■1161 / ) |
Re[7]: Dreams come true
|
□投稿者/ 舞妓 -(2006/06/17(Sat) 23:40:12)
| ■No1160に投稿(舞妓さんの小説)
ジミーはリビングに入るなり、「それ」を見つけた。 一瞬動きが止まり、無言で走って「それ」を手に取った。 「それ」は。 ダンの3D写真だった。
しまった。 ジョウは、そう思った。 そして、何が「しまった」だ、と思った。
ジョウは、ジミーが自分に会えただけで満足して欲しいと、どこかで思っていた事に気がついた。それは、真実から目をそむけることに他ならない。正直、知りたくない。反発はするが尊敬している父親の、男としての私的な一面など本当は見たくない。 自分が無意識にそう思っていたことに、猛烈に腹が立った。
ジミーの余命は、あと少し。 今ジミーがいったいどんな思いでダンの写真を見ているか。 自分の思いなんて、どうでもいいはずだ。 DNA鑑定をすれば、ジョウとジミーの父親が同じかそうでないかは、ある程度の確率で分かる。しかし、ジョウとダンの鑑定をしない限り、ジョウにも「ダンの息子ではない」確率が残される。結局は、「ダンとジミー」の親子関係鑑定をしなければ、正確な答えは出ないのだ。 だからって、それが何だって言うんだ、とジョウは思った。 例えばDNA鑑定をして、ジミーの父親はダンではありません、という結果が出たとして、だからどうだというのだろう。隠し子ではありませんでした、弟ではありませんでした、ああよかった、はいさようなら、で終るわけがない。 こうやって、何かがジョウとジミーを手繰り寄せ、引き合わせた。 もうジミーは、ジョウの人生に無関係な人間ではない。 弟であろうと、そうでなかろうと、ジミーはもうすでに「弟」なんだ、と。
ジョウがそう考えている間に、ジミーはドンゴをいじって遊びながら、よほど疲れたのかクッキーを握ったまま、眠ってしまった。
「あらら…眠っちゃったわ」 アルフィンが毛布を出してきて、ジミーにそっとかけた。 「疲れたんでしょう。今日ははしゃぎすぎですから」 グラントが、微笑して言った。 「この船にはメディカルカプセルが積んであります。ここでうたた寝をするより、カプセルのほうが回復も早いでしょう。移しましょうか」 「そうですね。お願いできますか。」 ジョウはジミーをメディカルルームに運びながら、疑問に思っていた事をグラントに聞いた。 「グラントさん」 「はい」 「伺っていいですか。…ジミーは、今、どういう状態なんでしょうか。短期退院が許された、と聞いていますが…その、俺が思っていた以上にはるかに元気で、こうやって大きい声を出してはしゃげるし走ることもできる」 グラントは、悲しそうに微笑した。 「実は、もう治療という治療は、何もしていません」 「と、言うと」 「ジミーが今しているのは、痛み止めの点滴だけです。もう、できることは…ないんです。また入院して、四六時中点滴につながれて、副作用に苦しみながらの治療をすれば、数ヶ月は長く生きながらえる『かも』しれません。しかし、もうジミーは嫌だと言ったんです。死ぬまでの短い時間なら、ママと私と過ごした家で過ごしたい、当たり前の少年が送る毎日を送って死にたいと。」 ジョウには、言葉がなかった。 10歳の少年が、「残された時間」を選択しなければならなかった。 ジミーがどれだけの事を考えたか。どれほど死に恐怖したか。どれほど生きたいと願ったか。それが10歳の少年にとって、どれだけ非情で過酷な現実であったことか。 カプセルに横たわって安らかに眠るジミーの頬を撫でて、グラントは声を詰まらせた。 「病院で、ジミーのこんな安心した寝顔を見たことはありませんでした。いつも、吐き疲れたやつれた表情で…ようやく眠ってもすぐに目を覚まして吐いて…」 グラントの手が、ジミーの黒髪を撫でる。 「闘って、闘って…」 ポツリと、グラントの目から涙がこぼれてジミーの頬を濡らした。
その時、ジョウは決めたのだった。 ジミーを宇宙へ連れて行こう、と。 そして必ず、ダンに会わせよう、と。
ジョウはすぐに動いた。 ブリッジに行き、アラミスと連絡を取った。 「親父を出してくれ」 バーニイが答える。 「評議長は、今アラミスにはいないぞ」 「どこにいるんだよ」 「今はテラだ。連合の星間会議がある」 「テラ…」 ジョウは頭の中で大まかな計算をした。幸いなことに、アラミスよりずっと近い。 「バーニイ、親父にはこの話は通したのか?」 「いや。星間会議があるというスケジュール上、評議長は少年と会うのは不可能だった。そういうわけで、伝えてはいない」 「そうか。わかった。会議のタイムスケジュールを送ってくれ」 「おい、ジョウ、何かあったのか…」 問いただす画面をぶちりと切り、ジョウはアルフィンとグラントをブリッジに呼んだ。
数分後、グラントを伴ってアルフィンが入ってきた。 「どうしたの?」 「アルフィン、テラまでできるだけワープ回数を少なくして、どれだけで着けるか計算してくれ」 「分かったわ」 アルフィンは仕事の顔になり、シートに座って航路計算を始めた。 「グラントさん」 「はい」 「ジミーは、宇宙に出たがっていますか」 「――――はい、それはそうですが…まさか」 グラントは動揺した。 「ジミーを、俺の父親に会わせようと思います。今アラミスに確認したところ、父はテラにいます。テラなら、アラミスよりここからずっと近い。もちろんワープはジミーの身体に大きな負担ですから、カプセルで眠っていてもらいます。」 「ジョウ」 アルフィンの声が入った。 「テラまでは、長いワープだけど3回。通常航行も含めて到着までは標準時間で8時間ってとこ」 「お聞きの通りです。行きませんか。万が一の命の危険はあるかもしれませんが、ここにあるカプセルは我々クラッシャーがどんな重傷を負っても救急対応できる最先端のものです。もちろん、グラントさん、そしてジミーの合意がなければ動けませんが、俺はジミーを宇宙に連れて行きたい。親父に会わせたい」 「それは―――ダンさんに…」 「真実を確認するとかどうこうではありません。グラントさん、あなたが言った通りですよ。本当のことなんて、どうだっていいんです。大事なのは、ジミーが『生きる』ということだ。そのために、ジミーは退院したんじゃないんですか?」 グラントは、押し黙った。 ジミーが治療をやめて退院するということには、親のグラントには物凄い苦悩があったはずだ。親であれば、一分でも、一秒でも、子供に長く生きて欲しいと思うのが当たり前だ。少しでも生きる望みがあるのなら、グラントは治療を続けて欲しかったに違いない。そして同時に、先の見えない治療に苦しむジミーの姿に苦しみ、ジミーの望みを断腸の思いで受け入れたのだろう、とジョウは思った。 「…分かりました。行きましょう」 グラントは、しばらくの沈黙のあと、晴れ晴れとした表情で言った。 「あれほど宇宙へと願っていたんです。万一の死の危険など、ジミーはもう気にしないでしょう。」 「分かりました」 ジョウの顔に思わず笑みが浮かんだ。 「キャハ、じみーショウネンガモウスグメザメマス」 ドンゴの声がブリッジに響いた。 「私が話をしてきます。それと、医者を一人同行させていいですか。連絡してきますので、彼が来るまで出発は待って下さい。30分以内で、来てもらいますから」 「構いませんよ。その間に、出発準備をします」 グラントは出て行った。 数分後、ジミーが走って、満面の笑みでブリッジに駆け込んできた。
「行くよ、行く!僕、宇宙に行く!!ありがとう、お兄ちゃん!」
|
|