| 思えばーーー。 3年もの長い間、亀のように本音を殻の奥に隠しながら待った結果がこれだった。 あわよくばとか、機会がきたらとか、耐え難き年月をひたすら耐え、「忍耐」という一文字を意識の真ん中に無理やり鎮座させ、「良きチームメイト」を装ってきたこの年月……。
正直、いい加減やってられるかと思った。 この男には一生女心など分からないと脱力したこともあった。 匙を投げたり、怒り狂ったり、いっそすっぱり諦めようかと思ったり。 その度に「いやいや、でもきっといつかは神様が」と思い返し。
きっといつかは、 いつか、−−−きっと、と。
…我ながら、なんといじらしい乙女心だろう。 殊、自分に関することだけは即決が出来ず、堂々巡りを繰り返す男をもうずっと長いこと思い続けてきた。 ずっと仮面をつけて。 さも「あたしはクラッシャー航宙士の天辺を目指しています」という顔で。 ひたすら良きチームメイトでいることが、この恋心を抱き続けられる方法だとばかりに、修道院のシスターのごとき慎ましやかな少女を演じてきた「つもり」だ。
唯一、本心を明かせることができた機会のひとつが、誰でも知っている「あの」イベントだった、のだが。
そう。全宇宙で認知されていると信じていた「あの」イベント。
毎年2月にやってくる、
全宇宙の恋人たちが参加する、
チョコレートを交換し合ったりする、
あの、 イベント、だ。
『バレンタイン』
しかしアルフィンは、この<ミネルバ>では、そういう常識は通用しないのだということを、この3年で痛感した。 1年目は恐ろしくも当の本人に、「バレンタイン?バレンタインって何だ?」と真顔で問われ。 2年目は「せっかくのオフだってのに作ったのか?わざわざそんなことする必要ないぜ」と気遣わしげな口調で言われ。 3年目は手作りのチョコレートを渡したら、多少は照れた素振りを見せつつも、「ああ、サンキュー」という一言だけで、そそくさとガレオンに乗り込んでいく彼を見送った。 めでたくもクラッシャー生活4年目に投入した本年は、「アラミスからの依頼が来ちまったんだからしょうがないだろ」と、クールすぎる顔の彼にこの一大イベントを宇宙の彼方に遠く蹴り飛ばされた。 流石に、この世界では隋一と称されるチームらしく、仕事「だけ」は切れ目がない。後から後から舞い込む滝のような量の仕事に、沸きあがる癇癪を抑えるので精一杯のアルフィンは肝心のチョコレートを作る時間さえ確保できず、カラコロと音を立てながら過ぎていく時間を焦れる思いで見送るしかなかった。
………ありえない…。
メインスクリーン前で、ジョウの副操縦席に軽く腰を引っ掛けながらアルフィンは頭を抱える。 去年の反応を見る限り、あの鈍すぎるジョウにも遂にこのイベントの重要性がわかってきたかと思っていた。それなのにチョコレートを作る暇すらなかった、この忙しすぎる状況ったら何だ。
「ねえジョウー?次の休暇はいつぐらいに取るつもりなの?」 今朝ほど、格納庫で共に銃器類の整備をしていた時、上目遣いになりながら投げた問いに、 「さあてなぁ。でも確か仕事は半年先まで一杯だったな。皆には悪いと思うが、こうやって仕事が絶え間なく降って来るうちが華だろ」 とバズーガ砲を分解し、こびり付いた煤を払いつつもさらりと答える彼に眩暈を覚えた。 トドメは「あ、そう言えば。次の仕事はダーナんとこと一緒にやるからな。またルーと馬鹿話をして回線を独り占めすんなよ」との全然嬉しくない情報まで仕入れてしまい、つくづく己の馬鹿さ加減を呪うのであった。
………あーあ。 あたしは一体あのトウヘンボク男のどこがいいんだろう。 そろそろ己の感性にも自信が持てなくなってきて、長い長い溜息を吐く。 もう時間は深夜の12時をとうに過ぎ。 これから明日の早朝までたった一人きりで、ありがたくもない当直に突入する−−−。
だいたい今、自分が不機嫌でここに座っているには理由がある。 さっき自分に「馬鹿話をするな」と言ったその当人が、つい先程までこの場所で件のルーと話をしているのを目撃してしまっていたからだ。 その様子は、以前互いにいがみ合っていたのが嘘のような楽しげな雰囲気で。子供の頃からの幼馴染と言うだけあって、二人が纏う空気は他が入り込めないほど親密で和やかだった。
あのジョウが笑って話をしている。 あの色気過剰女と。 しどろもどろになることもなく。 うろたえることもなく。 リラックスをして、その長い脚を組んで冗談を言いながら。 たまに自分に見せる戸惑いなど微塵も感じさせる様子もなく、話している。
「………」 ああ、もうなんだか。
心のどこかで分かってはいる。 あの二人の間には恋愛感情など存在していないということ。少なくともジョウは、ただの幼馴染としか思っていない(はず、よ)。話していた内容も、ほぼ間違いなく次の仕事のことだということも知っていた。
でもそれでも。 自分の知らない頃のジョウを知っていて、決して好意的ではなかったにしろ、家族ぐるみでも付き合いのあったルーがジョウと一緒にいる光景はアルフィンの胸をジリジリと焦がす。 元ピザンの王女だった自分とはまったく違う二人の世界。 クラッシャー同士であった幼馴染にとっては、その境遇も話題もぴったり嵌りすぎるくらい嵌るに違いなく、そこから生まれる二人の親密さがアルフィンがその場に加わろうとするのを拒む。 今の自分が過去に戻ってジョウとルーの間に割って入るなど絶対に出来るわけがない。それはジョウとて同じことなのだが、だからといってジョウが自分と同じような感情でいるという想像は到底出来ず、益々アルフィンは深い溜息をつくしかなかった。
こんなに焦れるのは、自分がこの先、ジョウの恋愛対象になりえるか否かの確信が全く持てないからだ。だから、あんななんでもない場面なのに、見てしまうことがキツイ。今の自分は文句を言ったり悲しんだりできる権利はこれっぽっちも持っておらず、実質的にはルーと同じ立ち位置か、下手をすればそれ以下にいる。 だいたいにしてジョウの自分に対する態度と言ったら、寸分の迷いもなくものを言ってくるのは仕事の時だけで、あとは皆と一緒に冗談を言うくらい。 例え二人きりになれたとしても 「好き」 と言えば 「…どの酒だ?」 などとトンチンカンな返事を返してくるジョウと、恋の駆け引きとは掛け離れた問答に陥るのだ−−−。
「…はー……。一体、どうすりゃいいんだかなー…」 遂にチョコレートも作れなかった今年のバレンタイン。 また来年もこんな風に一年を過ごすのだろうか。 その時、自分は一体何を考えているのか。
まさか、この手のイベントをスルーすることが慢性化して、既に悟りを開いていたらどうしよう。 うっかり思いついてしまったイヤーな考えに頭を抱えながら、アルフィンは思わずコンソールに突っ伏した。
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