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■874 / inTopicNo.1)  人、それを・・・
  
□投稿者/ 遠州屋小吉 -(2005/05/09(Mon) 22:48:26)
    「こういう場所って、どこもあんまり変り映えしないわよね」
     長い金髪が、真っ赤なクラッシュジャケットの背中でふわりと踊る。
     アルフィンは、後ろ手に手を組んで、マーケット区の雑踏の中を弾むように歩いて行く。
     宇宙港に隣接した場所のせいか、往来にはスペースノイドの姿が目立つ。
    「ちょっと待ってよ、アルフィン」
     ジョウとリッキーは、両手に幾つも荷物を抱えている。中身は食料品やら、ストックの底を尽いた消耗品などだ。これがまた、かさ張る上に重いときてる。
     いつもならこの手の荷物持ちはタロスの役割なのだが、生憎タロスは給油のためにミネルバに残っている。おかげでジョウもリッキーも、荷物が無情に増え続けるにつれ、口数の方は減り続けるのだった。
    「ねえ、あとタロスに頼まれてる物ってなあに?」
     アルフィンが、笑顔で肩越しに振り返る。こちらは上機嫌だ。何しろ気分的に最低だったロチェスの護衛からつい先程やっと開放されたのだ。これから待ちに待った休暇が始まる。自然と口元もほころぶというものだ。
    「キャノピー用の撥水ワックス」
     ぶっきらぼうにジョウが答える。それを聞いたリッキーは、泣き声を上げた。
    「げえ、まだあんのかよ。もう勘弁してよ」
    「情けないわねぇ。ジョウよりあんたの方が荷物軽いじゃない、文句言わないの」
    「‥‥‥自分は一つも持たないくせしてさ」
    「なんか言った?」
     腰に手を当てて、アルフィンがねめつけた。リッキーは、慌てて首を横に振った。悲しいかな、逆立ちしたって口ではアルフィンには勝てない。
    「行くぞ」
     ジョウが声を投げた。だがアルフィンと目が合うと、ついと視線を外してしまう。
    「‥‥‥?」
     小首を傾げたアルフィンを、通りすがりに、男たちが振り返っては眺めて行く。
     それへ反射的に射殺しそうな視線を投げて、
    「ち」
     ジョウは苛立たしげに小さく首を振った。
     そのまま大股に、雑踏の中へ踏み出していく。
    「あん、待ってよ、ジョウ!」
    「兄貴!」
     アルフィンとリッキーは顔を合わせて、それから慌ててジョウの後を追い始めた。



    「‥‥‥止まないねー、雨」
    「土砂降りって感じよねー‥‥‥」
    「このオドンてさ、今、雨季の真っ只中らしいよ」
    「そうなの?」
     雨は、唐突に、ものすごい勢いで落ちてきた。
     ジョウ、アルフィン、リッキーは、雨宿りに駆け込んだカフェバーの軒先で、やや呆然と雨粒が激しく地面を叩く様を眺めていた。
    「‥‥‥ねえ、リッキー」
     ややあって、アルフィンがためらいがちにリッキーのわき腹を小突いた。
    「なんだい」
     リッキーは、隣のアルフィンへ首を廻らせた。小柄なリッキーは、アルフィンより頭一つ分低い。
    「ジョウなんだけど‥‥‥さっきから、ちょっと変じゃない?」
    「変?」
     リッキーは訊き返した。
     アルフィンが声をひそめるので、リッキーの声も自然と低くなる。
    「というより、怒ってない? ―――あたしに」
     あたしに、と言うアルフィンの表情が曇る。
     気のせいか、アルフィンが何か話しかけると、その度にジョウの表情が強張るような気がする。それにさっきは目を逸らせたし。
     何か怒らせるようなことをしたのだろうか? アルフィンは不安だった。何せアルフィン自身、思い当たることは全然無かったので。
    「うーん‥‥‥」
     問われたリッキーは、何とも微妙な顔つきになった。人差し指で鼻の頭など掻きながら、ちらりとジョウの方を窺う。
     聞えてない筈はないのだが、ジョウは無言で雨を睨んでいる。
     ジョウとアルフィンに挟まれて、リッキーはどうにも居心地が悪い。
    「別に兄貴はアルフィンのことを怒ってるわけじゃないと思うけど」
    「じゃ、何でジョウはあたしと目を合わせようとしないわけ?」アルフィンは納得しない。
    「そ、それはまあ、兄貴本人に聞いてみないと何とも‥‥‥」
    「その本人に聞けないから、あんたに聞いてんじゃない」
    「そんな無茶苦茶な‥‥‥」
     リッキーは情けない声を上げた。アルフィンはそっぽを向いたが、無言である。さすがに無理を言ったと思っているらしい。
     雨の音だけが、やけに響く。 
    「あたし、中で何か飲んでくる」
    「アルフィン?」
     アルフィンは店のドアを押し開けた。その背中が怒っている。 
     慌てたのはリッキーだ。
    「飲むってアルフィン‥‥‥げ、カフェバーって酒あるんじゃ‥‥‥兄貴!」
     リッキーはジョウの方を振り返った。が、返事の代わりに仏頂面を向けられてしまい、それっきり言葉を飲み込んでしまう。
     ジョウのこの不機嫌の原因が、あのロチェスだろうということはまず間違いない。ミネルバにいなかったアルフィンは知りようもないが、実のところ、この五日間、ジョウはずっと機嫌が悪いのだ。
    (‥‥‥ったく、祟ってくれるぜ、ロチェスの奴)
     

     

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■878 / inTopicNo.2)  Re[1]: 人、それを・・・
□投稿者/ 遠州屋小吉 -(2005/05/10(Tue) 21:51:56)

     ロチェスは、五日前に、飛び込みの仕事をジョウたちに依頼して来た男だ。
     如何にもやり手のビジネスマンらしい、細面の冴えた風貌の男で、態度も如才がない。何より資産家らしく、金離れが非常にいい。
     仕事の内容も、惑星国家オドンまで商談に行く彼の護衛というものだった。  
     運悪くというか、ジョウたちはちょうど休暇に入る直前だった。つまりスケジュールが空いていた訳だ。
     ジョウは引受けた。仕事の内容はつまらないものだったが、如何せん、先月壊れたガレオンの修理代がまだ半分残っている現状では、贅沢は言えなかった。
    「‥‥‥まあ飛び込みなんだし、こんなもんだろ。さっさと片付けて休暇にしようぜ」 
      ところが、この依頼人がいざ出発という段になって、自分のボディガードにクラッシャーを一人自分の船(クルーザー)に寄こして欲しいと言い出して、それにアルフィンを指名したことから話はおかしくなった。  
    「君たちはトップクラスのクラッシャーだという話だから、各メンバーの能力に遜色はないはずだ。だったら私の一存で選ばせてもらっても問題はないだろう」
     と言って、彼はアルフィンをほとんどかっさらうようにして自分の船に乗せてしまったのだ。
     ロチェスの強引なやり方にジョウは怒ったが、契約を楯に問題はないと言われると文句もつけにくい。
     それに何より当のアルフィンがヤル気になっていて、船から降りようとしなかったのだ。何しろわざわざの御指名である。彼女が張り切るのも無理はなかった。
     でまあ結局ジョウが渋々折れて、一行はオドンへ向けて出立したのだが―――
    「ちょっとジョウ! ロチェスに何とか言ってよ! どうしてあたしがあいつのディナーやらホイストやらに付き合わなくっちゃなんないのよ!」
    「仕事だ、我慢しろ」ジョウは、呻るしかない。
    「アルフィン、何でそんなカッコしてんのさ? クラッシュジャケットは?」
     ミネルバのメインスクリーンに大写しになったアルフィンは、いつもの赤いクラッシュジャケットではなく、ブルーグレーを基調にしたシックなイブニングドレスを身に着けていた。長い金髪も綺麗に結い上げて、その為か、普段の彼女とは随分と印象が違う。
    「だってディナーの時はフォーマルじゃなきゃ駄目だってきかないんだもん。この船にいる間は私のスタイルに合わせて貰いたいとか例外はないとか言って、二言目にはクライアント、クライアントってえっらそうに!」
     アルフィンは珊瑚色の口唇をとがらかして、矢継ぎ早に文句を言う。
    「大体なんであたしに専用のメイドロイドを付けるわけ? いらないって言ってるのに、もう訳わかんないわよ、あのロチェスって!」
    「アルフィン」タロスがなだめるように、口を挟んだ。
    「そうカッカするな。札束を相手にしてると思うんだ。そうすりゃ気も紛れる」
    「あんな気障ったらしい札束なんてお断りよ!」
     ジョウは文句の尽きないアルフィンをなだめすかし、改めてロチェスを呼び出した。
    「アルフィンは素晴らしい」
     開口一番、ロチェスはこう言った。聞いたジョウの片眉が跳ねた。
    「‥‥‥アルフィンには、仕事の合間にほんの少し、私の我が儘に付き合って貰っているだけだよ。それがどうかしたのか?」
     ロチェスは組んだ膝の上に軽く指を組み置くと、続けた。
    「何もそんなに目くじらを立てることもあるまい。私としてもディナーに同席を願う女性が、あんな無粋なスペースジャケット姿では興醒めだからね」
    「だったらあんた一人でメシ食えばいいだろう!」激したジョウが、吼えた。
    「興醒めだろうが何だろうが、クラッシュジャケットは俺たちクラッシャーにとっては、身を守り、武器ともなる大事なジャケットだ。護衛の仕事は危険が伴う。その仕事に就いているアルフィンにクラッシュジャケットを脱がせるなどもっての他だッ チームリーダーはこの俺だ、その俺を差し置いてアルフィンに勝手なことをするのは止めろ、仕事の効率にもかかわる」
    「君は女性に独りで食事をさせろと云うのか?」
     ロチェスは、ジョウの剣幕を悠然と聞き流すと、首を振って嘆いて見せた。
    「彼女は私の護衛だが、同時にこの船ではゲストでもある。だから船主の私が彼女をもてなすのはごく自然なことだし、またその事に関していちいち君に承諾を得る必要もないだろう。それに彼女だって喜びこそすれ、不満に思うことはないと思うがね。何といっても若くて美しい女性なんだし」
     それに、とロチェスは付け加えた。
    「私もホストとして、ピザンの元王女ならもてなし甲斐もあるというものだ。では失礼するよ、アルフィンを待たせているんでね」
     ブチ。
     一方的に通信は断ち切られ、メインスクリーンはブラックアウトした。
     取り付く島がないとはこのことだ。
     ジョウは、力任せにコンソールパネルをぶっ叩いた。
    「‥‥‥短気はいけませんぜ」
     操縦席のタロスが、溜息混じりに声を投げた。
    「‥‥‥‥‥‥」
     ―――それからの五日間というもの、ミネルバの船内はアルフィンから通信が入る度に気圧が下がり続け、おかげでリッキーはオドンに着くまで生きた心地がしなかった。
    (‥‥‥兄貴の場合、無自覚なのが余計に怖いんだよなー‥‥‥)
     ふと視線を感じて目線を上げると、ジョウが睨んでいる。
    「ひえっ」
    「―――何だよ」
    「あー‥‥‥その何と言うか」
     リッキーの口調は、甚だ歯切れが悪い。
     大体タロスは放っておけばいいと言って取り合わないが、そうは言ってもジョウの機嫌はダイレクトにアルフィンに影響する。
     不機嫌なジョウも恐ろしいが、荒れたアルフィンはもっと怖い。その最大の被害者であるリッキーとしては、何としてもその事態だけは避けたい。
    「あのさ、余計なことかもしんないけど‥‥‥」
    「?」
    「兄貴、アルフィンがミネルバに戻ってきてから、ほとんどまともに話してないだろ?」
    「‥‥‥‥‥‥」
    「せっかくいつものように四人揃ったんだし、それにこれから休暇なんだしさあ、兄貴もここいらで機嫌直して―――」
     ジョウはむっつりと押し黙る。
     オドン宇宙港のターミナルビルのロビーで、ロチェスがアルフィンの金髪を一房手に取ってキスしたのを見た瞬間、ジョウはロチェスを殴り倒していた。
     タロスとリッキーが揃って天を仰いでいたが、そんなこと知ったことではない。
     ジョウは内心、かなり面白くなかった。他の誰でもない、アルフィンに、だ。
     何故ロチェスなんかに気安く触らせたりするんだ?
     大体厭だ、何だと言いながら、ロチェスの言いなりに彼に付き合っていたのも気に入らない。通信の度にロチェスの事ばかり話していたのも気に障る。
     無論アルフィンは仕事の報告をしていただけで、他に他意などない事は解っている。わかるがしかし―――
    「‥‥‥‥‥‥」
     思い出して、知らずジョウは拳を握りしめる。
     駄目だこりゃ。
     リッキーは、がっくりと肩を落とした。
     その時だ。
    「ちょっと、あたしが先だって言ってるでしょ! 割り込まないでよっ」
     小気味のいい台詞が、雨音を突いてジョウとリッキーの耳を衝いた。
    「アルフィン?」
     リッキーが振り向いた時、既にジョウは飛び出している。
     思わず、リッキーは呆れた。

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■879 / inTopicNo.3)  Re[2]: 人、それを・・・
□投稿者/ 遠州屋小吉 -(2005/05/11(Wed) 00:59:48)
    No878の続きを書く(遠州屋小吉さんの小説)
     アルフィンはカウンターの前で、あまりガラがいいとはいえない二人組みのスペースノイドたちと睨み合っていた。
    「いちいちうるっせえな、殴られたくなかったら引っ込んでな」
    「お黙り!」
     アルフィンは、怯むどころか柳眉を吊り上げて一喝した。
    「順番待ちも出来ないくせして、威張ってんじゃないわよ、バカ!」
     客の中から、失笑が洩れた。アルフィンに凄んで見せたアフロヘアーの方が、そちらへじろりと殺気のこもった目を向ける。
     と、そこへ、ジョウが客の間を縫ってアルフィンの前へ出た。
    「アルフィン、止せ」
    「ジョウ」
     一瞬、碧玉の瞳がぱっと明るくなる。が、すぐにアルフィンは、ぷいとそっぽを向いた。
     ジョウが目を合そうとしないので、アルフィンも合せないつもりらしい。
    「やーよ! 悪いのはこいつらなのよ、あたしは悪くないもん!」
    「アルフィン!」
     ジョウの声が高くなる。
    「何よう」途端に、アルフィンはむくれた。「怒んなくったっていいじゃない」
    「別に怒ってるわけじゃ‥‥‥」
    「怒ってるわよ!」
     アルフィンは、ジョウにみなまで言わせず畳み込んだ。
    「さっきからずーっと一人で黙り込んじゃって、ちっともあたしの方見てくんないじゃない」
     言いざま、アルフィンが一歩踏み込んで、下方からジョウの瞳をひたと覗き込む。
     ジョウは咄嗟に顎を引いた。
    「―――やっぱり、怒ってる」
     ジョウは微かにかぶりを振った。
    「怒ってない」
     そんなんじゃ、ない。
    「怒ってる!!」
    「怒ってない!」
     ついつられて、ジョウもムキになる。今やアルフィンに絡んでいた二人組みのことなど完全に視界の外だ。ほったらかしである。
    「‥‥‥おい、てめえら、人をコケにするのもいい加減にしやがれっ」
     ぶち切れたアフロヘアーの方が、腕を伸ばしてジョウへ摑みかかった。無理もない。
     だがジョウは振り向きざま、上体を捻って肘で払いのけると、怒鳴りつけた。
    「うるせえっ! 取り込み中だっ」
     間髪いれず、殴り飛ばす。
     アフロヘアーは、傍にいたカウンターの客を数人巻き込んで、壁へ激突した。
    「野郎っ」
     アフロヘアーの相棒が、血相を変えて飛び付いた。ジョウは身体を開いて蹴倒す。
     そこへ、先程アフロの巻き添えでぶっ飛ばされた奴が唸り声を上げて体当たりして来た。さすがにジョウもバランスを崩して、その男もろとも近くのテーブルへ突っ込んだ。
     あたりの客が、一斉に散る。
    「ジョウ!」
     アルフィンが、カウンターに置いてあった飲み差しのビアジョッキを引っ掴んで、ジョウの上に折り重なった男の後頭部を狙い撃ちにした。
     ビアジョッキは中身を撒き散らしながら宙を飛び、ちょうど頭を上げた男の首筋を直撃した。
     ジョウが、腹の上で目を剥いて突っ伏した男の身体を邪険に蹴り除ける。
    「ちょ、ちょっとお客さん」
     カウンターの内側で、ちょび髭の店長がおろおろと両手をあげた。
    「喧嘩は止して下さいよ」
    「止めとけ。言うだけ徒労じゃ、店長。ありゃ駄目じゃ」
    「先生」
     猪首にネクタイをぶら下げた胡麻塩頭の老人は、今や乱闘状態になったジョウの方へ顎をしゃくると、どこか面白そうな表情で、
    「あの若いのが着とるジャケットをよう見てみい。知らんのか、ありゃ、クラッシャーじゃ」
    「げ」
    「ああなったらもうどうしようもない。店はまあ‥‥‥諦めるんじゃな」
    「そんな‥‥‥冗談じゃないですよ」
    「お前な、壊し屋の喧嘩じゃぞ、タダで済むかい。昔儂が見たクラッシャーなんぞ、放り込まれた留置場で喧嘩をおっぱじめて、警察ビルを半壊しとったからな‥‥‥苦みばしった渋いのと甘いハンサムの二人組みじゃったが‥‥‥」
    「あああ店があー‥‥‥」
     乱闘はすでに店内のあちこちに飛び火して、もはや収拾がつかなくなっている。
    「兄貴! どうなってんだよ!」
     カウンターに飛び乗ったリッキーは、投げつけられるカップや飛んでくるパンチを右に左に器用に避けている。
    「知るかっ」
     ナイフを振りかざした男の顔面へ酒ビンを投げつけて、ジョウが叫ぶ。口の端が切れて、殴られたところが青く腫れ上がっている。
    「アルフィン?」
     あらかた片付けたところで、ジョウは、ふと首を廻らせた。いつの間にかアルフィンの姿が見えない。
     と、その視界の端に、赤い色が一瞬よぎった。
    「アルフィン!」
     アルフィンは、壊れたテーブルの傍で、咽喉頸を押さえ込まれていた。
     殺到したジョウの左足が、うなりを上げてアルフィンに馬乗りになっている男の側頭部へ叩き込まれる。
     悲鳴も上げずに吹っ飛んだその男は、鼻血を撒き散らせて壊れたテーブルの上へ落ちた。
    「っほ、ごほっ‥‥‥」
     開放されたアルフィンが、咽喉を押えて激しくむせた。
    「大丈夫か」
     傍らに膝を着いて、ジョウはアルフィンの背中を撫でてやる。アルフィンはかろうじて頷いた。
    「だ、い、じょぶ」
     ジョウはアルフィンの手を取って退かせると、彼女の咽喉を調べた。ジョウの指がアルフィンの咽喉元から首筋をそっとなぞる。赤くなってはいるが大事はないようだ。
     自分とは違う、細くて華奢な頸。アルフィンは僅かに顎を上げて、されるがままになっている。
    「ジョウ?」
     くすぐったくって、アルフィンは身をよじる。そのか細い声にはっと我に返ったジョウは、弾かれたように手を引っ込めた。だが視線は吸い付いたように離れない。ジョウは自分の頸を捻じ切るようにして、無理矢理視線をアルフィンの白い肌からもぎ離した。
    「立てるか」
     おかげで掛ける声が必要以上にぶっきらぼうになってしまう。それがまたジョウを不機嫌にさせて、ジョウは自分に思わず舌打ちしそうになる。
     もっと他に言い様があるだろうに、自分はただこうしてアルフィンを引っ張り起すことしか出来ない。
    「ジョウ?」
     気がつくと、宝石のような碧い瞳が、ジョウを捉えていた。
     アルフィンがまじまじと、ジョウの顔を凝視している。
    「やだジョウ、ひっどい顔よ?」
    「え? あ」
     アルフィンの指先が、ジョウの切れた唇へそっと伸ばされた。だがそう言うアルフィンだって、長い金髪はざんばらに乱れて、何とも酷い有様だ。
    「大したことない」
     ジョウが答えると、何を思ったか、アルフィンは指先でその切れたところを弾いた。
    「あちっ」
     途端に、ジョウが顔をしかめる。アルフィンは小さく噴き出した。 
    「ウフフフ」
    「ハハハ」
     アルフィンの明るい笑顔につられて、ジョウも笑い出す。
    「‥‥‥‥‥‥?」
     リッキーが首を振って、カウンターから飛び降りた。何だか知らないが、丸く収まったらしい。やれやれだ。
    ついでに乱闘の方もあらかた収まったらしく、いつの間にか静かになっている。尤も店内は惨憺たる有様で、足の踏み場もないのだが。
    「あれ? タロスじゃん」
     タロスはドアの前で殴りあっている連中をあっさりと脇へ片付けて、のっそりとジョウたちのところへやって来ると、
    「帰りが遅いんで迎えに出て来たんですがね、ミネルバを出た途端、雨に降られましてね」
     と、それが癖の、他人事のような口調で話しながら、軽く肩をゆすった。
    「何度か通信機で呼びかけたんですが、何故か三人とも繋がらねえんで、こいつはきっと取り込み中なんだろうと思いやしてね」
    「よくここが解ったな」
    「何、こいつのおかげでさ」
     タロスは自分の手首に巻いた通信機を指さした。タロスの通信機は、クラッシュジャケットの熱センサーモードに切り替えられていた。
    「―――だが、ちょっと着くのが遅かったようですな」 
    周りを見回して、タロスは意味ありげにニヤリとする。
    「ちったあ、気が晴れましたかい?」
     ジョウは、そのフランケンシュタインそっくりの面貌を睨みつけた。タロスは涼しい表情で受け流している。
    「何の話?」
     アルフィンが、きょとんとして口を挟む。ジョウは答える代わりに、アルフィンのほつれた金髪を指で直してやった。
     と、タロスが背中を小突かれた。振り返ってみると、胡麻塩頭の老人が渋い表情をして仁王立ちしている。
    「何だ、爺さん?」
     タロスの問いかけを、老人は無視した。
    「死人を出さなかったことだけは関心じゃな。ま、店はこの有様じゃが‥‥‥ほれ、そこらに転がっとる連中を拾わんかい。はよ運ぶんじゃ」
     ジョウたちは顔を見合わせた。だがジョウたちの反応などお構いなしの老人は、猪首を回すという器用な芸当をしてみせると、気短な調子で続けた。
    「医者が怪我人を治療をすると言っとるんじゃ。わかったか。わかったら早うせい、クラッシャーども。ほれ行くぞ」 
    「行くって、どこ行くのさ」リッキーが訊く。
    「病院に決まっとるじゃろが」老人は、はっきりアホか、と呟いた。「幸い儂の勤務先がここから目と鼻の先にある」
    「このあたりに病院なんてあったかしら?」
    「警察病院じゃ」
    「うへぇ」リッキーが、頓狂な声を上げて後じ去った。
    「‥‥‥休暇はパーですな‥‥‥」
     思わずタロスも天を仰ぐ。先程から聞こえてくるサイレンの音が、徐々に、確実に大きくなっているように思えるのは気のせいではないらしい。
    「もう最っ低!」
     ジョウは黙って、人差し指でこめかみを掻いた。


                            
    >
fin.
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