| 人の気配を感じてジョウはソファに横になったまま、ゆっくりと肩越しに後ろを振り返った。 クリーム色のブランケットを握り締めている白い手が見えた。 そのまま視線を上にあげる。アルフィンが立っていた。
(ああ。あの碧い瞳、どこかで見たことがあると思ったら・・・) ぼんやりそんなことを考えていたジョウは、急に我に返った。 何故なら、眼前にある碧眼は冷たく激しい炎のように揺らめき、ジョウを睨んでいたからだった。
いつもの寝起きからは考えられない速さで、ジョウは跳ね起きた。 頭の芯が信じられないほど急速に覚醒してゆく。 「え・・・と、アルフィン」 目の前に立つ殺気溢れる少女に向かい、ジョウはなんとなくひきつった笑いを浮かべて話しかけた。 「どうしたんだい?」
しばらく黙ったまま、燃える双眸でジョウを睨み上げていたアルフィンがようやく口を開く。 「・・・たのよ?」 「え?」 「なんの夢を・・・見てたのよ?」 地獄の底から聞こえるかと思うほど、低く押し殺した声で訊く。 身の危険を感じたジョウは、あわてて答えた。 「ああ。何か、見てた気がする。けど、もうよく覚えてないなあ」 自分でも中途半端な答えだ、と思いながら曖昧に笑った。
次の瞬間。アルフィンの手が一閃した。 「ってえ」 ずば抜けた反射神経のジョウもよけきれない、アルフィンの平手打ちだ。 しかし、そんなことぐらいでは彼女の怒りはおさまらず、手に持っていたブランケットも投げつける。 「なんだよ!」 ジョウもいきなりの攻撃に声を荒げた。 「誰よ!」 アルフィンはそんな声に動じることなく、鋭く言い放った。燃える碧い瞳にみるみる涙が盛り上がる。 「誰なのよ!?アリエスって!」
ジョウは咄嗟に何も言えず、黙り込んだ。 そこで上手くはぐらかせるような器用さを、彼は持ち合わせていなかった。 自分は何か、寝言で言ったのか?そう言えば最後、アリエスの名前を呼んだような・・・。 黙っているという事は、その事実を認めたということだった。 「あたしの知らないところで・・・」 悔しくて涙がぽろぽろと零れ落ちる。 ジョウはアルフィンの涙が苦手だった。このまま泣き崩れるのか?近づこうと一歩前に足を踏み出した。 が、しかしジョウの右足がマットに沈む前に、手近にあったマグカップが飛んできた。 「うわっ」 「ばかっ!女ったらし!」 アルフィンは愁傷に泣き崩れたりなどせず、猛然と攻撃に転じていた。 目にも止まらぬ速さで、次々とテーブルの上にあるものを投げつける。 「やめろ!ち、ちょっと、俺の話も聞け!」 ジョウが両腕で頭を庇い、上体を低くしながら喚いた。 「言い訳なんか、聞きたくもないわ!」 アルフィンは碧眼から流れる涙を拭おうともせず、テーブルサイドに積んであるニュースパックの山に手を伸ばした。
(アリエス。10年後俺の隣に居る娘は、こんなんだぜ・・・) ジョウは次々と飛んでくるものを避けながら、苦笑いして呟く。 彼の脳裏に浮かんだアリエスの碧い瞳が、悪戯っぽく笑った気がした。
−その瞬間。 真鍮製のフロアスタンドがジョウの側頭部に直撃した。
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