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Re[8]: Dreams come true
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□投稿者/ 舞妓 -(2006/06/17(Sat) 23:42:37)
| ■No1161に投稿(舞妓さんの小説)
一つ困った問題があった。ジミーが、どうしても譲らなかったのだ。 「宇宙を見たい。ワープ空間を見たい」 という希望を。 身体にかかる負担が大きいから危険だと、何度も説明したがジミーは譲らなかった。 結局、最初の一回だけ、体験させることにした。 リッキーのシートに身体を固定する。 離陸、大気圏離脱、ワープ可能域までの通常航行。 ジミーは、言葉もなくそれらの全てに感動していた。 漆黒の闇に、星々の光。 ジョウたちには日常であるはずのそれは、ジミーにとっては今まで、どうやっても手の届かないものだった。 「すごいや…」 ジミーが発した言葉は、それだけだった。
ワープインして、しばらくは耐えていたようだったが、それもすぐに限界が来た。ジミーは失神し、ワープアウトした時点でカプセルに移した。
幸いジミーの体調がそれ以後深刻になることはなく、テラに着いたのは深夜だった。 バーニーから送られてきたスケジュールによると、ダンは今宿泊するホテルで就寝中、ということになっている。そして明朝は5時30分起床で、一日中会議と会談だ。 「ジョウ…」 二人きりのブリッジで、アルフィンが後ろから声をかけた。 「何だ」 「大丈夫なの…?」 「何が」 「議長の、機嫌とか…」 振り返ると、アルフィンはこわばった顔をしている。 「知るか。こっちは、それどころじゃないんだ」 「あたし、知らない…」 アルフィンは隠れるように首をすくめてしまった。 「黙ってろ」 ジョウは、電話をかけた。それはダン個人の電話で、この番号を知っているのはジョウを含めて数人、という極めてプライベートな電話だ。 「きゃー…」 「うるさい」 呼び出し音が、5回。 「何だ」 ダンが、出た。 「俺だ」 「分かってる。用件は何だ」 特にいつもと変わった声ではなさそうだ。 ということは、いつも機嫌が悪い、ということ? とアルフィンは思った。 「今テラのMED宇宙港にいる。客を連れてきた。会いたいんだが時間くれ」 「…分かった」 数秒の沈黙のあと、ダンは了承した。 このジョウが、テラまで来て、深夜、ダンに電話をして、会いたいというのだから。 それはそれは大変なことに違いない。 とアルフィンは思った。 「<ファイター>でジュネーブまで来い。ホテルのヘリポートを使えるように話をしておく。そっちの入管にも今話を通す」 「分かった」 それだけで電話は切れた。 ものすごく通じ合ってるのに、二人とも憮然として。 何だか聞いてて面白いんだけど。 と、アルフィンは思った。
星間会議の影響で、警備も審査も恐ろしく厳しい様子だったが、ダンのおかげでジョウ一行は何事もなく<ファイター1><2>に乗っていた。 <1> にジョウとジミー、<2>にアルフィンとグラントが乗った。 ジミーは、顔色が少し悪いが体調は問題なく、ジョウの横に大人しく乗っていた。 よほどはしゃいでいるか、と思ったが逆にジミーは沈んでいるようにも見える。 「緊張してるのか」 「あ、うん…」 ジミーはジョウの横顔を見て、小さな声で言った。 「お兄ちゃん、僕恐いんだ。本当のことが、わかってしまうかもしれないよ」 ジョウはジミーの顔を見た。ジミーは、泣きそうになっていた。 「ダンお父さんが僕の本当のお父さんだったら、僕はどうしたらいいんだろう」 「…」 混乱した胸の内を、ジミーは精一杯表現していた。 どうしたらいいんだろう。 それは、ジョウも同じだ。 とても易しく、そして難しい質問だった。 ジョウは、優しく語りかけた。 「もし俺の親父がジミーの本当のお父さんだったら、親父が今までジミーとママをほったらかしにしていたことを、ちゃんと責めるんだ。そして謝らせろ。ママのためにも。そしてもし本当のお父さんでないことがわかったとしても、今までどおりお父さんだって思ってていいさ。誇ってていい親父だよ。…たぶんな」 それから、左手を伸ばしてジミーの頭を撫でた。 「そして、どっちにしても、ジミーは俺の本当の弟だ。忘れるな」 「…うん!わかったよ!」 ジミーはぱあっと笑顔になった。 眼下に、ホテル屋上のヘリポートの明かりが見えてきていた。
ダンは、律儀にスーツに着替えて待っていた。 ジョウたちが入ると、ジョウが言葉を発する前に、ダンが言った。 「ジミー・アサカワ…!」 ダンは、ジミーを見つめていた。 「あ、あの、僕…」 ジミーが緊張してうまく喋れないでいると、ジョウとアルフィンが心底驚いたことに、何とダンはジミーにつかつかと近寄り、ジミーを抱きしめたのだった。 「大きくなった…!」 ジミーは顔を赤くして固まって、動くこともできない。 そうやってしばらくジミーを抱きしめていた手を緩めると、ダンはジョウに言った。 「よく、連れてきてくれた」 「…」 今度はジョウが絶句した。 今、カンシャしたか?ひょっとして。 「こちらは?」 ダンがグラントを示して言った。 「ジミーのステップファーザーだ。アーサー・グラント氏」 グラントがダンに握手を求める。 「グラントです。非常識な時間に、非常識な事をしまして、お詫び申し上げます」 「いや、いいんですよ。そうですか、あなたが…。」 握手をしながら、ダンはグラントを、旧友にでも会ったかのような様子で見ていた。 「どうぞ、お疲れでしょう。こちらでお茶でも」 ダンは一向にソファを薦めた。 深夜にもかかわらず、人間のボーイがコーヒーを4つとジュースを一つ持ってきて、テーブルに置いて静かに去る。 「経緯をきこう」 ダンが言う。 「バーニーが、俺に持ってきたんだ。ドリームズ・カム・トゥルーってえ団体のボランティアでジミーに会ってくれってな。だがジミーが本当に会いたかったのは、俺じゃない。親父だ。だから、無理させて連れてきた」 ドリームズ・カム・トゥルー、のところでダンの眉がぴくりと動いた。 そして、無言でグラントを見た。 グラントは、ゆっくりと、頷いた。 それでダンには、全てが通じた。 「ダンさん」 ふいに、ジミーが言った。 皆が一斉にジミーを見る。 決心したように、大きな声で。 「ダンさんは、僕のお父さんですか」 そう言ったあと、ジミーの目からぼろぼろと涙がこぼれだした。 張り詰めていた糸が切れてしまったように、それから大きな声で泣き出した。肩を震わせ、声をしゃくりあげ。 「ダンさんは、僕の、お父さん、ですか」 そしてもう一度、泣くのを必死に止めようとしながら、声を振り絞るように、問うた。
ジミーの泣き声以外、声はなかった。 やがてダンが、ジミーの隣に座って背中をさすった。 その場にいる全員が、固唾をのんだ。
「ジミー」 「…はい」 「私は、君のお父さんじゃない」 はっ、とジミーが背を硬くしたのが分かった。 泣き声が一瞬止んで。 そのあと、とうとうジミーはわあわあと号泣した。
グラントの背が、しぼむのが見えた。 そうしている自分の身体からも、力が抜けていくのがジョウにも分かった。
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