| 『‥‥‥それから、先日お問い合わせのあった、アトラスの破損した右翼の修理に関する保険の適用の件ですが、保険会社側のコメントはノーでした。今回は全額自腹で修理してください』 「ふざけた話だ」 アトラスの主操縦席に坐った男が、不満げに鼻を鳴らせた。黙っていればムービースターも勤まりそうな甘いハンサムだが、如何せん、根っからのクラッシャーであるこの男は、人の三倍血の気が多いときてる。 そして大概、マギーに最初に文句を言い出すのは、この男だ。 「目ン玉が飛び出るほど掛け金はふんだくっておいて、いざ船が壊れたら、何だかんだと言い逃れて1クレジットも払いやがらねえ。保険屋ってのは、詐欺を合法化した連中のことを言うんだぜ」 『―――会社側の言い分では、小惑星帯の中でアクロバット飛行をやらかすようなそんな状況は、船体補償の枠内には想定していないそうです』 「何も好きで小惑星帯へ突っ込んだんじゃねえ、あの時は宇宙海賊に目を付けられて、命からがら逃げ込んだんだ! あのまま通常宙域を航行していたら、とっくにアトラスは丸裸にされてスクラップだ」 『事情はわかりますが、保険の適用はあくまで船の損傷した状況によって判断されますので―――』 「なんだと」 「止せ、タロス」 「おやっさん」 「マギーを責めるのは筋違いだ。それともお前がマギーに代わって保険屋とやり合うか?」 「到底無理だな」 と、絶妙のタイミングで、機関士がまぜっ返した。 「うるせえぞ、バード!」 タロスが、噛み付く。 「マギー」と、チームリーダーはメインスクリーンへ向き直ると、続きを促した。 「話は解った。他に用件は?」 マギーは、鋭く整ったクラッシャーの顔を見返した。 『クラッシャーダン、あなたに、N19区のロースクールの方から、今度行われるキャンプに関しての問い合わせが入っています』 「は?」ダンは一瞬、ぽかんとした。 「キャンプ?」 『そうです。ロースクールの春の遠足だそうです。息子さんの参、不参加に関して、保護者であるあなたのサインが欲しいそうです、早急に』 ダンは黙って、目の前のスクリーンに映る若い娘の顔を見直した。マギーの表情は、相変らず湖面に映った月のように、冴えて静かだ。 「―――話は解ったが‥‥‥そのことを、何故君がここで持ち出すんだ? ジョウのことは私個人の、プライベートな事柄だ。本部職員の君が口を挟むことではないと思うが?」 『確かにそうです』 マギーは淡々と肯定した。この若い娘は、ダンを相手に怯むということがない。 ダンの背後では、他のメンバーがそっと二人のやり取りの様子をうかがっている。 『ですが、実はこの二週間ずっと、母があなたと連絡を取ろうとしていたのですが、ビデオメールはナシのつぶて、アトラスへの直通回線は、肝心のアトラスがハイパーウェーブの通信範囲外で音信不通、どうにもお手上げだと泣いて困っているので、私も見るに見かねました』 「‥‥‥その君の母親というのは」 訊き返したダンに、マギーは答えた。 『ジョウの担任です』 「‥‥‥‥‥‥」 ダンは黙り込んだ。マギーの表情は変らない。ややあって、おもむろにダンは重い口を開いた。 「―――よくわかった。その、ジョウのキャンプの件は、折返しロースクールの方へこちらから連絡を入れる。悪いがアドレスを教えてもらえるか?」 アドレスが送信されてきた。ダンが礼を言うと、彼女はほんの微かに首を振って見せた。 『用件は以上です、クラッシャーダン』 「‥‥‥そうか」 『何か?』 「いや、その‥‥‥ジョウは元気にしているだろうか?」 マギーの固い口元が、初めてほころんだ。だが――― 『その質問は私の仕事の範疇外です。プライベートな用件は、どうぞ御自分でお確かめ下さい。ではこれで失礼します』 あっさりと、マギーは通信を切った。
『マギー、今日ね、ジョウが学校へ珍しい物を持って来たわ』 「ちょっとお母さん、職場に掛けてこないでって言ってるでしょ」 『お昼休みなんだからいいじゃないの』 「こっちはまだ勤務中なのよ」 『いいじゃない、少しくらい。融通利かせなさいよ』 「‥‥‥わかったわよ、もう。それで?」 溜め息混じりに、マギーは折れた。 『ダンがジョウにカードを送ってきたのよ』 「ふ〜ん?」 確かにそれは珍しい。 『ジョウに「お誕生日なの?」って訊いたら違うって言うのよ。そもそもダンからカードを貰ったのだってこれが初めてらしいわ。ひどいわよねぇ、一人息子の誕生日もほったらかして仕事してるんだから』 「―――でも、ダンらしいわ」 いや、それを言うなら、クラッシャーらしいと言うべきか。 『まあねえ‥‥‥』 と、母親もマギーの台詞に苦笑を浮かべる。彼女の夫、すなわちマギーの父親もクラッシャーだ。クラッシャー気質は、いやというほど解っている。 「それで、ジョウは喜んでたの?」 『喜ぶっていう感じじゃなかったわね』苦笑が深くなる。『どちらかというと、困惑してたわ』 「どうして?」 『だってダンが送ってきたカードはメッセージカードだったのよ。五歳のジョウにはまだちょっと読めないわ』 だから、ジョウは学校へ持って行ったらしい。 『どうしてダンは、読み書きも覚束ない五歳の息子へカードを送るのに、3Dホログラムの方を選ばなかったのかしらね? わからない人だわ』 「―――そう? 何だかダンらしい気もするけど?」 『あなたはさっきからそればっかりね』 「そう?」 さり気なく娘がはぐらかしたことに気付いているのかいないのか、母親の方はそれ以上つつこうとはせず、くすりと思い出し笑いをすると、 『でも、まあジョウもダンのカードならすぐに読めるようになると思うわ。あんなに素っ気ない中身ではね。‥‥‥文章のボリュームという点からいえば、ジョウのカードといい勝負よ』 「?」 『ジョウがダンへ返事を書いたのよ、それも同じようにメッセージカードで。本人はダンと張り合ってるつもりらしいわ。父親と一緒で言い出したらきかないんだから‥‥‥』 もっともジョウのカードは手書きだから、ダンが読めるかどうか心配だけど。 ジョウの担任であるマギーの母は、そう言って、明るく娘へ笑いかけた。
(終)
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