| 漆黒の空は、宝石箱をひっくり返したような星々に彩られていた。 今は生活の場を宇宙に移し、その厳しさも恐ろしさも良くわかっているアルフィンであるが、こうして地上から見上げる空は、やはり格別に美しい、と思う。
(今、隣に居るのがジョウだからかもしれないわね)
そう心の中で呟きながら、そっとアルフィンは彼に視線を移す。 だが、彼女のそんな想いには全く気づいていないかのように、ジョウはグラスを傾けていた。
(もう、相変わらずなんだから。こうして休暇の一日を折角二人だけで過ごしているっていうのに、甘い雰囲気なんて程遠いじゃない。そこがジョウらしいっていえばジョウらしいけれど…でも…)
「ん?どうかしたのか、アルフィン?」
ジョウの瞳が僅かだが、細められていた。 訝し気なその表情に、アルフィンは慌てて笑顔を作ると首を振った。
「ううん。何でも、ない」
彼と出会った頃の彼女だったら、“ジョウの鈍感!”とむくれてみせたかもしれない。 でも、何年もの間、数え切れないほどの困難や死闘を共にくぐり抜けてきた現在<いま>は、少し違う考え方をするようになっていた。すなわち。
こうして一緒に居られるだけでも幸せなのだ、と思う。 たとえジョウの態度がアルフィンの期待に比して物足りなくても、もどかしくても。 それでもやっぱり、幸せなのだ、と思う。 もし万が一彼が居なくなってしまったら、彼女の気持ちは行き場を失ってしまう。
…もし、ジョウが居なくなってしまったら。
「…?」
ふわり、とした感触を肩に感じ、アルフィンは顔を上げた。 そして意外なほどの至近距離にジョウの顔をみつけ、うろたえる。
「なっ、何?」 「震えてる…その格好で寒いんじゃないのか?中に入った方が良くないか?」
淡いブルーのホルターネックのワンピース一枚のアルフィンの身体を気遣い、ジョウがそっと自分の薄手のジャケットをかけてくれたのだった。
「違うの…寒いんじゃなくて…」 「え?」 「……その…怖い…の…」
あなたをもし失ってしまったら、と思ったら。 と、アルフィンはそっとつけ加えてみた。心の中で。
「怖かったって、何が?」 「あ、ううん、忘れて。何でもないの」 「…アルフィン、何か心配なことでもあるのか?」
ジョウはアルフィンの瞳を覗き込んだ。 吸いこまれそうなほど美しい碧眼が、儚げに揺れている。 だが、アルフィンは頑なに首を振った。
「私は…大丈夫よ。だって、ジョウは…ずっと傍にいてくれるでしょう?」 「……ああ。俺は、いつもアルフィンの傍にいる。何かあったら、俺が守る。だから…そんな不安そうな顔をするな」
ジョウは小さく頷くと、アルフィンを抱き寄せた。 甘い香が、ジョウの鼻孔をくすぐる。
「…ねぇ、ジョウ」 「……うん?」 「暫く、こうしていて?こうして貰うと、すごく、落ちつく……」 「ああ。俺も暫くこうしていたい…」 「……え!?」 「あ、いや……」
ジョウは腕にこめた力を少し強めながらも、ごまかすように空を見上げた。
そこは、今にも降ってきそうなほどの迫力で、星が一面を飾っていた。 幼い時から宇宙に親しみ、その綺麗なだけではない正体を良く承知しているジョウであるが、こうして地上から見上げる夜空の美しさは、やはり格別だ、と思う。
(今、俺の腕の中にアルフィンがいるからかもしれないけれどな…)
ジョウは片手をゆっくりと解くと、アルフィンの顎をそっと持ち上げた。
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