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No969 の記事


■969 / )  覚醒
□投稿者/ 舞妓 -(2006/03/17(Fri) 23:45:29)
    「ジョウっ!ジョウっ!どうしたの、ジョウ!」

    …通信機から、金切り声が聞こえる。
    アルフィンの声。段々遠くなる。ジョウ、ジョウ…。涙声になってきたな。他人事のようにうつろに考える。

    ああそうか、こういうことか。
    薄れていく意識の中で、ジョウは思っていた。
    アルフィンじゃなくて、俺だったのか。

    ジョウ!!

    答えることができない。
    アルフィン…。
    唇だけが、かすかに動く。そして、意識はなくなった。死体のように動かないクラッシャージョウの体が、林の中に横たわっている。

    「ジョウ!!応えて!ジョウ!」
    通信機から、半狂乱のアルフィンの声だけが響き続けていた。


                          *

    胸騒ぎがしていた。
    それは最初からだ。依頼主バロン・ギルバートの名前を聞いたときから。
    理屈ではない。説明の仕様がないが、ざらざらした砂が広がるようなイヤな感触が、この仕事にはあった。
    仕事に裏がありそうだ、そういった感覚は長年クラッシャーをやっていればなんとなく肌が感じる。この仕事には、少なからずそれがあった。しかし、それとは別の、何か、とてつもなく嫌な予感のようなもの。
    官邸でバロン・ギルバートの挽肉になった死体を見た時、これか?と思った。
    違う。
    それがジョウの結論だった。
    これだけでは終らない。絶対に。
    正体の分からない焦燥が、ジョウを捉えていた。

    ミネッティ・インダストリーの屋内演習場で、M99と歩兵と武器も無く戦う羽目に陥ったとき、ジョウの許に駆け寄ってきたアルフィンの、一点の曇りも無い碧眼を見てジョウは、思わずアルフィンを引き寄せていた。
    自分でも驚いた。どうかしている、そうも思った。
    仕事中だ。しかも、命の危険スレスレを渡っている、その最中。
    抗えず、艶やかな金髪を掻き抱き、陶器のような額に唇を寄せた。
    「ただし、無茶はするなよ。」
    「ン!」
    アルフィンは驚いた様子で、それでも少し頬を染め、にっこりと笑う。
    その笑顔に、ジョウは胸をつかれる。
    失いたくないと。

    漠然とした不安。
    ジョウはそれを、アルフィンに関係するものだと思っていた。
    走り去りビルの中に消えていくアルフィンの後ろ姿を、柄にも無く祈るような気持で見送った。


    インファーノの沼。
    沼に引きずり込まれるアルフィンの姿、引き裂かれて血まみれで沈んでいくアルフィンの姿、森の中を一人きりで必死に歩みを続けるアルフィンの姿。
    ジョウの脳裏には、そんなビジョンばかりが浮かんだ。
    嫌な予感が的中した。
    ジョウは自分を責めた。何かを感じ取っていながら、手を打てなかったことが悔やまれる。
    ウーラが、するりと隣にやってきて、腰を下ろした。
    当然のように自分の横に場所をとるのを、苛立たしく感じている自分がいた。
    (何で、アルフィンじゃない…)


    ライフルの、耳をつんざくような連射音と共に、目の前で、テュポーンが内臓と血を飛び散らせて絶命する。
    「ジョウっ!」
    ジョウは、はっとなって顔を上げた。その声は。
    「アルフィン!」
    ジョウは、辺りを見渡し、すでに危険が去ったことを確認すると、近づくのを待つのももどかしく、ランドローバーに向かって走り出していた。
    溶岩台地は走りにくい。何度も足をとられ、転びそうになりながらも、必死に走った。
    確かめたかった。彼女が、そこにいることを。
    彼女の安否が分からなかった時間、彼女が傍にいなかった時間を、どれだけ長く感じていたか、ジョウは思い知らされた。
    アルフィンはライフルをランドローバーの中に落とすと、減速するのを待たずに飛び降りた。足をとられ、脛を打ちながら、走る。
    ただ、ジョウの元へ。

    アルフィンが腕の中に飛び込んでくる。
    ジョウは、アルフィンを抱き寄せる。思い切り、抱いた。
    「アルフィン…!」
    「ジョウ…!」
    アルフィンは、ジョウの腕の中で、言葉も出せずに嗚咽を繰り返していた。
    ジョウは、アルフィンの熱を、身体を、何度も確かめるように強く抱いた。
    「…無事だった…」
    ため息のように吐き出された、ジョウのたった一言。
    その言葉は、微かに震えていた。
    アルフィンには、それで全てが伝わる。
    自分を抱きしめる痛いくらいの強い力に喘ぐように、アルフィンは答えた。
    「そんな、簡単に、死なない」
    驟雨の中で、二人はそれ以上言葉も無く彫像のように抱き合っていた。

    やがて減速したランドローバーが、静かに二人の横で止まる。
    上部ハッチから、ブロディがその髭面を覗かせた。ジョウとアルフィンのその姿を見ると、ふっと似合わない笑みを浮かべ、ぼりぼりと頭を掻きながら引っ込んでいってしまった。


    アルフィンを、ウーラが羽交い絞めにする。
    「アルフィンを殺すわ…ジョウ、あなたも。そして、あたしも死ぬの。」
    ジョウは、全身の血がさあっと引いたような感覚に陥った。
    これ、か。アルフィンは、死ぬのか。
    「愛しているわ、ジョウ」
    ウーラが叫ぶ。
    ウーラが悪い訳ではない、ウーラを疎ましく思っていたわけでもない。美しい人だった、アルフィンとは違う意味で。彼女は哀しい、望んでテュポーンになったわけでもなく。

    ただ。
    俺が愛しているのは、アルフィンだった。
    どんな理由があっても、何を犠牲にしても、その命を奪われるわけにはいかなかった。


                        *

    「アルフィン?」
    バロン・ギルバートを倒した。真っ先に、アルフィンを呼んだ。
    「ジョウなの?」
    涼やかな声が聞こえてくる。
    背中を裂かれた激痛に耐えながらも、ふっと笑みがこぼれた。
    大丈夫だ。アルフィンは無事だ。タロスも、無事だったらしい。すべて杞憂だった。
    嫌な予感だとか、俺もヤキが回ったか。疲れてんのかな。
    「ジョウは、どうなの?怪我は?」
    「うーん…まあ、少し、な」
    「分かったわ。大怪我なのね。」
    「大げさだな」
    「止血できそう?」
    「ああ」
    「すぐ行くわ。最高に綺麗なナースがお迎えに行くから」
    「そいつぁ楽しみだな。ぜひミニの白衣でお願いしたい」
    「バカ」
    その時。
    背中に、激痛が走った。
    「がっ!!」
    肉が焦げる嫌な匂いを、ジョウは嗅いだ。そのまま、糸の切れた人形のように大地に倒れこむ。
    「ジョウっ!ジョウっ!どうしたの、ジョウ!」
    …アルフィンの金切り声が、遠くなっていく。


    ああそうか、こういうことか。
    アルフィンじゃなくて、俺だったのか。

    でも、まあいいさ。
    アルフィンじゃなくて、よかった。…


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