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「なんでオマエだけこんなに早く戻ってきたんだ?」
滞在しているホテルのリンビングルーム。 ここのスゥイート・ルームは扉を開くと小さなエントランスがあり、その先に豪奢なリビングルームが広がっていた 大きな白いソファに座って、タロスが今しがた届いた荷物の梱包を解いていた。 機動スイッチをオンにすると低いモーター音が聞こえ、頭部のLEDランプが点滅し始めた。 アンテナが伸び、卵型の頭部が回転してタロスをモニタする。 「キャハ。たろす、久シブリ。寂シカッタデスカ?」 「いんや、別に。それよかドンゴ、なんでオマエだけ先に戻ってきた?俺はてっきり<ミネルバ>と一緒に戻って来るかと思ってたぜ?」 タロスが上体をソファにもたせかけ、子供の背丈くらいの万能型ロボットを眺める。 「イエイエ。ワタクシガ居ナイト皆様何カトオ困リダト思ッテ。ワザワザぱく・そんト直接交渉シテ超特急デめんてシテモラッタノデス。キャハハ」 「困るもなにも俺たちゃ昨日から休暇なんだぜ?おめェの出番なんかねぇーよ!」 「ソンナ、たろすヒドイ・・・」 ドンゴが不満気にランプを点滅する様を、タロスが面白そうに眺めた。 「まあ、いいさ。それで?ちゃんとハード部分もメンテしてもらったんだろうな?なんだか勝手に怪しいソフトをインストールしてるって、ジョウがえらい騒いでたぜ」 「ソコラヘンハドウゾゴ心配ナク!バッチリどるろいノえきすぱーと達ガちぇっくシテクレタノデ問題アリマセン!今マデ以上ニ素直デ従順ナワタクシメハ、充分皆様ノオ役ニ立テルコト請ケ合イデス!キャハハ」 「・・・・・性格はちっとも変わっていやしねェ」 タロスが大きな手で顔を覆った。
と、隣のルームへ続く扉が開いた。 リビングルームの隣にはまたひとつ小さなエントランスルームがあり、その部屋の周りに各部屋の扉が設けられていた。よってリビングルームからは各部屋の行き来は直接見えないのだった。 扉からまず最初にアルフィンが現れ、そして促されるようにジョウがリビングルームへと入ってきた。 「あら?ドンゴもう戻ってたの?」 「キャハ。あるふぃん、オ久シブリデス。今日ノどれすモ素敵デスネ」 「あらそう?なんだかイイ感じにプログラミングされて戻ってきたんじゃない?」 アルフィンがドンゴの調子の良い答えに思わず噴き出した。 「それより、今日はジョウのファッションを見てあげて!」 「い、いや・・・」 焦ってまた扉の内側に戻ろうとするジョウの腕をアルフィンが素早く掴んで、強引に前へ押し出す。 そんな彼は上質のベージュのコットンパンツに細いピンストライプの入ったブルーグレイのシャツを着ていた。 手にはきちんとアイロンの当てられたアイボリーの麻ジャケットをかけている。 確かに今日のジョウの服装はいつものラフなものと若干異なり、少し大人っぽいリゾートファッションになっていた。 すらりと均整のとれた体躯と日焼けした肌に、堅すぎないその着こなしが映える。 ただひとつ、何故か熟れたトマトのようになっている顔を除けば・・・だが。 「ほう、こりゃあ見違えましたな。いや、ジョウよく似合いますぜ」 タロスが手ばなしで誉めた。 「よせ、タロス」 ジョウはもう目も当てられない程真っ赤になっている顔を隠すように、ぐしゃぐしゃと頭を掻いた。 「でしょ?あたしのプライベート・レッスンの賜物よ!んもう、ジョウったらなんだか照れちゃって着替えさせるのタイヘンだったんだからぁ」 アルフィンが誇らしげにその碧い瞳を輝かせ、自分の腕をジョウの腕に絡ませた。 ジョウが慌ててそっぽを向く。 「ね、タロス。今から食事に出かけるけど一緒に行かない?」 「いや。おふたりさんで行ってきな。俺はドンゴと仲良く留守番してまさあ」 タロスが笑って、傍らのロボットの方に顎をしゃくる。 「へんな遠慮はするな。どうせ朝食もまだだろ?」 「いえね、実はちょいとダチからの連絡待ちなんで。今日は部屋で大人しく老体を休めますよ」 「・・・そうか」 「それじゃ、お土産買ってくるわね!」 アルフィンの跳ねるような足取りに引きずられて、ふたりはリビングルームを出て行った。
「たろす、見事ナ演技デシタ。キャハハ」 傍らのドンゴが感心したように頭部のLEDランプを点滅させた。 「あたぼうよ。ダテに歳くってるワケじゃねェ。経験が違うのよ」 ふう、と大きな吐息をはいてその巨体をソファに預けた。 「・・・しかし。なんだかジョウの様子がヘンだったな」 「たろすモソウ思イマシタカ?」 「ああ。なんだか照れてるだけってカンジでも無かったなあ。何か他のレッスンでもされたか?」 口の端をあげてにやり、と笑う。 「他ノれっすんトハ?」 「そこんとこはおめェのデータバンクの方が情報豊富じゃねぇーのか?」 「不要ト判断サレタでーたハ全テ削除サレマシタ。キャハ」 「はん。まあ、それが正当だな。せいぜい仕事の方面でその能力を活かしてくんな」 タロスはそう言ってソファから立ち上がった。オーシャンビューの窓に映る景色を眺めて、大きく身体を伸ばす。 「さあて。もうひと眠りするかな」 「キャハ。たろすモ夢ヲ見ルノデスカ?」 「なんだ?」 「ぱく・そんニくるーノめんたりてぃ・ちぇっくニ使用スル目的デ、最新ノ『夢判断』そふとヲ入レテモライマシタ。何カ興味アル夢ヲ見タラ遠慮ナクゴ相談クダサイ。ワタクシガすぺしゃる・れっすんヲシテ差シ上ゲマス。キャハハ」 「・・・おめェ。なんか違うとこバージョンアップしてねェか?」 タロスは呆れた表情でドルロイから戻ってきたばかりのロボットを見る。 しかし、ふっと笑って再び窓の外を見遣った。 「夢か・・・。久しぶりにいい夢、見たいもんだぜ」
アーリアの碧空に白いひと筋の飛行機雲が流れていた。 その細い白雲は上空にゆくほどだんだんと薄くなり、それとは対照的に碧空は天上に近くなるほどだんだんと濃くなってゆく。 その空をじっと眺めていたタロスの目に果たして何が映っていたのか。 遠い昔に置いてきたものか、これから手に入れる何かか。 ―それとも。 ただ、いつも身を置いている漆黒の宇宙だったのかもしれない。
タロスはひとつ大きく深呼吸をして、自分の部屋へ続く扉に手をかけた。
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