| <Part3・アルフィン> アルフィンはこじんまりとしたカフェを見つけて入った。 看板に『自家焙煎珈琲の店』と書いてある。 タロスに啖呵を切ったものの、実のところアルフィンには聞きかじった程度の知識しかない。 料理長の茶飲み話、真面目に聞いておくんだったわ…。 アルフィンは彼らの話を右から左へ聞き流していた。彼女は王女時代の行状をほんの少しだけ後悔した。
アルフィンはジョウと一緒にくるつもりだったが、彼はクライアントとの打ち合わせを理由に別行動を取っていた。ジョウの好みをリサーチするつもりだった当てが外れ、わらにもすがる思いで店の主人らしき男性の向かいのカウンター席に座る。 「いらっしゃいませ」 目の前に水の入ったグラスが差し出された。 アルフィンはメニューを見た。が、書いてあることがさっぱり判らない。 意を決し、男性を見上げて言った。 「あの、コーヒーをお願いします」 「ブレンドでいいですか?」 「…ブレンドって何かしら」 「何種類かの豆を混ぜた、当店独自のコーヒーですよ。カフェに来られるのは初めて?」 「はい、そうなんです。今までは出されたものをそのまま頂いていたの」 アルフィンは頬を染めて恥ずかしそうに言った。 男性はアルフィンににっこり笑いかけ、その笑顔でようやくアルフィンの緊張が解ける。 30代半ばってとこかしら。顔つきが怖いし、妙にがっしりしててエプロンが似合ってない。でもこの人、笑うと子供みたいな表情になるんだわ。 マスターはその笑顔のままアルフィンの問いに答えてくれる。 「ブレンドにはその店の特徴が出るんですよ。自分の好みに合う店かどうかが手っ取り早く判ります」 「じゃ、ブレンドをお願いします。…それ、苦めなのかしら?」 「ブレンドでも苦めのものがありますよ。うちではストロングブレンドと言っています。それがいいですか?」 「はい」 「かしこまりました」 オーダーを終えて一息ついたアルフィンが店を見回す。客はアルフィンひとり。カウンターの中に男性がひとり、奥の厨房にウェイトレスらしい女性がひとり。 これなら話が聞けるかも。 「あの、マスター?」 「はい?」 「コーヒーのこと、聞きたいの。聞いていいかしら」 アルフィンは恐る恐る切り出した。 上目遣いの碧い瞳が縋るように主人を見る。 一見の客。しかも自分はコーヒーのことを知らないも同然の素人。でも心底申し訳ないけれど、と思って願った事柄が叶わなかったことはない。運の強さか、自分の生まれ持った徳か。そんなものがあるのなら。 アルフィンはマスターと思しき人物の瞳を見つめる。 この類の質問には慣れているのか、マスターは笑って応じた。 「お答えできることであれば、どうぞ」 アルフィンの不安に曇っていた表情が一転してぱっと輝いた。 思っていたことがすらすらと口から言葉となって流れ出す。 「コーヒーを美味しく淹れてあげたい人がいるの。だけど、コーヒーのことってわかんなくて。今日もその人と一緒に来たかったんだけど、仕事なんだって来てくんなかったのよ」 「苦め、というのはその方の好みなんですね」 マスターの指摘にアルフィンは頬を染めた。 「ええ、そうなの。でも、苦めって言ってもいろいろあるんですって?」 「そうですね」 布製のフィルターを水の入った器から引き上げながら、マスターは話し始めた。 豆の種類、焙煎、淹れ方。 なんでそんなに種類があんのよ、なんでそんなに細かいのよ。マスターは楽しげに話してるけど。 アルフィンは文句を言いたいのを堪え、マスターの話に聞き入った。 最後に小売もしているという豆とコーヒー器具の問屋を紹介してもらって、アルフィンは店を出た。 きっと全部覚えてないけど、何とかなるでしょ。 最初っから上手くできる人なんていないはず。 夕方、ミネルバに戻ったアルフィンはかなり大きな荷物を抱えていた。 彼女の帰還に出くわしたジョウが手を差し伸べ、その荷物を受け取る。 「ありがとう、ジョウ」 「いや、いいよ」 嬉しげなアルフィンの笑顔に、とっさに赤くなった顔をそむけた。アルフィンは不可解なジョウの態度を気にする様子もなく、上機嫌で彼の隣を歩く。 かなり重い抱えた袋の中身に思い当たるものもなく、ジョウはアルフィンに訊ねた。 「なんなんだい、これは?」 「コーヒーと紅茶よ。他のお茶も買いたかったんだけど、今日はこれで精一杯だったわ」 「お茶?お茶ってなんだよ?」 アルフィンは微笑んでジョウを見る。 「インスタントなんてケチなもん飲んでちゃだめよ。美味しい飲み物は命の洗濯なの。これからあたしがとびっきりの淹れたげるわ」 「そんな、大変だろう?俺たちはインスタントでも…」 「だーめ」 アルフィンはぴしゃりとジョウの言葉をさえぎった。 「それ、あたしの淹れるコーヒーを飲んでから言って」 「あ、ああ」 「というわけだからジョウ、その荷物キッチンまでお願いね」 「はいはい」 ジョウは素直に頷いて荷物をキッチンへと運んだ。 隣を歩く楽しげなアルフィンの横顔を盗み見ながら思った。 機嫌がいいならそのまま損ねないようにするに限る。
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