| 銀河系一のサッカークラブチームを決める「ギャラクシー・カップ」の準決勝、「レッドデビルス」対「ガナーズ」戦。 前半41分、デビルスにチャンスが訪れた。ゴール右斜め前、絶好のポジションからのフリーキックだ。 蹴るのはあたしの大好きなエースストライカー、デイヴィット・ダッカム。彼はフリーキックの名手だ。もちろん直接ゴールを狙う。 ベッドに寝転がりながら見てたあたしは、ダッカムがゴールを決めるのを見逃さないように、起き上がってテレビに向き直った。 前半終了直前のチャンスに、スタジアムのサポーターから大歓声が上がる。 ダッカムが蹴った。 ボールは孤を描いてゴールへ吸い込まれていく… はずだった。 「あっ!」 「入った?」 「おしい! ゴールポストに当たっちゃった!」 「ちっ! ダッカムなにやってんだ!」 ジョウがかなり悔しそうに言った。
今朝、あたし達4人は、やっかいな仕事をやっと終えて、休暇を取りにリゾート地として有名なサーラに着いた。 デノイド財団の会長、チャールズ・デノイドさんの護衛の仕事だったんだけど、このデノイドじーさんってのが、かなりの曲者で結構大変だったの。狙ってくるヤツらも曲者だったし。 しかも予定より長引いちゃって、2ヶ月も張り付いていたのよ! まるまる2ヶ月も! 70過ぎの我儘じーさんと! もうまいっちゃった。 それでも、無事に仕事をやり終えた労をねぎらって、休暇を取るあたし達の為にホテルを用意してくれたから、プラマイゼロってとこね。 チェックインしたのは、デノイドさんが経営する「サーラ・リゾート・パークホテル」っていう超リッチなホテル。デノイドさんは銀河系でも指折りのお金持ちなのよ。 ホテルは海を見晴らす高台に建っていて、広々とした幾つかの部屋にリビングとダイニングがついているヴィラ・タイプ。室内に飾られた美しいアンティックの楽器や、色とりどりの花がとても美しくて、インテリアのセンスも抜群。床やソファに置かれたクッションは、サーラ特産のシルク素材。 今、あたしが着てるのも、サーラ製のシルクのパジャマで、ホテルのアメニティ。もちろん、お持ち帰りOK。最高級ホテルだけあって太っ腹よねぇ。 シルクの優しい肌触りが嬉しくって、ベッドの上でころころと転がってはしゃぐあたしを見て、ジョウがちょっと恨めしそうに言った。 「・・・・幸せそうだな」 「幸せよぉ」 「・・・・」 あ。やっぱり。 ジョウってば、ちょっとご機嫌ななめ。 どうしてかって言うと、このサーラまで仕事を持ってきちゃってるから。 仕事が長引いたせいで、ジョウはアラミスに提出しなくちゃいけない報告書を、仕上げる事ができなかったの。 で、さっきからジョウは、ノートとにらめっこしてるって訳。
テレビの中でホイッスルが鳴った。ハーフタイムだ。 あたしはベッドから降りて、ジョウのほうへ近づいた。 サーラのインテリアは、椅子に座らないで直接床に腰を下ろすスタイルなので、ジョウは部屋の中央にしつらえられたテーブルの前に、しかめっ面をして座っている。額にはタオルをギュッと巻きつけて、Tシャツにスエット姿。これがちょっと親父くさい格好なのよねぇ。 ああやってタオルを巻いてると、文章が進むって言うんだけど…。そんなの気休めよ、絶対。 ジョウの背中から画面を覗き込んでみた。 「もうすぐ出来上がりそう?」 「絶対、今夜中にやる」 必死だ。楽しみにしてたデビルス対ガナーズも、ちゃんと見ないで試合展開をあたしに報告させてチェックする。どうしても今夜中にアラミスに送信したいらしい。 そりゃそうよね。明日は、タロスやリッキーと午後からビーチでのんびり遊ぶつもりだし。報告書なんて抱えてたらこれから始まる休暇が心置きなく楽しめないもの。 「ね、出来上がったら、明日の午前中に買い物に行こうよぉ」 「・・・・・・・」 「近くに大きなモールがあるんだって。あたしシルクが買いたいなぁ」 「・・・・・・・」 相手にしてくれない。 「・・・・こらぁ! 聞いてんの!!」 あたしは、いきなりジョウにヘッドロックをかけた! 「おい! やめろって!」 ジョウの手元が狂ってキーボードがカタンと揺れる。それでもしがみつくあたしに、ジョウはちょっと怒った。 「邪魔すんなよ」 「・・・・はぁい」 本気で怒られちゃった。無理もないか。レポート大変そうだもの。チームリーダーの辛いところよね・・・。 つまんないから、テーブルにあったジョウの飲みかけのグラスを手に取った。サーラの特産の黒ビールだ。よく冷えてる。 「美味しそう〜」 あたしが残りを勝手にしたら、ジョウが横目でちょっとだけ睨んだ。 「こら、飲むんなら自分の分を持ってきな」 「・・・・はぁい」 冷蔵庫から新しいビールを持ってきて、ジョウのグラスに注いでから、またベッドでひっくりかえってサッカーの続きを見ることにした。 さっきのビールで、ちょっといい気分。 「ねぇ、ダッカム調子良さそうだから、デビルス勝つよねぇ」 「さぁてな。今年の戦力はイマイチだし」 ジョウは画面を見つめたままだ。 ピザンにいた頃はサッカーなんて興味なかったんだけど、ミネルバに乗るようになってから皆の影響で、あたしもサッカーとかバスケットを見るようになったの。 最初は、ジョウがよく見てるからそれに付き合ってたんだけど、そのうちあたしも結構ファンになっちゃった。 審判のホイッスルが聞こえてきた。 後半開始だ。ダッカムが小さくボールを足で転がした。
目が覚めた。 「・・・何時だろ?」 ベッドの脇にあるコンソールの時計を見たら、ちょうど9時だった。 部屋の中まで光が差し込んで、ちょっと眩しい。 そういえば、昨夜はサッカーを見ながらごろごろしてて、そのまま眠っちゃったんだ。 隣を見ると、ジョウはうつ伏せで、頭を枕につっぷして眠ってた。 報告書、遅くまでかかったのかな・・・。 ジョウはデスクワークがあんまり得意じゃないし、昨夜は根を詰めたのかも。 デノイドさんの仕事も終ったばかりなのに、リーダーはやっぱり大変だわ・・・。 「そういえば、試合どうなったんだろう?」 コンソールパネルからリモコンを外して、テレビをつけた。ジョウを起こしてしまわないように、ボリュームを小さくしてチャンネルを切り替える。 「どのチャンネルだったっけ?」 なかなかサッカー・チャンネルを探せないでいると、背中から手が伸びてきて、いきなりリモコンを取り上げられた。 「わ、びっくりした」 「サッカーはチャンネル45」 ジョウが合わせてくれたチャンネルでは、昨夜の試合を再放送している。 「デビルス勝ったぜ。2対1で、後半、ダッカムが2得点」 「えっ!ほんと? 見たかったのにぃ! なんで起こしてくれなかったの!」 「よく眠ってたから」 「うそっ。起こすのがめんどくさかったんでしょ!」 ジョウは鼻をならして笑った。 「自分だけズルイわよ」
テレビがピッチを駆け抜けてゴールするダッカムを映し出しだす。 寝転がったまま、リプレイされる試合を見ながら、ジョウに聞いた。 「ね、報告書、昨夜遅くまでかかったの?」 「サッカー終った後にまたやり始めて、そうだな・・・結構遅くまでやってた」 「そっか・・・お疲れさま。アラミスには送信したの?」 「送りつけてやったぜ。これで無罪放免だ」 ジョウは嬉々として答えた。これで休暇を存分に楽しめる。 「それじゃあ、午前中は買い物に行こうよ」 一人で行くのはつまんないから、ジョウの方に向き直ってお願いしてみた。 「・・・・俺は昼まで寝てる」 「え〜。起きようよぅ」 肩を揺すって起こそうとしても、ジョウの反応は薄い。 「起きよって」 ジョウは、つきあってほしそうな目で、チラッとあたしを見て言った。 「・・・・寝る」 かったるそうな声。 「・・・・・・」 ジョウはくるりと寝返って、ブランケットを被っちゃった。 しょうがないなぁ。寝不足でかわいそうだし、今日のところは勘弁してあげる。 珍しく諦めて、今日はあたし一人でショッピングへ行くことに決めた。
午後からビーチでのんびりしていたあたし達に、アラミスから緊急回線で連絡があった。 緊急な仕事の打診だった。アラミスから直接オファーがある場合は、大抵やっかいな仕事が多いのよね。 キリウス政府からの依頼で、仕事の内容は、事故で軌道が狂ってしまった氷の小惑星デブリの、惑星オーロへの落下の阻止。デブリには刑務所があって、収容されていている囚人達の命もかかっている。 ジョウは、仕事が明けたばかりだったから、かなり渋ってたんだけど、評議会事務官のバーニーがじきじきに頼んできたし、キリウスまで15時間以内に行けるチームは私達しかいないってことで、依頼を受けることにした。 引き受た仕事が動き出したら、文句を言わないのがジョウチームのルールだ。 あたし達は休暇をきりあげて、すぐにサーラを立つことになった。
せっかくこんなに素敵なヴィラを用意してもらったのに、正味一日で休暇が終っちゃった。 仕方がないのはわかってるけど、ちょっとため息が出ちゃう。 でも、仕事は始まったんだし、たくさんの人の命が関わっているのだから、ぼやいてらんないわ。 急いでヴィラに戻って荷物をまとめた。旅慣れたあたしたちの荷造りは早い。部屋に帰って15分でスーツケースに荷物を押し込んだ。 「アルフィン、荷物はもういいか?」 「オッケイよ」 みんなで集まるリビングへスーツケースを抱えて歩きながら、ジョウがぼそっと呟いた。 「ちぇ。昨夜、起こせばよかったな」 わざと残念そうに顔をつくった。 あたしは可笑しくって笑いながら言った。 「ふふ! 残念、でした!」
おしまい
|