| 「どうせ俺は」 「はい?」 「いつまでたっても半人前だ」 「あらら」 「どうせ、クラッシャー評議会議長殿に言わせれば、未だにピヨピヨのひよっ子に見えるんだろうさ」 「まあまあ」 「今回のヤマだって、どうせ他のチームのサポートがなけりゃ成功しなかったと思ってんだ」 「そーかなあ」 「そーなんだよ」
もう人影もまばらな時間のバー・カウンター。足元を照らす間接照明だけが薄ぼんやりと手元を照らす。険しい目つきで一気に氷で割っただけのウィスキーを飲み干したかと思うと、ジョウはそのグラスを音を立ててカウンター・テーブルに叩きつけた。グラスに残っていたウィスキーの水滴が、その勢いで彼の周りに小さく砕け、飛び散っていく。唇をきつくかみ締め、焦点の定まらない目で、それでも目の前にある何かを睨み続ける彼の姿は、怒りに震えていると言うよりもひどく失望し、打ちひしがれているようで。なんだか無性に「いい子いい子」をしてあげたくなってしまうんだけど、こういう場合それは明らかに逆効果と言うことも分かっているので、あたしは黙って彼の声に耳を傾け続ける。
「…どうせ俺、は 」 「うん?」 「ずっと親父の影だ」 「そんな事」 「ずっと、このまま、親父と比較され続ける」 「ジョーウ」 「ずっと、だ」
どうやら、あたしの故郷を救ってくれた英雄(ヒーロー)には英雄なりの悩みがあるらしい。あたしが<ミネルバ>に密航してきた時には完全無敵としか見えなかったジョウだけど、彼には彼の悩みと言うか弱点というかコンプレックスというものがやはりあるんだ、ということが見えるようになってきた今日この頃。 あたしから見たら。 と、いうか、恐らくは彼自身と会い、彼自身と話をし、彼に仕事を依頼した人間ならば、彼に与えられた称号は紛れもなく彼自身の努力と実力で掴み取ったものであることは一目瞭然なんだけれど。当の本人は、何故か自らドツボに嵌ることが多々あるようで。 いつも一緒に生活を共にしているあたしでは欲目というモノがあるだろうと言うならば、聞いてみるといいのよ。あたし達が請け負った仕事のクライアント達に。 皆口をそろえて言うから。 『クラッシャージョウは最高だ』 ってね。
でも、ジョウが欲しいのはそんな言葉じゃないのね。 きっと、一番欲しいのは議長の、アラミスの建国の父であるジョウのお父様の口から出る「よくやった」の一言なのね。
ずっと、小さい頃からずっと見つめ続けて、追い越したいと思ってきたその背中。いつか飛び越したいと思っていた大きな存在。今も事あるごとに立ちはだかる大きな壁。 でも、きっとそれは。 きっと、きっとそれは、ね。
「…アルフィン」 不意にジョウが口を開いた。 「はい?」 「アルフィンは…、どうして、俺、なんか、を」 まるで呪文を唱えるように、少しずつ言葉を区切りながら、ゆっくりと静かにジョウはあたしに聞いてきた。 「俺、なんかを…好きだ、なんて言うんだ?」 じっと、真顔のままあたしの顔を見つめる。 だから、あたしも真面目にジョウを見つめ返し 「ジョウは、自分のことが嫌いなの?」 と、問い返す。 ジョウは、少し困った顔で考え込む。 「嫌い、じゃないが…。俺なんかのどこがいいんだ、とは思う、かな」 「うーん。どこって言われても困るんだけど…」 「うん」 「なんだか、いつの間にかそうなっちゃってたの」 「……」
きっと、それはね、ジョウ。 きっと、それは憧れ。 きっと、とっても大きな憧れ。 あなたは本当はお父様が大好きで、憧れて、だからこそ追いつけないと自分を追い込んじゃってるのね。比較する必要なんて全然ないのに。 あなたはあなた。 お父様はお父様なんだもん。 あなたがお父様になる必要なんてどこにも、ない。 あたしは、そのままのあなたが、好きなのに。
でも、きっとこんなことを言ってもあなたには届かない。今、あたしがどんな言葉を言ってもあたしの思いは伝えられない。
だってあなたが一番欲しい言葉は、あたしからの言葉じゃないんだもの。 ほんのちょっぴりくやしいけど、ね。
だから。 あたしは今のあたしの精一杯で、今夜もあなたに語りかける。 「あたしがジョウを好きなことに理由なんてないのよ」 いつか、あなたが本当に自分に自信が持てますように。
「自分のことを、どこがいいんだって言ってるジョウが、そのまま好き」 いつか、あなたにの真ん中にこの想いが届くといい。
「今のままの、そのままのジョウが全部あたしは大好きよ」 ゆっくりでいいから。
きっと、いつか。
ね。
|