| 大きなパームツリーの元でリッキーとタロスは爽やかな潮風に吹かれてまどろんでいた。 銀河系の海洋リゾートのひとつとして知られる惑星アーリアのセントアクア・ビーチ。 規模は小さいながらも良質の白砂と砂浜近くに林立するパームツリー、そして遠浅の紺碧の海が人気の秘密であった。 あまり人気のない砂浜から聞こえる潮騒が耳に心地よい。 「くはー。やっぱ休暇は最高だねぇ」 リッキーが寝返りをうち、タロスの腹の上に頭を乗せた。 「けっ。若けぇのに何ジジむさいこと言ってやがる。どきな!暑苦しいぜ」 「いいじゃん。タロスのこの腹の肉の具合がいいんだよねー」 「ぬかせ!」 タロスも面倒くさいのかそれ以上毒づくのはやめて、リッキーを腹の上に乗せたままにしておいた。
と、砂を踏む足音が近づいて来る。 「リッキー」 チームリーダーのジョウがパームツリーの影に入ってきた。よく日焼けした肌にツリーの葉陰が映る。 シャープなデザインのサングラスをおもむろに取り、ちらとタロスに目配せした。 「おい、どきな。ちょっと冷たいものでも飲んでくらあ」 リッキーの頭を乱暴に砂の上に落とし、タロスが立ち上がる。 「いってー!なんだよ、いきなり!」 喚く少年を振り返りもせず、タロスはゆうゆうと砂浜を歩いて遠ざかる。 その後姿を見送ってからジョウは腕を組み、足元に転がっている少年を見下ろした。 「リッキー、休んでるとこ悪いがな。急な仕事が入った」 「ええー!?」 リッキーはそのどんぐり眼を飛び出さんばかりに見開き、歯を剥き出して喚いた。 「な、なんで?今日から休暇に入ったばっかじゃん!兄貴まさか、請けたのかよ!?」 「まあ、落ち着け。馴染みのクライアントからでな、どうも断りきれん」 「そんなあ・・・」 「しかし、その分仕事は簡単だ。これから240時間に渡っての護衛任務」 そしてジョウは面白そうにその漆黒の瞳を細めてみせた。 「しかもお前ご指名だ」 「はあ?」 なんとも間の抜けた声でリッキーが答えた時。 後ろから鈴を転がすような笑い声が聞こえた。 「そうよ。これから10日間、ずっとあたしの護衛よ」 慌てて後ろを振り返るリッキーの目に、ひとりの少女の姿が映った。 ほっそりとした容姿をオレンジパールに光るセパレーツの水着で包んでいる。高い位置のポニーテール が少女の笑い声と共に快活に揺れた。 「ミミー!?」 リッキーがあり得ないものを見たかのように口をあんぐりと開け、その少女を指差す。 「びっくりした?そうよね、とんだサプライズ・プレゼントだわ」 少女の後ろからチェリーピンクのワンピースの水着を着たアルフィンが顔を覗かせた。 「だ、誰が・・・」 「誰がクライアントかって?」 ジョウが笑いを噛み殺しながら、砂浜の方に顎をしゃくった。 「昔っからの馴染みなんで、断り切れなかったよ」
「あたしもびっくりしたわ!いきなりアルフィンから連絡があって、一緒にバカンスを過ごさないかって。 ちょうどスクールも夏休暇の時期だったから、すぐにオッケイしちゃったの!」 ミミーが嬉しそうにその瞳をきらきらと輝かせてはしゃぐ。 アルフィンが片目をつむってその後を引き継いだ。 「タロスがね。ホテルや旅券をぜーんぶ手配したくせにね、ミミーに連絡するのだけは恥ずかしいから出来ないって。 あたしに連絡してくれって頼むのよ。可笑しいでしょ?」 ふたりの少女が申し合わせたように、また笑い転げた。 しばらく独りで呆けていたリッキーは突然我にかえり、耳まで真っ赤になって喚いた。 「あんの・・・おせっかい野郎!」 そしてあっという間に砂を蹴り上げ、砂浜へとダッシュした。
「あ、おい!」チームリーダーが止める暇もなく、その姿が小さくなる。 「やーねぇ。いきなり任務放棄だわ」 アルフィンが腰に手をあてて、肩をすくめた。 遠くのビーチ・バーでタロスの背中に飛びつくリッキーの姿が見える。 「素直じゃないな」 ジョウが目を細めながら呟いた。 「素直じゃないわ」 アルフィンも可笑しそうに口元に手をやる。思わずふたりが顔を見合わせて笑った。
と、アルフィンが思い出したかのように眉をひそめ、そっぽを向く。 (まだ怒ってんのかよ・・・) ジョウがげんなりとして前髪を掻き上げようとした時、向かいに立つミミーが声をかけた。 「あら?ジョウ。頬に大きな傷があるわ。大丈夫?」 先日のキッチンでアルフィンにもらった引っ掻き傷であった。ようやく平手打ちの腫れがひいたところだが、爪の跡は治りが悪い。 「う。まあ・・・かすり傷だ」 「危ない仕事ばっかりだもんね。気をつけてね」 「・・・・・」 「そ、そうだ!ミミー、ここってば海も素敵だけど、すっごく充実したショッピングモールもあるのよ!これから行かない?」 アルフィンが慌てて話題をそらそうと、いきなり提案する。 「きゃあ!ほんと?行きたーい!買い物したかったんだー」 二人の少女はお互いの行きたい店などをあげてはしゃぎ始める。 「お、おい、アルフィン。それは・・・マズイだろ?」 ジョウが慌てて今回の仕事の目的を説明しようとするが、アルフィンの鋭い碧眼に睨まれて黙るしかなかった。 呆然とするチームリーダーを尻目に浮かれた少女たちは足取りも軽やかにホテルの方に歩き出した。
ジョウはなすすべもなく、その後姿を見送っていたが。 いきなり両手でその癖のある黒髪をぐしゃぐしゃと掻きむしった。 「くそ!知らんぞ!仕事がなんだ!夢がなんだ!」 意味不明の言葉を吐き、どすんと砂浜に腰をおろした。 そしてそのままサングラスを掛けなおし、ビーチマットに仰向けに横たわる。無関係を装い、狸寝入りを決め込むことにしたのだ。
と、そのタイミングを見計らったかのように。 遠くから純真な少年の声が風に乗って流れてきた。 「おーい、ミミー!ひと泳ぎしに行こうー!」
少年の蹴った白い砂が、アーリアの空気にしらけた。
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