| 「こういう場所って、どこもあんまり変り映えしないわよね」 長い金髪が、真っ赤なクラッシュジャケットの背中でふわりと踊る。 アルフィンは、後ろ手に手を組んで、マーケット区の雑踏の中を弾むように歩いて行く。 宇宙港に隣接した場所のせいか、往来にはスペースノイドの姿が目立つ。 「ちょっと待ってよ、アルフィン」 ジョウとリッキーは、両手に幾つも荷物を抱えている。中身は食料品やら、ストックの底を尽いた消耗品などだ。これがまた、かさ張る上に重いときてる。 いつもならこの手の荷物持ちはタロスの役割なのだが、生憎タロスは給油のためにミネルバに残っている。おかげでジョウもリッキーも、荷物が無情に増え続けるにつれ、口数の方は減り続けるのだった。 「ねえ、あとタロスに頼まれてる物ってなあに?」 アルフィンが、笑顔で肩越しに振り返る。こちらは上機嫌だ。何しろ気分的に最低だったロチェスの護衛からつい先程やっと開放されたのだ。これから待ちに待った休暇が始まる。自然と口元もほころぶというものだ。 「キャノピー用の撥水ワックス」 ぶっきらぼうにジョウが答える。それを聞いたリッキーは、泣き声を上げた。 「げえ、まだあんのかよ。もう勘弁してよ」 「情けないわねぇ。ジョウよりあんたの方が荷物軽いじゃない、文句言わないの」 「‥‥‥自分は一つも持たないくせしてさ」 「なんか言った?」 腰に手を当てて、アルフィンがねめつけた。リッキーは、慌てて首を横に振った。悲しいかな、逆立ちしたって口ではアルフィンには勝てない。 「行くぞ」 ジョウが声を投げた。だがアルフィンと目が合うと、ついと視線を外してしまう。 「‥‥‥?」 小首を傾げたアルフィンを、通りすがりに、男たちが振り返っては眺めて行く。 それへ反射的に射殺しそうな視線を投げて、 「ち」 ジョウは苛立たしげに小さく首を振った。 そのまま大股に、雑踏の中へ踏み出していく。 「あん、待ってよ、ジョウ!」 「兄貴!」 アルフィンとリッキーは顔を合わせて、それから慌ててジョウの後を追い始めた。
「‥‥‥止まないねー、雨」 「土砂降りって感じよねー‥‥‥」 「このオドンてさ、今、雨季の真っ只中らしいよ」 「そうなの?」 雨は、唐突に、ものすごい勢いで落ちてきた。 ジョウ、アルフィン、リッキーは、雨宿りに駆け込んだカフェバーの軒先で、やや呆然と雨粒が激しく地面を叩く様を眺めていた。 「‥‥‥ねえ、リッキー」 ややあって、アルフィンがためらいがちにリッキーのわき腹を小突いた。 「なんだい」 リッキーは、隣のアルフィンへ首を廻らせた。小柄なリッキーは、アルフィンより頭一つ分低い。 「ジョウなんだけど‥‥‥さっきから、ちょっと変じゃない?」 「変?」 リッキーは訊き返した。 アルフィンが声をひそめるので、リッキーの声も自然と低くなる。 「というより、怒ってない? ―――あたしに」 あたしに、と言うアルフィンの表情が曇る。 気のせいか、アルフィンが何か話しかけると、その度にジョウの表情が強張るような気がする。それにさっきは目を逸らせたし。 何か怒らせるようなことをしたのだろうか? アルフィンは不安だった。何せアルフィン自身、思い当たることは全然無かったので。 「うーん‥‥‥」 問われたリッキーは、何とも微妙な顔つきになった。人差し指で鼻の頭など掻きながら、ちらりとジョウの方を窺う。 聞えてない筈はないのだが、ジョウは無言で雨を睨んでいる。 ジョウとアルフィンに挟まれて、リッキーはどうにも居心地が悪い。 「別に兄貴はアルフィンのことを怒ってるわけじゃないと思うけど」 「じゃ、何でジョウはあたしと目を合わせようとしないわけ?」アルフィンは納得しない。 「そ、それはまあ、兄貴本人に聞いてみないと何とも‥‥‥」 「その本人に聞けないから、あんたに聞いてんじゃない」 「そんな無茶苦茶な‥‥‥」 リッキーは情けない声を上げた。アルフィンはそっぽを向いたが、無言である。さすがに無理を言ったと思っているらしい。 雨の音だけが、やけに響く。 「あたし、中で何か飲んでくる」 「アルフィン?」 アルフィンは店のドアを押し開けた。その背中が怒っている。 慌てたのはリッキーだ。 「飲むってアルフィン‥‥‥げ、カフェバーって酒あるんじゃ‥‥‥兄貴!」 リッキーはジョウの方を振り返った。が、返事の代わりに仏頂面を向けられてしまい、それっきり言葉を飲み込んでしまう。 ジョウのこの不機嫌の原因が、あのロチェスだろうということはまず間違いない。ミネルバにいなかったアルフィンは知りようもないが、実のところ、この五日間、ジョウはずっと機嫌が悪いのだ。 (‥‥‥ったく、祟ってくれるぜ、ロチェスの奴)
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