| 校舎の奥まった所に、その図書館はあった。 周りの喧騒から切り離されたその場所は、深い森のように静まり返っている。 このスクールに入学して半年程だが、図書館は少女の大のお気に入りの場所だ。 大きな窓から差し込む光が、金色から赤へとその色を変えようとしていた。
衝立で仕切られた、視聴専用ブースの一画に、少女は座っていた。 金色に輝く髪が、紺色の制服によく映える。 椅子が高いのか、小さな足が床に届かず、ぶらぶらしている。 少女は、目の前に浮かび上がる3D画像を、熱心に見入っていた。
「そこに、いらしたのですか」凛として、それでいて温かみのある声がした。 振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。 「シスターマリベル!」 少女が、その女性の名を呼んだ。 シスターマリベルは、このスクールの校長だ。齢は、とうに70は超えている。 顔には幾筋もの深い皺が刻まれているが、それは彼女が歩んできた人生の深さを表すかのように、自愛に満ちた輝きを放っている。
「お迎えの方が、必死で探しておられましたよ」 シスターマリベルは、怒るでもなく、微笑みながらそう告げた。 少女は、慌てて、壁にかかっている時計を見た。 下校時間は、ゆうに1時間は過ぎている。 「すみません。すぐ、帰ります」 すばやく手元のスイッチを切ると、映像が、ふっと消えた。
「何を熱心に、見ていたのですか?」 「宇宙です」 少女は、嬉しそうに答えた。 「宇宙?」 意外な答えに、シスターマリベルの目が大きく見開かれた。 「はい。ずっとずっと遥か彼方の宇宙です。宇宙には、たくさんの惑星があって、たくさんの人が住んでます」 頬をばら色に染め、大きな青い瞳をキラキラさせながら少女が言った。 「そこでは、きっと色んな出会いがあって・・」 「それは、昨日放送されたドラマの影響かしら?」 シスターマリベルが可笑しそうに、口を挟んだ。 「シスターもご覧になったんですか?」 びっくりしたように、少女が訊いた。 「いえ。残念ながら、私は見てませんが・・・すごく面白いお話だったとは、聞いてますよ」
それは昨夜の晩、ギャラクシーTVで放送されたものだった。 宇宙の片隅で、偶然出会った二人の恋物語。育った環境も、性格も違う二人が、衝突しながらも愛を深めていく。 とても、ロマンチックなドラマで、少女もすっかり虜になっていた。
「さて、今のあなたに必要なことは、速やかに下校することですよ。もうお帰りなさい」 シスターに優しく即され、少女は席を立った。 「御機嫌よう。シスターマリベル」 そう言って、出口に向かう。が、思い出したように、足を止めて振り返った。 「シスターマリベル」 「なんですか?」 「いつの日か、私もそんな出会いがあるんでしょうか?」 小さな少女は、真剣な眼差しで、シスターを見つめた。
「人に限らず、出会いは偶然ではありません。神さまのお導きによるものです。出会うものは、出会うべくして出会う。出会いとは、神の奇跡なのです。 あなたにとって必要な方なら、きっとめぐり合えますよ」 そう言って、シスターマリベルは、にっこり笑った。
空間表示立体スクリーンのシートに座るアルフィンは、ふと幼い日のシスターの言葉を思い出していた。 『人の出会いは偶然ではありません。出会いとは、神の奇跡なのです』 アルフィンは、副操縦席に座るジョウを見た。 そう、あたしは出会った。 この広い宇宙で・・・たった一人の人に。
「よし、もうすぐアラミスだ」 ジョウの声がした。 スクリーンに、惑星アラミスが広がっている。ここで、明日から大きな競技会が行われるのだ。 まだ、クラッシャーアルフィンとしての記憶は、戻っていない。 不安と緊張が、アルフィンの胸いっぱいに広がった。
不意に、ジョウが振り向いて、目が合った。 その瞳には、強い光が宿っていた。 何も心配するな。アルフィンのそばには、俺がいる。 口には出さなくても、ジョウの目がそう言っている。 アルフィンが、小さくうなずくと、ジョウは正面に向き直った。
不安と緊張はどこかへ吹っ飛んだ。代わりに、アルフィンの胸に、暖かい思いが満ちていく。 もう・・・迷わない。あなたを信じてついていく。 だって、あたし達は会えたから。 この広い宇宙の片隅で・・・。 それは、出会いという名の奇跡<MIRACLE>。
「降下しますぜ」主操縦席のタロスが言った。 <ミネルバ>がアラミスに向けて、降下を始めた。
<END>
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