| 「ドンゴッ!」 「あ、タロス」 リッキーが、困惑顔に振り向いた。ドンゴがさあ、と言い掛けるリッキーには目もくれず、タロスはドンゴを呼びつける。 『キャハ、何ンデショウ?』 「何だっ その声はっ ふざけてんのかっ」 タロスの怒声が格納庫に響き渡る。激しすぎる動揺の為か、タロスの声は裏返ってしまっている。 『キャハ?』 ドンゴの電子アイが、不審を表すように赤く点滅した。反応は普段と同じドンゴそのものだ。だが――― 「リッキー!」 タロスは噛み付きそうな勢いで、傍らのリッキーを振り返った。 リッキーは、言い訳をするように両手を突き出した。 「お、おいらが知るわけないだろ。さっき突然、ドンゴの声がこんなになっちまって、おいらだってびっくりしてんだから」 > リッキーも訳がわからず途方に暮れている。 「しかしどうしておやっさんの声なんかに―――」 タロスが呻った。見ていると、今にも髪を掻きむしりそうな勢いだ。 「おやっさんて、誰さ?」 今ひとつ状況が飲み込めないまま、リッキーが訊ねた。 「ジョウの親父さんだ。クラッシャーダンだよ。おめーも会ってるだろうが、このトンチキっ」 「げ。マジ?」 タロスの台詞に、リッキーの頬が引き攣った。 リッキーの脳裏に、ダンの鋭く引き締まった面貌が浮んだ。史上初めてクラッシャーと呼ばれた男。銀河系一有名なクラッシャー。現クラッシャー評議会議長。そしてジョウの父親である。どれを取ってもおっかない。 「どういう事だよ、何でドンゴの声がクラッシャーダンの声に変っちまうんだよ!?」 リッキーが悲鳴を上げる。 『わたしノ声ガドウカシタカ?』 ドンゴが会話に割り込んだ。どうも何も、物凄い違和感がある。 タロスとリッキーは呆然とドンゴを見下ろした。衝撃が大きすぎて、仕事どころではない。 『たろす?』 「へ、へい」 「‥‥‥タロス、ドンゴだってば」 「何やってるんだ、二人とも、そんな所で? 積荷はもう着いたのか?」 「ジョウ」 タラップを踏んで、ジョウが格納庫へ上って来た。ジョウの背中越しに、アルフィンが顔を覗かせる。 「それがさ、兄貴」 言い差して、リッキーが困ったようにドンゴを見遣る。 「?」 『オカエリナサイ、じょう、あるふぃん、キャハハ』 「!」 思わずジョウは、ずるっとのけ反った。
「‥‥‥どこも異常なし。参ったな」 お手上げだと言うジョウの言葉に相槌を打つように、ドンゴの電子アイが瞬く。 補助シートに収まったドンゴは、今は、ジョウたちの心の平穏のために音声をカットしてある。 「わっかんねえな」 リッキーが腕をこまねいて、首を捻った。 再び、ミネルバのブリッジである。コンテナの積み込みを終えたミネルバは現在、発進許可を待って待機中である。 「ハードに異常が無いってんならさ、後はドンゴのメインプログラム自体に評議長の声が組み込まれてるってことになんだろ? でもそれってさ、ドンゴを解体しないと無理な芸当だろ?」 「うーん」 ドンゴは折に触れてメンテナンスを受けてはいるが、本格的なオーバーホールとなると、ここ二十年、出してない。 「‥‥‥いや、ちょい待ち」 するとタロスが軽く左手を挙げて、会話を遮った。 「思い出した。ドルロイだ」 「ドルロイ?」 「そうでさあ」 タロスはジョウへ頷いた。半年ほど前に、タロスは休暇を利用して、単身ドルロイへ飛んだことがあった。新調したスペアの義手を受け取るためである。タロスの左腕は義手である。それも機銃を仕込んだ物騒なものだ。工業惑星ドルロイの特注品である。 > その時、ドンゴを一緒に連れて行ったことを思い出したのだ。 「可能性があるとしたら、あの時でさあ」 「その時にいじられたというのか?」 「ドンゴはドルロイの生まれですぜ。しかもあそこにゃ、その手のプロがわんさかいまさあ」 「でもさ、もしそうだったとして、一体何の為に評議長の声なんかプログラムしたんだい? まさかただの悪戯って訳じゃないだろ?」 リッキーが口を挟んだ。確かにただの悪戯にしては、悪ふざけが過ぎる。 「どうやら実行犯はドルロイで、指嗾犯はアラミスみたいよ」 「アルフィン?」 「ジョウがメールを溜め込んでほったらかしにするから‥‥‥」 ジョウの傍らから腕を伸ばしたアルフィンの白い指が、副操縦席のコンソールの上をしなやかに走る。 >そうして、メインスクリーンに現われたのは――― 「‥‥‥マギー」 クラッシャーにとってはお馴染みの、アラミス本部事務窓口のマギンティ女史の生真面目な顔である。 ビデオメールの中のマギンティ女史は、いつものように、挨拶抜きにいきなり用件を切り出した。 「――クラッシャージョウ、銀河標準時間であと三十五日でミネルバの外船検が切れます。外船検が切れますと、船舶保険の更新が出来ません。速やかにミネルバの船体検査を受けて、その検査証をアラミス本部まで送ってください」 「外船検!」ジョウは絶句した。「すっかり忘れてた!」 外船検、つまり外洋宇宙船舶定期検査のことだ。宇宙船舶保険の加入、更新においては必要不可欠なものである。 クラッシャーの仕事はその名の通り荒っぽいのが売りであるから、とにかく保険屋はまともな契約を結びたがらない。その中で、宇宙船舶保険は数少ないまともな保険の一つで、そのためアラミスも保険の更新に関してはかなり口やかましい。 ピー――。 「――クラッシャージョウ、先日ご連絡した外船検の件どうなっておりますでしようか。もう余り時間的に余裕もございませんので、一刻も早い対応をお願いします」 ピー――。 「同じようなメールが、あと三十通ほどあるけど、見る?」 「‥‥‥‥‥‥」 「で、一番新しいのが、これよ」 ポン、とアルフィンがコンソールを弾いた。 「――クラッシャージョウ、いい加減、埒が全くあかないようですので、こちらも強硬手段に出させていただきました。 ‥‥‥これ以上、無駄に手間を掛けさせないで下さい」 淡々と喋る、マギーのポーカーフェースが怖い。 メールのカウントはおよそ一時間前。タロスとリッキーが口喧嘩のネタにしていたやつだ。 そしてこの直後、ドンゴはダン声になったわけだから‥‥‥ 「‥‥‥ドルロイに手を打ったのは、マギーか」 「まあ確かに、クラッシャーのほとんどはドルロイで外船検を受けてますし、ミネルバもずっとそうですからね」 ドルロイだと、他所と違って予約も要らないし、検査も半日で済む。 「でもいくら外船検を受けさせる為だからって、普通ここまでする?」 リッキーが呆れ返った。 つまりマギーはこういう事態になることをあらかじめ想定していて、ドルロイの技師連中を抱き込んでいたということになる。 「―――やられたな」 ぎりぎりまでバックレてないで、早々にドルロイへミネルバの定期検査に行っていれば、ドンゴに仕掛けられたこの趣味の悪い時限爆弾は作動する前に取り除かれていた、ということだろう。 「つまり今回のことは身から出た錆ってことなのね。ダシにされたドンゴこそいい迷惑だわ」 あっけらかんと言い放つアルフィンに、容赦はない。 「むむむ」 ジョウは腕を組んで、目だけで天井を仰いだ。タロスは呻ったきり、石のように沈黙している。 「それでどうするの?」アルフィンが訊く。 「どうもこうもない」 ジョウは左の拳を右のてのひらに打ち当てた。パン、と小気味いい音が、三人の耳朶を打った。 「マギーの悪趣味にこれ以上付き合えるか。この仕事が終り次第、お望みどおりドルロイへ乗り込んでやるさ―――タロス!」 「へい」 「サンサまでぶっ飛ばせ!」 「わかってまさ」 タロスは両手の指の関節をぼきぼき鳴らしながら、 「畜生、パク・ソンの野郎、マギーの尻馬になんか乗せられやがって、油断も隙もありゃしねえ。会ったら蜂の巣にしてやる!」 「マギーには文句言わないのかよ?」すかさずリッキーがつっ込む。 「‥‥‥う」 「う?」 「う、うるせえ。俺は、喧嘩は相手を選ぶんだ」 「つまり、マギー相手じゃ勝てないってことなのね」 自分のシートへ戻ったアルフィンが、ズバリと決めつけた。隣の補助シートで、ドンゴが電子アイを瞬かせる。 タロスはそれへじろりと睨むと、 「このやろう!」 ドンゴの脳天へ拳骨を落とした。 タロスの拳がぶち当たった瞬間、岩塊が落ちたような鈍い音がした。 アルフィンが、溜息をついた。 「‥‥‥本当に、喧嘩する相手は選んだ方がいいわよ、タロス」 「‥‥‥痛ぇ」 無論、呻いたのはタロスの方だった。
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