□投稿者/ 藍々 -(2004/11/17(Wed) 16:53:10)
| No762 クロノメーターを見ると、約束の時間を五分過ぎていた。 私は慌てて、歩調を速めた。 「こっちよ!アケーシア。」 小さなカフェテリアの席からブロンドの女が大きく手を振った。 ここはドルロイのドッグにあるスタンドカフェ。 私の名前を呼んだ女は、明るいピンクのクラッシュジャケットに身を包んでいた。 私は自分の褐色の肌に一番映える、ワインレッドのクラッシュジャケットを身につけている。黒髪を肩までそろえたボブは私のお気に入りの髪形だ。 「元気そうね、トレイシー。」 私はするりとトレイシーの横の椅子に座ると、近づいてきたハミングバードにお気に入りのカフェモカを注文した。 「そっちこそ。」 トレイシーはふわりとカールしたブロンドを左手でかきあげ、先に頼んでいたオレンジジュースを一口飲んだ。 「久しぶりにメールしたらドルロイにくるって言うじゃない?ぴったりうちのチームと合流できると思ったの!」 トレイシーはニコニコして言った。笑顔に愛嬌があり、笑うとえくぼができる。 彼女に会うのは3ヶ月ぶりだ。 お互い学校の同級生で同じ時期にクラッシャーになった。 トレイシーは父と弟達との家族でチームを組んでいる。 私は現在パイロット見習い中でバッカスというチームに入っているの。ランクは・・・。まあ、二人ともそこそこね。 「ほんと、珍しいことよね。ドッグが込み合ってて・・・。でもね、1時間ほどで、もう行かなきゃいけないんだ。」 「大変ね。パイロットは。」 「まあ志願してなってるからね。そっちはどう仕事は?」 「あははは、うちの弱小チームじゃそんなに忙しくないわよう。 警護の仕事だって、宇宙海賊って超怖いじゃない。できる限りお会いしたくないわ。 それより、それよりね。面白い情報がはいったの。」 トレイシーの淡いブルーの瞳がキラリと輝いた。 私はその輝く瞳をみて、またかとあきれ返った。 トレイシー・トレイサー。これはトレイシーに名づけられた渾名だ。 銀河系の芸能、政治を問わずゴシップに関しては彼女の耳を通らないものはない。 クラッシャー間の情報なら尚更だ。彼女はほんの小さな噂話でもあっという間に掴んでしまう。もっとも内容は恋愛に限られていて、仕事に使える情報はほとんど言って無い。いや全然無い。 「何掴んできたのよ?」 私は運ばれてきたカフェモカをふうふうと口で冷ましながら(猫舌なのだ)目を細めて聞いた。どうせ、また誰がくっついたとかくっつかないとか。自分の事はどうなのよと突っ込みたくなる。 トレイシーは待ってましたとばかりの顔でなのに、もったいぶった口調で話し始めた。 「ルーを憶えてるでしょ?」 「ルー?あのクラッシャールー?もちろんよ。」 ルーも同級生だった。私は学校時代、彼女とパイロットの腕も競ったことがあり、気性や癖まで良く知っていた。 「あのルーがね。うふふ。聞いて信じられないでしょうけど・・・。」 「もったいぶらずに、早く言いなよ。」 「あの、クラッシャージョウに転んだのよ。」 人差し指を立てて、ニヤリとトレイシーが笑った。 「うそ!信じられない。あのルーが。」 私は思わず大声を出した。カフェ中の視線を集める。 おまけに飲みかけのカフェモカをこぼしかけ、慌ててナプキンを探した。 ええっ、嘘でしょ? ルーはもとより、エギルの娘達のチーム「地獄の三姉妹」のクラッシャージョウ嫌いは仲間内では有名な話。もっともエギルの娘達がジョウを一方的に嫌っていて、私は直接ルーからジョウへの皮肉を聞いたこともあった。 しかし、トレイシーが言うのだ。彼女のネタはゴシップばかりだが、きちんと裏をとるらしく、不思議にガセネタは流さない。 「本当よ。だってベス本人から聞いたんだもの。間違いないわ。彼女さあ、今、怪我をしてパスツールの病院に入院しているのね、それでお見舞いの電話をしたらすっかり話がはずんじゃって・・・。なんでも、この間一緒にお仕事をしたんですって。その時に恋が芽生えたらしいわよ。」 「話がはずんだねえ・・・。」 はずませたの間違いでしょと私は思った。 トレイシーは見た目は愛らしく、彼女の柔和な笑顔と会話には人を油断させるものがある。それで秘密をもらす奴は多いのだ。
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