をまっすぐに見た。 年齢を重ねているが、威厳があり、他人を易々と圧倒する存在感を持っている。 銀河系に散らばるクラッシャーをまとめる男だ。睨まれればどんな人間でも足がすくむだろう。 けれど不思議にアルフィンには怖いという感情はわかなかった。 「議長・・・。」 「なにかね。」 「ジョウは必ず目覚めます。私達が付いています。 かならず彼は私達の所へ戻ってきます。奇跡は必ず起きますわ。」 凛とした声ではっきりとアルフィンは言った。 ジョウがこの世にいる限り、自分は何があってもそばにいる。 もう逃げたりしない。 ダンはアルフィンを凝視した。目の前にいる少女はやつれていて、雨に打たれた後が痛々しくもあった。 しかし、彼女からあふれる気迫がそれをすべて消し去ろうとしていた。言葉に力があふれている。 横にいたリッキーも先ほどのアルフィンを知るだけに、驚いて彼女を見ていた。 「ああ、そうだな。」 そう言うとダンは少し微笑んだ。 その顔にアルフィンの胸はどきりと鳴った。 笑った雰囲気がジョウに似ている。 具体的にどこがどう似ているかではなく、自分に対して見せるあの優しい笑い方にそっくりだった。 アルフィンは鼻の奥がツンとしてきた。気持ちが一気に崩れそうになる。 が、こぼれそうになる涙を深呼吸しでこらえた。 ここで泣いてはいけない。絶対に。 ダンはもう一度ジョウを見て、そして手首の時計を見て言った。 「すまないが、これで行かねばならん。後をよろしく頼む。」 ダンは右手を二人に差し出した。 アルフィンは自分の手を差し出し、ダンと握手を交わした。 暖かく、大きな手だ。 リッキーもごしごしと手を拭くと握手を交わした。 二人は玄関まで見送ろうとしたが、ダンは手で二人を制すると 「そばにいてやってくれ」 とだけ言い、静かに開いたドアの向こうに消えていった。 「やっぱ、すげえ貫禄だぁ。」 ダンがいなくなった後、緊張の糸が切れたのかリッキーは一言呟くとへなへなと床に座り込んだ。 アルフィンはゆっくりガラスの向こうにいるジョウの方へ顔を向けた。 白い包帯で包まれたジョウを見るのはまだつらかった。 でも、ジョウは生きている。 アルフィンはガラスに手を置いて、自分の想いがジョウに少しでも伝わるようにそっと額をつけた。 「ジョウ、お父様いらしたわよ。」
病院の玄関ではタロスが直立不動の姿勢で、ダンを待っていた。 ダンはレインコートを羽織ながら、タロスを一瞥する。 「若いもんに失礼はなかったですかい?」 タロスは少し体を丸めてダンに聞いた。 「ああ、私が病院に到着した途端に、お前がいきなり土下座したのよりは、遥かにしっかりしていたよ。」 ダンは横目でタロスを睨んで、にやりと笑った。 「面目ねえ。」 タロスは頭を掻いた。 「いいチームになっているじゃないか。」 「恐れ入りやす。おやっさん。宇宙港まで、送りますぜ。」 「いや、いい。タクシーの中でもお前に泣き言をいわれるのは、私はごめんだよ。」 片手をひらひら振って断る。 ダンの態度はつれない。タロスは顔を情けなさそうにしかめるしかなかった。 その時、タロスの胸に入っている携帯電話が音を立てた。 リッキーからだ。 「タロス!兄貴が、兄貴が目ぇ覚めそうだ。今、ほんの少し指が動いたんだよ!早く来てくれ!」 タロスは息を飲んだ。奇跡が起きた瞬間だった。 そして、隣にいるダンを見て一緒に行こうと言いかけた時だった。 するとダンは満足そうに微笑み、 「行ってくれ。」 とタロスを促した。驚いてタロスが迷っていると、 「何をしている、早く行け!」 と一喝した。 「へいっ。」 慌ててタロスは大きな体をどたどたとゆらして駆け出し、エレベーターに入っていった。 ダンはタロスを見送った後、閑散とした玄関を歩き始めた。ダンの靴音だけが鳴り響く。 玄関を出ると、病院に到着した時に激しく降っていた雨は、霧雨と変わっていた。街灯の光の中に水の粒子がきらきらと反射している。 ダンは湿り気のある空気を吸うと、目を閉じた。 ジョウにも多くのクラッシャー達にもたらした大きな嵐はまだ吹き荒れている。 自分はできうる限りの最善を尽くさなければならない。 まだまだこれからだ。 ここの雨はじきに上がるだろう。朝にはまばゆい光が差し込み、澄んだ空気が朝露とともにこの大地を包み込むはずだ。 ダンはその暖かい光の中で彼らがリーダーの生還を喜びあい、希望に包まれる。 そんな光景を願わずにはいられなかった。 目を開き、もう一度病院を振り返る。 静かに銀色のタクシーがダンの前に止まった。 タクシーはダンの長身を滑らかに納めるとゆっくりと動きだした。 そして、闇に溶けるように消えていった。
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