| 「兄貴、パワーが落ちてるよ」 リッキーがコンソールに点滅する赤いLEDランプに目を走らせながら、言った。 「なんとかする。とにかく撃ちまくれ」 ジョウが唸るように言って、機影の数を確認する。あと7機。 <ガンダ・ヌゥ>の向こう側に回り込もうとした機影が、ミネルバのレーザーで撃墜されるのが見えた。 <ファイター1>がミサイルを発射し、右手上方で爆破させた。慌てて回避した戦闘機が無防備にエンジンを曝け出す。 「今だ、リッキー!」 ジョウの言葉と殆ど同時にレーザーがエンジンを切り裂いた。 「いいぜ」と、ジョウが言いかけた時。 爆破した戦闘機の後ろから、違う一機が突っ込んできた。
やられる、そう思った刹那。目前の戦闘機が爆発した。 慌てて回避し必死で体制を建て直しながら、ジョウは視界の端で赤い機体を捕らえた。 「<ファイター2>だ!」リッキーが歓声をあげる。 「アルフィンか?」ジョウが目を瞠って、通信機に叫んだ。 「ジョウ!援護するわ」凛とした声がコクピットに響き渡る。 「やるじゃん、アルフィン」 リッキーがぱちん、と指をならした。
<ガンダ・ヌゥ>はようやく戦線を離脱し、上空へ退避している。 戦闘機は残り3機となっていた。 そして1機がまたレーザーの餌食となり、その爆発が近くにいたもう1機を巻き込んだ。 あとひとつ。ジョウが最後の獲物を捉えようと機体を反転させた。 −と、その時。 爆発の巻き添えをくった戦闘機が煙をあげながら<ファイター2>めがけて、突っ込んでいくのが見えた。 助からないと知って捨て身の行動にでたらしい。 「アルフィン!」 ジョウが叫び、リッキーがあわててトリガーを絞った。 <ファイター1、2>のそれぞれのレーザーが戦闘機を切り裂く。 しかし、至近距離の爆発の破片で<ファイター2>のエンジンが被弾した。 赤い機体が黒煙をなびかせながら、高度を落としてゆく。その後ろを最後の戦闘機が追尾するのが見えた。
「野郎!」 ジョウが片肺とは思えない無茶な加速をして、戦闘機との距離を縮める。 「リッキー、撃て!」 「まかせとけ!」 レーザーが後ろを見せた戦闘機の機体を切り裂いた。 <ファイター2>は爆発こそしていないが、かなり急速に落下している。 「アルフィン、大丈夫か!?」ジョウが通信機に叫んだ。 「なんとか着陸してみるわ」 ノイズに紛れて、アルフィンの声が聞こえた。
<ファイター2>は近くの小さな森の樹々をなぎ倒しながら、ようやく停止した。しかし、以前黒煙は昇り続けている。いつ爆発してもおかしくはない。 ジョウは舌打ちして、森の近くの空き地に<ファイター1>を降ろした。 素早くクラッシュパックを背負って、キャノピーを開ける。 「リッキーは一旦上空に上がって他に敵がいないか確認しろ。安全を確認したら<ミネルバ>と合流して迎えに来てくれ」 そう指示を出して、コクピットから草地へ飛び降りた。間髪入れず、黒煙に向かって走り出す。 「アルフィン、脱出しろ!」 左手首の通信機に叫ぶが、応答は無かった。 強い風圧に煽られて、後方で<ファイター1>が上昇するのが分かった。
アルフィンは着陸のショックで意識が朦朧としていた。 キナ臭いにおいがする。爆発するかもしれない、と思ったが身体がうまく反応しない。のろのろとシートベルトを外した。 その時、空気の抜ける音がしてキャノピーが開いた。 「アルフィン、しっかりしろ!」 そして逞しい腕に抱えられて、シートから連れ出される。 ジョウはアルフィンの身体を小脇に抱えたまま、<ファイター2>から飛び降りた。 そのまま森の中へ走り出す。数秒後、機体が爆発した。 爆風でふたりの身体が浮き上がる。空中でジョウはアルフィンの身体を庇うように入れ替えて、背中から落ちた。 一瞬激痛で息が詰まったが、気力で意識を保つ。横様に身体を転がせて、アルフィンの小さな頭を抱え込んだ。ふたりの上に<ファイター2>の破片がばらばらと落ちてきた。
「ジョウ、大丈夫?ジョウ!」 身体の下からアルフィンのくぐもった声が聞こえた。 痛む上体をゆっくりと起こすと、破片が重い音をたててジョウの上からすべり落ちた。 額に痛みが走る。手をやるとチタニウムの指に血がべっとりとついた。破片で切ったらしい。 「血が・・・」 下から見上げたアルフィンが、驚いて碧い瞳を見開く。 「かすり傷だ」ジョウは笑ってみせ、身体を横にずらした。 ジョウ達は近くの大きな立ち木の根元に移動し、背をもたせかけて座った。 アルフィンがクラッシュパックから薬品を取り出した。場所柄、出血は多かったが傷はさほど大きくは無い。 いくつかの薬剤を打ち、傷にリバテープを貼った。
「ごめんなさい。また<ファイター2>が・・・」 アルフィンが申し訳なさそうに、後手にあがる黒煙を見た。 「いいさ。アルフィンが無事だったんだ。それに、俺達も助けられた」 ジョウが可笑しそうに、目を細めて言った。 「まさか<ファイター2>で突っ込んでくるとは思わなかったぜ」 「だって。ジョウが置いて行くんだもの」 アルフィンが頬をふくらませ、首を傾げるようにして下からジョウを睨んだ。 細い金髪が肩から流れ、その仕草が驚くほど愛らしい。 青年の漆黒の瞳が優しく微笑み、少女の細い手首を掴んで引き寄せた。 「あん!」たまらず、青年の厚い胸板に倒れ込む。 「わかった。これからは必ず連れて行く」 ジョウは右腕をアルフィンの華奢な身体に廻し、金色の髪に頬をよせた。 「だから、無茶はするな」
−確かに。現実のアルフィンは、いい匂いがする。 そんなことをジョウはぼんやりと考えた。
ジョウの腕の中でアルフィンは頬を薔薇色に染め、息をひそめていた。 自分のものなのかジョウのものなのか、心臓の音ばかりがやけに響く。 頭の上の方でジョウが覆いかぶさるように顔を埋めている。かかる吐息が熱い。 抱きしめられている腕が重く感じられた。 「ジョウ・・・」 アルフィンはそっと金色の頭を動かし、上を覗き見るような仕草をした。 答えはなく、静かな息遣いだけが聞こえる。 重くてそれ以上、身動きができない。 「ジョウ?」 アルフィンの声に訝しげな響きが混ざった。
果たして。ジョウは5日目にして心地良い眠りについていた。 現実の少女を腕の中に抱いて、もう誰にも邪魔をされず、深い眠りに落ちていった。
<END>
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