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Re[9]: Dreams come true
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□投稿者/ 舞妓 -(2006/06/17(Sat) 23:43:58)
| ■No1162に投稿(舞妓さんの小説)
「ジミー、君はロイス骨腫なのか」 「…」 ジミーは涙を拭きながらうんうんとうなずいた。 「君の本当にお父さんのことは、私は知らない。――それは、お母さんしか、知らない。」 「…」 大きすぎる事実に耐えるように目をかたく閉じて、無言で頷く。 「でもお母さんのことを、話してあげよう」 ジミーは顔を上げた。涙に濡れた黒い瞳が、ダンを写した。 「11年前、君のお母さんが勤めていた学校で、爆弾を持ったテロリストが生徒と先生を人質に立てこもるという事件があった。私のチームはその解決を警察から依頼されて、その時にお母さんと会ったんだ」 「…」 ジミーはしっかりとダンの目を見て、一言も聞き漏らすまいと聞いていた。 「先生たちは教職員会議で、ほとんど全員が職員室に集まっていた。テロリストはそれを調べ上げていて、その時間を狙ったんだ。ところがきみのお母さんは、職員室にいなかった。」 「どこにいたの?」 「トイレさ。―――お腹に赤ちゃんができると、最初のうち何ヶ月か女の人はとても具合が悪くなる。お母さんは、トイレで吐いていたんだ。」 「じゃあ、それが…」 「そうだ。その赤ちゃんが君だ。ジミー」 ジミーはダンの顔を長いこと見つめたあと、大きな吐息と共にがっくりと糸が切れたようにソファに背から倒れこんだ。 そして、呟いた。 「…じゃあ、どうしておじさんは、僕におもちゃを送ってくれたの」 ダンはおや、という顔をした。 「知ってたのか」 「一回だけ、ゴミ箱に捨ててあった宅配便のかみを見つけたんだ。その時送ってくれたおもちゃは、<アトラス>の模型だよ。今も、大事にしてるよ」 「そうか」 ダンは笑って、ジミーの黒髪をぐしゃぐしゃと撫でた。 「私は君のお母さんとずっと友達だったんだ。なにしろ、その事件の時のお母さんは、とてもすごかった。格好よかったぞ。お母さんの協力があったから、事件は解決したんだ」 ジミーは急に目をキラキラとさせた。 「聞きたいよ。ねえ、教えて」 「テロリストは全部で20人くらいいた。まず職員室の先生たちをその場で縛り上げて監禁する。それから、校舎や寮にいる生徒たちを全員体育館に集めた。そして体育館と職員室に、爆弾をセットした」 ごくり、とジミーが唾を飲む。 「要求は政治的なものだ。難しいから、あとでお父さんに教えてもらえ。とにかく、要求が通らなければ全員爆死させる、と脅したわけだ。私のチームは学校に潜入し、犯人たちに気付かれないように爆弾を処理して、犯人を全員捕まえなければならなかった。こっそり学校に潜入したら、君のお母さんが女性トイレに隠れていて、私をテロリストだと勘違いしていきなりぶん殴ってきたんだ」 ジミーとグラントはくすりと笑った。 「味方だと分かると、私が囮になる、と言ってくれたんだ。私は妊娠している、だからどうしても死ぬわけには行かない。だからといって自分だけ逃げられるわけがない、生徒たちは皆自分の子供だ、って。そして、放送室まで走っていった。放送することで、テロリストの注意を逸らしてくれたんだ。」 「ママは、なんて言ったの」 「『みんな、助けは必ず来ます!絶対に諦めないで、全員生きる事を考えて。どんなことがあっても、諦めちゃ駄目よ!黙って死を恐れるより、どうすれば生きられるか考えて!』」
その時、ジミーは。 本当に、ママの言葉を聞いたに違いなかった。
「すぐに、放送室にはテロリストが何人かやってきた。お母さんはもちろんそれを予期していて、両手を挙げて黙ってテロリストに連れて行かれた。が、その隙に手薄になった職員室を密かに私のチームメンバーが制圧していた。そして、先生たちと協力して、お母さんを連れて戻ってきたテロリストを捕まえた。先生たちと私のチームはそれから体育館に行くつもりだった。すると校長先生が、アサカワ先生は妊娠しているのだから、ここで待っていなさいと言ったんだ。」 「ママは、嫌だって言ったんでしょ」 「そうだ。銃を持って、一緒に生徒を助けに行った。」 「すごいや。ママ、クラッシャーみたいだ」 「私たちが体育館に近づくと、驚いたよ。体育館中に響き渡って、校歌を生徒たち全員が大声で歌っているんだ。そのせいで犯人たちは、周囲の状況が良く分からない。おかげで、私たちの突入は楽になった。あとから生徒たちに聞いたよ。アサカワ先生の言葉で、考えたって。どうすれば生きられるか。表立って抵抗すれば殺されるかもしれない。一つ間違えば大変な危険が伴う、ギリギリの判断だ。警察も、犯人も、生徒たちも、私たちも、みんなそうだった。それでも生徒たちは、君のお母さんの言葉を聞いて、生きる望みにかけた。結果、全てはうまくいったんだ」 「ママって、すごい」 「そう、すごかった。妊娠していなければ、クラッシャーにスカウトしたいくらいだった」 ジミーは頬を紅潮させて、本当に嬉しそうに笑った。 「それから私と君のお母さんは、ずっと友達だ。私は、君のお母さんに相談に乗ってもらっていたんだ」 「何の?」 「その頃、このジョウが、君と同じくらいのガキだった。」 急に自分に話の矛先が向いたので、ジョウはびっくりした。 「私は、ずっと仕事で宇宙にいたし、正直よく分からなかった。ジョウの気持、というやつが。君のお母さんは、学校で子供達の悩みを聞いたり、解決を手伝ったりするカウンセラーだっただろう。だから、折に触れていろいろ話を聞いてもらっていたんだよ。そのお礼をなにか、と私が言ったら、じゃあジミーにおもちゃでも、って頼まれた。だから、何度も送った。お母さんが、グラントさんと結婚するまで。」 「そうだったんですか…」 グラントが、ぽつりと言った。 「お母さんの病気のことも、亡くなったことも知っている。」 ダンはグラントに言った。 「あなたに遠慮した。お悔やみも言えずに、申し訳ない」 「いいえ…いいんです。キャロルは分かっているでしょう」 「ジミー」 ダンは、そこでジミーを自分の膝に座らせた。 「お母さんは、決して諦めなかった。君を守るためだ。だから、君も絶対に諦めるな。お母さんが命をかけて守った命を、今度は自分自身で守るんだ。もう10歳だろう。ジョウは、10歳でクラッシャーのチームリーダーになったんだぞ。ジョウにできて、君にできないわけが無い。絶対に諦めるな。」 ジミーが、頷いた。しっかりと。 「クラッシャーは、最後まで絶対に諦めない」 「…ありがとう、おじさん」 ジミーは、うるんだ瞳をごしごしとこすった。涙が、こぼれないように。そして、笑顔で言った。 「お願いがあるんだ」 「何だ」 「僕はずっと、おじさんが僕の本当のお父さんだと思ってたんだ。違ったけど、でも、一回だけ呼んでもいい?」 ダンは、にこりと笑った。 アルフィンは、ダンが笑うのを初めて見た。 そして、ジョウは。 急速に、遠い記憶が戻ってくるのを感じていた。 この顔を、俺は見ていた。遠い、遠い昔。… 「いいぞ」 「おとうさん!」 ジミーがダンの首に抱きついた。 ダンはジミーを抱きしめて、背中をゆっくりと軽く叩いた。 「息子が二人いたようで、嬉しかったよ」 ジミーは歯を食いしばって涙をこらえた。 泣く代わりに、渾身の力を込めてダンにしがみついた。これまでの思いと、これからの思いを込めて。
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