| そして12日。 昨日までの不機嫌からがらりと一変して、アルフィンは、朝から上機嫌で大はしゃぎだった。 ジョウたちが自分の誕生日を覚えていてくれたことも嬉しいし、何よりジョウがアルフィンのために今日一日オフにしてデートしてくれると云うのだから夢のようである。 地獄のようなオーバーワークも、過ぎてしまえば天国だ。 「アルフィン、その……これ」 と、出かける前に<ミネルバ>のリビングで、ジョウが代表してアルフィンへ、三人からの花束をぎこちない仕草で差し出した。 トラッドなジョウに合わせてか、今日のアルフィンは幾分シックにまとめている。普段見慣れたクラッシュジャケット姿とはまた違うアルフィンを、ジョウは心持ち眩しげに眺めた。 「きゃああ! ありがとう!」 感激したアルフィンは、貰った花束ごとジョウへ抱きついた。 長い金髪がふわりと広がって、ふっと、何とも言えぬいい匂いがジョウの鼻孔をくすぐった。その甘い香りを意識した途端、ジョウの心臓がドン、と大きく音を立てた。自分の顔が赤くなるのがわかる。 「アルフィン、花! 花が潰れる……!」 ジョウはアルフィンの身体を自分から引き剥がした。腹の底が何だか熱い。ジョウは内心うろたえた。 そんな二人の様子を、タロスとリッキーが後ろでニヤニヤしながら眺めている。 ジョウから離れたアルフィンは、その時ふと、ジョウのジャケットの袖口に目を止めた。 「あら?」 「…………あ」 視線に気付いたジョウが慌てて隠そうとしたが、もう遅い。ジョウの腕を掴んだアルフィンは自分の目の高さまで引っ張ると、ジョウの手首に巻かれたそれを確認して、やっぱり、と呟いた。 「これ、アナハイムのクラシックヴァージョンじゃない? 復刻限定版の。ね、ジョウ、そうでしょ?」 アルフィンはジョウを見上げた。 「う……そ……う、だったかな」思わずジョウは視線を泳がせた。 「名前とか何とかは、よく覚えてないんだけど……」 しどろもどろになったジョウに、だがアルフィンは確信をこめて肯いた。 「そうよ、間違いないわ。あたし、雑誌でいいなあって思ってチェックしてたんだから……ずるいわジョウ、いつの間に買ったのよ? 腕時計が欲しいなんてひと言も言ってなかったじゃない」 ジョウは言い訳に詰まって、とっさにタロスの方を振り返った。すると何故か、タロスはそろりと右腕を背中へ隠した。 「?」 隣のリッキーへ視線を移すと、リッキーは両手とも後ろへ隠してそっぽを向いている。 嫌な予感が、した。 「あ――っ! タロスもリッキーもお揃いのしてるぅ!」 アルフィンの白い指が、弾劾するように二人の時計を突き刺した。 さすがに目は確かである。タロスとリッキーは、観念したように隠した腕を元へ戻した。 「……なんでおめぇまでしてるんだよ」 タロスが非難がましく、傍らのリッキーを斜めに眺め下ろす。 「タロスこそ」ぼそりと呟いて、リッキーは横目に睨む。 「子どもにゃ早えんだよ」 「年寄りには似合わねーよ!」 「何だと!?」 「なんだよっ」 互いに言い合う二人だが、アルフィンの白い視線に、おのずと声は尻つぼみに小さくなる。 「なんで三人だけお揃いなワケ?」 訊ねるアルフィンの声が、心なしか低くなる。碧玉の瞳にひたと見据えられ、思わず一歩、ジョウは後じ去った。 「いや、一応アルフィンの分もあるんだけどさ……」 つい、つるりと口が滑った。 「え、ほんと!?」 ジョウの言葉に、アルフィンは、ぱっと表情を輝かせた。男三人は小刻みに頷く。するとアルフィンは、不満そうに頬を膨らませた。 「じゃ、どうしてあたしはのけ者なのよ?」 「そ、それは、アルフィンが気に入るかどうかわからなかったから……」 「そんなの気に入るに決まってるでしょ!」 ふくれっ面のまま三人の顔を見回したアルフィンは、そういうとニッコリと笑顔になった。 「チームみんなでお揃いなんて素敵じゃない! それもアナハイムの腕時計なんて最高よ」 ね、とアルフィンはジョウへ向けて花が咲くように微笑った。 「あ、ああ」 「あたしもその腕時計したい! ねえジョウ、あたしの分はどこに置いてあるの?」 「え? あ、俺の部屋に――」 後3つ、と云う言葉を、ジョウはかろうじて飲み込んだ。 「じゃ、取りに行こ! ね、ジョウ? 行こ行こ!」 アルフィンはジョウの腕に抱きついた。声が弾んでいる。 ジョウはせがむアルフィンにせっつかれ、結局アルフィンと一緒に腕時計を取りにリビングを出て行った。 二人を見送ったタロスとリッキーは、再び閉まったリビングの扉をしばし眺めていたが、 「…………はあ」 やがて顔を見合すと、どちらからともなく肩を落として脱力した。
何はともあれ、お誕生日おめでとうございます。
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