| しばらく、紅茶の香りと、ジョウが叩くキーボードの音だけがミネルバのリビングに流れた。 「‥‥‥考えてみたらさ、一番お金を使っているのはジョウなんじゃない?」 「そう言えばそうかなあ‥‥‥」 と、テーブル上の紙の山から適当に一枚摘み上げながら、リッキーがアルフィンに相槌を打った。 「結局クメンで兄貴が使ったファイター2はオーバーホール行きだもんな。アレで今回の収入の半分は飛ぶだろうしなあ‥‥‥」 「クラッシュパックだって、ジョウ一人で二つもパーよ。アレ高いのに」 「‥‥‥なんだよ」 ジョウはパソコンの画面から顔を上げると、さっきから紅茶ばかり飲んで全く手伝おうとしない自分のメンバーたちを眺めやった。 「何か俺に文句があるって言うのか」 「文句って言うかさあ、兄貴ももう少し丁寧に使えば、修理代ももっと浮くんじゃないかなーと‥‥‥」 リッキーが気弱に言うのへ、アルフィンが同調する。 「そーよ! ジョウは自分は修理代を使い放題なのに、あたしたちのお小遣いは1クレジットも増やしてくれないなんて、酷いわよ」 「あのなあ! それは仕事で使ってるんだ! 経費だっ経費! お前らの無駄遣いと一緒にすんな!」 怒ったジョウが、拳でテーブルをぶっ叩いた。白磁のティーセットが、一斉に跳ねて音を立てた。 「ちょっとジョウ! 割らないでよ! せっかくのマイセンプリントなんだから」 途端にアルフィンが金切り声を上げる。アルフィンの趣味で、ミネルバの調度品も随分と品がよくなった。まあ、その分、壊れやすくもなった訳だが――― 「大体、あの切羽詰った状況で、いちいち修理代のことなんか気にして仕事できるかっ そうだろ、タロス!」 「いや、そりゃあ、まあ―――」 タロスは困ったように頭を掻いている。 「ちょっとタロス、どっちの味方よ!」 アルフィンが、裏切り者、という表情で睨む。 「‥‥‥おいらたち、一応世間じゃ名の通ったクラッシャーのはずなのにさ、なーんでこうピーピーなんだろ?」 「出費が多いからでしょ」 ツンと顎をそびやかして、アルフィンがばっさりと切り捨てた。 「そのくせ仕事は選り好みが激しいし‥‥‥?」 チラリ、とジョウの方を横目で見遣る。 「‥‥‥何だよ」 「誰かさんは、仕事は金より中身で選ぶ、なんてカッコつけるから」 「俺はクラッシャーの仕事に誇りを持ってるんだぜ。仕事を選んで何が悪いっ」 「悪いなんて言ってないわよ!」アルフィンが言い返す。「ただ、選り好みし過ぎだって言ってんの! ジョウが選ぶ仕事って、どれもこれも難しくて派手なのばっかりじゃない」 「たまにはミサイルが飛んでこないような仕事がしたいなあ‥‥‥」 請求書の山をつつきながら、ぼそっとリッキーが呟く。 「‥‥‥‥‥‥」 ジョウは押し黙った。黙って、紙の山を睨みつける。 確かに好み優先で選んだ仕事で搭載艇をスクラップに変えるより、気の進まない地味な仕事をこつこつとこなしていく方が、よほど建設的では、ある。 特に、現在のように、度重なる出費で資金が焦げ付いているような場合は。 ジョウは、低く呻った。 賢明なタロスは、石のように沈黙を守って、紅茶をすすっている。 ややあって――― 「‥‥‥わかったよ、もう」 ぶすっとして、ジョウは折れた。不承不承、腕を組んでジョウは言った。 「今度仕事の依頼が入ったら、つまんなくても引受ける。それでいいだろ」 「やった! 楽して稼げる!」 たちまち破顔したリッキーが、飛び上がりそうな勢いで指を弾いた。 「赤字解消したら、お小遣いアップよ、ジョウ!」 飛び付くアルフィンに、ジョウは苦笑を浮かべるしかない。 「そうと決まったら、早く依頼が入らないかなー」 鼻歌混じりにテーブルの上を引っ掻き回し始めたリッキーに、アルフィンも身を乗り出す。 「飛び込みで何か入ってない?」 「んー、請求書、請求書、納品書、明細書―――」 「何もないわね‥‥‥」 「納品書、請求書、請求書‥‥‥」 「リッキー、いちいち声に出すな。気が滅入る」 目だけで天井を仰いだジョウが、暗い声で呟いた。 「そうは言ってもさ―‥‥‥ああ――ッ!」 すると突然、電気にでも打たれたように、リッキーがソファから飛び上がった。 「うるっさいわね、もう―――」 「こ、これ‥‥‥」と、リッキーが、手にした紙切れをジョウの方へ突き出した。声が上擦っている。「高速通信使用料の料金滞納通知書だって」 「なんですって!?」 思わずアルフィンも立ち上がる。ジョウはリッキーからその紙をひったくった。 通知書には、口座が空っぽなので早急に入金するよう、滞納期間が銀河標準時間で50日を過ぎた場合、ミネルバのハイパーウェーブ回線接続を拒否するというような内容が素っ気なく印字されている。 「‥‥‥50日」 呟くジョウの隣で、アルフィンが素早く日付を計算した。 「今日で52日目よ」 「まずいっ」 ジョウが焦ってソファから立つ。 その途端だった。 ピ――‥‥‥ 「げ」 ジョウのパソコンが唐突に警告音を発したかと思うと、そのまま画面がブラックアウトした。 リビングを重苦しい空気が流れた。 やがて四人が注視する中、パソコンは自動的に再起動を始めたが――― 「通信回線、切れちゃってるわよ‥‥‥」 アルフィンが指した先に、あるべきはずのアイコンは、なかった。 「どーすんだよ!? このままじゃ仕事の依頼、何も入ってこないぜ!」 「依頼どころか、アラミスとも切れちまいましたぜ」 さすがにタロスも顔色を変えて、腰を浮かせる。 「ジョウ!」 「いや、それが‥‥‥」 言い差して、ジョウは紙面へ目を落とす。どことなく、途方に暮れた態だ。 「ちょっとジョウ、まさか入金するお金がないなんて言うんじゃないでしょうね?」 アルフィンが、ジョウと通知書を見比べながら柳眉を釣り上げた。 ジョウはぎこちなく、アルフィンを見返した。 「それが‥‥‥半年分の滞納となると、結構な額でさ」 突き出された紙面へ視線を向けたアルフィンが、碧玉の瞳を丸くする。 「なにこれ」 「ねえ、クメンの報酬は? アレを廻せばいいじゃん」 だがジョウは、力なく首を振る。 「‥‥‥入金は三日後だ」 「うそだろー」リッキーは髪をかきむしった。「‥‥‥滞納料金ってローンは組めないのかよ!?」 「組めるか、あほう」 タロスがぼやいた。打開策が思いつかなくて、タロスも弱りきっている。 と。 「たろす」 ドンゴが電子アイを瞬かせた。 「何だ」 「カクシテルへそくり、出セ、キャハ」 「は?」 「へそくり!?」 首が振り切れそうな勢いで、ジョウが、アルフィンが、リッキーが、タロスを見た。 「タロス?」 「‥‥‥‥‥‥え?」
キャハ。
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